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2007.09.04
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ジャック・ル・ゴッフ(渡辺香根夫訳)『中世の高利貸―金も命も』
(Jacques Le Goff, La Bourse et la Vie. Economie et religion au Moyen Age , Hachette, 1986)
~法政大学出版局、1989年~

 大家ジャック・ル・ゴフが、13世紀の高利貸について―あるいは、資本主義の萌芽―論じた著作です。本文だけで、120頁ほど、これに原注や詳細な訳注を加えても180頁ほどの短い著作ですし、面白い史料がふんだんに引用されていることもあり、とてもよみやすい研究です。
 目次は以下の通り(なお、本書に章番号は付されていませんが、ここでは便宜的に付けておきました)。

ーーー
第一章 金と地獄の狭間―高利と高利貸
第二章 巾着、高利

第四章 高利貸と死
第五章 金も命も―煉獄
第六章 ≪心にも涙あり≫

付録
 1.ダンテ『神曲』(「地獄篇」第十七歌)
 2.エズラ・パウンド「詩篇第四五」
 3.エズラ・パウンド「詩篇第百補遺」

訳注
訳者あとがき
原注
文献

ーーー

 本書の主要な史料は、次の二種類です。
 一つは、聴罪司祭用の手引書。1215年、第4回ラテラノ公会議で、全ての信者が、最低年に一度は告解をすることが義務づけられます。また、当時は、職業も多様化しており、本書の主人公である高利貸のような人々も告解にくるわけで、聴罪司祭たちも、手引書がないとやってられなかったのですね。なお、この種類の史料として、特にチョバムのトマスによる『聴罪司祭の大全』が用いられています。
 もう一つは、例話exempla(本書の訳語では、教訓逸話集)です。例話は、「実話として提供される短い物語で、有益な訓話によって聴衆を説得することを目的として、スピーチ(多くの場合は説教)中に」挿入されます。「興味津々、というより身の毛もよだつような話が多くて、まるで芝居を見ているようだ」。―このように、例話は読んでいてとても面白い史料です。特に、ジャック・ド・ヴィトリ(本書の訳ではヴィトリのヤコーブス)、エティエンヌ・ド・ブルボン、ハイステルバハのカエサリウスによる例話が用いられます。

 高利は、聖書以来断罪されています。高利は、まず財産の盗みです。そして、神のみに属する<時間>の盗みでもあります。というのも、高利貸が<売る>ものといえば、お金を貸す瞬間と、利子をつけて返済してもらう瞬間との間に経過する時間でしかない、というのですね。

 まず、現実に非難されたのは、度をすぎた高利のみでした。<節度>をもった高利貸は、救済されるチャンスをもつことになります。
 次に、新しい価値観の出現ですが、これには五つの条件があります。簡単にいうと、返済の遅れにより損害をこうむる可能性があること、高利貸にも労働の可能性が認められること、最後に、お金を返してもらえないなどのリスクがあること―これらのことから、必ずしも高利貸が禁じられるばかりでもなくなってきます。
 最後に、煉獄の誕生。ル・ゴフによれば、煉獄は12世紀末に誕生し、現世で地獄に落ちるほど悪いことをしてない人や、あるいは死ぬ前に悔い改めた人などは、まず煉獄に行きます。煉獄でも、地獄にいるような責め苦があるのですが、それを通して<浄罪>された人々は、天国に行けるのですね。こうして、高利貸にも、天国に行ける可能性が出てきました。

 原著タイトル、あるいは邦訳の副題の「金(巾着)も命も」というのは、高利貸が望んだことですね。現世での金か、来世での命か。前者を望むなら地獄に落ちる、後者を望むなら不正をはたらいてためたお金を返しなさい。これが聖職者の教えですが、高利貸はどっちも望んだのですね。ところが、煉獄の誕生など、上述の条件により、高利貸は、現世で金儲けした上に、来世で天国に行ける可能性も得たわけです。
 さらにいえば、高利貸自身が、死ぬ前に全く悔い改めをしなくても、その未亡人が、亡き夫のために罪を贖い続けたために、亡き高利貸が煉獄から天国に行けるという例話もあります。司祭がうまいこと高利貸に悔悛をすすめる話などもあり、高利貸が救われる可能性は広がっていますね。
 こうして、ル・ゴフは、次のように結論します。「煉獄のお蔭で地獄を免れうるという希望は、高利貸が13世紀の経済と社会を資本主義に向かって前進せしめることを可能にするのである」。

ーーー

 冒頭にも少し書きましたが、例話という史料をふんだんに引用していることもあり、本書では、13世紀の高利貸の像が(教化のための想像の部分もあるとはいえ)生き生きと描かれています。高利貸が恥ずべき職業であることを示す例話、高利貸の埋葬場所をロバに選ばせる司祭の話、臨終の際にもお金を返そうとしなかった高利貸についての例話などなど、そのあたりだけでも十分に面白いです。
 一方、断罪されていた高利貸に救済の道が開かれていく過程を描き、さらには資本主義の萌芽を指摘するあたりも、興味深いです。
 数年ぶりに通して読んでみましたが、面白かったです。





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Last updated  2008.07.12 18:18:44
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