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November 19, 2024
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カテゴリ: 書評

多文化・多言語の複雑な社会

作家  村上 政彦

アルフィン・サアット「マレー素描集」

本を手にして想像の旅に出よう。用意するのは一枚の世界地図。そして今日は、アルフィン・サアットの『マレー素描集』です。

本作は、 48 の短い作品からなる掌編集です。作品の舞台はシンガポール。この国で、午前 5 時から翌日の午前 3 時までに起きる出来事が語られていきます。

登場するのは、大学生、医者、資産家のお抱え運転手、死刑執行人、兵士といった人々。マリーナベイの芸術センターをはじめ、さまざまな施設や地域が出てきます。

全体を読み終えると、シンガポールの社会と、そこで生きる人々暮らしが分かる仕掛けになっているのです。

シンガポールは主に、華人、タミル人、マレー人で構成される多民族国家です。言語も、中国語、タミル語、マレー語、英語と多様です。著者のサアットはマレー系の作家ですが、マレー語ではなく、英語で書きました。

これは作家の戦略でしょう。その結果、本作は 2 冊目の創作集ですが、村上春樹さんも受賞した、フランク・オコナー国際短編賞の候補になりました。

作品の世界にダイブしてみましょう——。

タイトルは「村のラジオ」です。

ぼくがスーおじさんの家に行ったとき、一つの鳥かごにぶち柄のハトがいて、クークー鳴いていた。もう一つの鳥かごは空っぽ。

ぼくはどうやって捕まえたのか、興味津々で尋ねる。スーおじさんは驚いた様子で、「かごの扉を開けておくだけでいい。そうすれば一羽飛び込んでくる」と言う。ぼくはからかわれている。そこで、かごに鳥を閉じ込めておくなんて、かわいそうだと抗議する。

スーおじさんは〝おまえは街に住んでいるからラジオで音楽が聴ける、ここでは鳥が音楽を聞かせてくれる〟と答えた。

それから数か月後、スーおじさんを訪ねると、二つの鳥かごは空っぽで、台所に買ったばかりのラジオがあった。

ぼくがスーおじさんの家にいた6日間、ラジオはつけられなかった。スーおじさんは、タバコを吸いながら、空っぽの鳥かごを眺めていた。

スーおじさんの頭そのものが鳥かごで、そこにはジャングルがあって、音楽が奏でられていたけれど、それは誰にも見分できないものだった。

これは見事な掌編小説です。いや、小説と言うより詩に近い。こうした掌編が48作も詰まっているのですから、読み応えは十分です。

訳者解説には、「シンガポールという多文化社会において重要なのは、言語間の翻訳行為だけでなく、特定の文化における観衆を外部の人間にも理解可能なものとする『文化間の翻訳』だ」との著者の認識が紹介されています。

英語で書く理由は、単なるマーケット戦略だけではないようです。

[参考文献]

『マレー素描集』 藤井光訳 

【ぶら~り文学の旅㊱海外編】聖教新聞 2023.10.25






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Last updated  November 19, 2024 04:41:45 PMコメント(0) | コメントを書く
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