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「聴く」こと、「対… New! かめおか ゆみこさん

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森の声

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2016.01.05
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カテゴリ: カテゴリ未分類
私自身の人生というか、生き方というか、そういうものの目標は「自由になること」です。

競争に勝つことや、お金持ちになることではありません。
武術なども学んでいますが、それは「強くなるため」ではなく、「他者からも自分自身からも自由になるため」です。

子育てや教育のことを考える時も、「子どもが自由になる、大人が自由になるためにはどうしたらいいのか」という視点で考えています。

気質のワークや、心やからだのワークをする時も、「心やからだが自由になること」を一つの目標にしています。

物語の大切さを語るのも、物語には人を自由にする働きがあるからです。

苦しい生き方をしている人は、自分で「苦しい物語」を作って、自分自身をその中に閉じ込めて生きているのです。

「苦しみ」を創り出しているのは自分自身なんです。

でも人は、その苦しみの原因を親や、我が子や、パートナーや、社会に求めます。


でもそれをやっている限り、苦しみは消えません。

「束縛すること」は「束縛されること」であり、「否定すること」は「否定されること」であり、「嫌うこと」は「嫌われること」であり、「奪うこと」は「奪われること」であり、「殺すこと」は「殺されること」だからです。

そのように物事は連鎖しているのです。

また、「苦しみの原因」を自分自身に求め、自分で自分を否定している人もいっぱいいます。

自分で自分を否定していたら苦しくて当然なんですが、なぜかそういうことをしている人がいっぱいいるのです。

そして、そういう人はセラピストのような「苦しみを取り除いてくれる人」を求めます。

でも、セラピストは「苦しみ」を取り除くことは出来ません。

これは「医者」も同じです。

実は、セラピストは苦しみを取り除くことが出来ず、医者は病気を治すことが出来ないのです。

ただ、その本人が自分で自分の苦しみを消す手伝いをしたり、自分で自分を治す手伝いをすることが出来るだけです。

ですから、「癒してください」「治してください」とセラピストや医者に依存する人ほど、いつまでも癒されないし、治らないのです。




人は本来みんな自由なんですから。

確かに、「重力」という束縛、「寿命」という束縛、「社会」という束縛、「家族」という束縛、「病気」という束縛、「肉体」という束縛、「物理法則」という束縛はあります。

でもそれらは「束縛」と考えれば「束縛」ですが、「自分を支えるもの」と考えれば「束縛」ではなくなるのです。

そして、むしろそれらがあるからこそ「自由」を得ることが出来るということが分かってきます。

肉体は「わたし」の自由を奪うものであると同時に、「わたし」を自由にしてくれるものでもあるのです。



「親がいることで出来ること」を考えずに、「親がいることで出来ないこと」を考えるから「親」が「自由を束縛するもの」になってしまうのです。

「子どもがいることで出来ること」を考えずに、「子どもがいることで出来ないこと」を考えるから「子ども」が「自由を束縛するもの」になってしまうのです。

どんなに恵まれた状況の中にいても、「出来ないこと探し」ばかりをしていれば不自由にもなるし、苦しくもなるのです。

逆に、他の人の目には苦しい状況の中にいても、「出来ること探し」をしている人は、自由です。そして、そのような人は生き生きとしています。

ただ、そうはいっても、今までの考え方やからだの癖があるので、「何が出来るのか」はなかなか分からないものです。

でも、探し続けていると、少しずつでも見えてきます。

そして、それが見つかると、またちょっと自由になったことが実感できて嬉しいものです。





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Last updated  2016.01.05 16:36:35
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