草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2022年03月29日
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しらぬひ 筑紫の綿は 身につけて いまだは著(き)ねど 暖(あたた)かに見ゆ(― 九州筑紫

産の真綿は、まだ着た事がないが、暖かいそうだ)


 憶良らは 今は罷らむ 子泣くらむ そを負(お)う母も 吾(わ)を待つらむ(― 私、山上憶

良などは途中で失礼いたしましょう。今頃は子供が泣いているだろうし、その子を背負っている

私の妻も、私を心待ちにしているであろうから)


 驗(しるし)なき 物を思(おも)はずは 一坏(ひとつき)の 濁れる酒を 飲むべくあるらし

(― 甲斐もない物思いなどに耽らないで、一杯の濁酒を飲む方が増しなのであろうよ)


 酒の名を 聖(ひじり)と負(おほ)せし 古(いにしへ)の 大き聖の 言(こと)のよろしき

(― 中国の魏の太祖が禁酒令を出した際に、酒の名を、聖人と呼んだ大聖人がいたが、その言




 古(いにしへ)の 七の賢(さかしき)人どもも 欲(ほ)りせしものは 酒にしあるらし(― 

晋代に竹林の七賢人と呼ばれた人々も、欲していたのは、酒であったと言うよ)


 賢(さか)しみと 物いふよりは 酒飲みて 酔泣(ゑひなき)するし まさるたるらし(― 賢

人ぶって偉そうな事を言うよりは、酒に酔って泣き言を漏らす方が、勝れているらしいなあ)


 言はむ爲便(すべ) せむ爲便知らず 極(きはま)りて 貴きものは 酒にしあるらし(― 何

とも言いようもしようもない程に尊い物は、酒であるようだ)


 なかなかに 人にあらずは 酒壺に 成りにてしかも 酒に染(し)みなむ(― 中途半端に人

間でいるよりも、いっそ酒壺になってしまいたい。そうしたら、酒にたっぷりと染みる事ができ

るだろうから)


 あな醜(みにく) 賢(さか)しらをすと 酒飲まぬ人を よく見れば 猿にかも似る(― あ

あ、みっともない事だよ。馬鹿馬鹿しい、酒などが何になる、と賢げに物を言う人をよく見て




 價(あたひ)無き 寳といふとも 一坏(ひとつき)の 濁れる酒に あに益(ま)さめやも(― 

仏教で、評価を超越して貴い宝などと言うが、それも、一杯の濁酒に勝るとは思えないことだよ)


 夜光る 玉というとも 酒飲みて 情(こころ)をやるに あに若(し)かめやも(― 夜光る玉

などと、大事そうに言うが、それも一杯の濁酒に何の勝ることがあろうか、勝りはしないのだ)


 世のなかの 遊びの道に すずしくは 酔泣(ゑひなき)するに あるべかるらし(― 世間の



良いのだ)


 今(こ)の世にし 樂しくあらば 來(こ)む生(よ)には 蟲にも鳥にも われはなりなむ(― 

 この世で楽しく酒を飲めるのであれば、来世では虫でも鳥でも、何になっても私は構わないよ)


 生者(いけるもの) ついにも死ぬる ものにあれば 今(こ)の世なる間(ま)は 樂しくあら

な(― 生きている我々は最後には死ぬ定めにあるのだから、この世に生を享けている間は、楽

しく過ごしたいものだ)   ――― これは大伴旅人、文人的知識人風の歌人として知られる人

の詠歌であるが、誰もが自然に感じる本音を極めて自然に述べていて素晴らしい。歌の本質とは

このようなものと感じさせる古今に絶する名歌と言っておこう。但し、理解は、共感は誰にでも

出来るが、詠じることは天才にだけ許された特異な才能と、蛇足ながらに言い添えて置こうか。


 黙然(もだ)をりて 賢(さか)しらするは 酒飲みて 酔泣(ゑひなき)するに なほ若(し)か

ずけり(― 黙っていて利口ぶった振る舞いをするのは、酒を飲んで酔泣きするのに、やっぱり

及ばない事だ)


 世間(よのなか)を 何に譬へむ 朝びらき 漕ぎ去(い)にし 船の跡なきがごと(― 世の中

の事柄、我々の人生を何に譬えてみようか、例えば、朝に停泊地を出発した舟が後に何の痕跡も

残さない様なものだろうか)   ――― これもさらりと詠んではいるが、名人の作と言えよ

う。様々な人生模様を内側に包み込んで、何事もなかったかの如くに静まり返っている港の風

景…。理屈を言っているのではないが、内容は奥深いのである。


 葦べには 鶴(たづ)が音(ね)鳴きて 湖(みなと)風寒く 吹くらむ 津乎(つを)の崎(さ

き)はも(― 今頃は、芦辺には鶴が啼き騒ぎ、みなとの風が寒く吹いていることであろう、あの

津乎の崎では)


 み吉野の 高城(たかき)の山に 白雲は 行きはばかりて たなびけり見ゆ(― 吉野の高城

の山では、白雲が行く手を阻まれて、横に棚引いている様が見て取れるよ)


 縄の浦に 盬焼くけぶり 夕されば 行き過ぎかねて 山にたなびく(― 縄の浦で、海人が

塩を焼いている煙が、夕方になると行先が無くて、山に向かって棚引いている)


 大汝(おほなむち)少彦名(すくなひこな)の いましけむ 志都(しつ)の石室(いはや)は 幾

代經(へ)ぬらむ(― 大汝と少彦名の神がおいでになった、この志都の石屋は一体幾代を経てい

るのであろうかしらん)





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最終更新日  2022年03月29日 18時17分57秒
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