


簗場と最上川の歴史あゆ茶屋の建物は営業していないが、中には入れた。水槽に鮎が泳いでいて、近くに説明があったので勉強のために撮影した。
(写真 ヤナ師、ヤナ場にかかる鮎)
■日本三大急流「最上川」にかかる日本最大級の簗場
「簗(ヤナ)」とは、河川の急流や落差の大きい瀬を利用しⅤ字型に川を堰き止め、竹簀(たけす)を置いて鮎などの魚を受ける療法です。このあたりの流域は川幅が狭く流れが速いためヤナを仕掛けるには絶好の地形であり、昔から川漁法が盛んに行われていました。
明治(19世紀後半)以降、町内には3カ所(菖蒲・下山・大瀬)の簗場がありましたが、上郷ダムの建設により昭和36年までに簗は消滅します。しかし、地域の方々をはじめとする町民の願いにより、昭和59年この地に復活しました。その後改修を加えながら現在の簗場となっています。常設の簗場としては日本最大級の簗場であり、9月中旬から10月にかけて落ち鮎の最盛期を迎えます。
■経済と文化の交流をもたらした最上川舟運
この地域の最上川流域は「五百川(いもがわ)峡谷」とよばれ、難所が多く舟運に利用することは難しいとされていました。元禄7年(1694)、上杉藩京都御用商人であった西村久左衛門が私財を投じて岩盤を開削したことで舟運が可能となり、米などを京都へ運び、京都から物資や京文化などの流入が活発になりました。鉄道と道路の整備により舟運は衰退しましたが、舟道は、現在も残っています。

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