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少しだけ応用数学の話。ネットワーク技術の話というほうが近いかな。しょせんは素人向けの話ですが、教科書チックな話し方で盛り上がりに欠ける。小難しいところもある。興味のない人にはちょっと眠いかも。応用数学はいろいろな分野で世の中の役に立っていますが、研究しているご本人は単純に美しさを求めているような気配があります。なんとなくこういうのが好きです。数学科卒ですからね。なんでこんな仕事やってんのかなと思うことはあります。「向いてねーよ」と思うことはもっと多いです。でもまあ、こういう話に抵抗感がないテープ起こし者は、そう多くはないかもしれないと思うと、その辺に私の存在価値もあるかもしれないよね。この手の仕事がくるのが年に1回だとします。これを2日で仕上げるとします。2÷365≒0.0050.5%の存在価値ってことかな。 つーか、こんな計算無意味だろ。
2005年09月28日
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急に出掛けることになる。告別式はそういうものだから、しようがない。ちょっと遠出。ざっと粗起こししかしていない状態で、仕方なく電車の中でチェックする。本来なら、一度聞き直しをしつつ画面校正を先にするのだけれど、誤字脱字と文脈の変なところを両方直していく。ざっとこんな感じ。字が読めないように手ぶれさせて撮った写真なので、赤入れもよく見えなくなっちゃったけど。一度しか聞いていない上に、変なしゃべり方をする人なので、テンの位置の変更が多い。数えたらこのページには25カ所も修正箇所があった。こんなのあとで入力するのは面倒だけど、紙校正のほうが修文というか、整文というか、リライトというか、はわりと楽。(私はね)
2005年09月26日
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久々K星人登場だわさ。 食べること、それを、食べる力をつけ……、の核になって、 自分を大事にする気持ちとか、そういうところに焦点をあてて……ううう。「途中で気が変わるK星人」かな。「途中でもっといい言い回しを思い付くK星人」かな。ちゃんとしゃべらない人に、丸起こしの原稿をつきつけてやりたい。いわゆる文法的にめちゃくちゃなしゃべりに、私は非常に寛容です。わかりゃあいいんだ。むしろめちゃくちゃにしゃべることでわかりやすくなるならば(そういうことも多々ある)、文法なんかクソ食らえだと思う。けど、語尾、文末をおろそかにして、どんどんしゃべり続けていく話し方は、やっぱりだめです。上記のように、主語というか、主題の言い換えをしていくと、述部は辻褄の合わない方向に向かいます。ネイティブの日本語スピーカーは、述部なんか聞かなくても文意を理解できますが(なんか凄いよね、そういうのって)、気持ちの強さまでは推し量れない。気持ちの強さが乗らないと言葉が滑る感じですね。案外、ある程度しゃべりなれた人に多いです。「これはどうした」とか、「こう思う」とか、最後まで語れ。これは話術の話じゃない。腹をくくれってことだ。
2005年09月25日
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現場録音中……。 ピピ ピピ ピピと腕時計が鳴り出したので、えっ、なんでアラームがセットされてるの? 慌てて消す。なぜか10分後に、 ピピ ピピ ピピぎょっとして、また消す。どういうわけか、また10分後に、 ピピ ピピ ピピいったいどうしたらこの時計のアラームは解除されるの?何回かやったあと、どうにか解除された……らしい。
2005年09月24日
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マイクを買う。好感触。「業者さん」と呼ばれた。ちょっと違和感あり。激面白い会議。やる気満々。文字にすると色あせてしまいそうな部分あり。ちょっと思案中。
2005年09月22日
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150分テープに1分しか録音されていないこともある。150分の請求をするわけじゃないよ。ただ、時間が空いてうれしいってことさ。あれ、やっぱりあれは3時間強になったってことだな。3本の内訳が、120分、80分、1分というのはどうなんでしょ?
2005年09月21日
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それぞれの会社が独自のやり方をしていると思うので、私は私の知っている範囲のことしか言えないのですが、テープ起こしなるものを始めたときからお世話になっている事務所では通常、事務所でダビングしたカセットテープをわたしてくれます。テープ起こしの事務所の考え方はこうでしょう。何かのアクシデントがあって、・オリジナルテープが行方不明になる・オリジナルテープが破損する・作業者が納品しないということが発生した場合、元のクライアントに納品するためには、事務所内で作業が完了できるように、オリジナルテープを手元に残しておくことが必要である。仕事を始めた最初の数カ月、事務所に通っていたので、私はかなりのことをOJTで学びましたが、普通いきなり在宅で仕事を委託される人は、納品の実務以外のことを教育してもらうことは少ないだろうと思います。わたされたテープのバックアップの必要性について、教えられたことはありません。カセットテープをダビングするには、それなりに機材(=技術とコスト)も必要ですし、要するに「バックアップは事務所でやりますから、委託作業者はやらないでいいです」と言われているようなものです。つまり、アクシデントに関しては事務所がリスクを負うということだろうと私は解釈しています。「ごめんなさい、テープ絡まっちゃったからできません」「ごめんなさい、子供が熱出しちゃったからこの仕事、やっぱり返します」というスタンスのワーカー(がいるかどうか知らないけれど)の仕事量を吸収する覚悟があるから、そういう教育をしないんだろうと解釈しています。たまに、どうしても担当者が見つからなかったのか、違う担当者から急ぎの仕事が入ってくることがあります。お互いに知らない人間なのに、オリジナルテープを送ってくる。「宅配便に乗せる時間が間に合わなくて、オリジナルのままなので、そちらでダビングしてくれますか」などと言われることはありません。勇気があるのか、恐怖心がないのか、どちらかですね。宅配便の袋を開いてオリジナルテープが出てきたときには、「どひゃーん」ですが、自分の判断でダビングしてから作業します。たまたまダビングの終わりに、オリジナルテープが切れてしまったことがありました。こちらのダビングテープも一緒に返却して対応しました。恐怖心のない担当者に、感謝されることもなく、淡々と処理されました。私個人は、その手のリスク管理の知識は、個人営業のネットワークで学びました。「接着されているカセットは割って壊して、ネジ式のカセットに入れ替える」とか、「そのためには、普段からネジ式のカセットをストックしておく必要がある」とか、「眼鏡用の小さなドライバーやラジオペンチも必要」とか、「テープが切れたら、裏からセロハンテープでつなげば大丈夫」とか、知っていれば慌てないものです。ああ、うまくできるかどうかは別ですよ。テープを傷つけないようにケースを割って、クシャクシャの絡まったテープを巻き直すのに、1時間以上かかりました。大変だったよ。「いやーん、こんなのできませーん」と放り出すほうが、生き残れる可能性は高いかもしれませんけれど。
2005年09月20日
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絡まりテープの分は納品したので(と書いている今日は20日ですが)、少し気が楽になって、静岡日帰り旅行の話など少し。「さくさく堂」という名前がどこかに書いてあるのは全然構わなくて、よそさまでコメントされていたりするのを見つけると、ドキッとはしますが、「勝手に書いて~」とは全く思いません。それが公開しているブログを書く人の覚悟だと思うのよね。でも、そうでない人の名前を勝手に出すのはどうかと思っているので、私がどこの誰とどのくらい仲がいいというのは、ブログを読んでもわからないかもしれないですねえ。優さんが静岡からもうすぐ戻ってくる予定なので、その前に遊びに行こうよ、ということで企画された静岡旅行です。やっぱり個人でやっていくとなると多少は横のつながりが必要になってきます。最初はオフ会なる、ある程度フォーマルな集まりをやって、それからだんだん個人的なメールのやりとりが始まり、少人数で会うようになっていきます。メールのやりとりだけのお付き合いの人もいますね。会えば簡単にスルッとわかるようなニュアンスの部分を文字に乗せられる人かなあ。そういう書き方は少し冗長で、理屈っぽい書き方になるし、やりとりの回数も必要です。そのプロセスを丁寧にできる人とは、メールだけでかなり懇意になれます。だから、旅行の約束までできる付き合いの人と、メールだけの人と、どちらが仲が良いかというのは単純に天秤にかけることはできないのだけれど、一緒に出掛ける人は、既に「仕事仲間」というよりは「友達」です。最初のころはもう少し仕事の悩みや相談をしていたと思うけど、それぞれのお客さんの話は当然あまりしないし、最近はどういう業種のお客さんが多いか、ぐらいしか見当がつかないなあ。今回も具体的な仕上げの話になったとき、結局「ふーん」で終わってしまったもの。何を求められているかという部分まで詳しく話すわけではないから、いいも悪いもコメントのしようがないんだな。自分よりたくさん受注していたり、たくさん稼いでいたりということに対しての羨望はなくなっていて、仕事以外のことをいかにこなしているかに対して羨望するようになりました。「そんなに○○をやっているのに、いつ仕事してんのー?」気分的には仕事が最後の砦みたいなものです。だいたい同年代なわけで、降り掛かってくる諸要素の質も似ています。数年前にテープ起こしに参入したこと、フリーランスというスタイルを模索したこと、今後テープ起こしで食っていくのに障害になるであろうこと、テープ起こしを辞めるとしたら、そのトリガーになるであろうこと、そういうことがそれぞれ大差ないわけで、時代の中でしか生きられないことを実感します。そういう背景の中で、横のつながりが「仕事仲間」ではなく「友達」にシフトしていくんでしょうね。登呂遺跡の資料館で「高燥の微高地」なんて見つけたときには、「ねえ、これって書ける?」とか、たまたま持っていたICレコーダーやRioの見せ合いっこして、「いくら?」とか「お客さんはどこのが多い?」とか、そんな同業ならではの雑談もまた楽し。
2005年09月19日
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「3時間」だか「3本」だかということで、聞き間違いか言い間違いをしたりする仕事は、やっぱりちょっと不吉なわけで、久しぶりにテープの絡まり事故発生。バキバキにテープのケースを壊し、中のテープを取り出し、絡まっているテープをほぐし、ネジどめ式のカセットに入れ替える。……まったく。さあ、もう覚悟はできているから、もう一つぐらい何かあっても平気よ! くるなら来い!
2005年09月18日
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昨日の日誌で、いかに仕事が増えようとプライベート用の時間が削られていなかったのは、今日の予定が決まっていたから。仕事仲間3人で静岡に行ってきました。登呂遺跡 → ひつまぶし → 三保の松原 → エスパルスドリームプラザ → まぐろの目玉 → 日本平 → なす・黒はんぺんづくしというコース。途中、某所にて、「こうそうのびこうち」というフレーズを発見。「これって、漢字にするの厳しくない?」と二人に声をかけると、「確かに」とのあいづち。さあ、あなたは漢字にできるか?
2005年09月17日
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確かに「3時間」と聞いたんだ。心配性だから、納期の話をうっかり聞き間違えるはずはない。3時間ならいいかと思って「やる」と言ったら、テープが「3本」入っていました。120分とか150分のテープですけど。まあ、打診した人も、その時点では3時間を渡すつもりだったんだろうなあ。ゆるい納期なので、まあいいかとやり始める。三連休の時間配分は、昨日の段階で 仕事用:ファミリー用:プライベート用 = 1:3:2現在は 仕事用:ファミリー用:プライベート用 = 3:1:2うーん、今晩次第だな。
2005年09月16日
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テープ起こしした文章ではありません。会話文そのものです。シナリオに近いのかな。徹底的に息継ぎというか、時間の流れに沿ってテンが入っている文章です。商業誌の文章ではないので、いろいろ固有名詞とか改変してます。すみません。引用元を載せられないので。あっ、面白そうなところを引っこ抜いてきたから、会話はつながってないからね。 「うわ佐藤! すげー、びっくりした! だっておまえ、今日の朝北海道で、」 「ちょちょちょっと佐藤」 「ていうかおまえなんでオートロック抜けてココまできてんだよ?」 「うふふちょうど子供が出てきたからその時一緒に通っちゃった」 「でももう8時だよ? あいつ、すぐ帰ってくるって。佐藤君だって、知ってて、来たんだろ? 明日、あいつ、誕生日だって。」「言い訳、にしかならないけど……」テンだけじゃありませんね。マルとかびっくりマークとか、アイウエオじゃなくて記号の部分を、どうしても「読んで」しまいます。見事にテンのない文章と見事にテンだらけの文章と、書いていて楽しそうですね。ああチクショー、こんな適当なリズム感のある文章を書いてみてーもんだ。テン一つとっても、「話し言葉の再現性」と「書き言葉への変換」のせめぎ合いは果てしなく続きます。昨日、実際にテープで出会ったのは、息継ぎに忠実に書くとこんな言葉。 いまよりもっと進化していますちょびっと、……ちょびっとね。読みやすくきれいに直しちゃうと、 いまより少しは進化していますね。ぐらいかな。なんつーか、こうしちゃうとつまんないよね。少し堅く直すときは、 ちょっと → 少しにしてしまうことはよくありますが、この「ちょびっと」は捨てたくないなあ。そういえば、「ちょびっと」って全国区の言葉? 私は自分ではほとんど使わないけど、耳に入ってくるのは抵抗ありません。
2005年09月15日
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感想ばっかりでスマンです。妙にバイタリティーのあるじいちゃんを起こしています。信じらんない。このはっきりとした滑舌。入れ歯じゃないんだろうな。70歳すぎて、いまだトップギアに入りっぱなしの人って、案外自分の死に様に対する覚悟もちゃんと腹の中にあったりして天晴れですが、だからといって、こういう生涯現役のじいちゃんにポックリ逝かれると周りは困りますね。絶対いろんな引き継ぎができてないんですよ。ああ、不吉なこと言いました。すみません。このじいちゃんのトップギアぶりをいかに起こしますかね。ここで、彼の熱情を少しでも文字に乗せられたら、それも引き継ぎの一つ?ゲッ、やっぱりすごく不謹慎。
2005年09月12日
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今日は、いかにもブログ的な結論のない話。チームでやっている仕事があります。普通テープ起こし者は、誓約書などを書かなくても、「仕事で知り得た知識は口外しない」というモラルに縛られています。だから、チームやらグループワークなるものや下請けに出した人と、その仕事の内容について話し合うことはあまりありません。あくまで仕様について(レイアウトや用字、起こし方等)、あるいは部分的に「ここはよく聞こえないからそちらでも聞いてくれ」「ここはどう表現したらよいだろう?」という箇所について相談する程度のことが多いと思います。まあ、たとえ仲間内だろうと、仕事の中身について語り合うのは御法度というスタンスが染みついているのに近いかな。チームの仕事に関して、私は積極的にこの禁を破っています。もともと一緒に録音に行ったり、一緒に原稿作成しているチームで、守秘義務の問題はないのですが、「この講演の内容をどう感じたか」という部分を語ることが、よい原稿作成につながるかもしれないというインスピレーションがあって、「インスピレーションには従う」んですね、アタクシは。講演を聞いていると、一つの講演としての完成度、 「十分準備されている/いない」 「文脈が整理されている/いない」自分が内容をどうとらえるか、 「テーマに関心がある/ない」 「内容が理解できる/できない」 「主張に共感する/しない」人として共感するかどうか、 「話し方(声色・抑揚・声量など)が好き/嫌い」 「熱意がある/ない」などから、全体的に、 「この話は面白かった(面白くなかった)」 「この人が好き(嫌い)」という"印象"を持ちます。その後、録音テープを起こし、講演の際に聞き漏らしていた細かい内容まですくい出し、周辺知識を学んでいくと、「この話は面白かった(面白くなかった)」「この人が好き(嫌い)」という"印象"が少しずれていくことがあります。このずれは自分の知識量とか感受性の問題なんだろうなあと思うと、まあ、相変わらず未熟だわと落ち込みます。それから、「講演を生で聞いた人」と「私が起こした原稿を読む人」は、講演者に対して、だいぶ違った"印象"を持つと思うんですね。そういうの、どうしたらいいんでしょうね。
2005年09月11日
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木曜はフラメンコの日。最近初級クラスにも入ってしまったので、2クラス受講。なんやかやで一日つぶれるような気がします。ちょっととんがったことを立て続けに書くとストレスが多くて、昨日なんかマジ吐きそうでしたが、踊って少しニュートラルに戻ってきました。----「目的にあった起こしがしたい」なんて書いたら、「いま依頼している仕事の目的は~~~ですよ」というメールが来ました。同業者からのいわゆる下請けですので、私なんぞのブログも読んでくださるし、何を言わんとしているかも分かってくださるし、「自分は説明したぞ」というイヤミ(あっ、好意か?)も少し入っています。ありがとうございます。----1年以上前ですが、企業のCIやらM&A関係でトップインタビューを起こしたことがあります。その後それらの企業がどうなったかという近況のメールをいただきました。私の仕事としては、テープ起こしが終わった時点で終わっているのに、です。「あなたの関与したプロジェクトは、いまこういうふうに進んでいますよ」とおっしゃってくださっているようでうれしいです。----少しイメージの話ですが、誰かにプレゼントをあげるみたいな仕事ができたらいいと思います。どんなプレゼントをもらったら、その人がうれしいか、まずリサーチします。人によっては、「自分はこうこうこんなものが欲しい」と具体的な希望を教えてくれるでしょう。そういう場合は、一生懸命それと同じものを探して贈ります。プレゼントする人のことをよく知っていたら、「これを贈ったら絶対喜ぶだろう」というものをこっそり選んで贈ります。相手が喜んでくれるプレゼントをあげたい。そのためには、相手が欲しいもの、相手の好みのものを贈るのが一番ですが、プレゼントの醍醐味は、自分の好きなものを相手にあげることですね。「これは私は大好きなので、あなたも喜ぶと思って」といってあげたものを相手が喜んでくれたら、とても幸せ。そういうプレゼント(仕事)をするために、相手(お客さん)ともっとよく知り合えたらいいですね。----録音テープだけが右から左に流れる今のテープ起こし業界は、お客さんの真の要望も見えないし、テープ起こし者が音の悪いテープで泣いていることも見えない。音の悪いテープで、穴ぼこだらけの原稿を作ったって、テープ起こし者も苦労したわりにろくな原稿にならないし、原稿依頼した人も満足しないし、話し手だって不愉快でしょう。誰も喜ぶ人がいない。音の悪い録音は結構多いらしいということがそこここから聞こえてきます。音声加工は対症療法的に必要だとは思いますが、テープ起こし者はもっと「音が悪かったら、よい仕事ができません」ということを言っていかないと、雑な録音は減らないと思います。お客さんを責めるのではなくて、「どういうふうに録音しました?」「ICレコーダーなら、音声ファイルの音質を高いほうにしたほうがいいですよ」「今回はとてもいい音でしたよ。どこにレコーダーを置いたんですか。ああ、スピーカーの前ですね。次も同じところに置いてくださいね」「近くに携帯がありませんでしたか。電波の受信の音が雑音で入っちゃうんです。少し離しておくといいと思いますよ」「プロジェクターの音って結構拾うんですよね」そんなことが話せたら、きっとお客さんは録音のことを今より考えてくださる。そして、よい録音のときに、お客さんが想像していたよりも素晴らしい原稿が納品されたら……、世の中は少しだけ変化します。
2005年09月08日
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音源を二ついただいて、うっかりよく聞こえないほうで起こしてしまった経験はありませんか。私は間抜けなので、何回かあるんです。「メイン」と「サブ」とあって、確認せずに「メイン」で起こしてしまうとか、MDとビデオをいただいて、MDから起こしてしまうとか。全部起こし終わって、もう一つのほうで聞き直しをしたら、「あら、こっちのほうがよく入ってるじゃない」と。そういうとき、音が悪いといかにとんでもない聞き間違い、聞き落としをしているかに愕然とします。音声加工ソフトは、私はあまり詳しくありませんが、周波数単位で音をカットします。何か特定の周波数の音(レコードのプツップツッという音や連続的な機械音など)が人間の音声と違う周波数ならば、カットすることができます。同じ周波数の音はカットできません。カットしたら、聞きたい声までカットしちゃうものね。だから、録音機の近くでヒソヒソしゃべった声が、遠くの講演者の声より大きく入っている場合、ヒソヒソ声のほうだけカットすることはできません。くしゃみもだめね。もともとの録音がだめなら、いかに音声加工をしても、全部音を拾うことは難しいと私は思います。そのわりに、「加工したら、だいぶ聞こえるようになった」「全く聞こえなかったのに、聞こえるようになった」という話題はネットではよく見掛けるようです。これ、実は20%しか聞こえなかったものが、40%聞こえるようになったとか、50%しか聞こえなかったものが70%聞こえるようになったとか、そういうレベルの話ではないかと思うんですが、知らない人が見たら、音声加工で100%聞こえるようになると勘違いしませんかね。聞こえない音が、少しでも聞きやすくなるとうれしいもので、その手の話題は少し興奮しているものもあります。まるで魔法の話でもしているように。でも、魔法の話をしている人たちは、最初から音のクリアなものと音声加工したものと、どちらがありがたいかというと、音のクリアなもののはずです。しょせん聞こえないものは何をやったって劇的に聞こえるようになるわけではないからです。私は二つのことを考えています。一つは、音声加工技術の素晴らしさがまことしやかにネットで出回ることによって、録音者が録音に対して雑な考えを持つのではないか、ということ。「録音なんかどうだって、音声加工でなんとかしてくれるんでしょ」「音声加工ってなんかすごいらしいから、録音は適当にしておけばいいんだよね」という人が出てくる可能性があるということ。さすがに、そのような「音声加工神話」が広まったから、雑な録音が増えたとまでは言いませんが、Wordや一太郎が使えるのと音声加工ソフトが使えるのは同じレベルの話で、少し騒ぎすぎではないかと思います。もう一つは、音声加工技術で、50%しか起こせなかったものを70%起こせた原稿は価値が上がるのか、ということです。音がクリアなものよりずっとずっと長い時間と労力をかけて、テープ起こし者は作業しています。音声加工ソフトを導入し、その技術力も提供しています。もともと50%しか起こせなかったものを70%までアップさせました。それで原稿の価値は上がりますか?上がる場合もありますね。ありがたいと思うお客様もいます。でも、「70%では原稿として役に立たない」という場合もあります。私は、「70%では原稿として役に立たない」と考えるお客様とお付き合いしたいです。100%ストレスなく音を拾えた段階から、テープ起こし者の仕事が始まる、そういう仕事がしたい。そこの部分に価値を見いだすお客様と仕事がしたい。あれあれ、もうちょっと続きますね。
2005年09月07日
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結論編です。記録を残すのには、理由があります。ある会議では、「それじゃ、うちで金を出しましょう」と言った、その口約束を確固たる証拠として残すため。ある教祖の講話は、その教えを広めるため。(もうちょっと下世話に言うと、講話の書籍を購入していただくため)あるシンポジウムは、資金をどのように使ったかというアピールのため。そのための手段としてテープ起こしが使われていると、私は考えています。私は、「はい、完璧なテープ起こしができましたよ」ではなくて、「はい、これで証拠になったでしょ」「はい、これなら本売れるかな」「はい、シンポがいかに行われたかわかるようにしておいたよ」というニーズに[テープ起こしで]応えられたらよいと考えています。お客様自身が、「自分のニーズはテープ起こしをしてもらうことだ」と思っていることがほとんどでしょう。でも、テープ起こしは手段であって、目的ではありません。お客様自身が気がついていない、潜在的なニーズをいかに掘り起こすかという部分を大切にしたいのです。少し強気で言うと、テープ起こし業界は、外注、下請けというスタイルが浸透する中で、そこの部分をおろそかにしすぎてきたと思います。どのような原稿をお客様が求めているかという視点なしに、[そのお客様にとって]よい原稿を作れるわけがありませんね。それをもうちょっと広げて、「そもそも原稿が欲しいわけじゃないだろう」と。「何かに使うために原稿が必要なんだろう」と。万が一、何がしかの代替手段があって、それがテープ起こしよりお客様の目的に適っているのだとしたら、私がテープ起こしを受注することにこだわる必要はありません。「お客さん、これ、テープ起こしじゃなくて、こっちのほうがいいんじゃない?」と私は言いたい。昨日の日誌で、もしお客様のニーズが「音声加工だけ」ならば、テープ起こしは不要かもしれないと書いたのはもちろん極論で、普通そんなことはありませんが、シミュレーション的に「テープ起こしが不必要になるケース」として書いてみました。「音が悪いときどうするか」とか、「音声加工」という話になると、どうもそれ自体に話題が流れがちですが、今回は本質的には関係ないので触れないでおきます。でも、別な話題として、録音不良については続けて書こうかな。
2005年09月06日
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続きです。この前[9/1]の「ある仕事の依頼」をした人を、私は直接知りませんので、依頼文を読んで勝手に想像したことを書きますね。「会議に出て、話題の内容もよくわかっている自分が聞き取れないようなものは、もうプロに頼むしかない」と思ったわけでしょう。「プロは何かすごい機械で使って、録音レベルの低い音を鮮明にすることができるんじゃないか」と考えているのかなあと想像したわけですよ。完全に仮定の話ですからね、そのつもりで読んでください。私が考えたいのは、お客様の隠れたニーズです。「テープ起こしをしてください」と言っていますが、実は「音声加工をしてください」が隠れたニーズかもしれないなあと。音の加工というものは多少はできますが、実際はそれで音が浮かび上がってくるようなことは少ないんですね。音声加工なんてその程度のものです。もし、お客様が「テープ起こしのプロは(というか、音声加工のプロだね)、何か素晴らしい手段を持っている人」だと考えているならば、そのニーズに応えなければ、お客様は満足しない。もちろん、どんな手段だろうと聴取不能部分の穴埋めが完璧にできればご満足いただけるでしょうけれど、たぶん100%は無理。そうしたら、「100%が無理な場合に、何にお客さんは満足を求めるか」ということですね。まきこんが言うように、「会議に出たその道のプロよりも、テープ起こしのプロのほうが音を拾える」可能性はあります。こういうことを堂々と言えるまきこさんを、私は心底尊敬します。静かな部屋で、よいヘッドホンで、多少音声も加工して、テープ起こし者の熟練した耳と根性で聞けば、お客様に聞こえない音が拾える可能性はあります。私は、この中で最もお客様とプロのテープ起こし者の違いが出るのは、最後の耳と根性の部分だと考えています。「あっ、聞こえない」とあきらめるタイミングが、たぶん全然違う。でも、これは非常にアナログチックな部分だよね。私が勝手に想像したように、「何かの機械で音を加工してほしい」というのが隠れたニーズならば、受注の段階で、ここの意識統一をきちんとしておかないと、お客様は満足を得られないんじゃないかと思います。もしかしたら、ですよ、「多少音は加工しますけれど、テープ起こしのプロがお客様と違うところは、とにかくあきらめないで、何度も何度も聞くことです」と説明したら、「それなら自分で十分やったから、依頼しない」となるかもしれないでしょう。そんなことを、これを読んで考えていました。もうちょっとこの話題、続ける予定です。まきこさん、ごめんねー、名前出して。
2005年09月05日
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だいぶ前ですが、仕事の受発注掲示板に不思議な依頼が載っていました。書き留めていませんので、正確な記憶ではありません。あしからず。依頼主はその会議に出席した専門家で、自分で起こしている。けれども、録音に失敗したのか、9割しか聞き取れないので、残りの部分をプロに依頼する。先日、私が起こしていたよく聞こえないテープは、主に名詞と動詞の部分が聞こえませんでした。 ところが、□□□□□□ということがあって、それが□□□□するんです。これじゃ、なんの話かわからないぞ。普通初めて聞くテープの録音状態が悪いと、こういうことになります。こういうのは、とりあえず一度最後まで聞くと、「ああ、これはこの手の話ね」とわかってきますので、わかってから聞くと少しは聞こえるようになります。「聞こえるようになる」というよりは、検索してにわか勉強した周辺知識から「ここにはこの言葉が入るはずだろう」と、無理やり押し込むのに近いんですが。でも、会議の出席者なら、具体的な話の内容までわかるはず。それでも聞こえない部分ならば、聞こえないのは名詞や動詞という部分ではなく、フレーズや文単位でしょう。そんなの、テープ起こし者にわかるか!この「9割」というのがどの程度正確な数字かわかりませんが、1時間テープとして、時間で言えばたったの6分ですが、文字数としては約2,000文字です。「創作」でごまかすには多すぎますね。会議の出席者にできない「創作」を、テープ起こし者にできるか!この依頼文から想像することは、「この依頼主は、テープ起こしのプロならば、何か特別な機械で、録音状態の悪い音を聞き取ることができると思っている」ということです。この仕事に手を挙げた人がいたかどうか、私は知りません。それで、テープ起こしというのは、何か特別な機械で、録音状態の悪い音を聞き取る職業なんでしょうかね。
2005年09月01日
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