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2007.12.30
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(Jacques Le Goff, La Civilisation de l'Occident Medieval , Paris, 1964)
~論創社、2007年~

 アナール学派第三世代を代表する中世史家、ジャック・ル・ゴフの初期の名著の邦訳です。『聖王ルイ』訳者あとがきによるル・ゴフの著作一覧などをみると、原著はル・ゴフの3~4番目の著作にあたります。原著は50年近くも前の著作ですが、これは面白いです。
 本書の構成は次の通りです。

ーーー
序論

第一部 西欧世界の歴史的進展

 第二章 ゲルマン人の組織化の試み(8~10世紀)
 第三章 キリスト教世界の形成(11~13世紀)
 第四章 キリスト教世界の危機(14~15世紀)

第二部 中世文明
 第五章 闇の中に輝くもの(5~9世紀)
 第六章 中世の空間的・時間的構造(10~13世紀)
 第七章 生活の物質的条件(10~13世紀)
 第八章 キリスト教精神と西欧社会(10~13世紀)
 第九章 中世の人々の思考と感情(10~13世紀)

エピローグ―永続性と刷新(14~15世紀)

訳者あとがき

ーーー

 第一部が、「中世」の通史的概観(といって、ここにも面白い指摘がたくさんあります)、第二部が標題の「中世西欧文明」の分析となっています。

 まず、訳語を含めた邦訳書のちょっと残念な点を上げてから、興味深かった点について書いていこうと思います。

 凡例には、次のようにあります。原書には地図や写真が開設つきで豊富で挿入されており、写真ページだけ辿っても中世文明の概要を理解できるような構成になっているが、本訳書は、本文の記述を訳し紹介することに重点を置き、図版・写真は[…]最小限を転載するに留めた」「シリーズ監修者レイモン・ブロックの巻頭の序言、巻末の語彙解説と年表は割愛させていただいた」。
 …なんてもったいないのでしょう! 数年前に、大学図書館で、写真ページや語彙解説のページをわくわくしながら眺めたのを思い出します。これらを(大部分)割愛したのは、原著の魅力の3~4割は損なってしまうのではないかと思います。

 訳語についても(本書購入の記事にいくつか書きましたが)、気になるところがありました。
 一部では「教皇」という言葉も使っているのだから、「法王」はやめて「教皇」という訳語で統一すれば良かったのでは、とまず思います。最近の西洋史の文献をみていると、「教皇」の方が一般的ですね(法王も間違いではないのでしょうけれど)。
 関連して、「寺院」という訳語も気になります。寺院、寺は仏教ですよね…。
 メロヴィンガ、カロリンガも、古い文献を読んでいるようで気になります。いまでは、メロヴィング、カロリングという表記(読み)が一般的ですね。
 シトー会が採用した、俗人身分でありながら修道院の雑事に従事した人々(conversi)も、「無品級修道士」と書かれています(386頁)。意味的にはそうですけれども、conversiは、「助修士」というのが一般的です。
 541頁。「1215年には第三回ラテラノ公会議で」とありますが、これは「第四回ラテラノ公会議」の間違いです。
 それから、訳者あとがきで、ちょっと意味が分からない部分がありました。「本書は『西欧中世史』という歴史書ではない。歴史書になっているのは、第一部の中世西欧世界がどのようにして形成されたかという経緯に関してだけで、第二部は、中世西欧文明を深く掘り下げ解明して素描した著作である」。歴史書ではない、というのは、単なる通史的な概説書ではないよ、ということなのでしょうか。そういえば「歴史書」という表現を使うことがないので、訳者の意図がよく分からないですね。
(追記)細かいことですが、参考文献目録の情報に誤りがあるので指摘します。マルク・ブロックの著作の一つについて、『フランス農村社会の基本的性格』の邦題で刊行されているとありますが、正しくは『フランス農村史の基本性格』という邦題です。もっとも、私は未見ですが…。

 と指摘するところはありますが(返す返す、図版などの割愛は大いに残念です)、それでも、内容がとても面白いですし、訳も読みやすく、これは嬉しい一冊です。なんだかんだいって、原著どころか英訳も通読できていなかったので、こうして翻訳でこの名著を読むことができたのは本当に嬉しく思います。

 本書を読んで、いかに知らないことが多いか―というか、いかに自分が知ったつもりになっていたか、ということを痛感しました。中世ヨーロッパに魅力を感じ、素敵な時代ではなかったろうかと考えることもしばしばなのですが、序論で、ル・ゴフは次のようにいっています。「美化された中世に逃げ込みたい読者に対して、もしも、かなり陳腐であるが助言されていただけるなら[……]、中世の時代にタイム・スリップし、そこで生活することになったとして、それは、はたして自分にとってうれしいことかどうかを自問してごらんなさいということである」。いきなりぐっときました。農作物の収穫量は本当にわずかで、天候、動物たちといった自然の要因によって飢饉が容易におとずれる世界。そういう認識はあったつもりですが、それでも、なんだか中世に魅力を感じていました。しかし、たしかにそこで生活するということを考えると……。
 動物裁判で、畑をあらしたバッタなどを破門していたのも、先の一文で、ふっと納得できたような気がします。いまの私たちからみれば、奇妙な慣行ですが、当時の人々はそれだけ必死だったのかな、と(もちろん動物裁判がそれだけで説明されるわけではないですが)。

 十字軍の影響について、十字軍によって商業が発展することになった、と高校世界史では習ったものですが、このようにまじめに考えている歴史家は、いまではいない、とル・ゴフは言っています。1964年の記述です。私が世界史を習ったのはもっと最近のことですが、なんだかため息をつきそうになりました。むしろ、十字軍遠征はさまざまな負債を西欧世界に負わせる結果になった、というのが常識的結論だ、とのことです。私は、十字軍についての研究に詳しくはないので、現在、その影響がどのように評価されているのかは把握していないので、ル・ゴフのこの説明がどれだけ通説なのかは分かりません。いずれにしても、まだまだ知らないことばかりだとあらためて思いました。

 と、第一部でも興味深い部分は多々あるのですが、やはり本書の魅力は第二部でしょう。
 空間・時間についての章では、現世はもちろん、彼方の世界としての神、悪魔、天上と地上をつなぐ天使についてもふれられていますし、時間については、農民、領主、聖職者おのおのについての時間から、季節に関してもふれられています。
 教皇権と皇帝権の対立は、ふだんはそれほど楽しく読む話ではないのですが、それでも、本書の記述はとても興味深く読むことができました。
 また、風刺的な動物寓話『狐物語』という物語がありますが、ジャック・ル・ゴフは、これを、「中世において≪飢え≫がいかに大きな関心事であったかを示してくれている」と評価します。「この作品は、この観点からすると『飢えの叙事詩』ともいえるもので、ドラマは、主人公の狐とその家族や仲間の絶え間ない空腹の訴えで展開していく」。こういう、わくわくするような指摘が、ル・ゴフの魅力ですね。
 第二部で特に興味深かったのは、第九章です。象徴的思考に関して、数の象徴性や指の象徴性についてもふれていたり、色、光に対する当時の感性についても論じられます。
 その他、三身分社会に関する話などは、修論でも扱ったので、もっと早く読んでおけば良かったと思いました(当時は邦訳は出ていませんが、英訳は手元にあったわけですし…)。

 あえて、内容について指摘するなら―おそれおおいことですが―、本の普及に関する節について。修道院の本と、大学の本の性格の違いや、民衆にとっては<文書>も忌まわしい存在だったことなど、興味深い指摘が多い節なのですが、ここで、写本技術の変遷についてはふれられてはいません。 13世紀には、「ペシア方式」といって、一冊の本を分冊に分けることで、効率的な写本作成が行われるようになります。その他の領域については、<革新>についての言及があるので、本の普及に貢献した写本作成技術についてもふれていれば嬉しかったかな、と。紹介文や書評には内容についての批判的な指摘がつきものなので、無理矢理感はありますが、ここでも書いてみました。

 第一部で、基本的な事項が通史的に整理され、第二部では広範な領域に関する話が、(第一部にも共通しますが)多くの史料の引用とともに語られていきます。一部には、史料の配列により、物語を読むように楽しく読むことができる部分もあり、本書は読み物としてもばつぐんに面白いと思います。
 訳語などに関し、いくつか指摘したものの、とにかく邦訳に感謝します。
 素敵な読書体験でした。





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Last updated  2008.07.12 18:02:59
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