草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年01月09日
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はっとばかりに夕霧は打掛を着たままで自分の身を相手の横に投げ出して、その打掛に相手を引き纏い寄

せようと寝て、抱き付き、引き寄せ引き締めて泣いたのだが、ねえ、伊左衛門様、伊左衛門様、目を覚ま

して下さんせ、わしゃ患ってとうに死ぬはずでありましたが、今日まで命を長らえたのはもう一度わが身

を御主に逢わせて下さるる神佛の御慈悲で、目には見えない綱でもて死ぬのを引き留めて下さったもの

と見えまする。これ、懐かしくはないのですか、顔は見たくはないのですか、目を開けて下さいな、と揺

り起こし抱き起せば、むっくと起きて相手を横様に取って投げ、これ夕霧殿とやら、夕飯殿とやら、節季

師走は貴様の様に暇ではないぞ。七百貫目の借銭を背負って夜となく昼となく稼いでいる伊左衛門だ、こ

のような時には寝なければならないのだよ。邪魔をしないでくれ、惣嫁殿、と言った後でごろりと臥して

又もやごうごうと空いびき。



こす。これ、何とするぞ、この風体でも藤屋の伊左衛門だ。今の如くに奥座敷の侍に踏まれたり蹴られた

りする女郎に近付は持たないぞ。ここな万歳傾城め、万歳(正月に鳥帽子・素襖をつけて手には扇を持ち

家々の門に立ち、次の祝詞を唄う者。徳若に御万歳、当御殿栄えます。ありけうあり新玉の年立ち返る朝

より、水も若やぎ木の芽もさし栄えけるは誠に目出とうさふらいける云々)であるならば春にやって来

い。通って行け、行ってしまえ。と言ったところ、ムムム、この夕霧を万歳とは無礼な。おお、万歳傾城

の言われが分からぬというのか。侍の足に掛けられて蹴られるのを万歳傾城というのだ。誠に目出たく候

らいけるぞ、しかも足駄履いて蹴るのだぞ。年立ち返る朝(あした)ならぬそれだぞ。誠に目出とう侍蹴

るぞ。これで万歳傾城の言われが分かったか。そうは言っても何事も身過ぎ世過ぎが大事だ、あほのよう

な富裕な客に蹴られても損はない。欲を知らなければ身が立たないぞ。徳若ならぬ欲若に御万歳や、年立

ち返る足駄にて誠に目出とうそうらいける、町人も蹴る、伊左衛門も蹴る。蹴る、蹴る、蹴ると蹴散らか

し、これ、喜左、餅でも米でも遣ってやりゃ、と煙草を引き寄せて吹く煙管の素知らぬ態でいるのだっ



 夕霧はわっと咽せかえり、ええ、こなさんとも覚えないよ、此の夕霧をまだ傾城と思っているのです

か、本当の夫婦ではありませんか、開ければ私も二十二、十五の暮から逢い始めて何年になることです

か、儲けた子ももう少しで早くも七歳です。誠を言えば今頃は親類一門に宛てての状文にも伊左衛門内よ

りと書いても誰も咎めない。私に恨みがあるのならば私の方でも貴方に対して恨みが御座いますよ。去年

の暮から丸一年二年越しに訪れが無くてそれはそれはどれほどに心配したか分かりません。それが原因で



利別シロップなどで練り固めた薬)と鍼、按摩などでやっとのことで命を繋いで来たのに、たまさかにこ

なさんに逢えて甘えようと思う所を逆様に、これは酷い仕打ち、どうしたと言うのでですか。わしの心が

変わったら踏んでばかりいられますか、叩いてばかりいられますか、これが半分死にかかっている夕霧で

すよ。笑顔を見せて下さいな、拝みますよ。ええ、心強い、無慈悲な、憎らしいと膝に引き寄せて叩いた

り摩ったりと声を上げて泣き、涙が乱れて髪解け、筋道も立たず前後も分からず狂乱して正体もない有様

なのだ。

 伊左衛門も涙で目も曇り、おお、誤ったぞ、外にさして恨みはないが、命に代えても惜しくはない大事

な女房を奥座敷の若者が、自分の女房でも扱うような大風な態度が気に障り、思わずむっとして腹を立て

てしまった。勘弁してくれよ、我とても憂き身の體(てい)、表からは見えない寔の正体を見て下さいと

小袖をくるりと脱いだところ、肌には袷の破れ紙子が四十八枚、弥陀の願、継ぎは平等施一切、胴を震わ

せたのは実に哀れである。

 伊左衛門は涙を抑えて、さて、彼の倅は無事で里にいるのか、どうしているかと訊いたれば、そのこと

ですが、あの子は里にやったと申しましたが、それは偽りでした。ままならないわしの身の上で、その上

に子供の事で苦労をおかけするのが気の毒で、彼の阿波の大尽平岡左近という人とわしとの中の子と言い

かけ言いくるめて押し付けて見た所、人は愚かなものでまんまと誑(たら)されて受け取り、女の腹は借

り物で子供のすべては父方によって定まると、武士の種だと寵愛に遇うと聞くにつけて、身の憂い時には

色々と怖い知恵も出る物と語りも敢え無い内に伊左衛門は、むむう、さもありなん事無理もない、そうで

はあっても我がいにしえの手代共、その子を表に立てて母に嘆願し、藤屋の家を取り立てたいとの談合が

有った。どうにかして譯を言って取り返す思案がしたい。そう言っている所に、奥からお内儀が顔色を変

えてのう疎ましや、疎ましや、飛んでもないことになりましたぞ、お二人の御話しが奥の座敷に筒抜けで

お客様は不興げで、直ぐに会って言う事があると今此処に御出でになられまする。のう、喜左衛門殿、こ

ちの人、皆々が怖がりひそひそと囁いている所に客は刀を引っ提げて、ああ、これ、伊左衛門殿と夕霧

殿、驚く事は少しもない、これはその証拠だと頭巾を取れば突き出し鬢(びん)の下笄(こうがい)、べ

っ甲挿し櫛、さしもの粋人達も呆れて不審晴れ遣らない。

 おお、如何にも不審が立つでありましょう、男に化けている間は何のそのと思いましたが、女子(おな

ご)の姿を現してこの中で物を申すのはお恥ずかしいことではありますが、彼の阿波の大尽平岡左近の本

妻の雪と申すのが私です。夕霧殿の一時の情で夫の子を宿し誕生させたとて、こちらに受け取り、私が産

み落としたのも同然の悦びの子供。私は腹も痛まずに苦労もせずに生んで下さった忝さ、その好意を無に

せずに守り育て、手習い、読み物、弓鑓まで器用であり、国隣の土佐駒を引かせて乗った姿はあっ晴れ平

岡左近の跡継ぎ。七百石の主であると、家中の褒め者であるよ。さぞかし見たかろうし、私も見せたい。

一つはあの子の冥加(神仏の冥々の御加護)に適うため、夕霧殿を請け出して一所に伴い暮さんと、そし

て心根も聞きたいものと鉄漿(おはぐろ)を落とし、あるまじき男装などして参っていたが、今聞けば我

が連れ合いを誑(たら)して伊左衛門の子を押し付けたと聞いたとたんにはっと胸が塞がってしまい、夫

の武士は廃ってしまった、ええ、恨めしい夕霧。男に化けたのを幸いに飛びかかって刺し通し、我も死の

うと刀を取りは取ったのだが、死んだ後でこの雪が傾城に悋気を起こして阿呆死にと言われたのではいよ

いよ男の恥を世間に広めると思い留まったのも、殿御を思う情愛からだ。無いことさえも言う世間の口性

なさ、阿波の平岡左近こそ町人の子を傾城に押し付けられたと取り沙汰されて、もしも殿様の耳にでも達

したならば、よく行ったところで御改易(武士の籍を除き、領地や邸宅などを没収する事。蟄居よりは重

く、切腹よりも軽い刑罰)阿呆払い(武士の両刀を取り上げて追放する刑罰)か切腹か、死んでも悪名が

消えればよいが、そでなかったならばどうしたらよいか。此処の所を料簡してあの子を今のままでくださ

れよ。そうすれば侍一人の危急を救い世間体を保たせる手立てとなるのだ。生々世々の御情けだぞ、我も

人も誰もかれも大事なもの。我が子も大事、殊に思う人の子を思わぬ人の子と言うのは何で嬉しいことが

あろうか。それは流れの身、遊女の辛さ。侍の妻にもこの様な身の辛さがあったのですね。女子と生まれ

ての此の因果、たとえ天子様の女御・更衣となったとしても羨ましいとは思いません。

 そう心の底を口説き立て涙交じりの切ない訴え、夕霧夫婦に吉田屋の一家は袖を濡らしたのだ。

 伊左衛門はつっと出て、はああ、賢女かな貞女かな、左近殿とは夕霧故に遺恨はあれけれども、それは

私事、個人同士の気持に過ぎない。拙者もかの倅を力に出世の望みはあるけれども、武家のお名には代え

られない。改めて差し上げると言うまでもないこと。以前に夕霧が申した通りに左近殿の御子息で伊左衛

門の子では御座らぬ。

 ああ、忝い、夕霧殿にもそれに依存は御座いませんね。はて、主が合点の上からは私に否と申すことは

できませんよ。そうではありますが、命があるうちにちょっと会わせては下さいませんか。夕霧が涙に咽

ぶのは道理である。

 おお、心得た、心得た。万事は胸に込めましたぞ。身請けの事も吉田屋と近々に談合しましょうよ。あ

の子が成人するにつけて伊左衛門殿も楽しみでしょう。さあ、契約がまとまった印の小宴、固めの盃事な

どを致しましょうよ。いよいよあの子はこちらの平岡左近の惣領です。滞りなくさらり、さらりと手を打

って遊里で親子の契約を結んでの祝宴は珍しい。日も暮れかかっているので若党や中間や駕籠を準備しな

さい。阿波の旦那のお迎え、これ、下人にもこの女装姿を見られてはいけない。元の男姿になり振りを戻

して、頭巾、大小の印籠、巾着て、亭主さらばじゃ、夕霧のことはおつ附けこちらから便宜を図ろうぞ、

万事頼むぞ、請け込みました。膝を屈める、腰屈める。腰元を連れるのを引き替え駕籠舁きが送る大門

の、人は心の奥を打ち明けるものではないから手近な事を聞いてそれを察せよと、奥様の深い情愛の名残

を惜しみつつ立ち帰られた。


           中 之 巻

 春や、延宝六年、明け渡る世も昔の京、難波の今朝は珍しいく妻子を引き具して旧冬から上本町(うえ

ほんまち)の道場の、玄関構えの借り座敷、お国の御用があって新玉の此処に年取る実直な男、阿波の国

平岡左近と宿札して門飾りに栄えて、正月ともなれば武家はさすがに威儀をはって立派である。

 表の物見窓で女中の声々、申し奥様、珍しい大阪の正月を始めて見物致し、お国へ帰ってからのよいお

話の種です。これもお蔭様ですと悦んでいる。

 おお、おお、そち達が言う通り、主の御蔭とは忝いぞ、御用について左近殿が我々を連れて僅か逗留の

旅宿に今朝から年頭の回礼者が跡を絶たない。みな殿様の御威光です。左近殿は源之介を連れて天満とや

らの神明様に恵方参り(年頭にその年の吉方にある神社に参詣して福徳を祈る事)、武士の親の子として

しおらしや六つや七つでも馬に乗る。

 追っ付け左近殿の名代で御奉公を勤めるでありましょう。その姿を見るでありましょうと御よろこびの

所に旦那の御帰りだと先供が走る。黒羽織姿ですっすっと素鑓(鎌鑓や十文字槍に対して普通の鑓を言

う)に栗毛の馬、のっし熨斗目(無地の練貫に腰の辺りだけに縞を織り出した物。武士の礼服)に麻の上

下で源之介が明けて七つの乳を飲もう。饅頭形の中剃りも、目元賢く髷髪(うない)松、千世を嘶く土佐

駒に手綱を掻き繰りしゃんしゃんしゃん、轡の音ははりりん、はりりん、りんと据わった袴腰、物見の前

を乗り回せば、こりゃこりゃ、源之介、戻られたか、目出度い、目出度い、さぞや馬上は寒かろう。大人

しく出来ましたな。そう招かれて源之介は、申し、かか様、恵方参りに天満に寄ってこれを買ってきまし

たと、土人形の天神を手綱に持ち添えて、私がこれを持っているのを通行人が見つけて、父様(とつさ

ま)を見知っているやら、親は大夫を買い、子は天神(遊女の最高位である大夫に次ぐ遊女を俗に天神と

言うのでこの悪口を言った)を買うと言って笑いました。おれにも大きな大夫を買って下されいと、あど

けない詞に腰元共は当惑して、これ、しいしいと目配せすれば、源之介は、やい、駄賃馬の様にしいしい

とは無作法だぞ。侍の乗馬はこれこのように、はいはい、はいはいはいと親の心も知らぬげに馬に白泡吹

かせて門内に乗り入れた。





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最終更新日  2025年01月09日 20時56分40秒
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