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ボサノバ・ファンにお知らせ。 去年、奇跡の来日といわれたボサノバの創始者であり、神様と呼ばれる、 ジョアン・ジルベルトおじさん、再来日 ! 去年が初めで最後かと思いきや、日本がいたくお気に召したもよう^^ 先行予約案内が来ていました~ 注意書きがおかしいの !(笑) 「 開演時間は 予定 です。 アーティストの都合により開演時間が遅れる場合があります。 予めご了承ください 」 開演時間にご飯食べててもダイジョウブソウな気配だよ^^ 一般発売 8月7日(土) 東京国際フォーラム ホールA 2004・10・06(水) 19:00 10・07(木) 19:00 10・10(日) 17:00 10・11(月・祝)17:00 未確認情報ですが ... *10月2,3日 大阪のようです *J-WAVEでも7月8日から先行予約あるらしいです *ジョアン・ジルベルト それにしても、いくら芸術の秋といっても10月は予定入りすぎ (^_^;) 仕事も入れ替わりの時期だし、資格認定の勉強もしなきゃいけないのに。 それなのにどうするつもり ?っていうくらい入ってます。 とりあえず、取ってだけおかなければ (><) どうにもならない時はどうにかしましょう (?) 夏が近づいてくるとなぜかボッサの気分になって、 CDかける回数が多くなります^^
2004.06.30
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故郷にある、学生時代とてもお世話になった喫茶店が、 この4月いっぱいでなくなってしまったらしい ... 淋しいな ... 君とよくこの店に 来たものさ わけもなく お茶を飲み話したよ 学生でにぎやかな この店の 片隅で聴いていた ボブ・ディラン あの時の歌は聴こえない 人の姿も変ったよ 時は流れた ガロのこの歌、ふと思い出しました。 でも、ガロがどんな方達だったのか、全然思い出せない。 声だけはよく覚えているのにね^^ 「 ボブ・ディラン 」 になにかが込められているとしたら この歌は全共闘世代の歌なのかなあ~ 最近、喫茶店ってあまり見かけなくなりました。 「 喫茶店 」 という言葉自体、死語になりつつあるかも。 今の学生達の風景は、スタバかな^^ *** その喫茶店は、当時所属していたサークル会館の真ん前にあったので、 みんな練習に疲れると休憩に行ったり、 日曜日はお昼を取りに、帰りにはダベリに ... と まあ、ほんとによく利用させていただきました。 サンタさんみたいなお腹のおじさんが、カウンターで珈琲を入れていて、 時々、息子さんが手伝っていました。 奥様は、童話の 「 スプーンおばさん 」 みたいに細くって小さくって、 なぜか私のことを気にいってくださって、私が行くといつも、 カツゲン ( 北海道だけの乳酸飲料 ) やお菓子を出してくださったので、 よくみんなに誘われたものでした^^ おばさんがいらっしゃらないと、オマケはなしだったけどね(笑) 細長い店内。 ボックス型シート、カウンター、黒いレースのカーテン、 どんなコート掛けがあったかまで、よーく覚えている。 店内図が書けちゃうくらい^^ コの字型のコーナーは、ぎゅうぎゅう詰めると結構大人数でも座れたので、 大勢でワイワイしたりもしてました。 ブレンドコーヒーはモカタイプの酸味ある珈琲で、 ホイップした生クリームが添えられたもの。 珈琲の香りを損ねるものは出さない主義だったから、ご飯ものはなくって、 厚切りトーストやチーズケーキが人気メニュー。 厚切りトーストは外側がカリカリ、中はホワホワで、とってもおいしかったの。 何しろみんな貧乏学生だったから、珈琲とトーストを頼んで半分こしたり、 中には、50円のゆで卵1コでねばる猛者もいたり(笑) *** 一度、近くまで行った帰りにふと立ち寄ったことがあった。 おじさんがひとり珈琲を落としていた。 昔のままのお店の中。 タイムスリップしてしまいそうだった ... カウンターでおじさんと昔話をした。 きっとおじさんは珈琲を落としながら、 学生達の人間関係、全て把握していたんだろうな。 「 また帰ってきた時、寄りますね 」 と言ってそれきりになってしまった。 いつまでもあのままで そこにある気がしていた ... おつかれさま そして ありがとう ブラジル
2004.06.27
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備忘録のつもりで書き始めたら、またまた長~くなっちゃいました(^_^;) 適当に読み飛ばしてください(><) ヴァイオリニスト・古澤巌、 雅楽師・東儀秀樹の共演。 このコラボは、6年前に始められ、今期で6シリーズめ。 親友であり同い年、事務所も一緒の、気の合うお二人が繰り広げる、 爆笑シリーズ !? あっ、ちがった ! コンサートです ! でも、MCはかなりお笑い系^^ 初めて生で聴く古澤さん、東儀さんがこのシリーズの方は、 クールでまじめなイメージが強い ( それはもちろん本質ですが ) お二人の、 あまりの茶目っけぶりにびっくりするかもしれません。 *** 2004・6・24 なかのZEROホール 古澤巌 ( Vn ) 東儀秀樹 ( 篳篥《ひちりき》 、 笙 、 ピアノ ) < セットリスト > イザイ第6番、タイタニック以外は東儀秀樹オリジナル曲。 1・緑の誘い 2・午後の汀 3・夢路まどか 4・ピアノ即興 ~ 風のかたみ 5・どんな夢をみているの ? 6・イザイ第6番 ~~~休憩~~~ 1・越天楽幻想曲 2・追想 3・夕なぎ 4・南仏の風 ( Vent du Midi ) ・ローヌのかたわらで ・夢 ・猫の散歩 ・高貴なワイン ・黄色いカフェ 5・夢をはこぶ風 ~~~ アンコール ~~~ 1・タイタニックのテーマ ( My heart will go on ) 2・蒼き海の道 *** ちょっと初めに愚痴を言わせていただいちゃおう^^ 観客のマナーは、今まで聴いたコンサートの中でもワースト1かも。 こういう区民型ホールは、地域の方やお年寄りの方なども多く、 未知の方々にいいものを提供できるという点ですばらしい、って思うんです。 ただ、曲の最中にも、何人もが平気で出入り。 靴音が音楽と混じるなんて、あってはならないこと。 2部冒頭の笙独奏の静かな音にも、カツカツカツ、って (怒) それを許してしまうホールの管理ってどうなっているの ? 演奏中にも、あちこちでガサゴソガサゴソ。ハックション、グスン、エヘン。 観客席の物音も舞台からと同じに響くのが、音響設計されたホール。 ha~ そんなわけで、ちょっと聴く集中力に欠けてしまった曲が何曲かありました。 こういう地域型ホールではいたしかたないのかな。 *** 以下、略称あり 古澤さん=古 東儀さん=東 会話は適宜抜粋 東儀さん、黒の上下で登場。 短い髪が夏らしい。 古澤さんも黒の上下。 頭にスカーフを巻いたお得意の海賊ふう(?)スタイル。 仲良しなんだけれど、お互い忙しくて、ここでしか会えないから、 このコンサートは楽しいですね、って。 その楽しさが伝わってきます。 「 緑の誘い 」 「 午後の汀 」 「 夢路まどか 」 と、 初期の頃のゆったりとした曲が続きます。 交互に主旋律を取り、オブリガード入れて。 篳篥もVnもとてものびやか。 お二人でいると、リラックスできるんでしょうね。 「 午後の汀 」 はニ胡のジャン・ジェン・ホワに捧げられた曲で、 今までにも何人ものVn演奏で聴いたことがありますが、 Vnで二胡らしさを表現できるのは、古澤さんならでは。 古澤さんもジャンさんの大ファンとか。 嬉しい^^ ジャンさんの二胡には、ほんと魅せられます。 古:Vnを小さい頃からやっていて、難しい曲ばかりやっていたので、 こういう曲をやれるのはすてきなことですね~ 東:音楽教育は雅楽以外受けたことがないのですが、英才教育を受けていたら、 こういう曲は書けなかったかも。 ただ、クラシックからレゲエまで何でも聴いていたんです。 古:僕は小さい頃から、野球もやりたいな、とか思いながら、 お母さんの下でずっと練習してきたのに... 東儀くん、習ったことがないのにできるなんて宇宙人ですね~ 普通、考えられないことですよ。 東:ん? みんな宇宙人だよ 古:じゃあ、習ったことがない、っていうピアノの演奏を~ 初めてこのシリーズで東儀さんのピアノを聴いた時には、 その勇気(?)にドキドキしてしまいました。 御自分のコンサートで弾くのとは、また訳が違う。 だって古澤さん関係で、桐朋、都響関連などのプロの音楽家や音大生等も いっぱい来ていらっしゃるであろう中、 ピアノを習ったことがないっていう東儀さんが弾いちゃうんですよ ! ほんとに普通考えられないことです。 みんな、一つの楽器を3、4歳から毎日何時間も何十年に亘って練習している。 ボールは突き指したら困るからって体育の時間まで休んだりして。 それでも、コンサートで弾ける人なんてほんの一握りなわけですから。 えっ ・・・ ほんとに弾いてしまうの ?! って絶句^^ でも、そんなことには全く動じず、やってのけてしまうところが、 東儀さんの実にすてきなところです。 私がファンになった頃は、かなり怪しいところもあった(?)ピアノも、 今やとてつもなくすばらしくなってしまいました。( ナ、ナマイキスミマセン ) さすが宇宙人東儀さん ! 子供の頃ピアノを習ったけど今は弾けない、っていう方、 いっぱいいらっしゃいますよね。 音楽の苦行教育も見直すべきなのかも。 東儀さんを拝見していると、真剣にそう思えてしまいます。 「 ピアノ即興 ~ 風のかたみ ~ どんな夢を見ているの ? 」 その時の気持ちで弾いてゆくピアノ即興。 東儀さんが今、心身共に充実しているのがわかる、とてもすてきな演奏だった。 オリジナルピアノ曲 「 風のかたみ 」 へと繋げて。 古澤さんのVnに東儀さんのピアノ伴奏で 「 どんな夢~ 」 この曲もVnで聴くと何て優しいメロディなの、って改めて思います。 「 イザイ第6番 」 は初めて聴く曲ですが、他に技巧的な曲がない中、 古澤さんのクラシックVnのソロを満喫させていただきました。 休憩をはさみ、ホール前方ドアから、狩衣の東儀さんが笙を奏でながら登場。 舞台に上がられるのと同時に、Vnを持った古澤さんも狩衣で登場。 観客に向かって、そして向かい合って、神妙に何度も丁寧なお辞儀。 このシリーズ最大の見せ場^^ 爆笑の嵐 東儀さんはサーモン寄りの桜色、古澤さんはひわ色 ( 黄緑 )の装束。 お揃いの古代紫の袴を履き、黒の烏帽子 ( えぼし ) をかぶって。 東:弾きにくくないないんですか ? 古:これがたいそう弾きにくうございます。 東:Vnやめて、笙か龍笛をやったら ? 古:篳篥のプラ管、買ったんですけれど、ウンともスンともいわないんです。 東:今度、誰でも音の出るリード、削ってあげますよ。 古:それって、なめて試してみたりするんですか? 東:何わくわくしてるんですか~。 狩衣、気に入ったら使ってください。 ただ、車はオープンカーじゃないとね。( 烏帽子があるから ) 裾の紐でサイズ調節できるから古澤さんは思いっきりたくし上げて。 古:ミッキーさんの靴、たいそう歩きにくうございます。東儀くんのメッシュ? 東:僕のは舞の時の靴。すぐ外来語使いたがるけど 「 すかし 」って言って。 馬に乗って矢を放つ時は、袖も紐でたくし上げられるんです。 古:そんなことしてる人、見たことないですよね。 東:こんな格好している人自体いないですよ。 お二人とも狩衣姿のまま 「 越天楽 」「 追想 」 東:笙 → 篳篥 「 夕なぎ 」は篳篥独奏 古澤さん、洋装で登場し、Vn独奏で 「 南仏の風 」 東儀さんが南仏を旅した時に作った、風景画のような佇まいの曲。 CDでは、室内楽に編曲され、篳篥で主旋律を取っている。 これはもう、絶品 ... 室内楽のテープとの共演でしたが、Vnの為に創られたかのよう。 とても洒脱。 後半3曲のワルツがすてき。 特に 「 猫の散歩 」 東儀さんは愛猫カールくんを思い浮かべつつ創られたのでしょうか。 軽やかなワルツなのだけれど、これが古沢さんの手にかかると ... リズムの間の取り方が、なんとも危うげで絶妙な均衛 私の中の情景は、風のなか裸足で舞う少女 これはもう 忘れられない ... またひとつ生まれ変わった東儀さんの名曲 東儀さん、珍しい縞のシャツに黒パンで登場し、オイディプス話。 東:今朝、福岡公演から戻ったんです。 古:台風で帰ってこられなかったら 東儀くんのCD掛けながら一人でやるところでした 東:それは客席で見たかったですね。 古:ついしゃべりすぎてしまいます。僕達、普段、無口でシャイですから。 東:古澤さん、御自分のコンサートではしゃべらないですよね 古;東儀くんはコンサートでもいつでもしゃべってますよね 東:でも、人と対話しながらっていうのはないので。 古:時々お客さんいるの忘れて話し込んでしまいますね。 ラスト、「 夢はこぶ風 」 年末に古澤さん主催でやられるダンシング・フィドルにちなんでケルトを、と アンコールは 「 タイタニック 」 篳篥で奏でると、ほんとにケルトの笛のようですてきなんです。 お得意のミラーボールが回ります。 じっと見つめあい愛を確認しあう二人(笑) これがなくっちゃ始まらない ( 終わらない ) のがこのコンサート。 続いて 「 蒼き海の道 」 この曲がアンコールなのは意外。 唐招提寺再建プロジェクトにちなんだ曲。 ゆったりした曲がほとんどだったので、 最後にビート感の強いものを選んだのかもしれません。 東儀さんの足が刻むリズムにバンドバージョンを思い出し熱くなりました。 今回のプログラム編成は、ほとんどが東儀秀樹初期の頃の作品。 ゆったりとたゆとうようなメロディーがVnでなぞられて輝きを増します。 古澤さんのVnはG線も柔らかく、高音のブリリアントな響きが耽美。 曲によってアコースティックに音色調節なさっていた気がします。 Vnの超絶技巧を聴きにいらした方には物足りないかもしれませんが、 楽しい企画のコンサートです。 東儀さんの篳篥も、こころ許せる相手を得て、とても気持ちよくのびがいい。 だから、このシリーズはとても好き。 プログラムに、古澤さんが独自のレーベルをスタートさせる、という情報が。 前からの夢、共演CD実現に期待 ! *** ぜひぜひ お出かけ下さい。 *<SUPER ASIA > 東儀秀樹 自ら発掘した中国男性若手ミュージシャンたちとの共演。 未知の世界で楽しみです。 *< 夏のアサド > 古澤巌&アサド兄弟 ギターのアサド兄弟とのコラボ 楽しみです ! アサド兄弟との映画音楽CD「出逢い」すてきです。 あと古澤さんのCDでは、グラッペリとのアルバムが一押し。 *< 秋のソナタ > 古澤巌&高橋悠治 10月3日(日)津田ホール 03・3288・1766 ピアノ、作曲の高橋悠司とのブラームス・ソナタほか 葉加瀬太郎も交え3人でやっていた「ヴァイオリンの夜」は未聴ですが、 高橋悠治は大昔(?)札幌でのサロンコンサートを聴いて以来。 行きたいな~ *古澤巌 *東儀秀樹
2004.06.22
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怖い夢を見て目が覚めた 衝撃に身動きできない ... 昨日の風のせい ? 烈しすぎる風はキライ おろしがねで摩りおろされたみたいに こころがすりすりになってしまふ 夜が明けたよ 熱い紅茶 カップに注いで
2004.06.21
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これでもかっ、っていうくらい書いてます、オイディプス (笑) いいかげん、やめておきます (^_^;) ちょっこっと、こぼれ話だけして^^ *** < カーテンコール > 1回目に行った時のカーテンコールでのこと。 オイディプスのカーテンコールは、前にも書きましたが、 麻美れいさんの美しさに、倒れそうになるくらい。 それだけでも見に行く価値があるっていうものです。 さっきまでの悲しい場面とはうってかわり、 萬斎さんとのペアで階段を登り、萬斎さんにもたれつつ跪く姿は、 お二人に、天から光が降り注いでいるよう。 コロスの方達や、他の役者さんたちも前後列になって、何回も入れ替わります。 ひとつの見せ場であるわけです。 ところが ... この日、一人の女性が舞台下に花束を持って現われたのです。 最近は、コンサートなどでも、 カーテンコールでの花束やプレゼントは禁止されていて、 「 入り口で大切にお預かりします 」って書いてあります。 それを知らないですり抜けてしまったのか、はたまた ... コクーンの係りの方がすぐにその方を止めていましたが、 あきらめきれないのか、席にはもどらず、舞台下で待機したままです。 コクーンは小さな劇場ですから、全員の注目が彼女に。 舞台の役者さんたちも気になって仕方なく、 東儀さんらも、萬斎さんをチラチラ見て 「 おい、どうするんだよ 」みたいに笑っています。 先ほど申し上げたように、お一人でのカーテンコールではなく、 型でびしっと決めるタイプの見せ場なので、 萬斎さんも流れを止めるに止められず、困惑していらっしゃるご様子。 みんなの視線を感じて、萬斎さん、 ファンの方ならよくご存知であろう、 視線を左右にキョロキョロっとさせた、 いたずらっこみたいな表情で笑っています。 何回かカーテンコールが繰り返される中、花束の方はそのまま。 入れ替わりも3回を超え、いよいよこれで終盤か、という時、 コリントスの使者役の川辺さんが長老の配慮、っていうかんじで、 萬斎さんと花束の方の顔を交互に見比べ、 萬斎さんに、役者さんならではのアイコンタクトを送っています。 もう萬斎さん、困った顔と吹きだしそうな顔の両方。 でも貰わずじまいで、麻美さんと腕を組み、階段を登っていったのですが、 麻美さんが軽く即すような素振りをしたかと思うやいなや、 萬斎さん、くるっとひるがえり、階段を駆け下りてきて、 花束を受けとり、一礼をして、 また、麻美さん待つところまで階段を駆け上がり、 観客の歓声の中、お二人でお辞儀をし、 扉のむこうへ、と消えていったのでした。 *** < ギリシャの夜は満月 > 何回か日記にも書いたことがあるのですが、 私は、普通の暦と平行して、月暦を使っています。 月の変化、潮の満ち引き、旧暦の季節変化など、 自分の身体や気持ちとリンクして、とてもおもしろい。 それを眺めていて気がついたのですが、 オイディプスの公演スケジュールは実に月暦に叶っているんです。 これは、ほんとは秘密にしておきたいくらい^^ この日記を読んでくださっているあなたにだけ、お裾分け^^ コクーン初日は新月ジャストではないですが、新月2日前。 新月は、何かものごとを始めるのにとてもいい時期とされています。 そして、楽日は下弦の月で終了。 福岡初日も新月。 そして、ギリシャ古代劇場での公演。 7月1,2,3日で行われますが、最終日3日は満月。 旧暦5月 ( 皐月 ) の十五夜です。 偶然でしょうか ...? たぶん、月暦に通じている方が関わっているのでは、と思えます。 2000年の歴史ある古代劇場で演じられる2500年の時を経た物語 1400年受け継がれてきた雅楽の調べ 西洋と東洋の融合 見上げればパルテノン神殿 降り注ぐ星空、 煌々とかがやく満月 大スペクタクル ... もう行けないだけに妄想が止まりません (笑) 満月前後3日間は、生物のエネルギーが満ち満ち、ピークに達する時期。 海洋生物は満月の夜に産卵します。( 蟹、海亀など ) 人間も元を正せば、海から生まれいづるもの ? 人間のお産も、自然出産では満月に多い。 交通事故も満月に多いというデータがあります。 私の経験でも、とても不可思議なことが起こりやすい。 満月の夜は、コト (?) を起こしたくなければ、自制も必要。 月の魔力を信じて生きている私 ... ん ? 月に向かって遠吠えしたりはしてませんよ ~ 満月の夜、かまどで、 ヒキガエル入りの怪しい薬を調合したりもしていません^^ でも、ちょっとだけ ... 魔術は使えるかも (笑) マジョノホウキ、モッテマス^^ *以前の私のオイディプス鑑賞日記
2004.06.20
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オイディプス成功は、主役以外の役者さんに依るところも大きい。 舞台演劇に詳しくないもので、お一人お一人のことはわかりませんが、 力量ある、すばらしい方ばかり ! < 神官 > 瑳川哲郎 神の代理人として、劇冒頭部に登場。 身体と声から発せられる威厳 < コリントスの使者 > 川辺久造 < 羊飼い > 三谷昇 山中に捨てられた赤子オイディプスを救った者達。 お二人とも、TVなどで拝見したことのある役者さん。 オイディプスパンフでは、それぞれの役に、計算もあり、とぼけもあったり、 といった人間臭さを感じていらっしゃることがわかる。 長く役者をやられてきた方ならではの微妙なニュアンスのやり取りが妙味。 < 報告者 > 菅生隆之 ギリシャ悲劇では人の死を見せない、というのが基本とか。 報告者がイオカステの死とオイディプスの惨状を伝える。 日本でいう講談師でしょうか。 話術に引き込まれてしまい、 オイディプスの自傷場面では、思わず目をつぶってしまいます。 < コロス > 20人 コロスというのはギリシャ劇特有のものであるらしい。 集団で一つの役を演じる集合俳優であり、合唱舞踊団。 登場したら最後まで退場しないのが基本とか。 今回も20人のコロスは、2時間ほとんど出ずっぱり。 体力的には、他のどの役よりもキツイと思う。 膨大な台詞、低重心での移動、雅楽の舞、笙の演奏、かかとの高い靴・・・ 腰を折ったままぐるぐる回ったり、蓮の茎を振り回したり、叩きつけたり。 この場面を、モップを振り回して、とか、蝿叩きみたい、 と言っていた方もいらしたのを思い出して、思わずクスン^^ 何といっても衝撃的なのは 「 五体投地 」 と呼ばれるもの。 バタン ! と頭から前面に直線的に倒れる。 これを何回も何回も。 タイヘン・・・ 舞台が引けた後に、コロスの方たちと出会ってしまったことがあるが、 お顔に絆創膏を張ったり、サポーターをしている方もいらした。 激しい回転は、三半規管が弱い方は大変とか。 汗をかきすぎてトイレにも行けないそうです。 コロスの方達は若い方ばかりではなく、ほんとに過酷だと思う。 テーバイの民衆を演じ、時には民衆の心理状態、 時には舞台全体の不穏な空気を体現し・・・ と、その熱気は真紅の衣装と共に燃えている。 < テイレシアス > 壌晴彦 2002年度とは別の方ですが、私、この方に魅せられました。 人間をも神をも超越した雰囲気。 バリトンの低い声が会場をゴォ~ンと震わせます。オペラ並の声量。 男女どちらの性も経験したという盲目の預言者 オイディプス王に向かっての次の台詞は実に意味深で重たい。 「 今あなたは私を盲 ( めくら )と言って侮辱した。 だが、あなたこそ盲だ。 どんな禍の中にいるか、どこに住んでいるか、一緒に暮らしているのが誰か、 あなたには何一つ見えていない 」 真実が全て明らかになった時、テイレシアスの預言通り、 オイディプスは自らの運命を呪い、 自ら眼を傷つけ、テイレシアスと同じく盲目となる。 私達は眼に見えているものの中にどれだけの真実を見ているか。 眼に見えているということだけで、全て解った気になってはいないか。 盲目のテイレシアスに見えているものとは ? オイディプスは何故に眼を自傷するという行為に出たのか? 闇と光 失墜と栄光 盲目と健眼 虚と実 かげがござれば ひかりがござる ( 狂言ややこしや ) bosoboso ... ここ(ネット)も盲目の世界 ? ..... < クレオン > 吉田鋼太郎 シェイクスピアを主に手がけていらっしゃるという吉田さん、 すばらしい発声。 スケールの大きさを感じさせる。 王妃イオカステの弟にて第2権力を持つ人物。 この劇の中では、終始人格者として描かれ、好感度抜群。 オイディプスの傲慢さプンプンのキャラと好対照で見せる。 それが、「 コロノスのオイディプス 」「 アンティゴネ 」と続く、 オイディプスのその後を描いた話では、 王座に座ったクレオンの非情さと不幸が描かれていて、 なかなか同一人物として結びつかない。 < イオカステ > 麻美れい 麻美さんから受けた衝撃はオイディプス(1)に記したので省きますが、 2回目を見て思ったのは、背中で見せる演技。 真実を感づいたことを知られまいと階段を登る背中が雄弁。 オイディプスが気がつきさえしなければ、自分は気づいても、 きっと墓場まで秘密を持っていたのでしょうね。 *エディプス・コンプレックス 子供が無意識のうちに、異性の親に愛着を持ち、 同性の親に敵意や罰せられることの不安を感じる傾向 フロイトがオイディプスの話からヒントを得て提唱 < オイディプス > 野村萬斎 萬斎さんいわく、 「 まわりが様々な中間音を出す中、重低音をキープしながら、 最後にきれいな高音を出すのが、オイディプスの役割 」 ラストの場面の高音での迫真の演技は、今回もマスカラ剥げ落ちました。 眼をつぶしてしまった後、「 何故そんな恐ろしいことを 」と問われ、 「 死んで冥界に行ったとえ、自分が殺した父上と気の毒な母上を、 どんな眼で見られようか 」と嘆き、 ひたすら娘達の行く末を案じ、娘達をかき抱く姿はとても人間臭く胸えぐられる。 ( 男は大丈夫、と息子達のことは心配しない・笑 ) *** 蜷川さんはオイディプスは、「 私とは何者か 」を追求する話だと。 これも脚本には書かれていませんが、オイディプスが、 「 父を殺し、母を娶る 」 というとんでもない神託を受けたのは、 オイディプスがしたことの因果ではなく、 もともと父ライオスがやらかしたことへの神々からの報い。 それが何故?といたたまれない気持ちになりますが、 運命論者でなくとも、誰も親を選んで生まれてくることはできないわけで、 皆、大なり小なり、いろいろなものを抱えて生まれてきているのですよね。 それが英語の 「 I was born. 」 生まれ ( させられ ) た、 という表記になるのでしょうか。 ヨーロッパ人は厳密に 「 私 」 を追及する、と蜷川さん。 狂言 「 ややこしや 」 でいうと、 「 そも私とは何じゃいな~ 」 ということでしょうか。 *以前の私のオイディプス鑑賞日記
2004.06.19
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「 東と西を重ね合わせることが、我々のやりたいと思うオイディプス王 」 「 アジアの人間がやるのだから、アジア的な身体を体現してほしい 」 演出・蜷川幸雄 談 前に書いたものと一部重複してしまうが、今回のこの舞台、 主役に狂言師・野村萬斎、 音楽・舞に雅楽師・東儀秀樹、 振付に日本舞踊家・花柳錦之輔を配し、衣装、美術も含めて、 全体的に非常に東洋的なものを感じさせる舞台となっている。 *** 今回の脚本家・山形治江著 「 ギリシャ悲劇 」 に、 「 能楽とギリシャ悲劇 」について、おもしろい記述がある。 1904年、英のB・チェンバレンがこの2つの共通性を指摘したとのこと。 その共通性とは ・宗教劇 ・地歌に似たコロス ( 合唱舞踊団 ) ・俳優 ( 仕手 ) の少なさ ・一種の舞踊劇 ・男優のみの仮面劇 ・台詞は詩の形 ・野外公演 ・登場人物は神々、英雄、など 日本でも活発化したその比較論は戦後消滅してしまった。 唯一、1971、1972に 「 冥の会 」 によるギリシャ悲劇が上演された。 しかし、この実験公演は、ギリシャ悲劇と能楽が融合できず、相殺しあい、 両演劇の異質性が際立つことになった、とある。 「 冥の会 」 とは、 能楽師・観世三兄弟 ( 栄夫、寿夫、静夫 ) 狂言師・野村兄弟 ( 万作、万之承 ) 新劇の劇団・青年座 で作られた劇団 クレオン役・野村万作氏は、今回のオイディプス役・野村萬斎氏の父上。 観世氏は、蜷川氏が劇団青俳に俳優として所属していた時の演出家で、 40年来の知り合いとか。 野村萬斎・主役起用、 というのが、 単なる思いつきではないということがわかる。 そこへ雅楽とその舞も加わり、西洋人にどういうインパクトを与えるか、 考えるだけでドキドキする。 蜷川氏の 「 東と西が激しく対立しながら融合点に達しないかなぁ 」 という言葉の重みがわかる。 今再び、ギリシャの地で、蜷川さんが挑戦しようとしていることが、 ちょっぴり見えてきた気がする。 *** * 東洋を演出する小物達 * < 香炉 > 舞台前面中央にて御香がずっと焚かれている。 香炉は、長方形で、葬儀の時に焼香をするものとほぼ同型。 香は魔よけの意味も。 < 紙垂 ( しだれ )> < 榊 ( さかき )> よく注連縄 ( しめなわ ) に下がっている白の切り紙が紙垂。 降臨する神様 ( もちろん日本の ) の衣服を表し、 榊は神の繁栄の象徴といわれる。 今回は神官の胸元に神垂が添えられていたり、 王妃イオカステが紙垂のついた榊を持って現われたりする。 前回、オイディプス、クレオン、神官等の胸元を飾っていた、 大振りのアジアンティックなアクセサリーは、今回取り除かれている。 日本の古来の神と、ギリシャの神を融合させようという意図なのか、 雰囲気としてのジャパネスクなのか、 私には、ここらへんの意図がよく見えない。 < 蓮の葉 > 疫病、飢餓に苦しむ死の国テーバイを象徴する枯れた蓮の葉の群生 今回の舞台では、背景の城壁のほかには、 このブラックグレイ蓮の葉のみが舞台演出 蓮の花はいわずと知れた仏花。 泥土の中から世にも美しい花を咲かすことから、 どんな状況下にあっても、泥に染まらず、強く気高く生きることの象徴 極楽、復活再生、清浄を象徴 反対に、枯れた蓮の葉は、死、絶望を表しているのであろうか。 後半、コロスたちが、やり場のない悲しみと怒りをぶつけるがごとく、 この蓮の葉を舞台にたたきつける壮絶な場面がある。 < 低重心 > コロスの動きを見ていると、特に円陣になって歩くところでは、 腰を落として重心を下げ、すり足で歩いているのがわかる。 パンフの観世氏の話によると、上下に揺れず、 「 線 」 として歩くのが能の動き。 これは 「 農耕民族の動き 」 と。 茶道の時、畳を歩く所作にも、よく同じことを言われる。 縦揺れせずにすっすっすっと。 なるほど、「 線で 」という言い方はとても解り易い。 古典雅楽の歩き方も、共通したところがあるように思う。 蜷川氏いわく、 「 身体的な重さを人生の重さに置き換えようとしているんだ。 人生の破滅を見た思いを重量に置き換えて、願いを込めるように歩く。 重心が下がるのは、歴史や思いの重圧なんだ 」 最後のコロスの円陣は、中腰の姿勢に近い低い歩きで退場してゆく。 < 雅楽 > 2002年度に引き続き、音楽監督をしているのは、雅楽師・東儀秀樹。 大陸のどこかで生まれ、シルクロードを渡り日本に伝わった、 1400年続く伝統音楽 ただ、今回使われている音は古典雅楽曲ではなく、 雅楽器を使った東儀秀樹オリジナル。 2002年度版オイディプスのために何曲か書き下ろしていて、 それも今回の劇中に使用されてはいるのだが、 このたび、ひとつひとつを新たに作り直したという。 「 大好きな蜷川さんの劇の歯車のひとつになれることがとても嬉しい 」 と語り、より良い音を現場で作るため、極力お稽古に通い、 「 音楽監督でこれだけ稽古に来る人は見た事がない 」と言われたという。 コロスのひとりひとりが笙を持ち、円陣を組んで歩きながら吹いたり、 笙の美しい円錐のようなフォルムを生かして、 コロスの身体表現の一部として使ったり。 そして、前にも書いたのだが、 涙止まらぬ、オイディプスが娘たちを抱いて嘆き悲しむ場面で流れる 笙の曲 「 光り降る音 」 は、 私には、この劇の持つものを大きく左右する重要な音に思えた。 この限りなく優しい、まさに天からの光に思える音が流れたことで、 運命をただ呪うオイディプスではなく、漠然とした言い方だが、 「 許し 」 のようなものが感じられ、救われた気がした。 ここで、また山形治江著 「 ギリシャ悲劇 」 からの記述なのだが、 伝説の舞台、1984年、ギリシャ古代劇場での 蜷川幸雄演出 「 王女メディア 」 でのこと。 絶賛の嵐の中、音楽効果だけが各方面から非難を浴びた。 ギリシャ有力紙は、絶え間なく流れた描写性と情緒過多の音楽が、 「 神話劇をお涙頂戴のメロドラマにしてしまった。 」と批判した、ということ。 そういう意味では、今回起用の東儀秀樹奏でる雅楽の音色が 西洋の人々にどんなふうに届くか、とても楽しみです。 篳篥のインパクトある音からの幕開け。 様々な雅楽器の音にシンセなどの現代楽器も混じって。 東儀さんいわく 「 抽象画を描くように 」 「 音楽だけが独立したものではなく、舞台空間に音楽が溶け込むように 」 作ったとのこと。 私には、この音なくしては、この舞なくしては、というところまで、 一体化していると感じられました。 雅楽の舞、衣装、色彩の東洋性については、 オイディプス王 (1)で触れたので割愛します。 *以前の私のオイディプス鑑賞日記
2004.06.18
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5日の土曜日、2回めを見てきたオイディプス王。 なかなか書けずじまいで、今ごろポツポツと ... 先日から、オイディプス会場で買ってきた、 阿刀田高の 「 私のギリシャ神話 」 を読み始めたら、これがもう止まらない。 文庫本ながら、絵や写真も美しく、小説家の書くものだけにとても魅力的。 また、今回の脚本家、山形治江著 「 ギリシャ悲劇 観劇ガイドブック 」 には、 オイディプスのその後を描いた 「 コロノスのオイディプス 」 などの 粗筋が出ていて、おもしろい。 見終わった後、忘却してゆくのではなく、 逆にどんどん引きずり込まれてゆくギリシャ悲劇。 噛めば噛むほどに ... ちょっと夢中 ...! 前回見た時には気づかなかったことや、本を読んでの思いなど書いてみます。 *** 今回は子供たちを連れて行った。 何しろ重たい内容なので、子供たちに見せることがいいことなのかどうか、 正直迷った部分もあったけれど、 演劇をやっている子が 「 見たい ! 」 というので、思い切って。 片や、絵を描いている子は行くのをいやがっていたのだけれど、 舞台美術というものを体験してほしかったし、 蜷川舞台の強烈な色彩シャワーを浴びて欲しくて、引っ張っていってしまった。 何かを感じてくれればいい。 今見たものが、10年後、20年後に萌え出ることもあると信じて。 そして5日は、皆が確実に行けるのはこの日しかないと取ったのだが、 1度ならず2度までも、急遽決定した東儀秀樹舞う日に当たろうとは ! しかも4列中央という最高席で観覧できたことは、もう、 「 ただ、アポロンの神に感謝するほかはない ! 」( オイディプス調・笑 ) 時々、ウチでもオイディプスごっこ (笑) イオカステ ( 麻美れい ) のせりふをいただいて^^ 「 何事です? この馬鹿げた騒ぎは ! 」 「 ほうら、私の言ったとおりでしょう! 」 とか (爆) *** ソフォクレスがオイディプスを書いたのが、紀元前429~425 2千5百年の時を経ての物語 聖書もそうだが、それだけの時をへても受け継がれるものに畏敬を感じる。 そして、今回ギリシャ上演される古代劇場も2千年近い時を経た場所。 「 おお、ゼウスの娘、まばゆく輝く女神アテナ、どうか我らをお救い下さい 」 と劇場から指差し見上げれば、そこには、女神アテナを祭るパルテノン神殿 テイレシアス役 壌晴彦 いわく 「 おそらくものすごいエネルギーの磁場 」 アポロンは太陽神であり、予言の神 ( 以下 阿刀田高 私のギリシャ神話より ) ギリシャ神話を見る限り、予言はその通り実現するようだ。 ギリシャ人は神々をどう考えていたのか、 「 神の御心は計り知れない。しかし、どんな仕打ちが示されるにせよ、 そこにはなにかしら人智の及ばない深い考えがあってのことなのだ。 人間はひたすらその御恵みを信じ、祈りあがめるより他にない。 」 と考えていたのだろう。 *** * オイディプスの生涯を象徴するもの * *オイディプス王あら筋 < スフィンクスの謎 > セリフには 「 スフィンクスを倒した時、国を救った功労者 」 という説明しかないが ーーー オイディプスは、旅の途中、 顔は人間の女、身体はライオン、背に鳥の羽をつけた怪物スフィンクスと会う。 謎を掛けられ、解けなければ食い殺すと言われる。 「 朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足、これは何か 」と問われ、 「 それは人間。赤子の時は這い、成長して2本足で立ち、老いては杖を突く 」 と答え、スフィンクスは敗北の恥のあまり、谷に身を投じ死す。 この話はそのまま、オイディプスの、 殺されるため山中に捨てられた赤子時代、 威厳に満ちた自信満々の王様時代、 そして自ら盲目となり杖にすがり彷徨う晩年、 この3つの時代を象徴しているようにも思える。 また、スフィンクスの多動物合体の姿も、深読みすれば、 子供たちにとっては、父親にして兄、 母にとっては、息子であり夫、 父にとっては、息子であり、女を共有したものであり、自分を殺した者、 という複雑な立場を抱えるオイディプスを象徴しているようにも思える。 < 三叉路 > オイディプスが父親を殺してしまったのが山道の三叉路 スフィンクスの謎は三本足 スフィンクスの謎にある、人間の3つの時代 アポロンの神託を語る巫女が座っているのは三脚椅子 古代ギリシャには、3という数字に何か特別な意味合いがあるのだろうか? <王冠> 今でもマラソンの勝者などに捧げられる月桂樹の頭冠。 ゼウスの聖地オリュンポスで行われたオリンピア祭(オリンピック)では、 オリーブの冠が勝者に捧げられ、それが月桂樹の冠へとなった。 いつか朽ち果てる植物のごとく、栄光は一瞬にして移ろう儚いものという意。 これもオイディプスを象徴。 ただ、この月桂冠には、もうひとつのエピソードが。 神アポロンは河の神の娘ダフネに恋したが、逃げられ、 逃げたダフネは月桂樹の木に姿を変える。 嘆き悲しむアポロンは、月桂樹の枝を切り輪にして頭に飾り、 永遠にダフネを忘れまいと誓ったという話。 神様とて恋はままならなかったのね^^ これは、永遠をテーマに飾られる現在のリースの起源であろうと思う。 永遠と儚さ。 リースは両方を秘めているものなのですね。 < 膨れ足 > 膨れ足って、私の足のことじゃあありませんよ(笑) オイディプス=膨れ足の意味 当時、捨て子の祟りを恐れて、くるぶしを傷つける習慣があり、 その傷が化膿し、成長後も残った。 「 ああ、なぜこの古傷に触れる ? 」 オイディプス 一説には、赤子オイディプスのくるぶしを傷つけたものは、 最後にオイディプスが自らの眼を傷つけたものと同じ、 イオカステ妃の黄金の留め金だとか ここでもまた因果が ・・・ < 盲目 > 盲目の預言者テイレシアスについては、また別に書きたいが、 彼の 「 眼が見えた者は盲に、豊かな富を持っていたものは物乞いに。 」 との言葉どおり、オイディプスは自らテイレシアスと同じ盲となり、失権する。 オイディプスの物語からヒントを得たといわれる、フロイトの 「 エディプス・コンプレックス 」 子供 ( 特に男の子を指す ) が無意識で、異性の親に愛着し、 同性の親に敵意や罰せられることの不安を感じる傾向。 罰として、父親にペニスを去勢されるとの恐れを抱き、 それは、失明 ( 暗闇 ) への恐怖と同等。 って書いてあったのだけれど、hu~m いまいち、ピンとこない・・・ *** 続く *** *以前の私のオイディプス鑑賞日記
2004.06.17
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今日で、オイディプス東京公演も千秋楽です。 東儀さんはハワイ公演で残念ながらいらっしゃらないけれど、 きっと総スタンディング・オベーションで幕を閉じたことと思います。 後は、福岡とギリシャを残すのみ。 ギリシャの地まで見に飛んで行きたい ! けれど、行けない ... 某氏に、「 オイディプスはギリシャで見てナンボのもんだよ 」 って言われてしまったけれど、 うーん、行けないものは行けない。 NHKが、ギリシャからの中継&前後のいろいろ含めてのドキュメンタリー番組を 決めているそうなので、それを見て涙を呑みましょう^^ *** ところで、ギリシャには、かれこれ20年近く前に行ったことがあります。 その時、古代劇場にも行ったのです。 昼間でしたし、観劇をしたわけではなく、 劇場内を歩き回ってきたというだけでしたが。 今回、オイディプスが上演されるという、ヘロデス・アティコス劇場とは、 写真で見た感じから違う気がして、 今、古いアルバム、引っ張り出してきて眺めてみました。 私が行ったのは、エピダヴロス劇場でした。 双方とも屋外の扇形劇場で、 石でできた客席は、舞台に向かって急勾配のすり鉢状になっています。 ヘロディス・アティコスがA・D・161年建立で5千人の客席数、 エピダウロスが紀元前4世紀建立(紀元前だよ!)で1万7千人客席数の劇場です。 現在も現役で、演劇や音楽祭に使われている、って驚異的なことですよね ! 今でもはっきり覚えているのが、 舞台の真ん中の大理石の部分にコイン一枚落としてみても、 その音が客席の隅々までキーンと響き渡る、という完璧な音響効果です。 実際にやってみたことを思い出します。 さすがに恥ずかしくて歌を歌ってみたりはしませんでしたが ( 残念・笑 ) 手をたたいてみたり、声を出してみたり、 それから、石段の客席を延々とてっぺんまで登って舞台での音を聞いてみて、 その音響効果に驚愕したことをはっきり思い出します。 ヘロディス・アティコス劇場は、 パルテノン神殿から見下ろして取った写真がありました。 本当にパルテノン神殿の真下ですね。 反対に言うと、劇場からは、パルテノンを見上げることができるようです。 写真UPできる機械がなくって残念 (><) 今回のシアターコクーンの舞台正面の城壁は、まさに、 ヘロディス・アティコスの壁面をそのまま摸したものだということがわかります。 そして、屋外の古代劇場ですので、一切の装飾ができない、ということから、 今回のシアター・コクーンには、背景の城壁以外、何の舞台美術もない、 ということの意味がわかります。 全て、ギリシャを意識しての舞台ですね。 *初日レポ *** 余談ですが ... パルテノン神殿の下で拾った大理石の石ころは、 今でも、ウチの箸置きに使っています^^ パルテノン、古代劇場、数々の古代彫刻 ・・・ 古代の方々の叡智に、とても感動したのだけれど、 現代ギリシャは、古代あれほど栄えた文明を、 どこかへ置いてきてしまっている気がする街でもありました。 エーゲ海の島々では、有名なクレタ島も良かったけれど、 一番印象に残っているのが、ロードス島。 トルコにほど近いヨーロッパの避暑地。 トルコの影響が濃いと思われる、 タペストリーや絨毯、焼き物などが数多くありました。 数々の歴史的城壁は塩野七生さんの 「 ロードス島 攻防記 」 に詳しい。 いかにもお金持ちらしい、 マリア・カラスのようなお顔立ちのかっこいいマダ~ムが闊歩していて、 ふーっってため息ものでした。 そういえば、カラスもギリシャ系ですもんね。 ロードスはぜひまた行きたい、すてきなところ。 実はあれ以来、私のパスポートは切れたまま (^_^;) うーん、きっと○年か後には !!! *以前の私のオイディプス鑑賞日記 < 追記 > 山形治江著 「 ギリシャ悲劇 」 を読んでいたら、 マリア・カラスが、1961年、エピダヴロス劇場で、 ケルビーニのオペラ 「 メディア 」 を上演したとの記述がありました。 古代劇以外の公演はこれが始めてのことだったとか。 それはそれは、すばらしかったのでしょうね~ hu~
2004.06.13
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久しぶりの横浜 私の押し花を置いてくださっている友達の花屋で打ち合わせ 彼女は地方にいた時の花仲間 またこうやって別の土地で、一緒に仕事してゆける縁に感謝 甘えのない生き方に強いパワーを感じる人 *** 久しぶりに友達に逢うし、と思い、お気に入りの傘を持って出かけた。 安物の傘ばっかりたくさんあるなか、 これはちょっとした出逢いがあって買ってしまった、 唯一の高級品 ( 私にしては、ね ) パール色が顔色を明るく見せてくれるし、 開いた時のたおやかなフォルムがいい。 そして、ただんだ時のスマートさがもう私にぴったり ( ん? 爆 ) でも、普段電車で出かける時は、 荷物になるのが嫌いで、降りたたみ傘を持って出かけることが多いため、 長い傘はどうも慣れない。 失くしちゃあ大変、ってあちこちで緊張^^ 電車降りる時もチェック、化粧室出る時もチェック、お店出る時もチェック ... 仕事帰り、せっかく来たから少しお散歩して帰ろうとブラブラ歩き始めた。 ところが、しばらく歩いて横断歩道を渡っている時、 ふと傘がないことに気づいた。 あれっ~ どこに置いてきたんだろう ??? ってパニック。 頭のなか ぐるぐる。 さっきまでバッグの金具にかけておいたはずなのに、どこで外したんだっけ ??????? って思ったら、外は雨が降っていて、 私は頭の上に傘を差して歩いていたのでした (><) ひとり唖然 ..... ついに私の頭痛は、中身まで犯してしまっている模様 ..... 気を取り直して、雨の中、赤レンガ倉庫あたりまでお散歩してみた。 いいな、このあたり ... モーション・ブルー ( 赤レンガのライブハウス ) も一度来てみたいな。 海に吸い込まれてゆく雨 ...
2004.06.11
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「 雅子様を巡る発言 」、その補足文書を読んで、私はため息を漏らしている。 始めに御断りしておきますが、皇室について言及するつもりではありません。 皇室問題については、恥ずかしながら、しっかりと発言できるほど、 自分自身の考えを持っているわけではありませんので。 また、皇室を美化する者でもありません。 私にこれを書かせているのは、 皇太子様のひとりの人間、ひとりの男性としての以下の発言。 *** 記者会見では、雅子がこれまでに積み上げてきた経歴と、 その経歴も生かした人格の大切な部分を否定するような動きがあった、 ということをお話しました。 ~~~~~~~ 私は、これから雅子には、本来の自信と、生き生きとした活力を持って、 その経歴を十分に生かし、 新しい時代を反映した活動を行ってほしいとと思っていますし、 そのような環境づくりが一番大切と考えています。 ~~~~~~~ 私自身も全力で支えていくつもりです。 *** 皇太子様のようなお立場の方が、自分の周りを敵に回してまで、 雅子様の気持ちに寄り添い、 何よりその人格を大切にしたいと思っていらっしゃる、 その真摯な愛情、真の勇気に打たれます。 「 どこに嫁いだと思っているんだ ! 」などとは決して仰らず、 「 私の立場 」よりも女性の気持ちを第一優先し、 「 いったい何が不満なの ? 」 「 黙って子育てしていろ ! 」ではなく、 その気持ちを一緒に理解しようとしていらっしゃる。 これってなかなかできないことではないでしょうか ?! ご結婚の時の 「 全力でお守りする 」 発言から一貫してそれを通していらして。 やはり、キース好きに悪い方はいませんよね^^ ( 皇太子様と雅子様は、キース・ジャレットの大ファン )^^ 世の中の男性が皆このような考えをお持ちならば、 今すごく増えている30代、40代の独身女性も、 結婚してもいいかな、と思えるのかもしれない。 世の女性の中で、雅子様レベルのキャリアを持っている方は稀であろうし、 立場が違うでしょ、と言われてしまえばそれまでですが ... ただ、この問題は、全ての女性の叫び、共通の問題に思えるのです。 私の周りでも、すばらしい学歴や経歴を持ちながら、 子供の手が離れた時、行き場もなく、悶々としている友達がどれだけいることか。 20年に及ぶ子育てがやっと終われば、次は介護と、 女性一人の肩には重過ぎるものを課せられ、 人格、経歴などは無視されたまま、 もはや誰からも名前すら呼ばれることもなく、 ~さんちのお嫁さん、~さんの奥さん、~ちゃんのママ、 でしかない人生。 もちろん、その中にも、例えようもない喜びもいっぱいある ! そして、本人がそこに全ての生きがいを見出し、それで自己完結できるのなら、 誰が何を言おうとも、専業主婦も胸を張って立派な生き方。 それはそれで他人がとやかく言うことではないし、すばらしいこと。 でも、本人がそれだけでは自己実現できないのであれば ...。 お世継ぎ問題にしても、雅子様の場合は特別なお立場でいらっしゃる、 ということを重々承知したうえで言わせていただくならば、 「 赤ちゃんはまだ ? 」 「 早く赤ちゃんを 」 という世間の言葉に泣いている女性のどれだけ多いことか ! イギリスのダイアナ妃が亡くなられた時も、 私は泣いてしまって皆に笑われたのだけれど、 ダイアナ妃の生き方や苦悩も、 世の女性に共通の等身大のものに感じられて、いたたまれなかった。 *** 雅子様ほどの方が自己を生かして、いきいきと輝くことで、 単に皇室ファッションやシンデレラ願望ではない、 本当の意味での女性の憧れになっていただきたいな、って心から思います。 そして、皇太子様には男性のすばらしいリーダーであっていただきたい。 美智子様は、それまでの皇室の例には倣わず、 子育ては絶対に自分の手で、 とお譲りにならなかったということですが、 そういう筋をお通しになるところを、 皇太子様は受け継がれていらっしゃるのだろうと思います。 2002年、国際児童図書評議会での美智子様のスピーチには心打たれ、 新聞の切り抜き、大切に取ってあります。 そのスピーチの中で、美智子様が、 子供を育てていた頃読んだ忘れられない詩、として紹介されたのが次の詩 雅子様と、悩める女性たちに ... 「 頬 」 竹内てるよ(1904-2001) 生れて何も知らぬ 吾子の頬に 母よ 絶望の涙をおとすな その頬は赤く小さく 今はただ一つの巴旦杏 ( はたんきょう=スモモの一種 ) にすぎなくとも いつ人類のための戦ひに 燃えて輝かないといふことがあらう 生れて何もしらぬ 吾子の頬に 母よ 悲しみの涙をおとすな ねむりの中に 静かなるまつげのかげをおとして 今はただ 白絹のやうにやはらかくとも いつ正義のためのたたかひに 決然とゆがまないといふことがあらう ただ 自らのよわさといくじなさのために 生れて何も知らぬわが子の頬に 母よ 絶望の涙をおとすな
2004.06.09
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オイディプス、土曜日に2回目を見てきて、 書きたいこともたくさんあるのだけれど、 たぶん、週半ば以降になってしまいそう ... 今日も朝から 雨に降り込められて ... 紫陽花のように 雨の中でもみずみずしくありたい ... では、行ってまいります。
2004.06.07
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お気に入りの松本圭司さんのピアノ、飛び込みで聴いてきてしまいました ♪ Minako“ mooki ”Obata (Vo) 松本圭司 (Pf/Key) IN 目黒 ブルースアレイジャパン *** 仕事が早くに退けたので、予約していなかったけれど行ってみることに。 極端な寝不足でひどい顔だったけど ( いつもだと言わないで >< ) 1週間すごくがんばったから発散したくって。 会社帰りの友人を無理やりゲット(?)して道連れに (笑) 飛び込みで行ったのに、たまたま空いていた前の席を案内されてしまうところが、 もう恐ろしく強運 (爆) もっといいところで運を使え ! という声は置いておきましょうw ^^ *** mookiさんのボーカルは、 どんな歌を歌われる方なのか全く知らずに行ったのですが、 硬質なパンチあるジャズ・ボーカルでした。 大人っぽい雰囲気を持った方。 松本さんとは、何度も一緒にやっていらしゃる仲良しのようです。 気の合う同士でやるのがサイコー! っていうのが伝わってきて、 いいなあ、って。 セットリストは、スタンダード、mookiさんのオリジナル、松本さんの曲などいろいろ。 曲名、言ってくださらなかったので、よくわかりません^^ スタンダードからは、 「 Misty 」 「 All of me ] 「 My One & Only Love 」 など あと、チックコリアの 「 Spain 」 例の決めのリズムをピアノとヴォーカルのユニゾンで。 かっこよく決まって盛り上がっていました。 スティービー・ワンダーの 「 Lately 」もいいかんじでした。 松本さんの曲 「 life 」 にmookiさんが英語の歌詞をつけたものは、 ヴォーカルで歌ってもすてき ! って感心しちゃいました。 メランコリーなメロディが女声に生かされて、う~ん、いいかも。 mookiさんのオリジナルが全くわからないのですが、 さっきHPを開いてみたら、曲配信されていたので、何曲かわかりました^^ ラストが 「 Brand New Day 」 アンコールが 「 True Piece of Mind 」 多重録音の機械を持ち込んで、それを使って遊びながらやった曲もありました。 楽しそう~。 「 ちょっと貸して 」 って言いたくなっちゃう^^ 「 スタンダードっていいよね 」 って松本さん。 ピアノがほとんどだったけれど、たまにkeyも使って、 とってもリラックスして、フィーリン・グルーヴィーに弾いていらっしゃいました。 松本さんのジャズ、好きです ~ ♪ まんまる満月の夜
2004.06.03
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毎月恒例、フラワー研修のための湘南通い。 今月は3日間連続。 全国から集まってくる仲間達。 皆それぞれに鋭い感覚を持った、かなりユニークな(?)面々。 この仲間達から学ぶことはとても大きい。 刺激しあえる仲間、尊敬できる師がいるということ、 つまらないゴタゴタがなく、いい雰囲気の中で研鑽し合えるということは、 ほんとに幸せですばらしいこと。 家には寝に帰るだけになるのだけれど、 他に締め切りぎりぎりの仕事もあったりして、寝られない(^_^;) 昔から何でもぎりぎりになってしまう悪い癖。 いいかげん懲りて直さなくてはいけません(><) まあなんとか無事クリアーできてホッ ... *** 2日目、「 たまには息抜きを 」 と恩師夫妻、仲間たちと、 江ノ島の海の見えるレストランへ。 江ノ島ハーバーが見える2階の窓辺の席。 海が見えるというだけで、なぜこんなにも心つかまれるのでしょう ... ここのレストラン、先生夫妻のハーフのお嬢様と同じ名前です。 パスタもクリスピーピザもおいしかった。 「 シラスピザ 」 っていうのがあって、味の予想がつかなかったけれど、 なかなかグーでした。 シラス干しから出る塩味のおだしが効いてました。 ウチでも試してみようっと。 思いっきり和風にシソの葉など入れてみてもおいしそう。 *** 海を見ながらお食事をしていたら、 昔、横浜に住んでいた頃、ユーミンの歌に出てくるレストランを 探して行ったことを思い出しました。 < 海を見ていた午後 > 作詞作曲:荒井由美 あなたを思い出す この店に来るたび 坂を上って きょうもひとり来てしまった 山手のドルフィンは 静かなレストラン 晴れた午後には 遠く三浦岬も見える ソーダ水の中を貨物船が通る 小さなアワも恋のように消えていった あの時目の前で 思い切り泣けたら 今頃ふたり ここで海を見ていたはず 窓にほほをよせて カモメを追いかける そんなあなたが 今も見える テーブルごしに 紙ナプキンにはインクがにじむから 忘れないでって やっと書いた遠いあの日 よく子供を遊ばせに連れて行った根岸の森林公園近くにある 「 山手のドルフィン 」 これといって特別おしゃれなレストランであった記憶はないのだけれど、 あの歌の ... っていうだけで満足で。 もちろん、オーダーは 「 ソーダ水 」 実はソーダ系は得意ではないのに。 ミーハー^^ で、「 貨物船 」が通るのを待ちましたが通りませんでした(笑) 「 あなたを思い出す 」をしていたかと言えば、 子連れでそれどころではありませんでした(爆) 今もあるのでしょうか ...ドルフィン。 *** 松任谷正隆が、TVで、 「 今だに、荒井由美時代のユーミンが一番いいって言う人が たくさんいるみたいなんだけれど、 それって、僕の影響がなかった時のほうがいいっていうこと? 」 って、拗ねていらしたことがありましたが、 私も 「 やっぱユーミンは荒井由美でしょ 」 という世代です。 なんなのでしょうね~ 10代でしか感じられない、空気感。 未熟で偏っていて青っちょろいものなのだろうけれど、 その年代だけにしか見ることができない特有のもの。 大人になるに連れて失くしてしまう、透明な感覚。 お世辞にもうまいとは言えない荒井由美時代の直線的な声に、 そんなことを感じて。 そして、それを聴いていたころの自分もまた10代で ... いろいろな想いが交錯します。 ハイファイセットが歌うユーミンも好き。 ジブリの 「 魔女の宅急便 」 でも 「 ルージュの伝言 」 や 「 やさしさに包まれたなら 」などが使われたので、 今10代であるウチの娘もまた、ユーミンが好きになって聴いています。
2004.06.02
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