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このところ、梅雨空続き湿度高く、天気ぐずつき気分爽快といかない欝とおしい日が続いている老いていく者にはこの天候は身体に応える でも、夏野菜がぐんぐん育って、わが家の食卓を賑わしている わが家の野菜は朴訥で、生真面目、真っ直ぐに飾らず生きている有機農業をめざしている青年が作っているものである彼の土を耕す情熱野菜をそだてる愛情をいっぱい注がれて育っている野菜たち 四葉胡瓜でこぼこした肌、ぶかっこうな形だけれどみずみずしく、しゃきしゃきと歯切れよいスーヨーキュウリスーパーに売っている同じ大きさ、同じスマートな姿の胡瓜とは見栄えは悪いが胡瓜のプンとした匂いがただよい食卓に夏が訪れたのを確認する こんなに曲がりくねった胡瓜も農業をめざす青年の愛情を思うとおろそかにはできない。胡瓜さん良く育ったねありがとうとお礼を言いたくなる 曲がっていても器量が悪くとも胡瓜は胡瓜バリバリ、シャキシャキ、冷たく、美味しい胡瓜の酢もみ 夏の元気を届けにきます 葉物の少ない夏場 それを補う野菜として 青年が届けてくれている野菜 おかのり (アオイ科、ゼニアオイ属。原産地・中国、温帯熱帯地方。乾燥した葉をもんだり、ゆでたものが海苔のように見えることからこの名がある。) おかのりは、奈良時代より栽培。日本の古来からある野菜なのである。万葉集にも登場する「あふひ」のことである。梨棗(なしなつめ)きみに粟つき はふ葛の 後に逢はむと 葵(あふひ)花さく オカノリの葉を茹で、ゴマをふりかけ、お醤油をかけておしたしとして、わが家では食べる。「ぬめり」が少しあり、食欲をそそる。そのほか、お味噌汁の実、天ぷら、いためものと調理の仕方簡単でいろいろと楽しめる 更に夏場の「葉もの」の補いとしてのおかひじき 日本では、古くから食べられており、かっては自生していたものを食べていた。17世紀に食用栽培の記録があるという。 ビタミンA は、ほうれん草に劣らず、カルシュウムは、ほうれん草の倍以上。鉄分、ビタミンCも含み、夏の野菜にはぴったり、 おしたしにしたり、洋風のサラダにあえたり、酢の物に添えたりとこれまた、重宝する夏野菜である。 うっとおしい梅雨の季節むしむしする梅雨の季節夏の野菜たちは、夏の太陽のエネルギーをいっぱい吸い込んで、その葉に力強いいのちを貯えている夏の濃厚な野菜の味、かおりをわが家の食卓に運んでくれている 夏野菜を知らない子供たち 最近の中・高校生は、胡瓜・なす・トマト・ピーマン・かぼちゃなどが夏の野菜だということを知らない これらの野菜は年中スーパーでは売られている。味も年中同じ。(私は、冬にはキュウリを、ナスをトマトをスーパーの生鮮売り場では買わないことにしている。夏にはホウレンソウを買わないことにしている。)あの胡瓜のみずみずしい、しゃきしゃきとした感触、あのトマトの青臭いにおい、トマト独特の酸味、シシトウやピーマンのあの独特の苦味 これらはすべて薄められ、夏の野菜の個性を失って一年中、子供たちの口に入っている。子供たちも、無個性の味覚に慣れ、夏、露地で育った野菜などは嫌いなのである。夏の強烈なエネルギーを貯えた野菜は今の子供たちには強すぎる。 野菜という名のついた別の品物という感じである。 夏の厳しい気候条件の中で育つ野菜の、独特の強い個性、現代ではこれは邪魔なのである。それぞれの野菜の個別性は必要悪なのである。 農業の企業化などと今、叫ばれているがますます、野菜たちは、自然の荒々しさのなかで生育することを止め、トマトでない甘いトマト胡瓜でないキュウリなすでない、たらたらの軟弱なナスほうれん草でない葉っぱ小松菜でない葉っぱがホウレンソウコマツ菜の名前で売られることになるであろう。益々、味、姿が規格化され、そのマニュアルに沿って効率よく管理される野菜たちが誕生するであろう どこか幼い子供たちの育ちと似て、野菜たちも、商品として、見た目は格好良く、味はほどほど可もなし不可もなしとして売買されるであろう。 これで、人が育つか?人を育てる食がこのようでよいか。
2009.06.22
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初夏の熊野路5月の終わりの熊野路は欝蒼と生い茂る広葉樹林の群落がつややかな若葉色に燃える ウバメガシ(姥目樫) (大島・樫野崎のウバメ樫:ブナ科、コナラ属。備長炭の材料。果実はどんぐり状で、渋み少なく食用となる。材は硬く艪臍(ろべそ)などとし、若芽はタンニンに富み、付しの代用。暖地の海岸部の山の斜面にかけて 多く見られる。神奈川県以南、南限は沖縄県。特に、海岸付近の乾燥した斜面に群落をつくる) 太平洋を見下ろして 山の斜面に覆いかぶさるように群生しているウバメ樫 何百年もこの大地に生き続けて今、ここにある 海岸林を構成する代表的な常緑樹林材、実、若芽、など四季おりおりに、人々の暮らしを豊かにして、人々とともに生き続け今ここにある。 今、花盛りのセンダン(栴檀)の木 (本宮・大斎原の栴檀の木。ムクロジ目センダン科。西日本を含む東アジア各地の熱帯・亜熱帯域に自生する落葉高木。温暖な地域の海岸近くや森林辺縁に多く自生)栴檀(センダン)の花はこんなに繊細な淡いむらさき色 (センダンの花。冨士子婆が朝の散歩道で、お庭からこぼれ咲いていた繊細で可愛らしい花に思わずシャッターをきったが、ピントが甘くピンボケ。ご容赦を。庭木であるので木の高さは1.5mほどのものであった。熊野路・本宮のセンダンも多分こんな花を咲かせていると思う) このような可憐な花が天に向かって群がって咲いているさまは壮観燃える若葉の緑色のなかに華やかに浮かび上がる栴檀の淡い紫 「センダンは双葉より芳しい」という諺があるが、この諺の「センダン」は「白檀」のことであり、栴檀とは別種であるという さらに梛(ナギ)の木 (新宮・速玉大社のナギの大木。学名:Poducaruus nagi マキ科の常緑高木で古くから熊野信仰と結びつき、神社などの御神木によく用いられる。小田原あたりが生育地の最北限 梛(ナギ)の大樹暖かい地方に生えるので「南木」から「ナギ」の木の名の由来があるという古来から日本の大地に根をはり生きてきた木「海が凪ぐ」とか「苦難を薙ぎ倒す」などの「なぐ」という言葉はこの「なぎ」の木に語源があるという。 その昔、熊野や伊勢神宮にお参りする道中の加護を願って、ナギの木の葉っぱをお守りにしたという。「苦難をなぎ倒す」パワーにしたのである。 ナギの葉は、中央に葉脈なく、多くは平行脈の笹の葉と同じで、葉を引きちぎるには、相当の力が必要とされたため、裂けにくいところから、「縁が切れない」ようにと嫁入りのとき、母が娘にお守りとしてもたせたという。(ナギの葉っぱ) 熊野地方では、神木とされ、古くから鏡の裏やお守り袋に入れて災難よけとして暮らしのなかで人々とともに生き続けてきた 又、古来よりこの木が生き残って、今あるのは、他の植物の育成を抑制したり、鹿の食害から守るための化学物質「ナギラクトン」を有しており、環境を守る木としての強い生命力をもっているナギの木 重厚な大樹となって聳える タラヨウ (多羅葉) (本宮大社のタラヨウの大樹。モチノキ科モチノキ属。関東以西~九州、中国地方に分布。常緑高木広葉樹林。) 以前、絵手紙 のところでも取り上げたタラヨウ。厚い硬い葉、鋸のように鋭い鋸歯 葉の裏には葉脈なく、棒などで字をかくと、そこがやがて茶色になり、文字が浮かび上がる。文字通り「葉書」の木として、郵便局の木にも指定されている。 紀伊半島、熊野路にみられるこれらの樹木は古代から日本列島を覆い、豊かな森をつくってきた樹木ばかりだ。 暖かな海岸地方に適した生態となって何千年ものあいだ、大地に根を張りこの地球に生物たちが豊かに生息できるゆりかごと成ってきた森の樹木たち。 熊野路には、2009年の今もそのかっての豊かな森の痕跡をかすかに残している樹木たちが息絶え絶えになりつつも生き続けている。 初夏の陽光が若葉の森をまぶしいほどに輝かせる5月下旬の熊野路である Mr.& Mrs Danjoseの熊野路の旅 (瀞八丁の川さつき。絶壁にへばりつくように咲いていた)Danjose夫妻は、5月25日~27日の3日間、故郷の熊野路を旅しました。しかも、その旅のお仲間は高校生の同級生のグループで、そのなかの3組のカップルは、高校時代にできたカップルというのである。総勢10人余りの旅道中なのである。隔年で、このグループはあちこちに旅行することになっているという。 人生の最終ラウンドにさしかかった者たちが、このように集うことができるとは、なんと素晴らしいことでしょう。人生の終わりに、このようにおだやかに旅をして語り合えるとはなんと豊かな素晴らしいことでしょう。 熊野路はもう夏(5月下旬にもうアサガオがこんなに成長し咲いている。ソテツにからまり咲いている。やはり暖地なのである) (串本・樫野崎のソテツと朝顔) そして、ハイビスカスもこんなにもう咲いている (串本・橋杭岩:熊野路の5月下旬は、もう夏、ハイビスカスとユリがこんなに咲き誇る) 5月末日の熊野路はもう夏のおとずれ光る広葉樹林の大樹と夏の花々が盛りと咲く。
2009.06.11
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5月26日ちーちゃん、2歳のお誕生日おめでとう (6月7日:冨士子婆が撮影。この土曜、日曜と森のたんけんたいの田植えでちーちゃんも参加。どろんこ遊びに夢中で、まっ黒に日焼け。まさに田舎の子) ちーちゃんは、遊び上手、遊びの天才だからママは姉のことちゃんに比べて手のかからぬ子と喜んでいます ちーちゃんは、食欲旺盛、好き嫌いなく何でもぱくぱく、美味しそうに食べますだからママは姉のことちゃんに比べて手のかからぬ子と助かっています (自宅の近くの公園のブランコの囲いの柵を鉄棒代わりにぶらさがって遊んでいます) ちーちゃんは手のかかる気難しい姉のことちゃんを小さなまなこでじーと見て育っています ちーちゃんは姉のことちゃんのやることすべて羨望の眼差しでじーと見て育っていますそして、真似して自らの能力を育てています (ママに禁止されている、チュチュを吸って、大喜びのちーです。おばあちゃんは許してくれます) でも、ちーちゃんはまだ赤ちゃんです ママやパパの丁寧な、まっすぐな声かけや愛撫が必要です (日焼けして、鼻たらして、天真爛漫、今時、珍しくなった、山ザルの子、子どもらしいちーちゃん) ちーちゃんは姉の付属物ではありません ちーちゃんはやわらかで、ちっちゃなまだ誕生して2年のいのちです かけがえのないちさといういのちです ちーちゃんの発達の道すじを見極めることの大切さ 5月26日がチサの2歳の誕生日でした。ママは職場に復帰して、職場での立場も重くなり、仕事の内容も益々面白く、自分の能力超えること多くなり、育児と仕事の両立が正念場を迎えている。第2子のチサはそのために、手のかからぬ子として、手抜きされています。誕生日だというのに、ちーちゃんが主人公の写真さえ撮られていません。バアバの私も、忙しくなかなか孫たちに会う機会なく、(孫の育児支援は最近は、もっぱらジイジの役目になっています)やっとこのまえの日曜日(7日)、ちーちゃんと交流しました。写真も撮ってきました。 ちーちゃんの成長記録が少なすぎるので、このお婆が書き留ておきます。 ちーちゃんは遊び好きで、以前、熱が出て、保育園お休みのため預かった。病気なので、お昼寝をたっぷりさせようとさんざん苦労しました。ベビーカーに乗せて、子守唄を歌っても、おんぶして寝かせようとしても、1時間たっても寝ません。オバアのほうが疲れベットにおろして、一緒に寝ようとしても、ベットの上で遊びの続きをひとりでやっています。オバアの方が疲れて、眠くなってしまいうつらうつら。ひとりしこしこと遊んでいます。そうするとしばらくして、ちーちゃん、すわりながら揺れています。そして、数分したら、ばたりと座ったまま倒れこみ、寝てしまいました。あくまで、遊びつづけ、その先に眠りがありました。 ちーちゃんは言葉の発語が遅れています。こちらのいうことはかなり複雑なことも驚くほどよく理解しているのですが、自らは言葉がでません。すでに、単語ではなく、2語文、3語文として、口のなかで、もぐもぐと繰り返していますが、いまだ調音ができず、言葉となっていません。 先日、日曜日に遊んだときのこと、階段を下りるとき、お婆におんぶしてもらって、階段を下りたいと繰り返し要求。お婆は、自分ひとりでも、足元危なく、おんぶしては、階段をごろごろと転がり、イタイイタイになるよと説明すると、納得。自分ひとりで、一段一段確かめつつ前向きに降りた。 それからしばらくして、本を読むことに、そしたら、ちーちゃんが選んで持ってきた本「こぐまちゃんのいたいいたい」なんと、こぐまちゃんは、階段で、ぬいぐるみのキリンさんやリスさんやペンギンさんと遊んでいたら、前向きに階段を下りようとして、すってんころり、1階までころげ落ち、遊んでいた動物たちも、すってんころり、どどっと落ちた。ここで、ちーちゃん、先ほどの自分の階段を下りる場面とイメージ重ね合わせ大喜び。「どーん、こぐまちゃん、おちた、イタイ、いたーい」の場面を何度も声を出して自分で読んでいました。 ここには、言葉を幼子がどうやって獲得していくかの素晴らしいお手本がある。実体験と深く結びついて言葉が獲得されていく時、その言葉は、生きた血肉となって幼子のものとなる。ちーちゃんはこのように、実践と結びつけて、言葉を獲得していくタイプ。姉のことちゃんは、記憶力だけで、多量に言葉を獲得する。姉のタイプは一見して、言葉の獲得が早いように見えるが、真に自分の活き活きした認識と言葉が結びついていないので、これはこれで又問題がある。 この2人の言葉の獲得の仕方は、真反対であり、どちらが良いというものでもないが、それぞれの特性を深く理解して、子どもをサポートすることが周りの大人には必要だ。ちーちゃんの良さをもっと深く親は認識して、丁寧に育てなくてはいけない。ことちゃんを小さくしたものではない。全く別のちーちゃん固有の発達の道すじがある。 それを親として、もっと見つめる必要があるとちーちゃんのママに忠告したい
2009.06.09
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5月の始めに絵手紙を始めた筆なるもの40年ぶりに久々に握る上に、絵手紙などには全くの無知無能状態。とりあえず「絵手紙入門」小池恭子著(主婦の友社)を買い求め作品の模倣からはじめることにした。 その絵手紙入門書は、まず手始めに葉っぱを描くことを薦めていたので、指示通りに描いてみた。 今、その初めての絵手紙は手元にないが、嫁の小雪さんに送った。小雪さんからきたメールの返事「とても楽しそうで、いいですね。ブログで紹介したらどうですか。ところで、この葉っぱは何ですか?サクラの葉ですか?」一応、確かめて「タラヨウの葉」と返事しておいた。 しかし、である。Mr.Danjoseが5月下旬に「熊野路」を旅しました。初夏の熊野路のその写真のなかに、 タラヨウ(多羅葉)の樹がありました。この写真との出会いがタラヨウに対して私の心を動かした これは、本宮大社にあるタラヨウの木の立て札 そして、その多羅葉の樹は、こんなにこんもりと濃く茂る大樹であった。 (モチノキ科モチノキ属 常緑高木。雌雄異株。東海地方以西の暖地の山地に自生。寺院や庭木にも植えられる) トチの葉のように、厚く、硬そうな葉っぱ。 さらに、調べてみると 貝多羅葉(ばいたらよう)「貝多羅」は梵語pattraの音写、葉の意味。古代インドで文書や手紙を書くのに用いた多羅の葉。シュロの葉に似て厚くて固い。干して切り整え、竹筆や鉄筆で文字を彫り付けた。仏教の経文を書写するのに使用。多羅樹はパルミラ椰子の別称。 タラヨウの名は、インドで古くから写経材料として使われたオウギヤシの輸入名である「貝多羅葉」(バイタラヨウ)に由来するという。寺社に植えられるのは、このようなことに因る さらに、 ハガキという言葉は「葉っぱに書く」 から「葉書」と書くようになったというのである。 (わが町の図書館の敷地内あったタラヨウの木。まだ若い葉っぱので、葉の肉厚がたりないか。木の棒などで傷つければ5分もすれば、少しずつ茶色になる。) このような由緒ある葉を絵手紙の始めに描いたとは。 無知であることは恐ろしい。その葉の姿、趣など全くわからずただ模倣していた。「サクラの葉」と見間違われるのも頷ける 絵手紙を始めて1ヶ月もう一度タラヨウの葉っぱに挑戦 タラヨウの葉の固い重厚さをだすことは難しい 一枚の葉っぱから木の姿をイメージできるように描く事は難しい。その木の歴史の重さを描ききる事は難しい初心者には難しすぎるテーマ 一枚の葉っぱも奥深いのだ 益々絵手紙は面白くなってきたぞ タラヨウについての詳しい解説があります。
2009.06.04
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虹立つ5月8日、Danjose の住む東京近郊に見事な虹が立ちました。梨畑から大空に大きく架かる虹の橋下を向いてばかりの現代の私たちが大空の果てしない大きさにふと気付くそんな大きな虹大空を駆け巡る虹 『翼』武満徹 作詞・作曲風よ 雲よ 陽光よ 夢をはこぶ翼 遥かなる空に描く 「希望」という字を人は夢み 旅して いつか空を飛ぶ風よ 雲よ 陽光よ 夢をはこぶ翼遥かなる空に描く 「自由」という字をこの武満徹の歌は、見事な虹に見とれて大空を仰ぐとき、広い自由な気持ちになって口ずさみたくなる詩です。この虹にぴったりの詩この「翼」という歌は、私の住むお隣の市・尾張旭市「9条の会」が3周年の集いとして憲法記念日の行事に澤地久枝さんの「ひとりからはじまる」という講演会を持った。その前座で地元の合唱サークルが歌った。とても大きく歌い上げて感銘したこの虹の写真のイメージと重なったまた、記念講演された澤地久枝さんは1930年生まれの79歳。3度も心臓の手術され、ペースメーカーを入れておられ最近、両眼の白内障の手術をされたばかりのお身体であった。澤地さんは全国9条の会呼びかけ人、9人のお一人であり、この9人のなか、すでにお二人は(小田実氏、加藤周一氏)故人。全国の呼びかけ人はすべてご高齢のため、健康のことを考えて県レベルの講演会にしか、講師として派遣できないという、全国事務局の方針を敢えて曲げて、人口数万の地方都市に出向いて下さった。その心意気、凛としたお姿と声、その生きざまそのものが、その80年に及ぶ人生の重さが平和を守り、発展させることの意味を私たちに静かに語りかけていた。 病んでもなお立ち上がり、語りかける姿は感銘を受け、励まされる。この日の聴衆も千人を越え、通路まで溢れる盛況であった。聴衆者も高齢者に偏らず、中年も多く参加していたのはよかった。若い人々に、高齢になってしまっている戦争体験者の思いを伝え、受け継ぎ、発展させていくことの大切さをこの今、2009年の世界情勢は益々要求している。このことを、改めて肝に命じる講演会であった。さらに、前座の合唱でうたわれたもう一つの「合唱曲」「いちばん大切なもの」 (松本三紀夫 作詞・作曲)いちばん大切なもの平和 命はぐくむもの平和命はまもり育て上げるもの 平和はまもり築きあげるものいちばん大切なもの 命戦争の苦しみの中から生まれた多くの犠牲の中から生まれた平和への誓い平和への約束武力は持たない戦争はもうしないみんなの宝 憲法9条冬の日の暖かな陽だまり春の日 つぼみ薫るそよ風ささやかな暮らし つつましい幸せ子どもらに残す普段着の平和守ろう憲法9条 命いちばん大切なもの 命何より尊いもの 自由自由と平和は一対の翼はばたけ翼よ あしたの空へ世界に示そう憲法9条いちばん大切なもの 命この合唱も地元の「合唱サークル」が歌いましたが、とても大きく歌い上げ、静かに、しかし、秘めた熱い思いを伝えていました。とりわけ、伴奏のバイオリンの音色が、心に沁みいるもので素晴らしかった。
2009.06.04
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初夏の高原に咲く花々 5月30日、数日前より太平洋に低気圧が停滞し日本列島は荒れ模様の日に茶臼山にハイキングに出かけました その茶臼山に登る入り口で 、私たちを迎えてくれた花 ホソバシャクナゲ(細葉石楠花) 淡いピンクが塊となって濃いグリーンの細い葉のなかからすくっと現れる透き通る花びらのピンク 華やかで気品に満ちた花色 ホソバシャクナゲは 静岡と愛知の山地に自生し、絶滅危惧種に指定されている。 透き通る紅色あるときは明るいオレンジ色にもなる微妙な色合い鮮やかに新緑に映えるレンゲツツジ(蓮華つつじ) つぼみのつき方がレンゲの花を思わせることからレンゲツツジの名をもつという。こんなにも美しい花を咲かせるレンゲツツジも枝・葉は猛毒な物質を含むという 濃い朱の紅の花が美しいドウダンツツジ 初夏の茶臼山高原は今ツツジ類の花々があちこちに華やかに咲いていた 冷涼な気候にその花の色は鍛えられ絵の具では表せない色の微妙さ ヤマボウシの白ガマズミの白ヤマフジの淡い紫 新緑の高原は今初夏の色に溢れていた。 茶臼山山頂への道はかなりの険しい急な山道薄暗い湿った林床には 可愛らしい花が点々と咲いていたクルマムグラ 粉雪が笹の葉のグリーンに舞い落ちたかのように白い花を咲かせている雪の妖精のような花ユキザサ(雪笹) さらに 薄暗い林のなかに そこだけをぽっと明るく和ませて 咲く ササバギンラン(笹葉銀蘭) さらに 奥深くすすむと 暗い林床や斜面に 人の腰丈ほどもある 大きなシダがニョキニョキと群れていた その光景はちょっと壮観(シダの名前はまだ調べてないが。ご存知のかた教えてください) そしてそのシダ繁茂する両側の山道のあちこちにには マムシグサ(蝮草) マムシのような茎ラッパのような苞 湿った林のなかは、初夏の生き物達のいのちのざわめきに満ち満ちていました 5月30日、天候があまりよくなかったのですがグループで愛知県の奥三河にある茶臼山高原にハイキングに出かけました。茶臼山は標高1425mで愛知県で一番高い山。長野県との県境となっている山でもあります。 山登りの標高差が大きく、登るのに必死で、雨が降りそうということもありゆっくり植物をながめたり、写真に収めたりの余裕がありませんでした。ピンボケの写真ばかりで、満足できるものは撮れませんでしたが、まぁ、冨士子婆の技術と壊れそうなコンパクトデジカメでは、これが精一杯というところです。 近年は茶臼山南面の萩太郎山斜面はスキー場となり、今年からは「芝桜の丘」スポットとして宣伝されたため、土・日など車の渋滞で何時間もかからないと到着せず、都会の繁華街に行くとほぼ同じ服装、すなわち肌着のようなワンピース、ハイヒールのつっかけのような靴を着用してわんさと車で若者や中高年が押し寄せています。芝桜の丘を見るのに、リフトで2時間待ちというのですからあきれるばかり。 このような開発のため この地域の植物相亜温帯林の原生林がどんどん消滅しているとのことです。 新聞やテレビが、あの山の「芝桜」が素晴らしいと報じると信じられないほどの人々が押しかける。自宅の戸口から車で、リフトにのり、その丘を見学し、又、車で自宅の戸口まで。 このように人が移動することが消費を盛り上げることとして歓迎されるとは情けない。 あの車の洪水は二酸化炭素の排出量を益々増加させるだけなのでは それで繁栄する社会なら繁栄しないほうがよいのでは。 その奥三河の農業者たちもこのように人を呼び込むことを地域振興と考えているのだろうか。 どこか変だ狂っている。
2009.06.02
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