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昨夜の教育テレビを見た。「ETVワイド」ともに生きる。そこに72歳の脳性マヒ者、横田弘氏が出演していた。彼の所属する団体「青い芝の会」について話されていた。こんな会があったなんて知らなかったので、そこで取り上げられていた青い芝の会行動網領を探してみた。青い芝の会ホームページ家族に脳性マヒの子が生まれたことを悲観して、家族がその子を殺してしまう。そうすると減刑嘆願が当たり前のようになされる存在。70年代後半まで、平気で車椅子でのバス乗車拒否などされていた存在。私は障がいを抱えた人々がこんなにも差別されて生きてきたことを、実際には知らずにいた。時代背景や実際にあったさまざまな人権侵害に目を向けずに行動網領を読むと、なんという文章かと驚くだろう。しかし、昨夜の穏やかな横田氏の笑顔に72年の人生がにじみ出ていた。脳性マヒ者である横田氏が話す姿を見て、「ママ、この人病気なの?かわいそうな人だね。」と障がいを抱える長男が言った。私は「いいえ。この人は不幸ではないのよ。この人は精一杯自分らしく生きてきた幸せな人なんだよ。」と答えた。幸せな人と言い切ることにふと不安を感じるけれど、それでもあえてそう言いたいと思った。
2005年10月30日
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なんと今日は長男が学校を脱走しました。一年生の頃、普通学級で大パニック起こしていたころ以来の脱走事件に動揺してしまいました。校門の出入りは登下校の時間といくつかの特別な学習時間しかない、ということはよく理解できているはずなのに・・・。朝の会が始まる前、よくケンカするADHD君ともめてたたきあいになったらしく、その後どうしても気持ちのやり場のない長男は校門から出て近所の神社へ・・・。長男の担任は、校内のどこかに行ったのだと思い、急いで追いかけはしなかったのです。まさか外に出ているとは思いもしなかったのでしょう。それを登校指導に出ていた教頭先生が見ていたのです。教頭先生は不審な動きの長男を見つけ、声をかけてくれたそうです。教頭先生の大好きな長男は、今朝の顛末を先生に泣きながら話したそうです。すると教頭先生はこんな話をしてくれたと長男が言っていました。教頭「おすもうの勝ち負けはどうやって決めるか知ってる?」長男「?」教頭「丸い円から出た方が負けなんだよ。だから長男くんも学校から出たら負けだよ。」長男「わかったよ。ぼく負けたくないから教室に戻るよ」とこんな様子だったようで・・・。こういった勝ち負け話は、長男の心にストンと落ちるみたいです。一昨日は参観で、大興奮。昨日は駅で車に乗るなり、ばかにされたいじめられたと涙涙・・・。そして今日は脱走騒ぎ。週末は少しゆっくりした方がいいな。先週は記録会だったし、少しテンションが高くなっているのかも知れない。
2005年10月28日
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昨日は参観&懇談。参観はおきまりの大暴れで始まります。参観のたびに興奮して暴れてしまうのです。どうしたらいいかわからないのか、いるはずのない人がいるというシチュエーションが受け入れられないのか・・・。暴言はいて泣き喚きながら、クラスの隣の倉庫へ・・・。いつもそこで一人で泣き喚きながら、気持ちを整えているのです。10分ほどするとクラスに戻りたくなるのですが、なかなか戻るチャンスがない。何度かクラスと倉庫を行ったり来たりするうちに、先生につかまって「しょうがないなあ」といった表情で席につく・・・。本当は早く戻りたくてしょうがないのですが。母である私は息子がいようといまいと関係なしに、かわいいお友達の授業を楽しんでる。だって私がそばに行って声をかけたりしたら、火に油を注ぐようなものなのです。彼のパニックは更に燃え上がり、更にどうすれば良いかわからなくなり、どんどん混乱してしまうからです。一人のお母さんが声をかけてくれました。「うちの子も小さいころは参観のたびにパニックだったわよ。でも高学年になるにつれて、なれてきたからきっと長男君も大丈夫だわよ。」もう一人のお母さん、「自由参観でmunmunchiさんのいない日も、あんなときがあったわよ。落ち着いてるときに『クラスに戻りなよ~』って声かけたら、『ダメだ。いけないよ。』って言ってたけど、しばらくすると自分から席に着いてわねえ。」二人とも自閉傾向のある6年生のお母さん。昔を懐かしむように、長男をいとおしむように優しく話してくださった。でも「どうしてそばにいって、声をかけないのだろう」とか「何であんなにほったらかしにしてるんだろう」って思う人もいるんだろうな。あんなに放ったらかしだから、あんなに乱暴になっちゃうんだって考える人もいるだろうな。みんなにわかってもらおうなんて思わない。無理なことだから。私にも理解できなくて知らず知らずのうちに裁いてしまっていることはたくさん。**********************************画像ではちょっとわかりにくいのですが、うちの裏であけびの実がたくさん実っています。母などは学校の帰りに、あけびを食べてシャツが紫色になっておばあちゃんに怒られたなんて話していました。あまりに高い位置にあって、高枝バサミでも届かないから食べることもできず「おいしそうだなあ・・・どんな味なんだろうなあ・・・。」と眺めています。食べたことありますか?
2005年10月27日
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昨日のスイミング記録会の興奮冷めやらない長男。金メダルを持って登校。朝の会では自分の活躍ぶりをかなり誇張して発表。お隣りのクラスにまで出張して発表。校長室に金メダルを見せに行って、校長先生に思いっきりほめられてご満悦。先生たちもがんばりと勇気を思いっきりほめてくださった様子で、ニコニコで帰宅しました。いつもは大キライな国語の宿題も、早々と広げて漢字に挑戦。ちょっとしたことでイライラして暴言を吐いたり泣いたりしてしまうのに、とっても余裕があってニコニコしています。「さっすが、クロールで25メーター泳いで、金メダルもらってくる人は違うよね~!!」と持ち上げると、ふだんは手もつけないキライなおかずもペロッ。うーむ。やっぱり自信をつけるっていうのはすごいことなんだなあ・・・。もうしばらくもってほしいものなんだがなあ。
2005年10月24日
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長男が通うスイミングクラブの記録会がありました。早朝から都内のクラブまでドライブ。日曜日の都内は道が割りとすいていて、のんびり街走りするには気持ちの良い日でした。目指すスイミングクラブに時間通りに到着。障害児クラスの高校生から小学生までの総勢45名のが、自分の目標目指してがんばりました。長男はまだ25メートルを一人で泳ぐことができないので、コーチのサポートがつきました。それでもがんばって息継ぎをしながら華麗なクロール!!苦しくても最後まで泳ぎきりたいという思いが伝わって、胸が熱くなりました。最後に全員に校長先生から金メダル、記念撮影。比べあうのではなく、それぞれに輝く金メダルは最高でした。
2005年10月23日
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長男は何をするにも、片手でする。食事のときも、右手でおはしは割と上手に使って食べるので、あまりこぼしたりはしないのだけれど、いつも左手は椅子についていたり、ぶらぶら何もしていないことが多い。「左手でお皿に手を添えなさい」と教える。本人はハッと思い出して、左手を出してくるのだが長い時間はもたない。片付けなさい、と言っても使うのは右手だけ。本人はあせって一生懸命片付けているのだが、左手はゲームボーイを持っていたりただおもちゃをつかんでいたりと、生かされていない。レゴなどのおもちゃを片付けるときには、両手ですくって入れ物にいれると効率が良いのに、それでも右手だけを使う。片手しか使わないことを連絡帳に書いたところ、クラスの子の多くがそういう風である、何をするにもバランスが悪く良い姿勢を維持するにも難しいことが多いとの先生の言葉だった。視覚的に弱い長男。左脳に比べて右脳の動きが活発じゃないのかな。だから左手があまり動かないのかな。それとも前世はインド人で、不浄の左手は使わないのかな?ナンテネ・・・。
2005年10月18日
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機嫌が悪いと三男に当たる。二男は「空気が読める子」なので、長男の調子が悪そうなときには刺激しないようにうまく距離をはかっている。しかし三男はまだ年中ということもあり、いまひとつものわかりの悪さもあり、長男をイラつかせる。主人の出勤後子供たちは仲良くアニメを見ていた。三男の言葉ひとつひとつが気に入らない長男は、わざとビニールボールを二度ぶつけた。すぐに泣く三男は泣き始め、その泣き声にさらにイラついた長男は座っている三男の手の甲を思いっきり踏みつけた。「暴力だけはいけないんだよ。誰かがキミにとてもひどいことを言ってキミを怒らせたとしても、暴力をふるったキミが悪い子になっちゃうんだよ。体の大きなキミが弟を思いっきりたたいたら、大変なことになるかも知れない。だから暴力はだめなのよ。」よく話している。三男が泣き喚きだして長男はさらに激高し、私に対して暴言を吐き始めた。「オマエなんて、オレの気持ちをちっともわかっていないんだ。オマエはバカヤロウだ。オマエは出て行け!」しばらく部屋の隅っこで大声で泣いたあと、「ママ、僕は話があるんですけど。」と言い出した。そして保育所時代から今日にいたるまでの長男の悲しみの歴史を語り始める。私が口をはさむチャンスがないほどに、次から次へと辛かったことを話した。そして今日は学校で○○君にたたかれたこと、デブといわれたこと、死ねといわれたこと・・・。「ママ、ママのことオマエなんて言ってごめんね。本当はそんなこと言いたくないのに、どうしてもそうなっちゃうんだよ~。まだまだちょっとしか我慢できないんだよ。ママ辛いよ~。」一日おきにこんなトラブル。近所に響き渡る大声で叫び、泣く長男。暴力は止めなければならない。そのことについては冷静にではなく感情をこめて強く話している。これでいいのだろうか。このままでいいのかといつも自問している。
2005年10月17日
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今日はこちらは朝から雨。次男の強いリクエストでボウリングに行くことに。ガータのないキッズレーンは大人も子供もみんな同じレベルで遊べるのでとっても楽しいのです。ただちょっとお金がかかるので、1ゲームでおしまい。ボウリングでみんなで楽しく盛り上がったところで、近くの○ストでランチ。長男はお決まりの「目玉焼きハンバーグ」のスープライスセット。ボウリングで気を良くした長男が「スープを取りにいってみる。」主人「じゃあパパと一緒に行こう」長男「ダメ。僕がやってみたい」主人「いいよ。気をつけてね」長男が席を立ってスープのお鍋に向かったときに私が主人に頼みました。「見てないと一度カップに入れたスープを戻したり、入れすぎたりしたらいけないよ」主人は急いで追いかけて、長男の後ろから見ていました。スープをカップに注ぐところまではよかったのです。たくさん入れてしまったのか、持って席まで戻ることができず途中で自分の指に熱いスープをかけてしまい、ひっくり返してまいました。その熱いスープが近くの席に座っていた女性のジーンズに少しかかってしまったのです。急いでレストランの方に掃除をお願いし、女性に主人と私と息子の三人で謝りまました。その方はとても親切な方で笑って許してくださいました。長男はヤケドの痛さとうまくできなかったことを受け入れられず、席についてからは、真っ赤な顔でウンウンうなっていました。結局帰宅するまで、気持ちを切り替えることができずキーキー言い続けていました。チャレンジさせたいですが、やっぱり状況判断しなければ。熱いスープを運ぶのはちょっとハードルが高かったのです。
2005年10月16日
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今日の日本テレビ「報道特捜プロジェクト」を見た。その中で、ある知的障がいを持つ50代の男性が紹介されていた。彼は殺人を犯してもいないのに、警察に殺人犯として仕立て上げられた。彼は字を書くこともできないのに、うすく書いた地図を上からなぞるように言われて意味もわからずに、殺害現場の地図を書かされた。彼は毎日自転車で自宅界隈を走り回ったり、気分がよいと公園で野宿したりする生活をしていたので、不審がられていたのかも知れない。しかし真犯人が見つかり、彼は6ヶ月の留置から解放された。話の前後が間違っているかも知れないのでお許しください。彼は精神障がい者ではないようなのだが、行き先のなさから精神病院の閉鎖病棟で数年間を過ごしたのだが、1980年代のそういった方向性への批判があり彼は病院近くのアパートに、同じように退院させられた人たちとともに生活することになる。それから彼はある男と養子縁組をし、わけもわからず4歳年上の男性の養子となった。それで年金を吸い上げられている。暴力でおどしをかけ、同じように知的障がいを抱える人たちを同じアパートに住まわせ、数人も養子縁組をして年金を吸い上げている。それをみながらぞーっとした。長男が暴力におびえながら、わけもわからず誰かの養子になって虐待され、混乱している姿が頭に浮かんだ。涙が流れた。年をとっていて障がいをかかえた人ばかり、数人も養子縁組していても、文書的に問題がなければ、何の問題もなく受理される。調査はない。福祉はどこにある?「みんなのしあわせ」はどこにある?
2005年10月15日
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今日一日かけて、やっとネットにつなげてメールを見られるようになりました・・・。なんだか怪しげなポップアップ広告みたいなやつが出現するようになり、そのうち音声が聞こえなくなり・・・。なぜこのパソコンを買ったかというと、旅行などのときに持ち運んで、実家や宿で子供たちにDVD見せたいから。で「プロダクトリカバリー」。つまり出荷されたときと同じ状態に戻すってこと。いくつかのソフトをダウンロードしていたし、たくさんのメールや文書なんかもあった。だから注意深くDVDにバックアップし、ぜーんぶチャラにした。それから元に戻そうと思ったところ、なななんとDVDの中には何のコンテンツも入っていない・・・。文書もソフトも。運動会の写真も夏の楽しい旅行の写真も・・・。悲しすぎる。しょうがない。事故にあったと思ってあきらめよう。写真だけはあきらめきれず、これからは外付けハードディスクを買ってそこに落としておくことにしよう。みなさんもウイルスにはご注意を。一日中パソコンの修理をしていて、なんだか機嫌も調子の悪いmunmunchiなのです。
2005年10月14日
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9月24日に手元に届いてから、毎日ランドリーリングを使う生活です。今日まで使ってみての感想を書いてみます。ランドリーリングが届いてからは、洗剤と柔軟剤は一度も使ってません。汚れ落ちについては、それほど強くない汚れ(全体的なほこりや汗、泥など)はそのままで洗剤使用時との汚れ落ちの違いを全く感じません。油汚れや強めの泥汚れは、洗濯機に入れる前に洗面所にある石鹸で少しこすっておくと、きれいになります。この点も洗剤使用の時と変わりがありません。柔軟剤は「ウルトラダウニー エイプリルフレッシュ」を使っていました。なぜって香りがとっても良くって、ふんわり仕上がるから。二男三男の保育所の先生から「munmunchiさんとこの服はにおいでわかるよ。いいにおいね。」とほめてもらって嬉しかったからです。やはり私が使用していた柔軟剤を使用するほどには、やわらかく仕上がりませんが、何も使わないときほどかたくなることはありません。タオルも下着もそこそこふんわり・・・。「よい香り」のぜいたくを求めなければ、十分です。それに柔軟剤を使わなくなれば、人工的な香りが鼻につくようになりました。水の粒子が細かくなるという理屈らしいのですが、なんとなく全体的にシミっぽくなっていた長男のTシャツ。何回か洗ううちにシミはほとんどなくなりました。もう古くなってあきらめていたシミなんかも、目立たなくなったように思います。それから白いものが黒ずんでくることがありますが、それもあまりないようです。かえって黒ずみが取れてくるような気もしています。今日の朝は結露がひどく窓がびっしょりぬれていたので、雑巾でふきました。サンにこびりついていたホコリもふき取りましたから雑巾は真っ黒。あえてそのまま洗濯機に投げ込みましたが、とってもきれいになっていました。ほこりなどの繊維に入り込む細かい汚れには効果が高いように思います。油汚れには若干弱いと思いますので、石鹸で軽く予洗いすることで問題は解消します。うちの洗濯機は「ドラム式」ふつうの洗濯機よりも水を少なく洗い上げます。ランドリーリングを使用するときには、多めの水量と長めの洗濯時間が必要ですから、ドラム式の方は水量を多くするように工夫が必要です。あと洗濯乾燥という乾くまでいっぺんにやってもらえるモードは使えません。乾燥時にはランドリーリングを取り出さなければならないからです。その手間を惜しまなければ、何の問題もありません。1ケ月には少し早いですが、今のところの私は「ランドリーリング、大成功!!」です。1人でも合成洗剤を使う人が少なくなれば、こどもたちのために自然環境を守ることの小さな手伝いができるのです。
2005年10月13日
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二男、三男は保育所児である。三男は年長、二男は年中のうるさい二人をつれて、毎朝登所する。保育所についたら、子供は自分の靴を靴箱に入れる。先生に挨拶をし、今日の体調などを伝える。「変りありません。外遊びOKでーす。」とか「風邪気味なので、外遊びはさせないでください。」などなど・・・。子供はおたより帳に出席シールを貼り、自分でできる仕度をする。三男は年中でのんびり屋さん。無理強いしたくない私は(自分でやらしてると遅くなっちゃうこともあり・・・)シール貼りとトイレと手洗いのタオルかけだけやらせる。二男はやらせればできるのだけれど、早く来ている友達と遊びたくてしょうがないので、これもまたほとんど私がやることになってしまう。でもシール貼り、タオルかけ、歯ブラシ、かばんをロッカーにかけるところまでは自分でやらせる。あと着替えを数組ずつ。今の季節は寒暖の差があるので、長T3枚、半そでTシャツ3枚、ズボン3本にパンツ3枚くらいかな。それはその日の天気の様子を見ながら私が入れ替える。いつも1人で全部やっている女の子がいる。いつも母親は保育所の中に入らず、先生に挨拶をしたり様子を伝えたりせずに、ほとんど彼女と荷物を放置するかのようにさっさと消える。彼女は自分のリュックをひきずって、自分のロッカーへ行き、自分の着替えをたたんで引き出しの中に入れている。横ではお別れに「抱っこして10数えて~いやいや、20数えてよ~」なんて甘えている兄弟がいるのに、彼女は黙々と仕度をしている。「行かないで~」とすがる母はとっくに消えている。彼女の心はどんな風に育つのだろう。これはひとつの虐待じゃないのか。私には何もできない。小さな女の子に声をかけることすら怖くてできないのだ。
2005年10月12日
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こんな歌がありましたよね。題名はわからない。歌詞があってるかどうか不明。♪パッとヤなことが頭をかすめて~、ゆううつな気持ちが広がっていく。そんな気持ちをぐっと抑えてどかんと一発、やってみよーうよ~ ♪過去のいやーなことが頭をかすめて、ゆううつになる。今日はそんな日。・総合教育センターのカルテに、毎日のように「自己中心的な母親」と書き連ねてあったこと。・先月、主治医にボロクソに言われたこと。・長男がいることで、自分の子供が登校を渋ると校長に直談判しにいったことを聞かされたとき。総合教育センターの件についての悲しみは消えない。担当の先生の行き先をつきとめて、本人に会って話し合いたい。「なぜあんなことを書いたのか、名誉毀損で訴えてやる!!」なんだか今日は変だ。今日は教育センターの日だからかな。でもダンナが行くのだけど。こういうときは、脳の違う部分を動かそう。体を動かしたり、パッチワークしたり、もう寒くなってきたからセーターを編み始めるとか・・・。
2005年10月11日
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主人の母はひとり暮らしである。2年前に夫(義父)を亡くしたが、とにかくアクティブ。一人旅が好きで、とにかくいつも旅行に出ている。泊まりあり、日帰りバス旅行あり・・・。昨日、こちらに来てくれた前日には、長野までバス旅行に出ていた。神奈川から長野の日帰りバス旅行だから、早朝から夜遅くまで。その後4時間ほどの睡眠をとり、電車で神奈川から千葉まで・・・。とにかくパワフル。その旅行の話・・・。ほとんどが女性グループの参加が多いバス旅行。その中でたった一人、男性の参加者がいたそうだ。1人でぶつぶつ言っているので、何かと思うと昨年亡くした奥さんの遺影を胸の前に抱いて話しかけているそうなのだ。母は「せっかく楽しく旅行を楽しみたいのに、なんだか暗くていや!」と怒りまくっていたらしい。(はっきりした性格なので・・・)ランチタイム。上田のレストランで回転卓でそばなどの大皿料理を食べたらしい。参加の男性、亡き奥さんにも食事を見せたかったのか、遺影をテーブルに。結局黒ふちの遺影がそばや煮物といった郷土料理とともグルグルまわることになり、母は大激怒。「冗談じゃないわよ。しんきくさいわねえ。」と。でもその男性も負けていない。「お母さんの顔をみんなに見てもらいましょうね」と写真に話しかけ、回転卓に乗せたまま、見ず知らずにグループで食事をしたそうだ。それを聞いた私と主人は大笑い!!笑う私たちにしゅうとめの怒りはさらに燃え盛り、「もう、あんたたち冗談じゃないわよ。旅行代金返してもらいたいわよ!」
2005年10月09日
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今日は二男三男の保育所の運動会。いつもはウィークデーだったのだが、保護者からの要望が強く今年から土曜日になった。土曜日は長男のスイミングの日。今月末に記録会を控えてる長男は、スイミングにものすごい気合が入っていて、弟たちの運動会をパスしてもスイミングに行きたいという。保育所の運動会は9時30分から12時くらいまでだから、片道30分くらいかかるスイミングクラブまで2往復。三男のかわいいおゆうぎ、二男がアンカーで登場するリレー、二男がお友達と登場する閉会の言葉など、楽しみのプログラムはすべて見られなかった・・・。涙涙・・・。今日は土曜の運動会ということもあり、しゅうとめを呼んでいた。私が長男をスイミングまで送りハアハア言いながら保育所に到着したとたん、「アンタ、二男と三男はガリガリじゃあないか。ご飯食べさせてるの?」いつもこうなのだ。悪気はないのだけれど、思ったことをそのまま口にする人。これを言うと相手がどう思うかなんておかまいなし。がんを患っている、長男二男と同級のお父さんと立ち話をしていたら、「アンタ、運動会を全然見てないじゃないか。何しにきてるんだよ。」スイミングスクールを往復し、保育所でも長男を追いかけまわしている私の都合などおかまいなし。でも二男が紅白対抗リレーのアンカーで大逆転の大活躍をしてからは、文句を言わなくなったようだった。私はその感動的場面を見られなかったけど・・・。家でビデオみて「すごいでしょ。感動するでしょ。」って言われても、ナマじゃないからそんなにグッとこないんだよなあ。2年前に義父を亡くし、1人で生きているしゅうとめ。たまに話すと話し慣れていないのか、ものすごい言葉がマシンガンのように出てくる。ヘビースモーカーなので、うちではタバコを吸えないからと必ず最寄駅前のホテルに泊まる。今、1人で泊まっている。前はいやな感じ~なんて思っていたけれど、今は平気。好きにやってちょうだい。私も好きにしてるから。こんな感じでずーっとやっていくのだろう。義母は私のことを嫌いじゃない。私も義母を嫌いじゃないもの。ほとんど怒りは残らない。かえってさっぱりした気分なのが不思議なんだなあ。
2005年10月08日
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今日は長男の診察日。先月はドクターのあまりにもひどい言葉に怒りを抑えられなかった私。その後、私と同じような思いをしている人がたくさんいるという話を聞き、少しホッとしたり、精神科医も大変なんだなあと同情したり、でもやっぱり精神科医に傷つけられるなんておかしいよ。みんな震える思いを抱えて、子供を連れて病院に来ているのだ。子供を精神科に連れていく、小さな子に向精神薬を飲ませる親の苦悩を知ってもらいたい。長男の療育手帳申請について、申請時に手紙を書いてもらいたい旨を記した書面を事前に渡して、今回その件について相談したいとお願いをしてあった。順番が来て診察室に入ると、顔も見ず何か不自然な不機嫌な表情。「私が投影してるだけ。私は関係ないぞ」と心の中でつぶやきつつ入室。長男に話しかけることなどめったにしないドクターが、珍しく長男に学校の様子などを聞いていた。その後こちらを見ることもなく「それでお母さんからいただいた手紙の件ですが。」と切り出した。ドクターの話によると、私の住む市ではIQが95以上あった場合には、どんなに行動障害がひどくて周囲の対応が大変であろうとも絶対に療育手帳は交付されないのだ、ということ。IQが75から95の間に入ったときに、IQ以外の特徴が考慮されるそうなのである。とにかく申請をしてテストをし、IQがボーダーになったときに相談してほしいとのことだった。「だって行動障害がひどいからって、養護に頭の良い子が入ったら学校側の対応が困るでしょ。」「???」「頭の良さ」って何?何を指して頭が良いというの?「もし療育手帳が取得できなかったら、将来は精神障害者手帳を取ることもできるでしょう・・・。」待ってよ!ここの病院の話では長男は「アスペルガー症候群」。発達障害であって精神障害ではない。もうさっさとかえって欲しいという表情が見てとれた。来月の予約をしてそそくさと帰ることになった。私が医療者に対して期待が大きすぎるのか。耐性が低いのか、それともハードルが高すぎるのか。ものすごく憂鬱になった私は呪文のように唱え続けた。「彼が不機嫌なのは、私の問題ではなく、彼の問題。私は関係ないから巻き込まれないぞ。」だけど泣きたくなるくらい、いやな気分だ。以前の主治医である元国立の研究所の医師であるT先生。「こんなに難しいお子さんを、よくここまでお育てになりましたね。」と最初に言われた。涙がこぼれた。きっと外来にやってくるすべての親にそう言われたのだと思う。だけどその一言は口先からの言葉ではない。子供の苦しみ親の苦しみ、学校現場の苦労も医療者の苦労も全部わかった上で、孤軍奮闘しておられた。その先生も遠くに行ってしまった。T先生に会いたい。T先生なら何と言うだろうか。
2005年10月07日
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いつもおしっこをチビってしまう保育所年長児の二男。こればっかりはどうしようもないことなので、しかったりしない。私自身小学校くらいまでチビってたような記憶がある。そして母に叩かれて、閉め出されて泣いた記憶が鮮明。だから二男がちびっても漏らしてお布団をぬらしても怒らない。つもり。朝方、寒いのに二男は布団もかぶらずフローリングの床の上に座るように寝ていた。それを発見して、びっくり。「ちょっと、こっちで寝なさいよ。風邪ひいちゃうよ。」と言ったところ、二男が涙、涙・・・。「だって、ママのこと何度も起こしたのに、おきてくれないから、トイレに行けなくてもらしちゃったよ~」二男が私を起こすときはとーっても小さな声で遠慮がちに起こすのです。眠りが浅いときにはぱっと目が覚めるのですが、ぐっすり眠っているときには目が覚めないようなのです。母として失格・・・。赤ん坊の頃は子供が少し動いただけで目が覚めていましたが、もう完全に油断して寝てしまっています。「もうちょっと大きな声でママの体を揺すって起こしてくんないと、ママは目が覚めないよ~」というと「だってあんまり大きな声で言うと、みんなが起きちゃうでしょ。」と涙涙・・・。ママをびっくりさせないように、兄弟を起こさないように気を遣っているのです。それに起こされて、笑顔でトイレについていくわけではなく、半分寝たままボーっとした状態で階段を下りていくわけですから、二男にとっては怒ってるように見えるのかも知れません。幸い、風邪もひかず元気に保育所へ行きました。「何回でも起こしていいよ。もっと大きい声で起こしてもいいよ。眠いから笑顔になれないかも知れないけど、キミがトイレで起こしてもママは絶対に怒らないんだからね。」今夜、布団に入る前に二男に話しておこうと思います。
2005年10月06日
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今日は私の精神科の受診日。昨日はカウンセリング、今日はドクターの診察、金曜日には長男の精神科受診と、精神科ばかり通ってる。三男はいつも大声で寝言をいう。二男はすごく寝相が悪く、かならず夜に2度はオシッコに起こす。ゆうべの三男の寝言はいつもに増して壮絶なもので、ストーリーを語るかと思えば、泣くわ怒るわで「ストレスたまってるんかなあ~」と心配になりました。寝入ったと思えば、遠慮がちに二男が私の横っ腹をツンツン。「はいはい、オシッコね。」と階下のトイレへ。長男は一度寝たら起きないし、寝つきはいいし寝起きもいいんだよなあ。ということで、今日は眠かったのです。待合室で寝入ってしまい「ぐぁお!」というヒキのいびき、それもたぶん大音響。自分のいびきの声に驚いて目が覚めました。先生とは精神科医のメンタルヘルスについて話し合い、なんだかなあという時間でした。私は取り立てて困ったこともないので、お薬をいただくだけ。精神科の待合室で大いびきで寝ている私。きっと迷惑だったろうし、うらやましいなあと思われてたかも知れません。
2005年10月05日
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○○病院 精神科 ○○先生 御机下。封筒に書いて裏に私の名前にカッコして息子の名前。いつも薬を出してもらっている長男の主治医、なんだかめちゃくちゃに忙しそうでイライラしている。前回の診察の際には、薬のことで逆鱗に触れたらしくボロクソに言われてしまいました。その話をいつも世話になっている心理士の先生にしたところ・・・。「○○先生が最近『薬の話』をするとキレるっていうのは、何人ものお母さんから聞いているわよ。どうも○○先生、ちょっと調子が悪いみたいねえ。それにしたって精神科に行って怒鳴りつけられるなんて、尋常じゃないわね。いずれにせよ、それはあなたの問題じゃなくて先生側の問題だから、気にしなくていいわよ。」との話。さすが地獄耳・・・。その地獄耳に救われました。で長男の療育手帳取得のための申請時に、ぜひ主治医の手紙もつけたい!しかし心理士の先生には「今、機嫌が悪そうだから頼まない方が良いんじゃない?」でもなあ・・・。とにかく条件は不利。それでも長男の将来を考えるとぜひ欲しい。それで忙しい先生に診察時に突然お願いすると、また怒りに火がつくといけないので、事前にお願いすることにした。突然買い物中に思いつき、便箋と封筒を購入。マクドナルドでコーヒー飲みながら書きました。とにかく、要点のみ、私の一存(一存だけど)ではなく担任との話し合いの上でのことである、こうしてくれではなくお願いする、教えていただきたい、としたてに出る。たまたま病院から近いスーパーにいたので、勢いで書き上げてすぐに持参。精神科外来の看護士さんに先生に渡していただくようにお願いしてきました。だってもう今週の金曜日が診察日なので、ゆっくり書いて投函しているヒマがなかったので・・・。戸をたたくものには開かれると信じて、できるだけのことをやっておきたいのです。「きか」って「貴下」ですか?「机下」であってるのかしらん。
2005年10月04日
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今日で40歳になります。子供のころにイメージする40歳といえば、すごいオバサン。自分でイメージする自分の外見と本当の外見にギャップが大きすぎると怖いなあ。決して若作りせず、若々しく元気で笑顔でいられる人になりたい。子供たちを遊びに出し、暖かなベンチで子犬のように遊ぶ子供たちを眺めてのんびりしていました。次男三男はいつまでも遊んでいるのに、長男はすぐに飽きてしまいました。どうしたらよいかわからなくなり、だんだんイライラして怒り出しました。私が少し席を立っているときに、椅子をさっと後ろにひいたので私は思いっきり後ろにひっくり返りお尻を強打しました。半ベソの私を見て長男は高笑い・・・。そんなことしてはいけないことが、わからない。しょうがない。これが私の日常で連続している日々の中でただ40回目の誕生日だっただけだから。家から少し離れた場所で遊ばせていると、長男のクラスのお友達とバッタリ会いました。感じの良さそうなお母さんだなあ、と思いつつお話する機会がなかった方なので、今日は子供たちを遊ばせながらゆっくり子供たちのことや、自分の家族のこと、学校についてなどゆっくり話し合い共感しあうことができました。今も子供たちは騒ぎ、いつもの日々。ただ40歳になっただけの日でした。
2005年10月01日
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