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以前は現在地より下流の夫婦橋の傍ら祀られていましたが、上飯田通や県道の整備に伴いこの地に遷されたもの。
堂内には地蔵と馬頭観音像が安置されています。
黒川樋門は令和2年景観重要建造物に指定されました。
この先の三階橋ポンプ場の西隣に、荒子川に至る全長28kmの庄内用水の始点があります。
三階橋から矢田川上流の眺め。
対岸から三階橋と黒川樋門方向の眺め。
三階橋の由来は矢田川の地下に堀川、その上に架かる橋なので三階橋と付けられたという。
写真は2021年に訪れた時の右岸から三階橋方向の眺め。
この堤上には赤い社が印象的な天王社が祀られていました。
現在は後方の守西ポンプ場や旧名鉄小牧線の築堤が見通せるようになり、堤の上から赤い社の姿は消えていました。
廃社なのか、新たな場所に移されたものか不明です。
瀬古1丁目「天王社」
過去記事 / 「庄内用水元杁」から瀬古1丁目「天王社」

守西ポンプ場の南に残る旧名岐鉄道大曽根線(名鉄小牧線)の築堤から庄内用水元杁樋門方向の眺め。
築堤には枕木はありませんが、バラストが残り、瀬古親水遊歩道沿いには橋台の遺構が残っています。
旧名岐鉄道大曽根線(名鉄小牧線)は、大曽根-犬山間を結ぶ路線として計画されましたが、計画変更により、上飯田駅から新小牧駅までの路線として開業(1931)されました。
後に、地下鉄上飯田連絡線の開通(2003)により、名鉄小牧線が地下鉄と接続されることになりました。
旧名鉄小牧線の上飯田駅から味鋺駅までの地上区間は、これに伴い廃線となりました。
二つの河川を越えることから、こうした築堤と橋台が築かれました。
この橋台の脇の畑に小さな社が祀られていました。
橋台と社。
畑の隅の大岩の上に板宮造の社が祀られ、注連縄と榊も供えられています。
消えた天王社はここに?と思いたくなりますが、過去に撮った写真の中にも小さく映り込んでおり、天王社とは別の社のようです。
社名札もなく詳細は不明ですが今も崇敬されているようです。
不明社
創建・祭神 / 不明
所在地 / 名古屋市守山区瀬古1
ここの上を電車が通り、庄内川を越えた味鋺駅で小牧線と勝川線(1937年廃線)が接続していました。
左側の守山瀬古親水遊歩道の瀬古橋付近には、小牧線開業当初には瀬古駅がありましたが、1942年に廃駅となり二つの河川に挟まれたこの地区から鉄道駅はなくなりました。
堀川瀬古親水遊歩道。
堀川に続く流れの中には水藻がゆらめき、小魚の姿も見られ、歩いていても気持ちのいい歩道が続きます。
庄内用水元杁樋門。
明治10年(1877)、庄内川に架かる水分橋から矢田川の伏越間で完成するも腐朽が進み、明治43年(1910)に作られたもので「現存する重要な土木遺産2800選」に選定されています。
消石灰と真砂を混ぜて捏ねられた「たたき」と呼ばれる人造石で、二つのアーチ型水門。
「現存する重要な土木遺産2800選」に選定されています。
樋門上部の上屋には開閉用の舵輪のようなハンドルが見られます。
ここから右手が庄内川となり、目の前に県道102号線の水分橋が架かっています。
水分橋に出てみて驚いた、水分橋の架かる堤の様相が一変していました。
以前の堤には小さな森があり、樹々に隠されるように黒体龍神が鎮座していました。
橋梁改築に伴い、鎮座地の森は伐採、土手は盛り土され、黒体龍神の姿がなくなっていました。
道路を渡り、周囲を見渡してみても鳥居の姿も見られなかった。
蛇年最初の参拝は黒体龍神と思い来たけれど・・・
2019年当時の『黒体龍神』
今ではこの杜や神社も盛り土の下になってしまったのか。
山王社同様、廃社になってしまったのか?
どこか近くに遷されたものか、もう一度この周囲を訪れてみようと思います。
過去記事 / 『 黒体龍神
』
