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2007年09月21日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
福田さんの突然の浮上を考えるには

振り返ってみる必要がある。そう、

森喜朗さん

のことをね。(苦笑)

森さんは、元々清和会の後継を、
そして、清和会としての
「ポスト小泉」の候補を
福田康夫さんだと


そして、森さんの指名によって
福田さんを清和会会長にして
首相にしたいと
考えていたのだろう。

ところが、小泉さんの人事戦略によって
ポスト小泉候補「麻・垣・三」が
内閣での手柄争いによって
ポスト小泉を争うという
仕掛けがなされてしまって、
ましてや福田さんが
閣外に置かれてしまって

なってしまった。
(2005年11月1日
小泉内閣改造を読む(1):麻生外相の重要な意味。
小泉内閣改造を読む(2):安倍官房長官の試練と竹中総務相の飛躍。 )

その結果、森さんは
ポスト小泉争いの主導権を

清和会の後継すら自らの手で
決められなくなってしまった。
(2005年11月1日
小泉内閣改造を読む(4):そして、森喜朗と古賀誠。 )

その森さんのストレスが
頂点に達してしまったのが
森さんが山本一太さんの

「チャレンジャーの唄♪」

に切れてしまったこの事件。
(2006年5月31日
自民党総裁選(1):森喜朗さん、激怒の真相!? )

結局、福田さんには
自らがオーナーであると考える
清和会を割ってでも
総裁選に出るという考えはなく
まあ、森さんにとっても
そんなことはあってはならないことで、
(2006年5月18日
自民党総裁選:突き詰めると「安福戦争」とはなんなのか。(前編)
自民党総裁選:突き詰めると「安福戦争」とはなんなのか。(後編) )
昨年の総裁選の清和会の候補は
森さんの意向とは全く関係なく

安倍晋三さん

に決まってしまった。(苦笑)

その上、総裁選がスタートすると
森さんの忠臣であるはずの
中川秀直さんが

「ポスト森」(苦笑)

というような動きというかね、
森さんを外して
清和会の実権を握ろうと
画策してしまった。
(2006年8月26日
「総裁候補の看板」を誰も得ようとしなかったわけ:「ポスト安倍」と「新・キングメーカー」の動きとは。 )

結果、中川秀さんは幹事長就任、
森さんはただのお飾り会長と
なってしまった。(涙)

「新・キングメーカー中川秀直」

の誕生だった。
(まあ、僕はこの中川さんの
安倍さんの意向を無視した
過剰な多数派工作の動きを
危惧したわけですが、
結果として、僕の危惧通り、
この中川さんの動きが
安倍内閣崩壊の第一歩と
なりました。)

ただ、森さんも手をこまねいて
いたわけではなかったんだよね。

「町村派の誕生」
(2006年10月24日
町村派誕生とはなんなのか。(前編)
町村派誕生とはなんなのか。(後編) )

である。

森さんは清和会での
中川秀さんの独走を止めるために
町村信孝さんと組んで、
電撃的に町村さんを
派閥の後継会長に指名。

「町村新会長を派閥の総裁候補として育てる」

と宣言してしまった。

これは、同じく中川秀さんの
キングメーカーとしての
台頭を危惧する
町村さんと森さんの
思惑が一致したこと
だったんだけどね。

この2人、仲が悪かったのだけど。。。(苦笑)

まあ、それからの約1年間、
森さんと町村さんは
ほとんど出番がなかった。

サボタージュだったような気もするけどね。
(2007年8月28日
安倍人事を考える(2):麻生・谷垣・町村、それぞれの選択(後編) )

ただ、町村さんはともかく、
森さんは政局から蚊帳の外で
非常に寂しい思いをしていたんじゃ
ないかと思うんだよね。(苦笑)

そんな時、いろんな問題によって
安倍内閣の支持率急落し
参院選で大敗という事態となった。

森さんは動いたわけだ。

「ここは退陣すべきだ。君はまだ若い。
またチャンスもある。
後継は福田さんでいきたい」

安倍首相に退陣を進言したが、
あっさりと断られた。

しかし、それから1ヶ月もたたないうちに
突然、安倍首相が退陣。。。(涙)

これは、この1年間
冷や飯を食わされて
蚊帳の外だった
森さんにとってみれば、
復権の大チャンスに他ならなかった。

元々、本意ではなかった
清和会の後継会長・町村さんは
外相として閣内に人質に
取られていた。

そもそもそれ以前に、
この1年間の安倍内閣に対して
出身派閥の会長として
町村さんには責任問題があった。

これは、森さんにとっては
本意ではない町村会長を外して
福田さんを派閥の総裁候補にできる
千載一隅の好機だったといえる。

森さんはすばやく
町村さんと話をした。

「今回は、町村さんは
清和会会長として
安倍内閣に責任があるし、
外相でもある。

後継の首相は

『選挙管理内閣』

を率いることになる
リスクもある。

町村さんにはしかるべき時に
本格政権を作ってもらいたい。

今回の総裁選は
出馬見送りにしよう」

と、進言したわけだ。

どちらかというと
ゴマすり型の政治家で
「選挙管理内閣」から本格政権に
這い上がってやろうという根性は
総裁候補の中で一番弱い
町村さんは、これを受けた。

こうして森さんは
町村さんを降ろすことに成功し、
返す刀で他派閥に電話をかけまくって

「清和会以外から
福田待望論が巻き上がる」

という形を作ろうとした。(苦笑)

実際、福田待望論は巻き上がった。

おそらく、古賀さんとの
連携もあっただろう。

古賀さんの麻生・谷垣温存戦略と
森さんの福田擁立による復権戦略の
利害が一致したわけだ。

そうして、9派閥中8派閥が
福田支持という大きな流れが
あっという間にできあがってしまった。
まあ、要は

「森喜朗と古賀誠」

という、いつもの構図が
ここでもできあがったと
いうことなのだけどね。(苦笑)

ただ、1つ注目しておきたいのは、
森さんと古賀さんでは

「選挙管理内閣になるリスク」

というものを、
どう捉えるかが
ぜんぜん違っていると
いうことだよね。

古賀さんが慎重に
そのリスクを避けているのに対し、
森さんはほとんどそのリスクを考慮せず
自らの復権のチャンスに
嬉々として浮かれている感じがする。(苦笑)

まあ、森さんの森さんたる所以が
ここにあると思うのだけれども。。。(苦笑)

さて、最後にこの人のことを
語らないといかんね。

小泉純一郎。

それでは、(4)へ。(苦笑)





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最終更新日  2007年09月21日 13時12分21秒


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