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2020.04.09
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今日は、自分が生きて来て一番辛かった時の記憶を書いてみようと思います。


おそらく私の摂食障害の大きな要因となり、これが自分の中でとてつもなく辛い出来事として残っているけれど、口に出すことはもちろん、思い出すのも辛くて誰にも言えなかった時のこと。


思い出すとあまりに辛いので、ここに書くのもずっとためらっていました。

でも、いつかは向き合わなければならないし、ここを通らずに先には進めないので勇気を出して書いて見たいと思う。








私にはきょうだいが自分を含めて4人いる。

その中でも弟はちょっと鈍臭いタイプというか、ドラえもんでいう「のび太くん」みたいな子供だった。

間が悪いと言うか、容量が悪いと言うか、早生れで成長が遅いこともあったと思うけれど、ちょっと抜けてるところが父をイライラさせることが良くあり、

男の子でもあったので、父からの当たりが昔からキツかった。

男には手を出すタイプの父だったので、弟が言うことを聞かないことがあろうもんなら出先でもどこでもすごい剣幕で殴ることがあった。



2家族で温泉施設で行き、みんなで1人1つアイスを買うことになった。

そこでみんなシングルのアイスクリームを一つずつ買ってもらっているのに弟は2個乗ってるやつがいいと言った。

弟は手がつけられないほどに泣き叫んだ。


すると、父が人目も憚らず、すごい勢いで弟を殴った。

何度も何度も。まるで袋叩き状態だった。



それを見たいとこは、それ以来、父のことを「世界一怖い人」と認識するようになって、常にビクビクしていたほど。

そのくらいの時から、父の弟に対する暴力は少しずつ、でも着実に、エスカレートして行った。


これが私が小学校三年生、弟が年長くらいの時だったと思う。


それからと言うもの、父はやたらと弟に対して厳しくなり、少しのことでも激昂することが増えた。

その理由も、

父が大河ドラマを見ているときにテレビの前を横切ったとか、




そんなことで手を挙げることがどんどん増えた。



弟が卵を割って殴られたショッピングセンターには、私は今も行けずにいる。

まるで交通事故を目撃したかのような衝撃が忘られず、その場所まで鮮明に覚えている。




そして弟が小学生に上がって私が小学4年生になった時。

人生で一番辛い暗黒の時代を迎えることになる。





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最終更新日  2020.04.10 00:43:44


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