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NASAのハッブル宇宙望遠鏡と云うのは、1990年にスペースシャトル「ディスカバリー号」によって打ち上げられた、地球周回軌道上にある宇宙望遠鏡です。主鏡の直径2.4m の宇宙の天文台です。宇宙にあるので、大気や天候による影響を受けないため、地上からでは困難な高い精度での天体観測が可能なんです。この宇宙望遠鏡全体の大きさはバスほどもあります。今は退役したスペースシャトルですが、よくまぁこんなに大きなものを打ち上げたものです。このハッブル宇宙望遠鏡が撮った最大の成果のひとつに「天地創造の柱」と名付けられた暗黒星雲の撮影があります。暗黒星雲の名は、星雲に含まれる塵やガスによって背景の星や銀河などの光が吸収され、あたかも黒い雲のように見えるためです。「天地創造の柱」はへび座に属する「わし星雲(M16)」の中央に位置します。この撮影に初めて成功したのがハッブル宇宙望遠鏡なのです。1995年のことでした。このとき撮影されたハッブル宇宙望遠鏡のカメラは小さなグランドピアノ程のサイズがありました。広域惑星カメラ2(WFPC2)で、イメージセンサ(CCD)は800×800ピクセルですから、いまではオモチャのデジカメよりも解像度が低い。そのCCDを4つで一組として作動するように仕組まれていたのに、ミッションに向かう過程で壊れてしまいました。それで上の画像、右上の部分がまっ黒に塗りつぶされているのです。このCCDは2009年に、広視野カメラ3に置き換えられてハッブル宇宙望遠鏡から除去され地球に戻り、国立航空宇宙博物館に展示されています。2014年になって、NASAは再びこの「天地創造の柱」に戻って来てより高画質な写真撮影に成功したのです。使っているCCDは2009年に取り換えられた広視野カメラ3。広視野カメラ2の倍の解像度をもつこのカメラは、可視光以外に紫外線や近赤外線まで撮影なカメラで、赤外線が柱の最も密な領域を除いてガスと塵の多くを透過するので、背景までクッキリと写っています。アリゾナ州立大学の天文学者であり1995年の「天地創造の柱」のオリジナル写真の色づけに関わったポール・スコーウェンさんは、今回の撮影でも中心的な役割をはたしました。1995年の写真に色付けしたとは?...「天地創造の柱」の3つの柱状のものは、新たな星を作り出す原料となるガスや塵ですが、柱は近くの若い星々から注がれる灼熱の紫外線を浴びることで形成されながら崩壊しているイオン化した酸素・水素・硫黄などが存在するのです。写真ではこれらを物理現象にのっとり青色や緑色、赤色などで鮮やかに表現したのです。この物理現象や物質の構造に対しての正確な表現は、それ以後の多くの天体写真の見本にもなったそうです。なので実際は写真ほど色鮮やかな姿が見られるというわけではないのですね。2005年の撮影では暗黒星雲のガスや塵の様子がより精細に映し出されています。たとえば柱状のガスがイオン化していたり、他の星から吹く荷電粒子の弾幕により柱の表面の一部が砂を吹きつけられているかのような見た目になっており、1995年の写真と比較すればガスや塵の見え方に大きな変化があることに気づきます。さらに、別アングルから撮影された「天地創造の柱」の写真がこれ。より高感度なカメラで撮影されたため、背後の星々の数が何十倍に増えています。なお、新しい星が誕生する瞬間はM16特有の現象ではなく、宇宙のあちこちでタイミングさえ合えば見ることができるらしいです。ただし現在地球から最も近い位置で星が新たに誕生しようとしていたのは、6,500光年離れた場所に存在するM16暗黒星雲であったというわけです。M16の全体を写した写真がこれで、ちょうど写真の真ん中に暗黒星雲の3本の柱が見えます。今回撮影された写真によって、この柱が「創造」ではなく、「崩壊の柱」であることが示唆されました。この柱の構造は、今まさに激しく削り取られているところなのだという。柱のへりの、密度の高い部分にあるこのぼんやりとし青みがかったガスの塊は、加熱され宇宙に蒸発している部分でなんです。柱の間にあるガスははるか昔に、柱の上にある星団から吹く風によって吹き飛ばされてしまったのです。この風には物質をイオン化する(原子から電子がはぎとる)効果があります。一番左にある柱の上端ではガスが加熱され柱から吹き飛び、星形成領域の猛烈さを物語っています。「この柱は非常にダイナミックで活発な変化を見せています」とスコーウェンさんは語る。「ガス状の柱は実はイオン化されており、巨大な星々からの放射によって加熱されているのです。そしてこの柱は星々からの強い風(大量の荷電粒子が吹き付ける状態)によって徐々に削られているのです」。私たちの太陽系もまた似たような星形成領域で誕生したのかもしれないそうです。太陽系にも、誕生する前には近くにある超新星から影響を受けたという形跡があるらしい。これはわし星雲に見られるように、太陽系も強力なイオンの風を受けつつ、その超新星を含む星団の一部として形成されたということを意味します。同時にNASAから、「天地創造の柱」の3Dモデルも発表されています。平板に見える3つの柱は、実はものすごい距離の離れたところにそれぞれ位置しているのですな。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 31, 2017
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インド、ガンジス川のほとりにある聖地アラハバードで開催されるヒンドゥー教の祭典「クンブ・メーラ」は12年周期でとりおこなわれます。前回は2013年1月14日~3月10日までの55日間とりおこなわれました。「クンブ」とは飲むものに不死を与えるというインド神話の飲料アムリタが入った壺を意味し、「メーラ」は巡礼を意味する言葉。約2ヶ月続くクンブ・メーラは、罪を浄化する聖なる川ガンジスで沐浴を行う特別な期間なんです。世界最大の祭として有名です。開催場所は、アラハバード近くの実在するガンジス川とヤムナ川、それに伝説上のサラスワティ川の3つの聖なる川が合流するサンガムと呼ばれる聖地。2001年に開催されたクンブ・メーラは20平方km の狭い場所に4千万人を越える人々が集まっており、2013年は人数の最多記録ではないかともいわれ、1日で8,000万参加した日もあって、期間中おそらく1億人を越える参加者だったと記録されてます。アラハバードの中心街から、クンブメーラの会場となるガンジス川とヤムナー川の合流地点(サンガム)までは、サイクルリキシャーと呼ばれる、後ろに2人乗れる自転車タクシーしか方法がありません。これだったら約30分で到着します。それでも開催期間中はサンガムまで車両は入れないので、降ろされたところから人波をかきわけて歩いていくわけですな。このクンブ・メーラには多数のサドゥーと呼ばれる、ありとあらゆるものを放棄して解脱を得ることを人生の目的とするヒンドゥー教の修行者、さらには衣服さえ持たず、髪をやひげを剃らない、灰を体に塗ったナーガ・サドゥーたちが参加します。それに一般のヒンドゥー教徒や音楽隊などの人々が一同に集まる光景が非常に圧巻そのもの。サドゥーは現在、インド全域とネパールに400万人~500万人いると云います。全員男性です。宗教的瞑想のため、ハシシ(大麻)を吸引する習慣を持つものも少なくありません。サドゥーのほとんどは民衆からの喜捨により生活の糧を得ていますが、収入と呼べるものでは無いそうです。呪術医となったり、村や街の聖者として、各種のお祓いや祈祷、結婚式で新郎新婦を祝福するなどして収入を得る場合もあり、家庭内でのもめごとや、悩みごとの相談に応じるものもいます。服を着る場合は、俗世を放棄したことを示す枯葉色の衣服に限られ、そして首に数珠を巻きます。ナーガ・サドゥーになると、ふんどし一枚きりか、あるいは全裸で生活します。実際にサドゥーを見に行った日本人に伺うと、素っ裸のナーガ・サドゥーが何人も普通に街を闊歩しているらしいです。インドではサドゥーは法的に死亡者とみなされてます。入門時に、自身の葬儀を行う者もいるほどです。サドゥーはクンブ・メーラに参加するため、2等列車に無料で便乗することが一般に黙認されています。サドゥーになるための手続きと儀式は宗派により異なりますが、大半の宗派ではグル(導師)に弟子入りする必要があります。資格を得るまでに導師のもとで数年間、無償で下働きに従事しなくてはなりません。その後、クンブ・メーラの承認式に参加して、正規のサドゥーの資格が与えられるのです。ガンジス川でクンブ・メーラのため準備をしている人々。クンブ・メーラに備え電線を整備している人。クンブ・メーラの「王の沐浴(シャヒ・スナン)」。ガンジス川に架かる舟橋(ポンツーン)を渡るヒンドゥー教徒たち。クンブ・メーラに関する最初の記録は中国の僧、玄奘(孫悟空でお馴染みの玄奘三蔵)の記述に見ることができます。玄奘は629年~645年にハルシャ・ヴァルダナの治世下にインドを訪れました。このような川で行われる祭りは玄奘が訪れるより何世紀も以前に形作られていたようです。いよいよ始まったクンブ・メーラ。インド神話の女神「カーリー」に扮する男性。カーリーは神話の女神。その名は「黒き者」の意味です。血と殺戮を好む戦いの女神で、シヴァの妻の一柱であり、カーリー・マー(黒い母)とも呼ばれ、シヴァの神妃パールヴァティーの憤怒相とされます。インド全体で信仰されているポピュラーな神ですが、特にベンガル地方での信仰が篤く、現在でもコルカタにあるカーリーガート寺院では毎朝、山羊による生贄が供養されています。このカーリーへの供物として殺人を行った集団が実在しました。タギーと呼ばれる集団はカーリーへの供物として全ての信者に毎年1人以上の殺人を義務付けたのです。タギーの教義では、血はカーリーに捧げるものとされ流血を禁じていたため、殺害の際には絞殺に限りました。裕福な旅人や旅の商人をターゲットとし、仲間が気を逸らせている間に音もなく血も流さず殺し、荷物を奪ったのです。凶器として黄色いスカーフでの絞殺を得意としたのはカーリーの神話によります。カーリーがアスラのラクタヴィージャを倒す際、2人の人間にスカートの切れ端を与え、ラクタビージャの首を絞めさせたという伝説があるからです。タギーはこうして蓄えた富で組織の維持を図り、また各地の有力者に財貨を送り、組織の安全を図ったとされています。タギーが歴史上の記録に現れる1550年から壊滅する1853年までに少なくとも200万人が殺害されたと推測されているのです。タギー掃討で捕まえられたメンバーの中には、1840年に刑死したベーラムという男がおり、50年間に渡る犯行で931人を殺害したと供述しています。これは単独犯罪としては決して破られることのないギネス記録です。ガンジス川で遭難したサドゥーを救出する警備隊。ナーガ・サドゥーたちとインドの音楽隊。早朝のサンガム、最も神聖な日の一つであるクンブ・メーラの初日「マカラ・サンクランティ」に集まるヒンドゥー教徒たち。クンブ・メーラに向かう巡礼者たちを待つ船頭たちこうした儀式が実に約2ヶ月も続くのです。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 30, 2017
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最近、写真ポーズで"ピースサイン"やってるとこ写して、SNSなんかにアップするのは危険だ!と報道されてますね。まぁ、SNSだと画像が圧縮されているので、全部が全部ぢゃないでしょうが、画素数があがってきた昨今のスマホやデジカメだと、写真から簡単に指紋が検出できる。不法滞在で日本から強制退去させられた韓国人の男女にシリコーンを使って他人の指紋を偽造し、日本への不法入国を手助けしたとして韓国人の男が逮捕されたニュースもありました。ピースサインの写真ポーズだけぢゃなくて、どの国の人が行っても、ついついやっちゃう写真ポーズってのが有名観光地によって決まってます。どれもお馴染みのポーズ。ってことは...世界中、オリジナリティのないひとだらけってこと?先ずはスフィンクスへのキスとミニ・ピラミッド。リオデジャネイロのコルコバードのキリスト像。同じパターンだったら、ニューヨークの自由の女神像も。ピサの斜塔と云えば、コレですね。こんなのもよく有ります。(ビートルズの)アビイ・ロード。これもあまりに能が無さすぎのような。グランド・キャニオンで危機一髪!って、見飽きたって云うねん!中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 29, 2017
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チリに変わっているけど、とても危険な自転車レースがあります。「Valparaiso Cerro Abajo」何が危険かって、わざわざ路肩がコースになっていたり、街中の入り組んだ狭い急な坂道を全速力で駆け下りるレースなんです。しかもレース中にワン公が進路に侵入してくるなんてアクシデントもあります。近年、都市部のMTBダウンヒルレースは、プロライダーのオフシーズンにおけるメインイベントにまで成長しました。そしてトップライダーたちが都市部の坂道を駆け下りるというレースがバルパライソで開催されるレースです。都市部というロケーションは、正確に言えば自然の中で楽しむ「マウンテンバイク」にはそぐわないものですが、階段、ランプ、コンテナなどを組み合わせたコースがコンクリートの上に設営されました。アーバンレースでは上位のタイム差はないに等しく、レーストラックは長くて肉体的にも辛いため、トップライダーたちでさえも苦しむことになります。やはりスタミナとスキルを併せ持ち、勇敢なライン取りができるライダーが優勝するのです。こちらはスロバキア出身の2011年チャンピオン、フィリップ・ポルクのヘルメットカメラ動画です。まさに手に汗握る展開です。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 28, 2017
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カナダのトロント大学にあるThe Citizen Labのレポートによると、現在世界の36ヵ国において、イギリスGamma International製の「FinFisher」というソフトウェアを使用して、政府機関が"国民の動向"を監視しているということが分かりました。そして...その中には日本の政府もリストに含まれているらしいです。ここで誤解のないよう理解していただきたいのは、スパイウェアはコンピュータウイルスとは違うと云うことです。コンピュータウイルスは自己増殖能力(つまりどんどん拡散していく)を持ち、他のコンピュータに自分自身のコピーを広めます。ウイルスが、セキュリティ対策が十分でないユーザのコンピュータに潜み、強引な手段で広く自己複製を配布するのに対し、スパイウェアは一般的に増殖機能を持ちません。スパイウェアは、ユーザーに関する情報を収集し、それを情報収集者である特定の企業や団体などに自動的に送信するソフトウェアです。それにはキーボードからの入力履歴やウェブブラウザの閲覧履歴などの情報を外部に送信するソフトウェアを指します。悪質な企業ではスパイウェアを利用して、ネット閲覧中に特定のサイトを強制的に表示させたり、利用者の承諾無しに新たなプログラムなどを無断でダウンロードしたり、利用者のコンピュータに重大な問題があると「偽りメッセージ」を出しソフトの購入を要求するものなどがあります。みなさんの中にも経験された方がおありでしょう。とくにフリーソフトを導入するときに、望んでないのに一緒にアンチウイルスソフトを導入させるケースが多いです。件の「FinFisher」はウイルス対策ソフトに検知されることなくPCやスマートフォンを使ったあらゆる行動を記録するソフトウェアです。とくにスマホはガードが弱い所有者が多いのでほとんど自由自在に入り込んできます。このソフトは、アラビア語などのために文字を右から左に表記することができるRight-to-Left Override(RLO)という制御記号を利用して、実行ファイルを普通の画像ファイルであるかのように偽装して実行させ侵入します。例えば、アルジャジーラの記者からのメールのように見せかけて、バーレーンの活動家の写真として「exe.Rajab1.jpg」というファイルを送ってくるのですが、実際に送ってきているのは画像ファイルではなく「gpj.1bajaR.exe」という実行ファイルです。開いてみると画像が表示されるのですが、その裏でFinFisherは侵入を果たしているわけです。一度FinFisherが侵入した端末は、C&Cサーバー経由で、すべての動きをモニタリングすることができるようになります。Wikileaksによって公開されたFinFisherに関する情報によると、政府の情報局はSkypeで行われている「疑わしいコミュニケーション」を監視するために、広範囲のインターネットカフェに対してFinFisherを使用したり、暴力団やマフィアなど犯罪に関わる組織の動向監視のために使用したりしているようです。実際に一部の活動家が2011年のエジプト革命後に政府のサーバーに侵入した結果、ムバラク政権がFinFisherでスカイプ通話の傍受を行っていたという証拠を発見しています。FinFisherを販売しているGammaはムバラク政権にFinFisherを販売したことは否定していますが、それが事実であっても別人が買ったとして入手する方法はいくらでもあります。ウォール・ストリート・ジャーナルによると、政府による監視に関わる市場は約50億$(約5,000億円)という巨大な規模になっています。FinFisherが世界36ヵ国で使用されていることが確認されてますが、これらのスパイウェアを使用することは、多くの国では合法的なことだと見なされています。FinFisherrが政府によって使用されていることを確認されたのは、オーストラリア、オーストリア、バーレーン、バングラデシュ、ブルネイ、ブルガリア、カナダ、チェコ共和国、エストニア、エチオピア、ドイツ、ハンガリー、インド、インドネシア、日本、ラトビア、リトアニア、マケドニア、マレーシア、メキシコ、モンゴル、オランダ、ナイジェリア、パキスタン、パナマ、カタール、ルーマニア、セルビア、シンガポール、南アフリカ、トルコ、トルクメニスタン、アラブ首長国連邦、英国、アメリカ、ベトナムの36ヵ国です。監視・盗聴用のソフトウェアはFinFisheのほかにも数多く存在していて政府・警察・軍隊・情報機関向けに販売されていることがWikileaksによって明らかにされています。問題はスパイウェアによって利用者の持つクレジットカード番号や銀行口座番号やサイトにログインする際に利用したID、パスワード等を収集し外部に送信できると云うことです。所有者の居所もスマホについてるGPS機能で瞬時に分かります。それで最近のネットバンキングでは頻繁に暗証番号を変えないと使えない仕組みにしてるのですね。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 27, 2017
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第二次世界大戦末から終戦直後にかけて「ペーパークリップ作戦」と云う極秘作戦が執行されました。アメリカ軍がドイツの優秀な科学者をドイツからアメリカに連行した作戦です。この作戦によってロケット開発の最初期における最重要指導者のひとりであるフォン・ブラウン博士もアメリカに移住しました。このドイツ人科学者たちが、まさにNASAの第一歩を築きあげたのです。国中の天才を集めて組織されている、まさに「合衆国の象徴」アメリカ航空宇宙局NASAはものすごい規模の宇宙基地を持っているわけですが、その広大な施設が少しずつ出来上がっていく写真がこれです。元々農園だったジョンソン宇宙センター。そこに街が徐々に作られて行きます。これは飛行中の凍結状態を再現するための特殊な風洞です。人類を月に送り込んだロケット、サターンVのエンジンをテストするための施設。すさまじいパワーを受け止めるためにものすごい量の鉄筋とコンクリートが使用されています。こうして徐々にNASAは形作られていったのです。このころのアメリカの経済力と開発力を見ると、日本が戦争に負けたのは当然ですな(笑)今のアメリカとは全く違っています。建設中のロケット組み立て棟。すぐ右の赤いタワーからサターンは発射されました。ケープ・カナベラルのケネディ宇宙センターの射点。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 26, 2017
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エッシャーはご存じですよね?あの建築不可能な構造物や、無限を有限のなかに閉じ込めたものなどの騙し絵で有名な画家であり版画家です。エッシャーが平面を次々と変化するパターンで埋め尽くした絵を得意とするのは、スペイン旅行でグラナダのアルハンブラ宮殿に行ってからだと云います。そこでムーア人のモザイク模様を初めて見て、深く影響されるのです。ジグソーパズルのように平面を黒と白の模様で埋め尽くす手法は、まさにアルハンブラ宮殿の影響が色濃く表れています。このエッシャーがどのようにあの騙し絵を描いたのか?と云うドキュメンタリー映像があります。「知覚の冒険」エッシャーの神がかり的な制作過程を収めた貴重な映像です。この映像はオランダの映画監督ハン・ヴァン・ゲルダーが1971年に撮影したドキュメンタリー映像です。オランダ外務省のオランダ芸術PR用に制作されました。繊細な作業をこなし、独創的なモチーフを淡々と作り上げていくエッシャーの映像は、あの騙し絵のトリックを緻密に作り上げる頭脳と技術を持ち合わせた芸術家であることがうかがえます。昨年の1月に亡くなったデヴィッド・ボウイのミュージック・クリップにエッシャーが1955年に描いた有名な「Convex and Concave」をモチーフにした作品があります。オランダのハーグにはエッシャーの美術館があります。マウリッツハウス王立美術館のすぐ近くに建つこの格調ある美術館はかつてオランダ王室が所有していたランへ・フォールハウト宮殿であるため、美術館の名前も「Escher in The Palace 」と呼ばれています。展示には「昼と夜」「滝」「空と水」「描く手」など世界的に有名な騙し絵の他、イタリアやスペインを旅して描いた風景画など初期の作品も展示されています。建物の3階フロアにある「エッシャーの部屋」では、自分の体のプロポーションを変化させながら小人になったり巨人になったりして遊ぶことができ、記念写真も撮ることが出来ます。1、2階の各部屋の天井から吊るされた鳥や魚、クモや大きな頭蓋骨などがデザインされたシャンデリアはオランダのアーティスト、ハンス・ファンベンテムがエッシャー美術館のために特別にデザインした作品です。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 25, 2017
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京都は四条、鴨川のほとりにある「東華菜館 本店(北京料理レストラン)」にはとても貴重なものが残っています。それは「日本最古のエレベーター」です。そのエレベーターたるや完全手動操作で蛇腹式扉が開閉する、まさにタイムスリップした気分を味わわせてくれる"機械"なんです。この建物を建てたのはウィリアム・メレル・ヴォーリズさん。アメリカの建築家ですが、日本では建築家と云う名声よりも、メンソレータムでお馴染み「ヴォーリズ合名会社(のちの近江兄弟社)」の創業者として知られています。ハモンドオルガンを日本に紹介したのも彼です。1905年に来日して以来、数々の西洋建築を手がけましたが、「東華菜館 本店」はヴォーリズさんが手掛けた生涯唯一のレストラン建築なんですな。重要文化財の神戸女学院大学の建物群や大阪の日本基督教団大阪教会など名だたる建築を手がけました。話はそれますが、ヴォーリズさんは太平洋戦争終戦直後、連合国軍総司令官ダグラス・マッカーサーと近衛文麿との仲介工作に尽力したことから「天皇を守ったアメリカ人」とも称されています。さて、日本最古のエレベーターがある「東華菜館 本店」ですが、建て物そのものがなんとも云えぬしっとりした味わいがあります。建て物そのものを眺めているだけで時間を忘れそう。と云っても、この時期、鴨川のほとりは冷たい風が強くって、画像眺めているようなロマンチックな情景には程遠いのですが(笑)日本最古のエレベーターは入口店内に入ると、すぐ横の扉に隣接しています。エレベーターは1924年にアメリカで製造、輸入されたOTIS製で、引き戸仕様。木製の扉はガチャガチャという音を立てて開閉します。東華菜館の屋上には塔があり、エレベーターのマシンルームとして使用されていて昇降機が格納されています。エレベーターの扉の上には時計針式のフロアインジケーターが付いています。「2」と「3」の間が狭かったり、「4」と「5」の間が広かったり、数字の並びが等間隔ぢゃないのは、フロアによって高さが違うからです。エレベータの中から見るとこんな感じ。「注意 指を出さぬ様に」と書かれています。興味本位で指を蛇腹から出してはいけません。エレベータはL字方向で2面開き扉になっています。エレベーターの操作は東華菜館のスタッフが行い、乗り降りもスタッフが案内してくれます。エレベーターにお客さんが乗ると、スタッフが手動でエレベーターを操作。扉が閉まるガラガラッガッシャンという音や、昇降中のブーンといった機械音は何ともレトロ。停止するタイミングは完全に操作する人の目視と感覚によるらしいです。東華菜館はエレベータだけでなく、店内内装もレトロ感いっぱいです。お料理もコースで5,000円~単品ではトウモロコシと蟹のスープが900円、酢豚が1500円、マーボー豆腐が1200円、五目チャーハンが700円と格式の割にリーズナブルです。夏には京都名物「納涼床」もでるし、屋上ビアガーデンもやるそうです。ここの個室はまた素晴らしいらしい。ヴォーリズさん設計の家具が上品に陳列されているらしいです。このエレベータと同じものは神戸市の商船三井ビルと元町にある旧小橋屋呉服店の松尾ビルにもあります。いずれも日本に現存する最古のエレベータです。松尾ビルも登録有形文化財に指定された素晴らしい建築物です。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 24, 2017
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きのうはアメリカが海底ケーブルを通してソ連の通信を傍受するアイヴィー・ベル作戦について述べましたが、こうした盗聴行為は現代の方がさかんです。特にアメリカとイギリス政府の盗聴がヒドイと喧伝されていますが、どのみち中国もロシアも北朝鮮もみんなやっているでしょう。現代の海底ケーブルは昔と違って、ほとんどが光ファイバー・ケーブルです。光ファイバーは銅線ケーブルと違って、電磁波をほとんど放出しませんので、非接触で情報をとることは不可能です。つまり光ファイバーとなんらかの接続をおこなわなければならないので、盗聴が漏洩する確率も高いと思うのですが、隠匿するテクノロジーも高度になってきたので、なかなか分からないのでしょうね。光ファイバーのケーブルで通信されるデータを盗聴するには、2つの方法があります。1つは海底ケーブルに別のケーブルを接合して光子の流れを分岐する方法。もう1つは海底ケーブルを折り曲げてデータの漏えいするポイントをつくる方法です。別のケーブルを接合する方がより明確に盗聴できますが、それだけ見つかりやすくなります。NSA(アメリカ国家安全保障局)による個人情報収集の手口を告発して、現在はロシアに逃亡中のエドワード・スノーデンによると、イギリスとアメリカの諜報機関が200本以上の海底ケーブルを盗聴していた事実があったそうです。イギリスが盗聴していたデータ量は、イギリスの国立図書館である大英図書館に保管されている約1億5,000冊の本を192回読んだ量に匹敵すると云っています。この対策として、ブラジルは1億8,500万$(約188億円)かけて、ブラジルとヨーロッパをつなぐ海底ケーブルをアメリカを避けるようなルートで設置するらしいです。2009年にNSAの予算からイギリスの政府通信本部(GCHQ)に支払われた金額が2,500万$(約286億5,000万円)と大幅に増加しており、そのGHCQの所在地の多くが海底ケーブルが上陸する場所、北コーンウォールのビュードにあることから、結局はイギリス政府はアメリカの代行をやっていると云うことです。問題はアメリカ政府が他国の情報のみならず、自国民の情報収集をしていた(PRISM問題)と云うことです。まさに映画の世界が現実に起こっているのですね。「情報テクノロジーの進歩とは、すなわち情報を"収集する能力"の進歩のことである」と語ったアメリカ国家安全保障アーカイブのスタッフがいました。PRISMとはNSA(アメリカ国家安全保障局)が2007年から運営している極秘の通信監視プログラムで、マイクロソフトのソーシャル・ネットワークを始めとしてGoogle、Yahoo!、Facebook、Apple、AOL、Skype、YouTube、PalTalk、合わせて9つのウェブサービスを対象に、公人、一般人を問わず電子メールや文書、写真、利用記録、通話など多岐に渡る情報の収集を意図したプログラムです。NSAが収集したデータは国ごとに表示し、分析するためにバウンドレス・インフォーマントと云うソフトウェアを使っています。NSAが収集しているアメリカ国民のデータだけで、月間に30億件と云われています。また北カリフォルニアの光ファイバー技術関連企業「Glimmerglass」社が開発した海底ケーブルの信号を盗聴するソフトウェア「CyberSweep」がアメリカ政府機関に提供されていることも分かっています。このソフトウェアを使えばGmailやYahoo!メール、Facebook、Twitterなどの内容を分析し、"行動を起こすのに十分なレベル"の情報を入手することが可能らしいです。Glimmerglass社は顧客リストの中に諜報機関の名があることは認めていますが、その詳細については明らかにすることを拒否しました。イギリスのGHCQでは「Tempora計画」と云う盗聴計画が実施されていますが、これにもアメリカのNSAが深く関わっています。2011年の段階で信号傍受の装置が200ヶ所の海底ケーブルに設置されており、このプロジェクトには、少なくともブリティッシュ・テレコム、グローバル・クロッシング、ボーダフォン・ケーブルなど通信7社が関連していることも判明しています。GHCQではNSAより多い300人の分析官が情報分析をおこなっています。過去5年間でGHCQの"光"へのアクセスは7,000%の比率で増加しているのです。これは光ケーブルが普通の銅線より高速に情報伝達できることと関連しています。つまり高速になればなるほど、かわされる情報の大量取得が可能となるワケです。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 23, 2017
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1940年代にはもう海底ケーブルが利用されて、電信や電報が海を越えて伝達されていました。当初は大西洋をまたいで、ヨーロッパとアメリカの通信に。昔は海底ケーブル=電線でしたが、今では光ファイバーのケーブルが世界各国に張り巡らされて、インターネットを主に供給しています。一時は海底ケーブルより、インテルサットなどの静止衛星を経由する短波無線がもてはやされた時期がありました。ところが衛星を利用する通信ではエコーと呼ばれる残響が災いして、きれいな通信ができないことが多々あります。それに比べ海底ケーブルは無線よりエコーが少ないので、再び世界の海に張り巡らされたのですな。リチャード・ニクソンがアメリカ大統領だった時代、1970年代初めは冷戦による緊張が緩和したものの、水面下で依然として米ソの対立が激化した新冷戦の始まりでした。ソ連ではミハイル・ソロメンツェフと云うあまり知られていない人物が大統領を務めていましたが、この人は日本訪問の経験があるのですね。1971年10月、アメリカ海軍の原子力潜水艦ハリバットはソ連軍によって厳しい警備が行われていたオホーツク海に侵入しました。目的はCIA、NSA(アメリカ国家安全保障局)、アメリカ海軍と云う3つの組織によって指揮された「アイヴィー・ベル」作戦を遂行するためです。アイヴィー・ベル作戦とはカムチャッカ半島にあるソ連海軍基地とソ連の太平洋艦隊を指揮していたウラジオストックの本部の間で交わされる通話内容を海底ケーブル(この時代はまだ光ファイバーではありません)を通して傍受することです。ソ連海軍基地と本部をつなぐ海底ケーブルは、ソ連の通信にとって非常に重要な位置づけで、アメリカが喉から手が出るほど欲しい情報が行き交っていたそうです。アイヴィー・ベル作戦では原潜ハリバットがオホーツク海に忍び込み、ソ連軍の海底ケーブルに盗聴器を設置する方法がとられていました。盗聴器は海底ケーブルから外側に漏洩する電磁波を受信して内容を記録するので、ケーブルに直接接触する必要がないのです。受信した通話内容は盗聴器のテープに記録され、定期的にアメリカ海軍の原潜がそれを回収する方法が採られました。原潜ハリバットは以前ご紹介した秘密裏に沈没したソ連潜水艦の引き上げにも出動して活躍したCIA御用達の潜水艦です。原潜ハリバットは、海底ケーブルの位置を探す調査から始めて、ついに水深約120m の海底にソ連が使用している海底ケーブルを発見します。乗組員は防水加工した盗聴器を、発見した海底ケーブルに設置したのです。この盗聴器は、なんらかの理由でソ連が海底ケーブルを引き上げたとしても「発見されないように海底に残る」という仕掛けが施されていました。先ほど述べましたように、当時の海底ケーブルには銅線を使用するのが一般的で、銅線は電磁波をケーブルの外側に放出するため、アメリカは放出される電磁波を受信する盗聴器を開発すれば、海底ケーブルに接触させることなく通信記録の傍受に成功したのですね。またソ連が海底ケーブルのセキュリティに多大な自信を見せていて、通話記録を全く暗号化していなかったことも、盗聴成功の要因になったと云われています。こうして盗聴器に記録された内容は、その後の10年間にわたり、毎月アメリカ海軍によって回収されていたのです。この作戦は多大な成果を収め、アメリカ軍が持つ最高レベルの情報源と位置づけられたのですが、元NSA職員のロナルド・ペルトンと云う人物によってアイヴィー・ベル作戦そのものをチクられてソ連が海底から盗聴器を発見、揚収した事から、作戦中止に追い込まれました。この時、揚収された盗聴装置は、現在モスクワ市内で展示されています。ロナルド・ペルトンと云うのは最初アメリカ空軍に勤め、そこでロシア語を教わったのです。1960年代にパキスタンのペシャーワルに派遣されるのですが、ここでギャンブルを覚えて浸り込むんですな。ペシャーワルから帰国するとNSA(国家安全保障局)に移ります。そして1980年に退職。その頃から家の修理などの費用がかさみ、借金がどんどん増えていったのです。休暇でオーストリアを訪れたペルトンは、突然ウィーンのソビエト大使館を訪ね、そこでKGBの責任者との面会を要求しました。諜報機関員への面会を許されたペルトンは、口頭でアメリカの海底ケーブル盗聴作戦「アイヴィー・ベル作戦」について説明した後、見返りとして金銭を要求しソ連は承諾したのです。結局ペルトンは、1985年にアメリカに亡命してきたソ連の外交官ヴィタリー・ユルチェンコによって、ソ連のスパイであることをCIAに暴露されました。ペルトンは終身刑3度の判決を受けて服役中でしたが、2015年に釈放されたそうです。ちなみにペルトンのことを密告したヴィタリー・ユルチェンコ、実はソ連側の二重スパイであって、その後まもなくソ連に帰国してしまいます。ペルトンは、ユルチェンコによるアメリカへの手土産として、ソ連側にいいように利用されて捨てられた格好となったのです。ペルトンによってアイヴィー・ベル作戦は終了してしまいましたが、アメリカが仕掛けていた海底ケーブル盗聴作戦はアイヴィー・ベル作戦だけではありません。アメリカが保有していた原子力潜水艦パーチーは、1971年サンフランシスコから北極海の一部であるバレンツ海に向けて出航し、ソ連が設置していた海底ケーブルに盗聴器を仕掛けました。パーチーが仕掛けた盗聴器は1992年まで見つかることなく正常に稼働。その後もアメリカ海軍はパーチーを使って海底ケーブル盗聴作戦をソ連だけでなく、ヨーロッパから北アメリカにわたる広い海域で実施したのです。原潜パーチーは退役時に数多くの機密作戦を遂行した潜水艦としてアメリカ大統領から表彰されました。パーチーの元々の任務であった研究開発任務を受け継いだのは原子力潜水艦のジミー・カーターです。とは云え研究開発任務と云いながら、原潜ジミー・カーターは海軍職員が海底での任務を行う際に船内と船外の行き来を今までよりも簡単に行える装置を搭載していて、海底ケーブル盗聴作戦に使用されている可能性があると指摘されています。きのうのブログでpico5404さんから「個人的にもし家で(死体を)冷凍保存したら問題が生じるのでしょうか?」とコメいただきました。う~ん、思ってもいなかった質問やなぁ...いろいろ調べましたが、はっきりしたことは法律のことも含めて私には分かりません。普通に考えれば、死後、荼毘に付さなかったら、死体遺棄になるのでは?と、云うか、家に冷凍保存の機械持ち込むのも現実的でないし、冷凍液はどんどん交換しなきゃならないのに、誰がする?と気づきました(笑)中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 22, 2017
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とても実現しそうになかろうと考えられてたパワードスーツや人工知能(AI)なども今や現実のものとなった科学技術。でも理論的に絶対ムリってのが特にSF映画の世界ではよく登場します。と云ってたら、そのうち出来たりして...いえいえ、ムリはムリです。映画「スター・ウォーズ」に登場してくる"ライトセーバー"。全長30cm ほどの金属製の柄から起動すると長さ1m ほどの尖形状ビームが形成されますな。このプラズマの刃は物体に接触したときにのみ熱エネルギーを放出し、その物体を溶断するのです。しかしライトセーバーは現実には出来ません。なぜなら光線(ビーム)は遮断されるものが無いかぎり永遠に伸びるので、ライトセーバーのように一定の長さで止めることは無理です。また光線同士は互いにすり抜ける性質を持っている為、剣のような打ち合いもできない。だからスター・ウォーズにはウソがある。それにビーム自体の熱は、かなりの高温となってますから、持っている手は溶けてしまうハズです。テレポテーション映画「スター・トレック」では、頻繁に宇宙船エンタープライズと地上や他の宇宙船間でテレポテーションがおこなわれてます。次に述べますが、量子テレポテーションは実験室レベルでは実証されているのです。しかし、膨大な距離を超えて光子のペアが生まれるのと、人間の体すべてをテレポテーションするのは別の話です。スター・トレックのテレポテーションは「破壊的なコピー」を含んでおり、 ソースとなる人間が消失する必要があることを意味します。もしテレポーテーションが実現可能な場合でも、それが自殺マシンになってしまう問題が解決されていないのです。単純に考えて、テレポーテーションにかかる物理的及びエネルギー的な要求量は実現不可能なんですな。そのシステムは瞬時に、スキャンと記録と、人間の体を再構築するための10の45乗バイトの情報全ての中継と読み取りを行える必要があり、 目的地にデータを送り届け、最後に一分子の漏れなく完璧に人間を再構築しなければならないからです。では実証された実験室レベルとはどんなものでしょう?オランダのデルフト工科大学のハンソン教授率いる研究チームは、窒素原子を使った量子テレポーテーション実験を行い、3m 離れた2つの地点の原子"粒子"の情報の伝達に100%の精度で成功したと云うのです。量子テレポーテーションとは、古典的な情報伝達手段と量子もつれの効果を利用して、離れた場所に量子状態を瞬間移動することらしいです。量子もつれの関係にある2つの量子のうち、片一方の状態が観測されると、瞬時にもう一方の状態が確定すると云うのが理論(なんのことか分かりません)。ハンソン教授は、人間をひとつの原子の集合体と捉えれば、原子の集合体のテレポートも可能であると云ってます。つまり物理法則的には、人間など大きな物体の移動も可能であるということ。「実際に瞬間移動が可能なのかというとまだ非常に難しい段階だが、だからといって不可能の一言で片付けてしまうのは間違っている。瞬間移動を妨げる法則はないため可能なはずである。いつか遠い未来、実現可能となるはずである。しかし光より速く移動しなければならないので、そこが難点である。」と語っている。次のデルフト工科大学のプロジェクトは大学キャンバス内の1,300m 離れた2つの地点で量子テレポーテーションを行う大規模な実験を行う予定らしいです。しかしハンソン教授の言とは裏腹に、人体テレポーテーションとなると理論的には可能でも、テレポーテーションにかかる物理的及びエネルギー的な要求量が大きすぎて現実的ではないという話もあります。それよりも現代のスーパーコンピューターを上回る性能をもつ量子コンピューター同士をつなげる量子インターネットの開発に大きな飛躍が期待されるのです。って、ここのくだりは難しすぎましたな(笑)そんな大掛かりな実験をするまでもなく、テレポーテション現象が実際におこった模様がYouTube に掲出されてます。ところはロシア。タイトルには「The first teleportation in Russia」(ロシア初のテレポーテーション)と書いてます。どのような映像なのかというと...アコーディオンを持った若者とオジサンが何やら話しています。と、その直後!突然、オジサンの背後から自転車に乗ったおじいちゃんが出現するのです!アインシュタインの理論によると、概念的には「ワームホール」が空間と時間の2つの異なる領域を接続できることを示唆しており、タイムマシーンを作り出せるされる可能性を示しています。しかし実際にはかないそうもない。物理学者の加來道雄によると、タイムマシーンを作るには、まず全ての星々やブラックホールのエネルギーを抽出する必要があります。そこではワームホールの固定とそれに対する出口(もしくはワームホールの入り口)を確定し、旅行に向けてそれらを開けたままにしておくことが必要なんです。「祖父のパラドックス」はあなた自身の祖先を殺すテクノロジが存在できないことを示しています。なぜならそれは宇宙の法則を打ち破るからです。しかし、それよりも更に考慮すべき難解なパラドックスがあるのです。タイムトラベラーは全て未来からやってくるのでしょうか?ワープ!超光速航法とも呼ばれていますな。ワープは宇宙船が光速を超える速さで航行するための技術です。タイムトラベルとは異なり、少なくとも幾つかは実現可能な科学技術が背景にあります。しかしアインシュタインの相対性理論によると、物体の相対論的質量は速度が上がるに従って増加し、光速において無限大となるのです。このため、単純に加速を続けても光速に達することも、光速を越えることもできない。この「光速を越えることができない」がネックとなっているのですな。ワープは1997年、タフツ大学のフェニング博士が論文を提出し、 宇宙物理学上では不可能という結論に至っています。映画「スタートレック」には重力シールドなるものも頻繁に登場します。日本的に云うと「バリヤー」ですな。このバリヤーは重力子を放出させ、空間を局所的に弯曲させる事によって、物理的な力に対して強力な反発力が発生する力場を形成。宇宙塵や敵の攻撃が船体にぶつかることを防ぐ為のシールドのことです。しかし物質にある基本的な性質を無視している限り、このシールドはサイエンス フィクションの領域内なんですな。こんどは現実に実験がおこなわれている事象について。人間の冷凍保存、解凍のことです。 我々は、いつか必ず冷凍保存された脳を生き返らせることができると信じています。しかしながら、この技術を実現させるためには、情報理論的な「脳死」と呼ばれている事象を避けるために、脳が完全に保存されている必要があるということなんです。簡単に言えば、脳細胞への多大な損害があるなら、完璧に戻す方法はありません。そして、残念なことに、実質的に、今日まで行われたあらゆる人体冷凍保存実験では問題を生じているのです。アメリカはミシガン州にあるクライオニクス研究所は、遺体を冷凍保存するための施設であり、1962年に「不死への展望」を執筆し、「人体冷凍保存の父」として知られる、ロバート・エッチンガーが設立に携わった施設です。全米には既にいくつかの冷凍保存施設があります。クライオニクス研究所では冷凍保存に興味を持った人々に、施設内を見学できるツアーを随時行っているのです。冷凍には液体窒素を使用され、人体は常時マイナス200度に保たれています。遺体を収納するユニットは断熱処理が施されており、万が一停電が起きても冷凍状態を維持できるようになっているのです。死後冷凍の契約を結んでいる会員は500人に達すると云われています。そして既に100人以上の会員がこの施設で冷凍状態で眠っているのです。冷凍保存にかかる費用は1体300万円ほど。アメリカの他の冷凍保存施設と比べると格安の値段です。冷凍保存には問題点も多くあります。低温環境に順応しない人間を冷凍すれば、解凍したときにすべての細胞が破壊されてしまう可能性があるからです。他の冷凍保存業者では不測の事態に備えて、冷凍のプロセスに工夫を施しています。遺体からまず血液を抜きとって、昆虫やカエルなどが備えている凍害保護物質のような不凍液物質に置き換えるところもあるほどです。頭部だけを冷凍保存しているところもあります。しかしクライオニクス研究所では一貫して全身まるごとそのままの冷凍保存の方法を貫いているのです。冷凍保存のテクノロジーはここ6年間でわずかしか進歩していません。しかし冷凍保存信者にとっては、いかなる科学の進歩もそれに関連づけてしまう傾向があるようで、科学技術が拡大と発展を続ける限り、冷凍保存はさらに現実的なものになっていくと確信しているのです。ナノテクノロジーや合成生物学などの分野での発展が全て解決してくれると。 しかしこの問題の解決方法が見つかって、蘇生ができたとしても、冷凍保存されてる間に自分の親戚、知人はみんな死んでます。そんなんでも生きたいですかね?最後に残った問題はもっとも厄介なものです。精神転送(精神アップロード)。記憶だけでなく「意識」そのものをコンピュータに移し替えることができるか?私たちの記憶を コンピューターに移し替えることは可能性ありそうです。しかし意識(精神)を移し替えることができるかどうかは未解決の問題です。ロボット工学を使った身体に精神をアップロードすることは、人工知能の目標の1つとされることもありますが、この場合、脳が物理的にロボットの身体に移植されるのではなく、意識を記録して、それを新たなロボットの頭脳に転送すると云うことになります。今のところ精神の状態を複製できるほど精密に記録する技術は無く、またコンピュータ上で精神をシミュレートするのにどれだけの計算能力と記憶容量を必要とするかも分かっていません。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 21, 2017
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PCのシステムやデータ保存になくてはならないハードディスク。最近はハードディスクに代わって、シリコン化されたデイスク(SSD)を導入しているPCも多くって、私もSSDにWindows やプログラムファイルを入れてます。SSDを導入すると、もうハードディスクには戻れないですね。なんせWindows の立ち上げがほんの数秒、一瞬ですし、アプリの立ち上げなんてコンマ何秒です。しかしSSDにはハードディスクほど大容量のものはまだ売っていないし、普通の使い方だったら10年ぐらいはOKとしても、書き込み回数に制限あります。そこいくとハードディスクは機械部品なので壊れる確率はPCの中でダントツですが、とてつもない大容量を安く手に入れられるのはやはり魅力。私もデータは4TBのハードディスクに保存して、それとは別にサーバーを立ち上げて、同じ4TBのハードディスクにバックアップを保存してます。で、このハードディスクですが、これが最初に作られたのは1956年のことです。シリコンバレーの首都と云われるサンノゼは、言葉とは裏腹にエンジニアが住む街という雰囲気をあまり感じないところです。このサンノゼにIBMが「99 Notre Dame」と云う研究所を開設しました。1952年のことです。この研究所から世界で最初のハードディスク「IBM 305 RAMAC」が誕生したのです。開発チームを率いたのはRay Johnson。かれの功績はグーテンベルグの印刷機発明に等しいと云う人がいるほどです。音楽やビデオを扱えるようになったのはハードディスクの大容量化のおかげであり、ビデオやゲームコンソールにもハードディスクが搭載されるようになりました。デジタルコンテンツの普及はハードディスクなしでは考えられないのです。さて、この世界最初のハードディスク「IBM 305 RAMAC」なんですが...なんと24インチ(約61cm)のディスク50枚組という巨大さ。しかし容量はわずか5MB。今のUSBメモリでもここまで容量が小さいのは存在しないはずです。回転数は1,200回転。今のデスクトップ用3.5インチ ハードディスクだと大体7,200回転ぐらいですので6分の1のスピードですね。たった5MBですが能力的には優秀で、500万文字の情報からわずか1秒足らずで特定の情報を取り出すことができたそうです。で、そのサイズたるや...自動販売機の1.5台分ぐらいの大きさだったのです。運搬も一筋縄ではいけません。IBMのハードディスク事業を受け継いだ日立グローバルストレージテクノロジーズによると、現在までの間で、ハードディスクの記録密度は5,000万倍にハネ上がったそうです。しかし「IBM 305 RAMAC」の誕生がなかったら、今日のPCライフはもっと悲惨なことになっていたワケですな。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 20, 2017
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今どきの世界的に有名なこれらの人たちのデスクと云ったら、なんとなく全てがデジタル化され近未来的な作業場風景を想像するでしょ?ところが結構、煩雑な机が多いんですよね。確かにお部屋は広いスペースをとっている人が多いですが、ゴチャゴチャしてる人も多いのです。先ずはアップルの創業者、スティーブ・ジョブズのオフィスから。ビル・ゲイツの学友にして、ゲイツが辞任した後、マイクロソフトのCEOになったスティーブ・バルマーのオフィスはこんな狭いとこです。しかし机を窓に向けてるって珍しいですね。これではPCで見ている内容が、訪問者に丸見え。ビル・ゲイツはどうでしょう?意外にスッキリしています。しかし若いころは、コンピュータ・オタクそのものの部屋でした。Amazon の創業者のひとりで、ワシントンポストを買収しオーナーとなった世界有数の大金持ちジェフ・ベゾスのオフィスは...なんぢゃこら...もう少し机の上かたずけられないのか。と云ってる私の机もサイズが違うだけで、同じ状態でした(笑)アメリカの巨大PCメーカー「デル」の創業者、マイケル・デルのオフィスです。若いころの写真しかありませんが、PCディスプレィの上の本の積み方と云い、この人も乱雑みたい。靴を中心としたアパレル関連の通販小売大手Zappos.com(ザッポス・ドットコム)のCEO、トニー・シェイのオフィス。Zappos.com は現在、アマゾン・ドット・コム傘下に入っていますね。うっひゃあ~何とも云えません。Facebook (フェイスブック)の創業者でありCEOのマーク・ザッカーバーグのオフィスは?なんと社長室にデンと構えてると思ったら、大部屋で他のスタッフと共同で机を並べてたのです。あのFacebook のCEOがですよ。ど~やらIT関連は世界で有数の大金持ちになっても、身の周りを構わない人が多いみたい。ぢゃあ、一般企業やその他の有名人はど~でしょう?先ずは現ナイキ(シューズメーカー)の社長兼CEO、マーク・パーカーのオフィスから。う~ん、なんぢゃこりゃ!ど~やら、フィギア・オタクみたい...アメリカ大統領選挙で敗れ去ったヒラリー・クリントンの夫で元大統領、ビル・クリントンのオフィスは?やっとセレブっぽいオフィスにたどり着いたよ。次は世界で最も有力な女性と称されているアメリカのTV番組「オプラ・ウィンフリー・ショー」の司会者だった、オプラ・ウィンフリーのオフィスです。デキる女性らしいオフィスですな。「オプラ・ウィンフリー・ショー」は世界140ヶ国で放送されて、アメリカでは4,600万人の週間視聴者数を誇るヒット番組でしたが、オプラの意向で2011年に放送が終了してます。2008年のアメリカ合衆国大統領選挙では早い段階でバラク・オバマ候補の支持を表明し、その後のオバマ旋風のきっかけの1つとなったとされています。次は有名なアメリカのファッションデザイナーマーク・エコーのオフィス。マーク・エコーは、グラフィティアーティストとしてスタートし、アパレル、マルチメディア、テレビゲームなど多岐にわたって活躍するデザイナーです。マーク・エコーと彼のデザインした腕時計。同じファッションデザイナーでも、お国が変わるとイメージもかわります。こっちはドイツのファッションデザイナーで写真家のカール・ラガーフェルドのオフィス。彼はフェンディとシャネルのデザイナーをやってました。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 19, 2017
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高温には何千万℃、何億℃、何兆℃と云った無限に高い温度があります。それでは低温はマイナス何度まで?それともこれも下限が無いのか?答えを云うと、低温にマイナス500℃とかマイナス1,000℃なんてものは存在しません。マイナス273.15℃で終わりとなり、これ以上低い温度は無いのです。なぜかって?温度とは、モノをつくっている原子・分子の運動の激しさ(原子・分子の運動エネルギー)のことです。個体の温度が高いと云うことは、そのモノをつくっている原子・分子が激しく振動していることなんです。気体の場合は、分子がものすごいスピードで飛んでいるので、分子のスピードが速いほど温度が高くなります。高温のほうに限りが無いのは、いくらでも激しく分子や原子が動ける可能性があるからです。逆に云うと、すべての原子・分子が静止してしまえば、これ以上低くしようにもできないワケですな。それがマイナス273.15℃なんです。これ以上低い温度はありえないのです。ちなみに私たちが手に入れられる最も低い温度は「ヘイリウムの沸騰」で、マイナス268.9℃。これは「現在の宇宙空間の平均温度」マイナス270℃と拮抗しています。次に低い温度は「水素の凝固」でマイナス259.1℃。「液体窒素の沸騰」がマイナス196℃と続きます。逆に高い温度では「太陽の表面」が約6,000℃。太陽を除けば地球上から見える最も明るい恒星「シリウスの表面」が10,000℃。「原子爆弾」は数千万℃。「太陽の中心」は1,400万℃。「核融合炉のプラズマ温度」は1億℃です。「重イオン衝突型加速器(RHIC)」だと約4兆℃にもなります。そんな現実差的でないお話しではなく、現実で身近な超低温と云えばここでしょう。「日本超低温株式会社」国内最大級の超低温倉庫を保有していて、入ってくる世界のマグロの約10%がここで保存されています。同じ低温でも畜肉、魚介、冷凍食品、アイスクリームなどはいわゆる「冷凍」これはマイナス18℃以下で保存。しかしマグロなどは劣化を防ぐため新鮮なうちにシメて「超低温」と呼ばれるマイナス40℃以下で保存されるのです。この「日本超低温」ではマイナス60℃でマグロの冷凍、品質維持をおこなっています。マイナス60℃と云うのは冬の南極ばりと云うことです。冷凍庫の扉を開けると、先ず「前室」と呼ばれるスペースに入ります。前室がマイナス20℃。これでも結構、寒い!その次の扉を開けるとマイナス60℃の世界になります。ここは近くにある東京ガスの基地からLNG(天然ガスをマイナス162℃にまで冷却した液体)を有効利用して実現できているのです。寒いというよりは「痛い」もしくは「脅威」といった世界らしいです。それぢゃあ地球上でイチバン寒い場所は?そりゃあ想像できますよね。南極か北極。2010年までは南極のボストーク基地で観測されたマイナス89.2℃でした。観測されたのは1983年のことです。ところが2010年になってこの記録を更新する土地が見つかったのです。南極東部のヴァルキリー・ドーム、別名ドームふじ基地。この近くの尾根が氷点下93℃まで下がっていたことがわかり、地球観測衛星ランドサット8号の最新データと、他の宇宙の各種気象観測機器で蓄積した過去32年間の情報を解析して、NASAとアメリカ地質調査所が正式に「世界最寒地点」を宣言しました。それでは宇宙に目を向けてみましょう。現在観測されている宇宙で最も低温の天体は「ブーメラン星雲」です。ブーメラン星雲はこれまで砂時計のような形状が観測されていましたが、最新の望遠鏡「ALMA」によって、その真の姿が明らかになりました。ブーメラン星雲は、ケンタウルス座の方向、地球から約5,000光年の距離に位置します。これまでに地上望遠鏡とハッブル宇宙望遠鏡による観測が行われてきたが、今回はそれらに続き、ブーメラン星雲の正確な形状と、その極めて低い温度について調査が行われました。ブーメラン星雲は、宇宙で最も低温の天体とされています。ブーメラン星雲が特別なのは、温度がわずか1ケルビン(摂氏マイナス約272度)と、これまで知られている限り、宇宙で最も低温の天体である点です。これに対し、星間空間の背景温度は、ビッグバンのかすかな残光により、2.8ケルビン(摂氏マイナス270度)で一定していますから、ブーメラン星雲の低温は異常とも云えます。ブーメラン星雲が低温なのは、星雲の中心部から秒速164kmという超高速の「風」が吹いており、それが宇宙空間に拡散し、膨張する際に温度が下がるせいだと考えられています。これはハッブル宇宙望遠鏡によるブーメラン星雲の擬似カラー画像で1998年に撮影されました。1980年に初めて観測されたときは、ブーメランのような非対称なカーブとして見えたため、ブーメラン星雲という名前が付けられたのです。最近の観測には「アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計」(ALMA)が用いられてます。ALMAはチリの標高5,000m にあるアタカマ砂漠に建設された開口合成型電波望遠鏡で、2013年稼働開始しました。使われているアンテナは日本製です。ブーメラン星雲は、年をとった赤色巨星が、その寿命の終わりに、外殻をイオン化したガスとして周囲に放出している天体なんです。ブーメラン星雲の低温はボース=アインシュタイン凝縮と云う固体、液体、気体、プラズマなどと同様に物質の相の一つが起きるほどの低温なんですね。ボース=アインシュタイン凝縮では超伝導や超流動と同じような現象が発見されてます。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 18, 2017
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アメリカの方で30年前に購入したMacでインターネットにつなぐとどうなるのか?と云う実験をした人がいます。使った機種はMacintosh Plus。Mac としては4代目の機種になるためそうとうに古いですね。EGWORDにより日本語が使えるようになった初めてのMac です。このMacintosh Plusは1986年に発売された当時、日本円で80万円ぐらいしてました。CPUが8MHz(現代のCPUは単位が1,000倍上がって3GHz~4GHz)。メモリが4MB(現代の普通のPCで最低1,000倍の4GB~最大64GBぐらい)。ハードドライブ(HD)の容量が50MB(現在は最低でも1TBとか単位が1,000倍違います)。ディスプレイの解像度は512×384px(2006年ごろの携帯電話でさえ800×480px です)。搭載OSはSystem 7.0、ブラウザはMacweb 2.0。本体後ろに時計などで使うための電池がついています。一見、単3電池に見えますが、実際はリチウム電池で4.5Vのもの。ミツミ電機など国内メーカーのは角型はあっても、電池形状は見当たりません。日本だったら秋葉原などの海外電池を扱っているショップなどしか手に入らないでしょう。マウスはMac 伝統の1ボタン・マウスです。この頃からあったのですね。さて、ここからが問題です。Macintosh Plus の背面を見ると、左から順にイヤホンジャック、マウスコネクター、FDD(フロッピーディスク)コネクター、SCSIインターフェース、プリンター用とモデム用のシリアルコネクター。ん!イーサネットのLANポートが無い!つまり現代のモデムとの接続手段がないと云うことです。この人は試行錯誤の末に、LANポートのある教育用マイクロ・コンピュータRasberry Piを介してLANに接続すると云う手にでました。つまりMacintosh Plus→Rasberry Pi→モデムと云う経路です。お次はソフトの問題です。TCP/IPと云う通信用のソフトをインストールし、Macintosh PlusとRasberry Piが通信できるようにします。今度はRasberry Piからインターネットに接続するソフトをインストールして準備完了。と、思いきや、いざインターネットにつないでみると新たな問題が発生!現在のサイトのほとんどは、名前ベースのバーチャル・ホスティングを使用していますが、Macintosh Plusに搭載されているブラウザMac Webは名前ベースのバーチャル・ホスティングに対応していませんでした。つまり、インターネットにつないでもほとんどのサイトが適切に表示されないのです。そのために新たなソフトを特別に作りインストール。これでやっとインターネットに接続できました。で、出てきた画面がコレ!なんとも古色蒼然としています。なかなかにクラシックな雰囲気が出ていて、これはこれでアリですね。スピードは想像以上に遅いですよ。読込速度は毎秒1KB。ビットに直すと8kbpsで、かつてのアナログモデムを用いた接続(56kbps)の7分の1というスピードです。読み込みに1ページ、2分かかり、そこから画面を表示するためのレンダリングが開始されます。レンダリングが長すぎたため、フリーズしたのかと思ったとのこと。4分後にやっとページが表示されました。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 17, 2017
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アジアの中央部、トゥバ共和国に住む人々が話すトゥバ語で「土の家」を意味する「ポル=バジン」は、モスクワから3,800km 離れたモンゴルとの国境付近に延びるサヤン山脈とアルタイ山脈の狭間に位置する遺跡です。シベリア奥地、標高2,300m の高さの湖に浮かぶポル=バジンは、一見したところ城塞にも監獄にも見えます。ですが1,300年前に作られたと思われるこの長方形の島について、はっきりしたことは何一つ分かっていないのです。誰が建て、なぜ放棄されたのか、その使用目的すら謎に包まれています。歴史家と科学者からは様々な見解が示されており、人を収監するのではなく、むしろ人を呼び込むための施設との説。あるいは離宮、修道院、天文観測所なのではないかと推測する専門家もいます。年輪年代学および放射性炭素年代測定による調査でこの遺跡は770年~790年の間に造られたと考えられる。ただそれだけです、分かっているのは。2007年にプーチン大統領がアルベール2世モナコ大公と共に訪れた際には「これまで色々な場所を訪れ、多くの物を目にしてきたが、こんな場所は初めてだ」と、困惑しながら感想を漏らしたそうです。ポル=バジンはほとんどモンゴルとの国境、ロシア連邦トゥヴァ共和国南部にある遺跡です。ど~やらこの辺は地震の巣らしい。この遺跡、専門家によれば、テュルク系遊牧民族による遊牧国家、回鶻(西暦744年~840年)と同時期に建設されたものですが、居住地や交易ルートから遠く離れた辺鄙なこの場所に城塞らしきものをあえて築いた目的ははっきりしていないのです。敷地は密集し、利用されている建材と共に、中国の伝統的な建築様式を垣間見ることができます。1,300年前のものとされていますが、壁の多くは非常に保存状態がいい。2区画に分割されている中庭の主要構造物は瓦屋根の通路を持ち、石の基礎の上に立てられた36本の木製柱が支えています。不思議なのは厳しいシベリアの気候、しかも海抜2.3km の地点という条件なのに暖房設備の痕跡が見られない点なんです。取り囲む城壁は215m ×162m 。東西方向を向いており、ほぼ島全域を占めています。内部は2つの大きな広場、中心の建物群、北側・西側・南側の城壁に沿った小さな広場の連なりからなってます。メインゲートは東壁の中央にあり、ゲートタワーとそれに続く傾斜路が設けられています。カーテンウォール(外側)は最も高いところで10m の高さで残っており、内側の壁で最も高いところは1m ~1.5m です。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 16, 2017
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きのうの寒さったら!徒歩で買い物にいってた奥さんがたは、全員かけ足で、フードを目深に被って行進してました。このシリーズもいいかげんにしないと「もう飽きた!」ですね。これを最後にします。ドイツ、ハルバーシュタットの聖ブキャルディ教会で演奏されている「オルガン2/ASLSP」という楽曲は世界で最も長い演奏曲です。どれくらい長いかと云うと、2001年に演奏が始まったのですが、演奏終了予定がなんと!「2640年」です。実に639年の歳月をかけて演奏されてるのです。作曲したのはアメリカ人のジョン・ケージと云う作曲家で、1989年に京都賞を受賞したのですが、受賞式でスーツは着ないと云い張り、袴姿で登場した変わり種です。「易経」を利用して、サイコロを振って音符を決め作曲する「偶然性」を導入したり、「4'33」という無音の音楽を発表したりと何かに渡って話題の多い人物です。この演奏はドイツ、ハルバーシュタットのブキャルディ廃教会で始まりました。演奏のために特別に制作されたオルガンは、2009年に完成しました。ブキャルディ教会の右側廊にあり、左に蛇腹(ふいご)を持っています。パイプが音を発し続けるために、ふいごによって一定の空気が供給され続ける構造なんです。オルガンの音が絶えず聴こえているので、音量を減らすためにアクリルガラスの箱に納められています。演奏は、2001年9月5日に開始されましたたが、2003年2月5日までは、継続的な休符のため無音であり、最初の和音は、その後2005年7月5日まで演奏されました。その演奏は専用ウェブサイトで生中継され、リアルタイムで聴く事ができましたが、現在はリアルタイム中継は行われていない模様です。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 15, 2017
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オックスフォード・エレクトリックベル(現在も進行中)170年前から常に一定間隔で鳴らし続けている鐘があります。人が鳴らしているのではなく、2本の乾電池(何で出来ているかは不明)につながれた機械によってです。この電池は世界で最も長く作動している電池としてギネス記録に登録され、いまだにこの記録は破られていません。鐘の名前はオックスフォード・エレクトリックベル(電鈴)ともグラレンドン・ドライ・パイルとも呼ばれています。これが設置されているのはイギリスのオックスフォード大学。電池が製造されたのは1840年。それから1度も電池の取り換えはおこなわれていません。と~ぜん乾電池の残り残量が無くなれば機械は停止するはずですが、それが何時止まるのか誰にもわからないのです。この装置は2つの電池と2つのベルからなり、電池の下には各々ベルが付けられています。そしてベルの間には直径約4mm の金属球がつるされています。静電気の影響により、金属球は両側にあるベルを相互にたたく仕組みです。金属球がベルに触れるとベルの上の電池から充電され、帯電した金属球は静電気の作用によりもう一つのベルに吸い寄せられます。このような現象が延々と続くのです。記録によると、ごくまれに湿気の影響で装置が止まることがあったが、オックスフォード電鈴は1840年から今日に至るまで約100億回も鳴ったと云います。今日まで、オックスフォード電鈴の内部構造を知る人は誰1人としていない(と云うのは語弊があって、製作者はと~ぜん知ってますが、今となっては誰かも分かりません)。しかも分解して中身を見ようとすると、オックスフォード・エレクトリックベル自体を破壊することになってしまうのです。まるで映画「ダ・ヴィンチ・コード」に登場する「クリプテックス(無理にこじ開けようとすると酢酸のビンが割れて紙=パピルスが溶けてしまう暗号筒)みたいに。オックスフォード・エレクトリックベルは今日も鐘を鳴らし続けています。ビール教授の発芽実験(現在も進行中)アメリカのミシガン大学のキャンパス内にこっそりとある物を埋めた教授が居ました。ウィリアム・ジェームズ・ビールと云う教授で、1879年のことです。"ある物"とは50種の植物の種を湿った土に混ぜた物を入れたガラス瓶です。教授は20個のガラス瓶を口の開いた状態で逆さまに埋め、数年後に再度掘り起こして「どういった種類の植物の種が発芽能力を何年維持し続ける事ができるか」という事を実験したかったのです。本来は5年ごとに掘り返す予定だったガラス瓶も、ビール教授の後継チームが冬季に「土が硬すぎる」という理由で掘り返すのを断念して以来、20年ごとに掘り起こすよう実験内容が変更されました。2000年に確認された瓶では2つの発芽が確認されましたが、最後に埋めた20個のガラス瓶が掘り起こす作業は2100年の事になるのです。これは結果をだすまでの期間が最も長い実験のひとつとして有名です。ヘンリエッタ・ラックス女史の細胞実験(現在も進行中)ヘンリエッタ・ラックスの名で知られるヘンリエッタ・リーン・ラックス(1951年死去)と云う30代黒人女性は子宮頸がんで亡くなり埋葬されています。ところが彼女の細胞は「ヒーラ細胞(HeLa細胞)」という不死の細胞群としての可能性を秘めている事をとある医者が発見したことから、本人は知らないところで培養され、今や世界中に存在しているのです。ある日、その医者は彼女の細胞が、これまで見たこともないことをしていると気づいたのです。細胞はずっと生き続け、成長をし続けることができたのですな。最初の治療が施される前に、ラックス本人の知らないうちに無断で、研究目的でがん腫から細胞が取り出されました。そして現在に至るまで「人間の細胞の模型」として使用されていると云うワケです。当初はポリオワクチンの実験に使用されていたこの細胞は、今やがん、エイズ、放射能や化学物質の細胞への変化、ゲノムマッピング等、多岐にわたる分野で使用されているのです。現在ヒーラ細胞の使用をめぐり、1万1,000種類の特許が存在しており、科学者が過去50年に作ったヒーラ細胞の総量はおよそ20トンにも及びます。しかし、本人はもとより、家族に対しても倫理上の問題が残る研究と云えます。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 14, 2017
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アブラハム・オルテリウスと云うフランドル人の地理学者で地図製作者が居ました。近代的地図製作の創始者として知られている人物なんですが、彼が作成した地図に日本が追加されたのがヨーロッパにおける最初の日本地図なんですな。1595年のことです。この人がある日、地図を眺めていて、ふとある事に気付きました。散らばっている大陸の海岸線です。「全ての大陸の海岸は繋げれば元々一つの大陸だったのではないか?」この仮説が証明されたのは、彼がこの仮説を立てた300年も後の事です。アブラハム・オルテリウスの提唱した1つの大陸説は俗に「パンゲア大陸」と呼ばれている超大陸です。2億5,000万年前ごろの話。1つの大陸が長い長い年月をかけて分裂し、今の世界地図のような配置になったのですな。このパンゲア大陸でオモシロイのは日本の位置なんです。今の緯度経度にはありません。もっと北にあったのです。それもとてつもない位置に。ロシアと中国の境目の上に日本があって、すぐ横には北朝鮮と韓国が配置されてます。ピッチドロップ実験(現在も進行中)ピッチとは石油から精製されるものは歴青、植物樹脂から生成されるものはロジンと呼ばれる黒色で粘弾性のある樹脂のことです。木材を乾留させると木炭を残してピッチとタールが得られますが、よくピッチとタールは混同されます。タールは液体で、ピッチは固体に近い性質を持つ物質なんですな。ピッチは昔から樽や木造船の防水に使われてましたが、幕末にペリーが来訪したとき乗ってた軍艦がピッチを塗った船なので「黒船」と呼ばれたのです。このピッチと云うのは、非常に粘度が高くって、その粘度は水の2,300億倍と云われています。で、このピッチを使って「固体のように見える物質が実は非常に粘性の高い液体であること」を学生に教えようとした教授が居ました。クイーンズランド大学のトーマス・パーネル教授で、1927年のことです。彼は漏斗にピッチを入れて熱し、液体状になったところで蓋をしました。そこから約3年の月日をかけて室温へと戻ったピッチが漏斗から出てくるように、漏斗の底を切り落としたのですな。で、この実験、ど~なったと思います?1930年から始まった実験なんですが、1948年にパーネル教授が亡くなるまで、落ちたピッチはだった"2滴"だけだったのです。ピッチの落下速度は1滴に対しておよそ8.5年!で、パーネル教授が亡くなって以降もこの実験は継続して続けられており、2009年までに落ちたピッチの数は8滴。やっと今、9滴目が徐々にできあがりつつあります。で、ピッチを落ちる瞬間を見た人はパーネル教授も含めて、ひとりも居ません。あまりにも突然起こる現象だからです。2000年にビデオカメラを設置したのですが、落ちるちょっと前にカメラが故障して、8滴目の落ちる瞬間を取り逃がしてしまったのです。この実験はギネスブックに認定された最も長期に渡るラボ実験で、漏斗に残っているピッチの量からすると、あと100年は実験を続けることができると考えられています。ピッチドロップ実験は、オーストラリア、ブリスベンのクイーンズランド大学の2階キャンパスに展示されているのでいつでも見れるそうです。べヴァリー時計(現在も進行中)みなさんはアントニオ猪木の「永久電気」と云う事業をご存じでしょうか?もともとは亡くなったプロレスの橋本真也にもちかけられた大阪のサギ師まがいの人物による商談から始まりました。それが、どう云うケか猪木のもとに話しが転がり込んだのです。成功すれば、わずかな磁力で半永久的にエネルギーを生み出すというこの発明、エネルギーを与えなければどんなものも永久に動き続けることは無いと云う誰でも知ってる物理法則を無視した事業にアントニオ猪木は「この発明によって科学の理論が覆り、学校の教科書を書き換えることになる」と億単位の金を注ぎ込んだのです。2002年の3月に、ついにホテルオークラで永久電気の記者会見が行なわれます。その席で公開された永久電池の名称は「Inoki Natural power-VI」!いざ起動スイッチを押しても、永久電機の力で点灯するはずの電光板は、一瞬たりとも反応を示さなかったのです。関係者が慌しく電機内部を点検すると、内部でもっとも重要となる磁石装置の止め金が外れていました。猪木いわく「俺が開発者に完成を急がせてしまった」せいか、金具にトラブル発生。驚くことに彼らは外れた金具を"接着剤"で補強して公開記者会見に臨んだのですが、たぶん接着剤は"アロンアルファ"ぢゃなかったのでしょうね。ちゃんとくっいてなくて、また外れてしまったみたい。「午前中は動いていたんですけどね。ボルトをピシッと締めればこういうことにはなんない。一週間ぐらい日を調整しまして、それで動かないようであれば終わりだな!ダハハハ!」(猪木)猪木の言葉通り、この話はいつしか消えていきました。アントニオ猪木の例を出すまでもなく、永久機関はSFの世界だったらともかく、現実に実現できた例はありません。ところがニュージーランドのアーサー・べヴァリー氏によって考案された時計は1864年に制作されて以来、1度も止まっておらず、時を刻み続けているのです。そのためこの時計は人類が作りだした"半"永久機関とも呼ばれています。原理は密閉されたガラス空間の中が外部の大気圧によって影響され、その変化によって時計が動かされているのですね。内部の機械である錘を1ポンド上げ、時計が1日分動くには摂氏プラスマイナス6度の気温変化が外部で起きなくてはいけません。この時計の量産型として有名なのがスイスの高級時計メーカー、ジャガールクルト社の置時計「アトモス時計」です。ジャガールクルトは「サントス」や「タンク」といったカルティエの数々の有名モデルを開発したメーカーでもあります。この「アトモス」は、クオーツでも手巻きでもありません。ムーブメントの中にあるアコーディオン型のカプセルに密封されたガスの気温差による膨張&収縮でゼンマイを巻く仕掛けになっています。室内の気温が1度上下動するだけで、約48時間分のエネルギーが蓄えられる構造になっているのです。つまり、室内の環境であれば永遠に動き続けることができます。ここが「半永久機関」と呼ばれるゆえんですね(温度差と云うエネルギーを利用しているので"永久機関"ではないですね。"半"です)。ムーブメントの振動数も1分間に2回と非常にゆっくりとしていて、耐久性は腕時計の300倍と、こちらもほとんど半永久的に使用することができます。構造上、オイルを使っていませんので、基本的にオーバーホールも必要ないそうです。上の写真のモデルは「ムーンフェイズ機能」が付いていますが、こちらの精度は驚くべきことに3,821年に1日の誤差です。自分から130代目の子孫に誤差の調整を引き継ぐため、月齢をセットする工具を入れた専用ケースが付属で付いてくるそうです。100年ごとに自分の子孫へのメッセージカードが格納できるモデルもあります。この「アトモス」は人類史上もっともエネルギーを消費しない機械だそうです。価格は新品だったら112万円程度ですが、中古市場だと8万円前後。なんとか私たちにも手が届く価格ですね。おひとついかが?中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 13, 2017
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アメリカ人実業家アンドリュー・カーネギーは多額の寄付を行い世界中に2,500以上の図書館を建てたことで知られています。アメリカ・ニューヨークにもカーネギー図書館は多数存在するのですが、その中には人が住み生活を営む「図書館アパート」なるものが存在しました。ニューヨークには3つの中央図書館や80以上のブランチ・ライブラリー(分館)などから構成されるニューヨーク公共図書館が存在しますが、これらニューヨーク公共図書館が増設されたのは今からおよそ100年前の出来事。もともと19世紀のニューヨークにはアスター図書館とレノックス図書館という2つの図書館しかなかったのですが、1901年に実業家カーネギーが支部図書館を増設すべく現在の価値にして1億ドル(約100億円)相当をニューヨーク市に寄付したことで図書館が急増しました。当時の図書館では、館内を適温に保つためにかまどが使用されていました。そのため、常にかまどの火を見ておけるように図書館には管理人とその家族が暮らせる部屋が併設されており、閉館した後の図書館では住人である子どもたちが本を読んだりカートで遊んだりしていたのです。子ども時代を図書館で暮らしたある女性は「かまどの火を絶やすな」と常に云われていたそうです。しかし70年代~80年代にかけて暖房システムが発達してかまどが使われなくなるとともに、火の番をしていた管理人たちは不要になりました。やがて「図書館の住人」たちは姿を消していき、住居として使われていたスペースも改修され公共スペースに変えられていったのです。ところがニューヨーク市にはまだ、「図書館アパート」とでも言える建物が13棟も残っていたのですね。住人はもちろんいません。アパート部分だけが廃墟のように残っているのです。今なお住居スペースが保存されたままであるフォート・ワシントン・ブランチ図書館の、1914年にオープンした当時の写真です。フォート・ワシントン・ブランチ図書館は1~2階部分に高い天井と大きな窓を持ち、非常に明るく風通しがよい構造。1階にある2つのフロアには本棚が並んでおり、2階はカラフルなランプがつるされたキッズスペースになっています。そして四角い窓がある最上階部分がアパートになっています。これが最上階の様子。ただっ広い空間ですが、人の手によって管理されていないので、天井の素材が床に落ち、壁は薄汚れていることがわかります。かつてはここでパーティーが開かれ、人々がダンスすることもあったそうです。アパートの通路の壁はかつての住人によって鮮やかな黄色や青に塗られていますが、今は色もくすみかえって不気味さが漂います。ここにはベルがついた「開かずの間」の黒い扉が3箇所あり、その先に何があるのかは誰も知らないらしい。まるでスタンリー・キューブリックのホラー映画「シャイニング」の一場面を見ているような。建築当時は画期的だった荷物運搬用のエレベーターも今は朽ち果てて...エレベーターシャフトを下から見上げたときと、上から見下ろした様子。部屋の間取りはキッチンの左側にベッドルームが2つ。それに加えて通路を越えた右側に大きめのベッドルームがさらに1つ。これはキッチンの壁は石造りではなく、石造り風の壁紙が貼られています。キッチンにはクリスマスツリーの写真や、「あなたは私にとっての真の宝」と書かれた海賊っぽいカードなど、前の住人の持ち物が貼られたままでした。ベッドルームのうち1つは物置となっていました。ニューヨークに13箇所残っているアパート付き図書館の1~2階は開放されているものの、放課後の子どもたちが過ごすには十分なスペースとは云えません。そこでワシントン・ハイツ・ブランチ図書館などはアパート部分を有効活用するため改修を開始しており、近いうちに再オープンする予定になっています。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 12, 2017
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アメリカ海軍の爆撃・雷撃兼用艦上攻撃機に「A-1スカイレイダー」と云う飛行機がありました。第二次世界大戦中に開発が始まり、艦上機がプロペラ機からジェット機へと入れ替わった1960年代まで、約3,000機以上が生産され、アメリカ海軍の主力攻撃機として、朝鮮戦争、ベトナム戦争において活躍した飛行機です。A-1スカイレイダーは、それまでの魚雷を機内装備する設計を放棄し、兵装をすべて機外装備としたことで、機体を大幅に小型・軽量化することが出来た傑作機です。この飛行機の最大の特徴は、単発のレシプロ(プロペラ)攻撃機としては類を見ない、大きなペイロード(兵器搭載量)にあります。最大搭載力は3,130kg にも達し、4発の大型爆撃機B-17にさえ迫るほどだったのです。開発されてから少し経つと、兵装搭載量がハンパないことを受けて「キッチン以外に運べない物はない」と云われました。そこで、これがアメリカ人の面白いところですが、本当にキッチンシンクを爆弾に縛り付けて搭載して出撃したアメリカ兵が居るのです。1952年のこと。米海軍中尉のJGカールB.オースティンは通常の爆弾に加え、キッチンシンク爆弾を朝鮮戦争たけなわの平壌に投下したのです。もうこれで、運べないものなど何もなくなったはずだ。ところがベトナム戦争当時「スカイレイダーに積めないのは便器ぐらい」と云われてしまったもんだから、それじゃってんで今度は"便器"!1965年、第25攻撃飛行隊の司令官クラレンス・J・ストッダードは、洋式便器にたっぷりの炸薬を詰めて信管を取り付けたものを搭載し、これを投下したのです。ど~せなら、炸薬ぢゃなくて、本物の糞尿を詰めて投下した方がオモシロイのにね。この話にはさらに余談があって「もう積めないのはバスタブだけだね」って流れとなり、バスタブを搭載して出撃しようとした兵士もいたそうです。しかし上官にばれて未遂となったそうですよ。パパゴリラ!さん、私が電子工作をするのはほとんど実用的なものを作りたいのぢゃなくて、難しいテーマをちょっとずつ克服するのを楽しむためです。なのできのうご紹介したコンデンサー計測器も別にあればあったでいいと云う程度。そんなに頻繁にコンデンサーの容量を調べて、別の電子回路に使うなんてしません(笑)中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 11, 2017
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これは私が組み上げた電子部品のコンデンサーとコイルの容量を測定する測定器です。コンデンサーの容量測定だけだったら市販のマルチメーター(昔はテスターと呼んでいました)を使えば、マルチメーターの機能にコンデンサーの容量測定機能を含んでいるものがあるので、それでよいのですが...実際、私が使ってるマルチメーターにもその機能がついています。ところが測定の精度と云ったら、お話しにならないくらいい~かげんなんですね。それはマルチメーターがいいかげんなんぢゃなくて、測定をするときコンデンサーを接続する端子がい~かげんだからです。単に電圧や電流、またその応用の"抵抗"を測定する場合はマルチメーターで充分なのですが、コンデンサーやコイルを測定する場合は一定の周波数の電波を注入して、その反応で測定します。で、電波ですから、マルチメーターのように測定コードを長々と引きまわしていては、測定の都度、誤差がでると云うことなんです。で、そのためにコンデンサーとコイル測定専用の装置を組み上げたと云うワケなんですが、普段1個1個パーツを揃えて組んでる私にしては珍しく、今回はキットを利用しました。と云うのも、このキットは測定原理こそ同じだけど、測定結果の表示なんかをコンピュータを使って処理しているので簡便なんですね。現代の電子測定器は多かれ少なかれ、みんなこうしてコンピュータを使ったシステムになってます。で、こんな幼稚なコンピュータは自分で組んでも大したことないのですが、コンピュータと云うのはソフトがないとただのデクの坊です。ソフトと云っても、こんな処理は極めて簡単なんですが、作ったソフトのデータをコンピュータのメモリに移管するのに特別な装置が必要だったりと、だんだん厄介なことに。なもんで、ソフトの書きこまれたコンピュータ搭載のキットを買って来てただハンダづけしたと云う代物です。なもんで、半日もあればこんなキットは組み上げられます。これで2,700円+100均で買ってきたプラケース100円の出費ですから、自分で部品揃えて作るよりずっと手軽です。で、できあがった測定器ですが、これの測定精度は完璧かと云うと、とてもとても。マルチメーターに毛が生えた程度です。と云うのも(ここからが本題ですが)、電子機器と云うのは決まって"時間"の基準を装備しています。人間で云うと、コンピュータのCPUが"頭脳"だったら、電源は"心臓"。そして時間は「脈拍」と云うワケです。その脈拍を司るのが「時間の基準」部品なんですね。時間の基準部品...身近に知っている部品です。クォーツ時計の"クォーツ"、つまり「水晶」のことです。水晶の結晶に電極をつけて、電圧を与えると一定の周波数で振動するのですね。周波数は水晶のカットによって決まってきます。で、1秒に振動するようカットして組み込んだのがクォーツ時計です。この水晶による振動子は非常に正確で、通常の使用だったらまず問題ないのですが、それでも1年ぐらいすると微妙にズレてきます。みなさんもクォーツ時計の時間のズレは経験されたことがおありでしょう。時間のズレは別のところでも経験されることがあります。PCのカレンダー時刻表示です。長い間に何秒かズレてることがあります。PCの中にも水晶が入っていて時間を管理しているからで、時間管理している基準に誤差があるから時間がズレるのです。極めて精度のよい水晶の周波数をふらつかせる最大の原因は"熱"です。外気温の変化もそうですが、電子機器には必ず"抵抗"が使われています。この抵抗と云うパーツは、云ってみればニクロム線のようなもの。電気を入れれば入れるほど発熱する素材なんです。その熱が水晶の出力する周波数に影響するのですな。で、水晶だけでは熱対策ができないので、こんなパーツがあります。恒温槽つきの水晶。つまり水晶と抱き合わせでヒーターをつけて、ヒーターの熱を一定にすることで、水晶から出力される電波を一定にしようとする部品です。ただしヒーターが温まるまでに30分くらいかかるので、この部品を使った電子機器は30分くらいウォーミングアップが必要です。これをずっと大掛かりにした恒温槽つきの水晶もあります。温度の変化をコンピュータを使って一定にするのですな。これくらいがアマチュアが趣味で使うパーツの限界です。(と云っても、ここまでくると相当なモンですが)ちなみにこの恒温槽つきの水晶ともなると周波数が安定するまでとても時間がかかるので、電源は一年中入れっぱなしです。私が使う部品はせいぜい前出のヒーターつき水晶ぐらいまでです。ところが思わぬアマチュアがもっと正確な時計を組み込んだ装置を使い始めました。電波とは無縁のオーディオマニアです。今頃のオーディオ機器にも水晶が必ず使われています。ところが水晶の精度では「音に微妙な違い」があると云うのです。で、オーディオマニア用に売りだされたのが水晶の何倍も精度の高い(その分、お値段も格段に高い)ルビジウム発振器です。次の画像が日本の高級オーディオメーカー「ESOTERIC(エソテリック)」が発売しているルビジウムを使ったマスター・クロックです。これでお値段は160万円。ルビジウム原子時計の測定時間1秒で10の-11乗くらいの誤差です。ルビジウム発信器本体だけで数十万円。いやはやオーディオマニアと云うのはお金に糸目をつけない人が多いです。さきほどご紹介した、私の使っているヒーターつきの水晶だと400円。ちなみに放送局が自局の周波数を管理するのはこのルビジウム原子時計です。ルビジウム原子時計以上の精度となると、これはもうアマチュアの範疇ではありません。先ずはセシウム原子時計。原子時計と云うと、先ずこのセシウムを使った原子時計を指します。国際的な1秒の定義はセシウム原子時計を元としています。誤差は1億年に1秒。ところがセシウム原子時計よりもっと精度の高い時計があります。ストロンチウム光格子時計とイッテルビウム171光格子時計。こうなると研究者の領域。ストロンチウム光格子時計でセシウム原子時計の1,000倍の「300億年に1秒」の誤差精度です。ストロンチウム光格子時計やイッテルビウム光格子時計は論外としても、測定器にはせめてルビジウム原子時計ぐらいの精度がほしいものです。しかし測定器メーカーが売っている数百万円クラスの測定器でも、ルビジウム原子時計を使っているのは極めて稀で、たいてい恒温槽つきの水晶を使っています。アマチュア向けの手作り測定器ともなると、それも割愛して普通の水晶だけ。ところが現代では私たち貧乏アマチュアでもルビジウム原子時計の精度を簡単に手に入れることが可能になりました。「GPS」です。自動車のカーナビなんかに使っているGPSはルビジウム原子時計によって制御されたクロックを受信しています。そしてGPS受信モジュールは安く手に入るのです。電子部品屋でこのGPS受信モジュールが2,200円。ここから心臓の鼓動にあたるクロックをとりだすと正確な1秒が得られるのです。これがあれば、今まで作ってきたものより1桁は精度の高い測定器が作れます。例えば周波数を計測するカウンターなんかだと、8桁表示のうち最後の1桁は信用できなかったのがど~にか信用できる正確さになるワケです。と云うとめでたしめでたしかと思うでしょ?ところがコンデンサーなんかの計測では基準になるコンデンサーと未知のコンデンサーの差異で未知のコンデンサーの値を計測するので、こんどは基準になるコンデンサーが問題となるのです。JISの規格ではコンデンサーの誤差は10%以内と決められています。つまり時計はルビジウム原子時計並みの精度を持っているのに、基準コンデンサーが10%の精度では何をしているのか分かりません。誤差3%以内のコンデンサーと云うと、これまたお高いんですよね(1個1,500円ぐらい)。私は2個しか持っていません。計測器メーカーが売りだしている「基準コンデンサー」は1個、何十万円。対する普通のコンデンサーは10円くらい。これではお話しになりませんな。と云うことで、クロックの精度を高めても、そんなに影響がないのだったら別段、普通の水晶でOKでは?と云うのが測定器キット・メーカーの考えなんでしょうね。だいたい誤差10%のコンデンサーでどんな電子機器でも立派に働きます。なのに計測器を作っているアマチュアはなけなしのお金を出して精度を求める。いずれにしても時間、長さ、周波数の3つは重さや電気を正確に測るために絶対必要な基準になるので、私たちみたいなアマチュアはやらなくていい苦労をするワケです。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 10, 2017
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きのうはNASAが推し進めているQuesstプロジェクトについてお話ししましたので、きょうはもっと時代を遡って、NASAの超高速飛行機研究のきっかけとなった「ベルX-1」のお話しをしましょう。ベルX-1はアメリカの有人実験機で、世界で初めて水平飛行で音速を突破した"ロケット機"です。NASAが誕生したのが1958年。1957年に世界初の人工衛星の打ち上げでソビエト連邦のスプートニク1号に先を越されたことにショックを受けたアメリカは、遅れを取り戻すため、それまで空軍、海軍、陸軍でバラバラに行っていた宇宙開発事業を統合することを決め、1958年にNACAを母体として設立された組織がNASAです。アメリカの宇宙計画を強力に推し進めたケネディ大統領の就任はそれから2年後でした。NASAは軍事を除く宇宙開発計画を担当し、ソ連との宇宙開発競争にあたって国の威信をかけた有人宇宙飛行を推進する体制を構築したのですね。ぢゃあNASAの前身機関、NACAはどんなとこだったのか?NACAは訳すと「アメリカ航空諮問委員会」。航空工学の研究の請負、推進、制度化等を担う役目で1915年に設置された組織です。この時代を駆け足で見てみると、ソ連はスプートニク2号に犬を乗せており、このことからも次に計画されるのは有人宇宙飛行であることは明らかでした。このためアメリカは当初弾道ミサイルのてっぺんにカプセルを取り付け、それによって宇宙へ行く計画を立てたのですが、現実的でないと却下されたのです。アメリカは有人宇宙飛行を諦めたわけではなく、実際の実現に向けて新たに安全な計画が練られることになりました。この計画はマーキュリー計画と呼ばれ、1959年に軍のテストパイロットから7人の飛行士を選び出しました。この7人はマーキュリー・セブンと呼ばれています。マーキュリー・セブンの選抜過程において、マーキュリー宇宙船のカプセルの大きさによる制約から、候補者は身長180cm 以下、体重82kg 以下でなければなりませんでした。しかしアメリカの衛星に乗って最初に宇宙に飛び出したのはマーキュリー・セブンのメンバーではなく"お猿"さんだったのです。とは云え、その後のNASAがおこなった20世紀のすべての種類の有人宇宙船(マーキュリー、ジェミニ、アポロ、スペースシャトル)にメンバーのいずれかが搭乗したことになりました。1950年代から世の中は有人宇宙飛行の話題一辺倒だったのですが、そんな情勢を尻目にNACAで黙々と自分たちの研究に明け暮れている一団がありました。彼らの目には有人宇宙飛行は自分たちの研究の延長線上のことで、先ずは基礎研究をちゃんとやらなきゃと云うのがあったのです。それがロケット機による音速飛行。時代は有人宇宙飛行と騒いでいながら、まだ音速飛行すら達成できていなかったのですね。そんなNACAが着目したのがベルX-1です。これはロケットエンジンの飛行機。ですが、このエンジンは膨大な燃料を消費するため、自力での離陸を諦め、B-29戦略爆撃機からの発進が必要でした。初飛行は1946年です。航空資材本部はテストパイロットの中から志願者を募り、その中からチャック・イェーガー大尉を抜擢。このチャック・イェーガーの活躍がまさにアメリカの宇宙開発史にとってなくてはならないものとなったのです。彼が音速の壁を破った人類最初の人でした。彼が初めて音速の壁を破ったときのことは映画「ライトスタッフ」で詳しく触れられています。世の中は有人宇宙飛行の話題で浮きたっているのに、モハーヴェ砂漠のロジャース乾湖に作られた粗末なエドワーズ空軍基地で着々と自分たちの仕事をこなしていたのです。実はベルX-1のお話しは、このチャック・イェーガーの人となりがイチバン面白い。彼は音速突破の2日前に落馬が原因で肋骨を骨折していたのです。これでは搭乗できない。なのでNACAには内緒で知らぬ顔。ところが搭乗してみると、X-1の搭乗口を閉めるには前かがみになる必要があり、骨折の身には困難な姿勢をとらなければならない。NACAに知られればテストパイロットから降ろされるのは明らかです。それで一計を案じます。"モップ"の柄を使って、搭乗口の扉を閉めたのです。そうして搭乗したのはいいけれど、なんせ音速を破るのですから、とてつもない「G」がかかります。骨折していてダイジョウブなのか?結果は人類初の音速を突破した男。この辺の件を知りたい方はぜひ映画「ライトスタッフ」をご覧になってください。黙々と自分たちの仕事をこなす砂漠の一団と、お猿さんに先を越された宇宙飛行士。古き良き時代とともにとても面白く描いています。チャック・イェーガーはX-1に妻の名前にちなんで"グラマラス・グレニス(Glamorous Glennis) "という愛称を付けていました。現在、この機体はワシントンの国立航空宇宙博物館に展示されています。音速突破の事実はしばらくの間公表されず、一般に知れ渡るのは1947年にニューヨーク・タイムズなどがトクダネとして発表した時でした。しかしこの後も空軍はノーコメントとし、実際に事実が公表されたのは1948年になってからだったのです。このため長い間、チャック・イェーガーの名前も世間には知られていませんでした。チャック・イェーガーはその後、NASAと空軍のパイロットを養成する学校 (USAF) の校長を務め、1963年にはF-104戦闘機による高度記録達成に挑みましたが、機体トラブルで機は墜落するも無事生還を果たしてます。ベトナム戦争では、南ベトナムおよび東南アジアを担当する第405戦闘飛行隊の指揮官に任じられ、1968年、准将に昇進。翌年には第17空軍の副司令官に任じられています。1975年に退役しましたがNASAと空軍テストパイロットとアドバイザーは続けました。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 9, 2017
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写真がピンボケだにゃあ!アンタが歩き回るからだよ。きのうは怪鳥「コンコルド」を再生して再び大空へと羽ばたかせる"クラブ・コンコルド"の話題を取り上げましたが、実は最新のコンコルド計画もあるのです。それがNASAが行っている「Quesst」プロジェクト。コンコルドを超える次世代の超音速旅客機Quesstの開発が民間企業と共同で開始されているのです。基本設計をおこなうのはお馴染みのロッキード・マーティンが率いるチーム。同社は17ヶ月間で2,000万ドル(約23億円)の予算を受け取ることになり、航空機エンジンメーカーのGE・アビエーションおよび風洞実験モデルを製作するTRI MODELらの委託企業とともに基本設計の完成を目指すこととなります。ロッキード・マーティン社ではスケールモデル(縮小モデル)によるテスト飛行を2020年ごろまでに実施されるとしています。Quesstは「Quiet Supersonic Technology(静かな超音速テクノロジー)」をもじって付けられたプロジェクト名で、ひっそりと「SST(超音速旅客機)」の3文字が隠されているのがポイント。コンコルドのような超音速機は、音速を超えるスピードを出す際に衝撃波を発生させてしまうのですが、この衝撃波が地表に被害を及ぼすことが大きな問題とされてきました。そのため、せっかくの超音速性能を持つコンコルドも、マッハを超える速度を出せるのは大西洋上空に限られるなどの制約がかせられることとなっていましたのです。この問題を解決する方法を模索し、次世代の超音速旅客機を開発するのがQuesstの目標というわけです。公表されたイメージ図では、機体の先端で発生する衝撃波を軽減するために鋭くとがったノーズが描かれているなど、空気の流れる速度を最適化するような仕組みが取り入れられることになるようです。そのために風洞実験による検証が非常に重要になってくるワケですな。NASAのボールデン長官はこの発表について「航空機のフライトを環境に優しく、安全で静かなものにするためにNASAは努力を続けています。NASAの前身機関(NACA)によって行われた高速飛行研究の中でチェック・イエーガーがベル・X-1で初めて音速の壁を破ってからすでにおよそ70年が経ったことに触れておいたほうがよいでしょう。NASAではいま、旅客機としての使用を目標に入れた、より静かな超音速機の初期設計を行うことで、この超音速機「X-Plane(X型機)」の伝説を継続させています」と声明。この取り組みはLow Boom Flight Demonstration Phase (LBFD:低騒音飛行実証フェーズ)に含まれるもので、今後は一般社会からの反響の確認も行われることになる模様です。機体の最終的な詳細設計や組み立ては改めて行われる入札によって担当企業が決められることになるとのこと。NASAはこの計画について「NASAの10年に及ぶNew Aviation Horizons (新しい航空機の地平線)イニシアチブは、従来型の「チューブ・アンド・ウィング (筒状の機体と羽根)」の機体形状から離れることで燃料消費、排出物、騒音の削減を実現するという野心的な目標を掲げています」としています。これらの技術を支えるのはフライ・バイ・ワイヤ。加速度や傾きを検知するセンサとコンピュータを組込んだ、ジャイロとエレクトロニクスの入ったブラックボックスを介して、油圧式のアクチュエータに電線で送る仕掛けで、コンピュータが計算して当て舵を必要な分だけ取ることが可能なので、従来ではとうてい飛行できない形状の航空機を易々と飛ばすことができる技術です。私たちが目にしたのは湾岸戦争で活躍したステルス戦略爆撃機B-2です。今までの操縦士が手だけでおこなう操縦では、とてもあんなヘンな格好の飛行機を飛ばすことは不可能だったのです。もうQuesstプロジェクトは始動しています!コンコルド以来となる超音速旅客機がどのような形で実現するのか気になりますね。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 8, 2017
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今を去ること1994年(平成6年)9月4日は関空の開港日です。阪神・淡路大震災がおこったのが翌年の1995年。この時期、私は関空開港プロジェクトで関空で働いていました。開港日の翌日、9月5日は忘れもしません。空港関係者と空港ビルの中で会議をおこなっていたら、とてつもなく腹に響く爆音が。空港内と云えども、空港ビルの中で飛行機の騒音が聞こえることはなかったのに...それが後にも先にも私がコンコルドと接した一瞬だったのです。コンコルドはとてつもない爆音を残しながら、大空へと舞い立っていきました。高度55,000~60,000フィートという、通常の旅客機の飛行高度の2倍もの高度を、マッハ2.0で飛行したコンコルド。その特徴的な外見から「怪鳥」とも呼ばれた航空機は、定期国際運航路線に就航した唯一の超音速民間旅客機でもありました。しかし2003年に最後のフライトを行って全機が退役しました。なんせ運賃がファーストクラスのおよそ1.5倍。それにあの騒音ですからね。コンコルドを運行してたのはエールフランスとブリティッシュ・エアウェイズの2社ですが、コンコルドの座席は両社とも在来機種のファーストクラスの上のスーパーソニッククラスと位置付けられた1クラスのみの設定としていました。就航先のパリやロンドン、ニューヨークの空港内に専用のラウンジとゲートを備えたほか、これらの空港では発着時に最優先権を与えられたのです。またコンコルド専用の資格を持った客室乗務員による、コンコルド専用の機内食メニューや飲み物の提供など他の機種にはない特別なサービスが用意されていました。しかしコンコルドの機体幅は2.88m しかなく、座席そのものはファーストクラスどころかCクラスにも届かない窮屈な作りだったのです。総座席数は100席です。コンコルドの機内を写した動画があります。退役になった、コンコルド。だけど欧米には根強いファンが大勢いるのですね。それくらいコンコルドだけは特別な航空機だったのです。元コンコルドの関係者らからなる"クラブ・コンコルド"は、コンコルドの復活に向けたプロジェクトを推し進めているのです。かつての機長や熱烈なファンを中心とする同クラブは、2020年までに残っている機体をメンテナンスして再びフライトを実現させるためのプロジェクトを進めています。つまり保存されているコンコルドの実機を購入して再生し、再び飛べる状態にまで仕上げることを計画しているのです。同クラブではコンコルド復活に向け、まずはロンドンのテムズ川に専用の施設を建設。実機を展示することを目指しています。機体の調達には4,000万ポンド(約73億円)の予算が投じられる予定で、現在はパリ・オルリー空港の近くに展示されている機体の購入を目指しているとのこと。設置後は16ポンド(約3,000円)の観覧料で一般に公開され、内部では当時と同じファーストクラスの機内食を提供することも計画されています。同クラブのポール・ジェームス会長は今年中にも計画を実現させたいとしています。さらに同クラブではパリのル・ブルジェ空港に隣接するル・ブルジェ航空宇宙博物館に現状保存されている機体を購入し、完全にレストアして再びフライトを実現させる計画を進めています。この計画にあたり同クラブでは1億2,000万ポンド(約220億円)という追加の資金調達を確実としており、再生が完了した機体はエアショーなどでデモ飛行を行ったり、チャーター便として乗客を乗せたフライトを運航することなどが計画されているのです。現在、2019年のフライトに向けて計画を進行中。2019年はコンコルドの運用開始からちょうど50年にあたる年でもあります。実にロマンを感じさせる計画が進められているわけですが、しかし必ずしも全てが順調に進んでいるとは云いきれない状況であることも事実のようです。ル・ブルジェ航空博物館にある機体をイギリスに送って整備を行う計画が立てられていますが、博物館は「コンコルドはモナリザやベルサイユ宮殿とも並ぶフランスの歴史遺産であり、どんな対価を提示されても売り渡すことはなく、運航が再開されることもない」と声明を発表したことが報じられているのです。コンコルド=歴史遺産!このひとひとをとっても、欧州の人にとって、コンコルドが単に過去の航空機と云うだけでなく、自分たちのアイデンティティーだったことが推測されます。また、再フライト計画の実行にはメーカーの協力が不可欠となりますが、この点についても課題は残されている模様です。あくまで「プライベート機」としての運航が行われることになりそうな計画ですが、実際に実現して再び怪鳥が空を舞うことに期待が膨らみます。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 7, 2017
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いまでこそアメリカはインテルのマイクロプロセッサー(CPU/PCの頭脳)が幅をきかせて、世界中どこで生産されたPCもほとんどこれを使っていますが、1945年~1989年まで続いた冷戦の間、ソ連の統制にある国々ではアメリカとの通商が禁じられていたため、現代社会に欠かせないコンピュータは独自の発展を遂げていたようです。ソ連が資本主義陣営のアメリカや西ヨーロッパ諸国と敵対する姿勢を「鉄のカーテン」と表現したのはイギリスのチャーチル首相。その鉄のカーテンの東側に位置する冷戦時代のチェコスロバキアはソ連構成共和国に含まれていなかったものの、同盟国としてソ連の影響を色濃く受ける社会主義共和国でした。ソ連は第2次世界大戦後に誕生した学問、「サイバネティックス」を機械で人間を支配するのに使う「ブルジョアの類似科学」と批判しました。これが東欧圏のコンピュータ開発を遅らせる元凶となったのですが、チェコスロバキアは科学と軍隊におけるコンピュータの重要性を理解し、東ヨーロッパ諸国でコンピュータの開発を始めたそうです。チェコスロバキアには「Tesla」という名前の企業がありました。Teslaは半導体からレコードプレイヤー、TVまでさまざまな電子機器を製造する、いわばチェコの総合電機機器メーカーという存在でした。Teslaが販売したのが「JPR-1」というコンピュータです。まぁ何とも前近代的な情けない格好のコンピュータですが、ソ連圏においてこのコンピュータが画期的だったのは設計図とプリント基板を「Amaterske Radio」という雑誌で公開していたことなんです。共産主義の政府がコンピュータの詳細の公開を許可したのは、当時の政治体制から考えると驚くべきことだったのですね。それだけ政府がコンピュータ・エンジニアを必要としていたことの裏返しだったのです。後々TeslaはJPR-1をアップグレードした「Ondra」というコンピュータを家庭向けに発売しましたが、当時のチェコスロバキアの平均給料6ヶ月分という恐ろしく高い値段のために一般家庭では流通せず、学校や工場、研究所といった施設が購入していたのが実情でした。ただし、チェコスロバキアの一般家庭にコンピュータが普及していなかったのか、と云うとそうではありません。当時一般家庭では西ドイツやオーストラリア、イギリスから非正規のルートや個人輸入で入ってきたアメリカのシンクレア・リサーチやAtariのコンピュータが流通していました。シンクレア・リサーチの"ZX Spectrum"やAtariの"800XL"という機種は値段がチェコスロバキアの平均給料1ヶ月分で、Teslaのコンピュータの約1/6。つまり母国で生産されたものより何倍も性能のよいコンピュータの方が格安で買えたのです。また、シャープの「MZ-800」が市場に出回ることもあったそうですが、すべて正規ルートではなく個人輸入されたものしかなかったそうです。こうした非正規ルートで購入したコンピュータはマニュアルが付いているわけではないので、家庭向けと云っても購入していたのは専門知識をもった人だけだったようです。一方コンピュータで使用するソフトウェアというと、冷戦時代のチェコスロバキアにはソフトウェアを扱うお店は存在しなかったので、ソフトウェアを手に入れるには西ヨーロッパ諸国から密輸するしかなかったのが実情です。しかしながら、ソフトウェアを入手するのが難しかった反面、コンピュータの所有者は最低でもBASIC(最も簡単なコンピュータ言語)を勉強する必要があり、その結果として数多くのプログラマが育ったとのこと。しかしプログラミングを勉強して自分でソフトウェアを開発しても販売することは禁止されており、1989年にようやく販売免許取得者のみ自作ソフトウェアの販売が許可されましたのです。1989年にベルリンの壁が崩壊し冷戦が終結に向かうと共に、鉄のカーテンは消滅。冷戦以降のチェコスロバキアでは一般家庭レベルでハードウェアやソフトウェアの購入が始まり、東ヨーロッパやアメリカに差を開けられたIT産業のギャップを少しずつ埋めていきました。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 6, 2017
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ドイツのガムスフェルドと云う街には、頭取兼行員たった1人だけで運用してる銀行があるそうです。と云うとオンライン・バンキング専門?いえいえここの銀行業務はすべて紙。コストがかかるため、オンライン化はお客さんの手数料に跳ね返ってしまうため考えていないそうです。要するに前時代の銀行業務をたった1人で行っているのですな。ドイツにはこうした小さなコミュニティ向けの銀行がたくさんあるそうです。大きな銀行がどんどん破綻する中、個人向けに業務を行うことで堅実な経営が行われており、利子率もかなりよいのだとか。頭取兼窓口係のピーター・ブライターさんは、預貯金の取り扱いからフロアの掃除までまさに銀行業務のすべてを1人でおこなっています。この銀行が取り扱ってる顧客は500人。街の住人だけです。週に1度、前頭取で2代目経営者のフリッツ・ヴォグトさんが手伝いにきます。ちなみに創業は1870年。ヴォグトさんの祖父によって行われました。お札の勘定も手作業です。計算はこんなふるい電卓で。古い金庫で資金の管理。コイン勘定機もありません。最近やっとコンピューターでデータの管理をし始めたそうですが、特にネットワークでどこかにつながっているということはないそうです。なので情報露出なんて関係ない。なので紙巻。プリンターはないのでスタンプは重要です。ブライターさんは元々大きな銀行にいました。しかし上からの指示はとにかく「売りまくれ」。これに飽き飽きして、こう云う小さな銀行で身近な人たちのために働くことにしたのです。お金のことだけでなく、仕事や人間関係についての相談にもこころよく応じているそうです。日本では人件費削減のために、窓口がどんどんATMに置き換えられたりオンラインバンキングが発達したり。人と人の交わり感が薄れましたな。そこいくと、こんな小さな銀行って町の電気屋さんぢゃないけど、とても身近に感じます。頭取はジーンズにジャージ姿でお昼ごはんを買いに行くのです。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 5, 2017
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ロシアにサヤノシュシェンスカヤダムと云うややこしい(笑)名前のダム発電所があります。エニセイ川と云う北極海に流れ込む最大の川にかかってるダムで、このエニセイ川は世界で第5位の長さを誇ります。流域面積ではユーラシア大陸で最大の河川ですが、バイカル湖の水を含めるとセントローレンス川を超えて世界最大の水量となる川です。この地と云うのはもともとモンゴル系とテュルク系民族が住んでいたのですが、17世紀ごろからコサックが進入してきました。毛皮を求めて16世紀末には、オビ川から東へ伸びるケチ川へコサックが要塞を置き、流域のケット人にヤサク(毛皮貢納の税)を課したのです。エニセイ川流域は金や毛皮の産地としてロシア帝国に富をもたらしましたが、同時に流刑地でもあったのです。そのエニセイ川にかかるサヤノシュシェンスカヤダムは左岸から右岸まで1,066m の長さがあり、高さは242m の重力式アーチダムで、この型式のダムとしては世界一の高さを誇っています。発電所内には10機の水車発電機が設置されており、194m の落差を得て、合計最大640万キロワットの電力を発生することができます。これはロシア最大の水力発電所なんですな。ところが2009年、このダムで老朽化した送水管が破裂し大量の水が機械室に流れ込み、74名とも云われる死者を出す大事故が発生したのです。発電所はロシア各地の水力発電所を経営するルスハイドロ社の管理下にあり、同社の発電能力の25%を占めるため、原因究明をすすめるとともに急ピッチで復旧作業が必要になったのです。これは凍てつく真冬に撮影された復旧の様子です。まさに自然との闘いです。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 4, 2017
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オリオン(Orion)は、NASAがスペースシャトルの代替として開発中の有人ミッション用の宇宙船です。オリオンは地球の周回軌道を越えて、惑星間を移動します。つまり月や火星、さらに遠方まで飛行することができるよう設計されているのです。動力はソーラーパネルから得て、生命維持装置が乗組員の水と酸素を循環処理し、さらに最新鋭の熱遮蔽素材が放射線から宇宙船内の機器や乗組員を守ってくれる仕組みになってます。この宇宙船にはISOGRIDと云う技術が使われています。ISOGRIDはオリオンの強度を高めるための構造で、アルミニウムとリチウムの合金を格子状にくりぬき補強用助剤を入れることで、重量を大幅に減らしつつ強度を維持しています。オリオン宇宙船のメインとなるカプセル(クルー・モジュール)がこちら。過去のアポロ計画などで用いられたカプセルと同じような形状ですが、オリオンでは直径が約5m 、定員4名にサイズが拡大されているのが特徴です。オリオンの初試験飛行は2014年12月5日にフロリダ州のケープカナヴェラル空軍基地から打ち上げられました。デルタIVヘビー・ロケットに搭載されたオリオンは、地球を1周した後、ロケットの第2エンジンが点火して最大高度5,800km 上空に到達。予定通りの軌道を周回した後に大気圏に再突入し、翌6日にカリフォルニア州沖の太平洋へ着水。無事、飛行試験に成功しました。スペースシャトルから宇宙開発を引き継いだオリオンによる試験飛行成功は新しい宇宙船の歴史的第一歩であり、2030年までに火星への有人探査を実現するという壮大な夢に一歩近づいたと言えそうです。で、こんな最新鋭の宇宙船に搭載されてるコンピュータのCPU(頭脳の部分)はさぞかし最新のものが使われてると思ったら...なんと2003年に発売されたApple iBook G3と同レベルなんです。IBMの「PowerPC 750FX」と~ぜん、こんなCPUを搭載したPCを今作ってるメーカーはありません。この「PowerPC 750FX」の処理速度と云うのは、スマートフォンGalaxy S3と同程度です。なぜオリオンに最新のスマートフォンよりも能力の劣るクラスのCPUが採用されてるのか?最大の理由は「信頼性」です。つまり多くの宇宙線にさらされる過酷な宇宙空間では最新のチップよりも古いチップの方がトラブルを起こす可能性が低いのです。スピードよりも信頼性。これと同じことを先日TVでNECの航空宇宙システムを取材したしたとき見ました。ここで組み立ててるコンピュータは全て「人の手による配線」なんです。今どきロボットにやらせた方が確実だと思ったら、熟練した人の手はロボットより正確らしい。もちろん特殊な技術を持った人が何ミクロンと云う細い線を顕微鏡で覗きながらハンダづけしていきます。技能コンテストで優勝した人でさえかなわない...実は昔からNASAではスピードより信頼性重視の方針でした。月面着陸をしたときのアポロ宇宙船に搭載されていたコンピュータのCPUは当時の"電卓"より劣っていたのです。最新のスマートフォンにも負けるオリオンのCPUは、それでもアポロ宇宙船の4,000倍、スペースシャトルの400倍、現在国際宇宙ステーションで使用されているCPUの25倍高速なのですね。それくらい宇宙船に搭載されるCPUは旧型なのです。宇宙開発ではとにかく信頼性が第一なんです。オリオンのCPUはトラブル発生時には約20秒で再起動することができます。さらにオリオンには万一の故障に備えてバックアップ用CPUを2基備えており、3重のセキュリティ体制が採られているのです。3基同時に再起動が必要な緊急事態に陥る確率は187万分の1という鉄壁のガードを誇っています。試験飛行で得られたデータは今後のオリオン開発に活かされることになり、次回の飛行試験「EM-1」は打ち上げに新型ロケットSpace Launch System(SLS)を使って2018年11月が予定されています。EM-1が終了すると、いよいよ有人飛行試験がスタートする予定です。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 3, 2017
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新年そうそううっとおしい話も何なんで...スイーツの話題でも。インドには3度の食事の他に、2度のティータイムがあります。午前中のティータイムは11時ごろ。仕事の手を休めて飲むリフレッシュティーです。午後のティータイムは小腹の空いたときにおやつと一緒に楽しむもの。ティータイムの習慣はイギリス植民地時代の名残ですが、いまではすっかりインドの暮らしに定着しています。さて、ティータイムにつきもののお菓子にはどんなものがあるでしょう?インドでは甘いお菓子を「ミターイー」と呼びますが、インド人が口をそろえて美味しいと絶賛するのがベンガル地方の伝統菓子です。さてそれらのお味ですが...とても日本人には信じられない甘さらしい。しかも一緒に飲む紅茶やコーヒーにも、たっぷりミルクと砂糖を入れるのがインド流です。ベンガル地方と云うのは州都が旧カルカッタ、と云えば私らの年代の人にはお馴染み。ダージリン・ティーの産地として知られていますが、世界有数の米とジュートの産地でもあります。なかでもポピュラーなのがグラブジャムン。これは世界一甘いと言われるお菓子です。揚げたボール状のドーナツを極甘のシロップに浸けたお菓子です。沖縄のサータアンダギーを半日くらいシロップにつけたような感じ。そして、それと同じぐらい甘いと言われるお菓子がラスグッラ。こっちはインド風のカッテージチーズを丸く茹でてシロップにつけたものです。スポンジのような食感の生地に、シロップが憎たらしいくらいにしみ込んでいて、噛んだ瞬間...爆発します!ハルヴァは、穀物、胡麻、野菜、または果物に油脂と砂糖を加えて作られる菓子です。東はバングラデシュから西はモロッコまでの広い地域に見られ、ほとんどのレシピにはバターまたはギーが含まれることが多いです。インドのハルヴァは、結婚式やパーティによく作られるセモリナのハルヴァの他、よく知られているものにニンジンのハルヴァ、セモリナとヒヨコ豆粉のハルヴァがあります。油脂にはギーが好まれます。ラッドゥーはひよこ豆とギー、砂糖などで作られた甘いお団子です。ラッドゥーはインドの人ならおふくろの味、ゴリゴリ、ボロボロお菓子です。バルフィはミルクを長時間煮詰め、砂糖とパウダー状にしたナッツ、カルダモン等を入れて固めたお菓子です。カシューナッツ、アーモンド、ココナツ、ピスタチオ等いろいろな種類があります。練乳にナッツ系の風味をつけて固めたような味でものすごく甘いです。サモサは、日本のインド料理店でもポピュラーですが、インドではちょっと小腹が空いたときに屋台でパクつく駄菓子感覚の軽食です。具材には、ジャガイモ、タマネギ、エンドウ豆、レンズ豆や、羊の挽き肉が加えられ、ゆでてつぶした具をクミンやコリアンダーシード、ターメリックなど各種の香辛料で味付けした後、小麦粉と食塩と水で作った薄い皮で三角形に包み、食用油でさっくりと揚げたものです。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 2, 2017
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みなさま、明けましてオメデトーございます。昨夜大晦日もTVで井岡一翔のボクシングの試合を観て、除夜の鐘の音聞くこと無く睡魔に負けてしまいました。そしたら明け方4時に私の部屋と廊下の敷居で「ゲホッ」。やってくれたのはチャッピくん。お水の飲み過ぎぃぃぃ!新年第一号のゲロンパ!まったくぅ新年早々、ゲロンパの後始末から仕事させてくれて、何すんねん!とは云っても本にゃんはどこ吹く風で、私のベッドに上がり込み大イビキかいてるし...(笑)とんだ新年の始まりです。まぁ、そんなモンですな、にゃんこ同居人の生活は。今年も宜しくお願いいたします。中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。
Jan 1, 2017
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