仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2009.03.02
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カテゴリ: 東北
年の暮れに花巻温泉を訪れた。帰り足で、賢治の詩碑や羅須地人協会なども巡った。実は新幹線とバスの交通も一緒パックされたツアーだったので、観光地巡りも家族でバスに揺られて、楽なものだった。

年が明けて、多少の花巻の余韻があったのか、仕事をしながら、ふと「雨ニモマケズ」を思い出した時があった。

みんなにデクノボウと呼ばれ
ほめられもせず
苦にもされず

俺の仕事も、そんなものかも知れない。そう思いながら、手を休めて、全文を暗唱してみた。小学生の頃はしっかり覚えていたのだが、所々覚束ない。子どもの頃は、「一日に味噌と...」「野原の松の林の陰の...」の前後関係をよく間違ったような記憶もあるが。



ところで、私は心の中で読み返した詩の中で、ハッとさせられる箇所があった。

あらゆる事を自分を勘定に入れずに
よく見聞きし、分かり


私には、これが亡くなった父親の言葉そのものに聞こえてきたからだ。父は、言葉に出して子の私に何か説示や教訓を述べることなどは、ほとんどなかった。だが、人の話は良く聞け、相手の話の中に本当の意味を知ることだ、などと諭していたように思う。はっきり言われたのではないが、そんな気がしている。

子から見れば、家庭人で、兼業農家の一生涯を精一杯におくったのが、親の姿であり、世の中や人生に及ぶような考えや信念など、父親についてイメージしたこともなかった。自分には学がない、と語ってもいた。しかし、生きて仕事をしながら得ること学ぶこと、子に伝えたいこともあったはずだ。

「よく見聞きし、分かり...」 この一節が父の肉声で聞こえてくる。

父は、たぶん若い時分には向学や出世の志があったと思う。家庭の事情で高校にも行かないが、相当に無念の思いが内心あっただろう。温厚で謙抑的な父親であったが、若い頃は相当に短気な面もあったようだ。それでも、生き続けて何かを得ながら、自分を律しながら、六十数年暮らしてきたのである。人生の重みを備えた言葉として、「人の話は良く聴け」と、そんな風に私には重く響いてくる。



年末に私は、花巻の賢治詩碑の前に立ち、賢治の生涯に思いを馳せていた。子どもの頃は雨ニモマケズを、それこそ文字通りに、表面的にしか読めなかったのだろう。当たり前だ。何か聖人君子の言葉のようにさえ感じていた。だが、当然だが賢治も生身の人間だ。生家を離れ、ある意味で好き放題ができて、それでも最後は生家に戻って最期を迎えた。

生前は理解者も多いわけではなく、まして文学の社会的評価も少なかった。花巻の町では、金持ちの道楽のように見られていた面もあったのではないだろうか。決して天から降りてきた君子ではない。雨ニモマケズの詩には、世の中を啓蒙するなどという意識は微塵もなく、自分はこうなりたい、なれないけど、かくありたい、という猛烈な自己省察が感じられる。親に頼りながら反発し、世の中に受容されているのか弾かれているのか、そして自分の人生はどうなるのか、煩悶する生身の人間の姿だ。

そうか、父親も、あるいは宮澤賢治を愛読したのかも知れない。もちろん父は、裕福な生まれの賢治とは全く異なるし、時代も異なる。しかし、強引に結びつけるようだが、賢治と同じこの雪深い北上平野に生まれ、精一杯生きた。私には、賢治の生き様、そして父親の声が、妙に一緒になっていつまでも残っている。



一人の人間としての賢治の生き様に思いを致していたとき、偶然ではあるが、佐藤竜一さんの本を手にした。

佐藤竜一『宮澤賢治 あるサラリーマンの生と死』集英社新書、2008年

郷土の歴史を私たちに伝えてくれる佐藤さんの作だ。作家としての成果という観点ではなく、一生涯を生き抜いた生身の男として、失敗や自己省察を経て、それこそオロオロ歩くセールスマンの賢治の姿。

そうか。笑って、泣いて、悩んで、人に喜ばれて、人に嫌がられて。賢治もわが父も、私につながる、生きた人間だった。





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最終更新日  2009.03.02 07:20:45
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