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「聴く」こと、「対… New! かめおか ゆみこさん

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森の声

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2019.01.31
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カテゴリ: カテゴリ未分類
「命あるもの」はみな、機械では計測することが出来ない「音」を出しています。

「機械では計測出来ない」などと言うと、オカルト的な感じになってしまいますが、そういうものは私たちの周りにいっぱいあります。

というか、私たちが日常的に感じていることのほとんど全てが、機械には計測出来ないのです。

なぜなら、機械には「感じる」という能力がないからです。

機械はただ入力された情報を分析しているだけです。糖分を分析する機械がありますが、あれも、成分を分析しているだけで「甘さ」を味わっているわけではありません。

機械に絵を見せても、音楽を聴かせても、機械は何も感じません。「どんな色が使われているか」、「構図はどうなっているか」、「この音楽は誰の音楽か」ということの判断は出来ても、人間にとってはもっとも単純な「味わう」ということが出来ないのです。

機械には「客観的な情報を計測する能力」はあっても、「主観的な情報を計測する能力」はないのです。「主観」の母体となる「自分」というものを持っていないからです。

そもそも、「主観的な情報」を得るためだけだったら機械は必要がないのです。

そして、人間の日常生活を支えているのは「客観的な情報」ではなく「主観的な情報」の方です。



ですから、人間にとって本当に大切なことは機械ではなく人間が判断するしかないのです。
人間が判断すべきことを機械に任せていたら、人間が住みにくい世の中になってしまうのです。

で、話しを戻しますが、「命あるもの」はみな「命の音」を発しています。
「気質」はその音色のようなものです。そして、その音色は「色」に変換することも出来ます。「黄色い声援」という言葉がありますが、実は私たちは「音」にも「色」を感じることが出来るのです。

そういうことを研究した芸術家達もいました。

でも、ほとんどの人が「そんなこと言われても、そんな音私には聞こえません」とおっしゃると思います。

それはその通りです。その「音」は耳で聞く音ではないからです。

「色」もまた、目で見る色ではありません。

それは、自分の命の感覚に響かせることで始めて聞こえてくる音であり、見えてくる色なんです。
内側に聞く音であり、内側に見る色なんです。

そして人は無意識的にそういうことを普通にやっているのです。



「気分」という「目には見えないもの」と「色」を合わせますよね。

冷静に考えたら、これって不思議だとは思いませんか。

洋服をコーディネートするときには、「下がこの色だから上はこの色で、靴はこの色で」と色の組み合わせで考えますよね。

それと同じように、人は「自分の気分」と「色」を組み合わせたりしているのです。

ということは、実は「気分」には「色」があるのです。ただしその「色」は「自分の命の状態の色」なので、目で見ることは出来ません。


また、上に書いたように「好みの色」が「気分」によって変わることもありますが、「いつも紫が好き」という人もいます。

「いつも赤が好き」、「いつも黒が好き」という人もいます。
(好きな色が固定している人の気質は分かりやすいです。)

その色も、その人の「命の状態」と関係している色です。

同じようなことが「音」や「音楽」にも言えます。

私が他の人の気質を見るときには、その人の「命の状態」を感じるようにしています。

そこで感じた「色」や「音」を基にして、「この人は○○質かな」という判断をしています。
でもだから、分かりやすい人もいますが、「色」や「音」は見えていても、色々な「色」や「音」が混ざっていて、単純な「気質分類」に当てはめることが難しい人もいるわけです。





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Last updated  2019.01.31 10:18:09
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