料理研究家・宮成なみの【 夢叶 】~胸に希望を 台所から愛を~

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2007年07月02日
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カテゴリ: 新しい道
わたしと父はずっとずっと長い間


それは、ただ、
わたしと父があまりにも似すぎていたから、

意地っ張りで、
頑固なところも、
負けず嫌いなところも、
素直になれないところも。

ただ


わたしも父も、
お互い、避けあうようにして過ごしてきました。



そんなわたしと父だったけれど、
わたしが透析を始めて、

ひとつだけ変わったことがありました。



父が、


「なみは透析を始めて、(父に対して)優しくなったなぁ」


と嬉しそうに言っていたのだそうです。


そして、

「なみは、透析をするまで、
身体にも心にも鞭打って


と言っていたのだそうです。


透析になって、
失うものもあったかもしれないけれど、

あいつが肩の力を抜いて、
楽に優しく生きていけるなら、


今まで、
父に認められたくて
誉められたくて、

いろんなことをがむしゃらに頑張って、
認めさせようとしていたけれど、
案外、父が喜ぶことはとても簡単なことのようでした。



わたしが幸せでいること。
ただ、それだけでよかったんだね。



わたしは、
退院したら、父に少し甘えてみようって思っていたけれど、
できずにいました。


だから、普通は花嫁の手紙は、
お母さんに宛てて書くのだろうけれど、

わたしはお父さんに宛てて書くことにしました。







お父さん、お母さん。
今まで、育ててくれてありがとう。

こうやって、ウェデングドレスが着られる日がきて、
お嫁さんになれるだなんて今でも信じられない気持ちです。

この間の入院のときに、
お母さんがこっそり教えてくれました。

私が発病したときから、
ずっとずっとお父さんは神社を見つけるたびに、
わたしの病気が治るようにお願いしてくれていたこと。

朝鮮人参とか、変なサプリメントを買ってきては
食事療法をしているから飲ませちゃダメ!ってお母さんに怒らるたび
しょんぼりしていたこと。

わたしの身体を治せるお医者さんを
わたしの知らないところで、
お父さんが探し回ってくれていたこと。



妹たちには怒らないようなことでも、
わたしにだけは厳しくて、

見兼ねた母が、
「どうしてなみだけ厳しいの?」と尋ねたら、

『あいつが料理研究家になりたいっていうなら、
独立してやっていけるだけの力をつけさせたいんだ。

俺は見守ることしかできんが』と言っていたこと。


お父さん。
ごめんね。

そしてありがとう。


お父さんの厳しさは愛情だったのに、
わたしは、お父さんの愛に気付かずに、
たくさんお父さんを傷つけてしまってたと思います。

お父さんとお母さんのおかけで、
今、わたしは生きてます。

わたしは、お父さんの娘だったから、
お母さんがいてくれたから、

こうして、夢をかなえてお料理研究家になれました。
大好きなひとのお嫁さんになることができました。

今まで育ててくれてありがとう。






ずっとずっと長い間、父に言えなかった
「ごめんなさい」と「ありがとう」を、

ようやく、
結婚式で言うことができました。



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最終更新日  2007年08月28日 16時53分18秒
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