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「聴く」こと、「対… New! かめおか ゆみこさん

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森の声

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2016.01.19
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カテゴリ: カテゴリ未分類
「出会う」というのは本当に難しいです。

人はいつも「幸せ」を探していますが、もしかしたらズーット探し続けてきた「幸せ」は、いつもあなたの傍にあったのかもしれません。

でも、それに気づき、それに出会える人はあまりいません。

道端の花は、「永遠の真理」と「絶体の美」を示していますが、私たちは「高いお金を出して買ったもの」の方に美と価値を求めようとしています。

毎日子どもと一緒に暮らしているのに、子どもの笑顔や悲しみに気づかない人もいっぱいいます。

そういうことはみんな「当たり前」のことだからです。

私たちは全員、常に「重力」に引っ張られているのに、滅多なことがない限りその「重力」には気づきません。

それと同じです。

でも、幼い子どもたちはまだその「当たり前」が当たり前ではありません。



でも、知識と常識で世界を見ている大人達には、子ども達が出会う「そのこと」が見えません。

だから、「不思議」の感覚を共有することなく、単に大人の知識と価値観で、その「なぜ?」「どうして?」を説明しようとします。

そして、その知識と価値観を理解できない子どもを「無知」と断定してしまいます。

そんな時、子どもと一緒に、その視点と感覚を共有できれば、大人でも、長い間忘れていた「そのこと」と出会うことが出来るのですが、なかなかそういうことが出来る人はいません。

道端の石ころを拾ってきて、手の上に載せ、転がし、色や形を見、重さを感じ、その石の歴史を想像してみて下さい。

道端の一輪の花の傍らに座って、色を楽しみ、形を楽しみ、匂いを楽しみ、その花を支えている天の働き、地の働き、宇宙の働き、生命の働きを想像してみて下さい。

ちなみに、土はミミズや細菌が作っています。

ミミズや細菌がいなければ、土は存在せず、植物も存在せず、動物も存在しません。

名前もわからない目の前の一輪の花でさえ、天の働き、地の働き、宇宙の働き、自然の働き、生命の働きがお互いに助け合い、支え合うことで咲いているのです。

それが「不思議」なんです。

DNAの仕組みが分かっても、その「不思議」の答えにはならないのです。




春になったら、それまでは枯れ木のように見えた木々や、枯れ野原などが、一面、緑や花々に覆われます。

これって不思議ですよね。

私は大人で、しかも理工系ですから、もちろん知識では原理を知っています。
でも、春になるたびに「不思議」を感じるのです。

世の中には知識では説明できない「なぜ?」「どうして?」もあるのです。








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Last updated  2016.01.19 17:16:36
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Re:「花と出会う、石ころと出会う」(01/19)  
あおあお さん
息子が、言い方がしっくりこないけど、停滞期、みたいな感じです。

息子が悩んでいるのかはわかりません。もしかしたらたいして何も考えていないのかもしれないし、もしかしたら、すごくしんどいけど、自分なりに見つけていってるのかもしれない。

ただ、見える部分だけでは、停滞期かなと。

私は親です。
そういう意味では息子のことには敏感です。


心はどうなのか
不安はないのか
私はどうなのか

考えたらきりがないくらい、でも頭によぎります。


だから(言い方は違うかも、だけどあえて)停滞期みたいになると、モヤモヤもする。

で、そういうときに失敗してきました。


息子を見るだけでいいのに、息子の状態たけ見ちゃう。


停滞しているからこそ、見えない部分が成長してるかもしれないのに、急いでしまう。


今、笑って過ごそうと思います。 (2016.01.19 20:25:26)

Re[1]:「花と出会う、石ころと出会う」(01/19)  
あおあおさん

>停滞しているからこそ、見えない部分が成長してるかもしれないのに、急いでしまう。

私もそう思いますよ。 (2016.01.19 21:49:16)

Re:「花と出会う、石ころと出会う」(01/19)  
炊きたてご飯 さん
>「一つのもの」と出会うことが出来ると、その「一つのもの」を支えている「多くのもの」とも出会うことが出来ます。

4歳の息子、昨年末、大人の会話を聞いていて
「きょねん」てなに?と質問…
「ん?去年?う~ん、息子君が3歳になった年だね、2014年、今は2015年、息子くんが4歳になった年。」
「ふ~ん?」

お正月になって、卓上カレンダーがゴミ箱にあるのを見て
「なんでカレンダー捨てちゃうの?!」
「去年のだからね。もう2016年になったの、平成28年」
「そっか!捨てないといっぱいになっちゃうからだね!ぼくはもう5さい?」
「いやいや、○月になったら5歳」
「2015ねんぼくは4さい、2014ねんぼくは3さい、2013年ぼくは2さい、2012年ぼくは1さい、2011年ぼくは0さい」(数字に強い息子です…)
「そうそう、2011年の○月に息子くんは生まれたんだよ」
と言うと
「そっか、たんじょうび!」
と、何かつながった様子。
「色々分かってきたねぇ、かしこいかしこい!」
とほめると、
「かようびとどようびがゴミすてる日もわかるよ!」
と、得意気…。

ちょっとブログ記事の内容と違うかな?
でも、分かってうれしい!の現場に立ち会えることが、なんか新鮮でこちらも嬉しくなります。
いつまでも知りたい意欲が失せないといいな。 (2016.01.21 08:45:57)

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