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今日のテーマは、経費やコストについて、無駄を省くには、どのようにしたら良いかを実践的に考えてみた。倹約も節約も意味は同じである。が、響きが違うのですね。けんやく【倹約】(形動)金や物を浪費しないこと。費用を切りつめること。また、そのさま。節倹。節約。「倹約家」*続日本紀‐大宝二年一二月甲寅「喪葬之事務従二倹約一」けんやく‐れい【倹約令】 浪費とみなされることを戒める法令。大化二年の薄葬令をはじめ、古代以来見られるが、特に近世になって、財政緊縮、士庶の身分に応じた節倹を目的として、衣食住全般にわたる倹約奨励、奢侈禁止が行なわれた。国語辞典より。けんやく【倹約】economy; thrift派生語 倹約な economical; thrifty; frugal (?economicalは無駄を省く工夫力に富んだ,thriftyはやりくりが巧みで貯蓄に励む,frugalはぜいたくをせずに質素な暮らしをする,という含みを持つ) 食費を倹約する 「cut down [economize on] food expenses 倹約しているのになかなかお金がたまらない I have not saved much money in spite of my frugal living. そうすれば月々2,000円の倹約になる It will save me two thousand yen a month.せつやく【節約】economy; saving派生語 節約する economize 《on》; skimp 《on》; save (?economizeは金を上手に使うこと,skimpはやむなく必要な物まで削ること,saveは大切に使って取って置くこと);〔削減する〕cut down on 電気を節約する economize on electric power 非常な節約をする 〔絶えず〕practice strict economy (?改まった表現) / 〔やりくり上手に〕 be very thrifty これは大いに時間(労力)の節約になる This will save a great deal of 「time (labor). 経費の節約 reduction of 「overhead [costs / expenditures] それは経費の節約になる That will 「cut down on [reduce] expenses.Progressive Japanese-English Dictionary, Second edition ゥ Shogakukan 1986,1993/プログレッシブ和英中辞典 第2版 ゥ小学館 1986,1993より。節約や倹約では、詳しい状況が解らないが、英語で見ると具体性が出てくるから面白い。やりくり上手と無理やり削るとでは、大きな違いがあると思う。また、創意工夫と大切に使って長持ちさせるでも違いがある。目的意識とそこに至る過程において、優先順位を考えて経費の使い方をしないと無駄な事になってしまうと言う事だろう。時間、距離、大きさ(量)などがキーワードになるだろう。
January 29, 2005
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目に見えなくとも、実在するものはある。音、光、気などは、実際は目に見えないものである。五感を通して入ってくる情報を脳が処理しているだけである。もう一つの感を第六感と言う。この第六感の部分が精神世界の分野である。解り易くいえば、気の世界である。本来の意味からすれば、五感の前にあるものなのである。陰陽五行から考えても、気の世界が最初である。脳のエネルギは、気といっても過言ではないだろう。気が思考を創り出すのである。その気の元は、神の世界へと通じているのである。日本神道の多神教的発想は、自然は神なりをそのままに、映し出しているのである。神道では、死を迎えると、命になる。これは、神の世界に返るということなのである。日本に、皇室があるという事は神道の国である証拠でもある。神にも色々あり、産土様といわれる、地域の神様、守護神、守護佛、守護霊などもある。八百万の神々が存在するのである。神力、霊力を使う人がいてもおかしい事はない。過去の伝承を実践することで、開運発展することは、不思議なことで無いのである。ココで間違ったことをしてはいけない。それは、呪いや憎しみを持つ事だ。明るく、前向きで、発展的な考えと行動を常に行うことが良いのである。感性の部分が気の世界でもある。日記でも、自分に何故か合う方がいるがそれは、お互いが何かを感じているからだろうと思う。特にリンクしていると言う事はすごいことである。と思うのであります。つづく
January 28, 2005
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この所、自己実現について書いているが、感想などがありましたら、書き込みをお願い致します。精神世界と一口に言っても、ピンと来ないものです。心の部分であり、四次元以降の世界であるといえます。この世は、三次元ですから、形があります。四次元となると形が無いものですから、どうしても、信じる信じないの世界になってしまうのです。最近、霊的能力のある方がテレビに出ておられるが、一般からすればかなりレベルは高いと言えるが、まだまだである。しかし、霊界を宣伝すると言う意味では良い事になる。不思議体験、アンビリーバブ(日本語で書くのは難しい)ではないが、僕は普通では無い体験を幾つかしている。その一つが、時間と空間を越えてしまった事だ。3年前の佐久市で起きた事ですが、山梨から群馬へ帰る途中佐久に差し掛かり、二股の信号を右折して、富岡市に向かう道を進んでいたときである。この道は、なれた道なので間違う事は無いのだが、踏み切りを渡り、一本道を進んで行けばよいのだが、どういうわけか、道が分からない状態で車を運転している感じがしてならないのだ、暫くして、幾つか信号を超えているのだが、見慣れた景色ではないのだ。ふと気が付いて、赤信号で止まっているのだが、真直ぐ行くはずなのに、二股に分かれている?景色は薄ぼんやりとして、信号だけしか分からない?どちらに行ったらよいのか?頭の中で考えているのだが、決まらない。右のほうへ行きたいのだが、道が消えているように見える。仕方なく、左に曲がる事にして信号が青になったので、左折すると、急に両側が切り通しの道になっているではないか????しかし、そのまま進んで行くと、辺りがハッキリしだしてきた。しかし、その道は、全然通った事の無い道なのです。おかしく思い。引き返してみる事にした。戻ってみると何と!踏み切りを渡る前の道に出てきたではないか?同乗者も一緒にいたので、どうしても間違う事の無い進路を進んでいたのに、とんでもない所を走っていた事になるのです。疑問点1、踏み切りは渡っている。2、ぼやけた信号が何故あったのか。3、切り通しの道は無い。4、方向が全く違う所にいた。5、途中道が分からなくなった。以上のような疑問が残る。しかし、四次元があるとすれば、何かの切欠でそこに紛れ込んだと言う事になる。時間も空間も無い状態は、四次元空間に良くあるといわれているが、体験したのはこの時が最初であった。実は、もう一度そのあと体験しているのである。最初は、夜だったが二度目は昼間である。これも、よく知っている道だが、何時まで行っても、曲がる所に出ないで、気が付けば、数キロ先を走っていた。この時も、同乗者がいて、その方もこの道は良く知っていて、間違う事は無いといっていた。感覚的に走っているが、何処を走っているか解らない状態である。その間の時間は何分間である。景色がいつもと違うと言う点が共通している。僕自身に霊的能力があるか無いかわからないから、色々な角度から判断したいと思うのであります。ユーホーのような光を真夜中に見たこともあります。この時も、もう一人一緒に確認しています。僕一人で遭遇したと言うと作り話になりますが、もう一人一緒にいると、間違う事は無いと思うのです。どうしても、この手の話は、眉唾ものに受け取られてしまうからです。私の周りには、霊的能力のある人が多いと言う事もあります。その解決方法として、そういうものはあるものだと、考えてしまった方が解り易いと言うことが解ったのです。エドガーケーシーやスーエデンボルグ、出口王仁三郎のような霊能者がいた事は事実なのですから。日記に書けないほどの体験を持っています。精神世界を的確に捉えるには、常識が必要だと言う事です。その中には、昔からの言い伝えがありますがこれらを、真面目に受け止める事によって、真実が理解できるようになるのです。つづく
January 27, 2005
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今までにない、即効的に効果を挙げる。そんな、摩訶不思議なセミナーがグレードアップセミナーである。過去の研修、講演、セミナーでは絶対的に不可能であった。成果を挙げることが確実に起こるセミナーである。その理由の根幹は、自己非自己の関係にある。人間は、自らを認識するようになっている。自己以外の非自己については受け入れないのである。これは人間関係においては、相性につながる。自己においては、どんなに素晴らしい内容のことを、見たり聞いたりしても、受け入れたい制がないと、無駄になってしまうのである。それは専門分野の内容には注意を払うが、それ以外には興味を持たないようなものである。ですから、幸せや成功をイメージしても辿り着かない人が多いのです。その反対に、注意や興味を引く分野や内容に遭遇すれば、誰でも、思い通りに生きることができるのです。グレードアップセミナーは、自己の本能に与える強力な力を持っている事と、自らの眠れる自然の叡智を引き出し最短な効果を挙げるようになるのです。言葉にならない状態の言葉を思考回路が最大限に働いてくれるのです。多くのセミナーを受けてもこれまで、旨く行かなかった人でも確実に成果を出せるのです。更に、体験的に行っているパワーアップの言葉を提供しているがそれだけでも大きな成果が出ている事実がある。21世紀は、精神世界の時代といわれてきたが、正にこのことがそれを実証してくれるだろう。興味のある方は、その方法をお教えいたします。詳細はこの後につづきます。
January 26, 2005
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人間関係の中で起こるトラブルの多くは、都合と都合のぶつかり合いから起こる。本来相手の気持ちが理解できれば、トラブルは起こることは無いといえる。たとえば、売り手と買手のバランスが取れていれば、取引は成立する。雇用者と雇用人のバランスが取れていれば、組合問題は起こらない。これ以外にもあるだろう。これらの問題の多くは、経済活動から発生するものであるからだ。そのために、ルールができているのである。これを、法治国家という。とくに、労働基準法は大切なものである。雇用者が労働者の時間を搾取すると言う事は、犯罪である。雇用者が如何に安く従業員を使いたいかと考えれば、従業員は、如何に高く給料を貰いたいか考えるものである。これは、二流の考えである。それはどのような考えかと言うと、雇い主は辞めない程度の金を払い、従業員は首にならない程度の仕事をするのである。これで、いい内容になるわけが無いのである。多くの成功した会社は、従業員の給料を出せるだけ出したからだ。その典型は、フォードである、設立当初のフォードは、他の会社の倍の給料を支払ったのである。その結果が現在に至っている。トヨタ自動車もその例に漏れない。能力の無い経営者には、もっと能力の無い社員しか、付かないのである。能力のある社員は、何れどこかへ行ってしまうであろう。その時は、時既に遅いのである。その様に成らないためには、普段から社員の評価を細かく見ておくことだろう。得をしたと思ったら、相手は損をしているのだから、その埋め合わせが必要になるのである。その為には、取り決めが必要である。
January 25, 2005
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日本人の宗教観を考えると、無宗教のようであるが、実際には、世界一進んだ宗教概念を持っている。それは、無意識のうちに溶け込んでいるからだ。そして、世界中の宗教をも取り込んでいる。しかし、残念な事がある。それは、それ自体を認識していない事だ。キリスト教やイスラム教ヒンズー教ユダヤ教等々は、一神教であるから、その信仰心は強いが、神道、仏教は複数の神や仏があるからなのか、大らかで自在性がある。人間世界の様でもある。それが、日本的でもある。在家出家と言うのがあるが、これも、古くは認められている。阿弥、と言う名の形である。観阿弥、世阿弥などが代表的である。このように、日本人は生活のなかに、神仏を融合させてきたのである。それが、現代では儀式だけが残りその本質性が抜けてしまった状態である。それは、戦後、という名の下にかき消されたようである。その付けが、今、大きな社会問題になっていると言えよう。それらを変えるには、キリスト教のような信仰心を日本人がもてるようになることだろう。神を信じ、神を愛し、信仰の道を極めることだろう。ここで、大切な事を明記するが偉大な成功者は皆、信仰心の塊のような人達なのだということです。それは、経営者は信仰心を持っている方が多いと言う事でもあるのです。そして、正しい信仰を持つ事です。それなのに、一般人が信仰心が無いと言う事は、それだけで、遅れを取っているという事になります。全国各地に有名な神社仏閣があります。それらを、訪ねることから始めたらよいでしょう。
January 24, 2005
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常識を守って生きることは、簡単ではない人もいる。毎日の生活の中で、学びながら進歩向上することが、修行です。経営感覚を持たなければ、ただの凡人で終わってしまうだろう。人の3倍から5倍頑張って、当たり前の人生が先天の修行である。なんと楽しいことでしょう。約束を必ず守ること、もし、守らないと信用を失うだけである。
January 23, 2005
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修行には、先天の修行と後天の修行がある。多くの場合は、後天の修行を修行だと思っておられる。これは、難行苦行をして艱難辛苦を乗り越えて初めて、悟りを開くというものである。神社仏閣に入り修行を行ったり、修験道の道を極めるというものである。現実とかけ離れたもののような気がするものである。それは何か、特別なもの様な気がするので、宗教儀式として、枠外に押し出されてしまうものなのである。また、ある種の憧れのようなものもある。先天の修行とは、生活の中にある修行の事をいう。今から二十数年前に、この世の生活を送ることが如何に、大変であるかを思い、進歩向上、生成化育を極めんと志、今もって修行のみであるが、これらを広く敷衍せんと経験談を書いてみようと思うのであります。基本中の基本は、奥義であると悟るとき、如何に生活修行が大切かが解るのです。その基本は、愛の念がどれだけ強いかによるのです。如何なるものにも、愛念を送ることが出来る自己を作り上げることです。それには、本物の神を知り、神と共に生きていることを実感できるほどの信仰心と行いが同一する生き方を行じられるかです。これを、神人合一という。神と人が一体となり行じることです。よく、なになにの神、と言うようになることでもあります。その元には、愛の念が光り輝いているのです。自然は神也と言います。その自然から、何を学ぶかなのです。太陽の与えてくれる偉大な愛を感じられたとき、パワーはアップする事でしょう。言霊を変えてみては如何でしょう。
January 22, 2005
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先日、愛について、書いてみたら、いつもと違う内容なので、コメントを頂いた。ありがとうございます。簡単に、言うと。愛とは、捧げるもので見返りを求めないものであると言えますね。無償の愛、という事になります。そこに、夢とロマンがあるのですね。献身、今目の前にいる人に、100%の愛を捧げる。キリストが人類に与えた愛です。それは、我が子に与える愛と同じなのですね。神や仏が救済の為に送る慈悲の心と同じなのです。世界に平和が訪れる時、この心が行き渡る事でしょう。”幸せのゴールデンマスターキー”自ら行う事は、他人に迷惑を掛けず、自分がしてもらったら、嬉しく思うことを、他人に分け与える事。自分が、いやな事は、他人に押し付けない事。人にものを頼む時は、出来るだけ詳しく正確に伝える事。楽しく出来る方法を考えてから伝える事。言葉は、綺麗にし、文字は見やすく書くこと。笑顔を絶やさない事。礼儀礼節を重んじる事。以上のようなことを心掛けると良いでしょう。
January 21, 2005
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昨日は、雨と雪の中を三峰神社へ参拝に参りました。愛しい人と、二人きりのお参りでした。三峰登り口あたりから、雪が積もり行く手を遮るようでした。トンネルの信号も切れていましたが、構わず登って行ったのでした。昨夜からの雪が両側にガードしているように掻き分けられている細い道を、心も、心細くなりそうな状況で進んで行くと更に、雪が降り始め、良く来たねと云わんばかりの状態で、車はややスベリ気味で、一台しか通れない道をおそるおそる、進み。やっとの事で駐車場に辿り着くと、雪だらけの駐車場には、一台も車はありません。動いているのは、除雪車が一台除雪作業をしているだけです。入口のわずかなスペースに車を止めて、しばし、状況を把握していると、後から軽自動車とクロネコヤマトの車がやってきました。何か安堵感が漂うのでありました。それから、二人きりで神社へと向かいました。参道は雪かきがされていましたが、本殿までは雪かきが出来ていません。膝まで雪に埋もれながら進んでゆくと、若い神官が懸命に雪かきをしていて、こちらに気付き道案内をしてくれました。こんな状況なのに良くお出でくださいました、と歓迎されました。今日は、午前中沼津からのお客様だけで二組目です。と話を聞きました。雪の振る中、二人きりで、雪を踏みしめながら、互いに神を感じながら感動を共有したのでした。本殿前で、しばし、お祈りをして、館内で休む事にした。神社を貸切で使わせていただくような感じであった。和やかな会話を楽しみながら記念に写真を撮ってもらい、外にでた。表に出ると雪はやみ見渡す限りの銀世界が待っていた。『ねえ、雪の下から青く見えるのはブルーシートでも敷いてあるの?』『ふーん、ナンだろうね? デモ綺麗だね!』掻き分けられた雪が重なり合って、被だの間がマリンブルーに光っているのである。雪に精がたたずんでいるかのようである。『これは、水の色だよ。水槽に水を入れたとき青く見えるから雪が水の色をしているんだよ』『こんなの見たことないわ! 綺麗!』『まるで、二人を祝福してくれているようだわ』愛しき人といる時は、見るものが全て感動的になるもんだ。しかし、いいもんだ。駐車場に降りてみると、キレイに雪かきが終わっていた。帰りの道もキレイになっていた。雪の道を通りながら、あのブルーの光は益々濃くなっているのであった。愛とは、慈しみ思いやりそれが喜びとなって帰ってくるようなものですね。互いに共有共感を持つ事が絆を強くするものでしょう。心身共に夢と希望が満ち溢れるような時を過ごす事が、愛なのでしょうか。世界の人が愛を込めて生きてゆけば、平和な日が訪れる事でしょう。
January 17, 2005
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出来ないから、出来るに変わるには。多くの場合、出来ないということは、やらないこと。であるといえる。出来ることがわかっている人は、出来ないということを理論的に考える。時間的、物理的、資本的などである。そしてその問題を解決することが、出来ることへ繋がっている事を知っている。つまり、自己の確立が出来ている人は、問題解決能力を持っているということになる。ある意味では、この世は問題解決のためにあるようなものである、といえる。自己または自我は、他人からの影響によってもたらされる、問題を解決する過程で出来上がって行くようなものであると言える。人は環境によって造られるからである。固有の自我に目覚めた場合、夢や目標となる。そして、それを達成、すなわち解決した人が、自らの手で、幸せというものを築くことが出来るのである。自己については、自分自身ではわからないことが多いものである。自己分析をすることによって、知らなかった自分を見つけることがある。心理学が発達したもの自己について解決しようと試みたからだと思う。行動心理学は、経済活動に密かに使われている。保証論も心理学から生まれたようなものである。悟りの世界が、今後ブームとなるだろう。真の悟りの学習が必要になるだろう。基本的には、人格形成が大切であるということである。三歳までの躾教育が見直されるだろう。このことを理解しておかないと、自分の子供に、脳みその皺を作らせないような事になったら、永久的に皺の出来ない子供が大人になってしまうだろう。それは、アイロンでパーマネントプレスをかけてしまうようなものである。
January 16, 2005
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言葉は、言の葉、即ち言霊いわれている。では、言霊になる前の想いが言霊の元になる。幾ら自己変革を起こそうとしても、想いが否定的であったら、無理である。多くは、肯定的否定語を使っているということである。これを改善するには、自分にあった言霊を知ることである。世界中の人々がこれによって自己変革できれば、世界は変わるのである。自己中や我欲を捨て去る事が出来なければ、人類は何れ自然淘汰されるであろう。災害が世界中に起きているが、これは、警告だと思ったほうが良い。何れ来る。地球温暖化、砂漠化、地殻変動。一人がみんなの為に、みんなが一人の為に。そして、世界が一つになることを願うものである。季節が狂ってくると、犯罪が凶悪になる。日本人の心の教育が、見直される時期が来たといえるだろう。もうこの辺で、世界を変える努力を世界中で行うべきである。といえる。その一人が、貴方かもしれない。
January 15, 2005
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今日まで、留守にしていた。半月も山篭りをすると、後の整理が大変である。5日頃には戻れる思っていたが、何と12日になってしまった。その間下界の情報は一切無い状態であった。そして、インターネットに繋いで有るはずのパソコンが突然、繋がらなくなっていた、復旧するのに、一日かかってしまった。 ナンタルチア。である。ファイアーウォールが働いていたようである。直れば簡単であるが、そこに行き着くまでに時間が掛かる。別のパソコンからは、アクセスできるのだが、気分が悪いので、直るまでやってしまうのである。話は変わるが、地図ソフトを買ってみたら、結構使える。車にパソコンを詰んで、インターネットから地図を検索するとナビほどではないが、充分使える。ゼンリンの宣伝ではないが、使う価値は有ると思う。地図ソフトは他にも持っているが、インターネットと連動しているからよい。無料のものもあるが、使い方次第である。最新の地図を購入するよりは便利だと思う。但し、使える環境が必要だ。今後世界中が大変革が来る、その時に生き残れるように、準備が必要だろう。災害も世界規模で多発するだろう。日本もうかうかしていて入られない。温暖化、異常気象はまだまだ続くであろう。景気は全体的に伸びる傾向を示すであろう。何処まで準備をしていますか。大津波や水害がヨーロッパ、アメリカで起こっているが、日本でも起こるであろう、台風も注意が必要である。
January 13, 2005
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あけましておめでとうございます。昨日今日とご来光を仰ぎ見ながら良い正月を送っています。本年もよろしくお願いします。
January 2, 2005
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