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2006.06.30
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いま歴史とは何か

~ミネルヴァ書房、2005年~

 ゼミで読んだ本です。
 E・H・カーという著名な方が『歴史とは何か』というこれまた著名な本を書いておられます(私の 感想 はこちらです)。
 いきなり脱線します。久々に自分の記事を読み返したのですが、カーの『歴史とは何か』を読んでいろいろ考えたなぁ、ということを思い出しました。もうちょっとカーがどういう方だったかメモしていればよかったなぁとも思いますが…(そして今日も妥協します…)。
 とまれ。カーの『歴史とは何か』出版40周年記念のシンポジウムが2001年に開かれたそうです。本書は、そのシンポジウムでの講演をもとにした論文集です。
 で、さきほどの脱線ともつながるのですが、本書を読んで考えるところが、別段なかったなぁ、ということです。あとでまたふれますが、アマゾンに寄せられた書評でも相当指摘されていますが、本書の訳はひどいです。私が敬愛する歴史家ジャック・ル・ゴフの本をひどい訳で世に出した鎌田氏という方がいますが、あれよりひどいかもしれません。で、私も西洋史をやっているので外国語を読んでいるわけですが、じゃあお前の訳は大したもんなのか、と問われたら、それは違います。読み返して恥ずかしくなる試訳が多々あります。ですが、せめて出版するときは考えていただきたいです。それでご飯を食べるんでしょう。私は人の批判は好きではありませんが、ひどい訳なので言わせていただきました。ひどい訳には目を瞑りながら出版するのですかね。…また脱線しました。要は、訳がひどいので読むテンションが下がったというのも、あんまり考えるところがなかった一因なのかな、と思った次第です。

 本書の目次は以下のとおりです。

 第二章 いま社会史とは何か
 第三章 いま政治史とは何か
 第四章 いま宗教史とは何か
 第五章 いま文化史とは何か
 第六章 いまジェンダー史とは何か
 第七章 いま思想史とは何か
 第八章 いま帝国史とは何か
 第九章「いま」歴史とは何か[*のぽねこ注:「いま」は、本書では傍点です]

 自分が専門にしている領域を直接扱っていることもあり、そして論の流れがスムーズなこともあり、第四章がもっとも面白かったです。著者が何を言いたいのかよく分からない章もいくつかありました(私は第二章で特に感じました)。この記事では各章の紹介は省略します。興味をもったところだけ。

 第七章は、「言語論的転回」について論じていました。これは、言語が現実と世界を構成する、という考え方です。たとえば、単純な例ですが、「わたしは今日ケーキを食べました」という文章があるとします。いちごのショートケーキを思い浮かべる方もいるかもしれません。私がチーズケーキが好きだということを知っている方なら、あるいはチーズケーキを食べたのかな、と思うかもしれません。裏をかいてロールケーキかもしれません。そもそも、「わたしは今日ケーキを食べた」のでしょうか。このように、文章で表現された裏にある「真実」には到達しえない、という考え方です。歴史家はいっぱい文字資料を読んでいるかもしれないけど、君らに真実なんて分からないよ、という主張ですね。
 こうしたことを言う方々の目的と歴史家の目的は違うのだから、歩みよりは難しいだろう、ということをゼミなどで話しています。「言語論的転回」の主張も、それはそうだと思います。それでも、史料を批判的に読んで、ある事象をある特定の時代・社会に位置付けることが歴史学だと私は思っているので、もちろんその中ではいろんな解釈が生まれてきますが、それでいいし、それが大事だと思っています。…「言語論的転回」の話とかみあってませんよね。こうなってしまいます。なお、「事実」と「真実」を区別し、事実にもいくつかのレベル(ある時代のある地域の人口や物価という「事実」、あるときある人間がある事件を起こしたという「事実」、など)を分けて、言語論的転回に反論している方がおられます。


 結局、自分が担当した章の紹介になってしまいました…。

 さて、訳の話にまいります。特に気になったところ。第八章「いま帝国史とは何か」より、一節を引用します。
「やむをえず短くなった本章で、私が帝国史へのアプローチについて網羅的に概略していないことが明々白々なのは、繰り返しに耐えることである」(231頁)
 文脈を無視してここだけとりあげるのは乱暴かもしれません。それでも、この日本語は…。

 では、まとめましょう。ここ40年で、歴史学の研究の対象はひろくなり、個別専門化している、という現実があります(そんなことはずっと以前から指摘されている、というお話も聞きましたが)。本書は、その中のいくつかを特にとりあげた、ということですね。最近のテレビと歴史学のこともなんだかんだと論じられていました。というんで、たしかに「いま歴史とは何か」を考えるたたき台にはなると思いますが、先にもふれたように、別段考えさせられるようなことはありませんでした。個人的には、先に紹介した二つの章が特に勉強になったなぁ、というところです。むしろ、これをたたき台にしたゼミでの議論の方が、考えさせられるところがありました。

 E・H・カーの『歴史とは何か』へのオマージュというには、いささか残念な本でした。もっとも、ここまでここで書けたのは、ゼミなどでの議論でいろいろ考えることができたからなので、ゼミの時間を振り返り、先生をはじめ、学生のみなさまと話せた時間をありがたく思う次第です。なんだか感傷的ですね…。





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Last updated  2008.07.12 21:01:05
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