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人と人を結ぶ以外に平和の橋は築けない
キューバ ハバナ大学 1996 年 6 月 25 日
新世紀へ 大いなる精神の架橋を
時代背景と講演の意義
キューバ共和国の最古の歴史を誇る最高学府・ハバナ大学は 1996 年(平成 8 年) 6 gs津 25 日、池田大作先生に日本人初となる「名誉文学博士号」を授与した。同大学で行われた授与式の席上、池田先生は記念講演を行った。
当時、キューバは冷戦終焉の混乱のあおりを受け、困難に直面していた。ソ連崩壊( 91 年)によって貿易の 85% を占めていたソ連・東欧との輸出入が途絶え、経済的な援助も停止していた。加えて、 96 年 2 月にはキューバ領空に入った米民間機をキューバ軍が撃墜し、米の経済封鎖が強化されるなど、人々の生活は厳しさを増していた。
そうした中、池田先生は〝キューバ精神の父〟ホセ・マルティの民衆愛に貫かれた思想を通して講演。まず、マルティの「人間の尊厳と相いれないものは、全て滅びる運命にある」との信念を紹介。 21 世紀に始まる新たな千年には、「人間の尊厳」を基盤とした「希望と調和の文明」を築いていきたいと力説した。そこで、仏典に説かれる「小宇宙たる人間」と「大宇宙」の関係性を挙げ、人間と社会、そして宇宙を結ぶ『詩心』の力に言及。また、平和創出の力として、人と人を結ぶ人間像として〝菩薩〟の心と振る舞いを紹介。人間をつくる教育こそが未来を開く架橋であると結んだ。
講演終了後、同国のノベージ高等教育大臣(当時)は、感動の面持ちで語った。
「まさに、私たちの進むべき未来への進路をも示す講演であったといえるでしょう」
ブエナス・タルデス ! (スペイン語で「こんにちは」)
尊敬するハルト文化大臣。尊敬するヴェーラ総長。尊敬するマルティ副大臣。またアジア外交団の車先生方はじめ、ご臨席の皆さま。そして、英知の顔輝く、若き学生の皆さま。ただ今、キューバ共和国の誉れある「フェリックス・パレラ最高勲章(文化功労の最高勲章)」、また二百七十年に及ぶ伝統のハバナ大学から「名誉文学博士号」を賜り、これほどの栄光はありません。心より御礼申し上げます。
私は、この栄誉を、私の恩師である戸田第二代会長に、捧げたいと思うのであります。
貴国の偉大なる精神の父であり、共和国の威雄であるホセ・マルティは、「民主が疲れても、決してあきらめない人間」( Obras Compltetans de Jose Marti,Editorial Nacional de Cuba )に、歴史変革の光明を求めております。
わが恩師は、まぎれもなく、そうした有者の一人でありました。一国をあげて、アジアへの侵略戦争に暴走しゆくなか、恩師は、先師牧口初代会長とともに、日本の軍部ファシズムに抵抗し、投獄されました。
しかし、二年間の獄中闘争を完全と勝ち越え、獄死した牧口の平和への遺志を受け継ぎ、五十一年前、敗戦の焼け野原に一人立ったのであります。その出獄の日が、間もなく巡りくる七月三日であります。
「人間の尊厳と相いれないものは、全て滅びる運命にある」というホセ・マルティの信念は、そのまま恩師の歴史観でもありました。ゆえに恩師は、「人間の尊厳」なかんずく「生命の尊厳」に一切の焦点を当てました。民衆一人一人が、尊極なる「生命」の価値に目覚め、生活に、人生に、社会に価値を創造していく――この〝内面の変革〟を基熟とする「人間革命」という大道を、恩師は踏み出したのであります。
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冷戦が激化するなかで、厳然と「地球民族主義」の理念を提唱いたしました。その志向する所は、現代的に言えば、「トランス・ナショナル」、すなわち、偏狭な民族中心主義を克服し、人類の共通の課題に挑みゆくことにあります。
ここに、仏法の人間主義を基調として、世界の民衆を結びゆく、私どもの「平和」と「文化」と「教育」の運動の原典があります。二十一世紀に始まる新しい千年には、「人間の尊厳」を基盤とした、〝希望〟と〝調和〟の文明を、断固として築いてまいりたい。
その深き願いを込め、本日は、「新世紀へ 大いなる精神の架橋を」と題して、ホセ・マルティの思想と対話を交わしながら、若干の考察を加えさせていただきたいと思うのであります。
私が注目したいのは、ホセ・マルティが不可欠とした「詩心」による〝個と全体の架橋〟であります。
人間の心の律動を、大宇宙、大自然のリズムと和合させながら、悠久なる時空の中で、幸福へ、平和へと高め、開いていく――それが、「詩心」といってよいでありましょう。古来、〝人間〟と〝社会〟と〝宇宙〟を結ぶ架橋の役割を担ってきたのが、生命に躍動する「詩心」でありました。
現代社会から、「詩心」の喪失が指摘されて久しくなりますが、それは、現代人が、〝断片〟と化し、閉ざされた空間で呻吟している証左といわざるを得ません。だからこそ、「詩で教育せよ ! 」というホセ・マルティの呼びかけが、強く迫ってくるものがあります。
〝人間の目が、かつて見たこともないほど美しい〟とたたえられるカリブの島に、人情味あふれる人生模様を織りなすキューバ。その街角で、浜辺で、そして何気ない会話の中で、多くの詩が自然に語り合われている――なんと心豊かな光景でありましょうか。
貴国の人々は、ホセ・マルティがいう「魂の叫びである詩の翼」を育んでおられるように思えてなりません。それは、世界的に文学の衰退が憂慮されるなか、貴国をはじめラテン・アメリカ文学が、ひときわ活況を呈し、旺盛な生命力を称えている事実からも、うかがわれるのであります。
ホセ・マルティの名が、その第一ページに記されている、文学史上に不滅の「モデルニスモ(近代主義)」運動しかり、詩人のギリェンに象徴される「ネグリスモ(黒人芸術)」の運動も、またしかりであります。
これらの精神的営為は、とりもなおさず、自らが何者であるかを真摯に模索し、みずみずしい「生の全体性」を回復せんとする運動であった、といってもよいのではないでしょうか。
ホセ・マルティが、同じく詩人であったホイットマンに託して述べた次の言葉は、そのまま自身の心からの感慨であったに違いありません。
「彼(=ホイットマン)にとって無縁なものは何もありません。彼はあらゆるものに気を配っています。枝をはうかたつむり、不思議なまなざしで彼を見つめる牛」「人間は両腕を広げて、自分の胸にすべてのものを抱擁しなければなりません」(高橋勝之監修『キューバ革命思想の基礎』神代修訳、理論社)と。響きあう「詩心」は、生き生きと、宇宙すべてに、自己との関連性を見いだしていこう、とするものであります。
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仏典では、人間の生命と宇宙の活動との〝相応性〟を、具体的に、次のように説いております。
「鼻の息の出入りは山沢渓谷の中の風に法とり口の息の出入りは虚空の中の風に法とり目は日月に法とり髪は星辰に法り眉は北斗に法とり脈波江河に法とり骨は玉石に法とり皮肉は地土に法とり毛は叢林に法とり」(全 567 ・新 718 )と。
このよに、仏教は、人間の内なる「小宇宙」と、外なる「大宇宙」との密接不可分な関係性を、精妙に説いているのであります。
それは、大宇宙のリズムに調和し、共鳴しゆく、人間の「生の全体性」であります。
宇宙の森羅万象は、〝一念〟、すなわち、人間の「心」に包括される。と同時に、その〝一念〟は、森羅万象に脈動し展開していくのであります。
個の法理は、「人間は統一された宇宙」 (前掲 Obras Comppletas de Jose Marti )というホセ・マルティの洞察とも呼応しております。
わが〝一念〟の変革は、「詩心」の勲発とも連動しております。この〝一念〟の拡大が、他者と共鳴し、周囲への貢献を広げつつ、生命の内奥から、智慧と慈悲の太陽を輝かせていくものであります。
これこそ、万人に平等に開かれた、「人間の尊厳」また「生命の尊厳」の光彩でありましょう。この内なる太陽を昇らせゆく「人間革命」こそが、〝人間〟の連帯を強め、〝社会〟の繁栄をもたらす。
そして、〝世界〟の平和を創出する基点となるにちがいありません。波乱万丈の人生にあって、ホセ・マルティは悠然と、「いかなる場所であろうとも、人間がしっかり立ち上がれば、太陽はそこで輝いている」(同前)と語っておりました。
ホセ・マルティが、ラテン・アメリカが抱える問題を掘り下げたエッセーを「根源へ」(前掲『キューバ革命思想の基礎』と題した時、まさに、人間の内面を根源的な変革を志向していたのではないでしょうか。
ホセ・マルティは、徹して弱者の側に立ち、人々の苦悩と同苦しゆく勇者でありました。
「人間にとって、真実勝唯一の栄光とは、他者への奉仕である」(前掲 Obras Comppletas de Jose Marti )と断言しております。
自他ともに「人間革命」を探求しゆく〝人格〟を、仏教では「菩薩」と呼びます。
「菩薩」は、四つの汲めども尽きぬ無量の心で、他者とかかわることによって、小さな自我のカラを打ち破っていくのであります。
それは、第一に、民衆の苦しみを抜こうとする心。
第二に、民衆に楽しみを与えようとする心。
第三に、民衆の幸福をともに喜ぶ心。
第四に、民衆を平等に愛する公平な心であります。
まさに、ホセ・マルティの生涯は、こうした〝菩薩〟の無量の心に溢れていたと、私は見たいのであります。
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ともあれ、すべてが「人間」で決まります人間」をつくり、「人間」を結ぶ以外に、崩れざる人類の平和の橋は築けません。もとより、それは、地道な作業であり、長い目で見れば、成果は望めないかもしれない。
しかし、私たちは、ホセ・マルティが愛する妹に書き送った手紙に励まされるのであります。それは、「木を見てごらん。太い枝に、黄金色のミカンや赤いザクロが実るには、どんなに時間がかかるか、わかるだろう。人生を極めていくと、あらゆるものが同じプロセスをたどることがわかるのだ」(同前)と。
ここには、斬新的な歩みに徹する忍耐がうかがえてなりません。これこそ、「人間の尊厳」に則った、内発的な変革を可能ならしめる力でありましょう。その意味において、私は、教育に力を入れて、世界に燦たる知性を誇る貴国のたゆみない努力に、心から敬意を表したいのであります。教育こそが、未来への希望の架橋である、と私は考える一人であるからであります。
今、私の胸には、ホセ・マルティの有名な言葉が、響きわたっております。「それぞれの人間文明の真価は、その中でどのような種類の男性と女性が生まれるかによって知ることができる」(「二つのアメリカ」橋本芳雄訳、加茂雄三編『キューバ革命』所収、平凡社)と。
貴大学の宝ともいうべき、マルティ資料の保管所は、〝鉄を熱する炉〟すなわち〝人間を錬成する場所〟という意義の「フラグワ」という名前を冠しているとうかがっております。まさに、貴大学が、二十一世紀の「新しき人間像」を鍛え、世界の舞台へ陸続と輩出しゆく、熱き「フラグワ」となりゆくことを、私は確信してやまないのであります。
結びに、諸先生方のますますのご健勝と、新世紀のキューバを担いゆく青年たちの栄光の前途に思いを馳せつつ、私の好きな貴国の詩人ギリェンの詩の一節を捧げ、私の講演を終わらせていただきます。
「汝の魂を光で満たし
はるか山頂を見ざしたまえ !
汝の杖を大胆にも妨げる障害があれば
汝はより果敢な翼を広げたまえ ! 」( Obra poetica/,Editorial Letras Cubanas )
ムーチャス・グラシアス!(スペイン語で「どうもありがとうございました」)
】創価新報 2022.6.15
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