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11月25日(金)チュートリアル試験2回目朝少し早めに行ってリーディングの本を読もうと思ったら、30分前なのでまだエレベーターが動いていなかったので仕方ないから、階段を利用しようと思って別の入り口に移動しようとしたら、ベトナムのタイが私の姿を見つけて待っていてくれたので、一緒に階段で4階まで上ろうと思いました。 4階というのは日本の5階です。2階の廊下で見覚えのある顔の男の子がひとりで立っていました。 リオンでした。 「ちょっと話があるから」ってタイに言って、先にひとりで教室に行ってもらってリオンと二人で話しました。 リヨンはちょっと背が高いので、私が小さい声で言って聞き取りにくい時は身体を傾けたりします。 モテる男の子は態度がやっぱり全然違うと思ってしまいました。 日本で言うと三宅健君を若くした感じの甘いマスクの男の子です。 そして、態度は韓流スターみたいに女性にソフトでやさしいです。 おばちゃん化現象してしまう私です。昨日、中国人のヒュイが漫画に興味を持っているというので、漫画喫茶の2ドル割引券を持っていってあげました。 11時前の授業はリーディングを主にしました。 でも、あれだけ大量の物を宿題で読んでくるようにと言われても、熟読はできません。 私は飛ばし読みをしたけど午前1時過ぎまで掛かってしまいました。 だから、質問があったら言うようにといわれても、飛ばし読みするだけで精一杯で質問なんかできませんでした。リリアンが10時の30分ブレイクの時に待っていてくれたので、一緒に3階のラウンジに行きました。 彼女はホームスティ先のママが作ってくれた昨日のディナーの残り物のスパゲッティナポリタンを電子レンジで温めて食べました。 私はランチはまだ食べないので、バナナとスコーンと林檎ジュースを飲みました。 同じクラスの中国人の生徒の集まっている席の近くで食べました。 やっぱり居心地悪いですね。 韓国人の中にひとり混ぜてもらって食べた事が昔あるけど、かなりいい感じでした。 仲間に入れてくれた感じでした。 中国本土はやっぱり無理かな。。。とりあえず、私と同じクラスの人達は朝10時半にランチを食べるようです。ブレイク後にはちょっとだけ、コンピュータラボに行って簡単な説明を受けました。 そして、またチュートリアルです。 幸い、ロシア人は今日はお休みでした。 脚の手術だそうです。 今まで車椅子だったけど、普通に歩けるようになるのでしょうか? 私はどうしても気になっていた、前回の私のチュートリアルについて先生に聞きました。 リーダーを妨害しようと思えば、何でもできる。 通常はトピックについて討論するはずなのに、何度も何度も引き戻そうとしても、別のおしゃべりを始める人がいて、あきれた事に先生に対してまでも、全くトピックとは関係のない『車』の話題を持ち出したりしたと言いました。 でも、私はそれを止められなかったから、ポイントがゼロではないのかとても心配だと言いました。 すると、私の評価をチェックしてくれました。 なんと『A』でした。 先生は見ていてくれたのですね。 私はかなりの時間を費やしました。 そして、フォーマルスタイルでディスカッション運営をしようとしました。 最初に挨拶、参加者紹介、トピック紹介。。。と順調に進めていこうとしたら、トピックと関係ないことを何度も何度も強い態度で横道にそらされてしまい、とてもショックだったのです。 今日はジェイソンがチュートリアルのリーダーでした。 ロシア人がいなかったので、普通にトピックにのっとった会話でした。 ただ、ジェイソン自身が、トピックのひとつの質問をよく理解していなくて、ヘンな事を口走ったので、私は説明しました。 私もその質問は理解できなかったので、先生にあらかじめ聞いておいたのです。 それから、確かにグローバリゼーションだけど、今日のトピックであるグローバルコンセンサスには全く関係ないような話題がジェイソンからでたので、少し困惑しました。 もちろんその事は本人に言いました。 本当の事を言ったので、もしかしたら、本人は気分を害したかもしれません。授業が終わってから、まだお腹がすいていなかったので、図書館に行ってほんの少し勉強をしました。リリアンとエリクソン、ヒュイが近くにいました。 エリクソンからDEEP1が終わったら、バーベキューパーティをするから参加しないかと誘われました。3階のラウンジに行くと、キャシィがいました。 私は電子レンジで暖めたバーベキューチキンと野菜のバター食べながらお話しました。 彼女のクラスメートが彼女に話しかけてきました。 彼女は「今日はお姉さんと約束があるからここで待っているんだ」って言いました。 「えっ?何? そうなの?」って思ったので、聞いて見たら、説明が面倒だから適当な事を言ったようです。 キャッシーは時々嘘をつくそうです。 一緒に住んでいるお姉さんが、キャシィが日本人の友達ができたと言うので、うれしいようで、お姉さんから聞いてきてって言われたと言うので、お料理や100円ショップのダイソーについて聞かれたりしました。 帰りにマルユウというダイソーの商品を扱っているお店に一緒に行きました。 そこには英語で書いたレシピがたくさんあったので、お姉さんのお土産に頂きました。 お姉さんはキャシーに日本人のお友達ができてとても喜んでいるようです。キャシィからは家でやるテストの内容がすでに彼女のクラスでは公開されたというので、それを写させてもらいました。 週末に勉強することにしました。 本当はプレゼンの準備をしようと思っていたのですが、キャッシーから、それよりも比較論文の方に手を付けた方がいいと強く言われたので、従いました。 11月26日(土)難しいエッセイはIELTSの勉強をした時に勉強したから、得意だと思っていたので、週末にある程度やってしまおうと思いました。 でも、量が膨大だし、比較論文って言ってもどうやって書いていいのかわからず、結局、読むだけで精一杯で文章を書くところまで到達できませんでした。 正直、疲れました。11月27日(日)パディーズマーケット気分転換に夕方4時過ぎに中華街にあるパディーズマーケットに行き、野菜を買いました。11月28日(月)チュートリルリーダーシップ3回目今日はリリアンの番でした。 リリアンはあまり単語力がないので、同じ中国人のジェイソンがリーダーを発揮する場面も多々ありました。 今日のディスカッションは整形手術とか色々話題が豊富だったはずなのに、具体的なものは殆どでず、もりあがりもなくあっさりと終わりました。教室で普通に話をする時は、私の隣がアレックスでその隣がリリアンだから、いつもアレックスが間に入って通訳してくれています。 こんなので本当に大学の授業についていけるのでしょうか? 前のグリーンウィッチでも、クラスメートと会話して英語の練習をすることは中々難しかったけど、このクラスもレベルの高い学校のはずなのに、こういう人も何人もクラスにいます。 ただ、リリアンは発音は普通に大丈夫です。 発音さえも何を言っているのか分からないくらいひどいクラスメートも何人もいます。 フィリピン人とかベトナム人って英語の発音の才能がないのかも知れませんね。 ただ。。。私の両隣はアレックスとエリクソンなので、英語が普通にできるからよかったです。 ただ。。。彼らは中国人同士で話をするのが好きだから、私との話の途中でも中国人の女の子が会話を中断させる事が殆どなので、中国語で他の中国人と話してしまい、話が途中でも私の存在を忘れてしまうようです。
Dec 7, 2011
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11月22日(火)チュートリアルリーダシップ試験朝メールチェックしたら、オジから昨日、メールが届いていたようでした。 FAX送信をICNに何度も試みたけど、送れなかったのでスキャンしてメールに添付してくれたようです。 内容的には私が書いたサンプルレターとほぼ同じで満足のいく内容でした。 大学病院のレターヘッドに印刷して、担当医のサインが書いてありました。 サインが判子代わりなので、このままでも海外では通用するものでした。 でも、学会で忙しいかったし、手術も毎日、立て込んでいるのに書いてくださったので、お金は支払う事にしました。 5250円掛かります。昨日、アレックスが随分、お腹をすかしていたようだったので、リリアンが30分休憩の時にご飯を持ってきたからというので、彼を誘って3階の休憩室に行ったようでした。 私はちょっとしたティータイムのスコーンとジュースを飲んでから、1階に降りて電話しました。 診断書の件で大学病院と母に電話しました。今日は最初の試験です。 フォーマルなディスカッションにしようと思って、ご挨拶や参加者紹介などから入りました。 しかし、途中で口を挟む人がいたり、ロシア人アルバートがわざとトピックに関係ない話ばかりをするので、私が本題に戻そうとしてもまた外し、最後には先生が私のリーダーシップの点数を付けにきた時にまで、先生に対して車の話をしだいしたのです。 これって明らかに妨害です。 せめて先生のいる前では普通に本題に沿ったディスカッションをしているように振舞って欲しかったです。 こういうディスカッション試験ってある人を貶めようとしたら、簡単にできるのだと理解できました。 本当にあきれました。 車やXXギガバイトとか暴力的なコンピュータゲームなどのボーイズトークなんて全く理解できないし、そもそも本題と待ったく関係ないのに、失礼だと心から思いました。 アルバートと一緒になってボーイズトークをしていたジェイソンにもあきれました。 これはおしゃべりの場ではなくて、真剣な試験の場だったのです。 うらみます。 彼らのお陰で私は0点です。授業が終わってから、トイレに寄ろうとしたら、リリアンが付いてきたので「トイレに行くから。。。」って何気に断ったのだけど、「待っているから。。。」って言ってトイレの外で待っていました。 それから、3階のラウンジに行ってランチをしました。 本当はキャシーと約束があったのです。 キャシーも来ました。 キャシーは溜まっていた物があったので、ずっと私に話し続けました。 リリアンに悪いなと思いつつ、板ばさみで居心地悪かったです。 明日のサマリーのテストでペーパー辞書だったら持ち込み可というので、とりあえず、本屋で見て見ようかと思って、今日は図書館に寄らないで、帰りました。 道を歩いていると、ICNに辞書があるかも知れないと言う考えが浮かびました。 ICNに言ってJUNさんに聞いてみました。 英英辞典がありました。 JUNさんにどの辞書がいいか選んでもらって、名前を書いてお借りしました。JUNさんにおじから届いたスキャンした大学病院の担当医の書いたレターも見てもらいました。 よさそうだと言うので、プリントしてもらいました。 明日、メディバンクに提出しようと思いました。 すでに2週間も経っているので、早い方がいいとJUNさんも言いました。11月23日(水)サマリー試験雨が降っているので夏なのに、コートを着ている人がいるくらい寒いです。授業は8時半から始まりますが、私の左隣の席が開いていたので、最近はアレックスが座ったいたけど、まだ来ていなかったので、リリアンが喜んで私の隣の席に座りました。右隣はエリクソンが最近は座っています。 アレックスもエリクソンも中国人ですが、とても紳士的だし、英語が上手なので助かります。 他の人の発音が悪くて私が理解できない時は英語で通訳してくれるし、他の中国人のボキャブラリー不足で私の英語が理解できない時は、彼らに中国語で説明してくれるので助かります。最初に2時間のグループディスカッションがありました。 エリクソンがリーダーシップを発揮してくれたので、よかったです。 エリクソンと同郷で一緒に住んでいるヒュイとリリアンが同じグループでした。 その後20分の休憩があり、次にディスカッションで到達した結果を基にした1時間半のサマリー試験がありました。 フィリピン人の女性はすぐにできて、退出しました。 他の人達もみんな早めに退出しました。 結局、私とリリアンが最後まで粘っていました。 あれだけの膨大な量のサマリーをどうしてこんなに早くにできるのかとても不思議でした。私はトイレに寄っていくからって言ったら、また今日もリリアンは外で待っていてくれました。 そして、一緒にセントラル駅近くまで行きました。 彼女は家に帰ったら眠ると言いました。 やはり、彼女も勉強で疲れているのだと思いました。 他の人達は要領がいいのでしょうか? だから、疲れないのかな。 彼女は電車に乗り、私はセントラル駅近くにあるメディバンクに行きました。 東京の大学病院の担当医から送られてきたFAXを渡しました。 受け取りスタンプを押してもらって控えをもらいました。 メディバンクはビザ申請の為の健康診断を受ける所なので、毎日たくさんの人でいっぱいです。 だから、ただ担当医からのレターを渡すだけでも、チケットを引いて長い間、順番待ちをしなくてはいけないので、とても時間が掛かります。もう2時過ぎていたし、とても疲れていたので、頑張ってジョージストリートまで戻り、トントンでエビチリを食べました。 それから、ICNに寄ってJUNさんに英語の辞書をお返ししました。11月24日(木)アフタースクールディスカッションセッションエリクソンから「ボーイフレンドを自分達が見つけて紹介してあげるから、ヒュイに誰か紹介してくれないか?彼は彼女がいない」と言いました。 それを聞いていたリリアンが「ひょっとして紹介するって言って、それはアレックスが自分を紹介するっていう事じゃないの?」なんて言い出しました。リリアンは本当は私の隣の席に座りたいけど、アレックスが座ってしまうから私の隣に座れないのです。 最近は座る所はほぼ固定してきました。 私の右隣はエリクソン、左隣はアレックスでその先がリリアンです。中国人はほぼ全員、耐熱性みたいなガラスなのかプラスチックか分かりませんが透明の水筒を持っています。 そして、その中にお茶を入れています。 私もお茶の習慣はあるし、漢方とかを入れてもいいので、いいなぁとは思っていました。 私は持っていなかったので、わざわざダイソーに行って2ドル50でプラスチックの水筒を買いました。 ある時、見ちゃったんですよね。 最初、私の事を気に入ってくれていたから、お茶を持ってきてくれたけど、それと同じお茶をベトナム人のタイにアレックスは上げていたし、しかも、翌日には750ml位入りそうなみんなの持っているのと同じお茶用の水筒をタイに上げていました。 タイはすでに水筒は持っていたのです。 いつも隣に座って仲良くしていると思っていたけど、あういうのを見ちゃうと、また私は心を閉ざしてしまいました。「どんな人がいいの?」ってエリクソンに聞きました。 というのは、ヒュイはお宅系なので黙って下を向いて恥ずかしそうにしていたのです。 「とにかくアニメに出てくる人がいいみたい」というの「う~~~ん、だったら漫画喫茶に行ったら同じ趣味の人と出会えるから、いいんじゃない?」と言って、シドニーにある漫画喫茶の電話番号と場所を教えてあげました。 たまたま日本人向けのシドニーガイドの小冊子を持っていたのです。 「彼を救ってくれてありがとう」なんてエリクソンからお礼を言われました。授業が終わってから、図書館でしばらくコンピュータをしようとしたら、キャシーが来て明日のチュートリアルでリーダーをするから「調べたい事があるから、いい?」というので私は別の事をしました。 他のコンピュータはみんな使っていてあいているコンピュータがなかったのです。 しばらくすると2時半になったので、図書館から出てディスカッションのチュートリアルに参加しました。 参加者は私と同じクラスメートのジェイソン、ヒュイ、シェパードと女性はキャシーと私とサウジアラビアのDEEP2のハイファと言う名前の顔を布で覆ったモスラム女性でした。 終わってから、サウジアラビアの女性のお名前を聞きました。 ちょっと仲良くなれそうな感じでした。 シェパードについいてはやはりキャシーもなんてユニークな人なのとかなりの衝撃を受けたようでした。 犬の名前をつけること自体おかしいです。 私は今まで彼と直接話した事がありません。 日本人の中にもたまにいるけど、外人よりも巻き舌みたいいなへんなこもったような間違った発音をしているので、何を言っているのか理解できないのです。 先生も理解できないようです。 仕方ないから、先生は一度頭の中に彼の行った事を入れて、それから何度か頭の中でリプロダクションしてこんな事を言っているのかなとゲスしてから答えているようです。 だから、先生でさえも、シェパードの質問と答えが食い違う事が多々あるのです。 私はアレックスかジェイソンにシェパードが何を言っているのかわかりやすく英語で説明してもらわないと理解できません。それなので、やはり街中でも問題があるようです。 買い物をしたり、珈琲ひとつ買うのにも不自由しているようです。 チュートリアルの先生に次回は日常会話の英語をお願いしますってシェパードが言っていましたが、そういう問題ではなくて、彼の発音の問題なのです。ディスカッションのチュートリアルって言う名前なので、大学で行われるディスカッションの為の訓練だと思ったから参加したのに、日常会話だなんてあまりにもくだらなすぎて正直あきれました。 次回からは参加しないことにしようと心の中で思いました。
Dec 6, 2011
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11月16日(水)第三日目30分以上前に学校に到着しました。 学校までは歩いて15分位掛かります。 同じ席を確保しました。 エリクソンとヒューイの二人組は別の席に座っていました。 彼らのように色々な席に座ってみて自分にあう席を見つけるまで移動する生徒もいるし、私のようにいつも同じ席がいい人もいます。 ジェイソンとアレックスは同じ席でした。 ジェイソンが私の左隣でその更に隣がアレックスでした。 私の右隣があいていたので、端にいたベトナム女性のタイが移って来ました。 英語の発音が下手だし、たぶんバックグラウンドもだいぶ違うみたいで話があいません。 自分の主張を曲げないので、話が難しいです。 でも、ジェイソンとアレックスのふたりとは話があいます。 中国人なのに西洋化された生活をしているとか言っていました。 考え方も似ています。 まじめですね。30分の休みは少し授業の続きのディスカッションをしちゃいました。 ジェイソンもまじめ系なので、こういう事ができるからありがたいです。授業が終わってからはスチューデントセンターに行きました。 パスポートのコピーを初日に持って行ったけど、オリジナルのパスポートがどうしても見たいというので、スチューデントセンターで整理券を引いて待ちました。 1時間以上待たされました。 銀行みたいに目的別のチケットをひいているけど、何故か順番ではなく、適当に後から来た人を先にしているので、とても気分が悪かったです。 お陰で、2時近くになってやっとランチが食べられました。 こんな不健康な生活でいいのでしょうか? 図書館でキャシーと少し勉強したり話したりしました。 小声で話さなくてはいけないので、どうしても顔を近づけます。 彼女ののど風邪が移ったみたいです。 のどが痛いです。11月17日(木)第四日目今日は15分前に到着。 いつもより若干遅くなってしまいました。 ジェイソンもいつもよりも遅く5分前くらいにクラスルームに到着したので、すでにいつもの席がいっぱいだったので、仕方なく入り口近くの端の席に座りました。 今日は、中国人のリリアンが右隣で、ベトナム人のタイが左隣に「あれっ?今日は空いているの?」って。。。空いているのならって、隣に移動して来ました。 今日は女性に囲まれました。 女性は華やかでいいのですが、彼らは英語に問題があるので、私が誘導する事になってしまい、私にとってはあまり役に立たない配置です。チュートリアルのグループが発表されました。 私達のクラスは老人の先生がふたりいて、月から水のメインの先生が決めたグループでした。 ジェイソンとロシア人のアルバートとリリアンと一緒になりました。 リリアンの年齢をロシア人が聞きました。 彼女は、しぶしぶ24歳と言いました。 30分休みには教室で食べました。 リリアンもタイも一緒で楽しく食べました。 女性同士で楽しく食べました。 途中で中国人男性アレックスも加わって着ました。 アレックスの英語はある程度のレベルがあるので、普通に会話がスムーズにできます。 リリアンは発音はまあまあですが、単語力がないので、アレックスの通訳が必要です。1時に授業が終わるので、午後は図書館で過ごしました。 ラーニングセンターで行われる予定だった今日のチュートリアルのディスカッションが中止になりました。 図書館の責任者が急に忙しくなったらしいです。 ホンィも一番にサインアップしていたようで、話しかけられました。 今日の図書館では人気者でした。 でも、こういう状況って別の意味、危険なんですよね。 私の事を好いて寄って来ているのに、真摯に対応しないと逆にプイとされてしまうのです。 ジェイソン、ホンィイ、タイ、キャシィ。 ホンイィから電話番号を聞かれたので、メルアドと電話番号を書いた紙を渡しました。 ホンイィは名前をリオンに変更しました。今日はとても寒かったです。 特に図書館では体中が凍りそうでした。 キャシィのお陰で本格的なのど風邪になってしまったようです。 彼女は風邪菌は持っていても、体調はそれ程悪くならないみたいです。 大丈夫みたい。 やっぱり、私は身体が弱いのでしょうか。11月18日(金)クリニックとICN10時半のブレイクタイムにはココナッツレモンスコーンを皆さんに差し上げました。 私もフルーツを頂いたりしました。 女性陣の中にアレックスも途中から参加しました。 みんながアレックスに少しづつ食べ物を差し上げました。 楽しい休み時間となりました。 アレックスはみんなから少しづつもらえるのならランチはいらないかななんて言いました。のど風邪は相変わらずなので、このままじゃいけないと思い、ワールドスクウェアにあるクリニックに予約して行きました。 レントゲン写真を持参しました。 先生に診てもらいました。 何も異常はないと言われました。 ひどいのど風邪を引いて1ヶ月以上も激しい咳が出ていたから、症状が結核と同じようなので、肺も同じように咳の影響でダメージを受けてしまったのかと思ったのですが、大丈夫でした。 もちろん、腫瘍もないし、以前、肺に水が溜まっていた影響で肺が石化してレントゲンで白くなって写りましたが、それも以前と同じように治ったままで、特に石化現象も見られませんでした。 とりあえず、のど風邪のお薬を処方してもらって帰りました。帰りにICNに立ち寄り、レントゲン写真は異常がないことをJUNさんにご報告しました。11月19日(土)大学病院に電話3日にFAXを送ったので頼んでから2週間経ってしまいました。 それなので、東京の大学病院に電話してみました。 担当医は今日まで学会だったので、忙しかったからできなかったとか。。。 でも、規則では2週間以内に診断書は作成するという事になっているので、お願いします。 それがないと、ビザが下りないので、保険にも入れないし、強制退去になったら困ると言いました。 受け取ったのは確かにそうだけど、先生にお渡ししたのは月曜日か火曜日だからまだ2週間は経っていないと事務の人から抗弁されてしまいました。11月20日(日)マーケット疲れていたけど、夕方は買い物に出かけました。 パディーズマーケットでフルーツを買いました。 11月21日(月)違和感がだんだん増加。。。月曜日なので、週末に何したかなんていう話で盛り上がっている人達もいました。 その中で、地味目で落ち着いた中国人女性キャロルが私をマーケットで見たと言いました。 昨日は本当に疲れていたので、白いTシャツに黒のトレーニングパンツという超カジュアルでノーメークでした。 顔も疲れた顔をしていたと思います。 これからは、どこで誰に見られているか分からないので、特に中華街付近は気をつけなくてはと思いました。 後で思ったのですが、見かけたのに何故、声を掛けなかったのでしょう。 ヘンですね。 それにしても、みんな週末はどこどこに行ったとか、随分余裕があるのだなぁと驚きました。 私は全く余裕がなくて異常に疲れています。アレックスからお茶をもらいました。金曜日みんなで盛り上がって楽しかったから、それが続くと思ったのかな? 私も皆さんのために特に何も持ってこなかったし、ベトナム人のタイも四川のサマーも何もアレックスには分けてあげませんでした。 何かもらえると持っていたのでしょうか? 30分のブレイクタイムに何も食料を持ってこなかったようです。 だから、その後、お腹かがすいたと言いました。 それなので、リリアンがチョコレートを上げていました。 午後1時に授業が終わってからのランチはキャシーと一緒に4階でしました。彼女がショッピングセンターに買い物に行くと言うので、彼女はランチを食べてから帰りました。 私はひとり図書館に行きました。 すると、声が掛かったので、みるとリリアンでした。 空いているから座るようにというサインが出たので、同じテーブルに座って勉強しました。図書館にいると段々からだが冷えてきます。 それなので、しばらく勉強してから、一緒に帰りました。 ジョージストリートを歩きました。 彼女は携帯のシグナルが出なくなったから、ボータフォンに用事があるとのことでした。 私は日本の携帯レンタル会社から借りていると言うのに、中国人は現地の会社から購入できるのですね。 つまり、私と違ってお金の余裕があるのだなぁ~と思いました。
Dec 5, 2011
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11月10日(木)また英語学校午後4時過ぎにグリーンウィッチ英語学校の受付に行きました。 私の事を言ってあったようで、すぐに先週の金曜日に受けたテストの紙は渡されたのですが、上から目線の高圧的な態度で、ここで見るだけで返してもらうと言われました。 それだったら、コピーをもらえますか?って言ったけど、無視されてしまいました。 「それって私に手書きですべて写せっていう事ですか?」と聞いてみたけど、無視されたので、仕方ないので、受付の前にある椅子に座って手書きで写しました。 ただの受付の人なのに、何故にそんなに偉そうな高圧的な態度を取るのか理解できませんでした。テストの結果を見て見ると、やはりこういう採点には、私的感情が入るんだなぁ~って心から感じました。 早めに見切りをつけて本当によかったと思いました。 あのまま続けていても、結局、ディスティンクション(優)はもらえなかったと思います。 きっとタイのコギャルには、甘い採点を出したのでしょう。 だから、採点をした紙はあげられないという事だったのかも知れません。悪意の感じられる採点でした。11月11日(金)クリニックに受診今まで扇風機がなかったので、毎日たくさん歩いて家に帰るので、家に帰ると異常に暑かったです。 それなので、あせもができていたので、思い切ってクリニックに受診してジェネラルドクター(一般医)に皮膚科医を紹介してもらおうと思いました。 11時40の予約でした。 前に風邪でお世話になったセントビンセントのドクターでした。 抗生剤を処方されました。 それでもダメだったら、皮膚科医を紹介すると言いました。 レントゲン写真のことを話したら、今度ここに持って来たら、スキャンしてデジタル化してみてあげると言ってくれました。帰りに同じビルのワールドスクゥエアで韓国人のやっているテイクアウトのお店で照り焼きチキンのお弁当を買って帰りました。 4ドル90セントでした。11月12日(土)夕方6時過ぎに買い物に出かけて、疲れてオックスフォードの坂道を上っていたら、教会のアメリカの男の子から声を掛けられてしまいました。 通り道だから困ってしまいます。11月13日(日)夕方、パディーズマーケットに出かけました。 ズッキーニ10本1ドル、大きなマンゴがひとつ1ドルで買えました。 夕ご飯はズッキーニの塩焼きとマンゴを食べました。 昨日買った苺をつぶして牛乳と混ぜたドリンクも飲みました。 こちらの苺は日本のと違って甘くないです。 でも、マンゴはとても甘くておいしいです。 夜、冬物をスーツケースに仕舞い、夏物と入れ替えました。 クリーニング屋さんも探さなくてはなりません。11月14日(月)第一日目朝は1時間以上前に到着しました。 ドアが開くのを待って中に入ると列を作り順番に登録が始まりました。 事前にテストを受けているかIELTSのスコアーのある人は早めにブルーの最初のグループに入ることができました。 そして、道向こうにある別のビルに移動しました。 その時、22歳のホンイーと知り合いました。 かわいくて韓流スターみたいです。 中国人だけど、英語も普通に出来るし、中国人がこんなに多くてクレージーだと言いました。 海外に来たのにこれでは意味がないと言いました。 実際、20人づつ位で行われたオリエンテーションでは、私ひとりがノン中国人でした。 私は先生が小さい字でホワイトボードに書いた場合にはめがねを掛けて見ます。 その時だけ、めがねを取り出して見るのですが、ホンイーも同じでした。 オリエンテーションのグループごとにUTSツアーが行われました。 ロミオと言う名前のUTSの学生誘導してくれました。 最初にスチューデントセンターで写真撮影が行われました。 IDの写真です。 そこで順番待ちをしている時にベトナム人の女性に話しかけてみました。 キャシーといいます。 ランチはベーべキューが振舞われました。 ソーセージをパンにはさんだ物とポテトチップスとドリンクが出ました。 その後、講堂にてガイダンスが行われました。 その後、クラス発表の掲示がありました。 アフタヌーンクラスはイヤだったのですが、無事にモーニングクラスでした。 でも、ホンイーともキャシーとも別のクラスでした。 同じレベルのDEEP1だけど、今期はDEEP1が何と8クラスもあるのです。 異常です。 2月から大学が始まるので中国人が殺到したのだと思います。 直前に来豪して2期だけ取ればお金が学校代も滞在費も節約になります。 DEEP1は最上級のレベルなので、中国で猛勉強してきたのでしょう。しばらくして疲労感を感じました。 異常に疲れました。頭痛がしてきました。今日は日差しが強かったからかもしれません。帰りにクリーニング屋の前で白人系の女性が店主に質問をしていたので、私はそれが終わるのを待って、質問をしようと思いました。 すると、店主が暑いから中に入りなさい。 冷たい水を出してあげるからというので、中に入りました。 椅子に座りなさいというので座りました。 冷蔵庫から水を出してコップに注いでくれました。 その日はマキシを着ていました。 普段はなるべく黒っぽい服でパンツルックにしているのですが、学校初日だから、若干、お洒落してしまったのです。 暑くてだるかったから、頭の回転も行動もにぶくなっていました。 やられてしまいました。 「きれいだねぇ~。 きれいな服を着ているねぇ~」と言うので身体をさらわれてしまいました。 電話番号やメルアドを教えてと言われたけど、オヤジには教えたくないので教えませんでした。 すると、彼が自分の電話番号を書いて私に渡しました。 クリーニング代を聞いても「オーナーだからどうにでもなるので、安くしてやるから」と言います。 いくら安くしてくれても、代償が怖いです。 11月15日(火)第二日目朝は40分前に行き、扉が開くのを待って中に入りました。 真ん中からやや先生に近い席を確保。 教室の席は学校形式ではなく、先生を囲むようにコの字系に椅子が並べられています。 つまりデスクはありません。 昔の教会あるいは飛行機の座席みたいに、椅子に折りたたみ式の小さなテーブルが付いているのです。 同じように早く来た人達は真ん中の席を確保していました。 同じ町出身だというヒューイとエリクソン。 ヒューイはお宅で漫画を読んで引きこもっていたシャイだとエリクソンが説明してくれました。 一緒にひとつの部屋に住んでいるらしいです。 エリクソンも私と同じように普段はめがねを掛けないけど、ホワイトボードの字が小さくて見えない時だけ、めがねを掛けます。 右隣はまじめ系のジェイソン。 「ディスカッションのチュートリアルをサインアップするか?」とジェイソンに聞いたら、「私はスピーキングがあまり得意でないからするつもり」と言ったら、彼も「サインアップ」しました。 キャシーもまじめなのでサインアップしました。 ディスカッションのチュートリアルはラーニングセンター(図書館)の兄貴的な人が週に一度主催しているものなのです。30分の休み(ブレイクタイム)にスチューデントセンターに言って、整理番号を引いて待ちました。 JUNさんがパスポートのコピーで大丈夫だというので、オリエンテーションの時にパスポートのコピーのみ持参したので、原本を持ってきて下さいといわれていたのです。 しかし、あまりにも時間が掛かるので、あきらめて戻りました。午後は図書館で勉強しました。
Dec 4, 2011
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11月7日(月)セントビンセント病院朝、日差しが強くなる前にと思って9時過ぎにセントビンセント病院に出かけました。 20分位で付くのですが、日傘を差していたけど、全身疲労感でいっぱいでした。 病院内は異常にクーラーが聞いていました。 また同じシスターから呼ばれました。 ドクターだと思ったのに、ショックです。 身長が私の肩くらいしかない小柄な中国本土出身の礼儀を知らないおばさんです。 他の病院の人達は普通に上品そうなのに、何故?って思ってしまいます。 レントゲン写真を受け取りました。 紙の予約券にドクターの名前が書いてあったのですが、読めなかったので、聞くとナースと書いてあるそうでした。 つまり、来年10月にもこの失礼な礼儀知らずのシスターとの面談だそうです。 ただ、無料でレントゲン写真を撮ってくれるそうです。 ただの健康かどうかの確認です。 腫瘍の陰はないから、たぶん結核のもやもやの確認かもしれません。 サービス業なんだから英語と人との接し方と学んだ方がいいんじゃないのかなと思いました。実はオーストラリアではコールセンター問題というのがあります。 インド人が主に雇われているので、英語があまりできないし、お客様対応のはずなのに失礼な態度を取っているし、勝手にヘンな事を言ってしまうので、問題になっています。 私が日本で働いていた時もITにインド人がたくさんいましたが、まず英語が下手だし、礼儀がなっていないし、ITの知識、金融の知識等の不足が目立っていました。 仕事に対しても無責任なんですよね。 インドって英国領だったから、通常はきれいなクィーンズイングリッシュを話してもいいのに、どうしてあんなに発音が悪いし、文法も勝手に自分達で作ってしまっていて困り者ですね。家に帰るころには頭痛がしていました。 ベッドに夕方まで横になっていました。 食事は病院に行く前に少しパンを食べただけでした。 仕方ないので、夕方に鎮痛剤を飲みました。 夜にメールチェックすると、ICNから3通もメールが入っていました。 UTSは大丈夫でした。 無事に入学手続きが終了しました。11月8日(火)教会で英語の個人レッスン体調は少しよくなりましたが、まだ若干頭痛がして完璧ではありません。グリーンウィッチ英語学校のEAPコースで使っていた教科書読破に挑戦しようと思って頑張りました。 午後4時からは教会に行ってシスターの英語の個人レッスンを受けました。 と言っても、今まではIELTSの勉強でしたが、これからはエッセイの書き方とかのアカデミック英語なので、グリーンウィッチで使っていた教科書を持って行ってそれを元に英語を教えてもらおうと思ったけど、ネイティブスピーカーでも、いきなり答えはでないみたいで、結局、単なる説明だけで終わってしまって、またまた時間が無駄になってしまいました。 他人は期待しちゃだめですね。 オーストラリアの英語学校で使っている本は通常はイギリス発行の物が多いのですが、この本は内容がわかりやすいし、中の読み物も内容が面白いと思っていたらアメリカ発行の物でした。 そのためか教会にも同じ本がありました。 シスターもこれから勉強すると言いました。 その後、バイブルレッスンがあると思ったのですが、担当者がいなかったので家に帰りました。 ちょうど空が暗くなって激しい雨が降りそうだったので、ちょうどよかったです。 家に着きちょうどメインエントランス辺りで電話がなりました。 担当者のアメリカ人の男の子からでした。 これから。。。と言われたけど、お断りしました。「I wanna make you happy」ってロボットみたいに同じ事を言っているけど、それだったら、今は過渡期で勉強やら色々事務的なことやら学校が始まる前にしておかなければいけないことがいっぱいあるし、そんなにラッシュラッシュって追い立てられたら、安らぎの時間がなく、疲れ果てて病気にもなってしまいます。 私をハッピィにしたいのであれば、少なくても邪魔はしないはずです。 あなたのしている事は、冷静に考えて私を追い立てて逆なんじゃないって思ってしまいました。 私の勉強会に立ち会った女性達もロボットみたいでした。 みんな同じ事を繰り返すのです。 やっぱりカルトだからでしょうか? 心がないロボットみたいなのです。勉強していたら午前2時近くになってしまいました。11月9日(水)ビザ申請11時半にICNのJUNさんからビザ申請に来てくださいと事前に言われていたので、行きました。 Webでビザ申請はできるのですが、JUNさんが私の目の前で代わりにしてくださいました。 TAX番号申請の時もお願いできるそうです。 これらは無料のサービスですが、このエージェントは生徒を学校に送り込む事によって学校から手数料をもらっているそうです。 それが益になって運営できているそうです。 ありがたいことに私達は無料でこれらの色々なサービスを受けられます。ビザ申請はギリギリまで延ばし延ばしにいたので、今年の11月申請からもらえる大学卒業後の2年のワーキングビザももらえそうです。 UWSは一度はあきらめたけど、1年UTSで学んで2年次に編入という事も可能のようです。 UWSのキャンベルタウンキャンパスには中国語のクラスはないけど、UTSには中国語のクラスがあるので、返ってよかったかなと思いました。 UWSでは1年目にどの科目を学ぶかあらかじめ決まっているので、それと同じ科目を取ればいいのです。 分からない事は教授に聞いてもいいのです。帰る時、傘で顔を隠していたつもりだったけど、道で教会の人から声を掛けられてしまいました。 そして、すぐに電話がなりました。 日差しが強いし異常に暑かったし、豆乳2本とマンゴを持っていたので、荷物も重かったから、電話には出ませんでした。 今日もICNの帰りに教会に来てくださいと言われたけど、SMSメールでお断りしました。 時間に余裕のある人だったらいいけど、今って私にとっては変わり目で一番大事な時期で色々忙しくて手一杯なのに、余分な時間は取られたくないと思いました。 それに、無理をするとまた体調が悪くなって寝込む事になるので、無理はしない方がいいと思うのです。家に帰ったら2時過ぎていました。 お昼を食べてから、東京の大学病院に電話していました。事務の人によると、担当医は学会があったり、明日は午前中が外来で午後は手術とか予定が詰まっていて中々、私が頼んだ英語の診断書はできないようです。日本の友人が横浜中華街のウェッブおみくじあたるから引いてみたらとうので、前にも何度も引いたことがあり、当たるのは知っていたので、久しぶりにまたおみくじを引いてみました。『このみくじをひける者は諸事万端すべて良し。 すべて終われり。 我の知る所、象に凶なし。 損をしても儲かる。』暑くて仕方ないけど、エアコンを使うと電気代が怖いから、我慢していたけど、我慢しきれないので、午後5時過ぎにバスに乗ってブロードウェイまで出かけました。 間違えてUTSのところで降りてしまったので、暑い中ショッピングセンターまでたくさん歩かなければいけなくなり、疲れました。 結局、扇風機はKマートで売っていたけど、種類が少なく高かったです。 シティのウールワースの方が安かったです。シティにバスで戻ってから、ウールワースで扇風機を買いました。 40ドルでした。 こちらのスーパーではこういう大きな物を買っても梱包はしてくれません。 とりあえず、箱が少し汚れていたので、周りを拭いてもらいました。 それから1階に下りて、インド人男性の店員に声を掛けて、荷物を縛る紐が欲しいと言いました。 持って来てくれたけど、床に投げられてしまいました。 自分でカートに簡単に括り付けました。 そして、ゆっくりと丁寧にカートに乗せた扇風機が落ちないように歩いて帰りました。 家に着くと8時頃になっていたので、近くのインドのお店でテイクアウトしました。 バターチキンとマッシュルームとライスとしてマンゴラッシーも買いました。食事してシャワー浴びて、扇風機を組み立てようとして箱を開けたら、組み立てた完成品が入っていました。 そのまま使えました。 やっぱり快適です。 今まで空気がよどんでいてふうふううなっている感じだったけど、やっと落ち着きました。
Dec 3, 2011
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11月3日(木)タイの金髪コギャル学校が始まる前にICNに行って東京の大学病院に送るFAX文章の内容をJUNさんに見てもらってから、病院にFAXしてもらいました。 4年間の学生保険の支払いもまたあるようで、手続きをしてくださるそうです。 途中にJUNさんに電話が入ったりして、待ち時間もあった為か、授業に初めて遅れてしまいました。 でも、アンドレアがひとりで私的な話をしていたので、助かりました。 今日は私のワードオブトゥディのミニミニプレゼンの日でした。 ひょっとしたら、みんなは私がプレゼンを避ける為に休んだと思ったかもしれません。 そういう人が実際、今週いたのです。 私の選んだ英語は『Impede』でした。 delayのアカデミー英語です。グループディスカッションの時、タイの政治家のわがまま娘(金髪に染めているコギャル)とコロンビアの男性と一緒になりました。 私が何か言っても、コギャルは全く私の存在を無視して男の人に身体を傾けてしなだれて甘え(頭がほぼテーブルに付くくらいのしなだれ方です)、しかも、辞書は使ってはいけない事になっているのに、電子辞書を使うようにと何度もその男性をそそのかしていました。 私は全くグループに混ぜてもらえなかったので、仕方ないから潔くあきらめて、ひとりで作業をもくもくとこなしました。 後もう少しだ、頑張れ!って自分に言い我慢しました。11月4日(金)悪夢最後の日今日はテストの日でした。 4時になっても私ともうひとりだけでした。 結局、先生が時間になっても始めないから、みんな段々にダラダラしてきてだらしなくなってしまうんですよね。 2時間のテストを受けました。 ポーランドのアンナマリアが隣の席だったのですが、「消しゴム貸して」と言うので無言でうなずきました。 でも、人のものだと思って思いっきりたくさん使いました。 消しゴムが3分の2位の大きさに変わっていました。 私は震災で避難してきたから、洋服だってみんなみたいにたくさん持っていないし、こういうものだって大切に使っているのに、ちょっとひどいなと思いました。 働いているのだから、そのくらい買えるでしょう。 学校は街中にあるので、2分もしないで文房具屋に行って買う事ができるし、学校にいるのだから、教務室から借りることだってできるはずです。 しかも、使い終わってから「ありがとう」のひとこともありませんでした。 あきれました。次のプレゼンまで15分の休憩時間がありました。 タイ人が私にナプキン持っているかと聞いてきました。 理由を何も言わなかったので、生理にでもなったのかな?と思ったので「何で?」って聞いたら、政治家のわがまま娘が鼻水が出ているのでといことでした。 持っていないけど、トイレにいけばペーパーあるんじゃないと教えてあげました。 紙は持っていたかも知れないけど、私は日本から持ってきているものには限りがあるし、日ごろから意地悪されている相手にわざわざ自分の貴重な物をわける理由はないと思いました。 それに、歩いて20秒も掛からないで、トイレに行けるのにヘンだと思いました。 他にも生徒はいるのに、何故私なの? 私だと何でもいう事を聞くと思ったのかしら?クラスでジャスティンからお気に入りになって特別扱いを受けているタイ人の政治家のわがまま娘とイタリア人の最年少の20歳の女の子が鼻水風邪を引いたようでした。 悪い事をしているとこういう目にあうのでしょうか? タイのわがまま娘はテストが終わると、プレゼンのテストを受けるはずだったのに帰ってしまいました。 彼女がいなくなったら、不思議と教室の雰囲気がよくなりました。全身疲労感でいっぱいになったので、帰りに韓国グローセリーで高麗人参ドリンクを買いました。11月5日(土)教会午後2時の英語が終わってからって言っていたのに、電話があって今日の午後1時に来られないかと言われました。 あまりいい返事は出来ませんでした。 1時過ぎに電話があり、ぐずぐずしていたら、2時でいいと言われました。 2時の英語に出ましたが、いつものベトナムの人とか韓国の女性は来ていませんでした。 新しく中国勢に占められ4人中国人だけで固まってテーブルに座っていました。 韓国人のワーホリのマックが私と同じテーブルに座りました。 今日はライティングでグラフについての説明文を書くものでした。 正直、あまり出来ませんでした。 その後、また聖書のレッスンがありました。 また他の女性が同席しました。 1ヶ月前に洗礼を受けたヨーロッパの女性ですが、顔がぼこぼこでしみだらけなので、隣に座る事に躊躇しそうになりました。 病気なのかなとうががってしまうほどの顔でした。 私のプライベートな事の話になりそうになったので、私は黙りました。 担当者のふたりには別に私のプライベートな事を言ってもいいけど、関係ない人に毎回私のプライベートを公開する必要性はないと思うのです。 今日の午後5時から洗礼があるから、参加しないかと誘われました。 別のビルで今日洗礼を受ける女性が白い服を着て、プールみたいな所に入れられるようです。 興味あったけど、結局、また後が忙しくなってしまって、相当体が疲れているのに、やる事が溜まってまた午後2時ごろまで起きて色々しなくてはいけなくなると、いけないので、お断りしました。11月6日(日)教会朝10時10分に教会に到着しました。 すでに始まっていました。 担当者のアメリカ人の男の子のいる列に案内され座りました。 でも、隣には中国人の女の子が座っていました。 聖歌の本を彼女は私の前にあるのを取ってしまったので、私は「別にいいや」と思っていたら、宣教師の男の子が聖歌の本を横から渡してくれたので私も手にすることができました。 しかし、礼拝中に通常は席の前のラックに聖歌を入れておくのですが、私の隣の中国人が横のスペースが開いているにもかかわらず、私の前の所に入れてしまうので、仕方なく私は膝の上にずっと聖歌を置いていました。 韓国人であれば、こういうシチュエーションではわざわざ自分の近くにある聖歌の本を手渡してくれると思います。 中国人は他人の事は関係ない、早い者勝ち精神です。 他人の物でも機会があれば盗っちゃう精神です。通常は礼拝は牧師の話があるはずなのですが、こちらの教会は10人以上の宣教師を含めて洗礼をすでに受けた人達の証の告白メッセージをするようです。 1年前はこの教会は3分の1はガラガラだったそうです。 でも、今はいっぱいです。 たぶん、1ヶ月前に参加した時もかなり座席に余裕があったと思います。 でも、今はいっぱいです。 1年前は韓国人がほとんど占めていたそうです。 でも、今は中国人が殆どです。 教会の英語クラスもそうだけど、中国人は礼儀を知らないので、韓国人は来なくなってしまうのだと思いました。 JUNさんも言っていました。 日本人も中国人が多い英語学校は苦手だと。 他人の物と自分の物との区別がつかないし、とにかくいいものはどんどん貪欲に奪っていくというのが中国本土出身の人です。 タイの人はお金さえ出せば、能力や学力がなくても何でも手に入るというお国柄です。一般的にある程度の思いやりというか人間の心を持っているのは、韓国人、ブラジル人かなと思いました。家に帰ると12時近くになっていました。 担当者の宣教師のアメリカ人から電話がありました。 たぶん、彼はある程度、心がある人なので、今日の中国人の女の子が私にしていた事は気づいたはずです。 「Happyだったか?」と聞かれたので、正直「どういう意味ですか?」って聞いちゃいました。 もちろん、理由はわかっているから、答えられません。 疑問に思っていてイヤだと思っていたことを言いました。「私は自分の個人情報をみなさんに公開したくはありません。」とハッキリと言いました。 「みんなでヘルプしようと思ったんだけど」と言い返してきました。 「通常は会話というのはお互いの情報交換だと思うのですが、こちらの教会は私の個人情報を一方的にみなさんに公開するということで、これはフェアではないと思います」と正直に言いました。
Dec 2, 2011
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11月1日(火)UTSに最終決定UWSの先生にまたメールしてどうしても入学確認書が今日中に必要だと言いました。 UTSの方も確認書をGETした人が定員をオーバーしたら申し込み順だから、ダメになってしまうので、席を確保しなければいけないので、どうしてもUWSから確認書が欲しいと言いました。 また待つようにと言います。 でも、先生の方には20日には私のアプリケーションは届いていたはずなのです。 本来であれば10月10日からUTS付属の英語学校を始めてもうそろそろ1期目が終わる頃なのです。 それを11月末まで待つようにといい、JUNさんによるとあと2週間くらい選考に時間が掛かると言います。 もうこれ以上は待てません。 口約束だけでは、98%確実だとしても、『もしも』の場合、何も抗弁できません。 やはりキチンとした書面が必要です。 書面があれば100%となるのです。 どうしても来年2月から大学で東洋医学を勉強したいので、リスクは負えないので、UTSに決めました。ネィティブの人用にもあるEAP(大学で学ぶ為のアカデミック英語)はとても大事です。 そのコースのシドニーで一番レベルの高い英語学校がUTS付属のINSEARCHです。 とりあえず、そういう一番レベルの高い英語学校で勉強できるチャンスは貴重なので、かえってよかったのかなと思いました。11月2日(水)病院から電話朝はINSEARCHに支払う為に、日本のクレジット会社に電話して今月だけ限度額を引き上げてもらいました。 その後、サマライズをいっぱい作って先生に添削依頼しようと思っていたら、電話が2本ありました。最初の電話はビザ申請の為に健康診断を受けたメディバンクからでした。先日、メディバンクの若い女性の一般医から、この紙の記入欄に先生に書いてもらって、サインをもらえばいいからと言われたので、その通りにして直接メディバンクにFAXを持っていったのに、却下だそうです。日本の大学病院の医者が書いた字が小さくて汚くて読めないし、その紙の記入欄に書くのではなく、日本の病院のレターヘッドに普通にタイプして先生がサインをするというものが必要だと言われました。 もうすでに5250円以上日本の大学病院に支払ってしまいました。 初めから正しい事を言ってよと思いました。 とりあえず、その若い医者が何も知らないようなので、キチンとその女医に説明するようにお願いしました。また東京の病院に電話しました。 またサンプルレターを作成してFAXしなくてはいけません。 また勉強が出来ません。 参ります。次の電話はセントビンセント病院からでした。 来年の10月に定期健診を受ける事になりました。 今は大丈夫だけど、経過観察をしていきたいそうです。 レントゲン写真と診察券を取りに来るように言われました。 その時に担当医の名前も教えてくれるようです。 レントゲン写真は大きな病院だからなくなってしまうと困るので自分で保管して、次回の診察の時に持参するようにとのことでした。 その時に、最新のレントゲンと比較確認するそうです。 やはりUTSにしてよかったと思いました。 UWSだったら平日にセントビンセント病院まで行けないもの。あっという間に学校の始まる午後4時になってしまいました。 時間よりも若干早くつきました。 先生は最初に『時間厳守』でと言いましたが、4時5分過ぎても授業を始めません。 だから、「授業を始めないのですか?」「まだ来ていない人がいるから」と言うので「Punctualに時間をキチンとした方がいいと思いますよ。」と言いました。 だって、お金を支払ってまじめに時間に間に合うように万章繰り合わせて来ているのに、そういう人を全く無視して、出来の悪い方を大切にするというのはヘンな話だと思ったのです。 それに、そういう事を続けているから、みんなやる気がなくなって、遅刻しても平気なんだっていう事になってダラダラになってしまったのです。 最初の日はみんな時間よりも早く来ていたのです。他にも分かった事がありました。 ディスカッションの時間に大学教育についてがありました。 タイのチェンマイの子と話していたのですが、途中で先生のジャスティンも加わりました。 彼らの意見はお金を出しさえすれば、教育の機会は平等に与えられるべきだとのことでした。 大学のレベルとかはタイにはないそうです。 お金を出せば能力に関係なく誰でも大学に入れるそうです。 だから髪を金髪に染めているコギャルは、親が政治家だから、貧乏人からたくさん賄賂とか巻き上げているので、お金がたっぷりあるので、タイの大学の法学部を出て、このEAPも実力が全くないのに、お金を出せばいいんでしょというので、参加したのだと理解できました。 コギャルは身に着けているものもかなりいいもので流行の物を着ています。 先生ジャスティスの信条は、教育はお金さえ出せば、教育はレベルの低い人間にも平等に与えられるべきだ。 与えてみて授業についていけなければ、ドロップ(落第)させればいい、というのです。 そして、彼は授業はレベルの低い人間にも平等に高度な授業を受ける機会を与えるべきだから、授業は低い人間に合わせるべきだというのです。 だから、中学英語の英単語さえも知らないイタリアの女の子に貴重な授業時間を割いて単語の説明を懇切丁寧にしてあげているのだと理解しました。通常はEAPコースはIELTS6以上のはずなのです。 それなのに、この学校はこれだけレベルの低い人間を取り揃えているのはそういう理由だったのだとよ~~く理解できました。 だから、普通のレベルの人間は、こういう風にくだらない事に貴重な時間をダラダラと使っているから、お金と時間の無駄だからこないのですね。 レベルの低い人間にしても、授業中は能力がなくてかわいそうだからと先生から特別にやさしくしてもらえるけど、結局、最後には落とされるのでは、やっぱりお金と時間の無駄なのではないでしょうか?
Dec 1, 2011
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10月31日(月)UWSって信用できない朝10時になるのを待ってICNのJUNさんの所に行きました。 グリーンウィッチ英語学校の現状をお話しました。 そして火曜日のUWSのプレースメントテスト実力試験の申し込みをお願いしました。 JUNさんがUWSに電話すると先日出たUWSの事務の日本人の同じ女性が今日はもう申し込みは出来ないと言います。 次は15日と言います。 自分で月曜日に申し込めばと言っておきながらそれはないでしょう。 あまりの無責任さにあきれました。 UWSの人間っていい加減で信用できないと思いました。 そしてJUNさんがUTSの方も確実ではなく、入学確認書をもらった人が払い込みをした順にどんどん席を埋めていくのでこれまた確実ではない。 すでに埋まっている可能性もある。 と言うのです。 私は10月10日からUTSの英語学校で大学で必要なサマリーとかプレゼンの知識を学ぼうとして、何度もJUNさんアプリケーションを進めるように言っていたのに、ぎりぎりになってUWSを考えるようにと言い。。。 結局、今からはじめたら英語学校が終わるのが2月です。 予定では12月1月とお休みのはすだったのに、大学入学の為の医学用語の勉強をする予定だったのに、すべて予定が狂ってしまいました。 UWSから確認書がすぐに来ると思ったからUTSをあきらめたのに、未だに来ません。 確かに10月末ッテ言ったけど、こういう事情なんだから、早めにくれてもいいのに誠意が全く見られません。 本当にあきれました。 当初の予定通りにUTSに言っていれば、こんなイヤな思いもしないで済んだはずです。一度家に帰ってから、またICNに行ってUTSを早く進めるように言いました。 結局当初の予定であれば、保険もちょうどよかったはずです。 でも、こんなに無駄な時間を苦しみながら過ごしてしまったので、保険もまたまた延長しなくてはならなくなり本当に迷惑な話だと心から思いました。本当に色々大変なので気分転換に帰りにトントンに食べに行きました。 1時半頃になっていました。 あんかけやきそばを頼んでみました。 前に人が食べていた時はおいしそうだったけど、自分で頼んだら、あまりおいしそうではありませんでした。 13ドル近くしました。家でUWSの先生にメールしようと思って文章を作っているとすぐに4時近くになってしまい、急いで学校に行きました。 冷静にクラスを観察して見ると、なんだか、特定の人ばかりにかまっていて公平なクラスではないなと思いました。 質問があってしようとしても、他の特定の人のくだらない質問ばかりにかまっているので、普通の人は質問できません。 質問しようとしても無視してすぐに私は飛ばされちゃうから。。。時間中はあきらめました。 休み時間が終わってから、授業が始まる前に聞きました。 その時もすぐにイタリアの女の子の方に行ったので、もうあきらめようと思いました。 そしたら、戻ってきました。 私の書いたパラグラフへの先生のコメントの字が読めなかったので聞きました。 その後、先週、コンピュータのIDとパスワードを教えてくれたけど、自分のパソコンを持ってきても使えなかった事を言いました。 すると、別の部屋のだと言いました。 先週コンピュータの授業の時間がなかったので、どのコンピュータが使えるのかまだ説明がないと指摘しました。 時間割では毎週コンピュータの時間はあるはずなのです。 すると「何故聞かないのか?」と言います。 結局、私が悪いという事らしいです。 高圧的な態度でジャスティンは私をコンピュータルームに引きずりいれました。イタリア人の女の子は18歳で大学も出ていないので、「若いから特別扱いをします」とジャスティンは言いました。 でも、彼女個人の為に、貴重な授業時間を割いて、中学生英語の単語説明を細かくいちいちひとつひとつ説明してあげる必要があるのでしょうか? 普通はそういう事は時間外にすることなのではないでしょうか?資料を読んでのディスカッションの時間も、私の言っている事が間違っているという事らしいので、口を出すのをやめました。 自分よりも英語力のない人達からそんな失礼な事を言われる筋合いは全くないので、かなりむかつきました。 本当に失礼な人達ばかりで話しになりません。
Nov 23, 2011
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10月29日(土)素敵な聖書小論文の新しいテーマが思いついたので、朝はゆっくりシャワーを浴びて遅い朝食を食べてから、ずっとエッセイを書いていました。 ギリギリ午後2時近くになってしまいました。 急いで教会に行ってIELTSのクラスに参加しました。 今日は韓国人ふたりと中国人ひとりだけの参加者でした。 その後、派手な女性が途中参加で来ました。 今日はリスニングでした。 得意なはずなのに、遅れて行って、論文をいつ渡そうかと考えていた為か、惨敗でした。 こんな事は初めてでした。 やはりずっとIELTSの練習をしていなかったのも原因かもしれません。 火曜日のテストが不安になりました。ランチを食べていなかったので、家の近くの中国系インドネシア人が経営しているアジアングローセリーに行ってラーメンでも買おうかなと思ったら、ナシゴレンのお弁当が7ドルで売っていたので買おうかなと思ったら、電話がなりました。 教会の私の担当者からでした。 聖書を買ってあげたから、渡したいし、今日はお勉強会を少ししましょうと言われました。 仕方ないので戻りました。 とてもいいビデオでした。 内容的にはもちろん知っている物ですが、改めて見てもさらに感動的でした。 しかし、前回もそうですが、今回もまた別の女性が参加しました。 中国本土出身の女の子でニュージーランドにミッションに行った事のある人でした。 プライベートな事もあるから、あまり他の人には物見遊山に参加して欲しくないと思いました。 でも、こういうシステムなのでしょうか? 聖書は大きすぎず小さすぎずしかもとても綺麗でした。 ビューティフルという言葉が本当に似合う聖書でした。 アメリカ人の私の担当者の男の子に感謝です。 彼が注文してくれたのです。 私は日本語の聖書には自分でキルティングの生地を使ってブックカバーを掛けています。 この聖書にもブックカバーを作りたくなりました。終わったのがなんと午後5時過ぎでした。 それからまた同じインドネシアのグローセリーに行き、ナシゴレンを買いました。 もうランチを作っている時間の余裕はありませんでした。 結局、余分な時間を取られてしまい、ベッドに入ったのは午前2時でした。 しかし、同じフロアーの65号室のインド人黒人男性がヘンなアフリカ的な音楽を超巨大な音で掛け出したので、眠れませんでした。10月30日(日)日曜日です。昨日寝たのが遅かったので、起きたのは遅かったです。 それからIELTSの勉強をしました。 またUTSに気持ちは動いているけど、とりあえず火曜日のUWSのプレースメント(実力試験)テストも全力を尽くそうと思っているのです。午後4時ごろになって思い切って、ビルディングマネージャーに電話しました。 そして、昨日、おとといの騒音についてお願いしました。 フィリップは自分に任せなさい、対処するからと言ってくれました。 少し安心しました。
Nov 22, 2011
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10月27日(木)体調不良でダウンクラスの人達が「寒い」と言います。 長袖を着てセーターを着ている人がいるくらいの温度の日でも、先生の巨体アンドレアが冷たい風の出てくるファンをずっと回し続けているのです。 生徒の一人が正直に先生に「寒いからファンをとめてもらえないか」と言いました。 「寒ければたくさん洋服を着ればいいでしょう」と言いました。 生徒に「寒い人?」って聞いたら95%の人が寒いと言いました。 でも、ひとりの太った独裁者の方が強いのですね。 私が頭痛がするというと「頭痛がするのならたくさん水を飲めばいいでしょう」 このことを翌日、ジャスティンに言ったら「That's reasonable(なるほどね)」と言いました。 ジャスティンも民主主義者ではないのだと理解しました。コロンビア出身の40台の150kg級の巨体の女性の先生が、「あんた、南京事変がいつ起こったか知ってる?」と皆さんの前で私に質問するので「何年かははっきりとは覚えていませんが、戦争中の事件で中国で起こった事です。」と話始めたら「ほうらね、そうなんだよ。日本人は何にも知らないんだよ。 学校でも何も教えないんだよ。 教科書からも削除したんだ。 日本にいた時に60台70台の生徒に聞いたけど、ひとりしか知っている人いなかったよ」「あのぅ、確かに日本軍は残酷な事をしましたが、日本人も日本軍からたくさん殺されたのですよ」もう彼女は自分の3面記事的な浅いチープな知識に完全に陶酔して興奮状態にあったので「なに?中国人だって日本人を殺したから当然だっていいたいのか?」と人の話をよく聞かないで勝手に自分の作り上げたストーリーに変更して当てはめてしまいました。 あきれました。「そうじゃなくてぇ。。。」と何度か言っても、もう興奮状態にあるので、聞く耳を持ちません。 自分の中にある三流の週刊誌の情報に酔いしれています。 深く学術的に研究してそれをみなさんに披露するのであればいいかもしれないけど、何も深く知らないのに、チープな三流知識をひけらかして、私をみんなの前で貶めようとするなんて卑劣極まりないと心から思いました。 他の生徒達はあきれてしまい、何もいえませんでした。60台70台の日本人であれば、当然、南京事変は知っています。 ただ、その場で話題にしたくなかったから、知らないとやんわりと逃げ口上を言ったのに、そういう事も理解できないでよく先生ができるなぁととてもあきれました。 一人だけ「知っている」と答えたそうです。 「そうなんだよ。 年寄りだって知らないんだ」ってえらそうに言いました。 でも、事実はもちろん、日本人であればみんな南京事件は知っています。 とくにお年寄りであれば、もちろん知っていると思います。 ただ、その話題を避けたいから「知っている」と言わなかっただけで「知らない」とは言っていないはずです。 日本人同士で南京事件について討論をするのはいいでしょう。 でも、全く関係ないコロンビアの方と、南京事件について討論する必要があるでしょうか? 必要性がないから「知っている」と言わなかっただけなのに、そういう常識的なことも理解できないなんてあきれました。 生徒達も先生がこの話題を私にぶつけてきた事に対して、びっくりして黙っていました。 いずれにしても、一体何がいいたいのでしょうか?南京事変は私のせいだから、と攻め立てたかったのでしょうか? こんな人に先生をする資格があるのでしょうか? この学校はハラスメントや差別は絶対に禁止(身体的、年齢、宗教、国、性別など)ですと書いてあるけど、クラスには先生はひとりなので、誰も実際にはそういうことが行われていてもわからないですよね。自分でサマリーを書いてきたので、先生に添削してもらおうと思って、休み時間にアンドレアに「いいですか?」ってお願いしようとしたら「なにこれ? 宿題だっけ? 宿題にこんなのあったけ?」とかなり高圧的な態度で言うので、びっくりしてすぐには言葉が出ませんでした。 すると「あんた顔が笑ってないよ」また顔の話です。 「宿題ではないのですが。。。 もしも出来ないのであれば、他の人に見てもらうのでいいです」と言いました。「じゃぁもし時間があったら見てやる」と不満そうに偉そうに言いました。 前のクラスの時の先生は生徒が勉強するのがうれしいし、生徒の英語力が上がるのがうれしかったので、どんどん持ってきなさいというネイティブの先生でした。 アンドレアはコロンビア出身なので、出来ないのでしょうか? それとも、彼女は結婚生活に重心をおいているから、余分な力は使いたくないのでしょうか? アンドレアはオーストラリアの国籍を取得しています。たぶん、最近結婚した旦那様のアフリカ人はビザめあてに結婚しのでしょう。 4年間彼女のいう事を我慢して聞いていればビザがもらえるのです。授業が終わる頃にはまた頭痛が激しくなって体調不良になっていました。 風が身体にずっと直接当たっているからでしょうか? それとも、精神的なダメージのためでしょうか? 家にやっとたどり着き、顔を洗って何も食べずにベッドに倒れこみました。 もちろん、勉強なんてする余裕はありません。 ただ、ベッドに横になるだけで精一杯です。10月28日(金)ブラジル人午後1時から教会に行ってミセス・ランバートの個人レッスンを受けました。 1コマだけじゃなくていくつか取っていいわよみたいに言われたのですが、今は忙しいので週1が精一杯ですと言いました。 ミセス・ランバートは普通に穏やかで常識があるエレガントな女性なので、落ち着きます。 今の私の置かれている危機的状況もお話しました。「そんな学校私だったら行かない」と言いました。 「南京事変」を色々な国の学生がいる前でつるし上げみたいに話題に乗せるのは普通じゃないと言いました。今日はアンドレアが結婚したばかりのアフリカ人のダンナサンと小旅行に行くのでお休みなので、ジャスティンでした。 安心しました。 ジャスティンはクラス経営もしてくれます。 つまり、イジメが起こらないように、そういう環境作りもしてくれるので少しだけ安心できました。 今日は小プレゼンをしました。 しかし、アンドレアが植えたイジメの種が徐々に育っているので、私がプレゼンをした時に「そうじゃないでしょう?」みたいな悪意のあるやじが飛んできました。 「いえいえ、こうですよ」って説明しても、それは日本の事なのにまるで私が間違っているみたいに言われてしまいとても戸惑いました。 すると、ジャスティンが中に入って「まぁいいじゃないの」と野次を封ししてくれました。 とても気分が悪かったです。昨日体調不良で寝ていたためか、ノートを忘れてきてしまいました。 宿題も忘れました。 コロンビアの女性が私に書くものを貸して欲しいというので、鉛筆を貸してあげました。 その同じ人に今度は私が彼女の席に行って「余分な紙があったらいただけますか?」と言って1枚紙をもらいました。 私、今まで人から紙をもらった事なんてないのに、よっぽど体調が悪いのですね。 精神的にも追い詰められているせいかな?6時から30分のディナータイムという休み時間があります。 私は小さなスコーンをひとつ食べ、お水を飲むだけで済ませています。 廊下で前のIELTSのクラスで一緒だったブラジル人のアフロさんに会ったので、かなり長い間、話をしてしまいました。 今のクラスにはコロンビア、イタリア、チリなどの白人系の人はいますが、ブラジル人はひとりもいません。 ブラジル人は穏やかで普通に常識があって話があいます。 今のクラスの人達とはあまりあわないかな?彼は見事なつやのある黒髪のカールなので、いつも髪に目が行ってしまいます。 ドライヤーを使ってアフロにもできるそうです。 ITの仕事をしていた人ですが、アプライしても中々採用されず、夜中のカジノでアルバイトしているそうです。 つまり、昼間寝なくてはいけないようです。 普通に英語が出来る人と話しをすると落ち着きます。 今のクラスは大学進学特別コースなので、一番レベルが高い人が受講するはずなのですが、あまりにもレベルが低すぎて話しにならないのです。 発音はなまっていて中々聞き取れないし、単語力は日本で言う所の中学2年程度の物も知らないのです。 あきれます。家でもトラブルです。 午前3時から同じフロアーの男性が巨大な音でアフリカ系の音楽を掛け始めました。 ビルディングマネージャから何度も注意されていて、今度は罰金だと言われてやめたはずだったのに、もう忘れてしまったのでしょうか? 脳みそが小さいのかな?
Nov 21, 2011
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10月24日(月)EAP(English for Academi Pourpose)英語学校の授業第一日目でした。 このコースは大学で学ぶ為の準備コースなので、同じ内容の物がネイティブの人用にもあります。 この英語学校ではありませんが、他の所でネイティブさんに行われているようです。別に全員がこれを受けなくてもいいのですが、受けると大学での授業にスムーズに溶け込めるのです。 つまり、こちらの大学のシステムは日本やアメリカとは全く違います。 日本やアメリカの大学は1~2年次には基礎科目を学んだりします。 つまり、まだ高校の延長で子供扱いです。 でも、こちらの大学は大学院みたいなかんじで、いきなり専門に入っていきます。 いきなりディスカッションや論文を書くので、そういう技術を学んだ事のない外国人は事前に学ぶ必要があるのです。受付にロクシーがいたので、今日からEAPコースを受講する事とIELTSテストの結果をお見せしました。 結果報告に来てねと言われていたのです。 EAPコースを受講すると言うと「ありがとう」と言われてしまいました。 シンさんからは、いやいや承諾したとの事でしたが。。。 たぶん、個人情報もあるので、先生方には私の個人名は出さなかったのでしょう。 ロクシーもまさか2週間しか受講しないのが私だとは思わないでしょう。クラスに行ってみると、ショックを受けました。 IELTSクラスだった人が4~5人はいました。 しかも、みんなレベルの低い人ばかりでした。 私はIELTSクラスの時に、何故この人達はこのクラスを受講できたのだろうと疑問に思ったくらいの低レベルの人達でした。 英語もかなりなまっているので、とても聞き取りにくいです。 ものすごく勇気のある人達だととても関心しました。 幸い私の両隣はそのような東洋人ではなく、ポーランドとイタリアの女性でした。 前回のEAPコースにも韓国人ナースで英語があまり出来ない女性が受講していたのを知っています。 しかし、先生によると4人の生徒が落第したそうです。 そして、最上級のグレードAをもらった人はいなかったそうです。 でも、最上級って言っても6.5です。 6.5じゃないと大学にはいけません。 どうしようと少し不安になりました。 しかも、私がやめたUTSはとてもレベルの高い大学で、このクラスのみなさんには手の届かない最高級の大学だとみんないいました。 ショックです。 今日はイントロダクションなのでサマライズの仕方を軽く勉強しました。 センテンスからはじまり、段落、そしてひとつの長い新聞の文章へと進んでいきました。 いちいち先生は生徒に評価をつけていっているようです。 それから、電子辞書や鉛筆、シャーペン、消しゴムは禁止でした。 ボールペンですべて書かなくてはいけません。 アメリカと同じでした。 鉛筆は子供の使う物で、ある程度の年齢になったら、学校でもすべてボールペンで書くのです。 宿題は自己紹介でした。 先生とのコンタクトはホットメールを使うとの事でした。ジャスティンという先生はこの学校でも一番教えるのが上手と評判の先生だとJUNさんが言いました。ジム・キャリーに似ています。 物真似しているんじゃないのかな、というくらい顔だけじゃなくて動作や表情も似ています。 ダンスを学んでいたそうです。 今はブルーマウンテンに住んでいるので、月・火だけシドニーに出てきて教えているそうです。 朝、5時に起きてヨガをしたり、盆栽、100匹以上の小さな魚を飼ったりしている個性的な先生でした。10月25日(火)早速JUNさんに昨日、小論文形式で自己紹介を書き上げたので、今朝、ジャスティンにホットメールしました。 その後、朝10時のオフィスが開くのを待って、ICNに確認に行きました。 やはり、私は最上級のAグレードが必要だそうです。 Aグレードは75%なのに、前回、一人も対象者がいなかったという事は、相当、点数が厳しいという事になります。 大学へのパスウェイと歌っているけど、結局、そのグレードがもらえないのでは、ジャスティンが言うように本当にお金と時間の無駄ということになります。そんなイヤな気持ちで家に帰って冷蔵庫の冷凍の場所にスーパーで買ってきたものを入れようとして、ふたを上に持ち上げたら、ポロンと冷凍室のふたの軸が取れてしまいました。 ボンドで貼り付けて直るのでしょうか? 余分なお金支払いたくない。 たぶん、相当、冷たくなっていたから、霜が張り付いていてポロンともろくなっていたのでしょう。 私は全く力は入れていなかったのです。 日本では考えられない事ですが、こちらのプラスチックはすぐに壊れてしまいます。 他の物も力を入れないのにポロンと折れてしまって使えなくなった物もあります。10月26日(水)体調不良今日はアンドレアという身長は私と同じくらいだけど、体重が150kg位ありそうな女性の先生でした。一般的にこれほど異常に太っている人というのは、無神経な人が多いと思ってはいました。 しかし、それを再確認する事ができました。 何故か私の顔の事をいいます。 「あんた、笑っていないね」 授業の途中から頭痛がしてきて体調不良になっていたのです。 「みんなぁ~静かにしてぇ、インテリさんのインテリな答えを聞こうじゃないの」とか。。。 私の事をターゲットにしています。 私はジャスティンから自己紹介を書くようにといわれたので、書いてメールしました。 まさか他の人にもそれを転送するとは想定していませんでした。授業が終わる頃には体調不良がピークに達していました。 やっとの事で家に帰りました。 頭痛です。 よっぽどクラスがいやなのでしょうか?
Nov 20, 2011
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10月22日(土)IELTSクラス昨日からずっと今日出かけるまで、小論文を書いていました。 命題は自分で考えました。 シスターランバートが私が東洋医学を来年勉強するって言ったら、「えっ? 何故? 何故、オーストラリアで? 何故中国じゃないの?」と直接は言わなかったけど、そういう態度を取ったので『東洋医学を中国で学ぶのはベストだが、それが唯一ではない。 どの程度あなたはそれに対して賛成か反対か』という命題を考えました。午後2時に教会に行きました。 最初にチャペルに集まり、ミッショナーの人達が聖歌を歌い、簡単なお祈りがあってから、能力別クラスに分かれました。 私はIELTSクラスです。 ミセスランバートに論文を渡し、お時間のある時に添削お願いしますと言いました。 今週はリーディングでした。 最初にシスターランバートから簡単な説明があり、それからアカデミックとジェネラルに分かれました。 今日はアカデミックに来豪して2ヶ月というブルースリーみたいな個性的なおかっぱ髪型をした韓国人のワーホリの男の子が加わりました。 シスターも一緒にアカデミックのテストを受けました。論文はエルダーランバートが見てくれたようでした。 よくできている。これなら7.5だと言われました。 先週も来ていて唯一フレンドリーだった女性はベトナム人マリアでした。 UWSで3年間数学を学んだようです。 そして11月にIELTSを受けて7取れれば、パーマネントビザを申請するそうです。 とてもうらやましいお話です。 韓国人ふたりはワーホリで、ドラキュラ婦人みたいなゴシックメイクしたユンは何故かフィリピンで英語を学んだといいます。 マックは中国語を大学で学んだので、1年間中国大陸横断したそうです。 彼はまだ兵役前みたいでした。10月23日(日)日曜日昨日から今日の午前中まではエッセイを書きました。 シスターランバートから頂いた命題でした。 サンプル回答がジェネラルみたいだったので、私は自分らしくアカデミック(大学用)に評論的に書きました。モルモンの人達と約束あったけど、ぐずぐずしていたら10時近くになっていたので、礼拝には行きませんでした。 すると、韓国人から電話がありました。 都合が悪いからいけないと正直に言いました。 その後の勉強会ももちろんお休みです。 だって、前回せっかく行ったのに、洗礼を受けたばかりの素人さんを同席させるなんて失礼だとも思ったのです。 そんな無知な人からえらそうに説教されたくないとも思いました。夕方、4時過ぎに中華街のマーケットに行ってラフランスとズッキーニ、スモークにじますを買いました。
Nov 19, 2011
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10月20日(木)東京の病院に電話日本時間の10時過ぎに東京の大学病院の外科受付に電話しました。 そして、サインの仕方を知らないようなので、線を引いて下にわかりやすく先生の名前をキャピタルレターで書いて、その上に先生のサインを頂くようにお願いしました。 FAXとオリジナルの郵送も依頼しました。 5,250円プラス80円でした。午後5時前に教会に行きました。 最初にチャペルで簡単に聖歌の1番だけ歌い、その後、簡単なお祈りがあり、レベル別クラスに分かれました。 初級、中級、会話、IELTSです。 IELTSはベテランのリタイヤーしたアメリカ人ご夫婦が教えてくれます。 最初に簡単な自己紹介があり、次に簡単なIELTSのリーディングテストのコツの紹介がありました。 次にアカデミックとジェネラルの2つのグループに分かれました。 アカデミックは私を含めてふたりだけでした。 もう一人の男性はシドニーに2年以上いる人なので、IELTSがいつも7以上だと言っていました。 でも、8を目指しているそうです。 20分時間が与えられて、長文1問ときました。 私は2つ間違えました。 私よりもずっと出来るはずの人が私よりもたくさん間違えていたようです。 次のクラスの予約を彼が書いていたので、次は私もと思って、その事を口に出して言ったし、見せてもらおうとしたら、黙ってす~~っとその紙を持って元の場所に戻してしまいました。 「意地悪!!!!」って思ったけど、特に何も言わずに、その紙のある教室の前に言ってその紙をまた自分のいるテーブルの方に持ってきました。 そして来週の予約をしました。 韓国人はクリスチャンが多いせいか、このクラスの韓国人の割合が一番多いです。 例のタイの中年男性もいるけど、完全に英語目当てでしょう。 だってタイであれば仏教のはずです。 今日はリタイヤーしたアメリカ人夫婦が新しく加わりました。 まだ2日目みたいです。 英語を教えるようになるのかな?10月21日(金)忙しい一日朝10時前にグリーンウィッチ英語学校に行きました。 受付でシンさんと約束があると言いました。 15分位待ってからシンさんが現れました。 この英語学校のブックレットで質問があったので、聞きました。 それから問題。 「大丈夫だよ」ってやさしくおだやかに言ってくれました。「えっ本当ですか? 担当の先生は大事だって言ったのですか?」「Reluctant...ジャスティン、サーシャ、アンドレア、ロクシーなどの先生方の許可を取ってくれたそうです。 いやいや仕方なくOKしてくれたということです。 午後1時までに支払いを済ませるように言われました。 シンさんの方からもJUNさんに電話してくれると言いました。 来週の月曜日にはシンさんはいないけど、いつでも聞きたい事があったら、更新時もメールでもいいし僕に言ってね」って言ってくれました。 顔はおにぎりみたいなんですけど、社長さんだけあっておぼっちゃんでとてもエレガントで素敵なんですよね。JUNさんのオフィスに行きました。 UWSの私のアプリケーションは今は事務(Administration)から学部(Academic)の方の審査に移ったそうです。 オーストラリアの場合、それ程審査はなしに、ほぼ空きがあればOKというかんじなのに、医学部だけはこのように慎重な審査があるようです。 他の学部はアプリケーションが来たら折り返しくらいにそれぞれ簡単に審査して個別に確認書を出しているけど、医学部だけは一斉に10月末に審査に掛けて慎重に生徒を選ぶようです。 この可能性がダメだった場合、どうするとか色々な事を想定して色々な可能性を考えて対策を練りました。 かなり時間が掛かりました。 提携英語学校入学から2週間以内にパッケージを出さないとダメだそうです。 でも、結果が10月末って言っているけど、もしかしたら4週間掛かるかもしれないし、最悪のケースも考えないといけないと言われました。 念の為、JUNさんがシンさんにもしも結果が遅れたら更に2週間受講できないか聞いてくれました。 それもOKだと言ってくれました。すでに12時過ぎていました。 支払いにこのまま英語学校に行けば余裕でしたが、考えてみたら、お金が普通預金に入っていませんでした。 家に帰ってセービングアカウントから普通預金に移さないと、デビットカードで支払いできません。 とても強い日差しの中、また家に帰りました。 コンピュータ処理してから、また英語学校に出かけて支払いを済ませました。 ギリギリ1時5分前でした。 また、一度家に帰り、お昼を作って食べました。 2時にシスターと約束があったので、2時少し前に教会に行きました。 個室でシスターとふたりでのプライベートレッスンでした。 IELTSのリーディングのお勉強をしました。 本当はエッセイを昨日夜書いて持ってきたかったのですが、時間がなくて小論文は掛けませんでした。 1時間のレッスンが終わると、エルダーホーとエルダージョンが待っていました。 エルダーって言っても20代だと思います。 そして今日はインドネシアの派手な女性も一緒でした。 先週洗礼を受けたとの事でした。 勉強会は約1時間ありました。 何故かインドネシアの女性がしゃべりだすと眠くなりそうになりました。 英語はとても上手なのですが、なぜ眠くなって彼女の話が頭に入ってくるのを拒否してしまうのかわかりませんでした。
Nov 18, 2011
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10月19日(水)セントビンセント病院とホームレス朝食は軽く食べました。 シスターイザベラから教えられたビクトリアストリート190を目指しました。 かなり遠かったです。 それなので余裕を持って1時間前に家を出ました。 しかし、中々見つかりませんでした。 途中で声を掛けた若い女の子がいました。 すぐに答えてくれなかったので、直後に警官が通ったので、聞きたかったけど、もたもたしている間に通りを渡って遠くに行ってしまいました。 彼女は知らないとの事でした。 でも、「一緒に行ってあげましょう」と言い、私について来たのですが、特に私の代わりに気を使って聞いてくれるという事は全くなく、ただ、私の近くに黙っているだけでした。 そのうちにビクトリアストリートが見つかったので「ありがとう」と言ったけど「あなたがセーウかどうか見届けたいから」とあくまでもずっと付いてきました。 黙って黙々と歩きました。 正直、だんだん気味悪くなってきました。 すると「あのぅ、駅に行くんじゃないのですか?」と頓珍漢な事を言い出しました。 私はドクターと約束があるから病院に行くのだと言いました。 それにそれ以前に病院に行く道をずっと聞いているのに。。。 つまり、彼女はノルウェー人で外見が白人で発音も綺麗でなまっていませんが、英語出来なかったのです。 やっと自分の事を話だしました。 実は仕事がなくなってしまい、お金もないし、食べ物もない、住む所もなり、つまり、ホームレスだと言います。 私は正直、「この子、レズかな?」と疑っていたので、少し安心しました。 外見的には10台後半位に見えるおとなしいけどかわいい子です。 「教会に行けば、フードとアコモデーションを与えてもらえるかもしれない」と教えてあげました。 ただし、私はこの辺のどこに教会があるのかわからないので、お店の人に近くの教会の場所を教えてもらったら?」とお店を指差しました。 すると、彼女はすぐにそのお店の中に入っていきました。 私は時間が迫っていたので、歩き続けました。 すると、彼女がスキップして通り過ぎました。 おとなしくて気がきかなそうだし、英語があまり理解できないのに「わからない」とは言わないし、しかも発音に訛りがないので、ネイティブの人にとっては「英語ができないとは思わないから」カチンと来てやめさせるという事は簡単に想像が付きました。道行く人にセントビンセント病院の場所を聞くと全く逆の方向だと言われました。 すでに11時を過ぎていました。 暑い中、1時間以上歩いていました。 ただ、住所が全然違うので疑いながら別の方向のビクトリアストリートに方向転換しました。 だいぶたってからやっと大きな病院群が現れました。 でも、住所が全く違うので、ここでいいのか不安でした。 中に言って聞くとここでいいと言われました。 私はとても驚きました。 心臓・肺科に行って初診のカードに記入しました。 しばらくたってから、名前を呼ばれました。 シスターイザベラ名乗る中国出身の60台くらいにみえる肌の茶色っぽい土色の肌をした女性でした。 個室に入りました。 英語がなまっていて聞き取りにくかったです。 通訳を呼ぶというので、「あなたは通訳が必要ですか? 私は通訳はいりませんけど」と私は言いましたが、無視して電話をして通訳ラインを呼び出しました。 シスターと名乗っているけど、典型的な本土出身の中国人で人の話を全く聞かない人だと思いました。 電話に対して「あなたは外国に行った事がありますか?」と彼女が言いました。 私は「電話でも答えたし、先ほども答えたように、ニュージーランドとニューカレドニアに最近行った」と英語で答えました。 他にも彼女が電話に向かってしゃべるたびに私は大声で英語で答えました。 一体何の為に通訳電話が必要なのか理解できませんでした。 私へのいやがらせですか? それとも、私が電話でも、その場でも答えたにもかかわらずまた同じ質問するという事は、この人は理解力が全くないんだという事は容易に理解できました。 重要な事なんだから、メモくらいとりなさいと私は心の中で言いました。話も全く論理的ではありませんでした。 通常であれば、呼び出した理由をいうべきでしょう。 本人が言わないので、私が聞きました。 私のX線写真が正常ではなかったからだと言われました。 だったら見せて下さいと言いました。 「あなた医者なの?」と生意気な事を言うので「その写真は私のものでしょう?見る権利あると思いますけど」と言いました。 すると袋から写真をしぶしぶ取り出して見せてくれました。 「説明してください。 どこが異常なのか」って言ったけど「医者じゃないから説明できない」と言いました。 たぶん、知識がないから説明できないのでしょう。 幸い、腫瘍は再発していなかったし、以前、昔、水の溜まっていた左胸の肺も白くなっていませんでした。 つまり、特に異常は見当たりませんでした。 あえて言うならば、全体的にもやっとしているのでしょうか?英語があまり得意でないのであれば、言葉を換えて別の言い方をしたり、色々な方向からアプローチして聞くのが通常だと思います。 それは英語が得意でなくても、ネイティブであっても重要な事であればそういう質問の仕方をすると思います。 でも、この中国人は「咳をたくさんしたのか? 何回したのか?」って何度も同じことを言い方も代えずに攻め立てるように聞いてきます。 「咳は何度もしたから、いちいち何回したかなんか数えていない」「普通じゃないから聞いているのよ」と言うので「あのね。季節風の流行性ののど風邪は数え切れないくらい咳がでるんですよ。 風邪についてもっと知りたければ、私を診察した医者がこの病院で働いているから彼に聞いてみたらどうですか?彼も同じような咳をしていましたよ」と言いました。 何度も何度もやりとりをしているうちに気づきました。 「Do you cough a lot? How many?」と彼女が聞いていると思ったら実は「Do you cough a blood」と言いたかったようです。 それだったら「Do you cough out a blood?」でしょう。 英語が出来ないのによくこういう仕事ができるととても驚きました。 つまり、結論としては何度も咳と共に血液が出たと中国人は勘違いしていたようです。 8月26日位から約1ヶ月もひどい季節性の流行性のど風邪(インフルエンザ)に掛かっていたので、結核と似たような影響が肺に現れていたようです。 あれだけ激しい咳がまるで結核に掛かったように続いたので、肺が弱ってしまったのですね。 帰りはとても家まで早く着きました。 かなり近かったです。家に帰ってセントビンセント病院の住所を調べて見ると住所は190ではなくて390でした。 道の全く逆方向、私の家からかなり近い所でした。 何故、いじわるして別の住所を言ったのか、あるいは英語が相当できないのか、あるいは頭が悪すぎて住所を間違えてしまったのか疑問です。 本当にこの国では人を信用してはいけないというけど、住所を言われたら、信用しないで、自分でセントビンセント病院の住所をウェブで調べるべきでした。 シスターだからと信頼してしまった私が馬鹿でした。 反省しました。どっと疲れたので、一休みしてから、また出かけて日本語コミュニティー紙に載っていた『もみじ』で「ゴマタレ冷やし中華鶏肉添え」を食べました。 8ドル90(約800円)でした。
Nov 17, 2011
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10月18日(火)セントビンセント病院から電話あれ以来、東京の大学病院から電話はありません。 たった3行の英語、しかも私の翻訳とサンプルアンサー付きなのに、未だにできないなんてちょっと信じがたいです。 オーストラリアの医療局もしびれをきらしたのか、セントビンセント病院の肺・心臓科に連絡したようです。 朝9時半頃シスターの看護師から電話がありました。 色々聞かれました。 最近、ひいたのど風邪についても聞かれました。 明日、朝11時にセントビンセント病院に行く事になりました。シンさんに「今日伺ってもいいか都合を教えて下さい」と午前中にメールを送り、何度かホットメールにアクセスしてみたけど、全く返信ないので、まぁいいかなと思い、午後4時過ぎにグリーンウィッチ英語学校に行ってシンさんへの面会をお願いしました。 「会議中なので15分位待って下さい。それか出直してください」と言われたので「ここで待ちます」と言いました。 待合のソファに座ってUWSの教授から頂いた資料を読んでいました。するとシンさんが来てくれました。 UWSの担当者(ベトナム人らしい)にメールしたら、休暇中というので別の人にも送ってみたけど、返信はないとの事でした。 英語学校の大学進学の為の英語のEAPコースの先生は2週間で辞める可能性のある人をクラスに入れることには消極的との事でした。 更にプッシュしてくれるけど、最悪の場合、1週間遅れでEAPコースに参加してはどうかと言われました。 ただし、それは私の英語力をみてからになるけどと言われました。 「あなたは私が1週間でやめるっていうけど、それは私がUWSからコンファメーションを受け取る事にネガティブなんですね。 私は12週間ここでEAPコースを受講するつもりですよ。 ただ(In Case...)」と言ったら「そうでしょう。 In Case..」とお互い笑ってしまいました。 シンさんは病院が嫌いで普通の病院には殆ど行かないけど、アキュパンクチャー、灸、カッピング、漢方薬、蜂のお尻の針を使った療法等を試した事があるそうです。 蜂の針だけはもう受けたくないと言いました。 ビジネスマンで合理主義者だと思っていたのに驚きました。 顔は前回と比べてかなり日焼けしていました。 学校には朝7時から来てお仕事しているそうですが、セレブだから週末はきっとヨットとか太陽の日差しの下で週末を満喫しているんだろうと思いました。 とりあえず、また金曜日の朝10時にお会いする事になりました。 シンさんはオーストラリアで生まれた日系です。 マリンスポーツが趣味のようです。JUNさんから教えてもらった韓国グローセリーでまた健康ドリンクでも買おうかなと思って見ていたら、携帯電話がなりました。 東京の大学病院の外科の事務の人からでした。 最初KDDのオペレータからだったので、「コレクトコールだったら、断ります」って言ったら、そうじゃないというので受けました。 これからFAXを送ってくれると言うので、ちょうどJUNさんのオフィスのすぐ近くにいたので、またICNに行きました。 恐る恐る中を覗きながら入っていくと、今日はお客さんはひとりもいませんでした。 JUNさんも電話中かなと思ったので、「FAXが来たので受け取りに来ましたぁ」となにげに言ってFAXの機械の所に行って、他の人のお仕事のお邪魔をしないように注意深く配慮しながら自分で紙を取りました。 すると、JUNさんが話しかけてくれたので、「あれっ? お電話中じゃなかったのですか?」と言い、近づいて言って色々とご報告しました。私がグリーンウィチ英語学校は無理そうなので、他にもUWSのEAPコースのある英語学校はないですか?と質問すると、英語学校はウィンヤード駅(歩いて30分位)の所にもあり、そこもかなりいいと言われました。 大学の授業と同じような形式で行われるのでハードだけど、とても勉強になるし、クラスメートもレベルの高い人が多いから為になると言われました。 ただし、中国人が多いので、ずるしたり情報を盗んだりという、日本人にとってはとても気分の悪い事が多いという欠点があるそうです。 その点、グリーンウィッチはブラジルとか西洋系の人が多く、しかも南米系の人達は日本人と同じように他人を思いやるやさしい気持ちの持ち主が多いです。 あまり、盗みとかそういう事はないです。 中国本土出身の学生はゼロです。 ただし、レベルが5.5以上なので、クラスメートのレベルはちょっと落ちてしまうので、引きずられたら大変です。午前中にモルモンの韓国人にSMSメールを入れて、忙しいので今日は行けなくなりましたと送信しておきました。 夕方、電話がありました。 「来ないのか?」と言うので、メール送ったはずなのにおかしいなと思ったけど、忙しくなったのでとメールと同じ内容を言いました。 後でわかったのですが、「Who are you?」というSMSの返信がありました。 こちらは国内電話がものすごく高いので、すぐに1万円くらい行ってしまいます。 だから、電話しないで直接行ったり、それが無理の場合はSMSを送ったりするのです。 私は韓国人は私の担当者だから、当然私の名前と番号は携帯に登録があると思ったので、自分の名前をSMSメールの文章の最後に入れなかったのです。 SMSは文字数に限りがあるので、なるべく文字を節約したかったのです。 でも、彼は私の名前と番号を登録していなかったという事が判明しました。 それ程期待されていないのであれば、これからは適当に参加しようかなと気楽になりました。
Nov 16, 2011
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10月16日(日)新しい出会いの季節10時にチャペルにと言われたので、若干遅れて行きました。 1階にはスーツ姿の男性が待っていて、エレベータの番号を押してくれました。 シドニーのある程度のセキュリティービルは鍵をエレベータに翳さないと、目的階には到達しないシステムになっているのです。 その階の鍵のある人以外はそのフロアには行けません。昨日のユタ出身のアメリカ人男性の横に座るように導かれました。 その人はあまり英語の出来ない中国人のおじさんの面倒を見ていました。 伝道師(エルダー(先輩))は2年間の無給のミッションだそうです。 アナという白人女性が昨日洗礼を受けられたとかで、みんなの前で紹介され4人の伝道師から頭を抑えられてお祈りを受けられました。 私の担当の韓国人男性がお祈りの言葉をみんなの前でスピークしていました。 アナはたくさんの本を受け取りました。 たぶん聖書とか聖歌でしょう。 その後、何人かの伝道師の話がありました。 途中には聖歌の合唱がありました。 隣に座ったアメリカ人伝道師ははっきり言って音痴です。 でも、どうどうと歌っていました。 アナは近くで見ると顔がボコボコでしみだらけで、少し怖かったです。今日のメッセージの中で堂々とした中国人男性がいました。 彼は中国本土出身でこちらに来てから英語を勉強したと言うのですが、ネイティブなみに上手でした。 しかも、彼のメッセージの構成はキチンと組み立てられていたし、人の関心をひきつける術も入っていました。 中には言いたい事が多すぎちゃって、文章構成がめちゃくちゃになって、何が本題なのか不明瞭になってしまい、しかも人の関心を逆にそぐようなスピーチの人もいました。やっぱりアメリカ語はTVでも映画でもラジオでも日本ではなじんでいたので、聞き取りやすいです。 礼拝が終わるとそれぞれの勉強会に分かれるようでした。 私も他の信徒さんから一緒に参加しようと誘われましたが、まだ初心者なので、特別プログラムを受けなければいけないので、別メニューとなりました。 でも、中国人の若い女の子と少し知り合いになりました。 中国語を教えてもらえるかもしれません。 携帯電話番号を交換しました。私の担当者の韓国人とアメリカ人男性と一緒に個室に行き、今日はビデオを見ました。 その後、第3の聖書を頂きました。 序章を読んでくる事になり、明日、続きをすることになりました。 その後、パーティに参加できるようです。 食事も出るみたいです。 食事ありがたいわぁ~。夕方、日本の100円ショップにある商品を2ドル50で売ってる『まるゆう』というお店に行きました。 2階の人はいつもとても親切です。 1階の食品の方はいつも男性に色々相談して、お会計もその人が一緒についてきてくれて親切にしてもらっていました。 今日はひとりでお会計をしようとしたら、レジの女性が私が外人だと思ったようで、ずっと英語で話しかけました。 もう少しで5ドルでポイントがつくはずだったのですが、私は忘れていました。 「ポイントは何ドルからですか?」って日本語で聞くと「5ドルからです」って冷たく言いました。 わずかなので5ドルにしたかったけど、あまりの態度にあきらめてお会計を済ませました。 この人はあるカテゴリーに当てはまる日本人(お金があって、メイクをしっかりとしていつもおしゃれしている)しか相手にしない人なんだと理解しました。 また日本人が嫌いになりました。教会では日本人は見かけませんでした。 たぶんめずらしいみたいです。 だから、日本に関心ある人は私に話しかけてくれるのでありがたいです。10月17日(月)パーティってホットメールのインボックスを開けようとしたら、動きません。 どうしたんだろう。 コンピュータ壊れたのかなと思いました。 5分後位にやっとアクセスできました。 UWSの東洋医学の一番上のドクターで今、海外にリサーチ研究に行っている人からのメールが重すぎて開かなかったのです。 写真をダウンサイズしないで5枚も送ってきました。 4年になると10週間の研修をする中国の大きな病院の写真でした。 手術中の写真もありました。 麻酔の代わりのアキュパンクチャー(針)を使った手術だそうです。 そういう私へのメッセージと共に事務の人に私のアプリケーションを早く処理するようにとお願いしてくれました。夕方6時にまた教会に行きました。 今日は少しお互いの事を知りましょう。 簡単に自己紹介しましょうといことになりました。 アメリカ人は大学はハワイ大学に行き、その後、3ヶ月前くらいにこちらに来たそうです。 ユタ州出身だから、もちろん両親も兄弟もみんなモルモンです。 韓国人は両親ともモルモンで、教会で知り合い、子供にも洗礼を受けさせたそうです。 彼の兄弟もアメリカや韓国でミッションをしているそうです。 2ヶ月前くらいにこちらに来たそうです。 ミッションはみんな2年間の滞在です。その後、少し聖書のお勉強があり、そしてパーティと呼ばれる物がありました。 最初に簡単な自己紹介を順番にしていきました。 名前と出身国都市、好きな季節を言っていきました。 私の順番が来て話した時、しら~~~~っとその場がなったのがとてもよくわかりました。 自分達と同じ年齢の人の自己紹介の時は、とても盛り上がっていました。 とても分かりやすい人達でした。 中国人の女の子が前に出て紙を手で直線にちぎって十字架を作るという出し物をしたのですが、デモンストレーションが下手でよくわかりませんでした。 自己満足っぽくてシラっとしてしまいました。 その後、4つのグループに分かれて伝言ゲームみたいのがありました。 私の担当のアメリカ人は中国語が出来ます。 だから、英語のあまり出来ない中国人のおじさんを招待したようです。 彼の他はみんな若い人ばかりでした。 この集まりは青年会の集まりと名づけた方がいいと思いました。 今までの集まりとは違い、私に話しかけてくる人は殆どいませんでした。 私から何度かちょっとなにげに話かけても、聞こえない振りをされてしまいました。 自分のいる場所ではないと自然と理解できました。 その後、簡単な食事があるとの事でしたが、すでに午後8時半頃になっていたので、「ワールドスクウェアに買い物に行くから」と言って帰りました。 自分とは完全に違う種類の人達だとわかりました。 これからはIELTSのレッスンのみ出ようと思いました。 IELTSのレッスンは自分の親くらいのお年寄りがやっているし、それに出席する人はIELTSを受験しようとするようなまじめな人が多いから安心できます。家に帰ってメールをチェックするとイレーヌからメールが来ていました。サーファーズパラダイスから今日、帰ってきたようです。 暖かい人と接すると安心できます。イレーヌへのメールや教授へのメール作成などをしていたらベッドに入るのが午前2時になってしまいました。
Nov 15, 2011
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10月13日(木)東京の大学病院に電話今日はH先生が午後外来の日なので午前中はいるかなと思って日本時間の10時頃電話したけど、PHSのスイッチが入っていなくて通じないと言うので、外科外来につないでもらいました。 以前私に意地悪して勝手に緊急CT依頼を入れた事務のマスダが出たので、またなにされるかわからないので怖いから、常識のあるIさんに代わってもらいました。 私の事は覚えていました。 今月、受診予約が入っていたのに外来に来なかったから、どうしたのかなと心配していたそうです。 先生はまだ来ていないけど、午後外来があるから外科受付には必ず来るので、直接外科受付のFAXに送信して下さいと親切に番号を教えてくれました。 念の為に、宛名をその事務の人にするようにと言われました。 そうじゃないと、他の人が取ってまたヘンな事になってしまうと困るからなのです。それからFAX送信する書類を練りに練ってからお昼頃ICNに行きました。 JUNさんに見せたら、もっとこういう事項を付け足した方がいいとか的確なアドバイスを頂けたので、その場でパソコンをお借りして分かりやすく、間違いが起こらないように文章を付け足しました。 そして、FAX送信をしてもらいました。 1ドルでいいと言ってくれたのでとても助かりました。 図書館であれば、6ドルくらいは取られてしまいます。 待っている間、お水を飲みながら、なにげに中を見渡していたら、小学校時代のクラスにあった貸し出し本棚がありました。 懐かしの『学級文庫』です!! 見るとみんないい本ばかりでした。 『一瞬で自分の夢を実現する方法』という題に惹きつけられました。 貸し出し帳に本の名前と自分の名前日付を書いて借りました。 本当に小学校の時みたいです。 『最高の自分を目指そう。 人生を劇的に変えていこう。 100パーセントの自分で生きるとエネルギーが沸いてくる。』という内容の物でした。 これはまさに今の私です。 JUNさんが上手に私を導いてくれた結果です。 また改めてJUNさんってすごい人だと関心しました。外来が日本時間の午後3時半過ぎに終わると言うので、40分に電話しました。 総合受付は外科外来に電話をつなぎました。 またマスダが出たので、常識のあるIさんに代わってもらいました。 先生はすでに手術に出てしまったようでした。 でも、Iさんが事情を先生に話してくれてFAXも渡して説明してくれたようです。 「うん、これなら出来るかな。 明日の午前中に出来るかな」って言ってくれたそうです。 一応、英語を全部翻訳したし、英語のサンプルアンサーも添えたので、それ程お時間は取らせずに出来るとは思っていましたが、思ったよりも早そうなので安心しました。 また明日、Iさんにお電話する事になりました。 病院の正式なハンコウを押す前の物を事前にFAXしてくださるそうです。 それを私がチェックしてOKだったらお支払いする事になりました。 外来受付の人と親しくお話しておいてよかったと思いました。10月14日(金)日本時間の午後2時に東京の大学病院の外科受付の人から今日の午後2時に電話を下さい、その時に先生の書いた診断書をFAXできると思うので、と言われたので、現地時間の午後4時前にICNまで出かけていき、ビルの下から電話しました。 すると、先生は忙しく手術の予定がたくさん入っているので、話せなかったとの事でした。 でも、試しにFAXを送りたいと言うので、仕方ないのでエレベータで上に上ってICNに行きました。 たくさんのお客さんであふれていました。 JUNさんを含めて他のスタッフもカウンセリング中でした。 私は居心地の悪さを感じて小さくなっていました。 でも、耐えて10分間はいました。 カウンセリング中の人が終わり、次の人になるちょっとした隙に「病院の受付の人がFAXを試しに送ってみたいというので、すみません」と小さくなってお伝えしました。 じ~~っとFAXマシンを見つめていましたが、びくともしません。 仕方ないので、廊下に出て、また病院に国際電話しました。 病院といっても大学病院なので、いちいち冷たい態度の総合受付の電話交換手を通さなくてはいけないので、大変なのです。 やっとIさんがつかまり、話をすると、外科受付からはFAXは送れなかったとのことでした。 普通は送ってから連絡でしょう!! 送れないのに私はわざわざ家からICNまで出かけていき、そこのオフィスで居心地悪くずっと座っていたのです。 メルアド教えて下さいって最初に言ったけど、パソコンは壊れちゃったのでって言って、携帯のメルアドは教えてくれませんでした。 いちいちお金の掛かる国際電話を掛けさせられたり、用もないのに呼び出しをされ、馬鹿みたいにぼけっとICNで無為に待たされていたので、だんだん腹が立ってきました。 そして、次にそうやって他人から軽く扱われる自分に対して失望して気持ちが落ち込んでいきました。 また頭痛がしてきて体調が悪くなってきました。 小雨が降っていて寒いせいかもしれません。 他人に振り回されて自分の事がなにひとつ出来ないのは困ってしまいます。夜9時ジョンから電話が来ました。 疲れていたので、転寝していました。10月15日(土)モルモン教でIELTS午後1時ちょっと前にジョンから電話がありました。 「すぐに行きますShortly」って言ったら「10分後ですか?」というので「5分以内に」と言いました。 確かにビジネスとかでは約束時間よりも10分くらい前に行くのが常識かもしれないけど、タダの約束だったら、約束時間の5分後とかある程度適当でもいいんじゃないのかなと思っていました。 特にこちらの人は色々な事にルーズですから。ビルの外にはスーツ姿の男性が何人もたむろしていて若干怖かったです。 住所を頼りに行ったので、ひとつ通り越してしまったので、戻るとジョンから声を掛けられました。 個室に案内されました。 アメリカのユタ州出身の若い男性も一緒に聖書勉強会となりました。 「何故いろいろな種類の教会が今、存在しているのか? どの教会がいいのか?」という質問をされました。 ディスカッションの勉強になりました。 最後に簡単な小冊子を渡されたのですが、見ると『モルモン』と書いてありました。 モルモン教だったのですね。その後、私が教会があるのなら見たいと言ったので、案内してくれました。 そこには他にも待たされている人達がいました。 ミッションの人達が聖歌を歌いました。 普通の男性なので、特に歌が上手とかではありませんでした。 その後、初心者、中級、会話、IELTSに別れて英語レッスンがありました。 私はもちろん一番上のIELTSのクラスに参加しました。 他のクラスは例のスーツを着たオーストラリアの男性達が教えるようでした。 IELTSクラスはユタ州出身のリタイアした年配の男性と女性が教えてくれました。 今日はスピーキングでした。 一緒に参加した香港出身のワーキングホリディの女の子、ベトナムの女性、韓国の女性、韓国の男の子、中国の男の子、娘二人の教育の為に来豪したタイの中年男性がいました。 1時間という短い間ですが、楽しかったです。 プライベートレッスンもあるようで、ベトナムの女性が「予約したら」と言うので、予約してしまいました。終わると私の担当の韓国とアメリカの男性が待っていました。 そして「どうだった? 色々な人と知り合えてよかったでしょう」と言われました。 ビルの外に出てから、同じクラスだったベトナムの女性もうれしそうにスーツ姿の男性ふたりに色々報告しているのが目に入りました。 一度家に帰って少し休んでから、チャイナタウンのマーケットに出かけました。 メロンが1ドル50セントで買えました。
Nov 14, 2011
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10月11日(火)健康診断朝10時過ぎにICNに行きました。 昨日、JUNさんから言われた「I suffered」を「I had」に家で直そうと思ったけど、訂正用のホワイトがなかったので、新しい紙をもらおうと思って出かけました。 ホワイトでもいいというので、ICNでお借りしてフォームを訂正しました。 帰りにまたコリアングローセリーに立ち寄りました。 すると「おいしいビタミンドリンク」と書いてあるドリンクがあったので思わず手にとってしまいました。 1ドル10セントでした。 お店の人に「これはおいしいビタミンドリンクですか?」って韓国語で聞きました。 苦笑いです。健康診断は2時半の予約でした。 今日に限って午後から晴れてしまいました。 メインストリートのジョージストリートではなく、裏道のリレイストリートを通って中央駅付近に行きました。 オックスフォードストリートの裏通りは、古い雰囲気のある素敵なタウンハウスが多く、歩いて見てまわるだけでもとても楽しいです。 道には木も植えてあるし、公園も時々あります。 やっぱりシティはとても雰囲気があって素敵と改めて思ってしまいました。 早めに家を出たので、2時前に着いてしまいました。 でも、私と同じように2時半の予約の人で受付をしている人がいたので安心しました。最初に銀行みたいに整理番号を自動受付機から取ります。 番号を呼ばれるので、パスポートと申請フォーム2種を提出してスチューデントビザ申請の場合は何を学ぶのか聞かれます。 白人カップルで「英語」と答えた人がいました。 「still?」と聞かれ、さらに「10年?」と聞かれ、その男性の方は顔は耳まで真っ赤になってしまいました。 その場で病院内で本人確認する為、写真を撮られます。 その後、X線写真撮影がありました。 女性は黒い紙の簡易上衣が用意されていました。 写真撮影が終わり、着替えようとして小部屋に入っていると、また名前を呼ばれてしまいました。 もう一枚と言われました。 息の仕方が悪かったのかな?と思ったら、横向きでも写真撮影すると言われてしまいました。尿検査がありました。 ちょっと失敗しました。 午前中に栄養剤を飲んでしまったので、尿がまさに栄養剤のと同じ鮮やかな真黄色になってしまいました。 看護師さんにその事を言いました。 「私も栄養剤を飲むとそうなるわよ」と言い、プラスチックのプリンカップみたいな中に入ったドリンク剤みたいな鮮やかな色の尿を捨てました。 たぶんこちらはコップの中の尿にリトマス紙を浸すのではなく、カップの中の壁につけて検査するのでしょうね。次に身長、体重、視力検査がありました。 最近、伸びをしていなかったけど、身長は縮んでいませんでした。 159cmでした。 次にドクター検診です。 若い女性のドクターでした。 こちらの病院はお友達の付き添いが多いようです。 私にも「友達と一緒じゃないのか?」と言うので「プライベートな事なのに、友達が一緒ですか?」と疑問を投げかけました。 個人的な事なのに友達が一緒に参加するというのは違和感あります。 必要ないと思います。 問診の後、首を触ってしこりがないか確かめました。 目も光を当てて調べました。 のども口をあけて調べました。 耳穴も調べました。 それから、ブラとパンツになり横になりました。 通常の西洋の医者の診断はこういうことはしないですよね。 でも、身体を隅から隅まで見る事によって手術後とか分かってしまいます。 お腹を触ればしこりも分かってしまいます。 私は手術経験はないと言ったのですが、彼女がお腹を調べると、手術跡を発見しました。 盲腸でした。 昔の事だったので忘れていました。 それは嘘をついていたことにもなります。 他にも隠し事がある可能性も出てきてしまいました。 胸から下のお腹全部が張っていました。 これは気功で鍛えた筋肉なのですが、知らない人はお腹が張っているちょっとおかしいかもと疑おうと思えば疑う事も可能です。 横になってすぐに「東洋医学をどこで勉強するの?」とか色々聞いてきたので、私は一生懸命に説明しはじめました。 日本でもそうなのですが、医者は患者をリラックスさせようとして話しかけるのですが、こちらは一生懸命説明しようとして逆に血圧が上がってしまうのです。 今回も血圧が上がってしまいました。 何度も何度も計りなおしてくれました。 しかし、結局136と86でした。 残念ながら高血圧です。ニコラ(ドクター)はコンピュータに向かいタイプし始めました。 不安になりました。 私の担当医からのコメントが必要だと言われてしまいました。 「それは高血圧だからですか?」と私は聞きました。 もしそうであれば、もう一度計りなおしてもらおうと思ったのです。 「高血圧だからではなく、この腫瘍の状況を私が知りたいからなの」と言われてしまいました。 がっかりです。 落ち込んで帰りました。中央駅の地下道を通ってメインストリートのジョージストリートまで出て、中心地を目指してずっと登って歩きました。 ピットストリートの地下にある「もみじ」に行きました。 日本語フリーペーパーに『冷やし中華はじめました』とあったので、食べてみようと思ったのです。 3時半過ぎていたので、もうやっていないと言われてしまいました。 じ~~っと固まっていたら「これも今なら5ドルになりますよ」とお寿司を指したので、定価7ドル50のお寿司をその場で食べますと言いました。 その場で食べるとお味噌汁がいただけるのです。 具の入っていないお味噌汁ですが、外国に住んでいる者にとってはこういうおいしいお味噌汁がいただけるのはとてもありがたいです。 日本のバラエティ番組が掛かっていたので、見ながら食べました。その後、ICNに行きました。 JUNさんはコンサルタント中でした。 Kさんの席の前に座っておしゃべりしました。 するとJUNさんが来てくれて「どうでした?」と聞いてくれたので「ダメでした」と言いました。 「大丈夫ですよ。 ただ、日本の医者からの情報も欲しいと言うだけだから」と言われました。 でも、「西シドニー大に行く為のパスウェイのある提携英語学校の方は特別に2週間だけ受講するのは出来ない」と言われてしまったようです。 仕方ないから代表者のシンさんに私が直接話をしようかと思いました。帰りにいつものワールドスクエアのコールスでミルクを買ってオックスフォードストリートを登って家に帰ろうとしていたら、東洋人から話しかけられました。 何かの勧誘かと思ったので、無視して冷たい態度を取っていたら「中国人?韓国人?。。。」黙って首を横に振っていました。 「日本人?」仕方なく嘘をつくわけにもいかず、首を立てに小さくなにげに振りました。 「私は韓国人です。」「えっ?? 韓国人ですか?」急に私の態度は変わってしまいました。 韓国語で話し始めました。 私はチャンスがあれば韓国語は使います。 教会の人でした。 そういえば、今までも英語の無料レッスンというので、そのオックスフォード辺りで白人から何度か声を掛けられた事はありました。 でも、無料ほど怖い物はないと思ったので、冷たい態度で無視していました。 初めから教会のミッションだと言えばいいのにと思いました。 その韓国人男性は私に韓国語教えてくれるって言いました。 「韓国の教会ですか?」って聞いたら、普通の現地の教会だとの事でした。 私は韓国語で聖歌を歌いたいと言いました。 「私が韓国語で聖書も教えてあげるから」と言うので土曜日に会う事になりました。 金曜日の夜に電話くれるそうです。 おにぎりみたいな顔した人だけど、上品な普通の物腰でした。 若いけど教会の長老という地位にいると言いました。 落ち込んでいたけど、少し楽しくなってきた。 やっぱり都会もいいなって思ったりして。夜遅くになって翻訳を始めました。 今日メディバンク(政府の公共医療サービス機関)から渡された私の日本の担当医宛の手紙。 むかつく。 アンケート調査によると、女性は女性に対して厳しく男性は男性に対して評価が厳しいとの調査報告があるけど、本当だなと思いました。 IELTSのスピーキングテストでは、検査員が男性でしかも年齢もある程度の人だったから、5.5近い私に6の評価をくれたのだと思いました。 健康診断は若い女性医師だったから、私に特に厳しかったのだと理解しました。10月12日(水)日差しが強い晴れまたまた困難が目の前に立ちはだかってしまいました。 メディバンクに提出する書類の翻訳をしました。 念の為、ダメ元でまた西シドニー大学の教授にメールしてみました。 今度はJUNさんが作ってくれたようなまろやかななにげない文章ではなく、詳しく日にちを明記したものにしました。 午後4時近くになったので、出かけました。 グリーンウィッチ英語学校のロキシーからIELTSの結果を教えに来てねって言われていたので、それを口実として学校に行こうと思ったのです。 しかし、ロキシーは新入生の面接中でした。 受付に言ってみたらと教務室にいた先生が言ったので、受付に戻り白人系の女性に声を掛けました。 勇気を出して「シンさんとお話したいのですが。。。」と言うと事務室の中に入って連絡を取ってくれました。 立って待っていたら、座って待っていてねと言われました。 IELTSのクラスメートだったブラジル人の男性と偶然目が合いました。 「どうしていたの?どうしているの?」みたいな話で色々話しました。 私がこの学校の後、どうするの?って大学に行くのかどうするのか聞こうと思って聞いたら「まだ決めていないけど、授業が終わったら。。。」と、私が「授業が終わったら、ご一緒にお食事でも」と誘っていると勘違いされてしまいました。 もちろん、すぐに「そうじゃなくて。。。」と訂正しました。そのアフロさんはブラジルにいた時から、東洋人に興味があり、日本人街に行くのだ大好きだったそうなのです。 クラスの時も、必ず東洋人の女の子の隣に座っていました。 話が盛り上がっていると、シンさんが来てくれました。 個室に入ってお話しました。 でも、その前に「こんにちはぁ、こちらで話しましょうか。。。」と片言の日本語でシャイな態度を取りながら私に話し続けるのでちょっと戸惑ってしまいました。 仕方ないので、英語で私は本題に入りました。 「I'm wondering if you do me a favour」と私も若干言いにくい事を笑顔でごまかしながら言いました。 色々話しました。 結論としては、自分はManaging Director(社長)だけど、そんなに力はない。 でも、西シドニー大学にだめもとで聞いてあげると言ってくれました。 それから、24日から始まるEAPクラスについては1週間でやめるかもしれない人を入れると、もしもその人が抜けた後にクラスに穴が出来て、他の生徒に悪影響を及ぼすかもしれないので、担当の男性教師の許可を取ってからじゃないとなんともいえないと言われました。 とりあえず、来週、またシンさんとお会いする事になりました。 おにぎりみたいな顔をしているけど、内面的には上品なスイートな感じの素敵な人だなと思いました。そのご報告にICNに行くと、とても混み合っていました。 一番若いKさんの所でさえも、カウンセリングのお客様が座っていたし、その次の予約の人もいました。 それなので「JUNさんの予約を取りましょうか?」とKさんから言われたので、仕方ないから明日朝来ようと思って予約をお願いしようと思いました。 するとJUNさんが今のカウンセリングの人がもうすぐ終わるから待っているようにと言ってくれました。 昨日の健康診断の事やメディバンクから渡された書類についてとか、今日行って来たシンさんについて報告しました。 東京の大学病院にFAXを送る時、カバーレターと翻訳文の印刷とFAX送信をお願いする事にしました。 他の所よりも断然安いのです。 それに、そこで送れば、送信前にJUNさんにチェックもしてもらえます。
Nov 13, 2011
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10月7日(金)教授にメール今日も曇っているのでとても寒いです。 JUNさんが作成してくれたドラフトを基にして自分なりに文章を何度も何度も読み返しながら変更してお昼頃、やっと教授にメール送信できました。 結論としては、予想通り、教授は海外留学生の選考には関わっていないようです。 それなので、担当者にこの質問書を回してくれました。 でも、海外留学生担当者は忙しく月曜日まで手が開いていないという事なので、回答は月曜日になるとの事でした。 教授からの返信は「あなたならスペシャリストになれるよ。あなたの漢方の知識と漢字力に驚いた」と好印象だったようです。 来週月曜日からUTSの英語学校が始まってしまいます。 UWSで勉強できる確率が100%ではないので、その月曜日からのUTSの英語学校の予定を捨てるのはかなりの覚悟なのです。イレーヌからもメールが来ました。 私に対してとても好印象で気に入られたようでホットしました。10月8日(土)雨です日本との時差が2時間になってしまったので、友人と真夜中にアバターで会話したりしたので、すっかり夜更かししてしまいました。 今朝は久しぶりにゆっくり起きました。 ブランチはマカロニをゆでて、炒めた野菜やベーコンと軽く炒めてから、サラダ用の生野菜を混ぜました。 こちらのチーズはかなり塩味が効いているので調味料的に粉チーズも使いました。夕方、チャイナタウンのマーケットに出かけようと思ったけど、雨が激しく降っているのでやめました。10月9日(日)プレーンヨーグルトUWSの東洋医学部の入学案内書にはかなり詳しく各学期に学ぶ内容が書いてあるので、その医学用語のマスターを始めようと思い、ノートに書き写して行きました。 精神的にも疲れているので、午後少しだけ1時間位お昼寝しました。 その後、チャイナタウンのパディーズマーケットに出かけました。 野菜やフルーツを買ったので、重い荷物を持ちながら、ワールドスクウェアにあるスーパーマーケットのコールスに立ち寄りました。 こちらではプレーンヨーグルトは稀です。 フルーツの入っている物が殆どです。 フルーツが入っていなくてもバニラが入っていたりします。 久しぶりにプレーンヨーグルトを買いました。 お肌の調子が段々悪くなってきたので、また修復しなくてはいけないので、プレーンを買いました。10月10日(月)UTSの英語学校開始日あ~~~憧れだったUTSの英語学校の開始日です。 ショックです。 UWSの事務局の人からメールがありました。 インターナショナルスチューデント担当の人にコンタクトしてくださったようです。 しかし、通常通り選考は10月末で確認書の送付は11月初旬になるとの事でした。 特別扱いはなしです。 またまた困難に直面してしまいました。 次々と困難が襲ってきます。 どうやってこの困難を克服しましょうか?ICNにも立ち寄ってみました。 UWSからの冷たい対応に対してどう対処したらいいのかご相談しようと思ったのです。 JUNさんはコンサルタント中だったので、Kさんの席の辺りで「JUNさんはお忙しそうですね。 又来ます。」と言って帰ろうかみたいな感じでいたら、中断して来てくれて笑顔だけどなんとなくいいにくそうな感じだったので、どうしたんだろうと思ったら「あのぅ。。。思ったんですけど、I suffered よりもI hadの方がいいと思うんですけど」と言いにくそうに言いました。 「えっ?! あっ。。。そうですね。分かりました。 その方がなにげでいいですね。書き直します。」と言いました。 細かい所まで考えていてくれたのですね。 他人の文章を直すのって下手すると、怒り出す人もいるから、言いにくかったのでしょう。 この文章はビザ申請のための健康診断に記入する英語の文章でした。 一応、自分で書いてから念のためにJUNさんに目を通してもらっていたのです。
Nov 12, 2011
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10月5日(水)ドクターとの面会朝5時40分に目覚ましを掛けて起きました。 サマータイムになっているからまだ4時台でしょう。 暗いし寒かったです。 体調が悪くならないようにしっかりと食事して水分も取って出かけました。 朝9時前だから煩雑料金を取られて往復で12ドルも掛かってしまいました。 9時以降だったらずっと安かったのにショックです。 片道3時間掛かるリスゴウまでだって往復10ドルちょっとです。 1時間15分位でマッカーサー駅に着きました。 寒かったです。9時の待ち合わせなのに、8時20分過ぎに着いてしまいました。 映画館でトイレに入りたかったけど、まだ開いていなかったので、仕方ないから駅のトイレに入りました。 大学は一番最初に医学部がデント構えて立っています。 その横を通って公園みたいな池の所をず~~~と歩いて歩いてヘルスサイエンスの教授室にたどり着きました。 小さな部屋がいくつもありました。 3畳位の小さな教授室です。 日本の教授室は中に大学院の生徒が何人か入って一緒にお話しするスペースがありますが、こちらは本当に小さくてまるで、小さな医者の診察室のようです。 中国人の普通のおじさんがいたので、話しかけました。 ヘンリーでした。 名前が英語名だったからこちら出身の人のスマートな素敵な洗練された人かと思ったら、中国出身のふつうのおじさんでした。 色々説明してもらいました。 大学内のクリニックやレクチャー室、シアタークラスなども案内してもらいました。 海外からの留学生はふたりしか取らないとエージェントは言っていましたが、白人と東洋人の比率は半々位だそうです。 そしてひと学年は約30人で掛ける4で120人の東洋医学の生徒がいるそうです。学内のクリニックでも実習があるし、4年になると実際に提携の中国の大きな病院に4週間行って実習を受けるそうです。「車で来たのか?」と聞かれたので、たぶん車で通っている生徒も多いようです。 私はお金を節約したいから、車は買わないと思います。 買うとしても自転車くらいです。 また疲れてしまい、帰りの電車では自然と眠りに落ちてしまいました。家に帰ってからも、どちらの大学がいいのか色々考えて悩んで悩みぬきました。 でも、結論はやっぱりでません。 明日出かけるので、体調をまた崩したらいけないので、昼寝しました。 そのためか夜は眠れませんでした。 ベッドからおきだしてパソコンで色々調べたりしました。 そして、今まで西シドニー大のみ調べていたけど、UTSについてももっと知ろうと思って検索しました。 そして、分かった事、 UTSは技術を教えてくれるけど、深い関連した理論までは教えてくれない。 もともとインスティテュートでそれが大学に昇格したので、それ程のアカデミックなバックグラウンドもない。 だから大卒の資格しかえられない。 でも、西シドニー大は医学部もある普通の大学なので、より深い知識が得られ大学院卒の資格も得られるし、仕事を始めたときに、例え大学時代に知らなくても、同じ西シドニー大出身という事で患者を別の学部出身の人から紹介してもらえる可能性もあるとの事でした。気持ちはまた西シドニー大に動きました。 朝3時過ぎでした。10月6日(木)マリゴールドで飲茶「西シドニーに行かなくてはならなくなったから約束の日にお会いできなくなりました。」とメールを入れたのですが、イレーヌから「日にちが間違っているわよ。」と言われ。。。 混乱していたので、またまた間違いを犯してしまいました。 ということで、父の友人とのお食事は当初の予定通りに行われました。11時にタウンホール駅にあるクイーンビクトリアビルの最上階の時計台のある近くで待ち合わせしました。 「カプチーノ飲むか?」と言われたので、そのビルの中のカフェでお茶しました。 イレーヌが私と同じくミルクが多い方が好きと言うので、真似して私もカフェラテにして、ウエルナーは定番のカプチーノを頼みました。 大学についての悩みとかリスゴウの時の事とか色々話しました。 初めて会ったけど、メールを何度か交わしていたので、話が途切れる事はありませんでした。その後、バスで中華街まで行き、マリゴールドで飲茶しました。 このコースが彼らにとっては定番のようでした。 シドニーに来る楽しみはマリゴールドでの飲茶のようでした。 私もマリゴールドには久しぶりに行きました。 10年ぶりくらいでしょうか? マリゴールドは中華街の中で一番おいしいと評判の大きなレストランです。 お手拭あるいはお絞りが出なかったので、イレーヌが若干困っているようだったので、私はバッグからウェットティッシュを取り出して、ふたりに差し出しました。 次から次へとおいしそうな飲茶を頼んでくれました。 ぷりぷり海老もいくつか頼んでくれました。 海老とホタテのコンビネーションの海鮮点心もありました。 ただ、鳥の手のハニーソイ味(蜂蜜醤油)のから揚げはグロテスクで食べるのをちょっと躊躇しました。 でも、口に少しづつ含んでみると、やわらかく、歯に挟まる事もなく、すんなりと小骨が皮から離れて口から出す事が出来ました。 でも。また頼みたいと思うようなものではありませんでした。 蛸だか烏賊の足のハニーソイも味が濃かったです。 デザートは自分で選びなさいと言われたので、スィーツワゴンを運んできた女の子に「何かココナッツの物ありますか?」って聞いたら、羊羹しかないと言われてしまったので、仕方なくそれを選びました。 見栄えはシンプルな羊羹で、よくありませんでしたが、さっぱりしていてそれでいてココナッツミルクがきいていて、甘すぎず上品で小豆も若干はいっていておいしかったです。 ウエルナーからもよいチョイスだったとほめられました。 実は息子さんが私よりもひとつ年上で、以前結婚話があったそうです。 私は全く聞かされていなかったのでとても驚きました。 でも、息子さんは最近マレーシアの女性と結婚してしまったそうです。 私の事は若くて健康的とほめていただきました。 たぶん、お化粧のせいではないかと思います。 健康的な明るい印象にしているのでその効果でしょう。 こういうお姑さんとお舅さんだったらきっとうまくやっていけたのにと、とても残念に思いました。 楽しくゆっくりとおしゃべりしてから、別れました。 私にとってのいい話とかチャンスはことごとくつぶしてきた両親ですが、こんな事までしていたのかと若干あきれました。 私はふたりと分かれてから、ひとりでまたUTSの前まで行ってみました。 以前は輝いて見えた憧れの大学が、今日は色あせて見えました。 一度家に帰って珈琲を飲んでから、ICNに出かけました。 JUNさんがお電話中だったので、ソファに座りながら日本語フリーペーパーを水を飲みながら読んでいました。 しばらくするとJUNさんがデスクを離れてわざわざソファの所まで呼びに来てくれました。西シドニー大に行ってきた報告をしました。そして、結論を申し上げました。 今後どうしたらいいのかお聞きしました。 UTSの方は確定だけど、UWSの方は10月末に正式に選考を開始して11月にならないと確定書はだせないので、万が一の場合、フェイルする可能性もゼロではないとの事です。 ひどい風邪を引いていたのにもかかわらず、せっかく頑張って頑張ってUTSに合格したのに、その多大な努力を無駄には出来ません。 何重にももしもの時の防御策を練らなくてはなりません。 結論としては、教授が私の事を気に入ったようなので、教授に何とか聞いてみますと私が言いました。 でも、今のこの100%ではないけれど、「ほぼ歓迎です」という大学側からのあいまいなお返事について教授に説明しなくてはならないので、JUNさんに具体的にはどういう内容の現在状態なのかお聞きしました。 私がメモを取ろうとして鉛筆を手に持ち待ち構えていたのですが、JUNさんは一生懸命パソコンに向かって手を動かしていました。 私の為に、教授宛ての文章のドラフトを考えていてくれたのです。 私が帰ってからも何度も考えてくれたみたいで、3通もリバイスしたものが送信されてきていました。JUNさんってすごい人だなぁって改めて思いました。 通常であれば、私が「田舎は苦手なので、UTSでお願いします」って何度か言っているので、通常であれば、すぐにプロセスをするはずです。 しかも、期限がかなり迫っています。 来週始まってしまうのです。 でも、ギリギリまで待つからといって何度も何度ももう一度考えてみるようにと言われました。 「UWSの方がいいから考え直すように」とは言いません。 自分でどちらがいいのか考えてみるようにと言うだけです。 スチューデントビザも通常であれば、すぐにプロセスに入るはずです。 でも、もしかしたら11月に申請したら労働ビザがもらえる可能性が出来るかもしれないからというので、プロセスしないで待ってくれています。 本当に相手の人の立場に立って、相手にとって一番いい選択になるように導いていく人なんだと思いました。 感謝ですよね。 Yちゃんのお友達のようにある程度の年齢に達した人は海千山千で私みたいなシドニーに越してきたばかりの無知な人間を騙しちゃえなんてずるがしこいことを平気でするけど、JUNさんのように30代半ばの方はまだ正義感に燃えているので、そういう弱肉強食の弱い物いじめはできないのですね。逆に、自分も留学経験があるから、よりいい方にと導いていくのが喜びみたいです。 仕事をお金の為だけにするのではなく、自分の楽しみの為にもしているようです。 私も人を手助けする事に喜びを感じながら仕事ができるようになりたいです。
Nov 11, 2011
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10月3日(月)勇気を出して10月からUTS大学に行く為の英語学校に通わなくてはなりません。 来週からです。 だから緊急にどちらの大学に行くのか決めなければなりません。 田舎の大学に行くのは住む所も変わります。 しかも4年間です。 大きなチェンジです。 決断できません。 考えても考えてもダメです。 仕方ないので、JUNさんから頂いたUWSの資料に書いてあった担当教授にメールしてみました。 不在通知のオートアンサーが折り返し来ました。 12月まで研究旅行で海外に行っているそうです。 がっかりしました。 でも、しばらくして教授からメールが来ました。 他のドクターにお願いしてくれるそうです。 そして、この大学は現在ヴィクトリア州で管理している東洋医学者の登録が出来るNSWで唯一の大学だと言われました。 来年からはNSW州の方でも東洋医学の登録管理制度が始まるので移行するそうです。 移行したらUTS卒業生も登録できるようです。 つまり、もともとの東洋医学の専門の学部があるのは西シドニー大だという事なのです。10月4日(火)続・勇気を出して朝メールチェックしたら、西シドニー大の別のドクターからメールが来ていました。 大学のショートツアーOKとの承諾を頂きました。 水曜か金曜日と言われたので、まだそれまで英語学校の方の申し込みが可能かどうかわからなかったのでJUNさんの所に行って聞いてからメールしようと思いました。朝10時の開店を待ってJUNさんのオフィスに行ってきました。 7月中旬に支払った英語学校の金額が昼間のスクール代金になっていて60ドル高かったので、返金が可能か聞きたかったのですが、銀行に行っていてお留守でした。 それなのでその時の担当してくれた若いKさんに直接言いました。 JUNさんが帰ってきたら聞いてくれると言ってくれました。 JUNさんが帰ってきたので、大学見学に水曜日行きたいけど、まだ申し込みは可能か聞きました。 大丈夫との事でした。 60ドルの返金も可能だと言われました。 スチューデントビザ申請の為の健康診断の説明事項の書き方もまたチェックしてもらいました。 以前に病気をした事ある人は詳細を書かなければならないのです。 うまく書かないと、日本から診断書を取り寄せなくてはならなくなるので、慎重にする必要があります。帰りに韓国グローセリーに立ち寄りました。 今回は高麗にんじんの白人参の方を買いました。 ちゃんと人参がドリンク剤の中に入っていて2ドル50セント(220円)でした。 私はココナッツミルクが大好きなので、ココナッツミルクドリンクも買いました。 700mlというビッグサイズでした。 甘すぎずとてものみ安くおいしかったです。 ドリンク剤は明日、またキャンベルタウンに行くので、田舎に行くと体調が悪化する恐れがあるので、事前にドリンク剤を買っておいたのです。田舎は苦手です。 正直、嫌いです。明日は父の友人のご夫婦とシドニーでお食事のお約束がありました。 お断りしなくちゃなりません。 Kさんからメールが来ました。 英語学校の最初の授業料が60ドル高かったのは教科書代だそうでした。 恥をかいてしまいました。 でも、もやもやがクリアになったからいいとしましょう。 今日も曇りなのでとても寒いです。 サマータイムになったのが信じられないです。 すぐに夕方の時間になってしまって、私にとっては、時間が増えたというよりも減った感じです。
Nov 10, 2011
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10月1日(土)西シドニー大学見学簡単なナッテラのサンドイッチと小さなペットボトルにお水をつめて11時30過ぎに出かけました。 時刻表を見るとマッカーサー駅までの電車はなく、ひとつ手前のキャンベルタウン駅止まりばかりだったので、駅窓口の人にキャンベルタウン行きの電車について質問して切符を購入しました。 そして駅員から言われたプラットホーム2番に行ってみると、その電車はマッカーサー駅行きでした。 一度上に戻って切符を買いなおそうかと思いましたが、電車が来るまで1分くらいだったので、勇気を出して乗り込むことにしました。 キャンベルタウン駅からはバスサービスがあるのです。 3ドルくらいします。高いですね。1時間の道のりでした。 リスゴウのような山の中ではありませんが、平地だけど同じような森というか田舎で、途中の駅も無人っぽい感じの田舎の駅でした。 しかし、キャンベルタウン駅だけは普通の東京にあるような自動改札になっていました。 不安になりました。 切符がひとつ手前のキャンベルタウン駅だから、つかまって別室に閉じ込められる恐れがありました。 向こうから注意される前に自分から言おうとか色々考えていました。マッカーサー駅はずっと大きく立派な駅でした。 しかし、改札はありませんでした。ほっとしました。 駅前には大きな映画館やボーリングセンターそして、巨大なショッピングセンターがありました。 その逆の出口の方が大学でした。 大学へと続く道を10分くらい歩きました。 プライベートプロパティー(私有地)なので、他には何もありません。 空き地にデンと大学のビル群が立っているのです。 もしも、夜だったら、真っ暗闇の中の道を10分も歩くなんて怖いですね。日曜日なので人は殆どいませんでした。 医学部のところにだけは人が何人もいました。 大学の中にも大きな池があったり広い自然公園のようになっていました。 ベンチもいくつもありました。しばらく歩き回ってから、また10分の道のりを駅まで戻り、反対側の商業地の方に向かってみました。 ショッピングセンターは本当に巨大でした。 4階立てくらいで、広さもかなりのものです。 そこにフードコートがあったので、お水を飲んだりテイクアウトの中華を食べたりして少し休みました。段々、身体が疲れてきました。 頭痛が。。。 もうシティに帰ることにしました。 駅に着くと、電車がちょうど止まっていました。 それほど待たなくて乗れました。 電車でもショッピングセンターでも思ったのですが、どうしてこんなにたくさんの人がここにだけいるのでしょう。 一体どこからこの人達は集まってきたんだろうと疑問に思いました。 それ程田舎町なのです。 それと対照的にショッピングセンターは人であふれかえっていました。 ただ、残念な事に、98%は白人です。 リスゴウの時と同じです。 インド人でさえ0.5%位しかいません。帰りの電車の中では、身体が疲れていた為か、目が自然と閉じてしまい寝ていました。 身体の調子が本格的に悪くなっていました。シティに着き、ホットしました。 家に帰って水分補給を充分にしたかったけど、体調不良の為、それも出来ませんでした。 仕方ないので、少しだけ食料を口に入れてから、ベッドに横になりました。 雨が降りそうな曇りの為か、とても寒いです。10月2日(日)サマータイム開始今日からサマータイムになりました。 日本との時差が2時間になります。 日本で朝8時の時シドニーは朝10時になります。今朝は朝から雨なのでとても寒いです。防寒用のガウンに身を包んでいます。 頭痛は若干よくなりましたが、まだ調子悪いので、午前中は寝ようと思っています。 リスゴウにいた時はいくら調子が悪くても昼間横になる事は出来ませんでした。 その習慣で、シドニーに移動してからも、昼間ベッドで横になった事は殆どありませんでした。 今日は思い切って寝てみようかなと思います。結局、3月から溜まっていたレシートとクレジットカードの請求書との付け合せ等の照合と今までの支払いの整理をしていたら、いつの間にか夕方になってしまい、寝る事は出来ませんでした。 体調が悪いから、今日は日曜日だけど、マーケットに行く事はあきらめました。 支払いの整理をしていたら、英語学校のIELTSクラスはイブニングクラスに申し込んだのに昼間の料金を取られていることに気づきました。 最初の頃、色々な事がいっぺんに起こり、混乱していました。 それなので、エージェントの若い女の子の言われるままに支払っていました。 こちらではお金を余分に取られることが多いので、自分でしっかりとチェックしてから慎重に支払わなければいけないのです。 でも、油断していました。 最初1週間だけ申し込んだのでその金額が間違っていました。 2週間目と3週間目は自分からいくらいくらになります。って言って支払ったので大丈夫でした。 60ドルも差額があります。 夕方のクラスの方が安いからという理由で申し込んだのに、昼間の料金を支払ったのでは、意味ないですよね。
Nov 9, 2011
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9月30日(金)晴れ12時以降にウィンヤード駅の近くにあるナビタスという英語学校に行くと、先日受けたIELTSの結果が受け取れるという事でした。 でも、あまりいい結果ではないとわかっていたので、ぐずぐずしていました。 結局、お昼を食べてから出かけました。 右手人差し指の指紋登録をしてあるので、右手人差し指をスキャナーに翳して本人確認がされます。 試験を受ける時もそうでした。 結果は密封した封筒に入っていました。その場で椅子に座って開けてみました。 やはり長文読解は5.5でした。 途中で集中力が切れてしまい、殆ど出来なかったのです。 リスニングは慣れているので6.5でした。 他は普通で6でした。 その後、ICNに行きました。 JUNさんに報告しました。 私がリーディングで集中力が切れてしまってほとんど出来なかったと言っていたので、もっとひどい結果を予想していたようです。 「いいですね」と言われました。 たぶん、まだ7月中旬から勉強をはじめたばかりなので、初めてのIELTS受験なのに6という成績は予想以上のようでした。私はUTSとほぼ決め付けていたけど、JUNさんはあらゆる可能性をキチンと検証してから薦めると言う人なので、西シドニー大学の方ももう一度検討してみた方がいいとまた言われてしまいました。 キチンと医学部的な身体機能について他のヘルスサイエンスの学生と一緒に学べるし、大学院の資格ももらえるのでいいのではないかと言うのです。 シティから1時間も掛かります。 東京にいる時でさえ、通勤時間は15分位でした。 こちらは電車代もものすごく高いです。 とても無理です。 「寮はないのですか?」と聞いてみたけど、よく分からないとのことでした。 とりあえず、明日、行ってみて街中とか学校の雰囲気を見てきてから決めた方がいいとアドバイスされました。 キャンパスは色々な離れた所にあるのですが、私の行きたい学部のキャンパスには医学部があり、一緒に学ぶ機会や、知り合える機会もあるというのです。 たぶん、医学部があるという事は、病院があるという事で、実習の機会に恵まれるのではないかと思いました。 とても、魅力を感じました。家に帰ってインターネットで調べると、寮がありました。一人部屋もありました。 ヒーター、ベッド、冷蔵庫、TV、ワードローブ、本棚など必要な物はみんなついています。 とても、魅力を感じました。
Nov 8, 2011
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9月28日(水)今日もICN頑張って家を朝10時半頃出て、ICNに行きました。 JUNさんとパソコンしに来ていた女性の人しかいませんでした。 従業員の女性ひとりは体調不良でお休みでもうひとりの主婦の方は午後から出社で、若い沖縄の子は沖縄に一時帰国していてお休みとの事でした。 健康診断を甘く見ていました。 10月の第一週くらいに受けたいと思っていたら、すでにいっぱいで学校が始まってからじゃないと空きがないようでした。 しかたないので、学校が始まって2日目に予約を取ってもらいました。 学生ビザをすぐに申請と思ったら、法律が変わるかもしれなくて、大学を出た後に2年間就労ビザが下りる可能性が出てきたそうです。 でも、それは今学生ビザを持っている人には適用されなくて、11月か12月以降に申請する人のみ適用だそうです。 私は対象に含まれるかどうかわかりませんが、とりあえず、可能性はゼロではないので期待して待ちましょうとJUNさんが言ってくれました。 健康診断にはまた病気についての説明を書く欄がありました。 また説明文を考えて記入しなくてはいけません。 でも、大学側でいいって言っているのだから大丈夫でしょう。ICNでかなり長い間お話をしてしまいました。 外に出ると雨が降っていました。 傘を持っていなかったので、軒下を探しながら足早に家に帰りました。 午後1時になっていました。 昼食を食べてから2時過ぎにまた図書館に行ってブログの更新をしてきました。 やっと9月までアップデートが追いついてきました。 今日は雨が降っていて曇っているせいか、肌寒いです。図書館のガードマンさんは時間で交代しているようなのですが、私の事は覚えてしまったらしく帰りに「See You」と笑顔で言われてしまいました。9月29日(木)寒い今日も朝から小雨が降っている為か、肌寒いです。 防寒用のガウンに身を包んでしのいでいます。 ニューカレドニアにいた時はまだ風邪が治っていなくて声もかすれ気味だったのですが、いつの間にかのど風邪が治っていました。 声が普通に出るようになりました。 結局、1ヶ月以上も流行性ののど風邪を患っていた事になります。なんとなくあんこが食べたくなりました。 「まるゆう」という日本のグローセリーの広告で小さな大福が今月は1ドル20セント(110円)とあったのを見たからかもしれません。 チキンカレーのレトルト270円、小さな豆大福110円、あんぱん130円、賞味期限切れののりスナックチキン味70円(通常は2ドル)を買いました。この豆大福は以前にもセールで1ドルだった時があり、その時、色々な冷凍大福があり、どれを買ったらいいのか分からなかったので、お店の男性社員に相談したら、この豆大福が一番おいしいというので、以来、これを買うようにしています。 アンパンは普通の中国系のパン屋でも売っているのですが、2ドル以上します。 このパンは韓国系のようでした。 味は違いました。 海苔のスナックが買いたかったのですが、どれを買っていいのかわからなかったので、また同じ男性に相談しました。 すると、今、ちょうど賞味期限切れのがあるからお試しに食べてみたらと言われたので買いました。 彼も食べてみたけど、大丈夫だったとの事でした。 ピリ辛で不思議な味がしました。 親切にレジまで一緒についてきてくれました。 とても感じのいい人です。
Nov 7, 2011
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9月24日(土)雨今日は小雨が降っています。 肌寒いです。 でも、日差しが強くないのは私にとってはありがたいです。 歩きやすいです。午後は中華街のパディーズマーケットに行きました。 ちょっと贅沢をしてあま~~くて香りのいいマンゴを3個5ドル(450円)で買いました。 こちらの苺は「甘いよ」と言われて買っても、日本のとは違って甘さはなく、すっぱいだけです。 でも、マンゴは本当に甘くておいしいです。9月25日(日)激しい雨、寒い朝から激しい雨が降っています。 牛乳が切れそうだけど、買いに外に出られませんでした。 しかも、寒いです。 防寒用のガウンに身を包んでいると、身体が疲れている為か、自然と目を閉じて寝てしまいます。夕方4時過ぎには雨が上がったので、またパディーズマーケットに出かけました。 ワンダラーセールが始まりました。 香りのいい林檎が8個で1ドル、ラフランスは6個で1ドル、白菜も1ドルでした。 こぶりのブロッコリーは40セント(36円)でした。今日は白菜を買ったので、久しぶりにヘルシースープを作りました。夜10時過ぎに母から電話がありました。 私がずっと電話しなかったから、しびれを切らして電話してきたようでした。 6月に送ったUSBファイル、やっと開いてみたようです。 コンピュータのトラブルがあり、電気屋にPCを持って行った時に一緒にUSBの開き方も教えてもらったようです。 私が撮ったアパートやシドニーの写真が大量に入っているのです。 気功の一部である香功もやりたいと言っていたので、それも一緒に入れてあげたのに、ファイルをオープンしなかったから、香功もずっとしていなかったようです。 日本にいた時は時々、母と一緒に香功をしていたのです。9月26日(月)月曜日です朝から日差しが異常に強いです。 午後になって日差しが弱くなったので出かけました。 マーリックビルメトロショッピングセンターに行きました。 たくさんお買い物をしました。 前に行った時に体調を崩してしまい、寝込んだので、今日は少し休もうと思いました。 何気にテイクアウトのお店を覗いていくと、ピザのお店のピザ一切れが2ドル50セントでした。 水は持参していたので、きのこのピザを1切れ買って、フードコートの椅子に座って休みました。 9月27日(火)火曜日です午前中はMちゃんに久しぶりに電話してみました。午後4時頃にICNに行ってみました。 でも、かなり混み合っていたので、事務の大人の女性に話しかけてみました。 アパートを取り壊すというシティカウンシルからのレターが届いていたので、心配だったのです。 それと、大学からのレターにアコモデーションとグローセリーの金額が明記されてあったので、ひょっとして大学側で寮を用意してくれているのであれば、そちらに入りたいなと思ったのです。 しかし、JUNさんに聞いてみたら、それは単純にシドニーで生活するにはこれだけ必要になるでしょうという参考金額だとのことでした。 アパートの件もクリアになりました。 近くでビルの取り壊しがあるので、近所の人に迷惑をお掛けするので、事前通告のレターだそうです。 とにかく、今日はJUNさんは次から次へと学生さんの相談の面談が詰まっているので、忙しそうだから「また明日来ます」と言って帰りました。 大人の女性の人が「朝10時から11時頃が人があまり来なくていいですよ。 JUNさんが時間取れると思いますよ」って教えてくれたので「明日、朝また来ます」と言って帰りました。
Nov 6, 2011
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9月22日(木)全身疲労何故か全身が疲労感でいっぱいです。 でも、寝ているわけには行きません。 頑張って図書館に10時過ぎに出かけました。 そして、ブログのアップデートを頑張りました。 久しぶりに行った図書館は今まで無料だったロッカーが4時間1ドルになっていました。 ステートライブラリーはリノベーションが終わっていたので、若い子達でいっぱいでした。 若い子はお金持ちなのですね。 私はミッシェルライブラリーの方に行ってみました。 そちらも、ロッカーが同じく4時間1ドルになっていました。 しかたないので、ガードマンに言って、持ち物を見せて説明し、それを図書館備え付けの透明のA4サイズのバッグに入れました。 バッグはたためば大丈夫と言ってくれたので、その中に押し込めました。帰りにいつものワールドスクゥエアビルにあるコールスに寄りました。 野菜不足と思ったので、ベービースピナッチとルッコラのサラダ菜セットを買いました。 マカロニが買ってあるので、サラミソーセージとコーン、グリーンピースなどを混ぜて、コールスロードレッシングで頂きました。 何故か本当に全身が疲労感でいっぱいです。図書館にいる時に、インドネシアのマリアもフェースブックにログインしていたようなのですが、チャットは入ってきませんでした。 私にアパートのレント代を聞いておきながら、その後、何も返事がないです。 ちょっと失礼じゃないのかなと思いました。 普通はどのくらい進んでいるとか状況を知らせるのが常識ではないでしょうか。 私の個人情報であるレント代教えなくてよかったと心から思いました。9月23日(金)快晴今朝はゆっくり髪を洗ったり、洗濯をしたりしました。 午前中は日記の見直しをしました。 昼食を食べてから、午後2時過ぎに図書館に出かけました。 早朝の時間を逃してしまうと日差しが強くなってしまうので、時間をずらすしかないのです。5時近くになるとアナウンスがあり、閉館となってしまいました。 結局、昨日は6月分のUPDATEが途中で終わり、今日は7月分が終わりませんでした。 フェースブックの自分の住所がまだリスゴウになっていたので、シドニーにUPDATEしました。 友達リストのテーラー女史は削除しました。 思い返してみたら、フェースブックを使えるように色々親切に教えてあげたり、写真まで色々撮ってあげて、それを彼女はビジネスのプロモーション写真に使っています。 そこまで無料でしてあげたのに、私を入国させないようにするなんて悪魔だと思いました。 他人に親切にすると逆に返ってくるのでしょうか?夕方になると肌寒くなりました。 そして、風がかなり激しく吹いていました。 身体が飛ばされそうでした。 東京と同じようにビル風でしょうか?
Nov 5, 2011
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9月20日(火)ニューカレドニア3日目またマルシェがやっていなかったら、体調が悪くなってしまうので、朝早く起きたけど、部屋で静かにしていました。 10時過ぎに降りていって明日のシャトルバスの予約をしてもらいました。 明日は5時半起きです。 それからマルシェにおそるおそる行ってみました。 今日はやっていました。 マルシェはやはりやすいです。 普通のパンの半分くらいの大きさだけど、パンオウショコラと小さなピザパンがふたつで240円、よく熟れたモンキーバナナが200円で買えました。12本もありました。 私がおそるおそるいたので、その場で一本試食させてくれました。 そのお店の売り子さんは中国人でした。 私は最初3本のみ買う予定でした。 それが気がつくとこんなに食べきれないほどのバナナを買わされていました。 結局、東洋人同士だと安心感をもたせ、親切そうにしながら、知らない間にマインドコントロールに掛け、いらない物までたくさん買わされてしまうんですよね。 こわいわぁ~~~。こちらでは第一がもちろんフランス語ですが、第二は英語そして何故か日本語の表記もある場合があります。 たぶん、昔「天国に一番近い島」で人気が出て日本人が殺到したのでしょうね。 日本人には石鹸のお土産が人気があったようです。 新婚旅行の人がみなさんにお土産を渡すのにちょうどいいのでしょうね。 石鹸のコーナーには日本語だけで説明がしてありました。 まさに日本人狙いです。 日本人のカップルもやはり石鹸コーナーに見入っていました。 だいたい、日本人は観光案内に載っている情報のお店に行き、そのお勧めの物を買っているようです。 パン屋に行った時にも日本人カップルがいました。 でも、たぶんフランス語ができないのでしょう、ただ呆然と立っていました。 私はフランス語はすっかり忘れてしまったけど、何とか頭の中から引き出して何時に開店するのか聞いてみました。 フランスでは早朝にパン屋は開店するので、こちらでも同じなのか知りたかったのです。 5時と言いました。 今は日本は景気が悪いから、町には日本人の観光客はほとんどいません。 たぶん、2組くらいしか見かけていません。ルームサービスのおばさんはまた親切にお薬を2錠持ってきてくれました。 私はまだのど風邪をひいたままなので、しゃべると声がかすれて少し出なかったりするので、のども悪いのならはちみつレモンがいいわよって教えてくれました。 彼女も暑い日ざしの為に4~5日寝込んだ事があるそうです。休んでばかりもいられません、スーパーに出かけました。 市内には2件あって、昨日行ったお店とは別の所に行きました。 こちらの方が色々な商品があったし、値段も普通の値段の物もありました。 来ている人も地元の人が多かったです。 昨日もこちらに来ていれば、ヨーグルトとか色々買えたのにって思いました。 お金をディスペンサーで下ろしてしまったので、残したくなかったら、色々買いました。 お寿司も売っていたので950円と高かったけど、おいしそうなまぐろだったので買いました。 野菜もずっと取っていないので、サラダも買いました。 そうだ、昨日のフランスのパン屋さんに行ってケーキも買おうと思いました。 見ると、横にシェークみたいなのがあって、白い物があったので「ココナッツミルクですか?」って聞いたら「そうだ」というので、どうしても水分不足になりがちなので、ラージサイズのココナッツミルクを思い切って買いました。 650円もしました。 シドニーだったら絶対に高くて買わない値段です。 ミルフィーユも買ってみましたが、あまりおいしくなかったです。 残念です。物価が異常に高いけど、こちらにはお金持ちの人が多いのでしょうか? でも、見ると道にたむろしている人(ポリネシア系)が多いんですよね。私も人の事あまり言えないけど、何もしないでぶらぶらしている人が多いです。 ただ、道に座っていたり、公園に座ってぼんやりとしている人が多いです。 9月は天中殺の月という事で、やっぱり色々ありました。 最初にビザの件でひやひやして、それからサングラスのケースをなくし、今日はカメラケースをなくしました。 気がつくとカメラが生でケースがとれていたのです。 こちらは日差しが強くしかも風も強いので、帽子が飛ばされてしまうことが多々あるので、何度も何度も押さえたり被りなおしたりしなければいけないし、日差しを避けたりしているので、知らない間にカメラケースが飛ばされてしまったのだと思います。 めがねケースもそうですね。 風に飛ばされてしまったのでしょう。 最悪はマルシェが開いていなくて、予定が大幅に狂ってしまい、体調も完全に崩してしまったことでしょう。9月21日(水)ニューカレドニア4日目朝は5時半にウェイクアップコールをレセプションにお願いしたけど、電話なかったので、自分から5時35分頃にレセプションに電話しました。 ウェイクアップコールを忘れたという事はシャトルバスの予約も忘れているかも知れないので、再確認を依頼しました。 シャトルバスは大丈夫だと言いました。 6時40分の予約でした。 バスは6時50分頃ホテルに来ました。 フランス人女性がひとり同じホテルから乗り込みました。 途中でバスが止まり、その女性と別の女性が降りました。 ヘンな所で降りるんだなぁ~。 一体何なんだろう。 って思ってそのままバスの中に座っていました。 運転手がバスに戻ってきたので、念のために聞きました。 国際空港に行くには別のバスに乗り換えなくてはいけないと言いました。 だったら、何故、私に言わなかったのか?と問い詰めても訳の分からない事を言って全然ダメでした。 別のバスに行くと女性ふたりは座っていました。 同じバスに乗っていたのだし、シドニーに住んでいる人であれば、英語だって出来るはずです。 何故に何も私に言わないで知らんふりが出来たのでしょう。 性格を疑いました。オーストラリアに午後12時前に帰国しました。 でも、入国審査で1時間以上も足止めをされてしまいました。 私は大学付属英語学校に合格した証明書を念のために持っていたのでそれを見せたし、大学の方はエージェントが入学確認書を持っているので、そこからFAXしてもらって下さいって言ったので、事は収まったと思いました。 実際、職員の人も「そんなに長く掛からないから待っていてね」って笑顔で言ったのです。 でも、なが~~~く待たされました。 エージェントには電話しないで、私が保護者のように思っていたリスゴウにいた時の例のおばあさんに電話したようです。 そして、彼女は私がオーストラリアに来た理由は単純に働く為だと言ったそうです。 そして、実際に仕事を探していたと言ったそうです。 確かにそういうアジア人って多いです。 彼女も私に仕事を探すように何度も何度に言っていたし、実際にプロに頼んでブロシャー用の写真を撮ってもらえとかブロシャーをプロに頼んで印刷しなさいとかフィットネス保険を掛けるようになどと仕事をするかどうか分からない前から何度もしつこく私に言いました。 私はそんな可能性のない事に無駄なお金を使うのはイヤだから本当に困っていました。 それだったら、シドニーに行って、ボランティアで気功を教えてもいいかななんて考えていたりしました。 ツーリストビザでお金をもらって働くのは違法なのです。私がオーストラリアに来た理由は日本震災が理由で、その後、東洋医学を学べる大学があるって知って大学に行こうと思ったのです。 どうしてそういう嘘をついたのでしょうか? 働く為に来たといえば、入国は不可能です。 ものすごくショックを受けました。 心に傷を受けてしまいました。 ますます他人が信用できなくなりました。 おそろしいですね。 あれだけ時間が掛かったのは、きっと長い間、たぶん1時間位、彼女があることないことをペラペラとしゃべりまくったのでしょう。 でも、しゃべればしゃべるだけ作った嘘のストーリーって一貫性が掛けてきてボロがでるのではないでしょうか。 私の主張は一環していたし証拠もあったので、無事に解放されました。 1時間以上も拘束されてしまいました。私は細木数子さんの六星占星術によると9月は天中殺の月なのです。 本当は遠くに旅行になど行ってはいけないのです。 でも、海外に出ないとビザが更新できないので、仕方ありませんでした。 今回、まず最初にニューカレドニアに入国の際に、ビザが必要かどうか調べなかったので、入国の際、相当な神経を削ってしまいました。 そして、1日目は日曜だったので、通常のマルシェが開いていませんでした。 2日目にマルシェに行ったけど、何故か開いていませんでした。 仕方ないので、お腹をすかせたまま暑い中、歩き回り熱中症に掛かってしまったようで、2日目は頭痛の為、ホテルのベッドで寝ていました。 ホテルスタッフのおばちゃんが親切に解熱薬を持ってきてくれました。 そして、親切に水道水をコップに入れてベッドまで持って来てくれました。 彼女がじ~~~っと見ていたので、水道水を飲み干しました。 その後、1時間以内です!! 吐き気を催して、トイレに駆け込みました。 3回くらい嘔吐しました。 私はいつもお水は沸かした物を飲んでいたのです。 生水だったから、あたったようです。 実際、食事は殆どしていなかったので、吐いたのは水状のものでした。それから、カメラケースとサングラスケースもなくしてしまいました。 ポロッっと落としてしまったのだと思います。 日差しが異常に強くて帽子を被っていたけど、風も強かったので、帽子を押さえる方にだけ気がいってしまって、風でポロっと落ちてしまったのでしょう。 天中殺、本当にイヤですね。 私が大病をした時も天中殺の年の天中殺の月でした。 もうイヤだ!! 勘弁してぇ~~~って心から思いました。それにしても、本当に心が傷つきました(≧σ≦)shock!! 私の母はその人は年取ったから、気が狂ったんじゃないって言います。 そういえば、気が狂った人って自分は気が狂っていないって言うそうですね。 彼女は他のリスゴウの人の事を「あの人、頭がおかしいのよ。 気が狂っているのよ。 リスゴウにはそういう人が多いの」と言っていました。 彼女もそのひとりだったのでしょうか? リスゴウって気が狂った人が集まっている町だったのでしょうか? だから人種差別が普通に行われているのでしょうか? 怖いですね。 とにかく、もう絶対に彼女とはかかわらないって思いました。 父の友人に保護者を依頼しようと思いました。 その人達はもう年金暮らしなので、シルバーパスという割引料金が利用できるそうです。 私が学生ビザに変えても学生割引料金で鉄道が利用できないと言ったら、自分達はシルバー割引料金が利用できるから、自分達の方がシドニーに会いに来てくれるって言ってくれました。 良心的ですよね。傷ついた心のままICNのJUNさんに会いに行きました。 入国審査官から電話は来ていなかったようでした。 ニューカレドニアで買ったリエットをおみあげに上げました。 フランスにホームスティした時にリエットが出ておいしかったので、ポークリエットを買いました。 食べ方も教えてあげました。 次の関門は健康診断だそうです。 体調を整えなくてはと思いました。 まだまだ全身疲労でいっぱいです。TonTonに行ってマーボ豆腐味噌ラーメンを食べました。 今回は注意深くエビチリは避けました。 安くておいしくてビルの中のオープンスペースにあるので、ひとりでも行きやすいから好きです。 12ドル80でした。
Nov 4, 2011
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9月18日(日)ニューカレドニア1日目朝は3時前に起きました。 暗い中、足早に駅まで急ぎました。 道にはよっぱらいがたむろしていました。 ちょうど、新宿の歌舞伎町的な感じで若者が道にたむろしているのです。昔と違って今はシドニーも朝まで営業しているお店も多いのです。4時43分始発の電車に乗りました。 通常は国際空港まで電車は直通で行くのですが、工事中のため、中央駅で降りなければいけませんでした。 それからバスに乗り換えました。 通常は空港までの電車代は16ドルくらいするのですが、ご迷惑を掛けているからというので、4ドルで国際空港まで行けました。 便はカンタスとの共同運航便でした。 一応、荷物も20キロまで預けるのが無料だったし、軽い食事も出ました。 暖かいものとシリオのどちらにしますか?と言われたので暖かい方を選びました。 豆のトマト煮とほうれん草のゆでた物の上に目玉焼きが載っていました。 ほうれん草はオーストラリアでよく出回っている腰の強いまずいものではなく、普通の日本で食べているイングリッシュスピナッチでした。エアホステスから入国カードが手渡されました。 書き進んでいくと、ビザ番号を記入する所が出てきました。 あせりました。 異常に忙しかったし、精神的にもいっぱいいっぱいだったので、ビザを調べる所まで気がまわりませんでした。 入国できずに別室に連れて行かれ、留置所みたいな所に入れられたらどうしようと思い、異常に気分が悪くなり不安状態に陥りました。 到着するとすぐに入国審査がありました。 入管待ちの行列に並んでいる時も不安で不安でいっぱいでした。 しかし、なんとか無事に入国できました。シャトルバスは約3000円でした。 マイクロバスみたいな物でした。 乗って待っていてと言われたので、バスの中で座って待っていたのですが、中々出発しませんでした。 1時間以上経って、仕方ないので「出発まで時間があるのなら、空港の中に戻って地図とかもらってきます」って言ったら「すぐに出発します。 地図ならあげるから」と言われました。 時間があることがあらかじめわかっていたら、もっと空港内をじっくりと見たかったです。 バスは発着に合わせて運行するとあったから、乗り遅れないようにとあせってバスに乗り込んだのです。約1時間くらいでホテルの前まで着きました。 ホテルはニュージーランドでも泊まったチェーンホテル系の大きな物ですが、ここのは4階建てのこじんまりとしたものでした。 冷蔵庫はあるけど、電子レンジはありませんでした。 アイロンはありました。 インターネットについて聞くと、無料で1台あるPCを使えるそうでした。 やはりオーストラリアはインターネット代が高いので悪名高いけど、やっぱり特別なのですね。 日本もヨーロッパもアジアもホテルにPCがあり無料です。今日は日曜日なのでお店はすべてお休みだそうでした。 でも、もう午後1時過ぎていたのでお腹がすいていたので、どこで食料をGETできるか聞くと、近くで特別にマーケットが午後6時まで開かれているというので、行ってみました。 たいしたお店はありませんでした。 パエイヤが約900円で売っていたので買おうと思ったらあと1時間経たないと出来ないといわれてしまい、泣く泣くあきらめました。 その隣でチャーハンを売っていたので「チャイニースですか?」って聞いたらインドネシアだと言われました。 だったら「ピサンゴレンはありますか?」って聞いたけど、お芋のあげたのしかないと言われてしまいました。 ナシゴレンとサティを買いました。 約700円でした。 少しインドネシア語を使ったら、お店の人から「インドネシアに住んでいたのか?」と言われてしまいました。 とにかく、同じ東洋人である私とお話できてうれしかったようでした。 ただ、インドネシア原住民は中国人は大嫌いなのです。 私が東洋系でも中国人じゃなかったから歓迎されたのでしょう。外は異常に暑いので、汗をかきました。 シャワーを浴びてから珈琲を入れ、その後、食事しました。 朝が3時前に起きたので、とても眠かったので、思い切って寝ました。 お店もやっていないのだったら、仕方ないですね。 身体が疲れているから、また無理して体調をくずしてもいけないと思いました。夜、レセプションから存在確認の電話がありました。 私がおとなしくしていたので、部屋にいるかどうか確認したかったようです。 パソコンを使いたいと言ったら、今、男性が使っているから駄目だと言われたので、終わったら電話下さい、と言いました。 それから2時間くらい待ちました。 夜10時過ぎたので、レセプションに行きました。 すると、すでに終わっていたようでした。 忙しかったから連絡を忘れたと言われました。 忙しいって言うけど、私は客を殆ど見ていません。 そんなに異常に混むほどではないと思います。 若干、頭にきました。9月19日(月)ニューカレドニア2日目朝、マルシェ(朝市)に朝食を買いに出かけました。何故かやっていませんでした。 その後、引き続き、食料を探して市内を歩き回りました。 疲れてホテルに戻り、マルシェがしまっていた事とQuickはどこにあるのか聞きました。 フランスのファーストフード店でパンオーショコラとかも置いているのです。 バスで行かないとQuickはないと言われてしまいました。 仕方ないので、サンドイッチの買えるお店を紹介してもらいました。 そういうお店の事をこちらではスナックって言うらしいです。近くのお店でパニーニを買いました。 パンが600円もして本当に驚きました。 後で分かった事ですが、普通のコッペパン式のパンに生レタスやハム、トマトなど新鮮な野菜をはさんだものは200円位で別のお店で売っていました。私はそういう野菜の入った物が食べたかったのです。 確かに一番近いけど、かなり高いお店を紹介されてしまいました。 でも、疲れきっていたので選択の余地はありませんでした。朝食も食べずに暑い中を歩き回った為か少し調子が悪くなりました。 朝食後少しだけ横になって寝ました。 でも、何も食料もドリンクもなかったので、勇気を出して思い切って強い日差しの中、また出かけました。 ホテルのレセプションが紹介してくれたスーパーを目指しました。 あったけど、シドニーの2~3倍の値段でとても買えませんでした。 リエッタだけは缶詰としては高いかもしれないけど、何とか我慢できる値段でした。 スーパーで全部済ませようと思ったら、パンを売っていなかったので、パン屋に行きました。 フランスにあったパン屋みたいな感じでした。 バゲットを買いました。 110円くらいで買えました。 これだけは安いですね。 日本でおいしいバゲットを買おうとすると400円以上してしまいます。部屋の珈琲のパケットなどがなくなっていたので、レセプションに頼みました。 部屋で待つようにと言われたので、待っていましたが、中々来ないのでまた忘れたのかと思い、パジャマに着替えて横になっていました。 すると、お部屋係りのおばさん(ポリネシア系)がタオル取替えとともに珈琲パックも持ってきてくれました。 私が頭痛がして調子が悪いと言うと「暑い中出かけたのか? 強い日差しは身体にも肌にも悪い」と言われてしまいました。 「レセプションに頭痛薬ありますか? アスピリンとか」と言ったら、持ってきてあげるから待っていなさいと言われました。 その薬名は昔飲んだ事のあるフランスの頭痛薬でした。 たぶん熱中症に掛かったのですね。 2錠持ってきてくれました。 ひとつは今すぐ飲んで、もうひとつは夜飲むようにと言われ、ご親切にコップに水道水を入れてベッドまで持って来てくれました。 私が飲むのをじ~~っと見守っていたので、飲み干しました。 その後、またベッドに横になりましたが、しばらくして身体を横に傾けると。。。グッとこみ上げてきました。 嘔吐です。 お部屋を汚すとイヤなので、すぐにトイレに駆け込み便器を上げました。 3回くらい嘔吐が来ました。 朝からたいした物を食べていないので、水状のものがでました。 たぶん、生水が原因だと思います。 私はいつも沸かした水を飲んでいたのです。 でも、お部屋係のおばさんが親切に水道水を持ってきてくれたからうっかりと飲んでしまったのです。 調子悪いので、また横になりました。エレベータの前にホットスポットというのを見つけました。 WiFiです。 椅子があったのですが、ペンキ塗りたてで座れないので、立って少しインターネットをしました。 このホテルは街中心部にあるので、ベイの方の観光のホテルよりも若干安いです、そして、ひとり滞在の人が多いいようです。 一人滞在だから、静かでいいです。 グループだとどうしても騒ぐ人がいるのでうるさいですね。 ここはフランス人が多いから、「ボンジュール」って声を掛け合います。 フランスではお店に入っても「ボンジュール」って挨拶するのです。夜遅くになってやっと少しよくなったので、汗をかいたからシャワーを浴びて髪も洗いました。 頭も汗をかいていたのです。 さっぱりしたらさらに体調がさらによくなりました。 でも、まだ頭痛はします。
Nov 3, 2011
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9月16日(金)テスト前日何とか自分自身に頑張ってって言って勉強しようとするのですが、身体が疲れているので、すぐに目をつぶって寝てしまったりしていました。9月17日(土)IELTSテスト朝5時に起きて少し勉強しました。 明るくなるのを待ってアパートの地下に洗濯に行きました。 家は朝7時半過ぎに出ました。 8時から8時半までの間に試験会場につかなくてはいけないのです。 ウィンヤード駅までは歩いて約30分以上も掛かります。 ナビタスという英語学校で試験は行われます。 最初にリスニング30分、リーディング1時間、ライティング1時間20分、これらが通しで行われました。 トイレ休憩なしでした。 英語学校ではいつも各試験の間に10分間の休憩があったので、通しで行われると知って戸惑ってしまいました。 リーディングは全く出来ませんでした。 途中で集中力がなくなってしまったのです。 私のスピーキングのテストは午後4時だというので、まだ4時間もあるので家に帰りました。 日差しが強かったので、とても疲れました。 家でお昼をゆっくり食べてから、午後3時過ぎにまた出かけました。 スピーキングのテストはスティーブンという先生でした。質問がヘンなものばかりでうまく受け答え出来ませんでした。 普通は試験管は慣れているから誘導してくれるので大丈夫と学校の先生から言われていたのですが、「泳ぐ事は出来ません」って言ったのに、次の質問が「泳ぎに行くのなら海とプールどちらがいいですか?」と頓珍漢な流れのものばかりでした。 終わってから主張→理由→例というのを思い出し、失敗したなと後悔しました。 帰りは日差しが弱く少し涼しくなったので疲れませんでした。3万円以上も掛かるテストを失敗してしまい、とても気分が悪くなり気持ちが落ち込みました。
Nov 2, 2011
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9月13日(火)図書館で検索図書館に行くと体調が悪くなるけど、ニューカレドニアについて何も知識がないので、概略だけでも得ようと思って仕方ないから、10頃から2時過ぎまで図書館で過ごしました。結局、今日は全く勉強は出来ませんでした。 家に帰ってからは、母に電話したり、7月下旬から溜まっていた出納帳の記入をレシートとあわせながらしました。9月14日(水)まだのど風邪家で切れかけていた日用品とか旅行に必要な物を買いに近くのスーパーに出かけました。 本当はマーウィックビルに出かけた方が品物がよくて安い物が手に入るので、いいのだけど、その時間がなかったので、いつも行っているワールドスクゥエアビルに出かけました。 液体洗剤を買ったので、手洗いで旅行に持っていくTシャツを洗いました。まだまだ風邪は続いていますが、家でゆっくりしていると段々とよくなってきそうです。 今までは全くよくなる徴候もなかったけど、やっと少しいい方向に向かっていきそうです。 インドネシアのマリアにアコモデーションの探し方のサイトを教えてあげたけど、その後、返信はありません。 やっぱり、レントを教えなくてよかったと思いました。 結局、Yちゃんみたいに個人情報を友達だからと教えても、他人にペラペラしゃべってしまい、その挙句に、自分で言ったのが悪いんでしょう。 それだったら、初めから言わなければいいでしょう。と言われると思うので、あらかじめ信用しない方が自分の為ですね。 他の日本人からも同じように「自分で言ったんじゃない」って言われた事があります。 親切にしても逆にお返しされ暴言をはかれたのでは溜まりませんね。 病気の徴候がある人がいても、自分を抑えてアドバイスは極力しないようにしようと思いました。 将来、私のお店にきちんと普通に来てくれてお金を支払いアドバイスを受けに来る人以外には絶対に教えない事にしようと心から思いました。9月15日(木)まだあきらめていなかったのに!!父が何人かの友人に手紙を書いたらしいです。 電話がありました。 電話番号が間違っていたらしく、何度も何度もトライして、やっとたどりつけたとか。。。 間違えてシドニーの国番号が頭についていたらしいのです。 しかも、私の連絡先として何故か電話番号と住所を書いたらしいです。 住所って普通は危険だから知らせないですよね。 メルアドの方は知らせなかったので、電話でやりとりしたのですが、私のメルアドにはアンダーバーが使ってあり、それを何度もお知らせしたのですが、それがキーボードのどこにあるのかわからないからメルアドがタイプできないというのです。 こちらのお年寄りって何故か一本指打ちなのです。 普通はパソコンって両手でピアノを弾くように打つでしょう。 でも、一本指で力強くぽんぽんとキーボードを見ながらたたくのです。 だから、どこにキーがあるのかわからないのだと思います。 普通はキーを見ないでタイプすると思うのですが。。。何度か電話がありました。 私からもメールを送ろうとしたけど、セキュリティーが掛かっていてホットメールは受け付けないようなので、私からの送信は駄目でした。 そんな事でヘンな無駄な時間が随分掛かりました。 夕方には私と同年代の父の友人の娘(オージー)ジェニンから電話がありました。 「どうしたの?何があったの? 一体どうしたの?」と言います。 そういえば、朝から電話が何度か来ている人も「どうしたの? 何か深刻な問題でもあるの?」と言いました。 父はタダでは私のために動かない人だとは思っていましたが、きっとまたヘンな事を言ったのですね。 信じられない。 しかも、まだテスト前で体調も整えたかったし、精神を整えて勉強にも打ち込みたかったのに、全く出来なかった。 どうしてこういう一番大事な時期にこういう事をするのでしょうか。 子供の頃も私が勉強をしようとすると、騒音を立てて勉強できないように妨害したけど、相変わらずなんだと関心しました。 3万円以上も支払ったテストです。 しかも、もうこれがラストチャンスなのです。 一体どういうつもりなんでしょうか。 かなり頭にきました。相変わらず体調不良だけど、旅行の準備もしなくてはなりません。 駅に行って電車について問い合わせると、工事の為、電車はストップするそうです。 バスを使わなければいけないようです。色々やらなければいけないことがあるのに、どうして、余分な事をこの大事な時期にするのか理解に苦しみます。 本当に頭にきました。 ひどい風邪にもかかわらず、倒れそうな位に頑張っているのに、その努力を無駄にするような事をどうしてこの大事な時期にするのでしょうか。 本当に本当に頭にきました。 駅にいてもまた父の友人から電話がありました。あまりにもヘンな大げさな電話が多かったので、SMSメールもチェックしていませんでした。 夜7時過ぎになってやっと落ち着き、携帯を見てみると、いくつかメールが入っていました。 留学センターのJUNさんからでした。 UTSと西シドニー大学の東洋医学のコースから入学許可確認書が届いたとの事でした。 父のヘンなおせっかいだか意地悪に振りまわされて、肝心の物をチェックする余裕もありませんでした。 もちろん、勉強は全く出来ませんでした。 JUNさんに電話すると、留守電になっていました。 でも、しばらくして電話がありました。 SMSメールだけでは信じられなかったので、直接、確認したかったのです。 やはり、合格でした。 正直、うれしいです。 これで来年2月から東洋医学が勉強できます。 つらい道のりでした。 西シドニー大は特に外人枠が2名のみだったので難関でした。 UTSはシティの大学なので、超難関でした。 英語学校はシティでも大学は無名の地方の学校に行く人って多いのです。ジェニンからも電話がありました。 「何か必要な物ない?」って言われたので「色々ないです。 ヘアドライヤーも友達から借りているし。。。」って正直に言ったら、急に声の調子が変わり「ウチも4~5年前に越したばかりだから、ないものばかりで救世軍でセカンドハンド(中古)を買ってるのよ」って言われました。 たぶん、彼女は日本に住んでいたから、普通の日本人しかしらないのでしょう。 普通の日本人であれば、「大丈夫です。心配しないで」って遠慮してお断りする所なんでしょうね。 だけど、私が本当のことを言ったから、サポートはしたくないから、ウチだって5年間前に越したばかりで物がないんだって言ったのでしょう。 でも、彼女が日本に来た時は、ウチや他の日本人が自分の家にあった新品の物を彼女に無料であげたのです。 必要な物の95%位は地元の日本人が親切にそろえてあげたのです。 住む所だって庭付きの一軒家を格安の月2万円で母が貸してあげたのです。 そうなんですよね。 結局、日本人はお金持ちだから、お金の流れは日本人から外人で外人から日本人はNGなのでしょう。 ジェニンが日本にいた時も、何故か父親だけ食事に招待していました。 私と母は無視でした。 そして、レストランでのディナーから帰ってきた父は「あぁ~お腹がすいた。 何か食べる物ない?」と言って夕食を普通に食べ始めたのです。 オーストラリア人はケチですね。 奢ってくれるって言っても、初めから日本人が食べる事は想定していないのですね。 日本人は遠慮してあまり食べない事を想定して誘ったのでしょう。 私と母が一緒に行ったら、普通に食べてしまうかも知れないから、誘わなかったのでしょう。 私は別に恵んでもらおうなんて初めから思っていません。 だけど「何か必要な物ない?」って言われたから、正直に答えただけです。 でも、その事でその人の本性が現れてしまいましたね。 私の考えでは、夕食に招待するというのは普通に食べていいという事だと理解してしまいます。 日本人だからって遠慮して食べないで我慢しているのが普通だと決め付けているなんてヘンですよね。「遊びに来れば」って言われたので「そうですね。 テストが終わったら」と具体的に言ったら、ウィークディは働いているから忙しいし、ウィークエンドは色々なスポーツをしていて家にいないので、夜くらいしか時間がないと言われました。 これも結局、お愛想のお誘いだったのですね。 私は外人化現象した日本人だから、言葉通りに受け取って本気にしたから、困って忙しいと言い出したのでしょう。 なんだか面倒くさい人だなぁ~と思いました。本当の事じゃないのなら、初めから言わなければいいのにって思いました。本音と建前っていうのでしょうか? もっと正直に生きようよって心の中でジェニンに言いました。
Nov 1, 2011
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朝6時半頃起きてシャワーを浴びて朝食の準備をしました。 ちょっと早いけど8時20分頃には家を出ました。 学校の事務局は普通のオフィスのようなとても綺麗で整った所でした。 小さな8人くらいの人が入って会議が出来るような部屋で、ひとりテストを受けました。 文法のテストとエッセイでした。 文法が20分、エッセイが40分でした。 試験官の先生はロレインという上品で知的な人でした。 事務所も先生もみんなおしゃれな映画に出てきそうな感じでした。 私は「I am a fast learner」という事実をあらかじめお話しました。 結論としては「あなたのその言葉を信じましょう」という事でみごとDEEPに合格しました。 それを聞いてとても私は舞い上がるように喜びました。 思わず抱きついてキスでもしてしまいそうな勢いでした。 それから、事実をお話しました。 「私は英語は7月から習い始めました。 それまでは入退院を繰り返していたので、英語はずっと使っていなかったのです。 だから、7月からはじめたのに、早いでしょう!!」と先生に言いました。 引き続き病気の事とか何故、大学で勉強したいのかなどもお話しました。 後で考えてみたら7月っていっても、7月第3週からでした。 まさにFast Learnerですね。 通常の人は2年位はこちらで英語学校に通ってから大学という事を考えるらしいです。 帰りに留学センターのJUNさんの所に報告に立ち寄りました。 今までDEEPにストレートで合格した人はいなかったそうです。 「さすがですねぇ~。 すごいですねぇ~」と言われました。 UTS大学の語学学校なのですが、10段階あり、DEEPというのは一番上の段階です。 英語学校と言っても、DEEPの段階は大学に入る為の準備の勉強なので、主にレポートの書き方とか論文の書き方、文章のまとめ方などを勉強します。 DEEPに合格しなければ、その下、それも駄目ならさらに下の段階から始めなければなりません。 他の語学学校に比べると格段と授業料が高いので、DEEPのすぐ下の段階から始めたとしても100万円もかかってしまいます。 そんな大金払えないです。帰りにGreenwich語学学校に立ち寄り、教務室を覗いたけど、ロキシーがいなかったので、一番上の男性先生に聞いたら「今、ミーティング中だから15分後に来なさい」と言われてしまいました。 仕方ないので、帰ろうとしてもう一度覗いたら、ロキシーがいたので、声を掛けました。 そして、DEEPに合格した事を報告しました。 IELTSの結果も報告に来てねと言われてしまいました。一度家に帰り母に電話したりしてから、また出かけました。 精神的に追い詰められいっぱいいっぱいで倒れそうな位でした。 やっと落ち着きました。 ギリギリの所まで頑張った自分へのご褒美をあげたくなったので、和食のお店にひとりで出かけました。 シドニーのメインストリートのジョージストリートにあるビルの中のオープンスペースでやっているカジュアルなお店です。 ラーメンとかから揚げをやっています。 私はエビチリセット10ドルを頼みました。 えびがぷりぷりしていてとてもおいしかったです。 帰りに日本の食料品店で料理酒がセール中だったので買いました。 これで料理に幅が出来ます。少し違うルートを通って家に帰りました。 すると、家の近くにアジアの食料品店がある事がわかりました。おそるおそる中に入って色々じっくりと見ました。 すると、なんだか耳の辺りがかゆくなり、それから顔もかゆくなって、胸まで。。。 へんな虫でもいるのかなぁ~と疑ってしまいました。 そこは中国系のインドネシアの人が経営しているお店でした。 私は相変わらずひどい風をひいたままで、のどの調子が異常に悪いので、声が嗄れているから、言わなくても風邪だってすぐに他人に分かってしまいます。 インドネシアのドリンクでのどにいいのがあるというので、1ドル50で薦められて苺味を買ってみました。 タロイモのはいったココナッツクリームのスィーツも2ドル50で買いました。 電子レンジで3分暖めて食べる冷凍食品でした。家に帰って鏡を見ると、顔が真っ赤でした。 身体が相当疲れていたのに、海老を食べたからじんましんが発生したのです。 近くの薬局に出かけました。 そして、薬剤師さんに相談しました。 私はいつもビタミンBを飲むとすぐに治るって言ったのだけど、それプラス「これを一緒に飲むとすぐにアレルギーがひくから」と言われ、アレルギー止めのお薬も買ってしまいました。 全部で20ドルでした。 でも、ビタミンBは勉強で身体が疲れたときには毎日でも飲める物なのでいいかなとも思いました。 本当は先日の病院を利用すれば保険適用でタダだったのですが、そこまで行くエネルギーがもう身体には残っていませんでした。 でも、家に帰ってこのふたつをすぐに飲んだら、本当にじんましんがすぐに引いていきました。
Sep 12, 2011
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最後まであきらめずに、復習を念入りにしました。インドネシアのマリアからフェースブックを通してショーとメッセージがありました。 自分もシドニーに移動したいので、レントがいくらか教えて欲しいとの一言メッセージでした。 もちろん、私は自分のレントがいくらかは教えません。 だってそれは私のプライベートでしょう。 どのウェブを見たら、物件が見つかるかは教えてあげるつもりです。
Sep 11, 2011
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昨日は疲れてしまって、金曜日に受けたテストの復習が出来ませんでした。 今朝は6時前に目が覚めたので、寒いので防寒用のガウンに身を包み、復習をしました。 最近、身体が疲れているせいか、昼間でも自然と目をつぶってうとうとしてしまう事が多いです。月曜日のテストの下見に午後は出かけました。 UTSはブロードウェイの方だって聞いていたので、歩くと40分も掛かるから、バスじゃないとだめだと思っていました。 でも、中華街のちょっと先なので、家から歩いて20分の距離でした。 近いです。 ますます行きたくなりました。 帰りにパディーズマーケットでフルーツを買いました。 中華街では獅子舞が各お店を回って日本の獅子舞みたいに噛むようなしぐさをしていました。 獅子舞は4つくらいはいたと思います。 横浜中華街の獅子舞は完全なる観光的な出し物ですが、こちらの獅子舞は商店の繁栄の為の舞でした。 横浜中華街は本当にディズニーランドみたいに観光目的に作られた物で、同じお店が何件もあったりしますが、こちらの中華街は横浜に比べたら規模的にははるかに小さいですが、地域密着型なので、色々な普通の漢方薬のお店が何件もあるし、中国系パン屋、グローセリーなども何件もあります。 横浜みたいな同じ経営者の系列店ではなく、独立したそれぞれのお店です。 アミューズメントパーク的ではなく普通の町なのです。
Sep 10, 2011
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午前中日本時間の9時半にオジはFAX送信してくれたようです。 今は日本人の人とはおつきあいしていないので、JUNさんの所に直接、FAX送信してもらいました。 JUNさんは受け取ったら電話くれるって言ったのに、電話来なかったから、私からお昼過ぎに電話してみました。ちゃんと無事に届いたのかどうかっておじや母から心配の連絡がありました。 昨日はオジ夫婦を私の両親が食事に招待してごちそうしたそうです。 久しぶりに4人で食事できてよかったとおじが言いました。 午後4時前に学校に行きました。 先生に思い切って言いました。 「前回私がテストでいい点数が取れなかった原因のひとつには教室が騒がしかったからです。 出たり入ったり、携帯の音をさせたり、母親と携帯電話で話したり、生徒同士でおしゃべりしたり。。。試験を受けるマナーを知らないからだと思います。教えてあげていただけますか?」とお願いしました。 今日はとても静かに試験が受けられました。 しかし、試験結果は思わしくありませんでした。 やはり体調悪化が原因だったのでしょうか?最後のスピーキングテストはこの学校で2番目にえらい先生のロキシーという女性の先生が先週に引き続き別室でIELTSのテストと同じように行ってくれました。 しかし、今回は一生懸命になりすぎたせいか、文法の間違い、時制がごちゃごちゃになっていたようです。 前回は文法は大丈夫だったのに。 最後に「結果を報告に来てね」と言われました。 私がストレスがかなり溜まっていて深刻な状態なので「テストに失敗したって別に世界が終わるわけじゃないから気楽にね」と言われてしまいました。今日は今週からクラスに入ったらしい、韓国人の男の子から「日本人ですか?」って日本語で話しかけられたので、「私も韓国語できます」と韓国語で返しました。 TVドラマの影響か、口から出てきた韓国語が少しソウルなまりっぽくなっていて自分で少しびっくりしました。 相手の男の子もソウルなまりだからびっくりしたようでした。 久しぶりに韓国語を話しました。 試験間近でストレスがかなり溜まっているし、風邪も相変わらずひどいので、身体がかなり疲れています。その上、今日のテストに力を注いだので、あまりにも疲れたので、帰りにワールドスクゥエアビルに寄って、韓国人がやっているお惣菜屋で夜になると値下がりするパックを買いました。 ご飯の上にカレーと小さく刻んだチキンのから揚げ野菜炒めが載っている物を選びました。 韓国語で「これ、下さい」って言ったら、今日はおばちゃんだったので、韓国語で少し話しました。 私が大学に入る為に英語を勉強してると言ったので、かわいそうに思ったのか、5ドル出したら、おつりが多かったです。 まけてくれたのだと思います。 カレーは日本の昔ながらの家庭のカレーと同じです。 量が多いので、半分だけ食べました。 久しぶりに韓国語を話して、少し心がやわらぎました。
Sep 9, 2011
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おばのだんな様なので血縁関係はないオジですが、FAX送信を依頼しました。 昨日私がおじにメールして、今日は母がオジの所に行ってお願いするそうです。本日のランチでした。 間違えて買ってしまったきしめんパスタです。
Sep 8, 2011
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結局、体調が少しよくなってもまた悪化した原因は図書館だったので、もう図書館に行くのはやめました。 図書館に朝行くと、午後4時ごろまでご飯が食べられないし、時々クーラーが掛かって寒くなってしまったり、風邪をうつされてしまったりするのす。大学に提出するサポート書類が必要なので、母に連絡しようと思って電話したら、東京に言っていると言われました。 忘れていました。 サポート書類はすぐに見つかったようです。 まとめてしまっておいたので、わかりやすかったようです。 安心しました。 母は私がシドニー大学(一流大学)に行けると勘違いしていたようです。 UTSという技術大学だと教えてあげました。学者にでもなるのであれば、シドニー大学がいいと思いますが、一般人はそんな大学を出ても東大と一緒で役立たずです。体調がさらに悪化して、2回も下痢になってしまいました。
Sep 7, 2011
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昨日ICNに行った時に医者の予約をしてもらおうとしたら、夕方ですでに予約が締め切られていたので、翌日、火曜日の朝一番10時の予約を取りました。 解熱剤、うがい薬をもらいました。 医者によると、一年のうちこの時期はみんな体調が一番悪くなる時期だとのことでした。 先生自身も私と似たようなのど風邪の症状がありました。朝からパーソナルステートメントの仕上げをしていますが、中々まとまりません。 ただ、昨日新たに医療関係で働いていた事を思い出したので、また少し文章を変更しました。 そして、やっと午後4時前に仕上がり、送信できました。 お疲れ様でした。 その後、またIELTSの勉強に取り組みました。ちょっと贅沢してランチにお寿司を食べました。600円以下でした。
Sep 6, 2011
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ICNに金曜日の模擬試験の申し込みに行きました。 すると、JUNさんからUTSに提出するパーソナルステートメントをウェブからダウンロードして今日中か遅くても明日までに送信するようにと言われてしまいました。 4つのカテゴリーにそれぞれ300字以内で文章を作ってあったのですが、いざ、ホームに入れてみると入りません。 かなりコンパクトにしなくてはいけません。 でも、体調がかなり悪いので、中々進まず、気がつくと目をつぶって下を向いていびきで起きたりします。 のどの調子が悪いのでいびきがでるのです。 神経も集中できないので、仕方ないから寝ました。
Sep 5, 2011
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体調が悪かったけど、頑張ってパディーズマーケットに夕方行きました。苺パックが2ドルで買えました。 卵も10個入りが2ドルでした。
Sep 4, 2011
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まだまだ熱っぽいし、咳も鼻水もあります。 でも、頑張って図書館に行きました。
Sep 3, 2011
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試験勉強はできず、ギリギリまでパーソナルステートメントの作成に悪戦苦闘していました。4項目あるうちの1と4はすぐに出来て先週先生にも、ICNのJUNさんにも見てもらったのですが、その後体調が悪くなってからは、2と3が滞ってしまっていたのです。 ギリギリになっても1項目は中々300字以内にまとまりませんでした。クラスにはもう知っている人はふたりくらいしかいませんでした。 しかも、そのふたりは先週知ったばかりの人達です。 ひとりは日本人男性でもうひとりは中国系のインドネシアの女の子です。 ふたりとも今月上旬にIELTSを受けるらしいです。今日はテスト全く出来ませんでした。 6.5と7にあがったはずだったのに、なんと5.5とか5というとんんでもない結果が出てしまいました。 スピーキングはロクシーというこの学校のナンバー2のベテランの女性先生が担当してくれました。 発音と文法はいいけど、スピードが遅いと言われてしまいました。 5.5という残念な結果でした。 来週もまたロクシーが面接してくれるそうです。 いくら体調が悪いからって、こんなにテストに差が出る物なのでしょうか? もともと実力がないのでしょうか? とても不安になりました。
Sep 2, 2011
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まだまだ薬は飲んでいるし、熱もありだるいけど、咳は前ほど激しくでなくなりました。 それなので、大学に提出するパーソナルステートメントも先生に見てもらいたかったので、やっぱり金曜日の模擬テストを受けに学校に行こうと思いました。 学校の受付の人は怖いので、ICNに行きました。 そこの女の子に申し込みを頼んだら、学校に電話してくれたのですが、事務の人は予約しないで来ていいって言ったのに、わざわざ受付の子に代わってもらってまた聞きました。 すると、直接私が学校に行って申し込まなくては駄目だという事を言われたそうです。 エージェントは通せないといわれたそうです。 でも、その電話に出た日系の子はとてもいい子だから、彼女に応対してもらったら大丈夫というので、勇気を出して学校に向かいました。エレベータが開くとすぐに受付が目の前にあります。 そこで、あの色黒のやせたサーファー系の怖い子が手を振って私の名前を呼びます。 「こわっ!!」と思いました。 ICNの子が言っていた日系の子でいつもニコニコしているというのは、色黒の怖い女の子でした。 誰に対しても変わらずニコニコ親切に応対してくれるのはシルビアという色白の女性でした。 「こわっ!!」と思ったので、後ずさりして、またエレベータに乗って帰ろうかと思いました。 すると代表取締役のシンさんが出てきました。 「お話聞きましょうか?こちらで。。。」と受付の前のソファーを指すので「個室がいいです」と言いました。 今までに受けてきた事をお話しました。 シンさんは「僕が謝ります。僕からよく話を聞いてみましょう」と言うので「謝罪は無用です。 特になにもなさらないで下さい。 このことは他の人には言わないで下さい。 もしかしたら、また継続してこの学校を受講するかもしれないので、さらに激しい意地悪をされたら困るから」と言いました。 「受付の人が怖いので、エージェントを通して今後は申し込みたい」と言いました。 すると「ICNだったらできるよ」と言いました。 つまり、受付の子はICNを通して申し込めたのに、わざわざ私を学校の受付まで呼びつけたのですね。 シンさんは日系ですが日本語はしゃべりません。 上品な英語のネイティブです。身体がだるくてずっと勉強できなかったけど、とりあえず、パーソナルステートメントだけは何とかしようと思い、家に帰ってから頑張って頑張って自分に鞭を討って「ガンバレェ~~」て励ましながら体調をこらえて取り組みました。
Sep 1, 2011
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昨日よりもさらに熱が出たようです。 身体が熱いです。 朝からにんにく炒めを作りました。 午後2時過ぎに水が止まりました。 ご飯を作ろうとしていたのに、ショックでした。 仕方ないので、お湯がポットにあったので飲みました。 そして、寝ました。 夕方になり、恐る恐る水を出してみると、出たのでご飯を作りました。 にんにくとズッキーニを焼いてみました。 それとラフランスを食べました。 だんだん、よくなってきたので、汗をかいていたので思い切ってシャワーを浴びてみました。
Aug 31, 2011
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洗濯してから、図書館に行きました。 熱が出てきたみたいで中々集中できないので、3時前には帰りました。 家に帰る前に学校によって金曜日のテストの予約をしようと思いました。 でも、いつもの受付のシルビアがいなくて、かなりきつそうな東洋人の女性がふたり待ち構えていました。 かなりいじわるでした。 「この登録フォームに書きなさい」って命令口調で言われたので、「いつもはそういう事は言われないし、すでに登録はしてあります」と教えてあげました。 だって、生徒番号だってあるし、彼らの学校内のウェブにもその登録情報は載っているのです。 ぐずぐずとしていたら、携帯にICNのJUNさんから連絡が入っていました。 身体の調子も悪く、こういう理不尽な扱いはイヤなので、また後で来ようと思い、後にしました。 ICNに行ったら、若い事務の子から「お元気ですか?」って言われたので、正直に体調が悪い事を言いました。 すると「予約しましょうか?」って言ってくれたので、保険が効いて支払いなしなら行きたいといいました。 JUNさんの方から東洋医学のコースを持っている大学はシドニー周辺には2つしかないので、競争倍率が高いかもしれないので、念のために西シドニー大学の方もアプライすることになりました。 西シドニー大学はヘルスケアサイエンスの学部があるので、スヨンが看護学を学びに行く大学でした。 看護学部はパラマータというシドニー中心地から1時間くらいの通える範囲の振興都市です。 犯罪が多いですね。 静かな高級住宅地では全くありません。 エスニック系が済んでいる若干危険な香りのする振興町です。 昔に比べたらかなり大きな都会的な町に発展しました。 でも、東洋医学のある場所はパラマータではなく、さらにさらに遠い所で、引越ししない限り通えないような所です。 でも、得点としては大学院の資格がもらえるそうなのです。 ただし、外人枠はふたりだけです。 いずれにしても厳しいです。 選考も厳しそうです。一度家に帰って、軽くランチを忙しく取ってから、すぐにまた出かけました。 クリニックが4時の予約だったのです。 「通訳つけますか?」って言われたので「結構です」とお断りしました。 通訳って言ってもふつうのおばさんです。 カタカナ英語なんですよ。 私の方がずっと英語が上手なんじゃないって正直思いました。 日本語の出来ない聖ビンセント大学のおじさん医者でした。 特に難しい英語はありませんでした。 たくさんの薬を処方されました。 日本と違ってうがい薬は薄めないでそのままするようです。 そしてそれを4時間ごとにするとか他の薬も6時間ごととか8時間ごととか色々こまかく決められています。 のど飴まで処方されました。 うがい薬、抗生剤、解熱剤、のど風邪用の液体の飲み薬。。。同じビルの地下の薬局に行ってお薬を受け取りました。 それから、また学校に行ってみました。 でも、いつものネイティブの日系だと思っていたシルビアはいなくて、またヘンな意地悪の東洋人でした。 その人は私がEnglishClubに参加しようとした時にもかなりの意地悪をした人でした。 EnglishClubは先着18人なので、時間になるとすぐにいっぱいになってしまうから、早く行った方がいいと受付のシルビアから言われて、早めに行ったので2番目くらいでした。 すぐに椅子に座ろうとしたら、その間に立ちはだかって幅寄せされて椅子に座らせないだけでなく、荷物さえも犯せなかったのです。 そして「ここはEnglishClubです。あなたのクラスはどこなの? レベルは?」と何度も何度も繰り返し聞くのでそのたびに丁寧に答えました。 中々、私を許しませんでした。 そのうちに続々と人がどっと一気に入ってきて、すぐに席は埋まりました。 私は仕方なく、他のクラスに移動しました。 そこで無理やり受けても、また意地悪されるだけだと思ったのです。 それよりも普通のネイティブの先生のクラスで受けた方がずっと心地よかったです。 今回は、体調も悪かったので、また何をされるかわからないので怖いから、あきらめてそのまま家に帰りました。身体がだるいのに無理して学校に行って、お金を支払うのにあういう態度はないんじゃないのかなと思いました。熱は37.5度あるので汗ばんでいました。 家に帰るとさらに身体が熱くなってきました。 本格的な流行風邪インフルエンザですね。 薬局でも私と同じ症状の人が薬剤師に何かいい薬はないかと聞いていました。 私は母から言われたにんにくをたくさん買って帰りました。 そして家に買えると、にんにくのスライスをマシュルームと共に焼きました。 塩味にしたのでおいしかったです。
Aug 30, 2011
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9時半頃には図書館に着いて、勉強しました。 身体が疲れて中々進まない。 ヘンなひどい咳が時々集中的にに出てきてのども痛くなってきました。
Aug 29, 2011
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26日金曜日からの咳風邪が中々よくなりません。 結核だったらどうしようなんて考えたりします。 3時半過ぎに週末だけ開かれる中華街にあるパディーズマーケットに行きました。 たくさん野菜を買いました。 前回、バナナが異常に高かったので、もう絶対にバナナは買わないって思ったけど、値段が若干下がっていたので、小さなバナナを2本袋に入れて恐る恐る「これ、いくらになりますか?」って聞いてみました。 1ドル50だというので、日本で買うのと比べらず~~と高いけど、買ってみました。 ラフランスを2個買いました。 50セントでした。 その後、色々買ってから帰ろうとしたら「ワンダラー」と声がするので近づいてみると、ラフランスがたくさん入った籠が1ドルでした。 即買いました。 8個もありました。 つまり全部で10個も買ってしまいました。咳が中々収まらないので、仕方ないので咳止めの漢方薬と咳止めの薬膳のドリンク剤を買いました。 これで収まってくれるといいのですが。。。
Aug 28, 2011
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頑張って図書館に10時半頃には着けました。 PCが台湾製のASUSなのでOfficeが入っていません。 似たようなソフトが入っているのですが、壊れやすいです。 今までにも何度も海外にいる時に経験しています。 サポートがあるのですが、中国人なのでいい加減な事言って終わりです。 以前は日本に帰った時にBICカメラの人に聞いて直しました。 今回は日本には帰れないので、ずっと試行錯誤していました。 ワードとエクセルが使えないとかなり困ります。 図書館でも余分な時間を取られてしまいました。 お陰で勉強はあまり進みませんでした。家に帰って少しご飯を食べてから復習をしようとしたけれど、どうしても眠くなってしまいます。 いつの間にか目をつぶっているのです。 図書館にいた時もあくびが出てきたりして体調不良でした。 しかたないので、寝るのには随分早いけど、ベッドに入りました。 夜中に目が覚めたので、時計を見ると9時半頃でした。 時計が間違っているのか私が寝ぼけているのかと思ってよ~~くチェックしたら、まだ夜の10時前でした。 少し体調がよくなったので、ガウンを着て昨日受けたリーディングの復習をしました。
Aug 27, 2011
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朝食後ウィンヤード駅まで歩き、York StreetにあるIELTSの試験の申し込みに行って来ました。 330ドル(約3万円)もします。 異常に高いですよね。 そこで写真撮影をされました。 知らなかったので、ノーメークで髪も帽子を被っていたので、帽子を取っての撮影だったので、髪がペシャンコになっていたと思います。 ショックです。 11時近くになっていたので、日差しが強くなってきました。 疲れたので、帰りに家の近くのセブンイレブンで1ドルカプチーノを買ってみました。夕方4時からは学校に行ってテストを受けました。 その時に、書き直した小論文と大学に提出するパーソナルステートメントのドラフトのモチベーションと関連した知識の2項目についてカーリーにチェックしてもらいました。 インドネシアの中国系の子とコロンビアの既婚男性が今日で最後でした。 段々知っている人がいなくなります。 日本人の男性が試験のみ受けに来ました。 私のクラスは5.5以上の人しか受講できないクラスなのですが、その人はテストのみなので学校主催のエントランステストは受けなかったようです。 だってレベルが4だったのです。 それなのに堂々と自分はシドニー大学に行ってITの勉強をすると言い放ちました。 しかも、テストは9月に受けるようなのです。 先生はとても戸惑ってしまっていました。 シドニー大学って日本の東大なのです。 しかも、その人、日本でIT専門学校かなにかに行ったようなのですが2年だけ行ったようです。 とても勇気のある人だと思いました。 私だったら恥ずかしくて穴があったら入りたいくらいです。 私は殆ど6.5で苦手だった小論文を克服したので7になりました。 体調が悪くて頭痛がしていた為か、内容も難しかったので長文読解はいつもは6.5とか7なのに5.5でした。 殆どできませんでした。 5.5で殆ど出来なくてこんなに落ち込むのに、4であんなに堂々と出来るなんてすごい日本人だと改めて関心しました。
Aug 26, 2011
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今日は今週できなかった論文の勉強をしました。 昨日JUNさんから頂いたUTSに出すパーソナルステートメントも少し書いてみました。 英語学校の影響で論理的思考になってきたので、論文書くようになんとか少しづつまとめて行きたいと思いました。JUNさんから教えてもらったFUJI FILMの小さなショップに行ってみました。 日本人の女の子がいるとの事でしたが、東洋人の男性がふたりいたので、取り合えず英語でIELTSを受けるので写真を撮りたいのですがと言ってみました。 前髪が眉毛に掛からないようにとか横の髪が耳に掛からないようにとか歯を出さないようになどとIELTS用の写真は色々規定があるらしいです。 パスポートサイズ4枚で10ドル掛かりました。 10分後に取りに行くと、出来上がった写真を見てびっくりしました。 中国人の人が撮影した為か、中国人みたいに写っていました。 正直、怖い顔している。
Aug 25, 2011
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朝食のオムレツ☆頑張って朝9時半には図書館に着けました。私の目の前にインド系の男性が座って勉強していました。 すると図書館の職員さんが近づいて彼に注意しました。なんと私と同じくIELTSの勉強をしてるのですが、自分の本ではなく図書館の真新しい本を借りているのに、勝手に鉛筆で書き込みをたくさんしていたのです!! この図書館は本の貸し出しもしていません。 そういうちょっとかしこまった日本だったら国会図書館みたいな所です。 そういう所で堂々とそういうことができるととても驚きました。 すみませんという反省の言葉も態度も全くありません。 そういう常識の全くない人がIELTSを受けてパーマネントビザを得てもいいのかな? それだったら私にパーマネントビザを与える方がずっと有意義なんじゃないのかなと心から思いました。午後4時の約束があったので、今日は早めに家に帰り、遅めの3時頃のランチをしました。 ICNには他にもお客さんがいたので、JUNさんは忙しそうでした。 私は取り合えずUTSの申込書の記入をしました。 UTSの申し込みには300字以内の申請理由を書かなければいけないことがわかりました。 4項目あり、それぞれに300字です。 モチベーション、勉強をするのに必要な教育的経験、専攻に関連した仕事の経験、コースを終了できるだけの実力があることを証明できるその他の達成項目が必要らしいです。
Aug 24, 2011
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