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同室だった男の子2人が退院して、息子と付き添いである私の一組だけだった病室に、70代のおばさまが入院してきた。階段から落ちてしまったそうで顔の半分は紫色に腫れて、頬には血が固まった痕もある。年の瀬に災難なことだ。点滴の針を引き抜いては私と息子のところにきて、昔話をくりかえす。「おともだちになってね、退院しても家に遊びにきて」といわれても「人生イヤなことばかり・・・もう死んでしまいたい」と日に何度も繰り返されては気が滅入る。夜中、トイレに起きた人が廊下を歩くたびに「ヒロシ!ヒロシ(長男の名前)!?お父さんかい?」と大きな声で不安げに声をあげていた。泣きたいくらい、小児病棟に戻りたい。
2006.12.31
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仲良しだった2人が退院して行ったママ同士のおしゃべりや子供同士の遊びに、どんなに気が紛れたことだろう真夜中、カーテンを開け放したまま、兄弟みたいに眠る3人の布団をかけ直すのも幸せだったなみんなでアイスを食べて、メールアドレスを交換し、再開を約してお別れをした今は4人部屋に私たち親子だけ静かになっちゃった
2006.12.30
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小児病棟はウィルス性の風邪の子供たちで埋まってしまい、仲良し小学生3人組は耳鼻科病棟に引越しとなりました。4人部屋を3人で使うことになり子供たちははしゃいでいるけど、大人の患者さんに迷惑かけないようにしないとな(ノ。・*)息子以外の2人は明日が退院予定なので点滴も外れ、3台のベットを自由自在に移動して、折り重なるように体を寄せて遊んでいるみんながいなくなったら、寂しくなるなぁ
2006.12.29
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診察の時に「退院は1月7日くらいかな」と言われた。それなら新学期に間に合うから嬉しいけれど、昨日は主治医に「予定より時間がかかる」と言われたばかり…あまり期待しないでおこう。夕方、スーパーに行ったらお正月の準備に追われる人で混雑していた伊達巻きや酢蛸を横目に、カップ麺ばかりをカゴに入れる味気なさお正月かぁ(;_;)
2006.12.28
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今日は1時間だけ家に帰ってきました。家の中はホコリっぽく散らかっているし、冷蔵庫にはカビの生えたレモン・・・それといつのだかわからない麦茶。うぅ~~ん耳の手術をした息子はとても順調で、いまは包帯も外れて耳の中にガーゼと綿球が入っているだけです。退院しても来年あたりにまた二度目の手術が必要だと告白したのですが、非常にあっさりと「あ~そうなんだ~」で済まされてしまいました。同室の男の子たちとゲーム三昧な日々なので、彼も心地よいのかもしれません。実際、骨折などでボルト?を抜くための2度目の手術にやってくる子供たちは2泊3日くらいで退院していくことが多くて、息子も「2度目はラクチン」と思っているのかな?簡単に受け止めてくれて、母は嬉しいけど。
2006.12.27
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小児病棟と書いて、DS合宿所と読む。同室の子は耳鼻咽頭か整形外科ばかり。手術のあと1日はグッタリだけど、翌朝からは元気いっぱいゼッコーチョー!!!そうなればさっそくベッドの上からDSの通信がはじまる。テテッテッテテッテキノコが滑っていくたびに、覚えたての掛け算九九が脳みそを滑り落ちていくようなキガスル。今日から耳の包帯がとれて、ガーゼと綿球だけになりました。
2006.12.26
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小児病棟360号室は子供が5人朝になかったら枕元にプレゼントがあると信じてる付き添いで泊まる大人は私だけだから、サンタは眠らず、時を待つ。寝過ごしたら、たいへん
2006.12.24
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今日のガーゼ交換も痛がらずに終了。12針縫ったうちの4針を抜糸して、明日は残りの8針を抜糸の予定。ハサミで糸をバチンと切って、ズルズルと糸を引き抜くのかと思ったらそんなことはなく、バチンバチンとハサミで切るだけだったみたい(;・∀・)怖がって損したw病院の消灯は21時で起床は7時半。私は今まで2時に寝て6時半に起きる生活だったから健康この上ない感じ。21時になんて寝れないよぉ~~なんて心配していたのに、呆れるほど眠れる。ゴハンも作らなくていいし、掃除もしてもらえる。お風呂だって自由に入れる。好きなだけ本を読んで、編み物をして雑誌をみる。ちょっとラクしすぎかなぁ・・・・子供の付き添いなんて、必要ない感じもするんだよねぇ。でも「帰っていい?」と聞くと泣きそうになるので、自分からいいというまではいいかな、この暮らし。あぁ、でもパソコンないのはツライかなー
2006.12.23
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手術から1週間経ったので、耳の中のガーゼ交換が始まりました。耳の中でガーゼが張り付いたり、ガサゴソ音がするので子供が暴れることがあるらしく、ちょっと大変だと先生がいっていたのだけれど、moiは少しも痛がることなくおとなしくしていたので、先生は安堵のご様子。感覚がなくなってしまったのではないかと思うくらい、耳を痛がらない。
2006.12.22
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3~4週間のうちの一週間をクリアしましたっ!ばんじゃ~~い昨夜は実家で娘とラブラブしながらゆっくり過ごし、今日は病院はパパに任せて家の掃除や買い物をしてきました。買い物は主に退屈しのぎのもの(私には本と毛糸、息子には本と勉強道具^^;)食べ物は病室で私が食べるカップスープやチンするだけのゴハンなど。これから家のお風呂にじっくり入ってから病院に向かうのですが、その前に息子の手術の内容について書いておきます。8歳の息子の真珠腫性中耳炎および耳茸の除去手術が終わった15日の夜、さっそく主治医のT先生から説明がありました。先生の予測では外耳を埋める耳茸の下に鼓膜があると思っていたのに、なんと耳茸の下にすぐ真珠腫があり、その下に鼓膜があったのだそうです。つまり、外から耳の中を覗くように説明すると、耳茸→真珠腫→鼓膜→真珠腫→肉芽の順。鼓膜の内側(中耳)にできた真珠腫が肉芽によって行き場を失い、耳の横の骨を溶かして鼓膜の上に溢れ出したというわけ。鼓膜はギュギュっと下に圧され、中耳の真珠腫は顔面神経ギリギリだったのだそうです。もしも鼓膜の上にいかずに内耳や脳へと進んでいたらきっと大変なコトになっていたのだと思います。耳の中にあるはずの耳小骨のうちツチ骨は無事だったけれど、キヌタ骨は半分しかなかったので除去、アブミ骨は行方不明だそうです。真珠腫は取りきったと思うけれど、肉芽は全てはとれずに抗生剤に期待するとのこと。1年後にもう一度手術をして中を調べ、大丈夫なら耳小骨を再建することになります。真珠腫に溶かされてトンネル状に穴が開いてしまったところは、薄く切った骨で柵を立ててきたとのこと。鼓膜はキレイに残っていたのだけれど、耳茸があった部分の耳の皮膚がそっくり溶けて無くなってしまっているので、耳が乾くのに時間がかかり入院も長引きそうだとのお話でした。そして一番心配していた耳茸の病理検査。悪性ではなく良性でした検査結果がでるまでに一週間かかると言われていたのに手術の数時間後には結果がでていました。先生も内心心配してくれていて、手術中すぐに病理検査に回してくれたのだそうです。耳茸が急激に大きくなったので悪性の疑いが起きたのですが、耳茸の下に真珠腫ができたせいだったのでしょう。しっかりと立派な真珠腫が在ったのだし、もう悪性腫瘍の疑惑は晴れたと先生も仰ってくれました。もう一度手術をしなければならないとか、当分の間プールに入れないことを彼に話すのは非常に心が痛み、折を見て話すつもりでいます。今回の手術を乗り切ればすべて良くなると思っているであろう息子に話すのは酷なことだと思うのです。でも悪性の腫瘍でなかっただけで、親としてはどんなにホッとしたことか・・・・きっとわかってくれるよね、大事なママのタカラ。もうひと頑張り必要だけど、いつも一緒にいるからね。息子は私を気遣ってくれるし、私も素直に愛情表現をしてる。娘は私の実家で暮らして寂しいながらもがんばってる。パパは毎日時間をみて病院にも寄ってくれるし、可能な限り娘と一緒に実家に泊ってくれてる。実家の両親や姉の優しさも身に染みて感じてる。今回の入院で、親子、家族の絆が深まるといいな♪と思っています。息子の場合は恐らく3~4年前から耳がおかしかったのだと思います。でも小さい子って耳の聞こえが悪くても閉塞感があってヘンな感じがしても「こんなもんかなぁ」で済ませてしまって慣れてくるうちに疑問にも思わなくなってしまうのかもしれません。いろいろな病気のケースを知って、親がキチンと気付いてあげることがとても大事だと痛感しています。
2006.12.21
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息子の入院に関して、励ましのお言葉ありがとうございます。ほんとうに嬉しく思っています。今日はパパさんが一晩付き添いをしてくれるというので、私は家に帰ってきました。これから保育園へ娘を迎えにいって今夜は実家で泊ります。息子は驚くほど元気です。縫合したとはいえ、耳の手術をしたのだから痛いだろうと思うけど、少しも痛みはないのだそうです。経過も順調です。時間があるかぎり、遡って日記を書いていこうかな?と思っています。
2006.12.20
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縫合したとはいえ、耳を切って手術したのだから痛くないはずはないと思うのだけど、一度も耳が痛いとは言わない。回診のときに「神経がないわけじゃないですよね?」なんて聞いたら苦笑された。「痛みがないのはいいことですよ^^順調です」だそうです。そりゃもちろん、いいことだけど、ちょっと不思議に思ったんだもん。廊下を挟んだ向こうの病室は、今大流行のノロウィルスの赤ちゃんとママが集められている。トイレや洗面所は別にしてあるけれど、お風呂や洗濯はどうしているのだろう?看護士さんも分けてはいないみたい。手洗いをしっかりしてノロウィルスに罹らないように注意しなくちゃ;;こんな状態でお腹まで壊したら、ほんと泣いちゃうよぉ。
2006.12.18
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手術は無事に終わり、今は痛みもなく元気いっぱいです思っていたより進行(先生は「熟成」と言ってた)していて再手術が必要だそうです(;_;)退院も長引くかもしれないと。でも一番心配していた悪性腫瘍の疑いが晴れたので一安心です
2006.12.17
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明け方から「おしっこ~~」というので尿器を当てるのだけれど、痛くて出せない。朝になってから看護士さんに付き合ってもらってトイレにいったけれど、一滴出るたびに痛くて止めてしまう。手術の際に尿管を入れたので、それで傷ができたのがものすごく染みるらしい。ずっと泣かなかったmoiが初めて泣いた。おしっこで、泣かされるなんてね。膀胱がパンパンに腫れているのが私にもわかる。座薬を入れてもらって痛みをなくしてからやっとおしっこすることができた。永遠に止まらないんじゃないかと思うほどの量を。おしっこが出てから次に辛かったのはノド。手術のときに気管に酸素のチューブを挿したのだそうで、最初はそれを痛がった。その次は舌。座布団みたいに腫れて、裏側にはふやけたゴハン粒が2つくっついたみたいな白い口内炎。これも手術のときにできた傷らしい。朝からおかゆがでたけれど、ノドと舌が痛くて食べられなかった。口内炎につける薬も「おかゆの味がする~~」といって嫌がるので私が試してみたら、ねとりビリビリして確かにイヤな味・・・・なので控え目に^^;
2006.12.16
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今日は手術の日。朝から点滴の針を刺しにいく。点滴の針って長くって、それをグイグイと差し込んでいく。「血管に逃げられちゃった」なんていいながら腕の中でグリグリ回されて見ている私がヘロヘロになってしまった。でもmoiは泣かず、「うぅ><」といって耐えていた。私だったらワンワン泣いちゃうのにな。これから恐らく退院までの間、点滴といつも一緒。肝心なのは抗生剤と止血剤だけど、いちいち針を刺さなくて済むようにずっとなにかしら点滴を流すことになるんだなぁ。12時になって、手術室へ。病室で手術着に着替え、看護士さんと一緒に手術室へ。息子は出迎えにきた手術室の看護士さんと手を繋いで元気に歩いて扉の向こうへ消えていった。ちょっと後ろを振り返ってニッコリ笑ってバイバイと手を振る。あっけなくて母は泣くヒマもないよ。。8歳といえども泣き叫んで暴れて手をつけられずに先に麻酔で眠らせてから手術室に運ぶケースが多いのだそうで、看護士さんにはほめられたけれど。ほんとに、いい子。不安のないように聞かれたことにはぜんぶ説明してあげたから、それで納得できていたとしたら嬉しい。息子が手術室にいるあいだ、いったい親はなにをしているのが模範的なのか?と考えたけれど、とりあえずお昼ご飯。最初は窓の外を見ながらウルウル泣いてたけど、お腹も満たされてパズル雑誌で時間を潰す。午後4時45分、ほぼ時間通りに手術が終わり、手術室まで出迎えにいくとベットに載せられたmoiが扉から運び出されてきた。頭を包帯でグルグル巻きにされてすっかりムクんでしまった顔。半覚醒のまま何度も起き上がろうとする。病室に戻っても覚醒が冷め切らず大きな声で名前を呼んだりカラダを触ったりしてようやく意識がしっかりしてきた。それとともに痛みも感じてきたのか、乾いた唇で「イタイ・・イタイ」というので「どこが痛いの?耳?喉?カラダ全部?」と聞くと全てにうなずく。痛み止めの座薬をいれてもらったらトロトロと眠ってしまい、途中で2回目を覚まして血の混じった黄色い液体を吐く。それからは痛がる様子もなくて何度か尿意を訴えるものの朝まで眠ってくれた。
2006.12.15
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病院にいくとまずは麻酔科に通されました。スキンヘッドにそばかすだらけの若いドクターで、大きくてキレイな手の中にはブランデーグラス@@ブランデーグラスで水を飲むってどんな人なんだろう??とそっちばかりに気がいってしまいました。麻酔科ではなにかテストみたいなことをするのかな?と思ったけれど、問診だけで終わり。不安に思ったので聞いてみたら、万が一麻酔が合わなかった場合にはすぐに適切な処置をとるということだったので、まぁなんとなく納得。病室は小児科の6人部屋。喉の手術をした4歳の女の子と、お腹の痛い6歳の女の子、これまたお腹の痛い15歳の男の子と、交通事故で骨折した14歳の女の子で計5人。狭いベットで二人で仲良く並んで寝る。中学生までは小児科だそうだけど、隣の15歳の少年は夜中までマンガを読んで押し殺した声で「くっくっくっ」といつまでも笑っているので不気味で眠れなかった。だって、歌まで歌いだすんだもん。(彼は翌日に退院)
2006.12.14
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明日の入院を前に息子(小2)のクラスで「お楽しみ会&moi君を励ます会」を催してくれたのだそうです。他のクラスではお楽しみ会の予定はないそうなので、息子のために先生が企画してくれたのかな?と思うと感謝でいっぱいです。歌をうたい、ゲームをし、みんなで持ち寄った手作りのプレゼントを交換し、教室にホットプレートを持ち込んでホットケーキを焼いてもらって食べたのだそう。息子はたくさんの激励のお手紙や糸に吊るした折り鶴、フェルトや紙で作ったお守りをもらって帰ってきました。クラスで数人の子が泣き出してしまったとかTT息子が帰って来てからパパと3人で、ウルウルしながら手紙を読んだのだけれどみんな「手術」のひらがなが書けてないhhh「しゅづつ」「しゅずつ」「しゅうつ」なんてなっているので、もう可愛くて嬉しくなって笑ってしまいました。先生の思いやりやクラスメイトの優しさに親子ともども勇気付けられた日でした。年長の娘は今夜から、ばーばの家にお泊りです。お兄ちゃんにべったりの娘なので、そっちも何日持つか心配です。(私も寂しいぃぃぃぃ;;)3~4週間は家族が離れ離れになってしまうけれど、病気を治し、それぞれが成長して、また元気に元の暮らしに戻れますように^^
2006.12.13
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血で固まった耳茸が耳の穴から溢れそうな状態。鼓膜の内側から外耳いっぱいに充満してしまった耳茸(ポリープ)が血と一緒にカサブタになってしまっている。多分、指で触れるところまできてしまって、気になっていじってしまって傷がついたのかな・・・バイキンが入ったのか、耳の周りが腫れて少しの刺激でも痛いらしく、怒りっぽい。耳茸と同じように耳の中の真珠腫も成長しているのではないかと思うと焦る。朝起きたら、顔面神経に届いて顔の形が変わっていたら?朝起きたら、脳までいってしまって息をしてなかったら?手術まであと3日、早く来て~~
2006.12.12
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80デシベルの聴力で左耳がほとんど聴こえなくなってしまった息子。今日の音楽の時間に、担任の先生がベートーベンの話をしてくれたらしく、帰宅した息子が嬉々として話してくれました。「おかーさん、おかーさん。トルコ行進曲を作ったベートーベンって人は、耳が聞こえないのにすごい音楽をたくさん作ったんだ。耳が聞こえないのに、どうしてだと思う?それはね、いつも心の中に音楽があったから!」担任の先生には、またもや勇気付けられました人間どこかしら悪いのはあたりまえ、だからといって出来ないことなんてないもんね。なにも諦めることなんてない。息子のスイミングスクールに退会届をだしてきました。手術が終わればプールに入れると信じカレンダーに「水ミング」(スイミングのつもりw)と予定に書き込んでいるけれど、実際にはプールにはしばらく入れなくなると思う。一年か、再手術があればさらに一年。。。夏も入れないなんて、泣くだろうな。。でもきっといつか入れるようになるし、オーダーメイドの耳栓もあるらしい。残念だけど、それまでの間はプールじゃなくて、違うことにチャレンジしようね。
2006.12.11
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お友達に鮭の受精卵をわけてもらいました♪うまく育てば3月の放流会に参加できるのですが…でもなんだか様子がヘン(;_;)卵の色が白っぽく濁って、透けてみえる稚魚の色も「釜あげしらす」みたいに白いのですもしかして☆に??だけどそんな状態でも卵を破ってアタマを出す子がいるので、生きてると思っていたのですけど、アタマだけ出してそのまま動かないのです(ノ_<。)怖い想像だけど、殻が脆くなって自然にヒビが入って、そこからアタマだけが飛び出したとしたら…うわぁぁ~ん・゜・( Д`)・゜。ごめんなさぁぁぁい
2006.12.08
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息子の耳の手術に関する詳しい説明を聞いて、同意書にサインしてきました。ほかに抗生物質の使用同意書と、血液製剤(ボルフィール)もです。血液製剤といわれると、一連の事件を思い出してドキッとしますが、いまの時点では安全が確認されている血液製剤だけれども、将来的に何か未知の新しい病気が発見されたときには、被験者として調査の対象になるということらしいです。鼓膜の穴を塞ぐときと、耳小骨を繋ぐときに接着剤として、ほんのわずか使うのだそうです。(ゴハン粒とか障子のりのほうが安全そう。なんて一瞬思いましたw)さて、手術の経緯ですがまず、耳の後ろを切って頭の骨を削り、真珠腫がある場所まで行き着いたらそれを取り除きます。その際に耳小骨まで真珠腫がまとわりついている場合にはそれを取り外し、味覚の神経も切ってしまいます。耳小骨は組みなおして入れるけれど、味覚は一部失われることになります。真珠腫が少しでも残っていると再発してしまうので、完全に取りきることが大事ですが、耳には顔面神経などの大事な神経が通っているので、それを傷つけないために真珠腫を取りきれずに残すことがあります。その場合は1年後に再手術になり、耳小骨はそのときに組み入れることになります。ほかに、moiの場合は鼓膜を突き破って外耳いっぱいに耳茸(ポリープ)が生えているのでそれを取り除き、鼓膜の穴を筋膜をつかって塞ぎます。取り出した耳茸は病理検査に出します。ごくまれに腫瘍である場合があるのだそうです。術後は翌日から歩くことができますが、常時、抗生物質を点滴し、8日目からは耳に入れたガーゼの交換を毎日します。3週間から1ヶ月で耳の中が乾くので、そうなったら退院です。私はmoiのベットで本人が「もういいよ~」というまで一緒に寝泊りをします。手術の説明には私の母も立ち会うといって頑張りましたが、泣かれてもこまるので子守をお願いしました。先生を信頼しているとはいえ、想像するとやはり怖いです。でももう覚悟を決めたので、はやく済ませてしまいたいな~~いまはほんとんど聞こえない左耳だけど、術後は少し回復するかもしれないというのが嬉しい希望です。
2006.12.06
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朝早くから息子moiの術前検査にいってきました。検査は心電図と検尿と胸部レントゲンと採血。最初の三つは難なくクリアしたけれど、私は採血がちょっと心配でした。だって物心ついてから注射の類はしていなかったので・・・・注射針をみてちょっとひるんだ様子でしたが、看護師さんのホメホメ攻撃にあっさりと覚悟を決めて採血。なんと7本も血を採られてしまいました。それから耳たぶを傷つけて止血の具合もみました。すべてを終えて振り向いた時には、息子は顔面蒼白で目の下にはクッキリとクマが@@;少し椅子で横になったらすぐに回復したけれど、7本目の途中で目の前が真っ暗になったそうで><朝ごはん抜きだったし、ムリもないかな~~~もし手術の際に輸血が要るなら自己血を!と思っていたのだけれど、これでは到底ムリですね。幸い耳の手術では通常は輸血を行わないそうなので、安心しました。最後にT先生を受診。昨日の夜に息子が「喉の奥がしびれる」と言っていたのを報告したけれど、問題はなさそう。ただポリープが大きくなって耳の穴スレスレまで出てきてしまっているので、もう一度バイキンの検査をするために耳の中の組織を採取してもらいました。手術まであと2週間あるのに、ポリープがもっと成長して耳から飛び出してしまったらどうしよう;;真珠腫も同じような勢いで成長してたらどうしよう;;ちょっと不安になりました。夕方はU耳鼻科へ耳の消毒にいきました。U先生もポリープが大きくなっていることに驚いた様子。耳の洗浄をしているときに白いカタマリが流れ出てきて、先生は「あ、小さい真珠腫がでてきた♪」とおっしゃっていましたが・・・・それならついでに全部取っちゃって><と心で叫ぶワタクシでした。
2006.12.01
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