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今年の夏は病院外で体験する3年ぶりの夏です。2年前は化学療法の真っ最中で、昨年は移植直後でした。そんなわけで、夏の果物も、化学療法の最中にスイカ少し出たくらいで楽しめず、退院の時はすでにスイカやモモどころか、梨も消え、リンゴの季節になっていた。昨年は無菌食・加熱食で果物は缶詰のみ。 今年こそは果物を堪能するぞ~~と楽しみにしていたのですが、例の慢性GVHDが行く手を阻んでしまいました。しかし、それでも少しは季節の雰囲気を楽しめました。感謝なことです! 桃・・・岡山より白桃が届きました。多少繊維質が喉につかえたりはしましたが、水分が多く、特に良く熟した(傷みかけ)ものは口の中でとろけて良い。数切れ以上食べるのはちょっと苦しいですが、なかなかよかった。 葡萄・・・やはり岡山から「ピオーネ」が来たのですが、家族の話だと酸っぱいと言うことだったので、食べずじまい。一応口に入れておくべきだった。 メロン・・・夏の果物というわけではありませんが、これはダメ!刺激が強すぎ、一二口で終わり。しばらくいらない。 スイカ・・・夏と言えばスイカ!以前通院の時にドクターが推奨?していたこともあり、甘くて水分が多くてyたべや水のでは、と言う期待があった。丸のスイカ(市販のカットスイカは感染予防で禁止)を購入し、スカッと切り、朝らに並べ・・・夏の雰囲気を楽しむ。実際に食べたところ、すぐに中断。水分も多いが繊維も多く喉に入らない。それに、味も何故か甘さより妙に酸味がする。 まあ、とにかく夏の雰囲気を楽しめ、よかったな~~としみじみ思う。 感謝なことです。
2005/08/30
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この日は三週間ぶりの定期通院です。 もっか格闘中の慢性GVHDですが、前回の薬の増量も体感的にはあまり影響なく、唾液などの口内や皮膚症状、全身的なな倦怠感などが続いています。・口内・・・唾液は、まだほとんど出ない状態です。食べ物がかなり限定されていますが、食事時間は辛い時間というのはちょっと悲しい。内頬や口内~喉には数日周期で水疱が出ては消えています。唾液が出ないのですぐ口内は乾きますが、起きている間は水分補給しますので、まあ耐えられます。睡眠時はどうしても口内が渇き痛みが発生するので、2時間おきくらいには起きることになります。・皮膚症状1・・・従来は手の指を中心に水疱が出ていましたが、最近では水疱の後が硬くなったり、一部潰瘍化したりしています。 また、昔の古傷など、皮膚の弱いところにかさぶたが出来たり、ガサガサして、それが周辺に広がったりしています(背中、CVやマルクの跡、少年時代の手術の傷跡、なんと赤ちゃん時の疱瘡の跡も)。潰瘍になったところは痛いですが、皮膚症状一般は不快感はあってもさほど苦痛ではない(だから甘く見ていたかな)。・皮膚症状2・・・右腕の上腕に始まったむくみが、薬の増量で症状胃は一定おさまったものの、引くことはなく、右腕の上部から、手の甲や掌にまで広がりつつあります。また左腕その他にも見られるようになった。・皮膚症状3・・・慢性GVHDの最初のピークの時(5月中旬頃)手の指の爪の成長が止り、爪が途中で途切れたまま伸びて(その下は剥き出し状態)、8月に入って10枚中7枚の爪が剥離。いきなり剥がれたわけではなく、少しづつ進んだので、爪の下も少しづつ固まってきたのが幸い。しかし、硬いものに当たったりすれば痛いし、爪自体はまだできていないので、なにかを掴むとき少し不便。・倦怠感・・・これはどう表現すればいいのか、ともかく「怠い」につきます。ピーク時は起きあがれませんでしたが、数次の免疫抑制剤増量で、寝込むことはなくなった。今は特に夏の暑さも加わり、かなりしんどい状態です。 と言うような状態の中での通院です。 ドクターは、身体の皮膚の状態を見て、問診して「免疫抑制剤、増やしましょうね~~」と即座に提案。プレドロニゾンのみの増量か、プログラフも増量かが検討事項でしたが、結局症状の改善度と皮膚症状が広がっていることから、一気に二種類の増量にしました。 プログラフ(FK-506)は1.5mg/日から2.0mg/日にアップし、プレドロニゾンは10mg/日を一気に20mg/日に二倍に増えました。 一時の(慢性GVHD出現以前)量に較べると、どちらの薬もなんと四倍になっています。早ければ夏~秋にかけて免疫抑制剤はなくなるという嘗ての見込みはウソのようです。まあしゃ~ね~な~というしかありません。ちょっと長期戦になりそうです。 今回もドクターから楽しいお話しが。。。一通り診察が終わったとき「あの~ヨーグルトはお食べになります~?」という質問。一瞬何の話し?と思いましたが「あの~マウスの実験結果を論文で読んだんですが~」(は!?まうす??)「ヨーグルトを食べさせたマウス群はそうでない群よりGVHDの経過が良いそうです~」(え~~と・・どう反応すればいいの?)「だからヨーグルト、お嫌いじゃなかったらどうぞ!」私「先生、EBMは特に無いんですね?」「そうそう、病気の中身も違うし、人体実験したわけでもないですからね~~でも~、まあ良さそうなので~ご紹介しました~~」 ドクターは患者さんとの話題づくりのためにネタをしこんでいるのだろうか? しかし、ヨーグルト談義に約10分、次の予約人が・・またこうしてずれ込んでいく。
2005/08/12
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この日、長女を含む中一四人組が、家内のコーディネートにより近所の高齢者健康施設のデイサービスのボランティアに伺いました。既に四人で、また部活などの都合で全員揃わなくても一人や二人などの組み合わせで、「親子のひろば ぽっぽの家」やこのデイサービスで音楽や歌などを披露しています。成績優秀アーチストの男子、成績優秀演技派男子、成績優秀沈着冷静爽やかスポーツ系女子、そして、成績(-_-;) おちゃらけダンサーの我が長女です。 長女は、得意技を生かし、歌の時間に「花の精」になってバレエのステップで踊りをしました。 まだまだ「初心者」の彼ら、間合いがあいたり、歌を歌ってる最中に突如おばあさんが踊り出して茫然自失状態になったり、「一所懸命にやってるのが伝わって良かったよ」と感想を受けて感動したり、元教員のお年寄りから「教訓」を承ってじっと神妙に聴いていたりで、なかなか初々しくて良かった。 (おばあさんの踊りにびっくり茫然自失) 彼レの人生にプラスになれば良いなあ、と思う。
2005/08/12
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白血病とは直接関係のない話題ですが、今日、地域で「九条の会」が開催されました。「九条の会」は作家の井上ひさし、大江健三郎、哲学者の梅原猛さん達が呼び掛けて創った非政党、市民的な憲法や平和・民主主義を考える会で、全国各地に「~九条の会」が草の根的に生まれています。 (オフィシャルサイト)http://www.9-jo.jp/message.html 我が住む街にも「九条の会」ができ、今夜は発足の講演会がありました。呼び掛け人には、私と一緒にNPO法人を運営している仲間や知人が大勢参加しています。私は現憲法もその第九条も超歴史的で改変不可とは決して考えませんが、自由や民主主義、信仰や良心の自由を今以上に制限したりする方向の改正には市民として、またキリスト者として一切賛成できませんし、そのような方向の世の中は、私たち白血病患者にとっても今より生きやすい世の中であるとは考えられません。「ともかく改憲ありき」のような風潮にはどうしても賛同できませんので参加することにしました。 講師はフェリス女学院大学学長の本間 慎先生。 家族全員で参加する予定でしたが、私は慢性GVHJDの症状が強く残念ながら参加はできませんでしたが、家内と中学生の長女、小学生の長男と保育園児の次男が参加しました。 本間先生のお話は、戦争の問題と地球環境の問題をデーターを上げながら戦争の非合理さ、次世代への環境悪化の最大の原因となることを環境学者であるご専門を生かした解りやすいお話しだったようです。
2005/08/06
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この日は眼鏡の新調に眼鏡屋に行きました。入院中に化学療法か、若しくはコンパクトクリーンの下の暗いところで本を読んでいたためか、微妙に両眼の焦点が合わなくなり、見づらくなっていました。読書用に近距離の眼鏡をつくっていましたが、今回はこの近距離眼鏡の眼鏡の新調です。 視力検査の結果、視力はほとんど変化しておらず、どういう訳か片目にあった乱視が今回消えていたようで(化学療法か放射線の影響??)、それが原因で見え方が違ったようです。今の視力に合わせ、デザインも変えて新調しました。 この眼鏡屋酸の極近所に何時も列ができる中華料理屋があり、入ることにしました。慢性GVHD香本格化するまでは、ラーメンでも餃子でも、唾液が少なく食べづらくはあっても、何でも美味しく頂いていましたが、慢性GVHDが激しくなって以降は麺類も喉を通らなくなっていました。なので、今回はまだしもつるっと喉に通りやすいワンタン(ワンタン麺ではない)を注文しました。ワンタンであっても水分無しでは食べられず、お冷やは禁止の生水なので飲めないので、スープがある程度冷えるのを待って頂きました。ちょっと四苦八苦しつつも、なんとかワンタン一杯を食べることができました!嬉しいな~~~
2005/07/29
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この日は、三週間ぶりの定期通院でした。前回、ドクターと相談して、ちょうどドクターの夏休みにもかかるので通院を二週から三週後にしてみました。どうやら嬉しいことに、今後は三週に一回のペースにできそうです。 ・血液検査の結果から 基本的に良好でした。白血球摂家球、血小板の数値は申し分なく、慢性GVHDで危惧されていた肝臓の値も沈静化し、CRPも低くなりました。これを見る限り、移植後一年経過で再発率が多少下がった現時点では、通院も三週に一回でいいようだ、とのお話しを頂きました。 ・慢性GVHDの状況 問題は慢性GVHDです。前回まで、免疫抑制剤のプレドニンとFK506が増量、一時は夏から秋には飲まなくても良くなるのでは、とも考えられたのが、今や退院時より増えている状態。それでも体感的な症状(皮膚症状、それに伴う腕のむくみ、腫れ、しびれ、口内の渇き、唾液が出なくなる、目の渇きなど)は特には改善されてはいません。皮膚症状は更に進行し、手の爪がこの三週間ですでに3枚剥離し、今2枚が剥離しつつあります。 ただし、血液検査により肝臓や腎臓にはいまのところGVHDの症状は顕著に現れていないことは評価できる点です。 今回問題になったのは、アルブミンが減少傾向にあることで、唾液が出なくなり食物摂取に影響が出ている状態がQOLを低下させている点です。色々検討した結果、今回、FK506(タロスクリム=)が増量されることになりました。1.25mg/日が1.5mg/日に増えました。これで経過を見て次回どうするか決めることになりましたが、今のところ症状的には変化は内容です。次回も増量になるかもしれません。 慢性GVHDと夏バテのダブルパンチで体力的には少々まいっていますが、次回も三週間後に通院を設定。慢性GVHDは、身体には少々キツ目のところでバランスができてしまってそこそこ~かなり辛い状態ですが、全体的には少し快復に向っているとの手応えありです。 朝飲んでいる薬、目や口内の乾燥防止点眼薬・スプレー、皮膚の薬
2005/07/22
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この日、中学1年生の長女が、私の関与しているNPO法人が運営する「親子のひろば ぽっぽの家」(親子のたまり場)で初ボランティアをしました。「初」とはいうものの、今の住所に引っ越しの前、保育園と小学生低学年の頃、家内が引き連れた保育園児・幼稚園児・小学生チビッコ軍団とともに何回か近所の特別養護老人ホームには行ったことはありますが、自発的に自分で参加したのは今回が初めて。 今回のシリーズは、中学生の少人数で「ぽっぽの家」と近所の高齢者健康施設のデイサービスに行き、紙芝居、歌、絵などなどを分かち合うというもの。やはり家内がコーディネートしています。老健の担当者とは、今後も継続的なものとして定着できるようにつなげたい、というお話になりつつあるらしく、中学生達が張り切っています。 もっとも、この日の主人公は長女ではなくクラスメートでしたが、長女も手伝いとして参加したもの。 バレエにしか興味がないのかと思っていた長女も自分でボランティアに行くようになったのかと、父親としては正直言って嬉しくもあり、少し誇らしくもあります。見栄でもいいし、好奇心でも興味本位でもいい。違う世界に触れて、社会や人生について考えるきっかけになってくれたら、と願っています。
2005/07/20
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前日の暑さと熱気とはうってかわって、静かな一日でした。暑いのは変わらず暑く、消耗します。昨日の疲れを持ち越し、体の調子はすこぶる不調ですが、以外に元気もあり、基礎体力自体は一定ついてきた、と感触を得て、ちょっと気を取り直しました。 「静か」なのは三人の子ども達がいないからです。一番下の次男は、一昨日から市内の私の実家にお泊まりです。おじいさんおばあさんにかわいがられて、「帰らない。バイバイ」です。。。 長女はバレエの公演が近くレッスンに。長男は、朝からいそいそと独りでバスと電車を乗り継いで、次男のいる私の実家にさっさと出かけました。 我が家の「教育方針」と言うほどの者でもありませんが、子ども達には、 1、2歳になったら包丁を持たせる 2、年長組か小学生になったら独りでバス・電車で出かけることをしてもらっています。まあ、私立小学校の児童は一人で遠距離に通学しますから、できて当然です。長女、長男はクリアして、そこそこの自立心独立心も芽生えてきましたが、三歳の次男にはまだ包丁はもたせていません。なんか危なっかしくて。。甘やかしているのかな? 中学生になったら独りで外国に行く、と言いたいですが、さすがに霞を食って生活している我が家では無理です。。。 家内と「こんな時期もあったね」「そのうち静かになるね~~」としみじみ語り合いました。
2005/07/18
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この日は、年に一度の「ぴぐれっとまつり」の日。「ぴぐれっと」とは、私がリハビリに通わせて頂いている社会福祉法人です。 19回目、ということですが、私はかつて「第三回」の実行委員長を務めたことがあります。随分年月が経ったもんだ。。。 さて、私も一応スタッフの一員としてまつりに参加しました。本部事務局にいるので、当日は本部席で会計の作業。日陰で過ごして、夕方は売上金の計算を・・・と考えていましたが、甘かった! 幸いにして、曇りがちで日光こそはガンガンあたらなかったものの、梅雨明けでうだるような暑さ、作業以前にその暑さに詣ってしまいました。考えてみたら、夏を実体験するのは三年ぶりで、このような暑い外気の中で長時間身をさらすのも三年ぶりです。作業が堂の以前にただいるだけで頭がクラクラしてくるような感じです。途中で室内で休憩もとりつつ、結局3時でストップがかかり、リタイヤして帰ってきました。 猛暑とはいえ、いかに体力も精神力も低下しているかがわかり、ちょっとがっかりした一日でした。 写真は、メインステージの利用者の舞台の企画を担当し、ぴぐれっとの利用者さん達と共に出演している家内です。
2005/07/17
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一昨日我が家にカブトムシがやってきました。 その日、家内がご近所の知的障碍者施設で音楽のボランティアをしましたが、その時所長さんが「息子さんに」とおみやげで下さった虫君です。 なぜ障碍者施設にカブト虫が??? どこの里山?と聞きたくなるような場所ですが、我が家のすぐ近くにこういう場所があり、朝の散歩にもしばしば足をのばします。このシイタケ栽培をしているのが、くだんの障害者施設で、ここの椎茸栽培は、私も依然関わったことがあります。 この椎茸山の古原木捨て場に、カブトムシの幼虫が大発生しています。幼虫がいればサナギがいて、サナギがいれば成虫もいるはず。 これが我が家にやってきた、ふかしてからさほど日の経っていないオス・メス二匹です。昼は腐葉土の中に潜っていますが、夜中(午前1時過ぎ~5時半くらい)に元気にガサガサ動き回っています。息子達は大興奮です。
2005/07/13
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湘南台というのは、隣町の藤沢市の北部にあり、家からは歩いては少々キツイですが(でも行けなくはない)車だとすぐの所にある小都会です。たまに行っていた大きい書店が最近撤退し、あまり行く機会もなくなりました。 今日は、近場の湘南台へ運転の練習も兼ねてドライブです。本屋こそ無くなったものの、この街にはおいしいケーキ屋さんがあり、そこに行くのも目的です。 公道上で怪しげな所動をしている少女は、私の長女です。バレエ少女はみんなそうなのかな?どこでも手足が動き、踊りたくなるようです。ケーキ屋の前で浮かれているところです。 さて、そのケーキ屋は、マスターがフランスで修行し、味も大人の味。お店の雰囲気もフランスの香りたっぷりで、音楽もフランスのポップスとかシャンソンで、お仏蘭西好みの私のお気に入りの店です。数席だけですが座ってコーヒーとケーキも頂けます。 私の好きなケーキ「フォレノア」です。抑制された甘みと、酸味がほどよい。もっとも、慢性GVHDの口内の炎症で今はケーキを食べるのはちょと(かなり)難儀なんですが・・・とにかくコーヒーさまして一緒に飲んで溶かしながら頂きました。口と喉はともかく精神的に満足感を味わえました。生きてるって、感謝なことです。
2005/07/11
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昨日、運転がまずますの出来だったのに気をよくし、思い切って少し距離を伸ばし、藤沢市街まで車で行ってみることにしました。 昼の路上にでるのは、さすがに緊張しましたが、夜に較べて視野も開け、右手の痛みやしびれも落ち着いているので運転は昨晩よりもやりやすい。家内と交替することもなく藤沢市街まで行くことができました。 藤沢では、最近はカトリック藤沢教会のすぐ裏の百貨店駐車場に止め、まず藤沢名店ビルの中にある有隣堂に入って、倫理学や社会福祉、臨床心理学、医学のコーナーなどを覗き、1フロア下の文庫新書本コーナーを少し見てから、駅前広場を通って、先日紹介したコーヒーのお店「Flaut」に入ってコーヒーを飲む、というのがだいたいの決まったパターンです。それにしても「Flaut」は落ち着きます。 駅前広場に面して、お洒落な台所用品jのお店がありますが、こんなものを買いました。 動物さんのカップのセットです。かわいいのでついつい。。。食事の度ごと、家族で争奪戦です。キリンさんカップが気にいっていたのに、長女に奪われてしまった。。 本屋さんで本を見ている家に疲れがどっと出て、帰りは家内に交替。東名をぶっ飛ばすのは、もう少し先かなあ。
2005/07/07
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昨晩、久しぶりに自動車の運転にチャレンジしました。 身体的な慢性GVHDの症状はさほど変わらないし、体重もここ一ヶ月くらいで3kgやせたものの、免疫抑制剤の増量のバランスが体内でようやくできてきたのか、身体の奥からの痛みや、どうしようもないだるさなどは少なくなりました。だんだん気力と気合いが戻って来つつあるかな・・・と思う。 昨晩は、そんなわけで運転再開にむけて練習を開始しようと思い立ち、ちょうど長男が雨の中剣道で出かけていたので、お迎えに車を出すことにしました。 前回の運転はいつだったのか??・・・・一年前か、一年半くらい前か。。。基本的操作を忘れていました。キーを回し、サイドブレーキを落とし、フットブレーキから足を話しても動かない!「あれ?最近のオートマ車は自動的に動かないのかな?」と思い、アクセルをそっと踏んでもやはり動かない。。。「???」と思っていると家内が来て「クラッチが入っていない!」と。普通はドライヴに入れますよね。動かないはずだ・・・ ハンドルはパワステのはずなのに、右に切るとき非常に重い。ところが左は難なく軽く切れる。ハンドルがおかしいぞ、と思ったけど、おかしいのは私の腕の方でハンドルではなかった。右腕は一時ほどではないものの、未だに全体的にむくんでふくらんだり萎んだりしています。皮膚だけのGVHD症状だと思っていたけど、筋力や神経にも関係しているようだ。単なる「水ぶくれ」ではないんだなあ。 出だしイマイチの運転再開でしたが、距離も短いこともあり、結構うまく行きました。しかし、夜で雨の中ということもあったからか、非常に疲れました。運転前の気合いと気力が全て吹っ飛ぶ様な疲労感・・・運転とはこんな気を遣うものだったんだなあ、と実感です。次は藤沢まで運転、さらには東名を飛ばす!という目標が現実的になってきた。
2005/07/06
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悲しみに負けて気力を失うな。あれこれ思い悩むことはない。 朗らかな心は、人を生気にあふれさせ、 喜びは長寿をもたらす。 気分を変えて心を奮い立たせ、 悲しみを遠くへ追い払え。悲しみは多くの人を滅ぼした。 それは何の益にもならない。 ねたみや、怒りは寿命を縮め、 思い煩いは人を老けさせる。 快活な心は食欲を旺盛にし、 食べ物をおいしく味わわせる。 旧約聖書シラ書(シラの子イエススの知恵)30:21~25 慢性GVHDの諸症状で憂鬱になっていたときに友人から贈られた聖句です。(シラ書は正教会・カトリックでは旧約聖書の一部ですが、プロテスタンントでは「外典」ですね) 折しも、旧約聖書通読の箇所が、知恵文学もシラ書が後少しで終わり、預言書に入ろうかという時でもあり、また、この聖句とも内容的に深い関連のある本、ノーマン・カズンズ『笑いと治癒力』岩波現代文庫(カズンズは「笑い」で大病を乗り切ったという体験で有名なジャーナリスト)を読んでいたところで、まさに的確な聖句のプレゼントにびっくり!カズンズは熱心なクエーカーですので、シラ書は念頭に無かったかもしれませんが、自己治癒力と医療についての考察の基礎はズバリ聖書です。 すばらしい聖句を下さった神様と友人に感謝。
2005/07/03
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前回の定期通院の時に、主治医のK野先生が検診中に、突如それまでの話題と脈絡無く「う~~ん、もう夏ですが~スイカは食べますか~~~??」と(いつものようにおっとりと)質問してきました。一瞬頭が付いていきませんでしたが、次の瞬間、これはスイカの感染防止策についての話題では?と思い「好きです。丸いスイカは家で切って食べても可、市販のカットスイカは不可でしたね?」と答えると、そこでその話題が途切れてしまいました。多分、先生の話題を先取りしてしまったのでしょう。。。 しばしの少し重い沈黙の後、夏の感染防止策についての話題になりました。「感染についての文書を読まれたこと有ります~?」 今まで各ドクターからは個別に聞いていますが、そんなまとまったパンフはもらったこともないしだから読んだことはありません。「そんな文書あるんですか?じゃあ、下さい」と言うと、「いえ~ないんです~~」・・・・(-_-;) 「アメリカのCDCの感染に関するものが訳されてると思うし~~本屋でもいろいろ資料が手にはいると思いますので~~読んでおいてくださいネ~~」いつものように和やかで脱力系・癒し系の会話でした。K野先生の検診は楽しいです。 さて、具体的に夏の注意です。夏は、風邪やインフルエンザの危険はなくなり、一安心ですが、こんどは真菌、原虫、細菌が活発になり、別の危険が増大します。 食べ物は今までと同じ。季節柄痛みやすいし、カビなども発生しやすいので更に徹底。 生もの禁止。寿司ダメ、刺身ダメ、生ハム、レアな焼き肉ダメ。 市販のカット野菜、カット果物の生食はダメ。果物は丸ごと買ってきて家で切るのは可。 いたんだもの、ふるいものは食べない(カビ、腐敗) 直射日光を極力避ける(皮膚ガンのリスクが大きい・・・ヒェ~夏に長袖か~~~) もちろん帽子着用。とにかく日焼けはダメ。暑いからTシャツ一枚、ましてや上半身ハダカ、などは論外中の論外です。 プールは論外(人混み、直射日光、化学物質・・とマズイものがすべて揃っている) 海水浴もダメ 食べ物については従来の注意の徹底なので慣れていますが、夏に長袖はちょっとキツイな~~ とはいえ、3年ぶりの空調でコントロールされていない本物の夏。どうなるか期待と不安?でドキドキです。
2005/06/27
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写真はちょっと分かり難いのですが、慢性GVHDの皮膚症状でむくんでいた右腕が凹んできました。 手足や他の部分の発疹以外の皮膚症状は、最初は右腕の上腕内側のむくみや痛みはら始まりました。その後四肢に広がり、一時はかなり四肢や背中、肩首に痛みもありましたが、プレドロニゾンの増量でとりあえず痛みは治りました。しかし最初に始まった右腕だけはその後も進行し続け、腕全体に手首に向ってむくみと痛みが進み、一時は左腕の約1.5倍に腕がふくらんでいました。その後プレドニンの増量後一週間たち、ようやく効果が出てきたのか、幸いにも手首より先にはむくみは進まずストップし、少しづつむくみは引いてきているようです。右腕上腕の内側が始まりでしたが、今では内側の痛みは少なくなり、専ら上腕外側に白血球の主戦場が移動したようで、痛みとむくみがそこそこ強く残っています。 四肢の所々に、そういうむくみと痛みを伴って盛り上がってる所があり、数日周期で消えたり他の場所に出現してきたりしています。ここの皮膚で白血球が暴れているんだな~~と思うと、人体の不思議に驚かされます。白血球の働きは意識では制御できないので、ただ見ては免疫の機能の不思議さに驚嘆です。人体は素晴らしい! ただ本音を言うとその白血球の仕事への熱意が外敵と残存病変細胞にだけ向ってくれるとうれしいのですが・・・ 「凹む」というのは、文字通り「えくぼ」のようにポコッ腕が凹む!なかなかかわいい感じのへこみ方です。いや、正しくは他の箇所がまだ膨れていると言うことなのでしょうね。コンディションや時間によって、凹んだり、さらに深く窪んだり、また膨れていたりします。(こう書くと風船みたいですが・・・全体的に少しづつ萎んで行ってるようです。プレドニンのおかげかな)
2005/06/25
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(下和泉の鯖神社・・・朝の散歩で撮影) ご近所に「鯖神社」という、お魚の「鯖」の名前を冠した神社があります。朝の散歩でも、調子が良いときは歩いていける距離です。こじんまりしていて、なかなか静閑なお社ですが、海から十数キロも内陸の山の中に「鯖」とはどうして?と常々疑問でした。 そう言えば、この近くにも「サバ」神社があります。「鯖神社」は、横浜市と藤沢市の境の河である境川の支流である和泉川のそばにありますが、町内地図などを見てみると、この流域に鯖神社、サバ神社、、佐婆神社、左馬神社がありますし、更に調べると大和市あたりまで境川中心に類似の名称の神社が点在していました。更に調べると、なんと町内のHPがあり、鯖神社についても詳しい情報がありました。 瀬谷区にある左馬社を筆頭に、境川の東西に6社づつ、合計12の神社があり、特に境川東岸の6社と西岸の1社は「相模七鯖」と呼ばれ、昔は七鯖詣りをすれば悪い病気を防げるといった民間信仰があったようです。ご近所の鯖神社は、この七鯖の一つで、最も南にある神社です。 私のご近所の鯖神社は、400年くらい前に地元の一族の清水さん、鈴木さん(どちらも直系のご子孫がいらっしゃる・・・というか、私も存じ上げている方々・・・)が氏神として勧請したそうです。地元の人のお話では、「氏神」にふさわしく数年前までは境内に町内会館(自治会館)もあり、町内会の中心でした(写真の向って左側に町内会館があった)。数年前に町内会館が火事で消失してからも、境内には町内会(自治会)の倉庫があります。普段は静かな神社に戻りました。 普通はこれらの「サバ」神社の祭神は源頼朝(左馬頭)ですが、ご近所さサバ神社を含め近隣の3社だけは何故か源満仲(左馬権頭)が祭神だそうです。名前の「鯖」は、一応さしあたっては「サマ」が「サバ」になまった、と考えてよさそうです。 どうやら、サバ神社には長い歴史と由来が有りそうですね。最初に注目したのは柳田国男先生の『石神問答』だそうですが、今に至るまで歴史や何故「鯖」なのかは解明された訳ではなさそうです。
2005/06/21
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金曜日(6/17)は移植後第二年目初の通院でした。この日は皮膚科、血液内科、マルク、中央検査室で呼吸機能検査など目白押し。午後三時くらいまでかかりました。 (My病院。無菌室は最上階。血液内科はその下の下) 採血の結果はまずます。まずは芽球が出ていないことを確認。本当に無事に第二年目に突入できたようです。出だしの好調なことは良いことです。(予想に反して)肝機能の数値は若干下がりましたので、慢性GVHDは肝臓にはさほどは出ていないようです。お腹も下痢症状は今のところありませんので、唇・口の中の炎症、唾液の極端な減少、皮膚症状がメインで推移しそうです。皮膚症状は、手足の指中心に全身あちこちに水腫ができていますが、もっか不快なのは手や足の皮膚全般でのGVHD症状で、特にむくみでしょうか。中でも右手は上腕からむくみが始まり、だんだん手先の方に向って腕全体がふくれつつあります。筋肉の痛みや腫れではないので、皮膚症状によるむくみ、と診断されました。どうりでこのところ、手足肩が痛かった(熱が出たときの痛みと似てるが、少し違う痛み)はずです。プレドロニゾン増量以後は、その痛みはかなり治りましたが、右手だけは症状が進んで肩から腕に掛けて痛みがあり、朝起床時など左手の1.5倍くらいにふくれています。 唇、口内、喉で白血球が暴れているので、もっか食事にかなり不便な状況ですが、お粥と、豆腐の味噌汁、目玉焼きを常食としているので、少々栄養の偏りはありますが、アルブミンも下がるのが止り、栄養状態も少し低いですが現状維持です。 口の中に、二三日周期で発疹ができ、場所を変えながらあちこちに出ては消えていますが、喉にできると、液体すら飲み込むのが難儀になります。先日は、ちょっと大きいサイズの薬「バクター錠」が、まさに喉の奥の炎症箇所引っかかり、水を飲んでも飲み込めない、吐き出しもできない、そのうち解けてきて苦くなるわ気持ち悪いわ・・という笑えない状況になったりも。薬は水に浮かせる様なイメージで、勢いでカッと流し込むに限ります。 目の渇きは、感染と炎症の危険性があるのでガマンはいかん、と、目薬を出していただきました。 呼吸機能検査は、「肺活量」だからすぐ終わると甘く見ていたら、約一時間かかる検査でした。パソコンも使うハイテクな検査に感心。昨年12月の治療退院の時点より、肺活量が3分の2位に減少していました。肺機能が衰えていると言うことでしょうか?これもGVHDの影響なのかな? 薬は、今回もまたしても増量です。最初は現状維持という線で話していたのですが、検診と症状の検討の結果、前回のプレドロニゾンの増量で一定の効果が認められるが、慢性GVHDが以外に強いので、唾液減少などによるQOL低下を改善するために、今回はプログラフ(タロスクリム、FK-506)を増やすことに。プログラフは一端は0.5mg/日にまで減っていたのが1.25/日に増えました。どういう結果になりますか。。。 またこの日は、移植後一年目のマルク(骨髄穿刺)がありました。「胸にしますか腰にしますか?」と聞かれたので、迷わず「胸にしてください」と答えました。まあ、どちいも嫌なのが本音ですが・・・(K野先生は、なかなかマルクの技が鮮やかであることがわかりました)。 長時間で疲れましたが、無菌室でお世話になったナースと会ったり(刺す身振り入りでマルクがんばれ、と激励された´д`)、患者仲間の顔を見て(お互いに)安心し合ったりと、心和むこともありました。
2005/06/19
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6月19日は正教会の暦で「聖神降臨祭」(五旬祭=ペンテコステ)にあたります。残念ながら、今日の祭日の聖体礼儀には、拒絶反応の症状により参加できませんでしたが、自宅で静かに聖神降臨祭、聖霊が下され、教会が誕生したこの日を想い、祈りました。 ◆主日聖体礼儀の聖書朗読箇所 使徒 2:1~11 ヨハネ7:37~52,8:12 ◆祭日のお祈りより 【トロパリ】(第八調) 崇め讃めらるる哉ハリストス我等の神よ, 爾は漁者に聖神 を遣して叡智者と為し, 彼等を以て世界を漁し得たり, 人を愛する主よ,光栄は爾に帰す。 【コンダク】(第八調) 至上者は降りて舌を淆しし時,諸民を分てり, 火の舌を頒ちし時,衆を一に集め給えり, 故に我等同一に至聖神 を讃栄す。 父と子と聖神(聖霊)、三位にして一体なる至聖三者を讃美讃栄します!
2005/06/19
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またしても散歩再開です。以前「散歩再開」をご報告しました(5/23)が、結局その時は慢性GVHDによる体調の低下が進み、その日一回だけでまた中断となってしまいました。 身体の痛みと怠さが進み、二週間ばかり、週の予定(日:教会、火:教会のデーター入力、木:社会福祉法人)はすべてお休みして、少し外出したものの専ら家で休養していました。前回の通院(6/3)の際、免疫抑制剤の増量があり、10日くらいしてようやくその効果が出てきたらしく、先週の後半からだんだんとリズムが快復してきました。木曜は社会福祉法人にリハビリ作業に行けたし、日曜日は教会に参祷できました(疲れがひどく終了後即退散しましたが)。火曜日も時間を短縮してですが教会に入力作業に行けたし、ようやく生活のリズムが戻ってきました。こういう小さな谷と山の繰り返しです。 そして、中断していた朝の散歩も月曜から再開。昨日は雨で行けませんでしたが、5日間続けることができています。早朝に少し歩くだけで、身体も頭も爽快になります。 しばらく外を歩いていなかった間に、季節は梅雨に入り、紫陽花が咲く頃になったのですね。梅雨時の冷ややかな涼しい早朝の感覚を味わえるのは、病院だと考えられない様な贅沢なことです。 一年前は、移植後一年目はもう通常に戻ってバリバリ様々なことをこなしている、と思っていましたが、なかなか思うようにはいきませんね。今はまだ免疫抑制剤に大きく異存していることが改めて感じられます。私はFK-506、プレドロニゾンには比較的感受性があって、増量の時など特に感じますが、結構身体にきます(副作用を感じる)。そういう直接作用だけでなく、身体の状態が免疫抑制剤に大きく異存しているのだ、と今回特に実感しました。 明日は二週間ぶりの定期通院です。苦手なマルクもあります。。「最近の症状」は、明日の検査の結果も交えて次の機会にまとめます。
2005/06/16
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正教会の暦では、今年の昇天祭は先週の木曜日、6月9日でした。偶然にも私の骨髄移植一周年の日、教会には行けませんでしたが、家で静かに感謝の祈りをしました。五旬祭(ペンテコステ)までは御復活の喜びの期間ではありますが、この日を境にお祈りや祭壇の模様を復活祭モードから通常の週日モードに変えます。 今週の主日は、復活祭後の第六主日。「諸聖神父の主日」と名付けられ、325年ニケアの第一回全地公会議に集った師父達を記念します。この会議は、主イエス・キリストが、真のの神であり真の人であることを宣言した重要な会議ですね。 読まれる福音書はヨハネ17:1~13 子はあなたからゆだねられた人すべてに、 永遠の命を与えることができるのです。 永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、 あなたのお遣わしになった イエス・キリストを知ることです。 ・・・世にいる間に、これらのことを語るのは、 わたしの喜びが彼らの内に満ちあふれるようになるためです。 主を「知る」とは、なんと深い豊かな言葉でしょうか!主を神・主として崇め讃めるだけではなく、真の神であり真の人である、その方との深い交わりに招いていてくださっている、夫婦が互いを「知る」と聖書に記載されている如く、一体となるように呼ばれている・・・ この主の愛を想うとき、底知れぬ喜びが湧いてきます。 (アメリカ留学から帰国中の伊望さん) このところ、拒絶反応で体調が良くなく、数週間ぶりに教会に家族ででかけることができました。アメリカから一時帰国中の伊望さんと久しぶりに会えました。また、お名前だけ存じ上げていたカトリックの友人との初対面、新進気鋭の教父研究者(の卵)ともお会いできたこと、祈りの中で覚えていた方との再開など、恵み豊かな感謝なことでした。
2005/06/12
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(友人から贈られた移植一周年のオルゴール) いよいよ骨髄移植後第二年目に入りました。(正しくは、先頃夜中の0時を回りましたので、第二年目の第二日目になっていますが・・・) 何が変わったという訳でも無いのですが、心なしか、気分や大げさに言うと世界が少し変わったような感じもします。下の写真は、移植の最後の瞬間、まさに点滴針が抜かれようとしているところです。 そんなわけで、今日は家内と隣町の藤沢にちょっと買い物に出かけました。 (藤沢市側から横浜市を望む。市境の道にて) このような風情のある道を通って行きます。藤沢という街も、なかなか風情があっていい街で、好きです。今日はいよいよ梅雨なのでしょうか、しとしと小雨でしたが、小雨の街に行くのもなかなか情緒的です。
2005/06/10
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昨年の今日(6月9日)、骨髄移植が行われました。ちょうど一年目の今日を、再発(再々発)もなく迎えることができました。 骨髄移植が始まったのは夕方の7時頃、今はちょうど2時間くらいたった頃です。 (無菌室に差す夕陽) 始まった時はまだ明るかった骨髄移植が終了したのは、翌日の未明でした。同じ血液型だったので、2リットルの大きなパックを、ゆくりと流したのです。(血液型が違うと、非常に少量になります) (移植開始の時の骨髄液パック) 今日は静かに感謝します。 痛い思いをして骨髄を下さった北の国のドナーさんに感謝! 共に病に立ち向かった家族に感謝! いままで励まし、祈り、ご声援と支えを下さった友人の皆様に感謝! 御復活と御昇天の主に感謝と讃美
2005/06/09
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復活祭後の廻家祈祷がありました。正教会では、復活祭後や降誕祭後(教会により両方も)に、司祭が信徒全家庭を巡回して、一緒にお祈りし、お話しするという場があります。 この日は、私にとって退院後初、3年ぶりの廻家祈祷です。短い時間でしたが、神父さんを家庭に迎え、家族全員で共にお祈りをして、充実したひとときでした。このところ、拒絶反応の症状が強くなり、教会にも行けなかったので、ますます来て頂いてよかった! 「ハリストス復活!」「実に復活!」という復活の喜びの挨拶にも、力が入ります。 何を間違えているのか、息子は「ねえ~神父さん、戦いしようよ~」・・・・(-_-;) 遊びに来たのではないんですが。。。写真は神父様を遊び相手と間違えている困った長男と神父様。
2005/06/04
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骨髄移植から一年目の記念すべき日が目前です。昨年の6月9日夜から10日未明にかけて移植が行われました。一年たったのだなあ、と感慨深いものがあります。 今日は一年目最後の定期通院でした。まずは、「芽球」が検出されなかったことに一安心です。これが出たら再発ですから。後数日残っていますが、ともかく移植後第一年目は再発もなく、過ごすことができたなあ、と確認できました。 家にかえって、気が抜けたこともあり、ちょっとグッタリしていました。 心の中から、喜びと感謝がわき起こってきます。 (病院へ向う途中、車上から) 検査結果ですが、血球関係はまずまず好調。この二ヶ月くらい高目の値だった白血球も落ち着きつつあります。赤血球や血小板は5月中旬からようやく成人男性基準に達し、安心して普通に呼吸することができます!肝臓も特には悪化はしていない。この一ヶ月くらい体調が良くなかったのですが、CRPやLDHも落ち着きつつあり、ようやく安定傾向になったようです。 しかし、表面に出ている感性GVHDの症状は従来通りです。頸や肩の痛みや全身の筋肉の痛みについては、出た時期が慢性GVHDの症状出現と一致しているので、何らかの関連があるのでは?と思われますが因果関係が良くわかりません。。関節の痛みは、しばしばあるらしい。 アルブミンが検査毎に下がる一方で、明らかに口内の腫れは一定否定的影響を与えているので、相談の結果、今回も免疫抑制剤を増量し、まず慢性GVHDの症状を抑え、QOLの向上を優先課題にしよう、ということになりました。 免疫抑制剤の増量は、プログラフ(タロスクリム、FK-506)とプレドニン(プレドロニゾン)の両方、もしくはどちらか片方のみの増量を検討しました。丁寧な主治医のK野先生は、カルテから今までの薬の増減と症状の変化を丁寧に拾って、丁寧に説明してくださり(この調子では、後の順番の人の時間は・・・-_-;) 感染リスクとのバランスや今までの薬と症状の経過から、プレドロニゾンの方を増量することに決定。結局、いったん5m/日まで減ったプレドニンが、昨年12月退院時の水準(10mg/日)に戻りました。また感染対策を少し強化しなくてはいけないなあ。 (復活祭の卵) ともあれ、再発(私の場合は再再発になりますが)の約60パーセントは一年目にでますので、乗り切れそうなことに感謝です。
2005/06/03
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「一休み」はまだ継続しています。全身の倦怠感はようやく脱出できたのですが、夜中~未明に欠けての全身の筋肉痛、特に頸から右腕の痛みが強く、右腕上腕部のむくみが残っています。口内は、かえって強くなったみたいです。 全体的には、身体の感じがよくなったようなので、今日は家内が藤沢に買い物に行くのに着いていきました。ワタシは駅すぐ横の本屋さんに行っただけでしたが。。。 藤沢には以前から気になる店がありました。どうやら喫茶店らしいのですが、廻りがどんどん改築されて洒落た街になっているのに、落ち着いた木造のたたずまい。中はどんな感じなのか、気になっていました。 今日はさすがに疲れ、帰りがけに(というのはこのお店のすぐ側の駐車場にいつも車を入れるので)休憩をと思い、始めて気になるお店に入りました。看板には『Flaut 珈琲と音楽』とありましたので、Jazzでも流れている私好みの店では?という期待感! 入ってすぐに耳に入ったのはJazzではありませんが、優雅なバロック音楽です。「音楽」はクラシック、それもバロック、ルネサンスだったのですね。窓辺にはマリア像が綺麗に飾られ、よく見るとカウンターには十字架が。。。目を上げるとカトリックのレデンプトール会で崇敬されている「絶えざる救いの聖母」というイコンが!!!(画像のイコンは我が家の一室のイコン。お店のイコンではありません^^) 物静かなマスターが、珈琲を湧かし、」お店の中は静寂と落ち着いた暖かい大人の雰囲気です。今は熱い飲み物は口が腫れて受け付けないので、アイスにしていただきましたが、コーヒーも心がこもっていて家内と二人でおいしさを満喫しました。 店内に、リコーダーがおいていたので、「Flaut」という名前はそこからとったのかな。 イコンに迎えられ、おいしいコーヒーと静寂と満足のひとときでした。疲れたけど行ってよかった!
2005/06/01
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このところ、慢性GVHDについていばしば触れてきましたが、このところ、その症状が強くなったため、ちょっとお休み期間となっています。症状は今まで書いた通りですが、右上腕のむくみと、口内の腫れがひどくなり、全身的に「だるい」感じです。 週三回(日曜の教会、火曜の教会での事務、木曜の境福祉法人の仕事)出ていますが、先々週より約二週間はこれらの活動と、NPO法人の会議もほとんどお休み。関係者の皆さんにはご迷惑を掛けてしまった。。。 ちょっと身体には負担があるかな・・と思いつつ、自分自身のやる気と生命力増進のためにもと思って、喜びをもってこなしてきたつもりですが、疲れとGVHDがかち合って、ちょっとストップ状態です。ちょっと疲れた。ここは「がんばらない」で行こう。。(でも来週あたりからは復活したいものだなあ) さて、表題の詩編第46篇11節 「静まれ、わたしを神と知れ」(フランシスコ会訳、聖公会訳) この「静まれ」は、口語訳では「静まって」、新改訳「やめよ」、新共同訳「力を捨てよ」となっています。ギリシャ語70人訳のテキストを見ると、スコラステがあてられています。つまり「スコリアを持て」です。スコリアは「スクール」の語源となった言葉で、「暇」「余暇」ですが、なるほど、諸訳の「静まれ」「やめよ」「力を捨てよ」などの味わいと通じるものがあると思います。 単に「静か」な状態ではない、もっと充実した満ち溢れた沈黙。その中でこそ「万軍の主は私たちと共にいます」ことを知ることができる。 私も、しばらくちょっと立ち止まって、明日のためにも満ち足りた充満の中で少し一休みしましょう。
2005/05/28
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このところ慢性GVHDの症状+風邪で休んでいた朝の散歩を再開しました。 始めた頃の朝5時半はまだ少し暗かったのが、今はもはや5時半や6時では「早朝」とはいえなくなってきました。6時くらいになると、沢山の人が動きだし、もう街は動き出しています。 雨上がりの朝など、大気が透き通っているときは、遠く富士山、丹沢が5月末の今でもくっきりと見えます。 体力が付いてきて、だんだんと距離も団地の中だけから周辺へ、範囲が広がってきましたが、ゆっくり歩くと、なかなかおもしろい発見もあります(写真は、ご近所の村の新旧三猿)。 日一日と、夏の気配が強くなります。今年は空調の効いた病室でなく、汗を垂らしての夏を過ごせそうです。。 いろいろ紆余曲折もありますが、何時も共にいます神・主に感謝!
2005/05/23
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先週は体調不調で行けなかった教会に、今週は家族全員で行きました。 教会では、奉神礼(典礼)の奉仕をしています。毎週、チームを組むのは、小学生の三人組の堂役(侍者、サーバー、アルターボーイ)たち。三人とも元気な子たちです。 男の子三人が集まるとどうなるか・・・一人は五年生なので「兄貴」という自覚が一応有りますが、残りの一年生コンビがまたやんちゃ。にらめっこを始め、戦いを始め、ローソクや香炉や乳香に夢中になって「仕事」を忘れ、果てはケンカがおっぱじまる。。。(;´д`) 弱い私は、だんだんと青筋が・・・でもお祈り中に怒ってどうするの!神父様は、悠々と奉神礼を進めます、それを見て、私もはっと反省することしばしば。忍耐と寛容を学ばせてもらってる賑やかで大事な仲間達です。 ちなみに小一コンビの一人は我が長男・・・やはり青筋がヾ(^o^;) 「主イイススハリストス神の子よ我罪人を憐み給え」
2005/05/22
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このところ不調で、風邪をひいたのか、水曜日(19日)より朝の起床時にゾクゾクする感じが。木曜日はいよいよ熱っぽく、体温を測ったところ5時半には37.1度、7時には37.4度になっていた。このまま上がり続けると、即病院に行く=即入院!!となるので、週一回の社会福祉法人事務局の「お仕事(リハビリ)」をやむなくお休み、夜には熱も上昇せず一安心。翌金曜日はおりしも定期通院の日。通院後も家で静かにすごし、今ようやく調子が戻ってきました。 少し調子が良くなると動きたくなるのが性分の私。課題であった部屋の大掃除を始めたところ、なんとなくしたと思っていた「結婚指輪」が書類の間から出てきました!!! 再発後の化学療法の時はずし、丁寧にビニール袋と封筒に入れたはずが、どうしても見つからなかった。。。骨髄移植前の掃除の時に、間違って捨ててしまったのであろう、と言う結論にして、家内には謝っていました。よかった!! あきらめてはましたが、結婚式の時家内と交わした大事なものだから気にはなっていました。。。 また一つ、大事なものが生活の中に蘇ってきたといううれしさを感じます。感謝、感謝! 定期通院ですが、今回は慢性GVHDの症状が悪化もしていないけど、特に良くもなっていないため、免疫抑制剤の減量は無し。口内、目の渇き、手の指と甲と耳に出ては消える水疱、他の場所の皮膚のただれ、唇・口内の水疱に腫れなど、慢性GVHDは「全汎性」であると診断された(慢性GVHDは、急性のようにグレード、ステージではなく、「局限性」か「全汎性」かがポイントとなる)。 家内が「程度はどのくらい?」とドクターに聞いたところ、以外にも「う~ん、中度~重度ってとこかなあ」とのお答え。私は「軽度」であると思っていたので、ちょっと以外だった。今までの例からも、どうも症状を「甘く見る」わけではないけど「軽視しよう」という傾向があるらしい・・・主治医K先生からは「ガマン強いのもいいけど、無理はダメですよ~」と言われてしまった。 発熱のことは「そういう身体の変化はすぐ連絡してくださいね」とやんわり、かつはっきりと(優しいK先生にしてみるとキツイ言い方なのだろうな)クギを刺されました。。。(;´д`)
2005/05/21
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昨土曜日の晩ですが、関わっている障碍者グループホームのバーベQ大会があったので、家族全員で参加しました。いわゆる「宴会」などの類は、入院以来始めて!妙に楽しく新鮮でした。もっか生もの禁止、酒禁止なので、お茶のペットボトルで盛り上がり、焼き物ならいいや~~、と野菜や肉を頂きました。旨い!! このコゲは発ガンのリスク高・・と一瞬思いましたが、何処吹く風。(子ども達が日の間を走り回っていた危険写真は、デジカメの内蔵カードを忘れたため撮れませんでした。残念!) 少しづつですが、できることと範囲が広がっているようで、実にありがたいことです。 先週の木曜日から、リハビリに通わせて頂いている社会福祉法人の「お仕事」が、午後半日から9:00~17:00になりました。ドクターとも相談して、少しづつ身体をならすのならいいのでは、ということで(ドクターはあまり賛成ではなかったようですが)。翌日はクタクタでダウン状態に成ってしまうのが、ちょっと悲しいところです。。。しかし、充実感は確実に増します。。ほんとうに、感謝なことです。
2005/05/16
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朝の散歩、継続しています。始めた当初は、まだ肌寒かったのが、だんだん暖かになってきました。朝の風が心地よく感じます。植物相が少しづつ変化してきて、夏の気配が少しづつ感じられるようになりました。 前回の定期通院で、好酸球が少なくなったので、一定花粉症は大丈夫かな、と思い、今までは(距離も少しあるので)避けていた雑木林にも行くようになりました。林の中では鶯もまだ鳴いています。鶯や様々な野鳥の声や木々の梢を渡る風の音を聴いていると、痛みや怠さをしばし忘れ、心身共に癒されていくようです。 気候がだんだんと夏に向って行くにつれ、緑も濃くなり、虫たちも活発に動き出します。植物や鳥、虫たちの生命に触れていると、生命の実感がしみじみとわき出てきます。 数日前の新聞には、ゆっくりした散歩は心肺機能などの向上には役立つけど、足の筋肉の衰えは防げない、とありました。元々歩行機能の向上が目的だったのですが・・・それはともかく、朝の散歩の時間は、貴重で大切なひとときです。
2005/05/11
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前回の通院で、慢性GVHDの症状が出ていて、一定QOL上の師匠が出ているため、プレドニンを増やしたことはご報告ぎました。さて、その後はどう変化したか。。。まず、実感的には、あまり変化したようには思いません。身体はダルいし、口内は乾いて、アゴや内頬や唇の炎症や発疹は出たり消えたりで、不快このうえなし。足や臀部の皮膚のただれもあまり変わらず・・・・ですが、家内の言うには、明らかに前とは様子が違うとのこと。薬を増やす以前は、もっとグッタリしていた、今の比ではなかったそうです。 確かに、口の中も、皮膚も、より悪く進行してるわけじゃないし、通院後発見した両手指にできた水疱も、広がらずに治りつつある。。。すごく症状が治った訳じゃないが、進行はしていないようです。 金曜日(5月6日)定期通院でしたが、採血の結果もそれを裏付けていました。好酸球が減っていました。好酸球はアレルギーの指標ですが、ここのところずっと高い数値だったのが今回激変。季節的に花粉などが減ったのかもしれませんが、好酸球はGVHDの症状が出てるときは高くなりますので、GVHDの進行が安定している、とも判断できます。 ただ少し気がかりなのは、肝臓の値が少しアップ(GVHDであればしかたがないかな・・まだ生検のレベルじゃないし)、白血球とCRPが依然微増しつつあることです。極端な高数値ではないので、様子を見よう、と言う段階ですが、ドクターは次回もこの傾向なら、まずは抗真菌薬のジフルカンをイトリゾールに変更する意向のようです。もしかしたら、ジフルカンで防げていない真菌類があるかもしれないので、ということらしい。 これを聞いて、GVHDはともかく、自分ではかなり「回復」したつもりでも、まだそういう要注意段階なんだな~と改めて実感した。 GVHDは進行は収まったけど、依然症状は出続けているので、今回は薬の量は変化はありません。 新しいK先生は、丁寧です。お話しのリズムも少しのんびりですが(隣室から漏れてくる血液内科部長F先生の早口とは対照的)、内容的にも詳しく話しに乗ってくれます。。でも、全員にこの調子で診察したら、終わりの方の時間の予約の人は汝になるのだろうか・・・??? もっかの生活上の不便さは、まず帯状疱疹の残りの痛みです。激痛でも無いですが、なんだかんだと、日に一回(若しくは二回)は鎮痛剤を飲んでいます。高い熱が出てる訳でもないのに鎮痛剤(=解熱剤)を飲みつづけていいものか・・・と少し悩みながら継続。そこそこに痛くて不快です。 身体のだるさは続いていますが、一番の不快感は口の渇き。唾液が非常に少ないので、不居っきり無しに水分を含み続け、食事は「口の中で解けるようなもの」以外は非常に食べづらい。。具体的には、白米は解けないから食べづらく、焼いたパンなどは口に入れたときこそ炎症部とこすれて痛いけど、飲み物を入れると解けるのでかえって良い。お粥は食べやすい。味の濃いモノ(香辛料や塩味)は傷がしみてダメ。冷や奴や納豆も、醤油やタレが染みていまは食べにくい。ポテチなどはもちろん塩辛くて辛くて・・・単なるワガママとの境界線がつけにくい・・・カミさんごめんなさい!です^^; しかし、治療のかなりの期間、飲むことも食べることもできなかったわけですから、少しの制限はあっても自分の口で食事を取り、飲むことができ、自分の力で生命を維持できるのは、本当に感謝なことです。 後一ヶ月で移植後一年生存です!!! 感謝の内その日を迎えたいものです。
2005/05/08
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今日は、正教会では「復活大祭」です。暦の関係で、復活祭の日程がカトリックと違います(同じ日になる年も多い)。ことしは少し遅い、5月1日でした。復活祭のお祈りは、土曜日の深夜から開始します。土曜日の23:30からまず「夜半課」が開始(実際には信徒の祈り、痛悔機密はその前から開始。また、今年はしませんでしたが、復活祭に先立って夜半課開始まで使徒書の誦読が続けられます)。ここまでは受難週間のお祈りの延長線にあり、聖堂は主の眠りを記憶するため明かりが落とされ、聖堂中央には、主の眠りを象る「眠りの聖像」というイコンが安置され、十字架が立てられます。夜半課の終わり頃、眠りの聖像は至聖所の宝座(メインの祭壇)に転移され夜半課の終わりと共に「十字行」が始まります。(0:00)「十字行」では、司祭・信徒、教会の共同体が「ハリストス救世主や、神の使い達天に於いて爾の復活を崇め歌う、我等にも潔き心をもって爾を讃め歌わしめたまえ」と歌いながら聖堂の廻りをぐるっと回ります。今年は天候も良く、十字行が実施できました(雨の時は中止)。十字行の間、聖堂の中では模様替えがあり、聖堂内は斎の色から金・白を基調とした復活の喜びを表わすように変えられ、明かりがつけられます。入り口で司祭と会衆のやり取りの後、司祭「ハリストス復活!」会衆「実に復活!」と主の御」復活が高らかに宣言され、共同体は、喜びに満ちた明るい聖堂に入堂します。ここらへん、重要なポイントなのですが、今年は打ち合わせの不足??か、会衆が入った後で明かりがついた。。。。ここから復活祭のお祈りです。「早課式」「一時課」「時課式」と喜ばしい聖歌が歌い続けられます。この中で、金口イオアン(聖イオアンニス・クリソストモス)による「復活祭説教」が読まれ、全てのヒトがこの復活の宴に招かれていることを明らかにします。続いて「聖体礼儀」。聖歌が多少変わりますが、通常の「金口イオアン(クリソストモス)の聖体礼儀」が行われます。使徒書の誦読は、「使徒の働き」の冒頭部分です。福音書の誦読は、ヨハネ福音書の第一章1~18節。福音が世界に広がり、様々な国民に伝播したことを表わすため、数カ国語で読みます。今年は、ギリシャ語、英語、スラブ語、日本語でした。私も、ギリシャ語の誦読の奉仕をさせて頂きました。聖体礼儀のクライマックスは「領聖」(聖体の拝領)。だいたいこの時点で午前2:30頃です。この領聖こそ「朝食break fast」の言葉の本来的な意味「斎が明けた最初の食事」ということになります。こうして、復活の祭りは喜びの内に終了します。今年の終了は、03:00頃だったと思います。終了後は信徒会館で祝賀会で復活の喜びを分かち合います。そして電車の始発を待ちます。今年は、友人や他教派の方々も来た下さり、イエスを主・神と仰ぐ者兄弟姉妹として御復活の喜びを分かち会えました。また、私も長時間で不安があったのですが、至聖所での奉仕に達、無事に奉仕も最後までやり遂げることができました。実に感謝なことです。 ハリストス復活! 実に復活! (キリストは復活された! まことに復活された!) Christ Risen! Indeed He is Risen!
2005/05/01
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出るぞ出るぞ・・・と言い続けてきた「慢性GVHD」がいよいよ登場してきたようです。先週金曜日に定期検診に行きましたが、そこで判明。 帯状疱疹で入院して以来、体調がなんとなく良くなく、後遺症の腕の痛みやシビレも一端ひき始めて来ていたのが、ここ二週間くらいぶり返し、最近では毎日鎮痛剤を飲んでいる状態に成ってしまいました。会わせて、口内と目が異常に乾燥。移植後から唾液が出にくくなり、口内の渇きは在りましたが、ここしばらく、自分でも「最近ちょっとひどいなあ」と思うレベルになってきてました。室内が乾いているからか・・・と余り気にとめていませんでしたが、どんどん進展し、口内に疱疹の様な者が出始め唇にも出始め、食事がそこそこ苦痛になってきました。それと身体のだるさ。何処が特に痛いとかでは無いのですが、とにかく「だるい」。予定のない時は、横になってることが多くなりました。 定期検診の時、ドクターに最近の症状をお話ししたのですが、いろいろ過去のデーターともつきあわせたところ、帯状疱疹の発病やこの間の一連の症状が発生するに先立って、免疫抑制剤(この場合はプレドロニゾン)の減量があったこと、減量の直後に、症状が出てることがわかり、現在の口内や唇のただれなどの所見もふまえて、免疫抑制剤の減量によって、慢性GVHDが出てきたのであろう、という結論になりました。過去、治療で入院中も、プレドロニゾンやFK506の減量の後に症状が出てきて量をもどしたこともありました。 諸症状は、一定QOL低下を明らかに招いていますが、まだ病理学的検査をするような重篤な症状ではありませんし、全体として回復が後退している訳でもありません。しかし、明らかに日常生活に影響が出ており、QOLの向上維持と、目や口の中の乾燥、唇や皮膚の悪化による感染リスクと、免疫抑制剤増量による感染リスクを天秤に掛けた場合、一端症状を軽くしてリスクを減らし、再度薬の減量を図っていく、という作戦にすることにしました。 よって、せっかく斬減してきた免疫抑制剤ですが、4mg/日まで下がったプレドロニゾン(プレドニン)を、一端7.5mg/日に戻すことに成りました。おまけに一週間はクラビット服用に。 その後、両手に今までなかった水疱が出現しました。(両手に帯状疱疹再発、だったら泣くしかない。。。。)今のところさわっても痛みは無く、両手に同時ですので、唇の水疱やその他皮膚の症状などから、他の感染症でなければ、慢性GVHDは症状的に間違いなさそうです。GVHDが出ているからには、身体を壊すついでに身体に残ってるかもしれない病変白血球も一緒に壊してくれているであろう、と思うと、GVHDの症状は困りますが、仕方が無いなあとも思う。。。長期に渡る、末永い付き合いになりそうです。
2005/04/25
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少し前から、朝の散歩を始めています。寝るのが結構早いので、朝は大体5時~5時半くらいに目を覚ましますが、朝一番はトイレに行って、体重を量り、お茶を一杯飲んで(口の中がカラカラなので)、朝のお祈りという日課。この後、秋田時間が早ければ聖書を少し読んで、散歩に出かけます。だいたい5時半~6時の間。時間にして3、40分、家の廻りを散歩します。 私の住んでいる一帯は、田園地帯ですので、森あり、河あり田畑ありで散歩には最適です。朝はウグイス、スズメなどの小鳥たち、農家の鶏の鳴き声を聞きながら、朝靄の中をゆっくり歩いています。 今まで長期に渡って、ほとんど歩くことがなかったので、わずかな散歩で筋肉痛に。。。歩行訓練と思ってゆっくりと訥々と歩いています。また、最近体調が思わしくなく、特に朝は帯状疱疹以来の腕の痛みもありどんよりした重苦しい気分ですが、それを振り切って一日の動きを造るためにも散歩を続けています。 だから、朝の爽やかさを楽しむ、という状態ではありませんが、暖かい日などは、花の香りや鳥の声の中、ささやかな喜びもだんだん感じるようになってきました。
2005/04/22
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ご心配かけて申し訳ありませんでした。「便りのないのは元気な証拠って格言が私たちにはあてはまらない」というご指摘、まったくその通りですね。以前入院中、同室の方がPCを持ち込んで患者HPを散策していました。その方がぽそっと言った言葉「HP、リンク切れのHP多いんだよね・・・・」と暗く。何を言いたいか言うまでもないことですが、複雑な心境です。どうやら同じ病の方や後身の方も来られることがあるようですので、気をつけます。毎日書く、とは行かないとは思いますけどヾ(´∀`*) さて、毎日どのように過ごしてるのか、ということです。朝、だいたい5時半前後に起きます。起きたらすぐトイレに行き、冷水で顔を洗います。口の中がカラカラに乾いているのでウガイをして、体重測定。その後祭壇の前で朝のお祈り。ここまでは入院中の延長線のようなものです。朝は一日中で最も体調も気分も重苦しい時間なので、ここまで気合いでエイヤっと行い、一日の勢いをつけます。この後、早く起きた場合はここで聖書を読みます。そして朝の散歩。20~30分くらい近所をゆっくりと散歩します。帰ってきたら6時過ぎくらい。そのうち早起きの次男が起きて、お相手。朝食です。午前中は体調も気分もまだ調子が出ず、読書や軽作業、音楽で過ごし、午後はだんだん調子が戻ってきて、建て直し。「家事」は布団上げ、洗濯物たたみ、(洗濯物干し)はだいたい私の分担。こんな感じの悠々自適(????)の日々です。 一週間でみると、日曜日は、体調が許せば教会に行きます。長男と一緒に聖体祭儀の奉仕(サーバー)をします。出られる状態であれば月一回は午後執事会(教会役員会)。 月曜日は特に予定はなし。火曜日は、午後教会に行き、リハビリを兼ねて教会の事務のお手伝いを数時間します。 水曜日は特に予定無し。木曜日は、午後「仕事」。ある社会福祉法人の本部、障碍者地域生活支援センターの事務の業務を、リハビリも兼ねて少しづつさせて頂いています。金曜日は二週に一回通院で定期検査。土曜日は特に予定はありませんが、設立に関わった地域の福祉NPO法人の事務局や理事会が入ることがあります。 これ以上のアクティブなことは、今の状態では厳しいです。一日活動して次の日は休み、で精一杯。でもここまでなんとかこなせるようになったんだなあ、と感慨深いです。 リハビリの場を提供してくださった所属教会、横浜ハリストス正教会と、社会福祉法人には感謝です。 「大学院」は、誰でも入れる(^^; 放送大学大学院の科目履修です。(今の身体の状況では、これが一番無理のない勉強方法ですので。。当初は社会福祉士受験資格取得のための勉強等も考えていましたが、授業に出られる状態でもなく、通信の場合のスクーリング参加さえ確実に行けるとは言えないので、放送大学で科目履修をすることにしました)。個人的な関心領域は、仕事とも関連する「障碍学」で、骨髄移植の経験も生かして生命倫理や優生思想と「障碍」がオーバーラップする領域を追求したいと思っています。 これも、生活に変化と秩序と目標を設定し、気合いを与えるためです。 「悠々自適」で時間がたっぷりあるはずですが・・・何も進んでいかずに時間ばかり過ぎ去るのはなぜだろう・・不思議。 とはいえ、こうして生活の秩序が徐々にであっても回復しつつあることに感謝な毎日です。
2005/04/15
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長らくご報告を怠り、申し訳ありません。ご心配下さり、メールもいただきました。「どうしてるの?生きてるの?もしや良くなくて・・と思うと聞くにきけないじゃない!」とおっしゃる方もおり、そうだなあ、と反省している次第です。 この2ヶ月間の経過をかいつまんで報告します。まず、全体としては経過は順調です。今のところ再発の兆候もなく、この調子だとなんとか無事に無再発で移植後一年目をむかえられそうです。血球の状態も安定してきていますし、今のところ、顕著な慢性DVHDの症状も出ていません。実に感謝なことです。 実際には、この2ヶ月間、結構波があり、浮き沈みもありました。まず、入院が2回ありました。 第一回目の入院は、2月14日(月)~21日(月)まで。インフルエンザ感染によるものです。経路は次男かららしいのですが、次男本人は罹らず、次男経由で私の方が罹ってしまいました。身体がだるく、急激に熱が上がり、40度近くまで上昇、すぐにドクターに連絡し病院にかけつけ、そこで検査の結果「即入院」ということになりました。入院場所は、いつもの血液内科病棟ではなく「感染センター」でした。「感染センター」といえばSARSやコレラなどの患者が運び込まれて隔離される所です。。ここへの入院は初めてですが、同じフロアにはかつて入院したことがありナースたちとも顔見知りで、雰囲気も良かったという好印象のフロアです。 退院して、ようやく疲れもとれ、気合いを入れて生活の新規まき直しだ、と思っていた矢先にまたもや入院することになりました。3月15日(火)~23日(水)です。 定期通院で2回にわたって白血球が増え、しかし特に炎症反応も高くなく、何かな、とドクターと語っていたのですが、左腕が痛くなり、次男の添い寝をしているので窮屈で肩が凝ったかな~などと気楽に思っているうちに、背中に発疹が!どんどん発疹も腕も痛くなり、病院にTELして診察の結果、帯状疱疹とわかり、また即入院です。またしても「感染センター」。ナース達とは「戻ってきましたよ」「あらまた来たの?」とご挨拶・・・ 入院してからも発疹と腕の痛みは進行し、指や手の平・甲がむくんでグローブの様に腫れ上がりました。二次感染かもしれないので検査の為に退院延長に。採血の結果、どうやら感染による腫れではなく、抗ウイルス剤へのアレルギー反応であろう、とわかり、ドクターの「あと2日くらい入院して様子を見たら」(治療は特にない)という勧めを断って、退院しました。 闘病面では、そのようなこともあったとは言え、基本的には順調です。薬は、まず一回目の入院後、免疫抑制剤のFK506(プログラフ)が2mg/1日から1mg/1日に減りました。感染リスクは減って、GVHDに注意を向けていたので、帯状疱疹も初めは慢性GVHDでは?と思い、発見が遅れてしまいました。そして前回の定期検診の時、ステロイド(免疫抑制剤でもある)のプレドロニゾン5mg/1日が少しだけ減って3.5mg/1日になりました。このところ、諸症状で当初聞いていたペースより薬の量の変化が遅れていたので、嬉しい限りです。 主治医が変更しました。最初の主治医O先生(女性)が三浦から県立ガンセンターに、入院時に研修医で私の主治医を引き継いだM先生(男性)が三浦に、県立がんセンターからK先生(女性)、という玉突き人事で、K先生が私の担当主治医になりました。のんびりとした口調の静かな感じのドクターです。 帯状疱疹以来、肩と左腕のシビレと痛みは消えていません。さすがに痛み止めを常用するレベルではなくなりましたが、何か集中せねばならないときは、今でも痛み止めを使用しています。また、夜は痛み、腕の重さで一回は起きます。その時期以来、ドライアイと口の渇きがひどくなりました。これはGVHDなのか花粉症なのか、今ひとつ判然せず、不快な状態が続いています。食べるのも苦痛、寝るのも苦痛という状態です。しかし移植の時を思い出せばたいしたことはありません。 生活面では、大きい変化がありました。以前かかわった、障碍者の地域生活を支える先駆的な実践を続けている社会福祉法人から声がかかり、リハビリの場を提供して頂いています。本来は、仕事については夏以降から(しかも条件付きで)ということだったのですが、ドクターとも相談して、それにむけた練習ということで、今は週一回午後だけ法人本部と地域生活支援センターでの事務仕事に通い始めました。「仕事」にはならないんですが、焦らず(・・もうかなりイライラしてますが)、じっくりとやっていきたいと思います。福祉実践の現場からはねれて2年もたっています。若い職員・利用者さんたちから初心に戻って学んでいきたいものです。 長女と長男が一年生です。長女は中学生に、長男は小学生に、二人とも元気良く学校に通っています。彼らの門出を内で迎えられて感慨深い!生きて手よかった・・・ 私も4月から大学院生です。 さて、正教会ではいよいよ大斎(レント)の最終版です。復活祭(5月1日)を喜びをもって迎えるため、主の御受難と十字架を思い自分を省みる時期です。御受難と復活の主を讃美! 私の生活・生が主の栄光と御旨を顕すことができますように!
2005/04/10
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「社会復帰」などと言うと「退院後2ヶ月もたっていないのに早すぎる!」とドクターからおしかりを受けそうですが、全くその通りです。自分の状態への過大評価は失敗のモトです。 しかし、少しづつ社会や地域との関わりが復活してきました。その第一段階として、私が設立に関わって役員をしているNPO法人の事務局会議に出席しました。「家からドアツードア」「少数だから“人混み”ではない」かつ「短時間」「座ったまま」といううことで自分で納得して。。。^^; 私の住んでいる地域には、福祉や地域のことを考える緩やかなネットワークがあり、私の関わるNPOもそのネットワークの一環として、他団体とも連携しながら地域づくりの一端を担っています。主な目的は、地域の中で「子ども」の問題を考え、共に子育てをしていこう、ということにあり、「母と子のたまり場」も運営しています。 久しぶりに顔をだして、世の中や地域は動いているんだ、と実感。この二年間で、NPO法人を取り巻く状況や、そこから要請されている課題も変わりつつある。。。浦島太郎みたいなもので、話題についていけないのをもどかしく思いつつ、そんな感想を強く抱きました。気合い入れて、頭にねじまかなきゃ、と思う。
2005/01/28
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鎌倉に行きました。家内が人形劇に使う布を買うと言うので、家内と義姉の三人でドライブ。但し私は相変わらず「人混み禁止」「自宅静養」なので、鎌倉に到着しても車からは降りず、駐車場で車の中で本を読みながら待っていた。。。本当に「行っただけ」でした。 でも、数ヶ月ぶりの鎌倉は楽しかった。車の中から建物や人々の往来を眺めているだけで「楽しいな~~」としみじみ感じました。 家から鎌倉は、車で行けば比較的短時間で行けます。「鎌倉市」域にはいる、というだけなら車で10分ほど。早ければ30分ほどで鎌倉の中心に行けます。ルートも複数在ります。今年のNHK大河ドラマが「義経」なので、さぞ盛り上がっているのでは、と思ったら、特にそうでもありませんでした。 帰りは海岸に出て由比ヶ浜から和田塚方面に行き、長谷大仏の横を通って藤沢に抜ける道を利用、その途中、ドイツ料理のお店「SEA CASTLE」があります。観光ガイドブックには必ず出てる有名な店ですが、空いていて「人混みではない」ので入りランチにしました。ドイツ人の女主人さんはウィットの効いた応対をすることで有名ですが、相変わらず。楽しく過ごせました。(生食禁止なので)やむなくサラダを残して家内に食べてもらっていると、「自分で食べなきゃ。大人でしょ!」とやられました。そういや義兄は以前、「この肉、食いたいな~」と言ったところ「うちには『食べ物』はあるけど『くいもの』はない!」と一喝されたそうな。ソーセージやお肉、じゃがいもなど、味覚障害が続く私にも満足できる味。大人のお店で、本当にいいお店です。 由比ヶ浜を長めながらコーヒーを飲む・・・頭の中が真っ白になるような、落ち着いたひとときでした。生きていて良かった!とつくづく感じます。
2005/01/14
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昨日(1月7日金)、あもう一昨日になりますね。今年初の定期検診に行きました。 何時も通り採血して、血液内科で担当ドクターによる検診。血液の状態もOK,体調もOK,まずまずの状態でした。 肝臓の値も前回より良くなったことは良かったのですが、IgG値が低めで、急遽ベニロンの点滴をすることになり、約一時間ベニロン二本を点滴しました。 ドクターの注意のポイントは、とにかく「感染には気をつけること!」です。そのお話しをひとしきり聞いた直後、「友人の結婚式に出たいのですがいかがなものでしょうか?」と切り出すと、一瞬先生の力が抜けたような・・・そして診断室に笑いの渦が。。。 今回の診断の結果、また少し前進がありました。ようやく免疫抑制剤の量が少し減りました。いままで免疫抑制剤のプログラフを1mgを2回、2mg毎日飲んでいたところ、0.5mgを2回の計1mgになりました。但し、ステロイドや他の薬は現状のままですが、また一歩前進、と嬉しく思います。
2005/01/08
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昨日、私の実家に行きました。実家行きは「車で移動で、ドアツードアで、家族以外に会わないので人混みへの外出ではない」ので「それぐらいだったらいいかなあ」とドクターの許可をもらっています。なにせ、今の時期は風邪やインフルエンザなどへの感染が要注意です。家族はインフルエンザのワクチンを注射してますが、私本人は禁止事項になっています。感染防止は、人を避けるのが一番、「人を見たら菌と思え」という具合です。 途中、お昼時少し前に、某Vステーキテェーンの横を通りかかったところ、店内にお客が一組しか入っていなかったので入りました!店は広い上に、お客が遠くに一組だけだったので、これはドクターの厳禁する「人混み」ではない、しかも空調も利いており、むしろ安全・・・?と判断。 ですが気をつけなくてはならないことはたくさんあります。まず「お冷や」・・・は「生水」なので飲まない。しかし水分が無くては食事しづらいので代わりにスープバーを注文。お肉も、摂食量が減っているので、最小のサイズに。(それでもたべきれなかった)焼き加減は、ミディアムレア、と行きたいところだけど「生肉」禁止なので、ウェルダムでしっかり焼いてもらう。。サラダバーでは、生野菜は用心のため避けて、温野菜中心に選ぶ。。。そして、混んできて「菌」が増える前に撤収! 制約も在りますが、お正月で空いていたので、久々に「外食」を楽しみました。
2005/01/06
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皆様、明けましておめでとう御座います!昨年はありがとう御座いました。 昨年2004年は、2月にAML(急性骨髄性白血病)の再発発覚、再入院(化学療法で寛解に持っていくため)、「移植」のための入院、「骨髄移植」と急性CVHDによる入院長期化、と病院での闘病生活に明け暮れました。幸いなことに同血液型、6座全一致、重要なDNAタイプも一致のドナーさんがすぐ見つかりスムースに移植もできました。GVHDでは少々辛い思いもしましたが、皆さんの祈りやご声援に支えられて乗り切った一年でした。心より感謝します! さて、年末・新年は、「ドアtoドアで、車で移動して、家族のみあうのなら外出もOK」というドクターのお墨付きを得ましたので、私の実家、並びに静岡県の家内の実家に行きました。一年ぶりの長時間(と言っても静岡へは2時間程度ですが)ドライブで、新鮮でした。さすがにm、役一年間運転していないので、運転はちょっとガマンして家内にお任せ。練習を再開せねば。。。 今回は「人混み」ではないので外出も許可されましたが、まだ他の禁止事項は残っています。せっかくのお正月ですが、酒は禁止、生もの禁止で、刺身・お寿司・生ハム・キムチなどはダメ。お正月はちょうど煮しめてあるので、おせちはちょうど良い。。。だけど生タラコ、筋子、数の子はダメなんだろうな・・・ 何回も書いていますが、ごちそうが出ても、味覚がおかしくなって味が良く解らないのが残念です。口の中で全ての味に酸味がつき、微妙な味(香料、香味など)が解りません。強めの甘みや辛みは、はっきり解りますが。退院してから食べたものの仲で、ハッキリ味がわかるのは「納豆ごはん」と「鮭茶漬け」です。どちらも食べやすいと言うこともあります。というのは唾液があまり出ないので、一口何か食べたら水分を含まないと、食べられないからです。以外と食べやすいのは煎餅やポテチの類。乾燥してるので、口に入れたときはパサパサしますが、水分を入れるとすぐ解けるので意外に食べやすいのです。 しばらく前、調子に乗りすぎて「風邪」でひやっとしたので、自重モードで行動。おかげで風邪は大丈夫でした。薬の量も退院時と同じで、免疫抑制剤、ステロイドともに前回の検診では量は変わりませんでした。次回は今週金曜日ですが、変化するでしょうか? 長がった入院生活も昨年で終わり、今年は完治に向って進む年です!またがんばるぞ~~
2005/01/04
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ハリストス生まる! 崇め讃めよ!クリスマスおめでとうございます。 さて、イブの日、今年最後の定期検査がありました。検査はドクターの外出や祝日の関係で若干変更もありますが、当面は週一回の通院です。 先ず、今回の検診では、数日前の「風邪」で大目玉・・・こそくらいませんでしたが、先生は非常に驚かれ、「まだ免疫系が不安定なんだから、熱が出たり体に異常があった場合は、すぐに連絡すること!!!」と厳重に釘をさされました。血球の状態も良く、体に特に以上も無く、風邪によるCRP(炎症反応)も上がっておらず(下がった??)、経過は良好でした。お正月、家族と実家に車で行く位の外出なら人混みではないのでOKとのお許しも頂きました。 いろんなお話しをし、その中で、少なくとも秋以降と言われている職場復帰は、今の体調がそのまま続き、出勤や勤務の条件次第では、段階的に春以降開始することも不可能ではないかもしれない(微妙だな~このドクターの言い方は。。。)とのことでした。退院してからまだ2週間くらいですが、教会と地域と福祉の現場が待っている~~と励みになります。 昨日は降誕祭でした。今年の降誕祭は、退院が来年にずれ込んで、家族と一緒には迎えられないかもしれないとの思いもありました。家族と一緒に御降誕を祝え、感謝です。教会の降誕祭聖体礼儀には行きたかったのですが、さすがにあの「風邪」の後、熱こそ下がっても喉の調子が良くないので自重し家にいます。 24日の夜(つまりクリスマスイブ)は私の実家に行って親子三代で御祝い。心から感謝を込めて、降誕祭のトロパリ・コンダクを歌うことができました。25日は、家で粛々と。【降誕祭トロパリ】ハリストス我が神よ,爾の降誕は世界に智慧の光を照せり,此れに由りて星に勤むる者は星に教えられて,爾義の日を拝み,爾上よりの東を覚れり。主よ,光栄は爾に帰す。 【降誕祭コンダク】今童貞女は永在の主を生み,地は載せがたき者に洞を献ず,天の使は牧者と偕に讃め歌い,博士は星に従いて旅す,蓋我等の為に永久の神は嬰児として生れ給えり。 主の御降誕を心より御祝い申し上げます!!
2004/12/26
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退院からあれよと言ってるうちに、降誕祭直前になりました。沢山の方から御祝いのメッセージを頂き、感謝しております。 退院後の経過ですが、最近まで、特に症状が悪化したり、GVHDも激化したりせず、落ち着いて過ごせました。ただ。体が環境の急激な変化にうまくついていけない所があり、特に激しい運動をしたわけでもないのに、かなり疲れます。できるところから、洗濯物たたみなどから再出発していますが、一日全体の運動量は、入院中より遙かに多くなったらしく、疲労の量も違います。 いろんな方から、長期入院して退院したばかりなのだから、しばらくはじっと何もしない、という構えでいなさい、と諭されましたが、2、3日じっとしていると、体がムズムズしてきてガマンできなくなります。困ったものです。。(;´д`) 10日(金)に定期検査に行きましたが、血球中にも芽球などのヤバイものはなく、退院前に行われた骨髄穿刺の結果も、その日までの段階では悪性のものは検知されず、ドナーさんの由来の白血球が95パーセンントで、順調に定着し機能を発揮しており、再発の兆しはもっか見あたらないとドクターから聞きました。本当に感謝なことです。 体の疲労感や、体調など、まだ本調子ではありませんので、当初考えていた行動計画やイメージはとりあえず先送り。やろう!と楽しみにしていた「料理」も数回手がけたくらい。だんだん平気になってきましたが、台所でしばらく立っていると、膝がふるえてくる、という情けない状況です。ちなみに、今日の昼は「お好み焼き」を作り焼いて食べました。 「食事」については、とにかく病院食以外の食べ物を食べられるようになったことは、本当に嬉しいことです。有難いことです。「生もの」は禁止ですので、すし・刺身・生ハムなどは厳禁ですが、それ以外のものはOK。ただ、味覚障害がまだ残っていて、味の薄い病院食ではあまり気がつきませんでしたが、味覚の変化はかなりまだ大きいと言うことをかえって知ることができました。頬の内側はまだ腫れているようで、香辛料にはかなり強く反応しますし、甘さ(と塩辛さ)ははっきりわかりますが、それ以外の微妙な味覚はかなり落ちているようです。本来「旨い」ハズのものも「旨さ」がさっぱり解りません。また、唾液があまりでないので、ご飯でも一口食べたら水分を一口含む、という調子。ましてやパンなど他のものでは、水分を欠かすことはできません。まあ、少しずつ回復するのを待つのみです。 計画していた日課などはすこしずつ実現してるかな~と言う感じです。退院前は、退院の翌日から新日課の新生活が順調にスタートするハズでしたが・・・あまりにも甘かったです^^; 「不覚の風邪」ですが、不覚というより無自覚の結果でした。「じっとせず何もしない」様な生活は「無為」に過ごしている、としか思えず、ちょっと動けるようになると、すぐに何かを始める・・・まあ、体も脳もリハビリのために適度に活性化させた方が良いと思いますが、退院後の短い期間の割にはガタガタしすぎました。 最もいけなかったのは「部屋の片づけ・模様替え」でした。入院中の荷物を片づけたついでに、ず~~~~っと気になっていた本の整理や配置換えなどを、半日気合いを入れてしてしまいました。環境は、ホコリ・暖房無しの冷たい気温・やせ細った筋肉を酷使しての肉体労働・・・その結果、体中の筋肉が痛み、単なる筋肉痛と楽観していたところ、熱が出だして、喉もおかしくなり、セキとクシャミが出てきました。。 熱も一時は38土台に突入し、いよいよ再入院か、と思った位です。幸いにして、それ以上は上がらず、平熱に戻り、だんだん回復しつつあるところです。ちょっと状況を甘く見すぎていました。反省。 もっかそのような状況です。お祈り、ご声援下さってる皆様には、何時も感謝しております。よきクリスマスをお迎えください! 「ハリストス生まる! 崇め讃めよ!」
2004/12/23
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数週間先の見込みだった退院が、急遽明日になりました!先日の一時帰宅での体調が良かったことと、その後の経過も良く、採血の数値も良かったため、退院を早めても良いことになりました。一昨日採血をしましたが、サイトメガロウイルスの検査結果がわかるのは昨晩、それをふまえて血液内科のカンファランスがあり、その結果退院OKということになりました。一応、希望であれば週末退院もOKだし、不安ならもう一回くらい練習で帰宅してからでも良いですよ、どうしますか?ということでしたので、家内とも相談して、週末退院にしました。今日は血液内科長や婦長さんが来るやらであわただしく、退院のための諸検査のため、結構忙しい一日でした。マルクもしました。担当ドクターとのガイダンスで、今後のことも打ち合わせしましたが、病気との付き合いはまだまだ年単位で続き、なんら「終わった」わけではないことを改めて肝に銘じました。とはいえ、身体は自宅に戻ります。まだ仕事も教会の奉仕も完全復帰は出来ませんが、「父親」だけはまず復帰です。 生命と死の主に感謝!アイルイヤ!
2004/12/02
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夕方18時前に、一時帰宅から病室に戻りました。一応、今回の一時帰宅は無事にうまく言ったのではないか、と思います。 移植後初めての帰宅ですから、今回の課題は、移植関連と、GVHDの後で、とにかく帰宅が無事できること、退院の展望を開くことが課題でした。「家に帰って、すごして、戻ってくること」自体が課題だったわけです。 ドクターの事前説明では、このとき「失敗」することが多い、体調が変化したり、発熱したり、環境の変化で疲労したり・・・と。それを今回の帰宅で学ぶことも重要、とお話されていました。 実際、全身疲労状態で戻ってきました。。。時に、男の子二人と遊んだことは、大きかった・・・男の子二人が、二人で束になって身体でぶつかってくる。そしてラップの芯かなんかで作った「剣」だか「刀」で切りつけてくる、結構痛いものです。 その前に、私の実家に寄ったのですが、マンション四階に階段で昇ったのも悪かった。最初の内はよかったですが、後半はもうしんどい。家の前では、数段の段差にかるめの荷物を持って昇ろうとしたら、足が上がりませんでした。なんと階段を上れない!と愕然としました。 疲労が出るのが早く、家では、あれもこれも、と思っていた予定の何分の一もできませんでした。今回の課題は、無事に「帰って、すごして、戻ってくる」事自体が大事、とはわかっているのですが、どうも性分であれもこれもやりたい・・・となってしまいます。しかし、この何ヶ月間、手をつけねば、とずっと気になっていたことの一部でも手をつけることが出来、ある程度はストレス解消にもなりました。 自宅のPCは、半年間電源も入れてなかったので、正常に作動するか心配でしたが、、、案の定、不安定。しかも、アンチウイルスとセキュリティーソフトが期限切れで無防備な状態に。すぐ最新版を購入し、入れてから動かしました。 立ち続けるのが困難なので、あまり本格的には出来ませんでしたが、お料理(麻婆豆腐)も少し出来、よかった! 「病院食」以外の家庭料理はとってもよかった!!!ただ、残念なのは、やはり味覚はおかしいままだ、ということが改めて自覚されたことです。辛さ、酸味、苦味など、甘味以外の味覚は全体的にまだ回復していない、何を食べても、必ず「一味、ふた味、三味欠けている」と言う風にしか感じないアンバランスな味しか感じません。まあ、これからどんどん回復していくのでしょうけど。。 ともあれ、体調にも大きな変化も無く、お腹のGVHDも悪化していないので一安心です。次につながっていくだろうという希望的感触です。 皆様の祈り、ご声援に改めて感謝いたします。
2004/11/28
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昨晩の血液内科のカンファレンスで、ようやく一時帰宅が許可されました。今日、症状が激変しなければ、明日から日曜まで自宅に戻ります。実現すれば、実に半年振りに病院外に出ることになります。 先ほど血液内科長がきて説明するには、薬を内服に切り替え、10日以上経ったが、状態は安定してるようだし、特に内服に変えたことによる異常は認められない、またIgGもベニロン点滴も実施し、昨日の採血の数値ではかなり上がってきてるので、外泊OKと判断したそうだ。 別のドクターのお話では、最初の外泊では「失敗」する場合が多いとか。体力や筋力の不足などわかって、退院につなげていくことが最初の外泊の課題、と言っていた。 退院のスケジュールはまだ未確定ですが、ようやく、本当に「退院」が現実的なものとなって見えてきました。
2004/11/25
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結局、週末の一時帰宅はなくなりました。数名の血液内科医師が巡回で立ち寄り、いろいろ説明。血液内科長からは、ちょうど内服に切り替えて変化が起こりやすい時期である旨の説明を頂きました。担当医は、IgGの数値が依然低いことの懸念をおっしゃっていた。要するに、薬を内服に変えてから一週間~二週間くらいが大事な移行期である、ということらしい。まだ何が起きるかわから無いので慎重に見たい、ということらしい。というわけで、先週末の一時帰宅はなくなりました。今週末もちょっと怪しいです。。。。先週、友人がお見舞いに来てくれたときに「秋の果物」パックを持ってきてくれました。柿、梨など、シーズンに食べ損なった果物です。美味いこと!!冬に本格的に入る前に、秋の味覚を堪能することが出来ました。よかった!すべての造り主でる主と友人に感謝します。
2004/11/22
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昨日(11月16日)移植後160日目を迎え、ついに移植後160日・入院後175日を超えました。思えば、予定外の永い入院となりました。 ナースと話したのですが、病棟内の入院患者の中で、入院期間が一番長いのは私だそうです。私の入院している病院は、長期療養を目的としていない市民センターです。短期入院が一応前提です。私の病気の場合も、化学療法の時などは、一クール約一ヶ月~一ヵ月半かかりますが、一旦「退院」手続きをとって帰宅し「再入院」になります。どうしてもベッドが確保できなさそうな場合のみ、一時帰宅ということにして延長します。やむを得ない状況以外は基本的には長期入院は前提では有りません。血液内科の患者さんも、長い方はいますが、出たり入ったりしていますので、一回の入院自体は短いわけです。病棟患者の最長老になってしまいました。 さて、症状は特に変化はありません。採血の結果、免疫の指標となるIgG値がかなり低い(402)ことが判明しました。GVHD 対策でステロイドを比較的長期にわたって使用したためである、と説明されました。そのため、ドクターは次の段階へ進むのに慎重になっているようです。今のところ、ステロイドも免疫抑制剤も減らす、と言う話にはなっていません。今月の退院はもう確実になさそうですが(今月内の一時帰宅も無くなりそう^^;)、年内退院も少し怪しくなってきました。 あるドクターから、慢性GVHDの具合にもよるが、免疫抑制剤も含め、これから数年の単位でまだ「お付き合い」は続きますよ(数ヶ月単位ではなくて!)、場合によっては十年以上も免疫抑制剤を飲み続ける事だってあります。。といわれました。ドラマでは無菌室に入って苦しい思いをするところまでが描かれますが、実はその「後」の忍耐の時期が長いんですよね。やっとその時期が始まったところなのかな~と思えてきます。
2004/11/17
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