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2007.10.20
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池上俊一『狼男伝説』
~朝日新聞社、1992年~

 多くの著書を発表しておられる池上俊一先生の初期の著書です。イマジネール(想像界)の歴史、あるいは心性史研究の成果をまとめられた著書ですね。
 本書の構成は以下の通り。

ーーー
序章 ヨーロッパ中世の想像界
第一章 狼男伝説
 はじめに―ヨーロッパのオブセッション
 1.狼男の最盛期

 むすび―時代を映す鏡
第二章 聖体の奇跡
 はじめに―神・人・教会の合体
 1.奇跡のさまざま
 2.聖体論争
 3.高揚する聖体への帰依心
 むすび―権力の網
第三章 不思議の泉
 はじめに―「生命の母」
 1.異教の泉と湖
 2.泉と妖精

 4.若返りの泉と愛の泉
 むすび―人と時代を映す
第四章 他者の幻像
 はじめに―幻想と現実
 1.大司祭ヨハネの伝説

 3.内なる敵たち
 4.他者認識の深層
 むすび―他者・社会・自然
第五章 彼岸への旅
 はじめに―「あの世」を垣間みる
 1.魂の異界巡歴
 2.彼岸の橋
 3.煉獄の誕生
 4.地上の楽園への旅
 むすび―「現実」から「アレゴリー」へ
終章 イメージの歴史的変遷

あとがき
参考文献[巻末註]
ーーー

 目次からもうかがえますが、まず読み物として面白いです。本書で特に対象となる時代は12-13世紀なのですが、場合によってはそれ前後の史料もふんだんに引用されています。
 私が特に興味深く読んだのは、第一章と第四章なので、この二章について、面白かった点を書いてみたいと思います。

 狼男―残虐で血なまぐさいイメージを思い浮かべますが、狼男のイメージがふんだんに普及していた12-13世紀=「狼男の最盛期」には、彼らはむしろ肯定的なイメージを付与されていました。狼男になるには、まず衣服を脱ぎ、自然(森)に入ることによります。そして、人間に戻るには、その衣服を再び身につける必要があります。ところが、不実な妻がその衣服を奪うことで、夫を人間に戻れなくしてしまおう、とする話が割合あるようです。狼男は、そうした不実な妻を罰する役割を担うことになります。
 興味深いのは、森の性格の変化が、狼男の性格の変化と関連づけられる点です。森は、驚異の空間であり、超自然的性格をもちます。その時代には、森の超自然的性格が、狼男に超自然的な力を与えるのですね。ところが、森が「脱悪魔化」されることにより、超自然的性格を失うと、狼男の力の源泉は、彼の「人格」の中に求められるようになります。これを池上先生は、「超自然力の人格化」と言います。このことにより、超自然力は森に限らず、いたるところで発揮できるようになります。「まさに神の力、悪魔の力と同様に」。このような、超自然力の「悪魔化」が、こんにちよく知られるような狼男の「悪魔化」につながるというのですね。

 第四章では、ヨーロッパ世界外部の他者として「大司祭ヨハネ(プレスター・ジョン)」、内部の他者として「イスラーム、ユダヤ人、レプラ患者(ライ病者)」が議論の対象となります。
 プレスター・ジョン(私はこちらの表現のがなじみがあるのでこう書きます)の伝説は、12世紀に現れます。十字軍が第二回、第三回と繰り返されますが、どうにもヨーロッパの形勢はよくありません。そんな中、東方=「インド」に、ユートピアのようなキリスト教国があり、その敬虔なる王プレスター・ジョンが十字軍を助けにきてくれる、という伝説がうまれるのですね。彼は想像上の人物ですが、プレスター・ジョンの書簡(もちろん捏造)もあり、プレスター・ジョンに宛てたと思われる教皇の書簡もあるようです。ちなみに、私が専門に勉強した説教師ジャック・ド・ヴィトリ(1160/70-1240)も、歴史書や書簡で、プレスター・ジョンに言及しています。特に書簡の方などは、彼が第五回十回十字軍に参加している際に書かれているのですが、そうとうキリスト教側が不利で、プレスター・ジョンが助けにきてくれることを切実に祈っているように読めます。
 さて。彼の国はどこか、彼はいるのか、ということで、東方への探検もうながされます。有名なマルコ・ポーロはもちろん、プラノ・カルピニなど、高校世界史に出てくる人名も出てきます。
 ところが、1241年のモンゴル軍によるポーランド侵攻(ワールシュタットの戦い)など、ジョンの国と思われていた国の連中に、ヨーロッパは大打撃を受けることになります。おや、東方=「インド」(インドというのは、とても広い地域を指す概念でした)には、ジョンはいないのではないか、とうすうす西洋の人々が気付くようになると、今度は、アフリカは「エチオピア」にジョンがいるのだ、という伝説が生まれてきます。もっとも、インドは「エチオピア」も含みうる広い概念でしたから、ジョン伝説の舞台がアフリカに移ったのも、「インドの曖昧で流動的な概念が可能ならしめたのだろう」というのですね。
 もちろん、プレスター・ジョンの国は「エチオピア」にも発見されないのですが、その国を見つけようとする「発見旅行」が、「大航海時代」の幕開けになった、という興味深い指摘もされています。
 このように、外部の他者=プレスター・ジョンは肯定的なイメージでとらえられたのですが、「内なる他者」は、敵意、排除の対象となります。イスラーム、ユダヤ人、レプラ患者がグルになって井戸に毒をまいた、という陰謀説が広まり、もともと存在していた彼らへの迫害運動に拍車をかけることになったとか。1321年の「陰謀」事件が詳しく論じられるのですが、このあたり、まるでミステリの謎の提示部分を読んでいるようで、とても面白かったです。

 第二章では、なかなか理解しがたい「聖体論争」(ミサで聖別される聖体は本当にキリストの体となるのか、それは本質的な部分だけで、パンそのものはキリストの肉ではないのではないか、云々)についてまとめてくれていますし、第三章の「水」のイメージ、第五章で論じる来世や橋のイメージなども、興味深く読みました。

 本書に関してはいろいろ手持ちの参考文献が挙げられますが、ここでは、上でも詳しく書いたプレスター・ジョンに関する文献を紹介しておきます。
・福田誠「プレスター・ジョンの出現-『プレスター・ジョン伝説』(1)-」『就実女子大学史学論集』3、1988年、157-186頁
・福田誠「プレスター・ジョンとモンゴル帝国-『プレスター・ジョン伝説』(2)-」『就実女子大学史学論集』4、1989年、43-82頁
・福田誠「プレスター・ジョンとエティオピア-『プレスター・ジョン伝説』(3)-」『就実女子大学史学論集』6、1991年、163-195頁
*存じ上げなかったのですが、福田誠先生は、岡山は就実大学・就実短期大学の教授でいらっしゃるのですね。プレスター・ジョンに関する著書も共著の形で出ているようですが、また一冊の研究書としてまとめられることを期待します。





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Last updated  2008.07.12 18:07:56
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のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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