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May 4, 2008
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都内の某地下鉄の電車に乗り、駅で降りると


高校の歴史の先生がたまたまいらして、
「じゃあ、一緒に駅長室に行きましょう」ということになり、捜す手配をしてもらった。

しばらくして、忘れ物が見つかったという連絡が来て、「よかったー!」と大喜び。
私と共に見つかるのを待ってくれた先生も喜んでくださり、
おまけに、いつのまにか現れた先生のご家族も一緒に喜んでくれた。

…なんで先生の家族までいるんだろう?、と思いながら、目が覚めた。
という訳で、以上は先日見た夢の話。



お会いしないで久しいけれど、形容するなら
「あっさり。さっぱり。すっきり。」という印象の方。
でも、何かのときにはスッと援助の手を差しのべてくださる、すてきな先生なのだった。

普段そう思い出すことはないのだけれども、本当に自分が行きたいと思う場所には
一人ででも行くようになったのは、その先生の影響が大きい。

でも、卒業式のときのある出来事が
喉元にささったお魚の骨のようにひっかかって、歴史のノートを開くことはほとんどなかった。

高校のノートよりもいい歴史の本は手元にあるし、ちょっと見るだに気恥ずかしい。
(昔の写真を見て、「うわぁ、こんなだったんだ」と写真を放り出したくなるような気持と
同じようなものだと思う。)

それで思いきって、「えいっ!」と、歴史のノートを処分してみたのだった。


卒業式のときの出来事は、今から思えば本当に些細なことで、
何をどうしてそんなに気にしていたのか、正直よくわからなかったりする。
「ばかねぇ。」と言って、その当時の自分にデコピンしたいくらい。
まぁ、思い入れが大きすぎて現実とのギャップが受け入れがたかった、という事だと思うけど。

小さな出来事は、その人の持っている本質本体を揺るがすものではないのにね。


すーっと飛んでいったような気がしました。
物を処分することで、もやもやした思いも片が付く、なんてこともあるんだなぁ…。


その先生の着ていらした服をなんとなく覚えているのだけど、
いいものをゆっくりじっくり着込んでいる、という印象を受けたのを思い出しました。

そうだ、私はそういう服の扱い方が好きなんだわ、ということ、
ちょっと忘れかけてました。

そういうのって素的、と思う気持は大事に取っておこうと思うのでした。





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Last updated  May 4, 2008 05:35:45 PM


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