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ポピュリズムとファシズム
エンツォ・トラヴェルソ 著 湯川 順夫 訳
現状をいかに認識するか
同志社大学教授 吉田 徹 評
社会科科学には「本質的に論争的な概念」という言葉がある。あまりにも多様な意味を込められて用いられるため、定義が定まらない概念のことだが、ポピュリズムやファシズムはその最たる例だ。それぞれは、明確な定義を欠いたまま、比例的なものとして手当たり次第に用いられるから、理解するがますます難しくなる。
では両者は何が同じで、何が違うのか——ポピュリズムの密林に分け入りつつ、著者が追いかけるのは眼前で繰り広げられる新たな政治的急進主義の真の姿だ。「ポスト・ファシズム」という概念を手がかりとして、かつてのファシズムのようにポピュリズムは体制打倒の運動ではないという意味でこれとは異なっており、しかしユダヤ人の代わりにイスラムを目の敵にする民族主義的な政治という意味では同じ性質をもつという。
読者は政治的急進主義の引き起こす事件やその解釈についてのアクチュアルな知識に圧倒されるだろう。
しかし圧巻は著者が専門とする、過去のファシズム研究の解題だ。英語、仏語、独語の文献を渉猟しながら、ファシズムは決して亜流のイデオロギーではなく、自由主義と共産主義を目の敵とし、近代性と保守性の双方を併せ持った革命的思想だったと定義される。そして、その特性は有形無形の暴力を用いたことにあったとしている。また、過去の負の遺産をいかに処理するかという観点からの歴史修正主義についての議論は、歴史認識問題がこの日本だけでなく、グローバルな課題であることを知るためにも有効だろう。
次々に起きる政治的現象を前に、私たちは過去に作られた概念を手がかりに理解しようと努めるしかない。しかし、歴史は過去と全く同じに繰り返すものではない。そうであれば、これまでの概念を丁寧に精査し、現状をいかに正確に認識できるかを問い、過去の思想から何を活かせるかを提言することこそが知識人の役割である。本書はそうしたシンシナチ的営みの成果である。
◇
エンツォ・トラヴェルソ 歴史家。ファシズム、ナショナリズム、全体主義などの研究者として世界的に著名。米コーネル大学教授。 1957 年、イタリアで生まれる。
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