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BGMみたいなもので馴れると空気と変わらず気にならないものです。 改めて意識すると我が耳は両耳ともシ~シ~と鳴り続けているのです。 じゃ~他の音声が聞こえないかというとそうではなく人の話でもコン サートでも十分聞こえるのであります。耳鳴りというやつでしょう。 考えてみるに、聞きたくない音声は本当は聞けないような耳になっていた としたらどうだろう。象の様に、河馬の様に!象はあの通り耳を動かし 音の聴覚の調整ができるのではあるまいか、河馬に至っては完全にそれ が可能の様に思う。動物学者じゃないから定かではないからいい加減な ことは言えないが河馬は水に潜るから耳を塞いじゃう。当然聞こえない に違いないのだ。 欧州で乗り物に乗ると静かである。いつ発車するとか次はどこだとか電車 もバスも何も言わない。不親切だと言えばそうだけど静かさを求める人には 心地よい。出発時間とか行き先は自分で調べておけといういい意味での個人 主義のなせるわざに違いない。そこにいくと日本では次はどこそこだとか 駅では白線から下がれだの次は普通だ特急だ何時だとのべつ幕なしに 音声が喧しい。日本人は騒音にれている、否、馴らされている。 聞きたい時に聞けて聞きたくない時は耳たぶを閉じれたらどんなに便利か と思うのである。だって目は見たくないときは閉じればいいし、鼻だって 臭いニオイは嗅がないで済む。食べたくないものは口に入れなければいい。 耳だけが遠慮会釈なしに音声を取り込むようになっているのだ。 耳にフラップでもついていて不都合な時は覆うようになっていたら便利では ないだろうか。そんな事を妄想したりする。と、隣のオッサンがお前みゃ~ さん聞きたくなかったら耳栓でもすりゃ~いいべ!そない言われたら身も蓋 もないべさ。
2015年11月30日
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昨日は神戸元町でエオリアン女声合唱団クリスマスコンサートに行きました。 県庁前の日本キリスト教団神戸栄光教会というところ。大きな教会で300人 収容で補助椅子が50脚ほどで盛況でありました。 中国語講座の同僚の女性がメンバーで歌っているからです。私はカトリック でもプロテスタントでもなく仏教は禅宗ですからアーメンとは無関係。 まあ、音楽は別だしと思って行ったら、全2時間半のコンサートで大部分が オルガン伴奏によって「主エホバ」だ「羊の群れ」だ「馬屋で生まれ給うた」 だの延々とミサの音楽、最後に「きよしこの夜」「もろびとこぞりて」など 知ってる歌を350人みんなで歌い、一番最後に震災後歌われている名曲 「花は咲く」を合唱団が歌ってお開き!これはよかった~♥ まあ、あたしは宗教に偏見を持ちませんから正味音楽さえよければどこに でも行くのですがオルガン伴奏で延々とミサ曲を聴くには結構忍耐が必要 でありました。エホバでもダビデでもアーメンでもいいし、メッカの方向を 向いてアラーの神よハハア~と伏すのもアラアラやっとるのね~と批難す る積りはござりませぬ。あたしは毎朝仏壇に向かってナンマイダ、ナムアミ ダブツとやっとりますけんあなたはあなた私は私なんでございますよ。 お前は間違っとる、オレが正しいとやるから世の中おかしくなる。誰でも 好きな様にやればいい。何を信じようが周りがどうこう言う必要はない。 それよりも「衣食足りて礼節を知る」の如く衣食足りさえすれば人間、文句 は少なくなるのに、その努力をしないからいつまでも貧窮に喘ぎ他を憎む ことになるのだ。日本の様にその辺の木石や町外れの地蔵さんにだって 神仏を感じるのがどれだけいいか。唯我独尊が一番ガンである。 さて帰りは久しぶりに神戸元町なので昔30~40年も前によく行ったJR元町 ガード下の元町駅西南にある台湾料理「丸玉食堂」に行きました。 中国語講座の同行メンバーと二人で先ずはビールでかんぱ~い! お料理を4つ5つ注文して二人して美味みゃ~ 台湾風腸詰・・・独特なタレにつけて! イカ団子・・・イカを擂り潰して フライしたもの。胡椒と塩で頂きます。淡白で美味いのですぞ。 焼きビーフン。台北の林森北路 の屋台でよく食べた味。これも淡白で堪らん味。 八宝菜も美味しかったけど 仕上げは肉飯。チャーハンとは言わん。チャーハンはパラパラが いいなんて誰が決めた?チャーハンはしっとり湿り気がないと 美味くないのですぞ~! ということで昨日は美しい女声合唱団の声を聴き、美味い台湾料理を 堪能して帰ってきたのでございます。
2015年11月29日
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昔銭湯に行ったとき、そうだな~、小学校3~4年まで母親と女湯に 入っていた覚えがある。今なら内湯というかどこの家でもお風呂を 備えているが当時は外湯というか銭湯が普通だった。 我が家の父親は鉄道員だったから鉄道員家族用の銭湯があったの である。勿論男湯と女湯に分かれていて番台にはいつもおばちゃん が座っていたものだ。 男の子だったから湯船に長く入るのは苦手で、いつも母親にもっと長く 湯船に浸かりなさい。十数えなさい、早く数えるとあと十数えなさいと 言われ、ひい、ふう、みい、よう、いつ、むう、なな、やあ、ここのつ、 とう、と数えた。いち、にい、さん、とは数えなかったのである。 どうしてか分からんがそうして数えた。 今そんな数え方を出来る子供はいないだろう。ひとつ、ふたつ、みっつ、 よっつ、いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、ここのつ、とう・・・ この数え方もだんだん少なくなっているのではあるまいか。 ホントに日本語はややこしい。外国人にとってものの数え方が二通りも 三通りもあるのは大変なことなのである。外国人に日本語を教えていて ホント気の毒に思う。 落語の「ときそば」に、ひい、ふう、みい、がある。江戸時代であろう、 二人で夜てんびん棒で担いでそばを売り歩くそば屋でそばを注文する。 お勘定になり二人で十六文、おやじさんに細けえのしかないんだ、手を 出してくんなさい、ひい、ふう、みい、よ~、いつ、む~、なな、や~、 ”今なんどきだい?” と~、じゅういち、じゅうに~と九を飛ばしてゴマ かす話である。 いち、に~、さん、し~と、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、 それに、ひい、ふう、みい、よ~と数え方に三種類もある。現在では 最後のひい、ふう、みい、使わんだろうがホンにややこしいことである。
2015年11月28日
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MRI(Magnetic Resonance Imaging核磁気共鳴現象を利用して 生体内の内部情報を画像化する)を見てお医者さんは「キレイだね~ なんともないよ」ただね~血液検査のPSAの数値が危ないよ。9.49 だから10超えたら1日入院して細胞を取って検査しよう。ありゃま~ ということで2月26日に首を洗って待つことになりました。 さて昨夜の「会長を偲ぶ会」学校を卒業して初めて勤めた船場の会社 の会長さんです。私はこの会社に16年間お世話になりました。10年目 で思うところあって辞めようとした時、当時の副社長だったこの人に「キミ、 ちょっと待ちなさい、話を聞こう」と北の新地のとある高級ステーキハウス で食事したのです。「ウチにもキミの意向に添える別会社があるじゃないか、 そこに移ってはどうだい」散々家人とも相談しそこに転社したのでした。 33才の時。それから6年この会社でお世話になったのです。 その会長がお亡くなりになったのです。国際事業部長を兼任してこともあり お世話になったメンバーが34名集まったのでした。香港、上海、台北、ソウル などからも中国人女性8名男性4名とそれは国際色豊かなもんでした。 久しぶりに英語と中国語が入り混じった楽しい宴会になった。 私はビール一杯とあとは紹興酒(燗)をグビグビ・・・30~40年ぶりに 会った同僚もいたし顔相も頭相も変貌した同士が中華料理の丸いテーブル 4つを行ったり来たりして久闊を叙し、交歓したのでした。 いいもんですな~、こういう昔の仲間と飲むのは。東京や横浜、下関、福井 などから駆けつけた元同僚もいてワイワイガヤガヤと2時間ほど、そこを出て 同じビルの上の階のラウンジで二次会。そこで久しぶりにブラデイ・マリー (ウオッカ+トマトジュース)2~3杯。帰ったのは何時かも知らずバタンQ 二日酔いのアタマかかえて今朝は病院でMRIだったんです。ようやるよね~
2015年11月27日
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昨夜はお世話になった会社の会長がお亡くなりになった「偲ぶ会」 がありまして、大阪キャッスルホテルで会合がありました。 したたか呑んで、昨夜はバッタンQ! 今日はこれから腎臓のMRI撮影に行きます。時間がないので顛末 更新は帰ってからします。不悪! ではでは後ほど。
2015年11月27日
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「やっぱ好きやねん」大阪弁である。大阪と言えば皆さんどんなイメージ をお持ちなのか。「食い倒れ」「御堂筋」「たこ焼き、お好み焼き」「キタ、 ミナミ、新地」「通天閣」「心斎橋」「法善寺横丁」などそんなところか。 大阪は商人の街として発展したから同じ関西でも京都や神戸とはどこと なく違っている。大阪城の秀吉さんの城下町として連綿と発展してきたの である。京都はかつて都であったし東京も家康さんがそっちに遷都しちゃ った歴史から言えば大そうな事はない。大阪は都とは縁がないのである。 まあそんな事はどうでもよい。「やっぱ好きやねん」と言えばやしきたかじん 氏を思い出す。彼の歌にもあったし言葉として独特なひびきがある。 私はたかじん氏のファンで彼が出るテレビはいつも見ていた。特に「何でも 言って委員会」は家人と欠かさず見ていた。関東のテレビではタテマエが うるさく言えないことがある反面、大阪のメデイアでは好きなことを言っても 許される土壌である。だからこの番組は関東からも著名人が出演して 好きなことを言っても誰もお咎めなしである。 やしきたかじん氏は「人たらし」の面がありその意味では豊臣秀吉の性格を 受け継いだかと思われる程で安倍総理が在野の時、一緒に山口県の温泉 で風呂に入ったりした仲だったし、あの辛口の評論家三宅久一氏もたかじん に篭絡された一人であった。今も出演しているが金美齢さんもそうだった。 毎晩のようにキタの新地に出入りし好きなオーパスワンというワインをガブ 飲みして皆んなを引き連れて飲み歩いた人である。気前がよく面倒見がよく 好きなことを言っても人をそらさない性格であった。 橋下市長びいきで彼もやしきたかじん氏には心酔していた一人である。彼が 政界に出たのもたかじん氏の後押しがあり強力な後援者であったことも大い に幸いしたのである。 そんなやしきたかじん氏もガンには勝てなかった。非常に残念であったが 私は今でも彼が「やっぱ好きやねん」 この私も半世紀どっぷりと大阪に 浸っているのである。
2015年11月26日
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朝ジョギングに出るとちょっと冷っとしました。吹田市は9℃だそう です。日中は14℃の予想。晩秋になってもう少し冷えるかと思いきや 今年の気温は優柔不断、はっきりしないのです。 メリハリつけろ! って言いたいけどこれから師走になってどうなるんだろう。 12月は忘年会シーズン。私は今のところ4つ入ってます。もう2つほど 入る予定なので5日に一度飲まなくてはならない。別に飲まなくてもいい のだけど、ほれ、ついつい好きなもんだからアルコールの匂いに引き寄せ られるのですよ。と言っても若い頃のようにムチャ飲みはしないから 上品に頂くんでございますです。 忘年会と言えばやはりナベなんですね。肉もあるけど歳を取ると一様に 皆さん魚がよくなります。寄せ鍋はスープに味をつけておくナベで私などは 魚チリが好きです。魚チリはナベに昆布を敷いておき具が煮えたら手もとの ポン酢に浸けて頂く。ナベのスープには昆布味だけです、それが魚チリ。 代表的なのはフグナベ即ちてっちりですが養殖ものも出回っているのに 一般ではまだ高価である。クエもまたしかり。従って大衆魚でタイ、タラ、 カワハギ、ブリ、ハマチ、サワラ、鮭などが主体、高いエビは一人一尾、 貝類も加わる。コチ、オコゼ、カサゴなんかま先ず出ない。ホントはコチ (鯒)などは身離れがいいしナベには絶好で美味いのですが何ぶん 漁獲量が少ないのでしょう、店には殆ど並ばない。 あとは豆腐、白菜、きのこ類、糸こんにゃくなどです。 ところでナベには作り方があります。先ず水のうちから野菜類、きのこ類、 豆腐等を先に入れる。煮立てて野菜の味を出すのです。葉っぱの部分は 後にします。魚を入れるのはそれから。入れたら煮過ぎないことが大事。 それからいくら仲間でも食い箸をナベに突っ込まないこと。ナベに穴の 開いたお玉を2~3本添えておいてそれですくって取ること。そうでないと 後で雑炊をする時に気持ちのいいもんじゃない。これは最低のルールに しないといけない。 折角のナベ料理を皆んなで食べる時は気持ちよくそして美味しく頂く ことが大切だと思うのでお互い協力した方がいいと思うのである。
2015年11月25日
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皆さんはどちらのタイプでしょうか? きっとどちらかに属すると 思います。私は若い頃は夜型で現在は朝型です。年齢にも依るの かも知れませんが今は朝4時頃に目が覚めて新聞を読み1時間程、 その後は寝直して6時頃にはスタンバイです。夜は10~11時には 布団に入って本を読みそのうち眠っては家人に電気点いてるよ~と 起こされ電気消して寝直します。 若い頃は平日は大抵仕事終って7~8時には飲みに出ましたから9時 10時頃は絶好調。アルコールはテンションを上げますから調子に乗り 2次会へと。まあまあよくやったもんです。家庭人としては亭主失格で した。大体は12時前の地下鉄終電までには乗るようにしていましたが 当時は完全に夜型でした。そして朝はギリギリ7時頃まで寝て起こされ 朦朧(もうろう)として電車に乗ったものです。 退職してからはしばらくは朝起きて「はっ、仕事に行かなくちゃ~」と 思い、あ~そうかオレはもう退職したんだっけと気がついてのんびりと 寝直した覚えがあります。そのうちだんだんとケジメがなくなって のんべんだらりになってしまった。そして現在、加齢で朝早く目が覚め 完全に朝型人間になっています。 「早起きは三文の得」と言われましたがあれは昔のこと。今はすること なすこと便利になってアナログからデジタルに変わっている。パソコン などはその典型で広辞苑も要らなくなったし手書きの手紙も書かなく なった。年賀状だってひな形を作ればあとはプリンターがちゃんと印刷 してくれる。あとはちょいと自筆で何かかんか書くくらいで済んじゃう。 時代は急速に変化している。情報機器の進化が人間を追い立てる。 そのうちどんどんと手間が省けて、することが少なくなってボケの チャンスが増えるのではないかと心配しているが。
2015年11月24日
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美味しい酒を呑んで美味しいラーメンを食べて帰宅したらまたまた いいニュースが! 「おトーサン、維新の会が二人共当選したよ」 私はまだ家では”おトーサン”なのであります。家人と二人だけで あるがおトーサン、私もおカーサンと呼ぶ。今日は大安吉日かい? 昨夕は大阪吹田市吹奏楽団の第64回定期演奏会に行きました。 2時間ほどセミクラシックを堪能してその帰りに例によっていい 音楽の後にはいい酒を! 松井一郎知事当選おめでとう。そして橋下氏に替わって吉村洋文 新市長に当選おめでとう。何を隠そう私はおおさか維新の会を支持 しているのです。大阪府と大阪市の二重行政がこれまでどのような ムダをやってきたかについては大阪府民なら皆さん知っておられる。 橋下氏は大阪都構想で行政区の再編を掲げ5月の住民投票では僅差 で敗れましたが大阪市民もその後の自公行政が反論で掲げた政策 が実行もされず彼らが如何にいい加減なのかを反省したのでしょう。 今回はしっかり審判しました。 大阪は東京が思う通りの全国一律の金太郎飴ではないのです。地方 分権を掲げ東京にもしもの事があらばその代替であろうとする副首都 を目指しているのですよ。何も取って代わろうなどと思わないのだから ”都”の名前は東京だけでいいなどと狭量なことは言うまい。 これ迄の自公行政では大阪は変わり様がなかった。何も変革できない のですよ、彼らでは。そこに橋下氏がこの4年間で自らの給与を下げ 高額所得を食んでいた職員の給与を民間に近寄らせて下げ、ムダな 外郭団体をバッサバッサと切り、当事者は悲鳴を上げた。しかしムダ なんだから仕方ないでしょう。大阪の過去にこのような整理をやった 首長は一人としていなかったから無益なアミーバ組織が蔓延していた のです。 私は東京を中心に日本全国ムダな外郭団体やら組織があってムダな 税金を食んでいると思っているのです。だから国家予算が減らない。 ムダに税金が使われているのです。そこに誰もメスを入れる事をしない。 政治家が自己保身に囚われ「過去の整理やら未来の革新」をやらない から行政が安穏としてムダを踏襲しているのです。 この度のW選挙で維新の会は「過去に戻すか前に進めるか」を府市民 に問いました。その結果みんな「前に進める」ことを選んだのです。 地下鉄の民営化。橋下氏に替わって地下鉄のトイレがキレイになり、 駅の店がコンビニに代わり、地下鉄料金も下げられすっきり変わった。 民営化されればもっと変るでしょう。府立大学と市立大学の統合など、 もっともっと変革される部分があるでしょう。 既得権益者は変わりたくないものです。でも圧倒的に被権益者の数 は多いのですからダメなものは変えるべきです。そう思いませんか? 今回の選挙で野合した自民、公明、民主、共産はギャフンとなったこと でしょう。が、まだ議会は彼ら野党が多数を占めています。これからが 新首長のチカラの見せ所でしょう。頑張って欲しい、応援しています。
2015年11月23日
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自転車を中国語では自行車と呼ぶ。なるほどと思った。ガソリンでも ガスでもなく自分が扱(こ)いで動かすからだろう。つまり人力だから そう名づけたに違いない。 さて私が小さい頃我が家には一台の自転車があった。自転車は親父 と姉妹、私の共同利用であったらそれこそ八面六臂の活躍をしていた。 この自転車を我が家は28と呼んででいた。何故そう呼ぶかについては ずうっと後になって分かったがこれは車輪の直径を言ったのだった。 つまり28インチの直径の車輪を持つ自転車のことだ。28X2.5=70cm が車輪(リム)の直径ということである。普通は26くらいだから我が家の 自転車は通常より5cm背が高いものだったのである。 自転車のことを外国人はバイクという。日本ではバイクと言えばオートバイ のことを言うがホントはオートバイクのことだ。自転車は英語ではBicycle と書くからBicつまりバイクでいいのだ。これは日本と違うから覚えておいた 方がいい。 さて、自転車は便利である。1km~10kmならどうって事はない。アジアの 国に行けば発展途上国はどこでも自転車の洪水だ。ちょっと工業化された国 ではオートバイクに昇格する。私が初めて台湾に行った1968年頃は台北の 街は自転車で溢れていた。それが5年程経つと今度はスクーターに取って 替わったのである。台湾は当時それだけ工業化が進んだということである。 アジアの国はどこでもそう。まず自転車が来てそれからモーターバイクに取っ て替わるのである。それを見ているとその国の工業化の進展具合が分かる ものだ。 自転車を日本ではチャリンコと言う。ママチャリとも言って日本の中古のもの はアジアでは重宝されどんどん輸出されている。今は珍しいが昔は自転車屋 があってオッチャンがいつも真っ黒になって皆んなが持ち込むパンク修理とか チェーン外れとかあちことを直してくれたもんだ。そんな街の自転車屋も今で は余り見かけぬようになった。時代だなあと思う。 自転車はいい。手軽だし便利だ。排ガスもないし誰でも乗れる。唯私の家人 は乗れない。小さい頃から「自転車は女の乗るものではない」と躾けられたと 言うから私はいつも冷やかしている。何故だめなのかは皆さんの想像に任せ ますが地方によってはそういう所もあったらしい。我が姉妹はスイスイ乗るし どうってことはなかった。千里のこの辺でも若い奥さんが前後ろに子供二人 を乗せてスイスイ走っていく。ちょっとした買い物幼稚園や学校の送り迎え等 便利この上ないだろう。もし自転車なかりせば毎日の生活行動様式もきっと 随分と変るだろう、つまり不便なものになるだろうと推察するのである。
2015年11月22日
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このブログを開設したのは2006年8月12日である。だから9年 を過ぎることになる。書いた中身は兎も角もよく続いてきたもの と我ながら感心する。 毎日何を書くべきかについては特別に決まりはないから思いついた テーマを書くだけのことである。前夜布団に入って考えたことやら、 前の日に感じたことやら本を読んでいて、あ~これを次は書こうと思 ったり、朝の散歩ではっと思いついたりしたことを書くのである。 客観的肉付けが必要な場合はパソコンのウィキペディアを参考にして 補てんする時もある。 書いていていつも思うのは、「何と知ることの少なかりしか」という事で ものの本など読んでいて著者の知識の豊富さに感心する事しきりである。 どうしてそんなことを知っているのだろうかと自分を比較しては恥じる場合 が多い。まあ結局はそれだけ知識を吸収できるものに触れている差であろ うという結論しかないのである。だから自分も広く知識に触れそれを吸収 する機会を増やす以外にはないということだ。 人間の脳には受容し覚えて蓄積する容量には限界があるだろうから100% アタマの中にある知識ではなく本や雑誌の資料を開いて参考にする場合も 多いに違いないとは思うのである。 それにしても彼我の差は大きいと感じるのでこれからも老体を乗り越え 知識の吸収に努めねばなるまいと思っている。唯、加齢の為記憶力が 衰えてきているのでそのハンデイキャップは大きい。 今朝は書くべき適当なテーマが思いつかないので日頃思っていることを 言いました。勘弁してちょうだいね。
2015年11月21日
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鶏は鶏舎を暗くしておくと夜だべなぁ~と思って眠るという。鶏も可哀想 である。人間様にダマされて寝たり起きたりタマゴを生んだりしている。 このあたくしも変わらん。この頃夜明けが遅く6時半になってもまだ暗い。 暗いから寝ているとつい寝過ごしてしまう。 暗いから寝るという「パブロフの犬」状態である。単純ということ。普通 の犬なら腹時計か何か知らないが我が家がかつて飼っていたシェルテイ 犬でもそうだが朝の散歩の時間になると明るくても暗くても5時なら5時に なればちゃんと起きて誘いに来る。人間様と違って立派なもんである。 前夜飲みすぎて朝起きが悪くかあちゃんにいくら起こされても起きない 父ちゃん、少しは犬を見習いなさい。メッ! それはそうと昨夜のプレミアム12の世界選手権の野球。日本VS韓国戦! 後味の悪い見っともない試合で負けたもんだ。7回まで大谷翔平くんが 1安打だけで完璧な投球をし3:0でリードしていた。それを8回に楽天の 則本に替え9回に韓国の逆襲に遭って連打され同じ楽天の松井に替える が押し出しで1点、慌てて日ハムの増井に替えるもソフトバンクの李デホ に逆転の2点打喰らい敗けしてしまった。 韓国は相手が日本となるとサッカーでも何でも目を剥いて歯向かってくる から折角ギャフンと言わせられたのに逆にギャフンと言わされた。 小久保監督の下手な采配の結果だ。大谷翔平くんをそのまま続投させる べきだったし、いくらリリーフがいると言っても翔平くんより劣るのだから 韓国にすればシメタと思うだろう。 それに7回の日本の攻撃でノーアウト1.2塁になった時、あれはダメ押しの 1~2点を取りに行くべきだった。筒香に打たせて三振、中田、松田凡退で 0点、あれはバントで2、3塁に進めるべきである。結果論にしたって負ける べくして負けた采配と言われてもしょうがない。 結局は予選から無敗で来たのに憎き韓国に油断して負けてしまいメキシコ と3位を争うことになる。3位も4位も一緒だ。決勝はアメリカと韓国が戦う 事になる。どっちが勝ってもいいがアメリカに勝ってもらった方がいい。 小久保監督は100%オレの責任と言ってるがお粗末な采配と言われても しょうがないだろう。戦前、優勝しかないと言っていたのだから采配も硬軟、 緩急、メリハリをつけるべきであった。日本のプロ野球にミソをつけたと言 われても仕方ない。選手を信頼するのもいいが勝敗は非情なものだ。
2015年11月20日
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道路を歩いていて肩を触れ合った時、「にゃろ~、気をつけろっ!」と若者。 電車の中で大股開いて三人分の座席を占拠して知らん顔の若者。それに 最近はいい歳したオッサンも。「他人と共有する空間を独占しようとする」 人間達である。 コンビニの前でジベタリアンする男女の学生や若者。電車で化粧する恥知らず も同じ「空間鈍感」人間達である。こういう人種が現れ出したのは家庭の中で ”子供部屋”なる個室を持つのが一般化した頃からではないか。 昔は四・五人の兄弟姉妹が同じ部屋を共有していた。何をするにも周りに兄妹 仲間がいた。机などないからちゃぶ台を出して勉強したのものだ。喧嘩だって 当たり前、ラジオは一つで聞くものはN〇Kしかなかったからチャネル争い などもなかった。自分ひとりだけの空間などなかったのである。 筆者の高校時代は家族が多かったから皆んな寝静まってからすぐ上の姉と 押入れに入って電気をつけ試験勉強をした覚えがある。 風呂だってそう。家に風呂などなかったから皆んな銭湯に行ったものだ。 そこで大衆のルールみたいなものを学んだ。身体は洗ってから湯船に入る。 お湯はバシャバシャかけない。お湯を矢鱈にムダに流さない。もし目に余る ことでもしたら頑固じいさんに叱られたものだ。 世の中の共有する空間に対しては我がの独占ではなく皆んなのものという のが常識だったからお互い譲り合い気をつかったものである。それが如何、 唯我独尊のアホ・バカ人間がアミーバの増殖の如しだ。「目明き半分盲半分」 と言ったらまた差別語だと叱られるか。 まあ、世の中の半分以上は、否、六・七割はちゃんとしていると思われるが その残りがいかんし目立つのである。 我がの息子・娘は今更遅いだろうからせめて孫たちには爺、婆の立場として 少しくらい指導しても文句は言われまいと思うが如何かの。
2015年11月19日
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歯の治療、歯を抜いて被せ直し左右の臼歯を補完する。逃げていた 胃カメラを決心して受けること。前立腺ガン検査数値が大分危うく なっている様なので27日にMRI検査を受ける。 何と今月我が長年連れ添った愛しの身体のオーバーホール(Over haul) が3つも重なっているのです。歯は先日2本抜いて只今地盤回復とブリッジ 作成中なり。胃カメラは昨日終えました。私の体質としてノドにものを突っ込 むとオエッ~オエッが激しく風邪でノドにルゴール液をぬるのさえ拒絶するの でありますからして避けに避けてきたのでした。胃カメラを突っ込むのに他の 方法がないのかと掛かり付けの内科の先生に訊いたところそれじゃ鼻からで はどうかい、と言うからあ~それならオエッが避けられると昨日とうとう 胃カメラを呑んできたのでした。 長年お酒と仲良くして来ましたので胃の中が荒れてるらしく飲酒後大抵は胃の 焼ける感じがありそれが気になっていたのでした。上品な胃カメラ先生の所見 では胃に多少のポツポツが見えるけどこれは良性だから大丈夫。その代わり 十二指腸に潰瘍の痕が見えまするぞ。痕だからどうこうないが注意召されよ。 それとピロリ菌を飼育しておられるからこれは後日内科の先生と相談される べし、但しピロリ菌はクスリ服用で退治は可能とおっしゃった。 あ~よかった、これで酒が飲める、酒が飲めるぞ~そうであろう、あたしゃ これまでの人生他人から後ろ指さされる事などした覚えもないからして、もし なんぞ我が愛しの身体に不具合でもあらば堪らんわいと思っておりやした。 これからの年末、忘年会やら〇〇会やらで飲む機会も多いしこれで助かった。 あとは残る一つMRI検査である。長年腎臓が強くなく蛋白が血管に漏れる 腎不全の状況が重度ではないが軽度でもない微妙なところでこの数十年 薬を服用しつづけてきたのです。如何相成る事か月末の検査まで神妙に して待つマナ板の鯉の心境なり。敦盛の「人生五十年下天のうちに比ぶれば 夢幻の如くなり」疾うに信長の時代からすれば余分な人生を余録で生きて いるのだし。
2015年11月18日
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阿久悠さんのことはこの小欄でも度々取り上げたから覚えておられ る方も多いことと思う。彼は私の最も尊敬する文筆家の一人である。 この長命の時代、70才で人生を閉じたが作詞した数なんと5000曲 とも言われる。昭和時代の流れを感知し観察し読み嘆きそれを作詞 に表現しつづけた俊才であった。 ほんの少し取り上げても「北の宿から」「また会う日まで」「雨の慕情」 「勝手にしやがれ」「UFO」「サウスポー」「ウオンテッド」「青春時代」 「津軽海峡冬景色」などなど数々のヒット曲を生み出し、歌の大賞と いう大賞を総なめにしている。 1997年には「瀬戸内少年野球団」「恋文」などの小説で菊池寛賞を 受賞。1999年には紫綬褒章を受賞と日本の歌謡界や文筆界に於いて 彼の残した厖大な作品は群を抜いているし評価が高いのである。 筆者は彼の作詞した歌もさることながら彼の書いた小説・エッセイなどに 特に感銘しよく読ませて頂いた。本名が深田公之(ひろゆき)でありながら なぜ阿久悠(あくゆう)=悪友なるペンネームにしたのか。 彼の書いた「どうせこの世は猫またぎ」の中に詳しいからご紹介する。 彼が大学を出て広告代理店に就職したがそこを辞めて独立したときに ペンネームを考えた。その時候補にあったのが阿久東(あくとう)、阿久忍 (あくにん)があったらしい。まあ遊び心で考えたのだろう。 また、宇井無愁(ウイ、ムッシュ)などの作家の名前も参考にしたらしい。 その延長線上でイッヒ・リーベを文字り伊比利平と置き換えそれを半ば 決定していたともいう。 でも何となくジジむさいから結局阿久悠(悪友)で取り敢えずスタートした ところどんどんと名前が売れ出して変えられなくなったろいうのが真相ら しい。阿久東は悪党、阿久忍は悪人で阿久悠は悪友で他意はないのだ そうだ。 明治大学文学部を卒業し広告代理店から作詞家へと。昭和を画する 時代の寵児といってもいいだろう。彼の一家は愛犬家であり愛猫家で この「どうせこの世は猫またぎ」もそうだし「犬猫太平記」にも猫3匹犬2匹 の大家族のことが詳しく面白おかしく書かれている。またそれらについて 書く機会があるかも知れないが今日のところはこれまでに。
2015年11月17日
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冗談、冗談、大阪府下池田市といえば今や豊中市、箕面市と 並んで文教都市。まさかシシが出るなどの話は遠い昔のこと。 失礼をば申し上げました。 昨日はその池田に住む友人の案内で池田市文化会館(アゼリア ホール)で池田市吹奏楽団のコンサートがあって行ってきました。 ゲストで池田市立池田中学校の吹奏学部がジョイント出演で加わり これがなかなか良かったのです。甲斐真紀子先生の指揮がいいのか 音がよく揃って中学生としては立派な演奏でした。 曲目は「サウンド・オブ・ミュジック・メドレー」とか「YOU CAN'T STOP THE BEAT」を演奏し、池田市吹奏楽団との合同演奏では「クリスマス・ フェステイバル」と題しクリスマスを先取りしたSONGSを聴かせてくれ ました。 1072名収容のアゼリアホールは70%の入り。日曜日とあって秋の行楽 へ出かける家庭も多い中、多くの子供たちも含め熱心に傾聴しておりまし たですよ。アンコールは「手紙」と「双頭の鷲の下に」でした。 芸術の秋の一日。来月年末にはどこかへ「第九」を聴きに行きたいものと 思っているのですが。 コンサートが終わったのが4時。例によって軽~く一杯をと池田の住人の 案内で立ち飲みどころへ、そこで小一時間、次は例の「鳥貴族」へと! そこで一時間ちょっと、帰宅したら夜の7時でありました。
2015年11月16日
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へえ~どんな話?と聞きたいでしょう。それはこんな話であります。 五十年も前のこと大物詐欺師が捕まりました。この詐欺師は仕掛けた ことがなまなかでない。 飛騨を三兆円かけて世界の財閥が開発する。石油メジャーが一兆円 シンジケートを解除して融資する。などの天文学的数字で人心を操り まんまと詐欺を成功させたというのである。そしてどうしたことか捕 まった。その手口をわら半紙六枚にびっしり書いて警察に提出した。 それを読んでみると以下の如くである。 その戦略の1.場所を選ぶこと。 その戦略の2. 自分より頭の良さそうな人間は相手にするな。 その戦略の3. 酒を飲むな(酔うとボロが出る) その戦略の4. 金は直接受け取るな。 その戦略の5. 金の欲しいことは匂わす程度にし、他の人間に言わせ。 1.の場所というのはおでん屋ややきとり屋で億や兆の話をしたってダメで ホテルとか料亭などを使うべしという。 2.の相手の頭脳の程度についてはこの老人、自分より頭のいい人間が 世の中にはキラ星の如くいることを認めているのだ。 3.の心得は大抵の男が覚えのあることでアリの一穴にもなりかねない。 4.の大物らしく見せる為には必須である。 5.の金に卑しい姿を見せるのは小物で自分は後ろでどっかと控えるのだ。 これを読んでいると何か見えてくるものがあるような気がしませんか。 政治家である。大物政治家と言われる人間ほどそうした手練手管を使って 金儲けしてきたのではあるまいか。今、小政党にいるO氏などはその典型。 内心は小心翼々としているのに表面では超大物を装う。偶に政治信条など を秘書達を動員して本にして自分の名前を冠する。そして国民を欺すという、 悪どい詐欺師である。 この捕まった老詐欺師はフランス製の香水をつけ英国製の洋服をまとい、 伊勢神宮のお賽銭もポンと三万円出し、神社側が「せめてお名前なりとも」 と言ったが笑って答えなかったという。何かねずみ小僧次郎吉に似たところ がないでもない。O氏のように秘書にコピー紙がどうのなどとチマチマした ことは言わなかったようである。
2015年11月15日
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食べるものが好きだから今朝の6チャンネルのラッシャー板前が出る 番組を見ていた。彼はこの番組で全国の美味いもんを食べ歩き現地 のTV女子アナと出演してはこれ見よがしにご馳走をさも美味そうに 食べる。思わずヨダレが出そうになるほど味の表現は上手い。 憎たらしい。全国渡り歩きタダでご馳走を食べるのはけしからん奴で あるが番組だから仕方ない。それとは別に今日は福澤朗というアナウ ンサーが信州を旅したレポートを映していた。 筆者はいつもそんな旅のレポート番組が好きで見るのだけどいつも思う のは芸能人のしゃべりの拙さについてである。第一言葉を知らないから 表現力に乏しく見るもの聞くもの味わうものの的確な説明が不十分なの である。時々は中でも上手な人がいるけど大抵はヘタで拙い。まあ顔が 売れてるからいいようなものの折角の番組が台無しになってる場合が 多いようだ。美味しいものを食べて、”やらか~い”だの”しこしこする~” とか”あま~い”などと言語障害かと紛らうほどの表現しか出来ない人間 を出すなっちゅう~の! それとその地方の人たちとの会話でツッコミの足りない芸能人。折角の レポートなのだからもっと幅広く、時には深くその地方の歴史とか言われ などを視聴者に分かる様に聞けばいいのにその役目が果たせない者達。 これも失格である。自分の立場が分かっていないのだ。 その点今朝の福澤朗アナウンサーは流石であった。しゃべる言葉が殆ど 新鮮だし見るもの食べるものの表現が上手いのである。その地方の素人 さんの素朴と自然さと相俟って爽やかな旅日記になっていた。 筆者はこの小欄で時々書くが芸能人総出のクイズ番組とか訳の分からん ゲーム遊びの番組とかひな壇に芸能人を並べて人のウワサをペラペラと しゃべる番組などより、カメラがスタジオを離れて街中に出たり地方に行き 方言混じりの会話が出てきたり兎に角素人が主体になる番組の方がどれ だけ面白いか見ていて自然でほっとするのである。 もういい加減スタジオに芸能人を集めて高い出演料を支払うムダを止め ないものかといつも思う。あれはCM料を支払うスポンサーがいかんのか 間に入ってサヤを抜く広告会社がダメなのか日本ももっと賢くなる必要が あるのではないだろうか。
2015年11月14日
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大方の人は漠然とこの意味を知っていると思う。実際の意味は「魚に 水と親しむ心があれば水もそれに応じる」という事で「相手が好意を 示せば自分も相手に好意を示す気になる。相手の出方次第でこちらの 応じ方が決まる」ということである。 お城のお殿様と越後屋の関係がそれである。お殿様の計らいで特別の カネ儲けをさせてもらいその返礼として菓子箱の底に小判を忍び込ませ 「粗品でございます」と越後屋が差し出すとお殿様はそっとそれを確認、 「越後屋、お前もワルよのお~」とのたまうあの一場面。 先日も東大阪の工事入札を仕切る役人が特定の業者を指定してワイロ として200万円を貰っていた話。工事が10億円近かったから恐らく そんな金額ではなく接待やら何やらでもっともっとあるに違いない。 よくあるのは公務員が事務用品屋にものを通常より高く発注し差額を その会社に積立てさせ飲み食いのカネをその事務用品屋に請求させる 手口。「魚心あれば水心」持ちつ持たれつ、ブハハハの関係。 問題はそれもこれも国民の税金だという意識の欠如である。セコイ公務員 が次々と忘れた頃になると現れて捕まる。ついつい仕事での特権を持つと 人間、勘違いするようだ。 「オレが、俺が、オレだから」となる。 テメエが公僕であるちゅうのを忘れるのだろう。 さて、最近の建築基礎の不正問題にも「魚心あれば水心」の関係がないと は言えないのではないか。元請けと下請けの生産構造では必ずそうした 上下関係が生まれる。持ちつ持たれつの関係で今回発覚した様な手抜き が行われたとしたらこれは大変である。
2015年11月13日
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食糧難の時代に育ったからエラそうには言えないが考えてみれば 23年間の北海道時代とその後の関西時代とは私の食生活も随分 と変化したものだ。 私の食生活は関西で目覚めたと言ってよい。大阪に出てきて初めて 握り寿司なるものを食べたしお好み焼き、たこ焼き等にも初お目見え であった。何よりも会社で年数が経つにつれて顧客の接待でミナミや キタや北の新地を訪れるようになって食べるものが一変した。 人間ちゅうのは環境というか経験によってずいぶんと変わるもんだと つくづく思うのである。北海道時代とは住環境から食状況から180度 も変ったのである。 特に肉類はそうだった。一流のレストランで食べるビーフステーキなど ヒレやサーロイン、Tボーンステーキなどを接待の余録で味わったのだ。 その頃から私の味覚はコロっと変わったのである。すっかり牛肉が好き になり家でも高い牛肉ではないがよく食べるようになった。当時は豚肉、 鶏肉もあったが余り食べなかったような気がする。 六十才過ぎたころから肉類では牛肉より豚肉が好みになった。牛肉は しつこく感じるようになったのである。それと鶏肉でもいいようになった。 嗜好は変わるものである。現在でも家人は牛肉が好きだからそんな時 はお相伴はするが私には別になくたっていいと思っている。 相対的には現在は肉より魚の方がよくなった。刺身、煮付け、焼き魚等 特に酒の肴としてはやはり肉より魚である。近年は養殖ものも充実して タイ、ヒラメ、フグ、クエ、ハマチ、ブリ、エビ、ホタテなど豊富である。 マグロはまだ量産できていないがウニだって養殖できる様になっている。 日本の海の畑も大したものだ。これはどの国も追っつかない。技術大国 ニッポンである。 従って私の食生活嗜好は今や若い頃の肉類からお魚ちゃんに移って いるのであります。皆さんはまだ肉に食らいついているの?
2015年11月12日
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大阪千里の街路樹の枯葉が道路にびっしりと落ちている。それでもまだ 木々の枝には枯葉がたっぷりついていて写真を撮ればちゃんと晩秋の 雰囲気は十分出るに違いない。 十月の中旬に一度寒くなって例年の如くパッチ(薄い股引)と長袖のシャツ を着たのだがその後また気温が緩んできてパッチを脱ぎ、夏の半パンツと 半袖の下着に戻した。 先週京都に行った時は25℃もあって汗かいちゃってひどい目にあったので すっかり懲りている。若干スースーするがこの方が今はまだマシである。 京都から帰って2~3日後、ノドが痛くなりありゃ~やられたかな~と 思ったが丁寧に2回ほど家人から貰ったうがい薬でガラガラやったところ 旨いこと痛みから解放された。その後日腎臓の定期検診で病院に行った時 インフルエンザの注射をしてもらってきた。これで今年の風邪対策は万全と 思っているがどうだろう。 電車や人の集まるところでコンコンさんがいたら直ぐマスクを装着する。 それかそばを離れることである。君子危うきに近寄らずでいく。何も我慢 して風邪を貰うこともあるまい。黙ってそっと離れることが肝要。私の場合、 大体3年に1度多少ヘビーな風邪を引く。そうすると1週間はクタ~となり さっぱりダメ男と化すからホント要注意なのである。 北海道という寒冷地育ちなのに寒がり屋で23才の時初めて大阪で就職 した時その冬の寒さが大いにこたえた。北海道ではストーブという暖房が あり部屋はいつも暖かいのに関西では暖房といえばコタツくらいだった。 コタツは入れば暖かいが部屋は寒い。それに馴れていないのとそれに 関西ではパッチ(ももひき)というものを殆どの人は穿かないのである。 私は冬はパッチが無ければ過ごせない方だから比較にならない。 最近はユニクロがヒートテックなる薄手でも暖かいパッチを開発してくれた のでそんなに嵩張らないで助かる。以前ならラクダとか裏毛のゴロゴロ、 モサモサしたものだったから着太りして余り格好のいいものではなかった。 便利な世の中になったものである。すら~とした長い脚?に薄いパッチで 言うなれば男性バレリーナの熊川哲也さんの如きであるからして決して見 苦しくはない。エヘヘ・・・^^
2015年11月11日
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順不同に申し上げる。 話の長い人には往生する。もっと短く要領よく しゃべれば1~2分で終わるものをだらだらだらと話が兎に角長い人。 これにはホント参る。よく言われるのは結論を先に言いなさい、そして それからその理由というか経過を話しなさいと。飽きられないうちに話 を終えることである。 小さなことを取り上げてぶちぶち言うのも何だ。そんなことどうでもいい だろうとこっちが思うことをさも大事そうに言う。こちらには愚痴としか聞 こえない類の事をいいつらう。アタマの中の広がりが足らんのか知らん、 話のポイントが小さすぎるお人、これもどうかと思う。 話の軽い人、これも困ったものである。話によっては重要なことと大して そうでない簡単に片付けていいことがあるが、どれを取り上げても軽重の 区別がない人、これはよくよく耳をかっぽじって聞く必要がある。これは 本人の分析力と理解力の問題である。 その逆もある。何でも大袈裟なやつ、何を言いたいものかメリハリがなく 一様にさも大事そうに話をつぎつぎと並べ立てるご仁、これまた難儀だ。 結局ナニが言いたいのかがボケてしまうのだ。 四つ並べてみたがこれに対し重・厚・長・大と言う逆もある。大凡の意味は それらの反対を考えて頂ければいいと思うが、書く文章にも当てはまるし、 人を相手にしゃべる時にも当てはまるものである。 まあ、万事に”小ざっぱり”としていてメリハリのあることが大切という事か。 でも意識することとしないことで随分他人への印象が違うことも事実である。
2015年11月10日
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「もしもしご主人様ですか~実は耳よりな話があるのでどうかと思いまして」 「ナニ?」「未公開株の話ですが今これを買っておけば市場公開の暁には倍 には上がるという」 突然見ず知らずの人間から家に電話が掛かって来て そうのたまう。 今だにこの様な電話が掛かってくるがこれがバブルの頃は頻繁だった。会社 にいるとこの手の儲け話の電話がよく掛かってきたものだ。「先物で儲かる話 があるのですが如何・・・」「ゴルフ会員権でどんどん値上がりのものがある のですが・・・」「貴金属の儲かるものがあるのですが如何?」 などとまあまあ世の中銀行は何ぼでもカネは貸すしみんな鵜の目鷹の目で カネ儲けに現をぬかしていた時代だった。 終いに筆者も腹が立って、「あ~そう、そんなに儲かるの?じゃ~あんた私に その分のお金を貸してよ、それで儲かったらあんたに返すから」というと電話 がガチャンと!そうでしょ、そんなに儲かるんなら他人に言わず自分が買えば いいじゃない。それを他人に買え買えを言ってダマすのだから分かり易い じゃない。 まあ、ホントは今忙しいからとか来客中だからと言って電話をキレばいいのだ けどちょっと手の空いた時にかかってくるとつい揶揄(からか)いたくなる。 今の世の中ヘタすると恨みを買う事もあるから注意しなければならない。 この頃は、「貴金属はありませんか~」とか一番多いのは保険屋からの電話 である。保険屋は個人の代理店が多いから無差別にどこからでも掛かって 来る。家の電話は電話帳に載っけてないのだけど古い電話帳をくって掛けて 来る。電話番号を変えればいいのだけど友人知人とのつながりもあるからそう もいかないのである。 オレオレ詐欺の電話は十数年前に一度掛かってきたきりである。家人が取り 何か唐突だったので直ぐに見破り対処したことであった。「会社のカネを 失くしたとか」「交通事故を起こしただの」どんな事を言ってダマそうと したってウチはダマされないだろう。 時代が変わっても江戸時代に石川五右衛門が言った「世の中に盗っ人のタネ は尽きまじ」は正しいと思って間違いない。
2015年11月09日
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このタイトルは筆者の尊敬する山藤章二氏のエッセイの中にある。 昔気質の男どもが今の女性にどう感じているかとでも言おうか。 例えば女性にとっての永遠のテーマ、「いかに痩せるか、いかに 美味しいものを食べても太らないでいれるか」という話。 失礼ながら女性誌を覗くと痩せる薬とか食品、器具、エステイテック の話が満載である。どうです、そうじゃありませんか?それと美への 飽くなき追求の広告宣伝。まあ男性にとって女性がきれいになると言う のは悪くないから大いに切磋琢磨して美しくなってもらいたいものだ。 さて、むかし男が集まって酒を飲みながらワイワイやってる。「ガリガリと ポッチャリはどちらがいい?」ホントは好みも千差万別でいろいろとある のだがこの酒飲みどもはガリガリよりポッチャリがいいと結論が出た。 筆者も物理的に言えばそれに賛同する。が、それより女性としてどれだけ チャーミングであるかを優先する方である。そこそこ素養があって物腰が 上品であればどっちであっても筆者としては好むのである。中味がなくて がさつなのは外見がどうあろうと受け付けない。 そんな話をマスコミ畑のキャリアウーマンに言ったところ彼女はどう答えた と思います?「むかし男って可愛いよね。いまだそんなところで思考停止 しているんだ」と冷ややかに言った。 「女性が痩せようとしているのは何も男にモテたいからなんてもの欲しげな 動機じゃありませんよ。素敵だと思うブランドものはすべて痩身用に作られ ているから先ずそれを着られる体形でないと話にならないのよ。それと他人 に見てもらいたいという願望もあるけどそれは男性じゃなく同性の女性。 男の視線などどうせヤラシイ形而下的に見ているの。現代の女性、少なく とも知的な女性はもっと肉体を形而上的に捉えている。つまり社会で男性と 伍してバリバリやるためのメッセージなのよ、わかった?」ときた。 そうか、そうなのかとしか言い様がない。「むかし男」たちがどう言おうと 「いま女」たちはそう考えているのだ。日本は女性の地位が先進国でも飛び ぬけて低い。安倍総理は女性の地位向上にとりわけ熱心に政策の一部として 取り上げている。大臣の中にでも、一般の職場、会社関係にでもどんどん幹部 に女性を登用すべしと推奨している。 筆者も大変いい事だと賛同している。そんな女性に対しては願わくば胸の ボタンが窮屈に見える方がいいしスカートの縫い目もパンパンで弾けそうな方 がいいと思っているのだが、勿論中味がチャーミングであるという条件でなけ ればならないが。
2015年11月08日
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「誕生日には京都でウナギをご馳走するから」と家人が言うもんだから、 そうかい、そうかい、それはそれはと行ってきました。 何かのTV番組で見たらしく新京極の「かねよ」と言うお店。商店街から ちょっと横丁に入ったしもた屋の古いお店。”きんし丼”なるウナギ丼を 頂いてきた。要はうな丼に薄いタマゴ焼きが乗っかっているシロモノ。 味はマイルドでまあまあであった。 京都は相変わらず外国人でいっぱい。西欧人も多いがそれより多いのは やはり中国人、あっちでもこっちでもワイワイやっている。どうも品がない。 平安神宮近くの京都市美術館で「フェルメール&レンブラント展」を観に行き ました。平日だからか比較的空いていました。折角のフェルメールでしたが 絵は一点だけしかありませんでした。それでもフェルメールの名前を冠すると 人気があるのですなあ。17世紀のオランダの巨匠たちの絵画展でした。 それから陽気に誘われて平安神宮から南禅寺へと約300mほど上がる。 ぼちぼちと紅葉が始まっている。もうあと10日もすれば見頃になるだろう。 でもせっかちな木はもう黃色や赤く色づいてきていて写真のターゲットに なっていた。 さすが南禅寺の辺りは観光客だらけである。着物を着た若い女性がいる と中国人が寄っていって一緒に写真を撮っている。有無を言わせずである。 厚かましいもんだ。 南禅寺の境内で日陰のところを選んでしばし休んだ。かれこれ相当歩いた ので老体は疲れる。人混みとバスや車で兎に角京都の街はいっぱいだ。 聞くところによると京都はホテルも宿屋はどこも満杯ですでに近郊の街の ホテルもいっぱいらしい。今は修学旅行シーズンだしどこもここもすし詰め の状態が京都である。2000年のオリンピックのピークまでどうなるんだか、 他人事ながら心配になる。 琵琶湖から流れる疎水。蹴上げ付近。 帰途はコーヒーを飲みにドトールに入ったがここも満員。そそくさと飲んで 四条河原町から特急電車に乗って帰ってきた。あ~よく歩いて疲れた。
2015年11月07日
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折角書いた文章が最後のところで何かの拍子に消えてしまいました。 腹の立つことったら。10時に家人と珍しく京都へ行くことになっている ので今日のブログはなしにします。 昨日が私のウン才の誕生日だったのでした。それで一日遅れですが 都合で今日に延ばしたのです。ごめんなさい。 では行ってきます。
2015年11月06日
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冬至に近づいているからだろう、夜明けが遅い。六時でもまだうす暗い からジョギングに出るのを躊躇う事になる。そしてもうちょっとと布団 にと篭っていると昨日の様に寝過ごしてしまう。天気の悪い日は更なり。 今朝は明るい朝。そそくさと準備して昨日の分もと勇んで家を出た。 寒気がなく生暖かい。どういう加減か西高東低の配置が狂ったものか。 それにしても今話題になっている建築偽装は怖い話である。まるで中国 や韓国の話のようで到底日本のことだと信じ難い。日本の古い神社仏閣 は殆ど木造だが何百年経ってもビクともしない。お城だってそうである。 それだけ日本の土木建築技術は進んでいたのである。それが近代の高層 建築に受け継がれ木造からセメント&鉄骨に替わり世界でも類を見ない 評価を受けている。 その日本で起こった土木建築の偽装である。この地震大国に於いて基礎で ある土台の杭打ちに手を抜いたらどうなるかくらい分からぬのだろうか。 地中の事で見えない部分だから分かるまいとダマしたとしたらタチが悪い。 日本人の風上にも置けない人間たちだ。そんな者達がよく給料をもらって ノウノウと暮らしているものだ。恥ずかしくないのだろうか。どうやら会社 の組織ぐるみの行為らしいじゃない。もしもそんな偽装の建物が大きな 地震ででも崩壊し多くの死者を出したとしたら工事者としてどう思うのだ ろう。そういうことも考えないで自分たちの仕事としてそれに携わりやって 来たのは同じ日本人への冒涜以外の何ものでもない。 韓国で漢江の橋が突然崩落して車ごと落ちて何人か亡くなったとか何とか デパートが崩壊して何百人死んだとかフェリーで過重積載で何百人死んだ とか、中国では高速鉄道の衝突事故で列車が高架から落下し多数の死者 を出しその車両を証拠隠滅で埋めようとしたとか彼らの国では何の不思議 もない。これらワイロの国では何が起こっても不思議ではないだろう。 だがこの日本でこの様な恥ずかしい手抜きは許すことはできない。これだけ は国をあげて二度とこんな不祥事にならないように原因を究明し必要ならば 厳しい法規制を敷いてでも対処してほしいと思うのである。
2015年11月05日
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一度国会で決めたものは実行すべしが私の考え方である。もしそうでない なら国会で決めることの意義はないからである。野田民主党政権から安倍 自民党政権の移行の時に国会議員の削減と消費税アップを決めたのでは なかったか。安倍総理の大凡に対しては賛成の立場であるがこの二つに 関しては頂けない。 一旦決めたことはゴチャゴチャ言わずに実行すべしである。現行8%税率を あと2%上げることに関し経済専門家はやれ景気が減退するとか先送りせい などと言って反対しているがおみゃ~らの選んだ国会議員が国会で決めた事 なんだから文句言うのはおかしいという立場である。 財務省の受け売りでアッソウ大臣は”ややこしい”などとあるまじき発言をして いるがヨーロッパで問題なく実行されている軽減税率が日本で出来ない事は 考えられない。小売業者や卸売業者のインボイス(納品書)形式がややこしく て、出来るとか出来ないとか言うがそんな無用で余計な心配はする必要はない と思うのである。 サラリーマンなら会社通じ棒引で税金を取立てておきながら一般小売業者 からは殆ど税収はないと聞いている。それは申告制にしているから自分達の 食べる食糧まで営業経費として計上を認めているとかサラリーマンに比べて 優遇しすぎなのだ。商売やっていて納品書を書くのは当たり前である。もし 書けないのなら簡単な納品書作成機でも作ってやったらいい。 「軽減税率」とは、条件に応じて標準の税率より低く抑えた税率のこと言う。 つまり生活必需品である食品などは税率を低く抑え贅沢品などにはそのまま 高い税率を当てはめる。ヨーロッパではもう何年も行われているのに大して 問題は聞かない。日本ではやる前からあ~でもない、こ~でもないと議論が 囂しい。 察するところ財務省がどうしたら多く税収を獲得できるかをあ~でもないこ~ でもないと考えているのだろう。私はそんなことより財務省は従来の予算の 立て方を考え直した方がいいと思うのだ。つまり毎年各省庁から来季の予算 を立てさせ、それを集計するやり方を改善し、前年対比減らす予算案があって いい。それを政府と相談して進めるべきではないか。そこに山があるから登る という考え方を止めて、「止めるべきもの」「減らすべきもの」そして逆に 「増やすべきもの」などのメリハリを付けた予算を立てるべきだと思うのだ。 どうもドロナワ式に進んでいる気がしてならない。会社でもそう、要る、 要るで認めると経費など減ることはない。成果との対比でものを言うとそれが 減らせるのである。お役所は一度立てた予算はその年度に使い切ることが 要求されるが第一これがおかしい。残したら次年度減らされるから年度末に は余計な工事などして使い切っている実情はよく見る光景だろう。 私は税金を取り立てる一方で減らす努力がないといけないと考える。その意味 で大阪市長の橋下氏の行政手腕は大したものだと評価しているのだ。彼の様な 行政マンがこれからの日本にどんどん出てほしいと思う。カッパの川流れの 如き目出度い行政マンばかりでは日本は早晩滅びていくだろう。
2015年11月04日
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日本人にはハタラキオジサンが多い。今も多いが一番多かったのは 1960年以降の高度経済成長初期からではないか。否、そんなこと はない、ずうっと昔の農耕時代からそうであった。そうかも知れない。 そうでなければ東洋のこんな島国で高度な文明や文化が育つことは なかった。 貧乏から脱却する為には働いてカネをつくるより仕方ないし一所懸命 働く事は当然だったのだ。戦争に負けた時日本人は反省したのです。 アメリカに負けたのは物量の差であったと多くの日本人は知っていた。 アタマの程度では負けなかったが敵はB29を量産し多くの母艦を建造、 日本本土も近辺の領土にも雨あられと爆弾を投下した。日本は最後は ゼロ戦をつくる鉄も飛ばす石油もなく結局は敗戦の憂き目。それは物量 の差であったのだと誰しも自覚した。 それから何年か経ちアメリカのリッチな生活ぶりを見て我々もあの様に なりたい。彼の文明文化生活に憧れて一億国民血眼になって働いた。 目の前にご馳走をぶら下げられたのである。それは走らざるを得まい。 みんな走りに走って汗水垂らして三種の神器をものにした。テレビに 洗濯機に冷蔵庫だ。それが1960年前後でその次に来たのが3C時代。 カラーテレビにクーラー、それにカー(車)である。1964年の東京五輪 を境目にして日本の電化生活はぐんぐんと上昇していった。 どうです、戦争に負けて高々15年ですよ。日本人はアタマがいいのです。 資源は外国から持ってきてそれで国産の技術をどんどん向上させ次々と 新製品を作っていったのです。そして世界第二の経済大国になった。 2010年に中国にその座を譲ってはいるが。中国は日本、アメリカ、欧州 諸国の技術を上手いこと利用したり盗用したりして膨大な労働力を背景に 第二位の地位に這い上がった。韓国だってエラそうにサムスンだヒュンダイ だとか言ってるが模倣、盗用の結果が今日を形成している。 日本のハタラキオジサンは寸暇を惜しんで働いた。そして便利な生活を ものにしたし貯金もした。その貯蓄がアメリカや中国、韓国と違うところ、 貯めに貯めたのが何と1500兆円だ。だから国が1000兆円赤字を出し てもビクともしないのである。世界がそれを認めているのは国が借金して いても日本全体のフトコロは大丈夫と見ているのだ。 ハタラキオジサン(ハタラキバチと言ってもいい)たちは漸く羽を休めて 二代目たちにバトンを引き継いだ。日本はオイルショック、バブル崩壊、 リーマンショックを経て様々学んできた。もう同じ轍を踏むことはない。 今、二代目ハタラキオジサンがバトンを引き継いでいる。一部にはハロ ウインだなどとノーテンキにバカ騒ぎしているのがいるが大勢はそうでは ないと信じる。洋々たる未来に向かって融通無碍に伸びて行きたいもの。 二代目ハタラキオジサン頑張れ、そして三代目ハタラキオジサンに引き継 いでくれ給え。 ※今日は18:00開始の京セラドーム大阪で社会人野球日本選手権大会 日本生命VS鷺宮製作所の試合を観に行きます。
2015年11月03日
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今朝のニュースでハロウインのバカ騒ぎがあった渋谷近辺を若者や 多くの人々が落花狼藉、つわ者どもが夢の跡をゴミ袋を持ち片付け 歩いていたという記事を見てホッとした。 日本は何と平和な国なんだろうと思う。関係のない「ケルト人のお祭り」 ・・・元々は秋の収穫祭を祝って悪霊を追い出す宗教的な祭りで10月31日 に行われるもの。ケルト人なんて今はいない、紀元前1500~1000年頃に ガリア人と呼ばれインド・ヨーロッパ人種に属する。中央アジアから馬車で ヨーロッパに渡来し中部、西部に住んだと言われる。もうmingleして同化 してしまっているのだ。そんな異国のお祭りに便乗してバカ騒ぎしている。 日本にはこうした海外の行事を上手いこと商売に取り込む仕掛け人がいて、 メデイアを利用して宣伝するのだ。それに若者たちが軽い気持ちで乗っかり 大騒ぎに発展。バレンタインも一緒、あれはチョコレート屋が仕掛けたもの。 今やバレンタインと言えばチョコレート、チョコレート屋がウハウハである。 「上手いことやったった~♥」と舌なめずりしているのが目に見えるようだ。 考え様によればそうした泡沫イベントで少しでも景気が煽られ、世の中の 大部分が気分よく浮かれるのもありかも知れない。こういう仕掛けは日本が ホントに上手く外国人まで乗せてしまうようだ。 まあ、こんな国があってもいいのかも知れないが筆者は冷めた感覚しかない。 きっと多くの大人は傍観者で無意味な騒ぎを冷静に見ているだろうと思う。 賢兄姉は如何お思いであろうか。 さて、昨日からもう11月。今年もあと2ヶ月である。年齢を経るにしたがって 年月の進むのが疾い。そろそろまた来年のDairy Bookを買わんならん等 と気になる時期である。 それと忘年会の段取りもせにゃならんと心忙しい のである。カレンダーと睨めっこしながらボチボチ始めようかい。
2015年11月02日
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先日の同期会で半世紀ぶりに高校時代の親友に会った。今でこそ 親友なる呼び方をするが当時はその友達の方が圧倒的に成熟して いた記憶がある。この半世紀ほどで筆者が置かれた様々な環境に 揉み込まれて随分と追いついたように思った。 で、その二日間様々な話をして旧交を温めたのであった。半世紀の 人生というのは語り尽くせぬ程だけどお互いの価値観は共有できて いい確認の場であった。筆者にとって高校、大学の友達はこの大阪 には皆無で全部が関東以北であるからその意味では稀有な立場で ある。北海道からは学校出ても精々関東までで関西に就職する人間 は殆どいない。実は一人だけ大学の友人が大阪の商社にいたのだが 十数年前から音信不通になっている。そう親しい間柄でもなかった から万一の事でも筆者には連絡しなかったのであろうと思っている。 事実は未だ定かではない。 さて、この関西で友と呼べる人たちはかつての会社関係の人間達か、 ボランテイアで知り合った人たちか中国語のサークルで一緒になった 人たちである。会社関係の友達とは年に忘年会とか新年会で顔を合 わすだけで、日常交わるのはボランテイアとサークルの人たちである。 そんな人たちとちょいと一杯の機会が増え、コンサートとか花見とかに 託(かこつ)けては会合している。酒という潤滑油はいいもんである。 来し方行く末の垣根を越えてもっぱら趣味の話やらスポーツ談義、また 靴の底から足裏を掻くような政治の事などを話しながら飲む酒は罪が なくてよろしい。適度な酒は友が増えるいい媒体である。
2015年11月01日
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