草加の爺の親世代へ対するボヤキ

草加の爺の親世代へ対するボヤキ

PR

プロフィール

草加の爺(じじ)

草加の爺(じじ)

サイド自由欄

カレンダー

フリーページ

2022年03月08日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
稲日野(いなびの)も 行き過ぎかてに 思へれば 心戀(こほ)しき 可古(かこ)の島見ゆ(― 

西から東に上る海上で、稲日野も懐かしくて行き過ぎ難いと思っていると、恋しい可古の島も見

えて来た、本当に懐かしく嬉しい事だよ)


 留火(ともしび)の 明石大門(あかしおほと)に 入る日にか 漕ぎ別れなむ 家のあたり見ず

(― わが舟が、明石の海峡に入る日には、いよいよ故郷の大和と漕ぎ別れる事であろうか。懐

かしい家のあたりを、もはや見ることなしに)


 天離(あまざか)る 夷(ひな)の長道(ながぢ)ゆ 戀来れば 明石の門(と)より 大和島見ゆ

(― 遠い田舎からの長い航海を経て、故郷を恋い慕いながらはるばるとやって来てみると、明

石海峡を透して遥かに大和の島・生駒や葛城の連山が望み見られる、ああ、懐かしさに胸が躍る




 飼飯(けひ)の海の 庭(には)好くあらし 刈薦(かりこも)の 亂れ出づ見ゆ 海人(あま)の

釣船(― 飼飯の海の海面が静かであるらしい、海人の釣り船が入り乱れて漕ぎ出ていくのが見

える)


 天降(あも)りつく 天の芳來山(かぐやま) 霞立つ 春に至れば 松風に 池波立ちて 櫻花

 木(こ)の晩茂(くれしげ)に 奥邉(おきべ)は 鴨妻(つま)呼ばひ 邉(へ)つ方(へ)に あ

ぢむら騒き 百磯城(ももしき)の 大宮人(おおみやひと)の 退(まか)り出て 遊ぶ船には 

梶棹(かぢさを)も 無くて不楽(さぶ)しも 漕(こ)ぐ人無しに(― 天下って来た天の香久山

は、霞の立つ春になると、松風に池の波が立ち、桜の花は木の下が暗くなる程繁り、沖辺では鴨

が妻を呼び、岸辺ではあじがもの群が騒いで、かつて大宮人が宮殿から退出して遊んだ船には、

今は梶も棹も無くて、寂しい。漕ぐ人も無くて。


 人漕がず あらくも著(しる)し 潜(かづ)きする 鴛(をし)とたかべと 船の上(へ)に住む



ることがはっきりと解かる)


 何時の間(ま)も 神(かむ)さびけるか 香山(かぐやま)の 鉾椙(ほこすぎ」が本(もと)に

 コケ生(む)すまでに(― いつの間にかまあ、こんなに古めかしくなってしまったのであろう

か。香久山の鉾杉の根元に苔が生える程に)


 天降(あも)りつく 神の香山 打ち靡く 春さり來れば 櫻花 木の暗茂(くれしげ)に 松風



き)の 大宮人の まかり出て 漕ぎける舟は 棹梶(さをかぢ)も 無くてさぶしも 漕がむと思

へど(― 天来の神の香具山に春が来ると、桜の花は木の下が暗くなるほどに繁り、松を吹く風

で池の波が立ち、汀ではアジ鴨が騒ぎ、沖では鴨が妻を呼んでいる。その昔に大宮人達がやって

来て漕いだ舟は、今は棹や舵もなく漕ぐにも仕様がない。寂しい限りであるよ)


 やすみしし わご大王(おおきみ) 高輝(たかて)らす 日の皇子 榮えます 大殿のうへに 

ひさかたの 天傳(あまつた)ひ來る 白雪(ゆき)じもの 往きかよひつつ いや常世まで(― 

我が日の皇子の栄えておいでになる大殿の上に、大空から降ってくる真っ白な雪の様に、頻りに

この御殿に通い、いよいよ年久しく、いつまでもお仕え申したいものです)


 矢釣山(やつりやま) 木立も見えず 降りまがふ 雪にうぐつく 朝(あした)樂しも(― 矢

釣山の木立も見えないほどに降り乱れる雪の中を、馬を走らせて御殿に来る朝は、本当に楽しい

事だ)


 馬ないたく打ちて な行きそ 日(け)ならべて 見てもわが行く 志賀にあらなくに(― 馬

をひどく鞭打って、急いで行ったりしないでおくれ。多くの日数をかけて、この美しい風光を見

ながら行く事のできない、志賀の国なのだからねえ)


 もののふの 八十氏河(やそうぢがは)の 網代木(あじろき)に いさよふ波の 行く方(へ)

知らずも(― 武勇で知られる侍達が大勢輩出しているその名門の誉れではないけれども、宇治

川の網代木に、上流から激しく流れて来ては漂い、停滞する川波であるが、その流れ行く先が

全く分からなくなってしまう。その様に、我々の未来も不確定である。不分明で先のことは誰に

も知れないのだ…)  ――― 古今に卓越した名歌であると、私、草加の爺は思わず感嘆の声を

上げずにはいられないのでありました。調べと言い、条理の通った理屈と言い、間然する所が無

い。けだし、柿本人麿はこの一首だけでも歌聖の名に相応しいと思うし、この伝統は正しく西行

に受け継がれている様を、確認しておきたいと思う。


 苦しくも 降り來る雨か 神(みわ)の崎 狭野(さの)の渡(わた)りに 家もあらなくに(―

 困ったことに降り出した雨であるよ。神が崎の佐野の渡し場には、近くに家もないというのに)


 淡海(あふみ)の海 夕波千鳥 汝(な)が鳴けば 情(こころ)もしのに 古(いにしへ)思ほ

ゆ(― 近江の湖の夕波に、飛び交う千鳥たちよ、お前達が悲しげなその声を絞って鳴くと、私

の心は何故かしら自然に靡き寄せられて、古代の事が切実に思われて淋しく、悲しい心に誘われ

てしまうのだ…)  ――― これも人麿の代表歌のひとつ。歌の調べが素晴らしく、鑑賞者も理

屈抜きで古代の王朝文化に誘われてしまう。千鳥は古代人の魂そのものとして自然に表現されて

いるので、余計な知識などを持たなくとも、鑑賞の障害とはならない。素晴らしいの一語に盡き

る。この様な歌に接すると、心が洗われると共に、稀有な銘酒を飲んだ時のように心地よく酩酊

してさながら、極楽浄土に遊ぶ心境に誘われている。有難いことであります。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2022年03月08日 16時26分42秒
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: