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きのうは学校で、秋の校外学習があったので、喜んでお弁当もって朝から出かけたりおんだったが、どろんこ行きの車の中で、なんだかいらいらしています。そんなことくみ取りもせずに、お願いがあったから、いややと言うのに、おかまいなくそればっかりお願いしていました。り「つかれとるんやて!!」と怒るりおん。そんなことで怒るくらいだから、今日1日、もやもやすることがあったんだと、やっと思うのですが、その言い方にムカッときて「じゃあ、どろんこだってお休みすれば!疲れとるんなら。」と言ってしまった。「疲れとるから、どろんこにいくんやんか!どろんこがなかったらどうなるんや!!どろんこで精一杯笑いあいたいんやて。」とりおん。まったくそのとおりで、やっとだまったわたしです。お迎えに行くと、なんだかいつもと様子が違い、何かあったなあと感じます。でも、話し合いをしてちょうど互いに納得した直後らしく日々の生活でトラブルはおきても、自分たちで話し合いをしていく姿はすごいなあと思います。何せ、まいにちストレス爆弾を抱えているんですから。いつ誰が、爆発したっておかしくない日々ですもの。2年生の女の子が「今ちっちゃいゴキブリおったよ!水をかけたら、ひっくり返った!」と言います。そのことも、すべてがかわいくって、外でカンけり?をして帰ってきたりおんにその話をしたら、やはり同じように感じ、微笑みながら「Mちん、かわいいなあ。そのMちんに、水かけられて、ひっくりかえったちっちゃなゴキブリも、かわいいなあ」と、笑いあいました。こんな素敵な出来事がまいにちまいにち、重ねていけるどろんこ子どもクラブって、互いを思いあえる、顔の見える、子どもたちの関係がつくりあげるものだと心が、キュウンとなります。
2006年09月30日
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地域に根ざしたい風地蔵新聞を発行しだして3年目。今回の堀切先生来垣に、地域の方も参加してくださるという。それだけでなく、自治会長さんや、活動されてるサークルへ自ら説明をし、呼びかけてくださるというのです。その方は、以前から地域とつながったほうがいいと、押しつけではなく、ほんとうに自らいろんな声をかけてくださいました。それからこの地区の廃品回収にはずっと店長が出てくれています。そんなことも、ちゃんと見ててくださり、なにかしてあげようとおもってくださるのです。その方ばかりでなく、風地蔵新聞を毎月200部自分の地元を配ってくださる方もいます。無料奉仕です。その方も、今回は風地蔵新聞の投稿者の集まりでもあるということで、チケットを大量に持っていってくださいました。甘えてばかりで何の恩返しもできていませんが、いつか、何かお返しをしたいと思っています。今度の10月20日。人数というより、つながりを大切にされる人たちの集まりになると思います。当日を迎えるためのさまざまな方の動きが、ありがたくってしょうがありません。これから、堀切先生が5時に私からの電話を、首を長くして待ってくださってますので、この辺で。堀切先生も、私の報告を聞き、とっても喜び、わくわくしてらっしゃいますよ。あした、今日の会話を紹介できればいいと思ってます。
2006年09月29日
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秋の花たちです。これは吉兆草だったかな?紫の上品な花を毎年咲かせます。株も、年々大きくなり立派です。裏庭には彼岸花が。私は植えた覚えがありません。球根らしいので、以前土の中にあったものが出てきてるのでしょう。芙蓉?むくげ?これも2年ほど前に鳥が運んでくれた贈り物です。やっと、暑さが和らぎ、庭もゆっくり眺めたい気候になりましたね。今年の夏は暑かったです。
2006年09月29日
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おとといの夜、私が言った。「あたしさあ。今日いいもん発見したんやて。前、子どものことで大人たちにインタビューしてまとめた資料をみつけたんやて!!今度はさあ、直接一番中心の子どもたちに素直に取材してみようとおもうんやて。それでさあ、あの、N君。みんなにも聴くけど、1番に聞いて見たい子。うそとわかってて、人を落しいれることを平気でいうすごい子、そのN君に取材を申し込みたいで、りおん、あした話しとって。」り「いやや。」み「そうやあ。いややよなあ。あんなこというんやで、また取材なんていったら、なに言われるか・・・。」り「違うって!!!!!(大きくため息をつき)おかあさん、何にもわかっとらんやろう。あのね、N君もいまがんばっとるんやて。ハッピークラスのビデオをしっかりみとったもん。すごい真剣な顔して。何も、おもっとらんと思う?いま、みんなでハッピークラス観て変わろうとしとるんやて。だから、やめて。」子どもってすばらしい!!子どもってなんてすばらしい生き物なんだろう。自分の愚かさをすっごく恥じた。2週間前に、担任のK先生も言っていた。そうだった。この子達の中には、憎しみが消えずにあるんじゃない。つながりたいんだ。みんながハッピーになるために。へんな子、自分と違う子を排除しようなんて気持ちはさらさら持ち合わせていない。ましてや、そこへ心を寄せて、ビデオを観てるときに、そんな子ども(クラスメート)の表情をみていたんだ!!バカみたいなことを考え、心からみんなを信頼していない、しようともしない軽い私が、聴いたことに答えれないくらいの、深い深い愛をもって、あの道徳の時間を過ごしてたんだ。クラスの子たちとひとつになれてるって感じてたんだ・・・きっと。今、ニュースでは毎日子どもが子どもを親を、殺し、傷つけるニュースが流れている。つながれずに爆発するまで気がつかない、親と教師とまわりのおとなたち。でも、こうして自分の力でつながりたい気持ちを勇気を出して、行動に移したり、やさしく見守ったり、目先の、口汚くののしる友達に憎しみではなく、やさしさと、ともに苦しむ本当の愛をこの子は知ってる。私では、想像のできない世界をしっかり持っているのだ。こんなことがあるのだろうか。それこそ、感じ取れないばかな私はおとといの夜、しばらくして「りおん、マザーテレサになりたい。でも、結婚できへんなあ。そりゃあこまる。」といって笑った。「宗教の道にいかんくても、平和は願えるし、おんなじことやれるやろう!」と答えてたばかな私がいた。もう、なれとるて、りーちゃん。クラスという戦場に放り出されたもののいえない、心優しい子どもたちが人を傷つけ、自分を傷つけなきゃいけない生活を、必死で生きてることを知って、11歳のあなたが、「個人の尊厳」を一番理解し、大事にして、そんなこと思えるなんて、あなたは、あなたでいて、いったいどこからやってきたの?とまでおもってしまうほどです。友達を信じ、先生を信じ、とことん人を信じられるからこそ、愛が深くなるのでしょう。去年、おととし、中のよかった友達が、道であっても、知らん振りして通り過ぎることに一瞬悲しい顔はしても目先のことだ、心の中は違うんだと思い続けられるあなただから、その友達が深くきづついた時に、あなたのところへやってきて、泣く。「誰が泣かした!泣くな!わかっとるで」とはげまして、次の日は、その子、別の友達と笑いあい、まるでりおんを知らないかのように目の前を通り過ぎるというのに。私は、悔しくて仕方ないけれど、ほんとはあなたが一番、悔しくて悲しいだろうけど、どうして、そんな気持ちになれるの?きのう、H君がT君をなぐった。「Hは、委員会(長)をかってでてくれたやんか、それをTがずっと、ヒューヒューってひやかしとったんやて。Hは、絶えられず泣き出してまった。そして、殴ったんやて。」「グーで??」「うん。グーで。りおんはその瞬間は見とらんけど、Tのほっぺたが赤くなっとったし、いつもは、Hを待って帰るのにしゅんとして、そのまま帰ってまったで。Tにだいじょうぶ?って言ったら、うん。っていっとった。Hも、それからもないとったで、だいじょうぶか?って声かけたら、だいじょうぶって言った。」ふたりの友達の心の動きがわかるだけに、そこへ、そっと心を寄せている。そのこたちの会話の中に、どうしたの?なんでなの?なんていらない。心が通じ合ってるのだから。その会話からしてとれる。自分にぶつけられる心ない言葉は彼らの、心の中の不満や悲鳴だとよくわかっている彼女。彼らだって、そんなことはわかっているだろう。「おかあさん!今日友達できた!」これが、六年生のことばだろうか?6年生になって、しかも運動会の練習中など、2学期になって、初めての新しい友達ができたという。5クラスあるマンモス校だからなのか?いやそうではない。6年間いてやっと、本音が言える関係作りを自らやり始めたからだ。クラスが、金森先生のようなハッピークラスになるといいね。子どもたち本人が、やっと、アクションを起こし始めた。殴られた子も、殴った子も心が痛いだろう。でもだいじょうぶ。ちゃんとわかってる人がすぐそばにいるんだから。むずかしいけど、つながりあうって素敵なことだよね。あなたたちの勇気には頭が下がります。今日もまた、静かな愛をエネルギーに変え、どんな今日を送っているのでしょう。最後に、元に戻りますが、教育基本法の話をされた方がはっきりいったのです。じかに問題に直面している子どもの悲鳴じゃなければ、教師も親も、受け止められない、変わらないと。悲鳴の形が、殺人や傷害となって現れた時、直面する大人は真剣に考えることになるということである。事実だろうが、その人にではなくて、その現状にすごく怒れた。子どもが犠牲にならなきゃ、気がつかないなんて。本当に、それが現実だということを私が身を持って体験しているだけに他に手だてはないのかと、怒り震えるのである。子どもが犠牲にならなきゃわからないなんて・・・・。どこに、クラスを良くしていこう!!なんて考えられる余裕のある小学生がいるだろうか。あの陰湿で、ぼろぼろになりそうな、傷つけ合いの中で次は自分ではありませんようにと、ただただ祈るおもいで、通う学校に、クラスの友達とつながろう!!なんて思える子どもがいるだろうか?その答えが、毎日、テレビの電源を入れさえすれば、時と場所を変えて、次々に起きていますよ。子どもの悲鳴が形になってね。それを見た、子どもを知らない大人たちが、昔はこんなんじゃなかったとか、教育が悪いだとか、家庭のしつけが悪いだとか、何も考えもしないで、知りもせずに一般的なことをいい、まるで悪魔の落とし子か何かみたいにましくあげる。こんなにも純粋で、大人たちには想像をはるかに越えた広い心を持つ子どもという生き物を苦しめているのは、いうまでもない、私たち大人の、曲がった人格からなのだから。でも、子どもの悲鳴が上がる前に、なんとかしたい。それをまつなんて到底できない。それよりも、子どもが自信で言える環境にしていきたい。子どもの声を、本音を言ってもいいんだよという場をまずは作ろうとおもう。高校生の地域を考えたフォーラムはあるようだけど、小学生が、いま抱えてる問題をこそ、出し合うべきだ。昨年、習熟度別で子どもが言った、考えた意見を、しっかり、大人が聴く場を作りそこで現実のものになるように声に出していきたいと心から願った。少し、前に次回の教育フェスティバルの分科会に子どもの分科会を作る案を、考えだしたけれど具体的には、決まってなかった。子どもの意見表明が大事だよねとどろんこの先生が言ってくれた。初めてのことでどうなるやも、わからなかったけれど、今はっきり、わかった。そんな抽象的なことではなく、向き合いたいと願ってる学級についてのいやなこと、変えたいことをいう場にするということを。みかちゃんにも話をした。それいいね!!すっごくいいっていってくれた。同じように今まで苦しんできた仲間だから3はなせば10わかってくれる。もう名前まで決めだした。みか「フォーラムって言うのは硬いからさあ、子どもしゃべり場がいいんじゃない」そうやなあ。わくわくしてきた。はっきり希望が見えてきた。業務に戻ったみかちゃんからメールが入る。「今思いついた!サブタイトル「聞け!大人!僕らの声を!」」ですって。大人が舞台をセッティングして、やらせなんてまっぴらごめん。子どもが自発的に声が上がること。それは長いこと直面してる、何とかしたい問題。逃げられないんだから。こどもたちは。ふ~~。書いた。疲れた。意味わかるかなあ?
2006年09月28日
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りおんの中では、この日のことは、なんでそうなったかと、今後のことが整理できたらしく、その日のどろんこを休んだだけで、正確に言うと本人はどろんこへは行く気満々だったのに、わたしが今日は話をしようよ。と止めたのでどろんこに行くために学校いっとるようなもんやのに、こんなんでどろんこに行けんのだったら、もう、けんかは絶対しーへん。何を感じても黙っとく。といって、さっきよりも激しく泣いたのだった。本人も、頭では違うとわかってるのか、しばらく泣いたら、すっきりして養老の温泉に行こうか?と夕方からゆっくりお風呂に行き、いろんなことを二人で話をした。おかげで、次の日には何も引きずることもなく元気に学校へ行った。帰ってきたりおんが、「Tが、お前きのう帰ったくせにいばっとんなて」と言っていた。それらしきことを、数人の男子が言ったけど、いっとれと思って、知らん振りした。○○ちゃんがだいじょうぶ?って言ってくれた。と話してくれた。それが、今のクラスの現状だなってわかった。りおんがなぜ帰ったかよりも、帰ることそのものが悪である。そんな状況を知ってて、二人はばればれの保健室作戦をとったのだった。でも、そんなことは何のことはない、ますます強くなるりおんがいた。夜、私にいきなり言った。「あした、りおん、校長先生に金森先生のハッピークラス(ビデオ)をもって行くわ。そして、学校でそれを流してもらうで。」「えっーー。そんなことができるの?そんな時間あるの?」と聴いた。ほんとバカ親である。「給食の時、よくビデオをみるんやて、ビタミンとかの。あんなんみてもなんもならんやろう。それよりも、その時間でハッピークラスを見たほうがどんだけいいか。ちょっとづつ毎日見ていけばいいんやて。そして、クラスごと、いやだった思いを1マスノートに書いてみんなで考えるんやて!」こんなことを考えるんだと、深く考えもせずに、「いいこと考えたなあ」といって寝た。次の朝、「お母さんが、連絡ノートにきのう言ったこと書いて。」と言い出した。「いやや。お母さんが書いたら、おかあさんがいっとるってまた思われる。お母さんが、こうして欲しい!って言ったって先生たちには響かんのやて。自分で考えて、言うことが人をうごかすんやで。」あっさり、「じゃあ、いいわ。もっていかへん」というりおんだった。所詮そんなもんかあ・・・。と思いながら、深く考えてもいなかった私は、それならそれでいいやん。といった。出かけざまに「ああん!!ビデオとって!!もってくで」といいながら、さっさとでてった時にもあまり気にならなかった。どろんこへ行く車中、「今日K先生(担任)にビデオをみてくださいってわたした。見てよかったら、クラスで見たいっていった。」そうかあ。校長に言って、全校で見ることはやめたんやなあ。クラスで見たいっていったんや。それが、今週の月曜日、つまり3日前、またまたどろんこ行きの車中で「今日、ハッピークラス見たわ!!」と言う。あまり話さない。み「えっ??すっごいやんか。いきさつは?突然?いつ?どこで?何時何分?」り「子どもみたいなこと言うなって、道徳の時間!!みんなで観たの!!途中までやったけど、そこまでの感想をみんなかいたの!!」気持ちがどろんこへ言ってるのか、嬉しいはずなのに、それ以上は話さないりおん。なんでーー??もっと聴きたい!!いっぱい聞いて、答えてくれたぶつ切り単語が、「みんな真剣な顔して見とった。」「休み時間今日見るよ!って先生が言ったでえっ?えっ?ってびっくりした。とつぜんやったで、先生が話をしてもいい?っていうでりおんがもってきたって言わないでくださいって言った。」「続きを見るかどうかはしらん。多分見るやろう」それだけ聴くのが精一杯だった。なんで、自分が考えてやってほしかったことなのに、その願いが叶った、それが今日だったと言うのに何でこれだけなの??りおんの頭の中の仕組みがわからなかった。
2006年09月28日
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子どもってすばらしい。12日のことだった。ずいぶん昔のことのように思えるから、まだ2週間前のことだなんて今知ったとき、とっても不思議な感じがする。私たちの心の流れはいったいどんな時間の仕組みになっているのだろう。いくらあがいても変わらない、人と平等なのが時間なのだけれども、とても同じ時間を生きているようには感じられない私たちがいる。2学期始まってすぐの、12日。りおんは学校から帰ってきてしまった。ランドセルも何もかもそのままにして、からだだけ、不安なまま5時間目はじまったあたりで家へ帰ってしまったのだった。ブログの12日は、とめどもないことが書かれている。確か、こんな事件が起きる前に送信したものであろう。次の日13日のブログはない。ブログに登場できない日は、きまってものすごい葛藤の渦の真っ只中にいる場合なのです。その葛藤を書くことはエネルギーが要ります。それに、つぎからつぎへとでてくるのです。問題が・・・。やっと今ここで、書こうと思った理由に、おととい岐阜であった、教育基本法の話しの中にヒントがある。いわゆる、教育基本法なんて難しそうな話ではなく、とても身近に子ども自身が感じるすべてのことだと私がとらえ、そう感じ、これからやろうとすることへのエネルギーと燃え出したきっかけなのである。もちろん、その話でなくても今日々問題だと感じる中で、なんでもどんなことでも、今はヒントとなるのかもしれないけれど。12日なにがおこったか。その日は6時間授業だったので、4時にお迎えに行くことになっていた。「おかあさーーん」泣きながら電話をしてきたりおん。時計は2時半。どこから?学校から?鳴き声で電話がかかって冷静でいられるわけがない。あらゆることを想像する。泣いているから、話がわからない。とにかく、家にいるということだけわかった。「すぐ行くから、待ってて」そういって、すぐにはいけない。気持ちがすぐにいけないのだ。その日は、店も私一人の日で、締めなければいけないし、火も鍵もだいじな片付けもし、お客様とのだんどりの連絡もし、「飛んでいける」状況ではない。何かをやりながら頭の中はパニックだった。時間だけは刻々とすぎる。15分~20分、くらいのことだろうが、それはとてつもなく長い時間に感じられた。学校から電話がなぜかかってこないんだろう・・・。3時からの業者との打ち合わせもすっかりわすれ、3時前には店を出た。行動は落ち着いても、心はあわてているのが自分でもよくわかる。今日起きた事件ではないだけに、過去のことから、さかのぼり、想像をする。「聴こう。帰ったら本人に聞こう。」それしかないんだけれど、そんなふうには思えない自分もいる。家に着いた。りおんがいなくなって30分は経っているだろうが、まだ連絡もない。これもまた、とても不安にさせる。とにかく、お布団に二人で横になり泣くのが落ち着いてから静かに話しはじめた。その内容は、「おまえ、プロレスラーの○○に似とるなあ。」と1学期にも、男の子が集団でりおんにつめよった、だいたいはじめにつっかかってくるT君。その後、このT君との関係は、「さわるな!」「けがれる!」から、次第に肩をぽんっとたたいたり、気持ちをぼそっとつぶやいたり、一緒にいたずらしたり、笑いあったりと素直な面が見えてきたところだったので、T君独自の口の悪さはそう気にならないりおん。そこへ、違う男の子が「そうや、似とるて」とはいってきた。それに、「うるさい、だまれ!どうしてそんなこと言うんや」と反撃するりおん。そうなると、また関係のない野次馬数人がちょっかいを出してくる。その中に、ふだんから、正義感のあるいいやつだと思っていたH君まで、いっしょになって言い出したことにも、ショックなりおん。また、関係が作れていない男の子のことばはばんばん突き刺さるものがある。教室中聞こえるような声で言い合いになる。それを見ていた、女子。○○さんと○○さんが大きな声でオーバーな仕草で手までたたいて笑い転げる。一番いやだったのは、それを見たことと、仲良しの名前で呼び合うようになったМまでが、知らんふりしたこと。それに、クラス中のみんなが聴こえているはずなのに誰ひとり、なにも起こっていないかのような態度だったこと。彼女の中で「おかしい!!」「こんなのはいやだ!」がふくらんでいった。1学期の事件、A4の紙に新聞紙の切抜きを1枚1枚貼り付けて、恐ろしい言葉にしてクラスで、いじめのターゲットになっていた女の子に渡った事件。クラス中で、「きたない」「くさい」「けがれる」の言葉を吐きかけられていた、罪もないかわいい女の子。そのターゲットに近づけば次のターゲットが自分になることを恐れ、いっしょになって、けなし、いじめるか、言葉は発せずとも、表情で「そうだ、そうだ」というか強いものに巻かれるクラス。そんなことはおかしい。Mさんのことで、先生に手紙を書いてもって行ったりおん。長い手紙の中に、「・・・それを書いた子の心も腐っているが、腐るだけの理由があるのだろうと思う。1マスノートにみんなが、いやなことを書いてクラスで話し合いたい。・・・」それについて、担任はそんなことをしたらもっとクラスが大変になると言い、自分がよく見ていくから・・・ということになった。納得いかない。自分でできることを考えた。勇気出して、Мちゃんに声をかけた。「図書館いかへん?」Мちゃんはものすごく、嬉しそうな顔をしたらしい。その顔が今でも忘れられないという。掃除のあと?図書館で先に待ってたりおんの元へМチャンは、走ってかけよってきたそうだ。「おかあさん、走るくらい嬉しいんだよね」とっても、喜んでいたりおん。その日から、その女の子と仲良しになったりおん。次の日には、名前を呼び捨てで呼び合おうと決めたらしい。「こんなことならもっと早く、友達になればよかった」そういっていた。少しづつかわってきていた。学校を休みたいくらい、いやだったTとの、最近のささやかな心の通い合うシーンの話は聴いていてもうれしくなるし、「最近、○○ちゃんのほうから話しかけてくるようになったよ。友達になりたいんやな。りおんだって、友達になりたい!」そんな話をしていた。ギクシャクした、人間関係のつながれないクラス。いや、今の時代どこもそうなのかも。「・・・トイレに行ってきます。っていってそのままかえってきてまった!!(泣)どうしようか、ずっと迷ったけど、もう、その場におれんかった・・・」りおんが、そんな行動をするということは、よっぽどのことだと思う。「・・・そうか・・・」そのとき、家のチャイムが鳴った。「りおんさーーん!!りおんさーーーん!!」ドアを激しくたたく先生の声がした。よかった・・・。ドアを開けたのが私で、先生はちょっとおどろいていたが、先ずは、これまでの間、トイレから戻らないりおんを遅いなあと待ち、クラスの子たちに何があったのかを聞いていて、○○さんが下駄箱を見に行ったら靴がないって言うもんで、次の授業が、他のクラスの先生との交代の授業だったので、そこへ迷惑をかけられないので説明だけをしてきたという。子どもがいなくなって約1時間・・どうなのか不審には思ったけれど、1学期の時の先生のかみ合わない子どもへの思いはまったく消えていた。先ずは、ゆっくりりおんから事情を聴いたし、それをきいて、そうだったのか・・・と理解して、一番いやだったことは何だったの?と聴き、それが先に書いたことでこのときりおんは詳しく話したのだった。クラスの状況を一番知るであろう先生は、「今、りおんさんが話してくれた半分もクラスの子たちは、言わなかった。そのことがとっても残念です。」そして、「最近のりおんさん。夏休みもどろんこクラブで、すごい時間を過ごされたんですね。この前も、委員会の委員長決めをクラスでやって、・・きかれましたか?お母さん。そのときね、ムリヤリ決めさせることに意味があるんですかって、言ってくれたのよね。私だって、やらされてやる鼓笛をやりたくはないけれど、我慢してやってます。そのことで頭がいっぱいなのに、またやらされる委員会のことは考えられません。っていわれたのを聴いて、先生とってもびっくりしたの。そんなことを、クラスの中でてをあげていえる子なんていませんよ。そのあと、H君が僕がやりますって言ってくれたのよね。それに、1学期の集団で男の子たちから言われた時の子の中の、N君のこと。あのあと(りおんさんにはT君の友達やでわざと足をかけたんだと言っているのに、先生に聴かれた時、そうなんですか!そんなことを思っていたから田中さんがあれだけ怒っていたんですね。今先生に聞いて初めてわかりました。僕はただ、立ち上がろうとしただけなのに、足をかけたと、あやまれとものすごい勢いで怒られてた意味がやっと分かりました。といった子)りおんさんは、言ったのよね、許せるって。先生ね、そんなこと、大人でも思えないことをりおんさんが、言うたびにドキッとするの。たまに大人以上の気持ちを持ってるなって思っていたの。だから、最近は先生にも何でも話してくれてたじゃない。」りおんがこのとき、はっとした。きっと、気がつかなかったんだろう。先生の言葉をじっくり聞いてるりおん。「・・・だからね、先生思うの。ほかに方法が考えられなかったかなあって。そのことがちょっと残念なの。家が近いから、よかったけど、近いとか遠いとか関係なくって、いなくなると、みんな心配するしね。それと、変な子だと思われるよ。校長先生もすごく心配していたんだよ。」変な子だと思われる??が、きになったけどなんか意味がありそうで黙っていた。「ごめんなさい。あの時は、考えられなかった。思いつきもしなかった。帰るか、我慢するかだけで頭がいっぱいだったんです。」「わかった。先生ね、学校でのみんなのお母さんやと思ってる、だから、何でも言ってね。」こんな心の通った会話が、あの1学期何度となく対話しても煮え切らなかった担任の先生と、りおんがしてることにわたしは、その変化にとても嬉しくなった。先生がやっと子どもとまっすぐ向き合おうとしている。ものすごく感じた瞬間だった。これからどうする?という話になった。「先生について帰り。しっかりわかってくれる先生やんか。今一緒に帰ったほうがいいよ。」とうながした。りおんの顔が曇る。先生も、「そうやな、保健室に行こう。靴がないことは、もうばれとるから家に帰ろうと思ったけれど、保健室におったということにしよう。そして、1日ゆっくり考えて・・・。先生もまた話を聴いてみるわ。」といった。私は、何でうそを言わせるの?と不思議に思った。1日、ゆっくり考える??りおんもそうするといっている。ようやく、ことの事態がつかめてきた。先生とりおんはわかりあえても、クラスの子たちのことを一番知ってる二人が出した結論がそうなのだから。危険!!だってことである。何にも解決はしていないんだ。
2006年09月28日
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りおんをお迎えに行った。「どうする?歩いていっとったら、おやつになるし、お迎えにくるし、時間ないやん。お母さん乗せてって。・・でも何人乗れる?それでもみんなに、行きたい人って、まずは聴くわ。」今日一日、学校でもそんなことを考えていたんだろう。誰と行くか、人数制限があれば重大な問題なのである。一緒に行きたいと思う人がいて、そんな心の中のことがみんなで生活してる中で通用しないこともわかってる。それだって、ずるいことをしようと思えば6年生なんだから、力や言葉でも思いどうりにもやれないことはない。そんな心の動きがわかるだけに何をしたとしても、考えた挙句のことだからそれをそのまま、心に思おうとそう思った。もしかしたら、卑怯な手を使うかもしれない。でも、そのときのみんなの反応はどうだろう。・・・わたしが、その生活に割り込むこともできないし、ましてやおとなの理想的な問題解決策をここでとやかく言いたくはない。あくまでも子どもの世界である。どろんこについた。すでに、不安な心うちの空気の流れがそのまま出てしまった。どうやら、きのうのうちに、行く人の約束もしていたようで、先ずはその子たちへの声かけもすべてみんなが、うまくいくことのない不安さの苛立ちがあらわれていた。とにかく、流れのまま逆らわず、そこですべてをみて聴いた。こうなるのか!細やかな心の動きが、行動と想いが逆だったりとかしながらも、4年生の女の子3人組と自分と、キンパが行くことで(ムリヤリ)おさまった。何を考えてそうなったかの繊細はりおんにしかわからないけれど、とにかく決まった。警察についてから、警察の中には子どもたちだけで行ってみようということになった。○○さんを呼ぶことになっていたので、何も知らない子どもたちへ、そこのところだけをどうするのか迷ったが、子どもたちから「もしも、これがとかげだったらこんなに忙しいのに、ふざけるな!っていわれるかな」とりおんが言ったので、「きんぱが先に、今大丈夫かどうか聞いてくるで、待ってて。」と、中に入っていくことでなんとかなった。子どもたち4人組は、長いこと出てこなかった。何を話してるんだろう。何を感じているんだろう。今ここが、ものすごく大切な瞬間なのだととっても思いながら、待つ。子どもたちが、大人へ、しかも警察という大きな組織に入っていき、自分たちの力でものを伝えることを経験、体験している。待ってる間、いろんなことを考えた。不安もあるけど、時間がかかればかかるほどわくわくもした。だって、あっさり「わかりました」といって、すぐに帰ってこないということはいっぱいつながってるということなのだから。出てきた時の、その瞬間の顔を、表情を見逃さずにみたいと思った。みんなが勢いよく、走ってでてきた。どの顔も「超満足!!」の顔である。○○さんを想像した。子どもたちを満足にしてくれた人が警察官の中にいる。嬉しかった。降りてこられた、○○さん。初めてであった。いい人だった。子どもたちは、パソコンから出してもらったらしい、わにの赤ちゃんの写真や、とかげやヤモリの写真を手に持っていた。「おじちゃんは、これはヤモリかもしれんと思うよ。おじちゃんの家にも似たやつがいっぱいおる。でも、本当のところはわからんから、さっきの住所、各務ヶ原のアクアトトに写真を送って調べてもらってよ」と丁寧に、話を聴いてくれたようだった。心が通うって言うことは、直接、当人がじかに会って、話をすることなんだと思った。そして、この難しい時代を生きていく中で、とても大切なことだと、心から思う。結果、よかったがかなりの珍道中だった。誰か、そのときあわててる私を透明人間になってみてたら、それをすごく滑稽だっただろう。わたしにとっては、笑いごとではなかったのだけど。
2006年09月27日
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さて、次の日。子どもたちは、捕まえたわにの赤ちゃん?を警察署に届けに行くのだということになった日である。大人は考えた。子どもたちの純粋な気持ち。考えた上での、決断と行動。だが、その先予想されることは?果たして・・・・??わたしは、昼間迷っていた。子どもたちに任せておけばいいものを、傷つくのを恐れて??なのか、一般社会の大人を信用していないのか、先に警察署へ電話しておこうと思った。このとき、悩んだのは警察がどう思うか?ではなくて「根回し」をしているようでものすごい罪悪感を感じたことに悩んだわけだけど、電話してしまったからしょうがない。ところが。予想もしない、ものすごい展開になってしまった。あせるわたし。いったい、なにがあったのか?(書きたくないけど書きます)「落し物係」につないでもらって、若い男の人が電話に出た。私は、すべての成り行きを一部始終その人に話した。そして「・・・・・そういうことなので、ちゃんと対応してもらえるように、事前に電話しました。きょうの4時から5時の間に、今の話を聴いて理解してる○○さんは(電話に出た人)はいらっしゃいますか?よかった。いないと、話がごちゃごちゃになるでしょうから。じゃあ、子どもたちが行きますがよろしくお願いします。」なんのことはない。それだけのことだ。その若い警官??は私に言った。「わかりました。でも、私では判断しかねますので、生活安全課とも相談して、折り返し電話します。」折り返しの電話の返答を待って、この根回ししちゃったことを、キンパに伝えとこうと思った。30分くらい待たされてやっと、電話がかかってきた。さっきの人ではない、おじさんだ。「わたし、○○といいますが、今ワニのいるどろんこにパトカーむかわせてます!」その男は、わたしにそれだけを言った。????×1000000えっ??なにっ?一瞬でパニックに陥った。腹が立って腹が立ってしょうがなかった。どうしてこうなるの?「あきれて、話をしたくもない。すぐパトカーを返してください。訳は、さっきわたしと「じっくり」はなしをしてすべてわかってる○○さんに聴いてください。」でもその男(警官)は「いやあ、説明してもらえないと、帰せませんねえ」という。パトカーが、ワニを捕まえに向かってる??と想像しながらも、また一部始終を、その理解しようともしない男(警官)に電話で話した。電話しながら、子どもたちの純粋さを無神経にけなす、その男にも、こうなった展開にも、何度も怒りがピークに達した。「わかりました。引き返しますね。」頭の中で事の次第を整理しながら、パニック状態と不安がますますつのってきた。この怒りのわけを、最初に電話した若い警官に聞こう!電話した。「いったいどうなってるの??」「どうしましたか?ちょっと怒られてることの理解ができないのですが。」さっきの電話の内容を言った。「すみません。さっきの人がそういったんですね。違うんです。お話は、聴いてわかったのですが、そのあとの対応をどうしたらいいかを、相談しながら考えたときに、警察の中に、だれもその持って来てくださるものがとかげなのか、ワニなのかを見分けられるものが誰ひとりいないんです。それで、調べたら各務ヶ原市にそういう研究をされてる人がいるとのことだったのでそこへ、その赤ちゃんの写真を送ってみてもらおうということになったんです。その場所に、田中さんがいらっしゃると思ったので、事前に写真を撮らせてもらおうと言うことだったんですよ。」こんなふうに、私が書いたようなこんな「立派」にその人が、私にわかりやすく説明をしたわけじゃない。ただ、後で冷静に考えると、まったくこのような内容を遠まわしに、ぐだぐだと言っていたのである。この時点ではまだ怒りもおさまらないくらいに。「勝手に行動せずに、聞いてよ。それに、そこに私がおるなんてだれも言ってないし、勘違いやろう。」「電話しようと思ってたら、別の仕事が入ってしまって、かけそびれたんです。すみません・・・」それでも、さっきの「パトカーを向かわせてる」男の話とはまったく別物だということでしょう。不信感はつのり、いったいどっちが本当なのか、パトカーで向かった警官に再度調べて、どこまで行って引き返したのかあなたが言うように写真を撮ろうと思っていったのか、さっきの男が言うように、ものすごい大事のようにワニを捕まえに行ったのか、調べて折り返し電話をくださいといった。まだしっかり不安は消えない。どうしてこんなことになるのよ!!あーーー。思い出しただけでも肩が凝る。先日、子どもサポートネット大垣で大垣警察署見学??というか、少年犯罪についての警察の思いを聞きにいこうと、アポをとっていたことがあった。急遽その前夜に緊急な事件が入り、夜、その担当者から明日のアポを変更して欲しいと連絡が入っていた。その事件というのが、共通のものであり、その時に、すごく丁寧に対応してくれた警察官である。その、○○さんから電話が来た。「迷惑をおかけしたようで・・・。」その警察官は、いたってまじめに真摯に子どもたちの思いと、危険物は警察への思いと、地域の警察とのつながり。信頼関係を大事にしたいんだという私の気持ちを理解し、察し、しっかり、受け止めてくれた。そして、子どもたちが来たときの警察の対応が、各務ヶ原のその施設を紹介することになってもいいのか?どうしたらいいのか?ということまで、考え、相談してくれているのである。み「最初から○○さんに、電話すれば、こういうことにならなかったのでしょうけど、名前を忘れてしまってて。」電話では、こういったけれど、これぞまさに、顔の見える関係。会ったことはないけれど、そんな意味じゃなくて小さな問題でも事務的に押し進めるのではなく、つながりあう大切さの意味を理解した時に、丁寧に聴いてくれる、すばらしい相互関係が生まれることを実践するチャンスだと受け止めてもらえたことに感謝し、またこんな人が、警察の組織の中にいるんだという喜びがあふれてきた。あきらめないでよかった。自衛隊や、警察の社会における役割のそれはだいたいわかってるつもりだが、この社会に一緒に存在する以上、反発するだけでは、問題解決にはならないと常々思う。「子どもが思うこと」が行動となり、つながっていけるのは、まったく持ってかけひき無しの自然さで、今回のこの出来事は私の中で「スペシャルなチャンス」だと思いが膨らんでいた。子どもたちが、テレビのニュースから伝わる情報じゃなくて、警察にじかに、ふれあい感じ取る、絶好のチャンスをいかしたいという、わたしの思いが強かった。それだけに、不安だったし、またそのことが他への迷惑にでもなればやってる意味がないというもんだし、突発的なことで事前に相談して、気持ちがしっかりしてる時でもないし、そんなことをいっぱい考えていたからパニックになった。そして、すばらしい結果になったと思う。私が思う以上に、この関係もそうだが、それ以上のものが、両者へふりそそがれたと確信した。さてどうなったのか・・・
2006年09月27日
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先週のお話。木曜日だったかな。りおんが車に乗るとすぐに、「おかあさん。ワニの赤ちゃん見つけた。」と言う。みると、手のひらに3センチくらいのちっちゃなワニ?がいる。今、学校のベランダで見つけたそうだ。「とかげじゃないやろう。色も違うし。さっき、りおんをかんだんやて!とかげは噛んでも痛くないけど、これはいたかったんやて。模様もぎざぎざしとるし、ワニの赤ちゃんやよなあ。」と言う話である。実際ワニの赤ちゃんを見たことはないけれど、学校のベランダにはいないだろう。それに、模様がぎざぎざで、身体がぎざぎざしてるわけではない。ワニの赤ちゃんはりおんの手のひらの上でぐったりしてる。「あっ。りおんの手をぺろってなめた。きっと、お母さんっておもっとるんやなあ。・・・困ったなあ。とかげかも知れんけど、ワニかもしれん。もしもこれがワニだったら・・・どうしよう!!お母さんって思われても困る。大きくなったら、育てれんし。そうや!!どろんこ行ったら、キンパに聴いてみる。ワニやったら、警察に届けないかんなあ。危険やで。放したら、みんなに迷惑やしな。」どろんこについたら、キンパはまだきてなかった。まず手のひらで水を飲ませた。ぐったりべったりしていた「ワニの赤ちゃん」(この時点では皆そう呼ぶ)が立体形になり行動がすばやくなった。さっそく、自分たちで百科事典でワニの赤ちゃんを調べはじめた。ワニは載ってても、赤ちゃんとなると、その写真があまりない。「やっぱりワニじゃないの!この色にそっくり。」4年生の女の子が言った。3年生の男の子たちも「そうやなあ。」1年生「りおんちゃん。すごいなあ。どこでつかまえてきたの」どろんこがわいわいとなった。「パソコンで調べていい??」やっと、赤ちゃんワニの写真が1枚だけ出てきた。そこへキンパも帰ってきた。子「ワニの赤ちゃん捕まえた!!」き「・・わにのあかちゃんを・・・」こどもたちの、ワニの赤ちゃんだという理由は報告され、盛り上がった。「あした警察にとどけよう!」その日の夜、3センチのちっちゃなワニの赤ちゃんは入れ物の中で金網をかぶせられ寝たのだった。
2006年09月27日
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こんにゃく座の山猫のブログの彼岸花。まささんの「デジカメ持って・・・」のブログを見て、キンモクセイって、今の時期なんだ!!と知る。秋ですね。キンモクセイが、春に匂うと勘違いしてた私は、春のブログに、今年はキンモクセイが咲かないと嘆いている。そうか!秋だったんだ。うれしくなる。今日は、本当は小川にいるはず。そう、熊本のおがわまちの専行寺でじいちゃんの17回忌のために、わたしとりおんと、親戚のおばちゃんくらいを誘ってこじんまりとした身内だけで、お経を聴いているはず。帰りたかった。でも、高いんです。交通費が。二人で帰るとなると・・・。また手ぶらで、帰るだけではないでしょう。帰るとなると、1大事なわけで、他にもいくところもあるし。いろいろまとまったお金が飛んでいく。今回は、日を改めよう。がまんして、いけれるようになったら行こう。最近はずっとそんなことを考えてました。キンモクセイのにおいはとっても大好きです。クラクラっとするのがたまらなく好き。やさしい、芳香剤ではない、自然の生のキンモクセイはとても心が癒されます。風地蔵の庭のキンモクセイはまだですが、咲いたら目を閉じて心だけを懐かしい小川へ送ります。
2006年09月26日
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はい。3年前に書いた10枚の作文用紙の原稿です。ない。・・・どこを探してもない。堀切先生の本を読んでの感想文なんですが、スタッフと、10枚作文挑戦!!ってことになって、そのとき一緒に書いた人の作文用紙のコピー(実物は堀切先生に送ったので)はあるのに、なんでわたしのがないのーー。散らかってるからだ。どうしてこうも、大事なものがいるときに見つからないんだろう。仕事の合間に、もう半日探している。ちょっとは片付いたかもしれない。もう、あきらめよう。でもいいものを見つけた。5年前に取材した「身近な大人たちの声」という題の、当時の長崎の子どもが子どもを殺害する事件から、子どもについて(5年前の)あらゆる人に語ってもらい、まとめたちょっとした本です。「これだ!!」ちょっと、5年ぶりに社会はどう変わったか、ちょうど小泉政権の5年間で何がいったい変わったのか、きっと見えてくるんじゃないでしょうか。今回は、大人はあらゆるジャンルの人に聴いてみよう。また、子どもたち当事者の声も本音もたてまえも、話してくれる通りに書こう。ちょっと、燃えてきた。それに、その資料はすばらしい資料ですよ。今見ても。どうかわったんでしょう・・。かなり気になります。興味があるのは、取材した交通安全で登校中に立ってるおじさん。まだまだ健在。5年間立ち続けてくれてますよ。さっそく取材してみようっと。今回は、知人は書き取りじゃなくって録音させてもらおう。しっかり表情を見ながら聴きたいから。では、インタビューされた方快くおはなしくださいね。
2006年09月26日
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来月20日。堀切辰一先生が大垣へ3年ぶりにいらっしゃることになった。もちろん記念講演をしていただきます。この「堀切辰一」先生こそ、風地蔵新聞の産みの親なのです。3年前に、大垣へ来られた時にとっても進めてくれたのがきっかけです。風地蔵新聞第1号を読めばその理由もしっかり書いてあります。あれから3年。たくさんの人が、風地蔵新聞に登場して頂いています。できましたら、10月20日。堀切辰一講演会の日に「風地蔵新聞同窓会」とでもいいましょうか、原稿を書いてくださってる方にお集まりいただいて、紹介したり、顔合わせ。また、堀切先生と少し、歓談の時間でもとれればと考えております。もちろん、原稿をお寄せいただいた方はもちろん、ちょっと立ち話やちょっとメール、ちょっと俳句などなど少しでも登場されてらっしゃればぜひぜひいらしてください。講演会は10月20日スイトピアセンター2階。スイトピアホール(280人)午後7時から。参加費800円です。名前は新聞で知ってるけど、あったことのない皆さん。この日、堀切先生を囲んで団欒したいと思います。平日の夜ですが、万障繰り合わせの上お越しいただければ嬉しいです。
2006年09月25日
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私はこの映画の感想を何度も書き、何度も消した。だいたい、思ったことをそのまま書いてしまう私は、下書きなんてもちろんないし、読み返しもしないので感情の高ぶりが大きいほど、文章は意味不明が多くなると思う。思ったままかいているから。佐賀のがばいばあちゃんは思いのほうが強すぎて、書いても、言葉が飾られすぎのような気がして私の感じていることとは書けば書くほど程遠くなっていくのです。先ず一番最初からつまづいているのが原因だと思います。そこを書かなきゃ、続けれんのが本音。「佐賀のがばいばあちゃん」のホームページに本と映画の感想文がたくさん寄せられてました。すべて隅々まで読みましたが、その引っかかる、わたしのなかでの大事な部分があれだけの中に一つも出てこないのが、人為的な操作があると思うわけです。それでかけなくなってしまった。せっかくよかったのに。人に合わせることはないし、今までだって、誤解であろうが感じたことを好き勝手に書いてきた私が、なぜ急にそんなことを考えてしまったのかも腑に落ちない点ですが、「九州を良く見せたい」そんな気持ちからでしょうか・・・それとももっと複雑なのかも・・・だらだらと、はっきりしない胸のうちを書き、ようやくずばり書きたいという決心がつきました。(長くなるな~きっと。ロング・・・ロング・・苦笑) 「佐賀のがばいばあちゃん」こんなはじまりかあ・・・。泉ピン子じゃなかったの?そうかあれはドラマ・・・。電車に載せるシーン。「超激怒する。わたし。」子どもに聴け!!子どものためなんて勝手に思うな!バカ大人たちめ!くやしい。くやしすぎる。子どもを何だと思ってんのよ!!事情はどうであれ、相談をするべきやろう。しょっぱなから怒り爆発。まさにこんなにも映画に入り込んでしまってるくらいの子どもと大人の関係をうまくひきだした演出である。佐賀に夜着く。うん。うん。こんな大きな立派な家じゃないぞ。もっとばあちゃん、すすくれて日焼けした肌に深いしわを刻み込んでて欲しい。なんて、表面的な贅沢なことを思う。朝かまどに火を・・・飯を炊く。ごはんを食べる!!ここが!ここが見たかった!誰が、どんな演技をしてるの?・・・いない・・・だいじな・・もっとも大切な原作では出てくるはずの登場人物がいない・・・。消されちゃった??最後まで出てこない。触れてもない。禁句?だからアンケートを隅々まで読む必要があった。特に、映画よりも、読書感想のほうを。そこにもまったく出てこない。消された??何のために?このことが頭から離れないから先が書けない。それでも、映画はその「こだわり」を除けば原作以上にすばらしい出来上がりだ。見えない心の揺れ動きがすばらしく感じ取れる。これでもか!これでもか!と投げかけてくる。声をだして泣いてしまった。最近、邦画がいい。ずっと洋画しか見ていなかった。邦画は限られたものだけ。アレルギーが残ってるのか、すべて見たわけではないけれど最近、すっごくいいと思う。はまる。洋画は疲れる。どーっと落ち込む。もちろんそんなのばかりじゃないけれど。根本的な考え方がやっぱり違うとすっごく感じる。特に、アメリカのやつは。日本映画を見直す。まさに、「佐賀のがばいばあちゃん」はそのことが私の中ではっきりわかることが出来た邦画だった。九州弁だけでもいい。(笑)最後のエンディング出演者ロールを見ながら泣いた。だって、「佐賀の人たち」がいっぱいでてくる。地域の映画が生まれてる。大切にしたいものは何かがいっぱいつまってる。私は私の生きてきたことがそのまま感じられるわけで、観た人それぞれの人生、感じ方があるだろう。素直に純真なきもちを描いたこの作品を私の中でもっともっと暖めていきたい。もっと、主人公が島田洋七さんのようにスポーツ万能でもいい人でなくてもいいかなと思った。あれなら、普通の人は主役になれない。普通の人を主役にしたすばらしい作品がもっともっと世に出て欲しい。
2006年09月24日
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音無紀美子さんです。ロビー交流会の1幕。今夜の演劇鑑賞会の舞台名はなんともはや「最後の恋」。3幕あったのですが、昨夜はいろいろありまして花束渡す係りもドタキャンで、それよりもっとだいじなことが。りおんが書いたらだめって言うから書きません。二幕目で何とかまにあい、花束は打ち合わせに間に合わなかったから渡せなかったけれど、ロビー交流会で握手してもらったりおん。「あらっ。お若いねー。」って美しさ際立つ音無さんに声をかけてもらってましたよ。この人は萩尾みどりさん。ああ。こんなに苦しかったら死んでしまうじゃないって考えてみたり、何もかも薔薇色に見えるくらい幸せいっぱいだったり。生きてるってことなんだ。
2006年09月23日
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これは、のぼり旗でつくったクッション。なんとも贅沢なんでしょう。小さな古布の端切れを合わせたキーホルダー。気に入って熊本で買ってきました。腕に巻くんです。これなら、カギはどこ?と探す必要がなくなるし、お洒落だし・・の優れもの。なんと、贅沢な!!いっぱいかわいい古布がちりばめられてまるで宝石箱のようです。こんなのが作れる人はうらやましいなあ。
2006年09月22日
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とってもあたりまえのことだけど、裁判になってしまうほどの強制を強いていた教育委員会って??日の丸君が代への強制を反発した教職員が処分される!!処分されるのがいやで言うことを聞く教職員も多数だろう。喜んで起立し、日の丸をたたえ、君が代を歌う教職員もいるのだろうか?誰だって強制されるのはいやだろう。それでも権力はそれを許さない。その時、それを目の当たりにしている子ども達は??おとなの・・・いや、尊敬したき、教職員のわが恩師の流される態度を見て、子ども達はいったい何を感じていたのだろう。この大量処分と訴訟の背景には悲しいかな 信念を曲げた大人の姿を子どもたちはどんな目で見ていたのだろう。いったい誰を信じればいいのか。子どもたちに恥じない生き方をするためには、自分達の環境を整えることもだいじなこと。「おかしい」と気がつく人がいつのまにか・・・・になってしまう前に声を上げていこう。それがわたしたち大人の最大の責任だと思う。
2006年09月22日
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堀切辰一先生の講演会のポスターをみかちゃんがじっくりつながり 話をしてくれたおかげで、店内に貼らせてもらえました。嬉しくなって、何度もトミダヤへ行きます。(笑)仲間達は語ります。思いをいっぱい。講演会をするってことは、当日に話を聞く、それだけでなくって、こうして地道に 自分の言葉で勇気を出して人に語っていく。自分の思いを深める。つながりあうことをしていくことって最近つくづく思います。81歳の堀切先生は北九州で岐阜、大垣のそんな小さくって、とっても大きなみんなの動きをわたしから受話器越しで聞き、大変喜ばれます。堀切先生の強い信念は、こうして若い人たちに引き継がれています。人間って素晴らしい。
2006年09月21日
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きのうは祝日なので定休日だったので、久々りおんとのお休みでした。朝からは佐賀のがばいばあちゃんを見に行くことにしていたので九州弁恋しく、急いで出かけました。午後からは、プールに行こう!と思い、水着も持っていったものの、前日の夜に行ったばかりだったので、お互い、映画が終ったら「帰ろうか・・」と言っていました。映画館の近くのトミダヤにはじめて行って、中の広いのにびっくりです。お昼は秋刀魚と冷奴にしよう!とお買い物。花屋さんに並ぶ、立派な大振りのアロエ1鉢200円に立ち止まってしまいます。「リーちゃん。アロエ買いたい。」「もう、いいって、そんなもん。」「だって、アロエは小川の家にも、いつもあって、なんにでもきくんやでえ。」「重いでだめ。」秋刀魚っておいしい。お昼ごはんを食べて、学校の友達に電話したりおん。おじいさんが、「外に出て行ったよ」といわれ、「じゃあいいです。」ってすぐ電話を切っていたりおん。「お外で自転車乗ってきまーす」そういって出かけようとした時、さっき電話したお友達から電話がありました。私も一緒に嬉しくなります!お芋買ってきたから、おやつにふかしてあげよう!自然が一番。健康健康。「今日は、4時からと7時からふたつも会議が入ってるけど、りおんとのお休みはそんなにないし、いけないかも・・・」そう思いながら、1日の日程もたてずに過ごしていました。そのお芋のふたを開けようとした瞬間蒸気が指に・・・。「あっつっ!!」かなりのやけどです。流水で30分ほど冷やしても水に手をつけてなければ、すぐに絶えられないほどじんじんします。やけどの経験は何度もあるけれど、こんなに痛みがひかないのは初めて。結局、4時の会議も7時の会議も行くことになるんですが、最初の会議に氷を水筒に入れてボールに片栗粉を溶かしもって行って冷やしながらの会議です。ほんとにまだ痛いんです。そこで「とっても効くものがあるから」と、アロエをもらいました。水から手を出すと、まだ痛い。でも、アロエの皮をむいて湿布しておけば痛みはありません。すっごいなあ。アロエって。今日の昼間トミダヤでアロエを買いたい!!なんて思った私はきっと予知能力に優れたエスパーでしょう。(大笑)映画館の1階に見事に並ぶ行列が「占い」に並ぶ行列だと知った時、りおんと「占い」についての話をしました。熊本でも有名な占い師の話を。何でも、行方不明者の居場所もわかるというその占い師に、挑戦を挑むわたし・・・いやいや、こんなのは体験したくなるんですよね。私の心の中のことを他人にわかってたまるか!ってばかばかしくって。それで、私の悩み??をはなしたら、その人気占い師が「そんな話はとても占いで解決できるような話じゃありません。なんとも複雑で、こんなことは初めてです。どうぞ、ご自分の意に添って人生をしっかり生きていってください。わたしも、心から占い師としてではなく個人的にあなたの幸せを願っています。」予約がとれないほどの占い師が私に言った言葉だった。なのに私はアロエが欲しい!と思える予知能力者なのです。(笑)
2006年09月19日
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九州の台風被害はひどいです。1夜明けて、台風もだいぶ抜けて、明るくなってちょっとほっとしました。りおんのちっちゃな映画館デビュー。雨降りの運動会の日。3時には片付けも終わりかえってきた。どろんこに行きたいと言っていたけれど、この日は久しぶりに名古屋へいかへん?と誘ったら、案外、いいよってのってくれた。わたしとしては、用事があったのに、そんなこともすっかり忘れ、あのちっちゃな映画館で今日は何があるかを、早く行って見たいばかりだった。恐いのは嫌やといわれてたから。普通の映画館では上映されないものばっかりある。そしてとってもおもしろそうで、興味をそそられるものばっかり。ドラゴン何とかという、カンフー?みたいなものを見た。これまで、若いころからほとんどまいにち1本はビデオを見たり、本を読んでいるのに、題名をほとんど覚えないわたしっていったい・・・。中身も、ほとんど覚えていないものも多い・・。すごい見方。(笑)映画館はその夜はすいていた。「このまえはこうじゃなかったんだから!すっごい人であふれてたんだ横の道も・・。」すんなり入れて、中でおにぎり食べてる人もいる。ありゃりゃ・・「どう?どう?どんな感じ?教室より狭いやろう。」り「うん。」「えっ?それだけ?すごいやろう。なんかわくわくしーへん?」り「うるさいって。」「いややあ。なんかいって。ねえ、なにがすごい?」り「お芝居するとこみたい。ちっちゃいけどこんなとこあったやん。」そうそう。そうやなあ。なんでもいいからうれしい。やっぱりひとりで来るのは淋しいし。こうして一緒にいってくれる人がいてくれて幸せー。抱っこして ちゅー。ちゅー。ちゅー。り「わかったて。見なー。前を。もうはじまるし。」キーウィジュースというシロモノを買った私は気持ち悪く、リーちゃんの飲ませてよー。と、物珍しいものに手を出してしまったことを後悔するのであった。今日は、祝日でお休み。久しぶりのりおんとのお休みだからこれから佐賀のがばいばあちゃんを観に行きます!!本はすぐ買って読んだし。九州ものは見逃せない。夜やってなくって昼だけの上映だったからやっといける。九州弁が聴ける!九州を見れる。いっぱい感じてきたいと思います。
2006年09月18日
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今朝、ぶるんぶるんとバイクが止まった音がした。革のパンツをかっこよく着こなす年配のライダーの方が刈谷からいらした。高速道路のPAで、ヘルメットを取ったライダーを見かけるくらいで、話なんてしたことないだろうりおんを呼ぶために2階へ声をかけた。ちっとも降りてこない。何かやらされるとばかり思ってるから。(笑)「ちょっとーー。早く来てよ!!」やっと降りてきた。そんな話をしたら、「乗ってごらんよ。」と軽く言ってくれた。いいんですか!!ハーレーに乗れる。身近な人が持ってない限りめったにできない体験だ。バイクも馬もなんか似てませんか?すごく そう思えました。最後にもう1枚。
2006年09月17日
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おかあさあーーん。黄団負けたけど、りおんはとってもうれしいんやて。なんでかわかる?まっちゃん(どろんこ)のリレー。泣きそうになったわ。りおんが一番感動したところ。どんどん追いついて追い越したやろう。すごい顔やったんやて。一生懸命でさあ。そのあと、「俺はきそー」っていって、胸押さえとったし。それくらい真剣にがんばったってことやろう!すっごいよな。それにたけ。見とった?りおんが誘導の係りした時。りおんの方をちょんちょんって呼ぶ子がおってさあ、みたら一年生のたけちゃん。りおん一年生のおむすびころりんの誘導係やったやんか。「みとった?」ってりおんにきくで、「みとったよ、上手やったねえ!」って言うとさ、嬉しがるんやて。そして「こんど、最後にリレー走るで絶対見とってよ!」って竹ちゃんがいうんやて「よし!!絶対しっかり見とくでね!!」って、話しとったんやて。たけちゃんもすごかったやろう!あれだけ上手に走って、ぎりぎりまでせいいっぱいがんばっとるし、りおんしっかり見とったわ!りおんが校長先生だったらさあ、勝ち負けで点数なんてつけへんわ。だって、みんながんばっとることがすごいことやし、それを真剣に、「よし!いけー!がんばれー!」って、みんなで応援することがとってもすばらしいことやとおもうで、それくらい、やる人も応援する人もがんばったということを、書いていくわ。赤団もかっこよかったやろう。りおん、今でもまっちゃんの追い越す時のあの顔がよみがえってくるんやてえ!!今日は最高の運動会やったな。え~~。何でお母さんしっとんの?なんで!そうなんやて。まっちゃんが団に戻ってくる時にすごいなあ!とおもったで、腰を低くしとかないかんのにりおん思わず、ぼーっと突っ立って帰ってくるのをジーってみとったんやて。しまったと思って、すぐしゃがんだんやけど、そんなに長いこと見とったんやなあ。知らんかったわ(笑)
2006年09月17日
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「最後の運動会」だった。「やらされてやる鼓笛はやりたくありません。それでもがまんしてやります。」と数日前、何かの話し合いのとき、教室のみんなの前で言ったりおんがいた。運動会の練習自体、いやなものもあったようだった。「運動会はいかんくってもいいの?」毎年聞かれることだった。そんないろんな心の葛藤がある中でのその当日の運動会だった。いやな鼓笛。やらされてる鼓笛。(笑)青い服を着て旗を振っている・・・右足左足交互にたかくあげながら行進をしている。それだけでまぶたがあつくなった。はたが上手に振れていようが、みんなと協和していようがそんなことなんてどうでもいい。練習すれば誰だってできるだろうそんなことより、「気持ちにはないけれど、努力してるんだ!私なりに。」の彼女の心うちに感動する。感動した。ことばもなかった・・・。(だからここには詳しく書けない)どろんこで最近知り合った人が、朝一でわたしをみつけて話しかけて来てくれた。最後の運動会を意識して、一番最初から見たいと思って運動場の町内のシートの一番前に座っていたから、「きっとそうかなと思って」と声をかけてくれた。その人の町内は運動場を挟んで真反対側だったけれどここにどうぞ!と誘った。ずっと気になることがあったから、話を聴いた。向こうもそのつもりで話しかけてくれたみたいだった。ことの次第もしっかりわかり、お互い関を切ったように思いを話し合った。それからはずっと一緒にみてた。「もうすぐうちの子なの」と言われるので、いつもなら出番が朝ひとつ、午後ひとつのあいだに家に帰ってお弁当取ってくるんだけど、そんなわけで今回はほとんど運動場にいましたよ(笑)。お弁当食べて午後からも、そのどろんこのお母さんが反対側の遠い席からシート持ってわたしの横に来てくれました。嬉しかったです。町内会ごとにシートを敷いてあるので、高校生になった、女の子が久しぶりに顔を見せた。りおんが小さい時連れてってくれた班長さんだった。かなり久しぶりにあえて、そっちとも積もる話しはあるし。りおんが学校をはじめて嫌がった1年生。私もどうしていいかわからず、訳もわからずそのおねえちゃんに託すしかなかった。いわゆる恩があるおねえちゃんだ。会話をすることが面倒なこの時代、こうして会って話しこむのも大事な時間だなと思いました。こどもという宝物でつながる関係。わたしにとっての最後の運動会の人とのかかわりという場面では悲しいものではありませんでした。もちろん、掲示板に書いたようにおかしいと思うことは、心の中で思わずにはっきり示していきます。
2006年09月17日
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ちょっとお茶目なギャング猫。かわいいですよね。ミニミニって不動産屋さんの情報誌に風地蔵が載るんです。地域紹介のページに。そんなページがあるんだ!!とはじめて知りました。そういえば、前にもアパホテルの全国紙にも大垣特集で載せてもらいましたよ。すごいカラーで、ページ数もある本でした。三重県のフリーライターのかたとキャメラマンとで取材にこられました。取材してくださる方が、感動された時、文章はすばらしいものに仕上がっています。そのときのことも忘れられません。今回のミニミニのかたも若い男性の甘いマスクの方でしたが、ひどく気に入ってくださいました。取材してもらえることはうれしいことです。
2006年09月14日
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少女猫。私が勝手に呼んでます。猫と言えば有田焼だけじゃなくて、忘れてならない坂口芳枝さんの猫。このはがきは書いてあるんじゃないのですよ。よーく聴いてくださいね、紙を切って張ってある絵なんですよ。描いた絵じゃないんです。どうですか。そんな風に見えますか?よくみると立体なんですよね。これは芳枝さんが生み出した独特の画法です。というよりかわいらしいでしょう。そういえば、グリコのキャラメル。おまけの絵本を芳枝さんが書く。それはどうなったでしょう・・・。またこんど。
2006年09月13日
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子どもサポートネット大垣10月20日に 堀切辰一さんを北九州よりお招きする。今ポスター作ってるんですよ。ケイタイでとりますね。風地蔵には堀切先生の本棚まで登場しちゃいましたよ。3年前に一度、大垣、風地蔵にいらっしゃって小さな講演会をしたんです。近所の方をお招きして。今回は、たくさんの人に聞いてもらいたいと思って頑張ってます。ぜひ、声をかけてくださいね。もう81歳。お年でしょう。3年前から、来られるのを待ってらっしゃる方もいらっしゃるくらい、一度御会いすると、衝撃的な印象が残りますね。風地蔵新聞は堀切先生が、進めてくださったもの。ちょうど3年ですよ。地域に根ざす新聞を!ということで、その意味をはたしているかはわかりませんが。(笑)
2006年09月12日
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玄関横は今、ノウゼンカズラがしだれていていい感じです。3年位前に買ってきては植えていたものが、こんない大きくなるとは。空中に花風鈴のように浮かぶのはなんとも趣があってすばらしいです。
2006年09月12日
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映画は抵抗があって、いろんな見た人の話を聞いたけど、聞けば聞くほど見たくなかった。でもきのうビデオを借りてきた。今日続きを薄暗くなってから思い出したように見た。泣けて泣けてしょうがなかった。後半はずっと泣きっぱなしじゃなかっただろうか。戦艦大和があんなふうだったなんて知らなかった。昭和天皇の「もう海軍に戦艦はないの?」一言で、大和が沖縄へ向かった。特攻艦として。悲しかった。あんなにも人の命が吹き飛ばされてそれをみて、かっこいいと思う人がいるだろうか?死ぬ事を想像できない人がいるだろうか?戦争が美化されるっていったい何?人が死ぬのにきれいとか、かっこいいとか、そんなのがあるの?こっぱみじんに殺される。誰に??相手は上空を飛んでる米軍か?それとも指令を出した日本そのものか?これを見て、死はひとつだけれど戦争と一言でくくってはならないのだと思った。戦争は戦争だけれど、ひとつひとつの成り行きと、原因と、携わった人たちと、やってきたことと、やらされてきたことと、今とどう違う教えだったのかと、知らなさすぎる。知ってるようで何にも知らないと思った。その時代生きた人々の心の様子も年齢や土地、立場や、暮らし方でまたちがう。60年たった今もなお、心の整理ができないほどの強烈な理不尽な大きな地獄の渦の中だったことが、話したくない話せないのは、まだ戦争は終わってないからだと思った。昔のことではない。過去の歴史ではない。あの時代を生きていた人たちはどう思えばよかったのか。知ってる人がいたら教えてほしい。きっと、それからだ。わたし達が考えなきゃいけない大きなものを手渡されていることに遅いけど気がつくのは。
2006年09月11日
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今日はわたしのお休みの日。この前休んだばっかりのような・・いいんです。今週の休みなんですからと店長。「あっそっ」笑(映画太陽のセリフ)朝から有頂天ホテルをビデオで見た。映画で見てたときと、今日はまた違った。終わらないうちに登校時間のりおん。最後のいいところなのに・・ね。そのあと、服の整理をした。夏の服がいっぱい出てきた。もう夏も終わりなのに・・・。それからみかちゃんも読み出した、布のいのちをわたしは読んでいないのに気がつき、今日じっくり3時間かけて読んだ。布が語る戦争の本が、書き方も衝撃的だったので、今回は案外すらっと読んだ。「おかあさーーーん」小さいけれどりおんの声がする。4階の音楽室から手を振ってる。わたしも思いっきり手を振った。ニコニコ顔の二人だった。午後からもまた「おかあさーーーん」と小さな声がした。きこえてよかった。嬉しくなった。昼過ぎにみかちゃんがきた。いろんな話を時間のない中で、した。いっぱい考えた。1時間が1ヶ月くらいに思えた。りおんを送ってった。ゲタ箱の修理に修理屋さんが来てくれた。「猫展どう?」とお店に電話した。「あさから電話が鳴りっぱなしです。」いっぱい皆さん着て下さいね。買い物にでも行って来よう。今夜のおかずはなんにしよう。あっという間に1日が終わっちゃう。秋の虫がないている。せみも一緒に鳴いている。子どもたちの歓声や、運動会の練習の笛の音がきこえる。今年は淋しくならないと思っていたのにやっぱり秋の音を聞くとなんか、淋しい。
2006年09月11日
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昨夜、沖縄の友だちから電話があった。沖縄の基地にいる幼なじみから。恥ずうれしかった。(新語?)あったかい気持ちが流れた。たまにメールはしても、互いに便りのないのは良い便りって感じで、家に電話なんて、ほとんどないからびっくりした。毎月発行してる風地蔵新聞を小川にいる友達や、もちろん毎月沖縄へも送ってる。幼いころのふるさと小川町(おがわまち)での話を連載エッセー(笑)「川風ーかわかぜ」と言う題で書いている。わたしの過去は幼少期から少年期までの白い時それからの時代を黒い時と、分かれる。黒い時と言ったって、心の中の話なわけで、いつかは書こうと思いながらもあまり好んで書きたくはない話で先延ばしになっていました。その黒い時の扉をやっと、今月号から書き出しました。その新聞に書いたことについて電話してくれたのでした。「新聞読んだ・・・。あんなふうに思っとったの?ぜんぜんそんなふうにみえなかった・・知らなかった・・。」あわてて、「そうなんやて。あれを読んで、おんなじ反響が多いんやて。きっと、みんなの目には明朗活発の女の子にしか見えてないと思うから、びっくりしたと思う。あれは、わたしの心の中で思っとったこと。こんどの新聞には、そのことから書く。心配させてごめん。(と、行ったか言わないかは忘れちゃったけど心の中ではしっかり言った。)でも、そう思っとったのは事実やで。」「・・なんでや・・そんなことは・・ぜんぜん・・」そんなことを何か言ってたけどあとは忘れた。心配してくれる友だちが日本列島の最南端にいてくれる。恥ず嬉しかった。心の中の黒い時は、しっかりこれからも読んでください。わたしが何を感じながら生きていたか。だれにもそんな風には見えなかっただろうけど。それから岐阜基地に行った話になった。「自衛隊反対じゃ、なくなったの?」「うん。戦争は反対やけど、自衛隊が本戦に行くことがないようにせんといかんとおもっとる。」それからいろんな話をした。「書くなよ!何でも書くだろう」と言うから、「書くなと言われたことは書かんって」といった。そうなんやあ。まだまだ知らんことがっていうか、勘違いしとることばっかりやなあ。カップラーメンは書いていいって言ったから書こう。「俺たち整備隊は飛行機が7時に上がればそれよりももっと前に行って仕事する。」み「しっとるよ。みたもん」「うん。ナイト飛行があれば帰るのは、10時11時。その仕事に手当てはつくと思う?そういうこと質問した?」み「しとらん。」「聞いてみて。今度。なんもつかんし、カップラーメン1個だけん。昇給は3年に1回。しかも長年働いてもわずかなもの。」み「そうなんやあ。最近、基地に行く前のわたしが言ってたことを、人が言うと、怒れてくることはある。誰の税金使って!!なんてすぐ言うけど、自衛官が贅沢をしているようには見えない。まったく逆。知らんくせに言うな!って、腹が立ったりね。」「それでも、なにかあったら、すぐ攻撃の的になるし。」み「そうやな。あれだけ安全に安全を重ねて仕事しとるけど、やっぱり事故はある。あったら、いかんことだけど、そこだけを攻め立てて。そういえば、自衛隊入ってすぐにさ、いっとったよねえ、交通違反をしたら、大変なことになるって。」「あたりまえだろう。国家公務員は何か調べてみい。飲酒運転したら、一発でクビ。懲戒免職やし。」み「こどもってさあ、大人が思うあたりまえのようなことを質問するんやて。おもしろいなあ。迷彩服を何で着てないんですか?って」「だいたいもっとらん。迷彩服は。着てるのは作業服。(笑)陸上はもっとるかな。支給される制服やしね。マニアの方が、いろいろもっとるかも。(笑)マニアを見て、あれが自衛隊なんて思うなよ。」み「ちょうど今、男たちの大和を借りてきてみとったの。あの映画ってさあ、見た若い人たちが、仕返しをしたいとか、くやしいとかかっこいいとかって言ってるって聞いたから、見るつもりなかったんだけど、たぶん、岐阜基地へ行ってから、今はどんなものでも自分の目で、しっかり真実が見れるって思えるんだ!」「そうか。まだ全部見とらんなら、言ったらだめだね。」あの映画の監督が言っていた。見た人が、話題にして議論すればいいって。そうやって考えることが大事だって。今はいろんなことが見える気がするし、わからないことは知ればいい。ただ、それだけのこと。人から聞いた話だけは、聞いた話でしかないこと。こうして、世の中について語れる友がいて小川の町で育って、本当に良かった。まだ見たことがない沖縄の海をこの眼で見てみたい。
2006年09月11日
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そういって今しがた帰っていかれたご夫婦。猫も好きだけど、この店と趣味があうとご主人。「変わった店だね。何やさん?」よく聞かれるけれど、答えて欲しい答えを言う。(笑)気に入ってもらえて よかった。猫展の絵付けは黒田一楽さんが書いている。とっても、おもしろくて、優しい方だ。有田に行くと、奥様がりおんにめずらしいお菓子とジュースをいつも出してくださる。佐賀の地元のお菓子だ。懐かしい味がする。・・・ちょっと思い出したので・・やっぱり九州はいいなあ。
2006年09月10日
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「猫を見に来ました」「ゆっくりじっくり見たいから、猫を見るなら 独りがいい」今もそういいながら、独り入ってこられます。そういえば、猫を見にお独りでいらっしゃる方が多いです。みんな温かい思いを抱いて猫が好き。そんな風に猫に引き寄せられるのですよね。うちの子「しましまだったの。しましまある?」それで思わず、「はい。つばき柄とか、たこから草の模様のねこちゃんも!!ざくろの模様までいますよ。」なんて、とんでもなく失礼なことを言ったと後で、お話を聞いて後悔です。「ほんと!バラの柄の猫ちゃんもいるのね」なんてお話をあわせていただき、感謝してます。猫を通じていろんな方の心の奥にそっとふれれる、今回のイベント猫展はすばらしい企画です!!
2006年09月10日
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猫ちゃんが死んじゃったの。15年生きてたのよ・・・。猫展では、愛していた、猫の、いや、現役猫ちゃんの話もいっぱい聴けて、毎日がドラマです。短編小説がかけそうなくらい、猫って、人間と深くつながりますよね。犬もそうでしょうけど。アンケートに「犬展やって!」と書かれた方も(笑)とにかく、そんなこんなで、けっこう値段の張る猫たちが買いやすいものよりも今は売れていますよ。こんな光景は東京ではよく見られるよとさっき電話で黒田一楽さんに追加注文したときにおっしゃられてました。「岐阜のお客様の有田を見る質が高いね」って。いいものはやっぱりいいものですよ。
2006年09月10日
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りおんにきのう「太陽」を見に行ったことを話したら、「どうだった?感動した?」と聴いた。「感動はしんかった」というと、「あーー。お金がもったいない」というからみ「かんどうってったって感動する映画じゃないもん。」り「ほらね!」もうーーー違うって。説明できずにいらいらする。り「もういいわ」いや、いいって言われても・・・とにかく、内容よりも映画館。「49番」の番号札を持っていた私。「1から3番の方~4番から7番の方~」3人づつを中に入れていきます。狭い映画館の前の道路は人でいっぱい。「~49番」呼ばれて札を手渡して中へ入ります。なにここ?ちょうど教室を一回り小さくしたような部屋。スクリーンも黒板くらい。いすが7×7で49席。中に入れば自由席です。ぎりぎり、1席、一番後ろの端から2番目に座れます。他の、まだ外でごったがえす人たちはどうするの??「~73番」もう椅子ないやん。補助イスが、狭い通路にびっしり置かれます。私の横の補助イスに座る人が、「かろうじてイスあった・・・」とつぶやいてます。もう椅子はない。「74番、75番、76番の番号札の方・・・」まだ入れるんだ・・。全員入れるみたいだ。そんなに横の通路も後ろの隙間も広くはない。74番からの人は、全員 立ち見だった。すごい!!ぎゅうぎゅうに立ってる。なんだかどこの国かわからないような音楽が流れている。とっても緊張する。みんな、ペットボトルの飲み物でさえ、遠慮がちに飲み、食べ物なんてとんでもない。という雰囲気だった。終ってからも、誰一人席をたたず、(あれはみんな座ってるから立てないんだろうけど)最後のロールが終るまでいた。不思議な世界だった!!しかも、予告で10月に上映される大牟田(じいちゃんの里)の、三池炭鉱の映画も見たい!!他にも見たいのが二つある。ディアピョンヤンっていう、大阪で暮らす在日家族の話。世界中が、この父に泣いて、笑った難波のおっちゃん。在日なんて言葉は、監督の、このおっちゃんの娘のプロフィールにだけカッコでちょこっと書いてあるだけで、どこにも書いてないのが魅力的。「在日」なんて私たちが作り出した、日本人向けの言葉なんだってそれだけでも思うし。つまりバリバリの差別用語だよね。人間としての。それから、マニアックな鉄道物。その3点を見たい。・・・と言うことは、この不思議な映画館のとりこになっちゃうってことかしら・・・なあんてちょっと考えて、ブルぶるっとした私です。
2006年09月10日
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私が、今回一番お気に入りだった猫。きのうお休みしてたら、売れちゃってました!!どうやら、7日の木曜日の中日新聞の西濃版にこの写真が載っていたらしく、この猫を見たいといってこられたお客様が多かったとか。私が、売約済みを張っておくわけにもいかないし、でも、もうひとつ狙っているものがあるのです。(笑)5枚の猫たち。この絵皿も最高にステキなのです。使うのがもったいないくらい。あつあつのおかずを載せるときに、「猫さんごめんね!」と言わなきゃ。
2006年09月10日
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駅裏の表とは違う人の動きにどきどきする。 映画を独りでみたことは最近多々あれど、ちょっとこわい雰囲気。 チケットを買ったら番号札をくれた。 よくわからないがドアが一つしかなかったので、時間になったら、札を渡すんだろう。 映画の内容よりも映画館に驚きドキドキしてる。
2006年09月09日
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本屋さんで野菜づくりの本をパラパラとめくった。靴の修理を出してたのを思い出して3階に取りに行く。 そうだ!「太陽」映画太陽は近くでは名古屋だけの上映だったことをふと思いだす。 駅のそばの映画館だという記憶しかない。 コンシュリュジュ?つまり案内のお姉さんにたずねた。 ガイドブックと地図をだしてくれる。 映画館はいっぱいある。 パソコンが目に入る。 ずうずうしいと思いながらも、検索してもらった。 見つかった! 次回上映時間は二時半から。 そういうわけで今日は「太陽」をみることになった。
2006年09月09日
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名古屋桜通の空です。 これから堀切辰一講演会のもろもろをメインで買いに来ました。 帰りに県美術館にでもいこうかな・・・なんて思いながらきたけれど、どこにも行きたくない。 じゃあわざわざ名古屋まで近くのお店にも売ってあるようなものを買いに来たというのか? あわてて言い訳を考える。量も種類もそろってるから・・・(笑) そんなんじゃない。 私は高速道路を走りに来たんだ。 この距離と信号にも何にも誰にも邪魔されない空間は私にとって必要な時間。 家でもどこか静かな場所も「考えて整理する」にはどこも不向きである。 鬼束ちひろを聴きながら、同じスピードで車を走らせるといろんなことが整理できる。 最近であった鬼束ちひろの声も歌詞も邪魔にならず、わたしの世界を広げてくれる。 夢中になる曲であってはならないし、まったく発想やイメージが浮かばない曲でもだめだし。 わたしが壊されず感化されず広がるいま一番鎮静効果の高いCDだ。 この空間でいろんなことを考え落ち着きフクラマセル。 何しに名古屋へ? ほんとにばかなことしてるとお思いでしょうが、そんなわけですから、もう帰りたいと思うのです。 別にこれといった用事はないのです。でもせっかくなのでタカシマヤにきました。 帰りの車でまた癒される。 自然が美しい場所はそれに心動くわけで、そうであってはならない、宇宙空間はわたしの大切な独りの時間です。
2006年09月09日
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きのう、プールにいったっとき、本屋さんの前をとおると、「あった!」「でてる!」和のしつらいを楽しむ7が、本屋さんに光って並んでます。うっわーー。この本に載せてもらったんだ。宣伝の少ない、ほとんど写真ばかりの素敵な本です。最初のページをぱらぱらとめくり、今回は京都の特集なんだ。京都は好きなので嬉しい!!この秋号にのせてもらって。と思いながら、反対から見たほうが早いな。と、裏からみると、本当に最後の白黒のページにちょこんとのっていました。カラーじゃないか・・・やっぱりな・・・それでも、こんな季節の季刊誌に載るってことは、白黒だろうが、小さかろうが、保存版になる本。すっごいことじゃん!!と感謝するのでした。いやあ、素敵な本ですよ。今店頭に並んでます。
2006年09月09日
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ウェルカムボードもございますよ。猫の絵は有田焼で焼かれて、板に貼り付けてあります。ゴージャスです。そしてこんな小さなキーホルダー、根付、ケイタイホルダーまで正真正銘の有田焼なのです。
2006年09月08日
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九州から堀切辰一氏(81歳)をお迎えして 祈念講演 決定!!堀切 辰一 講演「布のいのち」~布が語るいのちの尊さ~とき 10月20日(金)開場: 午後6時45分開演: 午後7時 会場:大垣市スイトピアセンター 学習館2階 スイトピアホール(200人)所在地: 岐阜県大垣市室本町5-51 0584-74-6050入場料: 一般800円 (中学生以下入場無料)講演会: 10月20日(金) 午後8時30分より 講演終了後サイン会もおこないます。連絡先、チケットお問い合わせ主催: 子どもサポートネット大垣(風地蔵内) 0584-73-0052子サポHP http://kosapo9.hp.infoseek.co.jp
2006年09月07日
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たまにコメントをくれるまささんは、なんと、同郷。同じ熊本人は数多かれど、小川町出身なのです。インターネットで、知りました。今日のコメントに「愛猫のルパン」のブログがあると教えていただいたので、さっそく検索。ところが、出てきません。やり方を教えてもらって、さっきぜーんぶ読んでしまいました。暇?暇じゃないですよ。仕事はそっちのけではまってしまった!!(笑)いやあ、涙が出ました。みかちゃんちの猫もこうしてカタカナで話をするんだけど、猫の気持ちってジーンとしますよね。皆さんにもぜひ読んで欲しいので肝心なことは言いませんが、それだけの年数をともに生きているなんてそれだけで胸がつまりそうでした。そのブログへはコメントをかけずに、今こうしてここに書いております。「猫のルパン」のブログへの行きかたは、Yahoo!JAPANの画面から、http://blogs.yahoo.co.jp/masahoo65を検索すれば、「デジカメ持って散歩」のブログのトップページにでます。そのトップページの左側にメニューが縦に並んでます。その下の方に「+お気に入りブログ」があります。そこをクリックして下さい。一番下に「ルパン日記」がありますのでクリックしてください。二人で、片寄せあってたくましくステキに毎日を生きていらっしゃるのがわかります。感動しました。
2006年09月07日
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夏休みの心はあふれんばかり。ブログにも順不同で書ききれませんでした。今回のタイトルはあたらしいweekの呼び名じゃありませんよ。その日1日の出来事です。「火 土 水 日 木 風 汗 愛」おとまり会には月もあったけれど、昼間のデイキャンプの下見。高学年だけの日。りおんの幼馴染のやすくんと、必死に火をつけ、火の番人です。火はつけただけではだめ。目を離さずに育てなきゃ。と教えてもらい、ずっと火の番をしていましたよ。本番のデイキャンプではばっちり、火の番人ができる二人です。飯ごうのごはんはとってもおいしかったことでしょう。
2006年09月07日
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ちょっと影になっちゃいましたが、眠り猫です。いろんな模様があるのでまた写真撮りますね。
2006年09月07日
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いろんな猫ちゃんたち。どの猫ちゃんが好きですか?好みはおもしろいもので、人によって「かわいい」と見つめるのがやっぱりちがうんですよね。それを見るのが密かな楽しみだったりして。(笑)やっときのう、新聞社、ケーブルテレビにも依頼。朝日新聞は、今日か明日のせてくれます。宣伝が送れちゃいましたが、ブログでは、一足先にお楽しみください。
2006年09月07日
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おまたせしました。九州有田焼きの絵付師黒田 一楽さんの「 猫展 」はじまりました。右手、左手を上げている招き猫も勢ぞろい。 マグカップの猫の絵はどれもダイナミックです。個人的には月の中にいるような黄色の猫が好きだなあ。そして、おしゃれな形の猫の香炉。まだまだ盛りだくさん紹介していきますね。九州よりやってきた猫たち。風地蔵は猫づくしです。
2006年09月06日
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教育長と対談。二度目の対話。うーん、これでいいのか?と思う内容。詳しくはあえて書かないが、興味ある方は個人的に聴いてください。今回、子どもを追い込んだ元となる、習熟度についての、差別発言をすべてプリントアウトし、資料としてお渡しした。その後、子どもたちがどうなって行ったかも具体的にお話した。「習熟度についての考えかたは人それぞれある」と言われるので、「こども同士、親、教師に広がる深刻な差別問題の事実があるかぎり、考え方はそれぞれあっても、苦しんでいる事実がある限り、子どもにとって何が一番いいのかの真実はひとつだ。」と言い返した。まったくもって、事実苦しんでる多数の子どもたちがいる中で、いまや習熟度別授業は賛否両論なんていってる場合じゃないんだ。うちの校長のほうが、極めて事の次第の重大性を感じ取っているし、子どもに寄り添おうとしている。「いったい今のこどもが何故そうなるのかを逆に聴かせてほしい」と言われた。危機感がない。親が苦情を言いにきたとしか思ってない様子。「うちの子」の話ではない、大垣市全体の、全国的にも似たような状況下の話なんだといっているのに。とにかく、何度も言うが、「北の校長は今の現状を真摯に受け止め、こどもが主役で、こどもにとって何が大切かを判断できる、数少ない素晴らしい校長だ」と主張した。 「じゃあ、わざわざ私に話しをしにこなくてもそんなわかってくれるいい校長先生がいらっしゃるなら、それでいいじゃないですか。」と言われた。 私たちが今話してるのは個人を越えた問題であることを、今年にはいってからの事件を例に挙げ××××と、事件の内容を詳しく話した。全国のニュースにでてもおかしくない事件である。それは大変だとその件には非常に反応され、聴いてみると言われるので「なんのために!私たちはそんなことを頼みにきたわけではない。その件はすでに、教育長じきじきに聞かれなくても、子どもたち、担任、関わる親と話を重ねて、今、ターゲットになった子どもはうちの子の大親友になっている。そして、子どもを真ん中にしたわたしたちが、手を取り合ってなんでも相談しあえる信頼関係をいま校長先生を含め、つくりあげているのだから、そこで教育長が校長に事実確認をしたら、この関係はがたがたと崩れてしまうだろう。そんなつもりはない。そして、今後も自分たちの子どもの学校だから大人として、しっかりみていくし、何かあったらそのつど考えていく。」と言ったら、安心されたようで、それは信頼関係を尊重してくれ、「わたしは何も聞かない」と言われた。「その時々で各学校にあったやりかたを考えていってほしい」と。「わたしたちがここに来た理由は 教育長こそ、トップにいるわけだから、現在の子どもたちの真実の姿、状況を把握し、いろんな意見を言う親を向くのではなく、こどもにとってなにがいいかの真実はひとつしかないのだから、常にこどもを主役として見ていってほしい。そしてこどもも教師もゆったりと授業ができる環境を作ってほしい」と言った。「子どもが主役だとは、誰もが言ってるし、思ってる」と言われた。「うちの校長が子どもに大事ならとはっきり決断されたような校長とはあったことはない。残念ながら、事実、そうはなっていないから、他の学校でもこうした問題が、大小で方はさまざまで、起きてくるんだ」と言った。今後の動きをしっかりみていこう。今回、教育長と言う仕事は何なのかを考えた。今度聞いてみようと思う。
2006年09月05日
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夏休み前に、アポをとっておいた本日午後2時。大垣市教育長と子どもを語ろうと思ってます。4月に新任でこられた時に初めてお会いしましたが、そのときは、「来たばっかりなのでわからない」とおっしゃってました。あれから5ヶ月。大垣の子どもたちについて何を感じてらっしゃるでしょうか。今教育基本法改正問題が浮上する中、これ以上子どもたちを苦しめる上からの教育は許しません。今ここでしっかりと話をしてこようと思います。子どもたちの現実を伝える義務と子どもたちがゆったりと学べる環境を作る義務が私たちにはしっかりあると思います。9月4日 午後2時会談。何かが変わることを信じて。
2006年09月04日
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どうしてもいるものがあって、名古屋の仕入先へちょっといってすぐ帰ってきた時のことだった。「ノート買いたい」とりおん。「どうぞ」り「よかった。かわいいノート見つけたんだ。それに、自衛隊のこと書こうと思って!」と走って売場へ行った。いま何って言った?自衛隊のことを書くって言ったよねえ。ねえ、皆さんも聴いたでしょう。この耳ではっきりと。自衛隊のことは、あの7名の子どもたちが感じたことで充分だって、そう思ってたから、何かを書かせたり、聴いたり、発表させたりしないって、そう最初から決めてたからびっくりした!!自ら言い出してくれるのなら反対する理由なんてない。「どうぞ!どうぞ!」帰りみち、真剣に書きながら目をちょっと上向きの左に右に考えてる様子がバックミラーに写る。すっごいかお。まるで水を得た作家だ。(みたことないけど)一気に書いてる。り「ちょっと読んでみるで聴いといて。」あれだけ時間かかってるのにまだバスに乗っていったこと。切符を買うのが楽しかった。それだけだった。そして高速に乗ったら、すぐ寝てしまった。つかの間の作家人生だった。ところが、店に帰ったら、続きを書いている。庭の見える特等席にふんぞりかえって。さて、どんな内容なのでしょう。私は、バスに乗って、電車に乗って、自衛隊へ行きました。消防自動車を見て、戦闘機を見て、話を聴きました。楽しかったです。・・・・・・・だったらどうしよう・・。さっきの出だしからはそんな感じだ。りおんがのるときは、年に1回あればいいほう。そのときは絵にしても、文章にしてもすばらしいものが出来上がる。今日は、その日でありますように。「あーー。つかれた」とまだ言わずに書いてるみたい。向こうの部屋で。
2006年09月03日
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例えば最近読んでいるもので言えば、平和関連のしんぶんに雑誌、本、がいっぱい届く。その中で自らよみたい!と思って申し込んだのが、最近発見した「自然と人間」という月刊誌です。これは、たまたま図書館の古くなった在庫本処分で見つけた本でした。毎月、毎月がすばらしいとは思わないけれど、他の書き物と違うところは、「考えたくなる本」だということです。他のものは、すべて答えが書いてある。小泉批判や、格差社会、すべてそのとうりだと思うことが書いてある。最近読んでる毎週届く本なんて批判が強すぎて、気持ち悪くなってくる。これって言葉を置き換えれば、平和を純粋に願う考え方というより、すべてだとは言わないけれど、まったくバッシングするための本のようなもので、読者らんに書いてあった言葉が物語ってるといえる。「世の中の不合理なことを、どんどん摘発して欲しい。より多くの人に真実を知らせることが、世の中を変える行動力になると確信している」そんな言葉だった。誰が摘発するの?この本によく出てくる平和著名人が?それを読んで、そうだ!そうだ!と唱えたら、どこかの摘発してる人たちとおんなじことでしょう。自ら考える。答えをお盆に載せて毎週運んできてもらったって、それが真実かどうかなんていったい誰にわかるというの?私がはまってる自然と人間だって、???と思うことも多い。でも、答えをしっかり出してないというか、言い切らないというか、客観的さがすっと入る理由になってます。もちろん、編集長の思いが強く出てくるシーンもありますが、これはやめたほうがいいと思う。自衛隊の写真だって、見方を変えればこうなるのか?と思う物だってあるけれど、わたしたちは自分の足で行って確かめたので、どこがどう違うのかをはっきり言葉にしてまではいえなくっても、違うんじゃないの?ということはわかる。これってすばらしいことだと思う。私はこの本で、世田谷プレーパークにまで行きたいと思ったのだし。ひれ伏す、称える読者にはなりたくない。本から真実というフィルターにかけて??疑問?ををつかみとる力をもち続けていたい。悲しいことに、テレビでは、あまりにも決めつきすぎが見えみえで、考える気にすらならない。本が権力を持ち始めたら、それはまったく、私たちが一番願っていない、争いと、真実を曇らせることになるだろうと思う。批判と反対からは行動力なんて生まれっこない。誰かを奉(たてまつ)ってしまわないで、自分でやろうよ。考えようよ。こんな本に出てくる人が、すべてを知ってるなんて誤解しないで。あくまでも、考えるための資料であって欲しい。言いも、悪いも。自分のことだと思えた瞬間から見え方が変わってくる。愛が いのちが 感動が、エネルギーを生み育てる。私は心からそう思う。
2006年09月03日
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今、目がさめてしまった。まぶしい。あつかった。喉が渇いた。テレビをつけてみた。訳のわからない番組をやっている。気持ち悪い。今夜は9時には寝ていたのに。夜はりおんと銭湯に行った。温泉にはよく行くけど、銭湯は2回目。夏休みにお泊り会で行ったところに今日も行ってきた。番台のおばちゃんが、「この前はにぎやかでありがとうねー」といってくれた。銭湯って「石鹸が届く距離」だって、どろんこのお母さんがこの前言っていたけれどこじんまりしたこの空間はなんだかお気に入りになってしまった。お風呂から上がり、外で涼みながらりおんをまつ。番台のおばちゃんが「もっとゆっくりしてってよ」と声をかけてくれるのが、また嬉しかったりする。今夜も月はそんなふたりをほほえましく見つめてくれている。
2006年09月02日
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