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2010.12.12
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橋口倫介『十字軍―その非神話化―』


 十字軍研究で有名な橋口倫介先生による、十字軍運動の概観です。概観でありながら、冒頭では研究史をふまえて十字軍運動に対する様々な見方を提示し、本論も幅広い視野での叙述となっています。
 本書の構成は次のとおりです。

ーーー
はじめに
I 前兆と胎動
 1 大変動の世紀
 2 十字軍運動の精神的風土

 1 まぼろしの十字軍宣言
 2 民衆十字軍
III 東方遠征―エルサレムへの道―
 1 踏みかためられた巡礼路
 2 敵地へ
IV 聖地の解放―パレスチナをめぐる諸民族―
 1 各宗派共通の聖地
 2 解放がもたらしたもの
V 十字軍の理想と現実
 1 十二世紀ルネサンスと十字軍
 2 聖地のレアリズム

 1 色あせた錦の旗
 2 破門皇帝の寛容と聖王の不寛容
むすび―十字軍の非神話化―

参考文献
あとがき

ーーー

 本書を読了してから感想を書くまでに随分時間が経ってしまったので、記事ではごく簡単に、印象に残った部分を中心にメモをしておきたいと思います。

 まず十字軍といえば、1095年、教皇ウルバヌス2世がクレルモン教会会議で行った宣言から始まり、1096年に第1回十字軍、その後有名どころでは英王リチャード獅子心王、仏王フィリップ2世、神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ1世が参加した第3回十字軍など、ナンバーつきで呼ばれる事件がクローズアップされていると思います。ところが本書では、いわゆるナンバーつき十字軍以外にも、十字軍運動は行われていたという事実を強調し(ナンバーつき十字軍だけでは十字軍運動を十分に理解することができないという立場)、いっさい「第何回」という表現が用いられません。そこがまず、興味深いところでした。

 西欧の人々が聖地エルサレムへ訪れるために経由する地、ビザンツの皇帝による十字軍への見方も興味深かったです。第一回十字軍の頃、時のビザンツ皇帝アレクシウス1世は、西ヨーロッパへの不信の念を抱いていました。先行研究もふまえながら、橋口先生は次のように記しています。「アレクシウスは……十字軍を宗教戦争とも見ず、聖戦とも考えなかった ……彼の目には勇壮な十字軍士もただの侵略者、殺人者としか映らなかった」(81頁)。

 十字軍が「聖地」で行った大虐殺についてもふれられています。イスラーム側は、逆にキリスト教徒に寛大でありました。「イスラム支配下のエルサレムは……例外を除いて、キリスト教徒の巡礼に城門を開き、聖墳墓教会は破壊を免れ、礼拝の自由を許されていた」(105頁)。
 一方、第一回十字軍でエルサレムを解放した十字軍士たちは、「異教徒の家財を奪い、あるいは市外に追放しあるいは集団殺戮をほしいままにし、寺院を讀してかれらの礼拝を禁じた」(105頁)。「サラセン人という総称で、アラブ人、トルコ人、エジプト人、エジプト人などのイスラム教徒は一括して仇敵とみなされ、兵士たると市民たるとを問わず、老若男女、貴賤の別なく強奪と殺戮の対象とされた」(107頁)。
 後に、イスラム側の指導者サラディンがエルサレムを十字軍士から取り返した時には、十字軍側の言葉(自分たちの妻子を殺し、イスラムの捕虜も虐殺する)という言葉に、不承不承十字軍側の無血降伏を承認した、といいます(154頁)。

 十字軍は、さまざまな要素がからまりあう運動ですが、まずは「戦争」としての側面をもちます。その上で、橋口先生は次のように述べます。「十字軍はそれが中世世界において生きた歴史であった以上には、たとえ比喩としてでも後世に生き返らせてはならないものである。しかし、平和を真剣に考えるなら、過去の裁かれた戦争をしばしば想起する必要がある……将来に期待される平和論は人間の歴史の総体とその必然性への認識から構築されなければならない。その意味で十字軍の歴史を……偏見、暴力、残虐行為の告白として読みかえすことは必ずしも無意味なことではないであろう」(215-216頁)、と。
 本書副題にある、「非神話化」という言葉は、この文脈の中で用いられます。「十字軍は戦争の歴史である。しかし、その戦争は「聖戦」という神話の中に閉じこめられるべきではない」(213頁)

 十字軍の歴史をいろんな角度から概観できるだけでなく、現代を考える上でのメッセージも込められた、良書だと思います。

(2010/11/05読了)





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Last updated  2010.12.12 13:19:02
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のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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