全31件 (31件中 1-31件目)
1

今日も昨日の引き続いて、関西ばずる会の会誌の原稿作成に時間を費やした。なんとか一応予定の作業は終わった。明日プリントして郵送の予定である。殆ど外出はしなかったが、今日の写真は、今マンションの庭で咲いているガザニアとヘメロカリス。休憩時間には、録画したテレビ番組で、「富田勲」、「シルクロード楼蘭」、「怪人二十面相」などを見た。今日は火曜日なので、いちょう大へ行く日かと思っていたが、予定表に書かれていなかったので確かめると、今日は休みの日だった。
2016.05.31
コメント(0)

今日は、1日中、関西ぱずる会誌用の原稿作成を行った。切手3方陣や穴空き切手4方陣の検討結果や横から見ても同じ数になる足し算の検討などをまとめた。次の足し算は、縦方向に足しても横方向に足しても、どちらも2016になるもの。1から9までの数が一回ずつ使われていて、小町算という。次の足し算は、私が発見したもので、0から9までの10個の数を使う大町算である。やはり、縦方向に足しても横方向に足しても、どちらも2016になる。小町算の場合は16個の解があったが、大町算の場合は解は一個だけである。
2016.05.30
コメント(0)

今日は、1日中家にいて、日曜美術館や笑点、真田丸などを見たり、録画したテレビ番組を見たりして過ごした。また、一昨日、ブックリサイクルで買った「サザエさん」の漫画本を読んだ。録画してあったテレビ番組は、「ポンペイの壁画」、「レンブラントの夜警」、「暖簾」、「皇居一周」、「坂上田村麻呂」、「赤と黒」など。「サザエさん1」は戦後の暮しが思い出されて懐かしかった。下記はその表紙。
2016.05.29
コメント(0)

今日は、午前中は、句集を読んで佳句の抜き書きなどを行い、午後は、朝日生命ホールで行われた「第51回関西俳句大会」に参加した。大会は12時に始まり、この一年間に故人になられた俳人たちに黙祷を捧げたあと、鷹羽狩行俳人協会会長の挨拶、選者の紹介などがあったあと、山本洋子氏から「桂信子ー俳句と生涯」と題する講演が行われた。講演は1時間半程にわたり、桂信子の年譜と句集から抽出された100句抄が紹介された。桂氏は現代俳句協会の俳人であるが、いずれも分かり易くいい句ばかりだった。15分の休憩のあと、14時から事前投句の成績発表と選者講評が行われた。私の句も塩川先生の特選に選ばれていた。続いて、当日句の披講が行われ、私の句は特選には選ばれなかったが、大橋洸先生の選に入った。朝日新聞社賞に選ばれたのは、次の句である。 ◎抱き取りし子になまはげの藁匂ふ 小畑晴子 (有馬朗人特選、小河洋二特選)続いて、15時ごろから、各成績優秀者の表彰が行われた。朝日新聞社賞1名、関西俳句大会賞8名、選者特選84名が表彰された。そのあと、当日句の選者特選6名の表彰が行われ、15時45分ごろ閉会となった。写真は、開会前の会場、正面舞台、鷹羽狩行会長のあいさつ、選者の席、講演をする山本洋子氏、特撰句の講評をする塩川雄三先生、関西俳句大会賞を受ける人たち、朝日新聞社賞を受ける人(小畑晴子氏)、選者特選を受ける人たちの一部。画像は、私が受けた選者特撰の表彰状。
2016.05.28
コメント(0)

今日は、朝のうちは句集を読んだり、録画したテレビ番組を見たりしながら過ごし、10時に家を出て、ブックリサイクルのボランティア活動に参加した。毎年この時期にO社の御堂筋に面した一階公開空地に本を並べて、一冊100円で買っていただき、そのお金を今年は熊本県の地震で被害を受けられた方々に送ろうというもの。全3日間で、今日がその最終日だった。今日は好天であったので多くの人が立ち寄っていただき、一人2~5冊と買って行かれる方が多かった。昼の休み時間が一番賑わい、知日で100人以上の方にご協力いただいたのではないかと思う。レジは、O社のスタッフの方の担当で、われわれボランティアは、売れた本の隙間を詰め、新しい本を補充するというもの。慣れない立ち仕事だったので、若干疲れたが、楽しい一日であった。
2016.05.27
コメント(0)

今日は、午前中は、句集を読んだり、録画したテレビ番組を見たりして過ごし、午後はパソコン同好会の例会に参加した。今日の担当は、私の所属する2班。30分前に来て、パソコンの設置などを行う。班長のN氏の司会により、例会は恥まし、休憩をはさんで、2件の発表があった。1番目は、T氏による、「Windoows10への更新に関する問題点」と題するもの。最近、半ば強制的に、10に更新させられるケースが多いが、慎重に行うべきだととのことだった。下記は、T氏の説明資料の一部。2番目は、S氏による、「グーグルマップ」の使い方」と題するもの。使いこなせればいろいろと便利なものであることがわかった。下記は、S氏の説明資料の一部。帰宅後、ワンドライブの使い方も試行した。
2016.05.26
コメント(0)

今日は、午前中は、デパートへ買い物に行き、午後からは、わいわいパソコンの例会に参加した。わいわいパソコンは10人が集まり、パソコンについての情報交換を行った。先ずは、Nさん吉野の花見ハイキングの写真紹介、海津大崎の花、彦根城などの写真、Sさんから、美山の茅葺き集落への放水風景の写真などの紹介があった。その後、最近話題となっている「テザリング」の話があり、続いて、私から、ワードでの文字の拡大・縮小の簡単操作や余白の調節、個条書きの設定・解除などの話をした。会のあとは、例のごとく、ビールで疲れをほぐした。写真は、例会風景、下は、テザリングの説明、フォントを600ポイントに拡大したところ、懇親会。その他、縮小専門、スニッピングツール、スクリーンキャプチャーの使い方の復習なども行った。
2016.05.25
コメント(0)

今日は、午前中は、昨日の句会のまとめを行い、午後は、新いちょう大学校の3日目の授業に出席した。授業のテーマは「明治維新と大阪」。講師は同じで、今日が3回目。初めは新鮮な話で興味が持てたが、毎回、同じ話が何度も繰り返されるので、いささか食傷気味である。あと2回、同じテーマの話を聞かねばならない。今日の画像は、川崎橋(上)と大阪橋(下)から撮った大阪城の写真。赤い煉瓦の建物は明治時代の建てられた砲兵工廠。新しいパソコンにも、コサージュソフトFOTORをインストールした。上は久しぶりにそのFOTORで作った画像。
2016.05.24
コメント(0)

今日は、午前中はK病院へ定期の診察に行き、午後は、いきいき俳句会の例会に出席した。 句会の成績は、まずまずと言ったところ。6句のうち、先生から2句が選ばれただけだったが、残りに4句は仲間からは選ばれた。 今日、先生に選ばれたのは次の句。 〇蒼天と蒼海分かつ青岬 こっぱん(先生ほか4票) 〇白蟻の嫌はれてゐること知らず こっぱん(先生ほか3票) 今日、先生の特選に選ばれたのは、次の句。 ◎ラムネ玉遠き昭和の音すなり 昇一(先生特選ほか3票) ◎ぬつと来て何か言ひたげ袋角 哲子(先生特選ほか3票) ◎夏めきて己励ます退院日 昇一(先生特選ほか2票) ◎買ひ替へて変り映えせぬ夏帽子 茲子(先生特選ほか1票) 今日、最多得票を得たのは次の句。 〇海の色ひと色ならず青岬 洋子(先生ほか5票) 先生の句で今日一番人気だったのは次の句。 ◎白蟻の誇るべき白引きずつて 塩川雄三先生(3票)画像は、K病院の玄関に咲いていた花たち。十薬、ホタルブクロなど。
2016.05.23
コメント(0)

今日は、午前中は、テレビでNHK俳句、日曜美術館などを見たり、録画していた「日傘」、「デルフトの風景」、「若冲展」などを見て過ごし、午後は、高大(大阪府高齢者大学校)の総会に出席した。総会は、13時に始まり、15時30分に終了した。画像は、式次第と議案書の表紙。
2016.05.22
コメント(0)

今日は、午前中は、俳句を作ったり、メールの整理をしたり、句集のコピーをしたりしながら過ごし、昼前から出掛け、高大総合文化2班の同窓会に参加した。10人全員が参加し、半年ぶりに懐かしく楽しい時間を過ごした。会場は、天満橋のOMMビル23階の「楽待庵」で、大阪市内を一望できる食事どころである。11時30分から始まり、14時までゆっくりと懐石料理を楽しんだ。途中で、各自の近況報告を行い、最後に次回幹事を決めた。次回幹事はOさん、日は10月29日(土)に決まった。食事のあと、屋上から大阪の景色を眺め、地下に下りてまた喫茶店に入り、15時半ごろまで話をした。写真、OMMビル、21階楽待庵の入口、食事場所からの景観、料理(先付、吸物、造り)、大阪城、料理(揚物、蒸物、ご飯、香の物、止め椀、デザート)、食事が終って、屋上にて、喫茶店にて。
2016.05.21
コメント(0)

今朝、これまで使っていたパソコン(Windows7搭載)と、これから使うことになるパソコンを2台起動させた。作業は新しいパソコン(といっても4年前に緊急予備用として買ってあったもの)でするので、これまでのパソコンのことはあまり気にしていなかった。ふと気が付くと、なんの前ぶれもなく、「Windows10の更新を構成しています。6%完了。電源は切らないでください」のメッセージが出ている。 2日ほど前、友人から「強制的に7から10へ更新された」いう話は聞いていたが、まさか何もしないのに、更新されるというのは信じがたかった。しかし本当だったのだ。あとで、7に戻せるとは聞いていたが、面倒なことはしたくない。すぐ、電源の長押しを行った。そして、再起動したのだが、電源を入れた途端にまたまた同じメッセージが表れた。電源の長押しではダメなのかと思ってしばらく見ていたら10%まで行った。キャンセルするなら早いうちがよいと思い、もう一度長押しを試みた。スイッチランプが消えたあとも、20秒くらい押したままにしていた。その後、起動させると、先ず「25556中〇〇〇個目の更新を適用しています」のメッセージが出て、5分ほどたったあと、一昨日痛い目にあった「Windows を更新するための準備中。コンピュータの電源を切らないでください」が表れた。「あ~あ、またこれが数時間も続くのか」と思っていたら、数分後に「ようこそ」の画面になり、昨日と同じ状態に戻り、支障なくパソコンが使えるようになった。Windows10がいいということを示したいのかも知れないが、それにしても、Microsoft のやり方は強引すぎる。ユーザーからの問い合わせも一切受け付けていないそうだが。これも無責任というか傲慢すぎる態度である。勉強になったのは、電源ボタンの長押しはそんなに悪いことではないということだ。
2016.05.20
コメント(0)

昨日は、「Windowaを構築するための準備中」のメッセージが出たままで、起動できず、夕方からやっとセーフモードで立ち上げ、必要なファイルのバックアップを取り、あとは翌日として床についたのだが、今朝になって、セーフモードで立ち上げつとき、その上に「コンピュータの修復」という文字があったことに気付いた。今朝、起きるとすぐにパソコンを、F8を連打しながら起動させた。すると次の画面が出た。いつもはセーフモードのところクリックするのだが、今朝は、「コンピュータの修復」をクリックしてみた。すると、次のメッセージが表れた。キーボード入力法を聞いているが、デフォルトがMicrosoftIMEになっているのでそのまま「次へ」を押した。すると次のメッセージが出た。ユーザー名とパスワードを聞いているのだ。しかし、ユーザー名はあらかじめ入力されている。パスワードっていきなり言われても分からない。ここから苦悩が始まった。これまで使ったことのあるパスワードをすべて入れてみたが、「パスワードが間違っています。もう一度入力してください」と言われるだけ。ユーザー名がまちがっているのかと思い、入力しようとしたが、ユーザー名は変更できなくなっている。 さんざん、苦しんだあと、あきらめの積りで、パスワードを入れないで「OK]を押してみた。すると意外なことに次のダイアログボックスが開いた。スタートアップの修復をするか、システムの復元をするか迷ったが、とりあえず、何度も経験のある「システムノ復元」を選んだ。その後のことは何度も経験した通りで、時間は2時間ほどかかったが、気が付くと、画面に次のメッセージが出ていた。復元は出来なかったというメッセージだ。「あ~あ、やっぱりダメか。スタートアップの修復の方を選べばよかったのかと思った。それでも、もう一度、システム復元を繰り返すのもばかげて居ると思い、この画面を閉じると押した。すると、パソコンは終了した後、自動的に再起動し、なんと起動したのである。「・・・を準備しています」のメッセージも出ない。こうして、無事使えるようになったパソコンであるが、昨日から別のパソコンの方へデータを移す準備をしていたので、このパソコンはもう捨てるか初期化する積りである。今日は、別のパソコンの使い勝手をよくするためのファイルの整理や、これまでのパソコン内のメールのバックアップ、年賀状ソフトのバックアップなどを行った。連続2日間、パソコンに振り回された。
2016.05.19
コメント(0)

今日は、1日中、パソコンのトラブルに明け暮れた。先ず、朝、パソコンを起動しようとしたら、「Windowsを構成するための準備中 パソコンの電源を切らないでください」というメッセージが出た。すぐに終るだろうと思って待っていたが、30分たっても変らない、壱時間たっても変らない、2時間たっても変らない。「おかしい」と思ってNECもサービスに電話をしたが、担当者は「気長に待つだけ」それ以外には「スイッチの長押しで強制終了してもう一度起動してみることしかない」とのこと。仕方ないので、強制終了して再起動したが、やはり、同じメッセージが続くだけ。今度は3時間ほどたったあと、「Windows7ビルド7601、このWindowsのコピーは正規品ではありません」というメッセージが出たあと、まったく動かなくなった。仕方なく、強制終了して再起動をしたが、3時間待っても状況はまったく変わらない。再びNECのサービスに問い合わすと、パソコンがウィンドウズを受け付けなくなってしまったようなので、初期化しか方法はないとのこと。そこで、奥の手で、セーフモードでの起動を試みた。10分ほどしてやっと起動した。しかし、ワードやエクセルを開こうとすると、「Microsoft Office ではこのアプリケーションのライセンスを確認できませんでした。アプリケーションを終了します」のメッセージが出て、立ち上がらない。読むこともできない。これでは仕方がない。初期化しか方法はないのだろう。しかし、そうなった以上、できるだけデータのバックアップをしておかないといけない。そう思って、夕方からは、セーフモードで起動して、データのバックアップ作業を行った。
2016.05.18
コメント(0)

今日は、午前中は、ワードで文字を回転する方法をいくつか学び、午後は、新いちょう大の第2日目の講義を聴きに行った。帰りに図書館に寄って帰った。ワードで文字を開店する方法は、いろいろあることが分かった。先ずは縦中横で90度回転させる方法、次にフォント名の前に@を付けて、さらに90度回転させる方法。続いて、テキストボックスを使って90、180、270度回転させる方法、さらには、ワードアートを使って自由な角度のかいてんさせる方法などである。ワードの機能だけでこんなことができるのだ。新いちょう大の講義は「江戸時代と大阪」というテーマで、大阪が商業都市として発展してきた過程の説明があった。今日の写真は、図書館で行くときに通った汐見橋から京セラドームを見た風景。
2016.05.17
コメント(0)

今日は、一日中パソコンの不調に悩まされた。作業中に頻繁に「応答なし」の状態になるのである。「応答なし」のアラームが出ることはよくあり、パソコンが忙しいのだなと思って気長に待つことが多かった。しかし、今日のは違っていた。「応答なし」の画面が数分たっても消えない。作業中のファイルの保存もできない。仕方なく、シャットダウンして再起動をする。しかし、しばらくするとまた「応答なし」となる。エクセルの作業中であったが、エクセル以外のワードやメールソフト、画像処理ソフトでも同じこと、早いときは起動後数分で、「応答なし」となった。スキャナーも認識しなくなった。そこで、必要な作業は他のパソコンで行うことにして、例によって「システムの復元」を試みた。これには2時間ほどかかったが、結果は、次に示すメッセージのように、「システムの復元は実施できませんでした」というもの。よく読むと、復元の時点の変えてもう一度実施してはどうかと書かれてある。そこで、より古い時点を選んでもう一度システムの復元を行った。やはり2時間ほどかかったが、結果は同じでやはり同じメッセージが出た。いよいよこのパソコンも終りかと思って、もう一度使い始めたが、なんとか使える。「応答なし」が出ることはあるが、しばらく待つと消える。まあまあの状態に戻っている。システムの復元はうまくいかなかったが、なんらかの原因は除去できたのだろうか。不安はあるが、もうしばらくは使えそうだ。最悪の事態に備え、データのバックアップはしておかないといけないと思う。
2016.05.16
コメント(0)

今日は、午前中は、テレビでNHK俳句、日曜美術館などを見たり、俳句を作ったりしながら過ごし、午後からは、「俳句21」の句会に参加した。句会の結果はいつもように振るわなかった。この句会は、現代俳句系で、私の所属する俳句協会系とは異なるので、自分がいいと思って出した句が選ばれないだけでなく、私がいいとは思わない句に高得点が入る。今日の高得点句は次の通り。 ◎青空は俺のもんやと夏つばめ HR(8票)* ◎麦畑駐在さんは自転車で SE(5票) ◎湖までの道まつすぐに麦畑 SE(4票)* ◎いちにちをひとにあはずに窓若葉 AK(4票) ◎青梅の少し弾んで落ちにけり KZ(3票) ◎青銅の天女の乳房五月かな AK(3票) ◎麦秋やパリより届くエアメール SD(3票) これらのうち、私は*の2句は選んだが、他の句はよさが分からないので選ばなかった。今日の画像は、会場の前の植え込みに咲いていた花たち。
2016.05.15
コメント(0)

今日は、朝から出かけ京都へ行き、午前中は、龍谷ミュージアムで開催されている「水 神秘のかたち」という展覧会を見て、昼食後、伊勢丹の美術館「えき」Kyotoで、「よりぬき長谷川町子展」を見た。「水 神秘のかたち」は、水というものが信仰に如何に深く関わっているかに焦点を当てていろいろな観点から考えようというもの。水には神の力が宿っていると信じられていた。仏教行事の勧請やお水取りなど出水を使い、温泉、湯立て、流木などを尊いとし、雨乞いのため龍神に祈ったことなど、展示は6町に分けられていた。第1章 水の力 日月山水図屏風、十一面観音立像など23点第2章 水の神仏 宇賀神像、竹生島弁財天像、ガンガー女神など43点第3章 水に祈りて 扇面法華経冊子、善女龍王像、春日龍珠箱、孔雀経曼荼羅など44点第4章 水の理想郷 蓬莱蒔絵手箱など32点第5章 水と吉祥 亀貝尽螺鈿蒔絵盃・波鴛鴦螺鈿蒔絵盃台、青楓瀑布図など14点第6章 水の聖地 日吉山王祇園祭礼図屏風6点一通り、見て回るだけで1時間40分くらいかかった。ただ展示リストには載っているが、前期だけの展示のため見られない展示物が多かったことが残念だった。日本の水の聖地は、江の島、竹生島、天川、宮島の4か所であることや、宇賀神のこと、弁才天のこと、理想郷として、極楽浄土、補陀落浄土、竜宮、蓬莱山などの信仰のこと、菊水紋、流水紋のことなど、いろんなことが勉強になった。画像は、パンフレットおよび関連サイトより。左:弁才天坐像ほか、右:日月山水図屏風、十一面観音立像、宇賀神像、竹生島弁財天像、ガンガー女神、扇面法華経冊子、善女龍王像、春日龍珠箱、孔雀経曼荼羅、蓬莱蒔絵手箱、亀貝尽螺鈿蒔絵盃・波鴛鴦螺鈿蒔絵盃台、青楓瀑布図、日吉山王祇園祭礼図屏風。 京都駅まで帰り、伊勢丹11階の食堂で昼食を済ませた後、美術館「えき」で「長谷川町子典」を見た。サザエさん展ではなく、長谷川町子本人に焦点を当てた展覧会で、彼女の一生とその作品群のことがよく分かった。展示は次のように分類されていた。1.戦前戦後の資料 1934年、14歳の天才少女長谷川町子は、田川水泡の門を叩いた。その時、スケッチブックや父の俳句に挿絵を付けたものなどを持参した。絵の巧さに驚き、即日弟子入りが決まった。 1937チャッピーナーちゃん、1939ヒイフウミヨちゃん、1939狸の面、1936蝶子さん、1938おむすびの行方、 1939ピーちゃんと栄養料理、1939エイ子さんのお留守日記、1940仲よし手帳など次々に作品を発表。 1944.3福岡に疎開、1944.7西日本新聞社に入社 24歳。 1946.4から。「夕刊フクニチ」にてサザエさんの連載始まる。1951年からは朝日新聞で連載、1974まで続く。途中何度か休載があり全約7000回。2.サザエさん100選 7000話から100回分をを厳選してその言語を展示 単行本は68巻に登り、その表紙のデザインもすべて異なる。 3.エプロンおばさん、いじわるばあさんの連載。 エプロン:1957.1~1965 いじわる:1963.1~ サザエさんとは違ったキャラクターも作りだした。4.サザエさんうちあけ話、サザエさん旅あるき うちあけ:1978.4-11 旅あるき:1987.3-8 全編、独特の絵入りのエッセー集。5.町子の絵本 絵本もたくさん書いている。 象のおまわりさん、ぶたのせんせい、ふゆのお山、サザエさんとおまつり、サザエさんとわかめちゃん、わかめちゃんとどうぶつえん、わかめちゃんとおとぎのくに、わかめちゃんまんがにっき、わかめちゃんきしゃのたび、わかめちゃんとおまわりさん、サザエさんとどうぶつえん、サザエさんとのりもの、サザエさん絵本1~9など。 画像は、パンフレットおよび関連サイトより。右の上より下へ、サザエさん第1回、いじわるばあさん、しりあがり寿の漫画、右の左上より下へ、サザエさん第1巻表紙、1937年のチャッピーナーちゃん、エプロンおばさん、いじわるばあさん、サザエさんうちあけ話、象のおまわりさん、1936年富士登山の思い出、サザエさんうちあけ話、サザエさん旅あるき、本展図録表紙、長谷川町子美術館、長谷川町子。漫画を全部読んでいたらおそらく一日かかるかも知れない。拾い読みだけでも1時間ほどかかってしまった。
2016.05.14
コメント(0)

今日は、私の77歳の誕生日、いわば喜寿である。弟たちからお祝のメールを受けたり、妻と外で昼食会をしたりして、少し嬉しい気分に浸った一日であった。大した病気もせずに元気でこの日を迎えられたことを喜んでいる。年々、体力は落ちてきているが、気力な落ちないように、今後も頑張っていきたいと思う。郵便局へ記念の押印をしてもらうのと外食とで外出した以外は、ほぼ一日を家で過ごし、俳句を作ったり、録画したテレビ番組を見たりした。テレビ番組は、「長崎紀行」、「尾道紀行」、「北条層雲」、「ケネディ暗殺の裏話」など。記念押印は、自分で作った「喜寿祝の切手4方陣」に今日の郵便局の消印を押したもの(下図)である。 喜寿となる我が誕生日風薫る こっぱん
2016.05.13
コメント(0)

今日は、午前中は録画したテレビ番組を見たり、俳句を考えたりしながら過ごし、午後は、パソコン同好会の例会に参加した。テレビ番組は、「暴れん坊将軍足利義教」、「佐伯勇}など。パソコン同好会の今日のテーマは、前半がY氏の「私の写真撮影の技術と画像処理」、後半はI氏の「LINEの勧め」であった。その他、ワードで、余白を調整する簡単な方法、フォントの大きさを変える簡単な方法なども習った。例会の参加者hは22名で、アフター5の懇親会には14名が参加した。今日の画像は、上はマンションのベランダから今朝撮った大川の様子。波がほとんどないので、新緑が川面にきれいに映っている。右上に大阪城が見える。下は、パソコン同好会の例会風景。写真撮影技術の講師のY氏がパノラマ撮影のことを紹介していたので、その場で撮ったもの。
2016.05.12
コメント(0)

今日は、午前中は、午後からの春麗句会に出句するための俳句を作り、午後はその句会に参加した。句会の成績は上々で、先生から出句した5句とも選ばれ、うち3句が特選だった。今日、先生の特選に選ばれたのは次の句。 ◎武具飾る部屋の空気の張り詰めて こっぱん(先生特選ほか1) ◎薔薇の銘忘れてをりし名に出会ふ こっぱん(先生特選ほか1) ◎近づいて見れば愛らし武者人形 こっぱん(先生特選)今日の画像は、句会会場の庭に咲いていた花たち。
2016.05.11
コメント(0)

今日は、朝のうちは昨日の句会のまとめを途中までしたあと出かけ、新いちょう大学の初日受講をし、一旦帰宅したあと5時半に再び出掛け、関俳連の常任委員会に出席した。新いちょう大学は、11時授業開始と思って会場に行ったが、受付の人から「そのクラスは12時30分開始ですよ」と言われ、仕方なく近くの喫茶店で1時間半をつぶした。授業は、12時半から始まり14時に終わった。午後から約束があったのだが、キャンセルすることになってしまった。家に帰って驚いた。私の持っている募集案内には、確かに11時から12時30分と書かれてある。しかし、受付の人が持っていた資料には12時30分から14時となっていた。ということは、募集案内の時点での計画が実施時点では変更になったものと思われる。しかし、事務局だけで勝手に時間帯を変更して、受講生に何の連絡もしないということが許されるのだろうか。12時半までの授業なら、午後の他のイベントに参加することも可能だが、14時までとなると、殆どの午後のイベントには参加できないことになる。この時間帯に変更になったと聞いていれば、受講を断念したかもしれないのだ。まだ、事務局には何も言っていないが、明日、冷静になってから、電話してみようと思う。今日の画像は、町で見かけた花。山法師、デイジー、デイジー、卯の花。
2016.05.10
コメント(0)

今日は句会の日、午前中は、句会資料のプリントをしたあと、出句する6句の選定と最後の推敲を行った。句会の結果は、あまりよくなかった。先生からはなんとか3句が選ばれたが、仲間からはほとんど選ばれなかった。今日、先生に選ばれたのは次の句。 〇大阪の街をすつぽり夏霞 こっぱん(先生ほか1票) 〇母の日のコンサートみな母の曲 こっぱん(先生ほか1票) 〇豆飯へ先づ丁寧に莢を取る こっぱん(先生)仲間から選ばれたのは次の句。 ・フリル付けおしやれ気取りの著莪の花 こっぱん(1票)今日、先生の特選に選ばれたのは次の句。 ◎豆飯の有るか無きかの塩加減 慈子(先生特選ほか3票) ◎葉桜の土手に静けさ戻りけり 哲子(先生特選ほか2票) ◎母の日に我が誕生日色褪せし 光祐 (先生特選ほか3票)今日最多得票を得たのは、上記豆飯の句。先生の句で今日一番人気だったのは次の句。 ◎母の日の妻母らしくしてをりぬ 塩川雄三先生(4票)今日の画像は、町を歩いていて目についた花たち。中央はセイヨウアザリア。四辺中央のバラは本町2丁目のスターバックスにて。
2016.05.09
コメント(0)

今日は、午前中は、テレビでNHK俳句、日曜美術館を見たり、パズルの発表原稿を作成したりしながら過ごし、午後から、関西ぱずる会の例会に参加した。帰りに大丸ミュージアムで「ミッフィー展」を、阪急百貨店で「近藤喜文展」を見た。関西ぱずる会の例会は、西宮市中央公民館の会議室で行われた。参加者は11名だった。各自、最近入手したパズル・書籍、考案したパズルなどを発表し、回覧しながら楽しんだ。Tnさんの古いパズル本、Mtさんのパズル切手、ガチャガチャの髑髏3種、Tk氏の数つくり、Nk氏の知恵の輪パズル、Hm氏のオリンピックエンブレムの検証、Td氏の折り紙パズルやビル・ストライボス氏との交換パズル、Yb氏のガードナー本の紹介や新聞記事の紹介などがあり、私は、「回転しても成り立つ小町足し算」を発表した。中でも、濱中氏のオリンピックエンブレムの検証は作図、工作品とも立派なもので、参加者の注目を集めていた。写真は、回覧物の一部。下中央の造形が話題の作品。「数学パズル事典」はTn氏とMt氏が編集に携わっている。ミッフィーはオランダの絵本作家ディック・ブルーノによって作られたキャラクターである。ミッフィーの図柄は切手になったこともあり、よく知っているし、これまでにも何度かの展覧会も見ている。今回の「ミッフィー展」は、ミッフィー誕生60年を記念して開かれたものであり、ミッフィー誕生までの話もいろいろ紹介されていた。展示は次のほうに分類されていた。1.ミッフィー生みの親ブルーノさん 1927生れ 初期の油絵、水彩画などを展示2.初期の絵本 りんごぼうや(1953)、きいろいいちご(1953)など3.ミッフィー誕生 Nijntije(1955)Nijntije2(1963) 前者は長方形の絵本、後者は正方形の絵本。 日本では、うさこちゃんと訳された。4.ミッフィのたいせつなもの うさこちゃんの夢(1979)、うさこちゃんのおうち(1991)、うさこちゃんのさがしもの(1991)、うさこちゃんのてがみ(2003)、うさこちゃんのあかちゃん(2003)、ミッフィーどうぶつえんで宝さがし(2013)。絵本で使われなかった原画たち 画像は、パンフレットより。右:上左「ちいさなうさこちゃん1955版」、上右:「ミッフィーどうぶつえんと宝さがし」、次の2枚「ちいさなうさこちゃん1955版」、次の2枚「ちいさなうさこちゃん1963版」、「りんごぼうや」、「きいろいことり」、「うさこちゃんとあかちゃん」、ブルーナが妻に贈った「朝食メモ」、ブルーナの写真、以下は展覧会グッズ。近藤喜文(1950-1998)は、ジブリの黄金時代を築いたアニメーション作家である。数々の名品を作ったが惜しくも47歳でなくなった人である。その回顧展が「近藤喜文展ーこの男がジブリを支えた」である。私は、ほとんど全部のジブリ作品を見ているが、寡聞にして近藤氏のことはよく知らなかった。ジブリと言えば宮崎駿、高畑勲の名前はよく知っているが、影で支えていた人がいたのだ。展示は次のように分類されていた。1.アニメーター近藤喜文の誕生 ルバン三世(1969)、未来少年コナン(1978)2.開花しはじめる才能 赤毛のアン(1979)、トムソーヤの冒険(1980)、名探偵ホームズ(1984)3.野心実現の挑戦 大きい一年生と小さな二年生、兄弟探偵、失踪する少女、退魔戦記(1980)、王女と献身的な犬、バイオリンを弾く少年など4.大いなる挫折 リトルニモ(1982-4)、愛の若草物語(1987)(ここまで日本アニメーション勤務)5.スタジオジブリ時代ー洗練されていった時代 火垂るの墓(1988)、魔女の田急便(1989)、おもひでぽろぽろ(1991)、紅の豚(1992)、平成狸合戦ぽんぽこ(1994)、もののけ姫(1997)6.スタジオジブリ時代2ー演出への挑戦 そらいろのたね(1992)、耳をすませば(1995)、ふとふりかえると(1993-1998:毎年発行の画集)画像はパンフレットより。右:「耳をすませば」より、「赤毛のアン」より、近藤貴文氏写真、「火垂るの墓」より、「名探偵ホームズ」より、「魔女の宅急便」より、「おもひでぽろぽろ」より。
2016.05.08
コメント(0)

今日は、午前中は、句集から佳句を抽出したり、雑事をしながら過ごし、午後から出かけ、大阪歴史博物館で開催された講演会「自在置物の魅力」という講演を聴いたあと、くらしの今昔館で開催されている展覧会「今昔館の宝物」を見に行った。「自在置物の魅力」の講演会は、現在開催されている展覧会「近代大阪職人図鑑」の関連行事として行われたもので、講師は、清水三年坂美術館館長の村田理如氏であった。自在置物というのは、蛇や虫の彫刻であるが、本物のように関節が自由に動き自由な形に変えられる置物のことである。明治年間に各地の刀鍛治職人によって作られたが大部分は欧米人によって買い取られ手流出した。村田氏は、自在置物をはじめ、この時代に作られた超絶技巧の工芸品を海外から買戻し、コレクションを展示する美術館を経営している人である。はじめに超絶技巧の美術品(漆器、象嵌、象牙細工、金属製置物、竹木製置物など)の紹介があり、その後、自在置物のコレクションの紹介があった。スライドで見せてもらったのは、展覧会の展示品1点を含め12点だった。鉢、蝶々、ムカデなどの昆虫、蛇、龍などの爬虫類、蟹、海老、鯉などの水生動物などである。蛇や龍などは数百個の部品を嵌めこんで作られており、1点作るのに2年かかったものもあるそうだ。これらは、一点が数百万円から数千万円で売買されているそうだ。内部構造がどうなっているのかに興味があったが、作り方については説明はなかったのが残念であった。ただ、蛇の場合、作り始めは、頭又はしっぽからで、一つ一つの関節が動くのは、留め金を差しこむ穴の大きさが留め金の太さより大きいためだそうだ。写真は、パンフレットと講演の模様。「今昔館の宝物」は、今昔館所蔵の江戸~明治時代の襖絵、屏風など21点が展示されていた。21点といっても、六曲一双の屏風が4点、4面~6面の襖絵が4点をはじめ大作がたくさんあり、見ごたえがあった。画像は、パンフレットより。左:蘭亭曲水宴図、源氏物語図、住吉図、右:夕涼図、藻刈図、漁樵図。
2016.05.07
コメント(0)

今日は、一日中家にいて、句集を読んだり、俳句の本を読んだり、俳句を作ったり、録画したテレビ番組を見たりして過ごした。句集はたなか迪子の「沓あと」。今日の写真は、マンション庭のセコイアの木に来ているヒヨドリ。一羽いたところにもう一羽飛んで来た。ほぼ真上なので逆光となりいい写真ではない。
2016.05.06
コメント(0)

今日は、午前中は、関ぱ会則の改正案を検討したり、俳句を作ったりしながら過ごし、昼前から出かけ、西宮アミティホールで開催された「ヴォーチェ・ベルステラ~春爛漫の歌声」というコンサートを聴きに行った。会場には11時30分に着いて、入場券を受け取るのに30分並び、12時から食事をし、13時の開演直前に入場した。やや右端に近いところであったが、前から3列目のよく見えるいい席であった。ヴォーチェ・ベルステラは6人の女性ヴォーカルで、18の曲の合唱のほか、島崎央子のピアノ独奏3曲、森下知子のサクソフォン・オカリナ独奏2曲が挿入された楽しいプログラムであった。画像は、コンサートの模様。左上と上中はプログラムより。コーラスの6人の名前は次の通り、左上より、三上周子、今井智子(今日は欠場で代打は北爪かおり)、西野夏子、沖野潮美、平尾直子、太田智子。画像、右下は、コンサートが終り、観客を見送る出演者たち。楽曲は、馴染み深い曲ばかりで自分でもくちずさみたくなる楽しいひと時であった。
2016.05.05
コメント(0)

今日は、一日中家にいて、いろいろな雑作業をした。俳句資料への挿絵入れ、句集鑑賞文の作成、関西ぱずる会の作品の作成、同会則の改正検討など。昼過ぎに俳句誌「築港」が届いたので、午後はそれを読んで過ごした。今日の画像は、マンションの庭で今見頃の、シャシリバイとガザニア
2016.05.04
コメント(0)

今日は、午前中は、東洋陶磁美術館で開催されている「宮川香山」展を見に行き、午後は、中之島バラ園へバラを見に行った。「宮川香山」についてはほとんど何も知らなかったが、明治時代に横浜で活躍した偉大な陶芸家であることを知った。今回の展覧会は、香山の没後100年を記念して開催されたもので、大部分の展示物は、横浜の田辺哲人氏のコレクションである。宮川香山(1842-1916)は、京都の真葛家という窯元の家に生まれたが、維新とともに横浜に行き、真葛窯を開いた。国際的な展示会である万国博覧会に毎度出品し高い評価を受けますます技に磨きがかかる。展示会では、彼の編み出した「高浮掘」と「釉下彩」という手法を用いた傑作150点が展示されていた。「高浮彫」は陶芸に彫刻を取り入れた造形で陶芸の常識を覆すような作品である。その超絶技巧の素晴らしさに息をのんだ。「釉下彩」は、彩色を下うえから釉薬をかけるもので、色が非常に上品になり、作品そのものも気品が出てくる技法。展示品すべてが素晴らしいもので、150点を見るのに、2時間ほどかかってしまった。展示は、次の5つに分類されていた。 プロローグ 万国博覧会を舞台にー華麗なる高浮彫の世界 鳥の彫像のついた花瓶やランプ台など11点が展示されていた。 第1章 京都、虫明そして横浜へ 仁清風、灰釉、粉彩の香炉、茶碗、花瓶など初期の作品15点を展示。 第2章 高浮彫の世界 高浮彫牡丹に眠猫覚醒蓋付水指、高浮彫四窓遊蛙獅子釦蓋付壺、高浮彫蛙武者合戦花瓶、高浮彫桜に群鳩三連壺、高浮彫灯籠に猿花瓶、高浮彫鬼に白龍馬大花瓶など5363点を展示。 第3章 華麗な釉下彩・釉彩の展開 黄釉銹絵梅樹図花瓶、青華氷裂梅花文花瓶など63点を展示。 エピローグ 褐釉高浮彫蟹花瓶、高取釉高浮彫蟹花瓶、釉下彩紫陽花図花瓶など8点を展示。画像は、パンフレットより。右:高浮彫牡丹に眠猫覚醒蓋付水指、褐釉高浮彫蟹花瓶、青華氷裂梅花文花瓶、黄釉銹絵梅樹図花瓶、高浮彫四窓遊蛙獅子釦蓋付壺、釉下彩紫陽花図花瓶。画像は、現地で撮影したもの。左は美術館前の中央公会堂、美術館玄関、館内の垂れ幕、右は展示品(この5点だけは撮影自由だった)高浮彫四窓遊蛙獅子釦蓋付壺、高浮彫蛙武者合戦花瓶、高浮彫桜に群鳩三連壺、高浮彫灯籠に猿花瓶、高浮彫鬼に白龍馬大花瓶。 以下は、中之島バラ園のバラ。今まさに見頃。<
2016.05.03
コメント(0)

今日は、一日中家にいて、HDDに録画したテレビ番組をBDにダビングする作業を行った。約一か月分をダビングするのに6時間ほどかかった。ダビング作業のあと、録画してテレビ番組を見た。今日見たのは、イワンの馬鹿、スイミー、金色夜叉、カラマーゾフの兄弟など。今日の画像は、先日歴史博物館へ行ったとき見た難波宮公園の藤棚。
2016.05.02
コメント(0)

今日は、午前中は、NHK俳句、日曜美術館などのテレビを見たり、俳句資料に写真を入れたりしながら過ごし、午後からは、都島区民センターで開催された「蕪村生誕三百年記念シンポジウム」に参加した。シンポジウムの主催は、NPO法人近畿フォーラム、蕪村顕彰俳句大学、蕪村生誕三百年記念事業実行委員会で、文化庁も後援しているそうだ。シンポジウムは司会の池尻一寛氏(近畿フォーラム理事長)により進められ、プログラムは次の4部に分かれていた。第1部 講演 1.「いにしえの毛馬を求めて」 村田正博氏(大市大名誉教授) 春風馬堤曲と古地図から蕪村の生家がどのあたりだったかを推理する話。 2.「俳句に感謝」 山尾玉藻氏(火星主宰) 地震の被害者の句、誹謗中傷され孤独だったときの句、介護疲れのときの句、終末期の句などを紹介し、俳句の持つ力を訴えた。第2ぶ 対談 村田氏の司会により、山尾氏、大橋晄氏(雨月主宰)、柴田多鶴子氏(鳰の子主宰))の俳人3人に先ず蕪村の俳句のうち好きな句を挙げて鑑賞、最後に自分の句を10句あげてそのうちの1句を自解してもらった。 蕪村の句 ・牡丹散って打ち重なりぬ二三片 蕪村 ・うれひつつ丘にのぼれば玉いばら ・菜の花や月は東に日は西に ・門を出て故人に会ひぬ秋の呉 ・門を出づれば我も行く人秋の呉 ・行く春やおもたき琵琶の抱き心 ・花散るや重たき箱のうしろより ・うつつなきつまみごころの胡蝶かな ・源八を渡つて梅のあるじ哉 自句一句 ・芽吹きそむ大岩盤に根付くとも 大橋晄 ・おもしろうなりゆくところ枯蓮 ・蕪村忌の闇のなまめし京の露地第3部 蕪村生誕三百年祭協賛団体の紹介 蕪村通り商店街会(金子清治会長)、毛馬胡瓜の会(清原風早子代表)、ウクライナ国立大(ガリーナ教授)、淀川神社(横路良宮司)第4部 特別講演 「蕪村 語りを書くー奥の細道画巻の発想」 小林孔氏(大阪城南女子短大教授) 蕪村が描いた「奥の細道画巻」の制作経過とその内容の概要の説明があった。奥の細道には、初版とされる「元禄枡形本」が定版とされているが、蕪村は天明の大火の後に出た明和本を元にして絵を書いている。明和本には、素龍が書いた跋が付いていて、「細道」を高評している。山形県立美術館にある画巻は3曲の屏風に仕立てられていて絵は9図書かれている。京都国立博物館所蔵の画巻では14図が描かれていて、うち9図は屏風と同じである。図の配置や図と文のバランスも絶妙であると小林氏は熱く語った。いずれも興味深い話で、有意義なシンポジウムであったと思う。満員の300人が来場していた。写真は、シンポジウムの様子。会場全体、司会の池尻氏、講演の村田氏、講演の山尾氏、対談の4人、大橋氏と柴田氏、金子氏・清原氏・ガリーナ氏、小林氏。
2016.05.01
コメント(0)
全31件 (31件中 1-31件目)
1