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夫の2度目の私への裏切りがあった。私は関係を改善しようと努力しない夫に対して、強い怒りと悲しみを持っていたけれど、不機嫌でいることに疲れた。それで「赦す」ことに決めた。努力して主人に笑顔を見せ、夫が休みの平日にはランチにでかけたりした。夫とは「よくコミュニケーションをとること」と「お互い親切な言葉かけをしよう」、「子供に対して感情的に怒鳴らないようにすること」などを約束した。それで終わりにしようと思った。夫はもうすっかり赦されたと思い、約束も忘れてのんびりしている。食事時にはいつものようにイライラし、三男には冷たい言葉を浴びせかけ、私に対しても無関心だ。昨日から何とも言えない、吸い込まれるような感情がわき上がってくるときがあった。母への電話がきっかけだった。母から伊予柑が届いたので、お礼の電話をした。母は開口一番、「あんた、子供たちの写真が届いたけど、長男だけ太ってどうしたの?下の2人はガリガリなのに・・・。」と言った。母は昔から外見のことばかり言う。私は「太って汚らしい」といわれ続けていた。どうして母は「みんな大きくなってかわいいわね。しっかりしてきたわね。」といえないのか。私はもう40歳で3人の息子を育てている。色々な困難の中で精一杯努力して日々を過ごしている。そんな中にズカズカと踏み込んできて、長男が太っているなんて言わないでほしい・・・。しょうがない。母は昔からそんな風に子供じみていて、私がいつも受け容れ助ける役目を果たしてきたのだから。その電話が引き金になり、私の負の感情が湧き出してきた。私は夫から受けた裏切りに強い強い悲しみと悔しさ持っているのに、その感情から目を背けた。私の中に大きなひずみが生じて、今日は耐えられなくなった。抗うつ剤と抗不安薬を飲んだ。アスペルガー的な主人に「私のご機嫌をとって」といったあいまいな表現は伝わらない。私はA4コピー用紙に・私に対して「大丈夫?」とか「どうしたの?」「気分が悪いの?」という言葉を使って、日に数回言葉かけをしてください。・約束したように子供たちに感情的にならないように努力してください。もし感情的になるのなら、私の見ていないところでやってください。・自分の感情を投影して、私の気持ちを自分なりに解釈しないでください。・積極的に言葉をかけて、あなたの方からコミュニケーションを取る努力をしてください。あなたはそれだけのことを私にしたのですから。と書いて渡した。主人は怒り、「出ていく」と言った。私は「そうはいかない。障害児を含めた3人の子供を2人で育てる責任がある。お互いに血の出るような努力をして、長い人生ともに歩まなければならない。安易にわかれるとか言ってはいけない」と答えた。主人は「キミの言うとおりだ」と答えて、子供たちを風呂に入れている。「死の棘」という映画があった。夫の浮気を知ったことから、妻が心のバランスを崩していく話。私は強く立っていなければならない。
2006年01月28日
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先日、長男の療育手帳が届きました。判定はB2でしたが、将来の就学就労のためにほしい手帳でしたからこれでよかったのだなと実感しました。長年お世話になっている心理の先生に報告をしたところ、とても喜んでいただきました。ここのところ私の住む市では、軽度発達障害の子たちにも手帳が交付されるようになってきたようなのです。ただし「特殊学級在籍」であることが大きな条件になるようですが・・・。レッテルを貼ってしまったような気持ちになることがある・・と心理の先生に話しました。先生は「このごろ、親が60歳を過ぎ本人が30歳を過ぎていて、ただ家にいるだけの生活をしているという相談が多いのよ。家族に暴力をふるったりするケースがたくさん。軽度発達障害を抱えていても高校までは行き場があるけれど、そこから先は行き場がなく、結局在宅。長年の在宅。相談先もなく支援もなく、ただ在宅で年を重ねていくだけよ。家族は兄弟の結婚のため、就職のために手帳を取らせたくないという考えを持つ人が多いけれど、兄弟が求めているのは逆なのよ。先日、大学生の妹さんから予約が入り話を聞いてみると、恋人に兄の説明をしたいので、何でもいいから診断をつけてほしいというのよ。なんとなく怪しい兄が家でぶらぶらしている、というのは理解されにくいのです、とたくさんのネット検索した資料を持ってやってきたのよ。兄弟は診断と支援を求めている。だって親は先に死ぬでしょ。ゆくゆく面倒を見なきゃいけないとなると、年金があるとないではずいぶん違うでしょ。養護の高等部に行ったら、きっと似たような仲間ができて楽しく過ごせるはず。ある男の子が友達と市営プールに行ってみんなが「手帳出そうぜ」ってタダなのに、自分だけどうして手帳がなくて有料なの?って質問してくる子がいたわよ。長男君は低学年から特学に入って、障害者の世界に偏見を持たずに生きていける。これでよかったのよ。安心したわ。」長男の心を守りたい、世の中は難解でいじわるな人ばかりではないのだというメッセージを送り続けたいといつも考えている私ですから、これでよかったのだとまた確認することができました。
2006年01月26日
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いつもの時間に最寄駅のロータリーで長男を待っていると、ニコニコ笑いながら怪しい歩き方または小走りでやってくるのに、今日は怒りにメラメラ燃えながら、ノッシノッシとゴリラのようにやってくる・・・。これは何かあったな?助手席に乗るなり、泣き崩れた長男。どうしたか聞いてみると・・・。隣の駅から乗り込んでくる、金のボタンのブレザーを着た小学生たち。今まではムシキングの話などして盛り上がっていたのに、ここのところイジワルされるようになったらしい。今日は長男の次の駅で乗り込んでくるなり「バカバカ少年」「キチガイやろう」「デブ」「ブタ」とはやしたてられたそうです。長男は耐えられず、隣の車両に逃げたのですがそれでも追いかけてきて、はやし立てられたようです。とうとう長男のガマンに限界が来てしまい、一人の髪の毛をひっぱり頭を蹴り上げたそうです。そこで乗り込んできた別の学校の先生が割って入って、なんとかその場はおさまって電車を降りてきた・・・という具合。長男は怒りが収まらず「ママ、悔しいよ。悔しいよ。」と家についても泣き続けました。担任に連絡をし、電車での顛末を伝えました。「あーそうなんだー。あそこの学校の子たちは時々うちのクラスの子とトラブルを起こすんだよね。学校側に申し入れてもラチがあかないから、今度わたしが一緒に乗り込んで指導することにしますよ。長男くんも世の中の厳しさを学んだね。子供の世界は厳しいからねえ。でもすぐにお母さんに話して泣けたのは良かったね。わたしも明日は学校でよく話しを聞くわね。」と言ってくださいました。長男には「今度もしその子たちに会ったら、隣の車両に行きなさい。それでも追いかけてきていじめられたら、そばにいる大人に『いじめられる、助けて』と助けを求めなさいね。電車を降りて車掌さんに話してもいいよ。」と教えておきました。まだまだ気持ちの整理がつかない様子で、落ち着かない長男。今夜はきっと布団の中で泣くのだろうな。
2006年01月25日
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夫のことを赦すことにした。昨日は夫が2階で寝ているだけで、2人だけでヒトツ屋根の下にいることさえも受け入れられず、「えーい!ブランド物でも買ってやる!!」と極近のドンキへ(せこい・・・)。ほしいものが見つからず、そのまま車を走らせて近所のショッピングセンターへ。おしゃれなデザインが多いのだけれど、高くてあまり普段買えない店が冬物セールをやっていたので、どどーんと7着購入!でも全額17000円・・・(1000円のキャミソールを3枚に1000円のジーンズ1本を含む。)。そのまま悶々と帰宅し、悶々と食事をし、子供たちは子供部屋でアニメをみていた。2人になってしまったリビングルーム。主人は仕事が休みなので出かけない。こんなに私は苦しんでいるのに「東京フレンドパーク」などを観てニヤニヤ笑っている主人が許せず、私は怒鳴った。「どうゆうつもりやの。このまま黙って時間が過ぎれば、何事もなかったような日々に戻ると思ってるの?」主人は「だって、話しかけると嫌がるじゃないか。」「じゃあオレにどうしろって言うんだよ。」「逆切れするんじゃねーよ。」私は主人に言った。「私の機嫌が治るように、ご機嫌取りをしてちょうだい。私がどれだけ傷ついたか思いやって、どうすれば私が心地よくなるか考えて行動してちょうだい。私は、ごめんね、ごめんね、どうしたらいいの?って声を掛けてほしいのよ。そうじゃないといつまでも、こんなに不機嫌でいなきゃいけないじゃないか!!」その後、どうしてそのようなメールをやり取りするようになったか、主人は話し始めた。そして決して会ったりしていないことも。最初から手が震えていて、最後には泣き出した。風俗で尿路感染症をもらってきたとき以来、私がすごく毛嫌いしているように感じていたこと。子供がいつも私の周りで寝ているので、寂しかったことなど・・・。お互いに親切な言葉遣いで思いやりを示すこと、子供に対してなるべく大きな声を出さないようにすること、寝室は子供と別にすることなど、私たちがうまくやっていけるように話し合った。こんな簡単に赦してしまっていいのか?と心の中で自問しているけれど、いがみ合うより、良い関係に向けて努力する方にエネルギーを使いたい。
2006年01月24日
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日曜日は朝から銀世界。ここ千葉でこんなに積もるなんてほとんどありませんから、子供たちは大喜び。遊びに出たい気持ちを聞きつつ、朝ごはんを食べさせました。あまり朝早くから外に出すのも近所迷惑だなあと思うので、10時までがまんさせようと思っていたところ、近所のお友達からのお誘い。防水ズボンにジャンパー、手袋の上から大人用の使い捨てゴム手袋をつけて、3人を出動させました。うれしくて嬉しくて、新雪の上でころげまわったりで午前中は楽しく過ぎました。お昼を食べに戻り、また3人で出動しました。午後からは雪投げが遊びのメインになりました。うちの二男や三男には、高学年の男の子も遠慮して優しく当ててくれるのですが、相手が長男だとそうはいきません。長男が投げられるはずもない、剛速球で硬い雪玉を投げてきます。運動オンチの長男も負けずに応戦、そんなことやってるうちにどんどんエキサイトしてきてしまい、長男がぶち切れておお泣きすることが何度もありました。その度に家に戻り、自室にこもって泣いていました。私もそんなときは声をかけない方が良いと思っていたので、そのままにしていました。長男が私のところにやってきて「ママ、○○兄ちゃんと○○ちゃんに謝りたいけど、絶対許してもらえないよ。」と泣きました。「大丈夫だよ。許してくれるよ。雪投げはお互いにやり過ぎたんだよ。きっと兄ちゃんもわかってるさ。ママが一緒に入ってあげよう。」と一緒に外に出かけました。長男が「さっきは怒ってごめんね。」というと兄ちゃんは「ううん。ボクこそごめんね。遊ぼう」と優しく言ってくれました。夜になっても落ち着かない長男。二男をたたいて泣かせたり、三男を蹴ったりと手のつけられない暴れ様。そうすると大粒の涙を流しながら長男が話したのです。「ボクがイライラして家に戻ってきたとき、外の様子をカーテン開けて見てたんだ。そしたら兄ちゃんが『バカがカーテン開けて見てやがる。こっちを見んなよ。バーカ。お名前なんて絶対遊んでやらないぞ。』ってヤんキーみたいな顔でにらむんだよ~。ボクはそれが怖くて忘れられなくて気持ちが切り替えられないんだあ~」そんなに外からののしられていても、長男は一緒に遊びたくて「ごめんね」と言いに行ったのです。兄ちゃんの母とは長年の親友で、先日はなしたときには「実は学校でイジメに加担して、その子が不登校になりかけたんだ」と打ち明けられていました。家族の中では従順で正しい兄貴。でも外に出ると違うようなのです。これが親も知らない、子供だけの時の顔なんだなあ・・と思いました。○○兄ちゃんは赤ん坊のときから一緒に育ってきたので、他人とは思えない子です。あまりにも大きなその二面性。これも成長なのか。それとも危険で友人に伝えるべきものなのかと考えています。自分の子供がそんな様子なら、親なら知らせてほしいかな。自分なら知りたいな。でもショックだな。できればもう少し様子を見ていたい。そして機会があれば、お兄ちゃんに長男の個性について、長男の努力について話してみたいと思っています。
2006年01月23日
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定時は朝5時なのに、昼前の帰宅が続いた日々。でも今日は9時前に帰宅しました。珍しく「何時何分の電車に乗るよ。」とのメールも届いた。たぶん、主人は「美代子ちゃん」と朝から会っていたのだろう。会わずに帰るとこんなに早く帰宅できるのだ。どうしようかと思いつつ、駅まで車で向かえに行きました。悔しいけど。帰宅してから主人は、コーヒーを飲みながらでーんとソファーに座っていました。リビングルームに主人がいるのがガマンできず、「早くお風呂に入って寝てちょうだい」と何度か頼んだ。話し合いたいのか動かないので、「今日は話したくない。だから早く寝てちょうだい。」と頼んだ。前回の風俗騒ぎのときには、義父が末期がんだった。主人は長男で何かと頼りにされ、その負担に耐え切れず現実から逃げたかったのだろう。ちょうど長男の発達の遅れがはっきりしたころで、私は二男を抱っこ、三男をおんぶしていた時代。今回も逃げたかったのだろう。私は療育手帳を申請したり、発達クリニックに行くことになったりと、主人には判断できない難しい問題がたくさんになったのだろう。父親であること、夫であることからは逃げ切れないことを、主人は知らなければならない。私がテキトーにやってくだろう、と思っていては大間違いなのだ。
2006年01月22日
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主人の携帯を見てしまった。いつもは着ない主人の大きなベンチコート。今日は大雪だったので、主人にすすめられて犬の散歩に着て行くと、ポケットに主人の携帯。メールが届いていて、メールといえば私か会社からしか届かないので、会社から大雪だから早く出社しろとか急ぎの内容かと心配して、私があけてしまった。その内容。美代子ちゃんという女性から。「あいたい、Hしたい。明日の朝8時に駅で待ってるから。」送信履歴を見ると、主人からも怪しげな内容のメールを今日だけで5通も送っている。あまりに動揺して手が震えて、雪の中に携帯を落としてしまった。涙がこぼれて、悲しくてみじめで消えたくなった。帰宅して主人に「このメールのやりとりは何?」と聞いた。主人は青ざめて「ごめん。これはただの遊びなんだよ。決して会ったり特別な関係になどなってない。本当にごめん。何もなかったんだ。許してくれ。」と必死で謝られた。私は悲しくて台所に座り込んで泣いてしまった。主人に「私は20年間、ただあなただけを愛してきたのよ。子育てに追われおばさんになってしまわないように、私なりにきれいにしていようって思っているのに。」と泣いた。主人の裏切りは2回目だ。一度目は主人の父がガン闘病中のこと。週に一度会社を休んで、義父の病院に面会にでかけていた。でもそのたびに風俗へ寄っていたようで、尿路感染症をもらってきた。主人のかばんに薬が入っていたのと、インターネットの閲覧履歴が風俗店だらけだったので、問い詰めたら白状した。そのときは親しい友人夫婦に間に入ってもらい、話し合いを持ったけれど、主人は開き直り逆切れして手がつけられなかった。このところ帰りが遅かったのだ。主人は夜9時から朝の5時が勤務時間。残業を2時間しても、9時前には帰宅できるはずなのに、ここのところは11時を過ぎて昼前になることが多かった。美代子ちゃんと何かあったとしてもなかったとしても、それはもうわからない。ただこれを機会に主人が夫として父親として、いかに生きるべきか、そして私をどれほどに傷つけたかを知って、軌道修正するチャンスになればと思っている。あまり色々考えず、ゆっくり時間を過ごしたい。
2006年01月21日
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私は見かけによらず人付き合いが苦手なので、一部の人を除いては2時間以上の時間を過ごすのは難しいのです。午後1時前に来た彼女。今日はそろそろ胸のランプがピコンピコン鳴り始めそうだなあ・・・と思ったところで、いつもよりずいぶん早く生協さんが来てくれたので、お帰りいただくことができました。彼女は自分の書いた文章について意見がほしい、そしてワープロで清書してほしいと言いました。私は自分なりの意見を言い、彼女の言うようにレイアウトしてワードで打って渡しました。それから聞きたくもない話がはじまりました。○○さんのこと、××さんのこと、ここだけの話ね、ということは私のことも色んなとこで話してるんだなあ~。夕方また彼女からの電話。「さっきの話はナイショね。特に△△さんには言わないでね」だって。私は「はいはいナイショね。わかりましたよ。」と答えました。人のうわさ話など興味もないし、話す相手もいない。やっぱり私は彼女が苦手なのだ。
2006年01月20日
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明日の訪問者が少しつらい。彼女は正しい。親切で勉強熱心。子供を心から愛していて、どこから見てもステキなお母さん。彼女とはもう長年の付き合いで、とても信頼しています。だけど彼女と時間を過ごすと疲れるのです。彼女自身も弱さを抱えていて、私に親切にすることでそれを埋めているように思えてならない私。残酷な私。彼女が「自分の弱い部分をあなたで埋めてるのよ」と自覚してくれていれば、こんなにしんどくないのかも知れない。彼女は自分が惜しみなく与えているかのように思っているところが、私を疲れさせているのかな。あなたに与えられてるのではなく、私も与えていることに気付いてる?なんてひどいことを考えている私。
2006年01月19日
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先日の「発達に心配のある子を抱えた家族の遊び場」のときのことです。幼稚園年少さんの○くんは、こだわりが強くパニックも多い男の子。行けない場所やできないこと、禁止ワードもたくさんでBGMもダメ。このグループに参加するようになってから2年以上たちますが、参加したころはとにかく大変でした。お母さんもとても辛そうで、涙を流していたりご主人と大声でケンカをしたりと大変でした。先日の集まりで、○くんはレールをつなげて電車遊びをしていました。そのときどうしても使いたかった駅舎がなくて、パニックを起こしました。大きな声を出してぎゃあぎゃあ言ってたのに、お母さんがそばに行ってチョコっと何かをすると、体育館から出て一人になって気持ちを鎮め、また一人で戻ってきて機嫌よく遊びはじめました。私は本当にビックリして、お母さんに言いました。「すごいね。あれだけ自分でコントロールできるなんて、あんなに小さいのに!!」するとお母さんが「実はね。」と見せてくれたのがボイスレコーダー。○くんがパニックを起こして大きな声を出したときには、すかさず録音して彼に聴かせるのだそうです。そうすると○くんは「はじゅかしー!!」と言って、気持ちを切り替えに行くのです。「恥ずかしい」という意味を理解しているかどうかはわからないのだけれど、自分の大声を聞かせることで気持ちを立て直す機会を作っているのです。○くんにはぴったりはまっているようで、ビックリ。「すごいね。お母さん努力したのね。これだけ気持ちの立て直しができれば、ある意味ゴールと言えるんじゃない?」と私。お母さんは「先輩のmunmunchiさんにそう言ってもらえるとうれしいな」と喜んでくれました。以前はパニックを起こすたび、恥ずかしくてイライラしてしたお母さん。今は冷静に対処しています。
2006年01月16日
コメント(10)
今日は「発達に心配のある子を抱える家族の集まり」の、月に1回の活動日でした。冷たい雨のなか、子供を抱きかかえつつ30名の家族が集まって楽しい時間を過ごしました。私は最近トーンダウンしています。ここのところメンバーも固定し、わきあいあいとやっているのですが、以前のように週1回の活動ではなくなったことから、ややホッとしたことと間が抜けたような気がしていることで・・・。短大の先生が体育館の床に大きく何枚も何枚も模造紙を張って、たくさんのクレヨンを用意してくれました。子供たちはごろごろ転がりながら、からだ全体を使って楽しくお絵描き。ボールプールでのんびり落ち着いている子や、トランポリンで楽しむ子、ローラーコースターに声を上げて喜ぶ子供たちでした。最近参加するようになったお母さん、2歳のまだあんよのできないお子さんを連れてきています。彼がちょっとお兄さんの自閉傾向のある男の子が熱中して遊んでいた、電車のレールに手を出したところ、先に遊んでいた男の子がひどく怒って、なんどもなんどもたたいていました。ひつこくおいかけて、止めても止めても何度も手を出していました。私は2歳のお子さんのママとお話していたのですが、泣かないかと気になって「大丈夫かな?」と聞きました。するとそのママは「子供同士だから当たり前よね。たたいたりたたかれたりして勉強していくことはたくさんだもの。こんな経験をたくさんつんで、黙って人のものに手を出したらいけないんだってことを知らなきゃいけないのよ。だから全然平気。今まで大人の中で過保護に育てすぎたから、ちょっと反省してるのよ。」と笑顔で答えてくれました。手を出してはにらまれ、あやまりどうしだった長男が小さい頃。その時を思い出しつつ、この2歳のお子さんのママに癒されました。
2006年01月14日
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今日は長男の通院日。通院といっても2時間待って5分話して、薬をもらって帰るだけ・・・。公立病院の精神科は、ますます忙しくなり待ち時間はどんどん長くなる。それに比例してドクターの機嫌が悪く・・・気を使う必要もない私がなんとなく気を遣い、長話などしていられないとそそくさと切り上げるわけです。そんな様子なら薬だけ出してくれればいいのに、そういうことには対応しないのですよ。市立病院だからしょうがないですね。でも診察のたびにドクターの機嫌を心配し、相談らしい相談にものってもらえていません。私の中では、長男が大変な状況になったときまず相談する相手として思い浮かばない主治医。とにかく今日は診察日。そして通院医療公費負担制度(32条)の更新の時期にきました。2年更新で、今回は初めての更新。申請時は病院から手続きしてくれたのですが、更新は自分で保健所に足を運ばなければなりません。そのとき事務の方がそっと教えてくれました。「私たちもまだ詳しく知らされていませんが、どうも来年度から32条の方は5%負担から10%負担に増えるそうですよ・・・。それに更新は毎年になるそうです。」うちのように1ヶ月に一度薬だけもらいに行っているような患者の場合、今まで払っていた費用が倍になり、更新時に必要な診断書3000円を毎年払っていたのでは、あまり意味がなくなります。くそ~小泉のやつ!!手当たり次第、目に付くところからボリ取ってるだろう。もっと見直すべきところはたくさんあるはず。税金の無駄遣いはどうなってるんだ。戦闘機や戦艦を買うお金があるのなら、国民のために使ってくださいよ。私の払った税金を人を殺すための機械には使ってほしくない。年末のテレビ番組で「太田総理のマニフェスト 」というのをやっていました。お笑い芸人の爆笑問題の太田光さんが発表していたものです。私、すっごく共感したんですけど・・・観た方います?政治家が夢を語らないから、子供たちも夢を見なくなる。理想を掲げるのが何がいけないのだ!と政治家などの論客を前に熱く語ってました。小泉さんの次は太田さんにお願いしたいなあ。
2006年01月13日
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今日は保育所の面談。ひごろからひそかに三男の発達を心配している私。保育所での様子を先生に聞いたところ、やはり目立つ遅れはないが何度説明してもわかっているのかわかっていないのか、なんだかニヤニヤしていること。遊びも「平行遊び」。もうすぐ年長さんになるので、同じ年の子供たちの多くは仲良しのお友達がいて、一緒に遊んだりしています。三男のクチからはお友達の名前が出てきません。先生には何か気づいたことがあれば、知らせてほしいことを伝えておきました。夕食を終えて主人が子供たちのパジャマを並べてくれていました。二男と三男はオネショパンツをはいています。使い捨てのものではなく、ちょっとモコモコしたトレーニングパンツのような感じです。二男が「もうオネショはしないけど、安心して寝られるからはいていたい」というのでそのままはかせています。でそれぞれのパンツがわかるように二男のパンツには「赤の星印」三男のパンツには「オレンジの○印」 がついています。主人が戸惑った様子だったので「オレンジが三男よ!赤は二男よ。」と台所から伝えました。そうすると主人が「色なんて判別できないよ。どっちが星か○か教えてくれよ~」との答え。太い油性マジックでテキトーに描いた星も○も私にとっては同じに見えます。だから色で区別しているのに・・・。主人が「オレは何でもカタチで区別するんだよ!」って。
2006年01月12日
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4月には二男が小学校に入学します。ということは、長男の学校、二男の学校に三男の保育所と、通学場所が3か所になってしまいます~。スケジュールの把握がヘタな私は今からブルー。もうすでにあらゆる書類が私を襲っています。三男の保育所の「継続利用申請書」に、二男の就学関係資料。4年待った発達クリニックの初診日と二男の入学説明会の日が重なったためにその日販売される体操服や学用品が買えないのです。だから学校に電話し、必要なものを取り置いてもらうようにお願いをしました。体操服はある一軒の洋品店の独占販売なので、入学説明会の日までに買いに行かなければ品薄になってしまうのです・・。あ~あ。めんどくさーい。来年度は長男の学校で役員をやることになっています。しかし二男の入学する学校では、入学式後いきなり役員決めがあって立候補者がなければくじ引き。くじを引いてしまえば、どんな理由があろうとも逃げられない。長男の学校と二男の役員が重なったらどうしよ~・・・。やだな~。めんどくさーい。ただイライラしてしまうので、リスト化して順番にこなしていきますよ。これって自閉的かも・・・!!
2006年01月11日
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私の家は10軒の家が袋小路のように並んでいます。一年二年と入居時期はズレていますが、みんな同じ頃にこの建売住宅を購入して、だいたい同世代。だから子供たちが赤ちゃんの頃は、毎日誰かの家に4~5家族が集まって食事したりと助け合って楽しく過ごせました。だから私は公園デビューしたことがないのですよ。うちの前の袋小路が子供たちの遊び場。家の庭にもぐりこんだり、空き地の原っぱでバッタをとったり。どこかのお母さんからおやつをもらって食べたり、いけないことをしてひどく怒られたり・・・。その様子は今も変わりません。下は年中から上は6年生まで、全員そろえば10人。ドッヂボールをしたりチームにわかれて戦いごっこしたりと毎日毎日楽しんでいます。最近の我が家の3人兄弟は10時には外に出て遊びはじめます。昼ごはんを食べにちょっとだけ戻って、またすぐに出かけて夕方5時まで走り回っています。ほとんどがうちのせまーーい庭に集まっていたずらしたりしてるのですが・・・。ちょうど前にバス通りがあり、信号でバスが止まるとみーんなうちの方を見ています。こんなにたくさんの子供たち、それも年の違う子たちが仲良く遊んでる姿は珍しいようで、バスの窓からはえがおが見えます。赤ちゃんから兄弟のように育ってきた仲間。うちの長男の障害も個性として受け入れています。ちょっとしたことでブチ切れて泣き喚いて帰ってくることもしばしば。だけど少し家にいて気持ちを落ち着かせると、また何もなかったかのように仲良く遊んでいます。駅から遠く通学に不便な場所だから、真剣に引越しを考えた時期もあったけれど、やっぱりここから離れられないな。息子たちにとっても私にとっても、この場所は大事。
2006年01月08日
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まりきらさんの日記のテーマで思い出した、世にも恐ろしい本当にあった日本人形の話。高校教師をしていた父が、私が産まれたときに卒業生の方からお祝いでいただいた博多人形がありました。おかっぱ頭の女の子が手まりを持っている姿の人形で、私の部屋に置いてありました。私が小学生になったころには、本当に人形と顔がそっくりでみんなビックリしたものでした。だから私は子供心の思ったのです~どうせならフランス人形かバービードールをくれていたらいいのに~って。とにかくその人形は家にありました。中学生くらいになると、自分の部屋にガラスケースに入った古めかしい日本人形があるのがイヤで、大きな布をかけてたんすの上の奥の目にふれないところに隠していました。ある日部屋の模様替えをしようと思った私は、いろいろ家具を移動する中でその人形をたんすの上から床に落としてしまったのです。ガラスケースは粉々になり、人形の足が両方ともぽっきりと折れてしまいました・・・。私はあせってボンドでくっつけて今度は押入れの奥にしまい込み、そんな人形の存在など忘れてしまっていました・・・。私は膝に先天性の異常があり、両膝とも膝関節亜脱臼のためにひざのお皿が安定せず、ひざのお皿の裏側の軟骨がなくなってしまうという病気を抱えていました。ずーっと成長痛と片付けられていたのですが、やっと中学3年のときに原因がわかりました。その時から高校時代は休み毎に入院、手術の繰り返しで高校1年生の頃はあと一日で留年というところまで入院生活が長いもので、自分の骨盤の一部や筋肉を移植するという、25年前にしては画期的な手術といわれたものでした。その頃はほとんど車椅子で動いていたのですよ。忘れていました。かつては車椅子ユーザーだったのですよ!!毎日、入院仲間と一緒に車椅子で院内を走り回って、婦長さんにお説教されたものでした。ちょうど人形を落として足を折ってしまったときと、私の膝が悪化して大好きだった剣道ができなくなってしまったときは重なっていました。すっかり忘れていた人形の存在を思い出し、当時脊髄損傷で隣室に入院していた「霊おろし」を生業としているおばさんに話したのでした。そのおばさん、その人形を目に付くところに出して毎日お菓子を供えなさい。そして全部の手術を終えて退院したときにお寺に奉納しなさいね。と教えてくれたのでした。母は私が術後に半年間使っていた、足先から付け根まである長いギプスとともにその人形をお寺に奉納したのでした。あれは人形をかわいがってあげなかったことからの「たたり」だったのかしらん・・・。
2006年01月07日
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昨晩は色々に考えこみ、気持ちが沈みがちになってしまいました。いつもは子供たちと一緒に9時過ぎに寝てしまうのですが、入眠剤を飲んでも寝付けず夜中まで起きていました。今朝10時頃に残業をたっぷり終えて疲れきった主人が戻りました。お風呂に入って夕方まで寝ます。起きてきたときに「義母の家に一緒に行けない。ごめんなさい」と話しました。主人は笑って「いいよ。気にしなくていいのに。子供たちを連れてオレだけで行ってくるよ。」と言ってくれました。私は「お義母さんには『私が精神的に不安定なので長時間の移動が難しい』と説明してね。もしよければ私が自分で電話してお詫びするから。」と話したところ「いいよ。行きたくないわけじゃないって話しとくよ。」と言ってくれました。良かった。肩の荷がひとつおりました。明日からはまたトップギアの生活が始まります。私は仕事、長男は学校、二男三男は保育所です。また5時起きの毎日。送迎また送迎の日々・・・。自分を見失わないようにマイペースで私らしい日々を送りたいと願っています。
2006年01月05日
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私は両親からの虐待が元で不安神経症を発症しました。20代のころにはつらい時期がありましたが、今はなんとかおつきあいする日々です。自分らしく生きられているなあと感じる日々と、過去の苦しみに振り回される日々。そんな日を重ねて生きています。昔は旅行会社に勤務して海外の添乗もこなしました。どこへでも何人でも連れて出かける自信があったのに・・・。今は公共の交通機関は使えません。高速道路も。精神科のドクターの分析によれば、私が帰省できないように無意識の中で交通手段をたっているのだそうです。大阪の実家にも帰れるときもあり、去年のようにどうしても帰れないときもあります。主人が義母と連絡を取り、1月9日に来てほしいと言っているそうです。義母は息子たちにお年玉をあげたいから、そして一緒に食事をしたいからと誘ってくれています。主人も私と一緒に行きたい様子。その食事も私が大好きなホテルの食べ放題プラン。義母も私が喜ぶと思い広告で見つけて連絡してくれたのです。主人の実家は藤沢で、こちら千葉とは雰囲気も違いおしゃれなショップもたくさん。ぜひ行きたい。でも怖いのです。高速道路が怖いのです。失敗が怖いのです。また途中で不安発作を起こして引き返してしまうようなことになったらどうしよう・・・。来月には発達クリニックの初診があります。そこも神奈川県。どうすればいいかな。藤沢は逃げられても発達クリニックは逃げられません。でも頭の中で藤沢までの道のりを追うと、それだけで気分が悪くなりそうなのです。高速道路を使わず、時間をかけて一般道で行ってもらおうかな。それも私にとって楽な方法ではありません。もう一週間もない。私はどうすればいいのかな。
2006年01月04日
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いきなり大嫌いな言葉でご挨拶。自分は聞きたくないし言いたくないけれど、長男には新年7日くらいまでに初めて顔を会わせた人にはこのように挨拶することを教えなくてはなりません。だから自分も言わなくてはなりません。おせちもなく雑煮もない正月。元旦からオープンしている近所のショッピングセンターに行き、いつもは2回のムシキングを今日は3回ずつ。二男と三男は恐竜キング(?)に移行しましたが、長男は未就学児がずらっと並ぶムシキングの列におとなしく並び、順番待ちです。2日は朝から雨。冷たい雨。子供たちを連れてビデオレンタルショップに行き、返してまた借りました。○ーミヤンでランチして帰宅して、みんなでポケモン鑑賞。4兄弟みたいでしょ?主人は仕事に出かけ、子供たちは子供部屋で遊び平和な年明けです。
2006年01月02日
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