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中間テストが2日後に迫った日曜日、1麻呂を映画に連れて行った。
私や麻呂父が、どんなに大声で怒鳴っても、あきれるくらいの馬耳東風の態度で
全く勉強をせず、PCに向かってばかりいる中学2年生の我が長男、1麻呂。
それならば、「逆に彼の欲求を満たすことでやる気を持たせよう」と
思い立ち、観たがっていた映画を上映している、ちょっと遠くの街にある、
シネ・コンの入った大型複合商業施設に高速道路を使って出かけた。
「映画を観ながら食べられます」と店内掲示板でうたっている某ファスト・フード店で
ハンバーガーのセットを買い、1麻呂は映画館の通路の向こうへと消え、
私はショッピングモールを見て回った後、ひとりでお茶を飲むために
館内にあるカフェテラスに腰を落ち着けた。
「こんな家、つまらない。家族でどこかへ出かけても、お父さんもお母さんも
車の中でほとんど僕に話しかけてこないし、家にいる時だってそうだ。
友達の家に行くとそれがよくわかる。皆、楽しそうに家族でしゃべっているよ、
ご飯の時も、そうでない時も。どうしてうちはこうなの!?」
「うちっておかしいんじゃないの?友達の家と全然違う」
最近、こんなことを言うことが多くなった。
中学生になって、頻繁に友人の家を行き来するうちに、自分と友達、
自分の家と友達の家を自然と比較するようになってきたのだろう。
自分と周りとの尺度を測る術を身に着けたとは、少しは社会性が育ってきている
証拠なのだと、親は自身を慰めるためにそんなふうに思ってみることにする。
「うるさいよ!何度も言わなくてもわかってる!」
思春期真っ只中、言葉を荒げ、弟にやつ当たりをし、
苦虫を噛みつぶしたような顔をしている毎日。
それでも、学校ではのびのびと楽しく過ごしているらしいから不思議だ。
事情があって、1麻呂にとって今年が最後となる中学校の文化祭で、
彼はなんと、クラスの合唱の指揮をした。
ピアノ伴奏ではなく、指揮である。
しかし、「お母さん、絶対に見に来なくていいからね」と再三にわたって言われ、
私は当日は家にいた。もちろん、見たかったけれど。
よそのお母さんから電話をもらい、「1麻呂くん、とってもよかったよ!!・・えーっ!?
見に行かなかったの!?」と驚かれた。
6歳の時、1麻呂はT大学附属の音楽教室に通い始めた。
入室にあたっての面接時、ひとりの先生が、
「1麻呂くんは、大きくなったら何になりたいの?」と質問された。
「指揮者です」
「本当に?指揮者って、大勢の人をまとめるすごいお仕事だよね。
そうか、キミは指揮者になりたいのか!」
その先生はニコニコしながらおっしゃったが、他の面接の先生も、
そして、誰よりも、私がいちばん驚いた。
後で本人に聞くと、「いつもお母さんが見ている音楽のテレビで、
指揮している人がかっこよかったから」という返事だった。
しかし、結局その教室は2年半で退室してしまい、昨年はついに、
4歳から9年間続けたピアノも辞めてしまった。
その道の基礎がしっかり築けていないうちに、そこから離れてしまった彼には、
もちろんこの先、生業としての指揮者になることは不可能であるし、
本人にも、毛頭その気はないだろう。
それは本人がいちばんよくわかっていることだ。
それでも、彼はかつて夢見たことのひとつを、ここで叶えたことになるのだろうか。
今のままでは、志望校はおろか、周辺にあるどこの高校も
彼に門戸を開いてはくれないだろう。
それは本人がいちばんよくわかっていることだ。
さあ、どうする、1麻呂よ。
目の前の苦しいことから逃れ、心の快楽を追い求めるだけの
つまらない大人には、なってほしくないと母は思う。
何でもいい、どんな形でもいい、ひと様の役に立つような、
そういう人間になってほしい。
心と身体のバランスが急激に変化していることが
傍から見ていても痛々しい。
行き場のない気持ちのコントロールが難しいのだろう。
私もあなたの年齢の頃、そんな季節を経験した。
垢抜けない詩を書き、夜な夜な星座の運行を確かめ、上手くもないピアノを弾き、
人生のなんたるかに思いを馳せた。
1麻呂よ、自我に目覚めた吾子(あこ)よ、
本当の意味での人生はこれからだ。
母はいつでもあなたを見守っている。あなたを生んで、
世に送り出した責任があるのだから。
そして、15年前、わずか妊娠2ヶ月で失いかけた、
かけがえのないあなたを、心から愛しているから。
だから、安心して準備をしてほしい。
探しているものを、見つけてほしい。
あなたの旅は、始まったばかりなのだから。
昼下がりのカフェテラスで、ふつふつと湧いてくる、
こんなもの思いに時をゆだねた。
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