草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2025年01月07日
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夕霧阿波鳴門(ゆうぎりあわのなると)

           上 の 巻

 年のうちに春は気にけり、一臼に餅花(餅つきの際に餅を小さく丸めて木の枝に付け小児の弄びとし

た。花が咲いたさまに見えるので言う)が開く、餅つきのにぎにぎしや、九軒町で嘉例の日取り揚屋の吉

田屋の庭の竈(かまど)は難波津の有名な歌、高き屋に上りてみれば煙立つ民の竈は賑わいにけり、歌の

心そのままで、蒸籠(せいろう)の湯気の大杵、駕籠かきの長兵衛が大汗を流しながら、やあえい、中居

の萬が臼を取り、さっ、やあえい、さっやあえいさっ、さっさ搗(つ)け、さっさ搗け、ハッア、木遣り

唄でも歌いながら搗きなさいよ、先ずは恵方棚神を祭った所の鏡餅を取ります、散りますと遣り手衆の顔

に取リ粉附いて面白いと言っては妓(よね)衆が笑う、禿が手折る柳の枝、一方で年季も終わりに近づい



うと、その準備に怠りない者もいる。

 正月早々の女郎買いの大大尽の他、大夫様からも揚屋の亭主に付け届け、門前を山草(羊歯や裏白)を

売る声、一寸祝いましょう、裏白・ゆずり葉、ごまめでござんす、春永ののんびりとした声に、相も変わ

らぬ女郎の顔を眺めるだけの客の姿。逢瀬を契る餅は杵で搗いて、離れない客を祝い臼に入れます。益々

全盛、座敷は善哉餅(つぶし餡の汁粉)、店先の土間には節季候(せっきぞろ、年末に羊歯の葉を指した

笠を被り、赤い布で顔を覆い、目の辺りだけを現した風で、二人または四人連れで各く戸を廻り目出度い

詞を踊り謡って米や銭を乞う、一種の物乞い)が来ている、これはまた目出度いぞ、揚屋の餅つき、紋日

(もの日の転で、遊里で祝いの日を言う。この日遊女は客にねだった衣装を着飾り、客は揚屋や遊女に祝

儀をはずんだ)の長持ち(遊女が揚屋に呼ばれた時に置屋(女郎屋)から夜着などを入れた長持ちを持た

せてやる習俗があった)、御客には太鼓持ちが附く。これはまたにぎにぎしいぞ、女郎衆には鑓持ち(遣

りて婆)がつき、お家は金持ちで代々福々、松吹くふくふく松風や、松売る声こそ恋風の其の扇屋の金箱



日数も降り積もって、雪が重くならないうちに養生をしようと、勤めに出ようと出まいと本人の自由な身

の上、以前から深い好みの吉田屋は足元も軽い道中であり、暖簾をくぐるのも力なく、今日は御目とう御

座います、ああ、しんどやと腰打ちかけて我が身を自然に投げ入れて、まるで清楚な水仙の花の様に持て

なした。

 吉田屋の亭主の喜左衛門は機嫌よく見迎えて、これはこれは大夫様、御気色もよいのでしょうか聞いて



出されてから去年の今日まで御馴染み客の伊左衛門様と一緒に一度も外されたこたがないのに、今年の餅

つきだけは伊左衛門様は流浪遊ばし、あなた様は御病気で嘉例を外す所でした。この喜左衛門は頭痛が八

百、心を痛めておりました。ちょっとだけでもお呼び申したいと、念じていた折も折、今日の御客は四国

の御侍様、頭巾で頭は見えないが角前髪(すみまえがみ、元服前の少年の髪の形)の御小姓らしい。その

器量の良さおぼこさ(初心らしい様子)は道頓堀の若衆方や女方(芝居に出る少年俳優)をくまなく探し

てみても一人も見当たらないでしょうよ。

 四国西国に隠れもない有名人の夕霧と言う大夫に、近附きになりたいものと、わざわざ大阪で御越年

(全盛の大夫にはそれぞれ先約があって、客が急に会おうと思っても、それは許されなかった。本文の侍

客もその事情を察し、年末に大阪に出て揚屋に申し入れながら、その時期を待って年の明けるまで滞在す

る予定でいたのである)、御気合(病気)に支障があると言うので初対面にはお勤めなされぬ慣習も御存

知で、呼びに応じてくれたのはさすがは御馴染みの喜左衛門であると否応なしの御出で、我が家の祝い事

である餅つきも御蔭で一段と映えますると、かかも尻もちをついて喜んでおりまする。これ、杉(夕霧に

ついて来たやり手の名)と沖の丞(同じく禿の名)や、中の間に行って善哉を祝いなさい、此処は冷えま

す大夫様、先ずは御座敷へと言ったところ、ああ、私は気分もよくても真から良いとは言えないのです

が、伊左衛門様と一度も欠かさなかった今日の日でありますから、命があるうちにちょっと来て伊左衛門

様に逢う心です。こなさん達の顔を見たいと思う折節に呼びに来たのを幸いに此処まで来ました。座敷で

の客への応対は気ままにします。そう思ってくださいな。

 それはもう言うまででもない事です、気に召すように気随気ままになさってくださいな。そう言って座

敷に送り出したのだ。

 冬編み笠もすっかり垢染みて、尾羽打ち枯らした貧乏たらしい紙子姿で火打ち(紙子の袖のほころびや

薄い部分に縫い付ける火打ち鎌の形をした布切れを言う)膝の皿、風吹き凌ぐ忍ぶ草、忍ぼうとするが古

の花は嵐の頤を襟に付けて今日の寒さを歯を食いしばって堪える。鞘と柄の上に僅かにはみ出している鍔

も神さびた短刀を腰に、刀のコジリが詰まって短くて生活に困窮した師走の果て、見るからに胡散臭い姿

で吉田屋の内を覗いて、喜左衛門は宿に居るか、ちょっと会いたいぞ、喜左衛門、喜左衛門、半開きの扇

を鼻先に当ててやや取り繕った風、傲慢極まりない横柄な態度である。

 男共は口々に、彼奴は何者じゃ、絵に描いた風の神か鳥威し(案山子)のようだぞ、その様で何だと言

い草が振るっているぞ、喜左衛門に会わせろだと、まるで百貫目も使うお大尽様の言いようじゃ、棒を喰

らわせようかこの野郎目、と返答したところ、相手はおお、百貫目などそれ程貴いのではないぞ、喜左衛

門と呼び捨てにしてもよい身分なので呼び捨てにしている。だから会わせてくれ、どりゃ、遇わせてくり

ょう、こんな目にじゃぞと竹箒を持って打ってかかるのを喜左衛門は飛び降りて、強請者(ねだれ、ゆす

り)かも知れない粗相するなと制止してから、笠の内を覗いて、やあ、伊左衛門様ですか、何と喜左、こ

れは夢は七つか、さてお久しい懐かしや、京大佛の馬町に御逼塞(姿を隠して籠もる事)と承っておりま

した。霧様よりは数通の御状、飛脚も二三度奈良、大津まで尋ねさせて、たった今もお噂致しておりまし

た。先ずは御馴染みの小座敷で二年間に積もったお物語を致したいもの、いざお通りをと言って袖を引け

ば、ああ、紙子触りが荒いぞ荒い、もっと手加減をして袖を引け、これこれ、余り引けば紙子が破れる

ぞ、皺がつく。師走坊主、師走浪人、諺に言うようによれよれで頼りない風体だが、昔は遣り手が迎えに

出たが今は漸くの事で長刀草履(履き古して長くなり反っている)を脱いで編み笠のままで中の座敷

に通ったのだが、お寒かろうと喜左衛門が縮緬の紅絹裏(もみうら)の小袖をふわと打ちかける。

 ああ、これは無用の心配りだ、寒中の吹きおろしに慣れている今の伊左衛門は少しも苦しくはないが、

志だけは有難く頂戴いたす。そう言ってから着用する様子をつくづくと眺めて、喜左衛門はああ浮世だ、

藤屋の伊左衛門様にこの吉田屋の喜左衛門が御着せする小袖、たとえ蜀江の錦(中国で蜀の成都から産出

した錦、厚くて美しい)であっても頂いては召さないでしょうに。本に涙が零れまする、と言って目をこ

するのを見て、いや、これ、喜左、この紙子を着るようになった運命は、さらさら無念だとは思っていな

いぞ。惣じて重たい俵物や材木などは牛馬が負うのは珍しい事ではない、犬か猫が背負っていたらこれは

意外だと人が手を打って驚くだろう。我等もその通りで、紙子の袷一枚で七百貫目(銀七百貫目は金一万

一千両強)の借銭を負ってびくともしないのは恐らくは藤屋の伊左衛門くらいで、日本に一人の男だぞ。

裸一貫の身で巨額の借金を抱えているので身体が冷えてたまらないぞ。

 たあう、この身が金とは忝い、喜左衛門は祝いの餅搗きで大きなお金がお入りなされた。これ、かか、

まだ蓬莱は飾っていないが先ずは正月のつもりで三方飾って持って来なさいよ。そう言って奥に入ると内

儀はあっと答えてゆずり葉に長穂(羊歯)を折り敷いた上に橙柑子や蜜柑その他などや、榧(かや)勝ち

栗、お懐かしや、お懐かしや、久しぶりでお懐かしい無事なお顔を拝して、お嬉しや様ですとい出ければ

伊左衛門はとかくの挨拶をして涙ぐみ、夫婦の衆が懇ろに蓬莱を飾って祝ってやろうとまで気を使ってく

れたが、夕とも霧とも言いださない。仄かに聞けば夕霧が身の事を気に病んで命が危ないとまで聞き及ん

でいるが重篤であるのか、それとも無常の夕霧とこの世を去ってしまったのか。嘆きをかけまいとして言

い出さないのか、誓文(せいもん)で泣きはしないから語って聞かせてくれよ。泣かぬ泣かぬと言う声

も、気遣いの涙で濁っている体たらくだ。

 いやいや、これはお道理です、霧様の御気色は秋頃は散々でしたので勤めも御引きなされていました

が、寒に入ってからは少しく御快気、即ち、四国阿波の御侍に正月買いも御引き受けなされて御座います

る。今日は此処に、と言い終わらないうちに伊左衛門、やあやあ、それは真実か、嘘か誠か、隣座敷をち

ょっと覗いて御覧なさいな、伊左衛門ははっと急いたる顔色(がんしょく)でしばらくは詞も無かったの

だが、のう、お内儀殿、天地が開け始まってから誠ある傾城と迦陵頻迦(極楽浄土に住む不老不死の鳥

で、美女の面と美声を持つと伝えられる)の雄鳥は絵に描いたのさえ見た事が無い。惣嫁(そうか、最下

級の売女、辻君)の様な傾城めに微塵も心は残らないが、知っての通り彼奴の腹から出た身が倅、しかも

男子(なんし)で明ければ七歳、元の遣り手の玉の才覚で里にやったとか、今日来たのはその倅の事で来

たのだが、定めて里にやったと言うのも嘘で、恐らくは捩じり殺して捨ててしまったのであろう。阿波の

侍と言うのは合点だぞ、よく知っている。この前に我と張り合った阿波のお大尽の平と言う者だ。つらつ

ら思えば傾城買うよりは紙屑買うのがましだ。金をだしてこちらに受け取る物は状文(遊女からの艶書)

だけだ。七百貫目が紙屑では富士の山の張り抜き(木製の型に紙を重ねて貼り、糊が乾いた後で型を抜き

取ったもの。此処は富士山を型にするという意味)も楽に出来てしまう。運の廻りが悪い時にはどんなこ

とで損をするかも知れない、無用の涙で紙子の袖を濡らしてしまったぞ。紙子の糊が剥がれないうちに罷

り帰ると立とうとした際に、ああ、あんまり御短気な、奥の御客は平様では御座いませぬ、いやいや、平

でも壺でもこちらは支度がよいのだと立ち上がった。

 それはお前様の慳貪(邪険の意ほかに、一杯切り盛りの食べ物をも意味した)と言うもの、夕霧様に逢

わせましょう、いやいや、いっそのことに慳貪と言うのであれば夕霧より蕎麦切りに致しましょうと、し

きりに拗ねるその中で、奥座敷で手を叩く、あれ、禿衆は何処にいる。言いつつ出て行く内儀に続いて行

き襖の陰から夕霧がさし覗けば、二人して馴れた床柱、凭れ掛かるも形見ぞと忘れも遣らぬ物腰は確かに

かの人じゃ、何か良い機会はないものか、あればそれを弾みに席を立って逢いたい見たいと心が急き、客

と対座はしているが自然に顔は横を向く。

 客の顔は、如何にも大名の小姓上がりの若侍、よくできた衣装つき、ばつばの鮫鞘(刀の柄に巻く鮫皮

に風に散る桜花の形に大粒が散在するもの)象嵌鍔(銅や鉄などの鍔に金銀の線で模様をはめ込んだも

の)、若紫の焙烙頭巾(大黒頭巾、丸頭巾)、懐中から香包み、名木火鉢に燻らせて、かか、これへ来や

れ、身なんどがようの奉公人は殿の御前に相詰めて、たまさかに遊興所などに参るのも気晴らしと言う中

で、第一は夕霧殿に恋心を持っているから、君の機嫌がよいようにお身を頼みますよ、一つ飲みなさい、

肴も召し上がれ、とひらり紙花(遊里で祝儀を差し出すのに先ず紙に書いたものをやるのを言う)七九

寸、紙花に当てた延べ紙の残りを木枕に当てて横になった。鳴門の阿波御大尽は夕霧の打掛に両足をぐっ

と差し入れた所、さても舐めたり、舐めたり、この夕霧に足を持たせるとはこりゃちと無礼と言うものじ

ゃぞ、それ程に足が苦になるのなら、打ち折って捨てるが好いぞ、言い捨ててつっと部屋を出ると、伊左

衛門は部屋の様子を透き見していたのだがちゃっと寝転び肘枕で空寝入りして高いびき。





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最終更新日  2025年01月07日 19時36分05秒
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