全18件 (18件中 1-18件目)
1
金曜から3日間、長瀞で研修だった。「川に学ぶ体験活動初級指導者養成」とかなんとかというものである(正確な名前は忘れた)。会社から「行って来い」と言われて行ったのだが、なかなか楽しく有意義であった。普段もいろんなイベント仕事をしているので、安全管理とかコミュニケーションのとり方とか、思った以上に参考になったという感想である。ま、単純にカヤック体験とかが楽しかった、というのも良かったが。(宿に蚊が多くて、右手に6箇所、全身で計10箇所くらい食われたのはよろしくなかったが・・・)とまぁ、嫌な仕事ではなかったけれど、なんだかんだと3週も続けて土日がつぶれたので、今日は休暇を取った。出先で目にした光景で、印象的だったものがあった。高い場所にいた時、眼下のビルの林の中に更地の工事現場が1箇所見えたのだが、そこには3台のショベルカーがあったのだ。これがなぜか、「緑・黄色・オレンジ」の3色。雨降るなかで、オレンジだけがこまごま動いていて、なんだかちょっとかわいい感じだった。でも、いたずらに穴掘って「水溜り」を作っているだけにしか見えなかったけど(笑)。
2005年05月30日
コメント(2)
会社の同僚は読売ファンである。であるが、彼がテレビを見出すととたんに流れが悪くなり、結局読売が負ける、ということが続いている。昨日もそうだったらしい。それを聞いた私は、こういう性格なので当然のことながら、「だから、もう見ないほうが良いですよ~、って何度も言ったじゃないですか」とからかったのである。実は。私も似たようなもんなのである(苦笑)。このごろは興味自体があまり無いので、それほど気にはしていないが・・・。夕飯を食べ終えて、洗い物しながら「久しぶりに『どっちの料理ショー』でも見るか」とチャンネルを変えると、まだ野球が終わっていなかった。たしかさっきのNHKニュースでは、ロッテがリードしていたはず。状況を確認すると、9回の裏、10-7でロッテがリード。1アウトでランナーなし。ピッチャーは信頼できるクローザーだ。「お、こりゃ終わりだな。どれどれ、負けっぷりを見届けてやるか」な~んて思ったら。そのバッターがすぐにフォアボールで出塁。次のバッターにいたっては、いきなりホームランであっと言う間の1点差・・・。急いでテレビを消したのはもちろんである(苦笑)。そして今しがた、ネットで結果を見てみた。あー、間に合って良かった。やれやれ。明日から数日、“修行”のため雲隠れいたします。探さないでください(・・・なんじゃそりゃ?)。
2005年05月26日
コメント(0)
網走へ出張してきた。帰りの飛行機までは時間があったので、上司・同僚とともに網走湖畔の森を少し歩いた。上司の一人はキノコや山菜等にとっても詳しい人で(オーディオとかも詳しいらしい・・・要するにマニアックな人だ)、シイタケとアズキナという草を採らせてもらった。夕飯に食べたが、とても美味しかった。今度スーパーでシイタケを買ってきたら、どんな味に感じるのかがちょっとコワイが(苦笑)。行きの飛行機は爆睡していたが、帰りの後半は起きていた。北海道の中央部の山岳地帯を西に越えると、東側の畑作・牧草地帯から水田地帯に切り替わる。今時期は、水田に水を引き込んで、田植えをするかしないかくらいのタイミングなので、上空から見るとまるで洪水になったかのような風景に見える。こういう農業生産のために、森林を開拓し、土地をならし、用水排水を整備し・・・ということをやってきたのかと思うと、めまいを感じる。私は普段、道内産の米をいただいているが、なかなか美味しいと思う。楽天のニックネームを変えよう変えようと思いつつそのままにしてあったが、今日変えた。あまり使っていないハンドルネームと本名を組み合わせただけであるが。気に入らなかったらまた変えるかもしれないけれど。とりあえず、“あめり”のネーミングには、これまで使わせていただいて感謝である。(でも、なんか、ちゃんと反映されてない?? 設定がおかしいのかな? もし変だったら、誰かわかる人教えて~)
2005年05月25日
コメント(0)
久しぶりに、「ぶちっ」と音がするくらいの勢いで切れてしまった上に、そのままの勢いで日記を書いてしまった・・・。お見苦しいところをお見せして失礼いたしました。ちと反省である。
2005年05月24日
コメント(2)
私は小さい頃はわりと好き嫌いがあったと思うけれど、今はたいていのものは食べられる。嫌いと言う人が多い食材でも、平気で食えてしまうことも多い(例:セロリとか)。ただ、そうは言っても、嫌いなものも中にはある。当然のことだ。例えば、豚足は好きでない。沖縄で出てくるミミガー(耳の皮)とかは全然平気なんだけれど・・・。それから、レバー、なのである。これがどうも好きになれない。これは昔からだ。今日はスーパーで焼き鳥用のセットを買ってきたのだが、そのうちの1本はレバーだった。5種類セット、賞味期限直前で30%引き、約400円(税抜き)の焼き鳥は、まずまず美味しかったのだけれど、やっぱりレバーはダメ。「栄養栄養栄養・・・」と思って飲み込んだのであった。嫌いなものが多い人って大変だな・・・。
2005年05月23日
コメント(2)
昨日、予定より早く宿に着いた。夕飯前に温泉に浸かるとしても、まだ時間が余る。宿は小さなダム湖のほとりに立ち、周りにはパークゴルフコースやオートキャンプ場などが整備されている。つまり、私にとっては“惹かれる”環境ではない(苦笑)。でも、部屋にこもるのもつまらないし、それはそれとして楽しめば良いか、と軽く散策に出た。さわやかな青空の下、久しぶりに四葉なんぞを探しながらぷらぷらと歩く。気温は20度くらいと暖かい。タンポポやツクシがたくさんある。四葉を2つほど見つけたところで、ダムの堤体の上に出た。下流の谷あいの水田地帯から風が吹き付けてきて、近くでは堤体から流れ落ちる水の音が聞こえてくる。周りの山はカラマツが多い。堤体の柵に寄りかかって上を見た。あぁ、自然だな、と感じるのは、空の青さと雲の白さだけ。そのことは構わないし、当然でもあるだろう。問題は、人の手を加えた場所がどういうものであるのか、だ。例えば30年後を想像する(もしかしたら10年でも良いかもしれない)。今目の前に見えている水田は、変わらず耕作が続けられているだろうか?周りの山の植林地はきちんと経営されているだろうか?この農業用のダム湖は本来の役目を果たしているだろうか?今日泊まる宿やパークゴルフコースは利用されているだろうか?大人たちの生き様を子供たちが受け継いで行きたいと思えない社会というのは、病的な状態と言って良いだろう。果たして、今、私の目の前に見えている風景はこの先どうなるのだろうか?かつてこの地で暮らしていたアイヌの人々やその神々がこの風景を見たとしたら、どんな思いをもつのだろうか?私がしていること、生き方、それはどうなのだろう??今日のイベント仕事も天気に恵まれた。予報では曇りくらいのはずだったのに、見事に晴れ渡った。おかげで顔を日焼けしてしまった(笑)。いつも思うが、この関連の仕事では天気に良く恵まれる。こういう点では、単なる偶然を越えて、この仕事の意義を何かに認めてもらえているような気分になる。そう思いたい自分がいる、ということかもしれないが。
2005年05月22日
コメント(2)
『風の旅人』の4月号を読み終えた。昨日の汽車の中で、後半の大部分を読んだのである。この雑誌の写真と文章の力にはいつも感心するが、今号ではアンデスに住む人々の「墓地」を写したものが印象に残った。誰もいない野原。けれど、人の住む集落からは、それほどに離れているわけではない。そういう場所に並ぶ墓標。死んだ人。死んだ人の存在を感じること。生きている人々にとっての意味。自分が死ぬことの意味。こういうことを考えるようになったのも、最近のことだ。「死」をどう考え、どう扱うかというのは、その民族あるいは文化の特徴を強く示す部分であるのだろう。私は墓なんかに入るのはまっぴらだと思って生きてきた。今でもそう思ってはいる。池澤夏樹さんの美しい短編小説『骨は珊瑚、眼は真珠』の登場人物に共感を覚えている。自分が死んだら骨まで粉々にしてもらって、地上や海にばらまいてもらって、原子までばらばらになって(素粒子までとは言わないが(笑))、また違う生き物の体になるなり宇宙に拡散するなりしてくれるとありがたい、と思っている。そんな風には考えない、というのが多くの人間社会だろう。近しかった人々の存在を身近に感じ、遠い祖先の加護を感じる。そのための墓標。それはつまり、自分も死んでからは子孫にとってのそういう存在になるということ。それが共同体として機能している社会の普通のあり方だろう。その上に絶対的な神の存在をいただく思想を持つ社会については、想像の範囲外になってしまうけれど。私の場合は違うらしい。いや、違わないんだろうか?どうもこの辺、視界がはっきりしなくなっている。去年、久しぶりにお墓参りに行ったけれど、行っておいて良かったな、と思う。お墓にしても神にしても、自分の心の鏡であり拠り所であり、ということなんだろうという風には想像できる。今の私にとっては、そういう存在を挙げるとすれば、「水納島」がそれになる。
2005年05月20日
コメント(2)
今日の北海道は、発達した低気圧のせいで各地で強風が吹いたらしい。私は函館出張だったのだが、いつもは静かな噴火湾も、今日はずいぶんと激しい波が立っていた。海の色もなんだか緑色っぽく見えて、自然というのはいろんな表情を見せるものだということを、あらためて感じた。(もっとも、考えてみればここは「噴火湾」であり、樽前山や有珠山や駒ケ岳という火山に囲まれているわけで、地史的時間スケールで見れば、その“表情”の幅ははるかに大きくなるのだ)また、印象的だったのは、この激しい波間に浮かぶ1羽のマガモ(♂)であった。海岸沿いの路線だから、ウミネコやらセグロカモメ(かな?)やらカラスやらトビやらはいくらでも飛んでいるけれど、なんだかこのカモの姿は孤独を感じさせる風情であった。それと、海岸そばのとある駅。停車中に隣に見えた線路はもう使われていない様子で、たくさんのタンポポとスミレの花に埋もれていた。こういう「絵」というのも、何か心に訴えるものがある。マグリットの絵のようでもあり、宮崎駿の作品世界のひとコマのようでもある。そんな風に思った。
2005年05月19日
コメント(2)
夕飯用のご飯が炊けるまでの間、ビデオに録っておいた「イタリア語会話」を見た。今週は「週末には何をしますか?」という会話だった。イタリア人の何人かのインタビューが流れたのだが、中でも印象に残ったのはこの二つの答えであった。「Laboro!」(やんなっちゃうわ、という表情で、40台くらいの女性)「Niente・・・」(ぶすっとした表情で、50台くらいの男性)発音をカタカナ表記するとこんな感じである(注:イタリア語は母音がはっきりしていて読みやすい)。「ラボーロ!」「ニエンテ・・・」訳せばこうである。「お仕事よ!」「何にも無いよ・・・」あー、日本でなくてもこういう人はいるのね(苦笑)。しかも、どうもイタリア語の発音は、とっても感情を込めやすい気がするのである。あなたも同じような状況のとき、これを言って試してみて!
2005年05月18日
コメント(2)
すっかり太陽の出ている時間が長くなった。朝方、4時半頃に目が開くと、もう外が明るい。東南向きのベランダ沿いにベッドを置いているから、遮光カーテンでなければいくら私でも(?)睡眠の妨げになりそうな勢いの日差しだ。夕方は夕方で、18時過ぎに会社を出ても、家の最寄駅で外へ出たらまだ明るい(19時前)。しかし、こういう日和を屋内で過ごすのが実にもったいない感じだ。いかんともしがたいことではあるのだが・・・。そういえば、大学の頃に友人とこんな会話をしたっけ。晴れた日の場合:「なんかさー、こんな良い天気の日に授業なんか出たくないよねー」雨の日の場合 :「なんかさー、こんな雨の日にわざわざ学校に来たくないよねー」ま、そういうことです(苦笑)。この週末の野外イベントの仕事、また晴れると良いなぁ。
2005年05月16日
コメント(2)
本日、テニススクール2回目。もともとは運動不足の解消が第一目的であったけれど、せっかく高いお金をかけているので、当然のことながらテニスの技術向上をしたいと思っている。私の場合、まともにテニスをやったのは高校の1年生の時だけなので、それ以降は「我流」であるし、高校の時だって所詮は先輩の指導なわけで、どの程度きちんと基本を抑えているのかもあやしいところである。自分自身でもいろいろ課題を感じている部分があるし、この際にきちんとした技術に直しておきたいと思っている。で、やっぱりちゃんとしたコーチに教えてもらえるのは、ためになる、というのが感想。少しづつ、“曲がって”しまっている部分を矯正していきたいものである。あ、なんか今、「性格の方も・・・」という声がどこかでしたような・・・(笑)。
2005年05月15日
コメント(0)
今日は仕事で登山イベントだった。登山と言っても、往復2時間程度の軽いハイキング程度だが。昨日は下見、今日は本番だったのだが、どちらも天気に恵まれてとても気持ちの良い時間を過ごせた。まだ残雪がある道すがらには、フキノトウがたくさん出ていて、吹き渡る風が冷たくて心地よい。足元にはキツネやらウサギやらシカやらライチョウやらの糞がころころと落ちていて、動物の気配があって楽しい。ウソやハシブトガラやミソサザイなどの鳥のさえずりも耳を楽しませる。そして、目を楽しませるのは針葉樹の深い緑とまだ葉を出していないシラカバの白い肌、足元の可憐なヒメイチゲの白い花、雪をかぶった遠くの山並み、眼下の青い湖面・・・。頂上の笹原を埋めた雪原の上で食べたお昼ご飯は、最高だったのであ~る。開催時期、天気等々、幸運なタイミングだった。参加者の皆さんにも楽しんでもらえたかな?
2005年05月14日
コメント(0)
札幌でも桜がだいぶ咲いた。大通公園は木々の芽吹きとあわせて、「春」めいてきた。うちの近くのマンションの庭でも、水仙がたくさん咲いていた。水仙と言えばその学名(属名部分)は「Narcissus」で、ギリシャ神話の有名な話に由来する。(ということを思い出すのも、アンゲロプロスの映画の余韻だろうか?)その話と言うのは、水面に映る自分の姿に見とれた美少年が、そのまま水仙になってしまった、というやつ。(ついでに言うと、エコー:やまびこについての話もこれに関わる)これが「ナルシスト」の語源になっているわけである。んが、そこらで見かける水仙って、意外と水辺ではない場所にあるような気がする。その辺、実態としてどんなもんなんだろか?自らを映す水面を持たない花は、何を象徴するのであろうか?
2005年05月12日
コメント(0)
アンゲロプロス監督の映画の脚本にトニーノ・グェッラの名前を見つけて驚いた昨日。・・・いままでの作品にも、参加してたじゃないか。そう気がついたさっき。だめっすなぁ。こういうことが多いのである。ま、映画自体からかなり離れている、というのも確かではあるが・・・。ジャームッシュ監督の『コーヒー&シガレッツ』の撮影がロビー・ミュラーでも驚かないように、と思って調べてみたら、今回は違う人だった。もう新しい人は覚えられんかも。日渡早紀さんの昔のマンガ、好きだったなぁ(←今日の日記タイトルがらみのネタです。念のため)。
2005年05月11日
コメント(0)
会社帰りに『エレニの旅』を観てきた。ギリシャのテオ・アンゲロプロス監督の最新作である。結論から言うと、あまり良い出来の作品とは思わなかった。彼の作品では、やはり前々作の『ユリシーズの瞳』が好きだ。前作の『永遠と一日』もまずまず良かったと思う。これらに比べると、映像はきれいだし音楽も良いと思うけれど、作品としてはやはりイマイチ。テーマはいままでと大きくは変わらないと思うけど、描き方のスタンスというか、監督の視点というか、その辺がちょっと変わっている気がした。それと、やはり俳優の力量が足り無すぎ。前々作のハーヴェイ・カイテル&助演の女優さん、前作のブルーノ・ガンツに比べたら、今作の若手二人は作品世界を背負うにはあまりに役不足。ただ、その視点の変化と俳優の使い方の違いに、今作に監督がこめた思いがあるように感じなくも無い。どちらかというと、近代の悲劇を扱いつつも古典を見るような哲学的態度を取り、俳優についても「過去を振り返る」という役割を与えていたのがこれまで。それに比べると、今作については現代社会に対するより強い政治的なメッセージ性を感じる。あえて若い俳優を使っているのも、「今を生きる」人々への共感を得たいためではないのか。例によって字幕を担当されている作家の池澤夏樹さんも、特にアメリカを中心としたいろいろな動きに警鐘を鳴らし続けているけれど、アンゲロプロス監督においても似たような切迫感があるのではなかろうか。脚本にトニーノ・グェッラという名前を見つけて、タルコフスキー監督の『ノスタルジア』を映画における最高作としている私としては「むむっ?!」と反応してしまったが、彼の個性が作品にどういう風に反映されているのかはよくわからなかった。長くなったが、やはり私の感性は、アンゲロプロス監督よりもユーゴの(セルビアの、とは書かないでおこう)クストリッツァ監督の方があうようである。映像美と音楽を味わうなら『ジプシーのとき』、戦争を舞台に人間の愚かさと悲しさを感じるなら『アンダーグラウンド』を挙げたい。逆に、希望を見出すなら、チェコのヤン・フジェベイク監督の『この素晴らしき世界』を絶対にオススメする。
2005年05月10日
コメント(0)
シュールレアリスムを説明した表現でこんなものがある。「手術台の上のこうもり傘とミシンの出会いのように美しい」なんのこっちゃ?、と思う人がほとんどであろう。私のように、シュールレアリスムや象徴主義や現代美術を好む人間にとっては(いや、日本画だって好きだけども)、わからんではない感覚である。今日は道北への出張だった。さすがに雪は路傍に少しと山肌に残る程度で、コブシも咲き始めていた。そして目に入った光景が、田んぼである。田んぼ、で作業する人と、その脇の畦に止められた「○ヨタ社の黒い○ラウン」であった。黒いク○ウン・・・。ありえない。そこはフツーは軽トラだろう?!な、なぜに、よりによって黒いクラ○ンなわけ??その光景を目撃した瞬間の軽いめまいを伴うような衝撃は、現代美術を見たときの衝撃に似ていた(ような気がしなくも無い・・・)。
2005年05月09日
コメント(0)
テニススクール、初日のレッスンに行ってきた。先日のレベルチェックの時には我ながらガックリする動きだったが、今日はだいぶまともだった(ような気がするが、気のせいかもしれない)。とりあえず、今時点で手足がガクガク、ということは無い(苦笑)。やっぱり、動いて汗をかくのは気持ち良い。いろいろ頭が混乱しているのを、多少はすっきりさせる効果もあったように思う。体を動かすのは大事だね。生きていくうえで、仕事と遊び、思考と活動、自分と他人、過去と未来、などなどなど、バランスを意識するのはとても大切だと思うのである。今夜の食事はゴーヤチャンプルーの予定。沖縄帰りの名残気分、ってところで(笑)。「日々の視線」のコーナーにて、ページコンセプトとちょっと違うけど、向こうで私が釣った魚の写真をアップしてみました。もちろん、自慢です♪美味しかったんですよ~。
2005年05月08日
コメント(0)
水納島の一週間。あっという間に過ぎ去ってしまった。前回も感じたけれど、この島へは「行く」というより「帰る」という感覚の方がしっくり来る。今回はよりいっそう、その感覚が強かった。4回目ともなれば島の概要はおおよそわかっているから、新鮮味というのは正直言ってあまり無い。でも、懐かしさと親しさが、あちこちのそれやこれやに、そして島の空間全体に感じられる。それでももちろん、発見もいろいろあった。初めてのこの季節、渡りの途中のサンコウチョウを見ることができた。海にあんなにたくさんのウミガメが泳いでいるのも見られた。クイナやアオバトやトンボの群れや・・・。また違う季節に「帰って」きたいと、そう思う。島を出るとき、強い向かい風が吹いていた。ふと、島のほうも私達との別れを惜しんでくれているのではないかと、そんなことを思ってしまった。なぜか、素直な気持ちで願ったことが、ほとんど叶った島での日々。早くまた帰りたい。そしていつまでも、この島が美しいままであってほしいと切に願う。それから、こんな話を聞いてくれる人がいるということも、しみじみとありがたいことだと思う。Tシャツに短パンで過ごした沖縄から、桐やツツジの咲く新緑の東京を経由し、霧雨で気温4℃の札幌に帰りついた今、いろいろな物思いがまとまりなく頭を巡るのである・・・。
2005年05月07日
コメント(2)
全18件 (18件中 1-18件目)
1

