草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年01月15日
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その態度は可愛い内にもしっかりしている。今の詞に腰元衆は口を閉じて奥様の様子を伺う體(てい)で

あれば、これこれ源の話を聞いたであろうか。道通りが左近殿を大夫買いと言ったそうだ。この前大阪で

蔵屋敷(諸国の藩主が領地の米穀・特産の品などを売りさばく便宜の為に大阪に置いた屋敷)役人を勤め

ていた時に新町通いに夕霧と言う大夫に馴染みをかけて、源之介を儲けたとは定めて皆も聞いているだろ

う。人が見知っているのは道理で、武家の名族である大名や高家も母方の吟味はなくて、母親の素性を問

題とはしない。大事はないとは言いながら、あの子の心の中ではこの雪を生みの母と思っている。必ず必

ず夕霧の子供であるという噂は禁制で差し止める。其の夕霧をも請け出してあの子の乳母役に置く予定

だ。朋輩並にあしらうがよいぞ。仰せごとが終わらない先に腰元達が口々に、ああ、奥方様が余りにもお

人よし過ぎました。我々がどれ程に口を慎んで沙汰を致さなくとも、あの傾城のばしゃれ者(作り派手で



て、奥様を踏みつけにするのは瞬く間もないでしょうよ。目に見えていますよ。まだそれだけではないで

しょう、下地が女に甘い旦那様の事です、女の方から甘ったるく持ち掛けたならすっかり嵌まり込んで相

手の言いなり次第に田も遣ろう畦も遣ろうで、奥様はぽかんとして、鼻を明かされてしまうでしょう。役

にも立たずばかばかしい割の悪い、これは御無用になさいませ。そう言って焚きつけられる女心、

 ああ、言われてみればそうに違いあるまい。私はとんでもない阿呆です。神に祈ってでも遠ざけたい恋

の敵に対して歓待しようとは、盗人に蔵の番をさせ、磁石に針を近付けるも同然。皆に気を付けろと注意

される早くももやもやと腹が立つ。後で後悔するのは必定。請け出すことは止めにしよう。皆の者、出か

したぞ、よく言ってくれました。さては、いよいよやめになさいますか。はて、やめにしないで何としよ

う。ああ、気がさっぱりとしましたよ。おりん殿、よい気味か。わしゃ閊(つか)えが下りました。お俊

殿はなんとしたか、こちゃ、金を拾ったよりも嬉しいよ。身に徳もない法界悋気(自分に何の関係もない

のに嫉妬心を燃やすこと)、これこそは女の習性ですね。あれ、北から十文字の道具(鑓の事)、お蔵屋



に早玄関で、物申す、の声。どれい、小栗軍兵衛が御慶を申す、旦那様は幸い宿におりまする。いざ、お

通りと言いければ軍兵衛は玄関に立って、これ、家来ども、御用について左近殿と申し合わせる事があ

る。しばらく時間がかかるであろう、屋敷に帰って八つ(午後の二時頃)頃に迎えに来い。承知致しまし

たの「ない」と奴僕が返答すると、しかし少し早めに来い、油断して時間を間違えるなと内に入った所、

若党を始めとして草履取りや挟み箱持ちなど皆々が宿に帰った。鑓道具持ちの槌右衛門が一人だけ残って



る馬の口取りの角介が苦い顔をして、やい、槌右衛門、おのれはそれでも立派に武家奉公をしているつも

りか、この角介が僅かな切米(きりまい、給金。扶持米を時価により金銭に切り替えて支給するものを言

う。春は二月、夏は五月、冬は十月の三回を支給期とした)の内、五百五十と言う銭を用立ててやった。

去年の冬に一言の断わりもなくて今も先ずこの俺に会いたいと言うべきなのに、竹を呼び出してくれとは

図太い横着者め、返済が済むまで抵当としてこれを取るぞと、鑓の柄に縋り附いた。待てよ、角介、鑓持

ちが鑓を取られたらこの槌右衛門の首がなくなるぞ。五百や六百で売る首じゃゃないぞよ、駄目だ。や

あ、捕ってやるぞと二人が揉みあう中に竹が走り出て来て、おう、角介殿、道理じゃ。銭は竹が済ませま

しょうから堪忍して下されい。ええ、情けなの性悪男め。世間を見て恥を知りなさいよ。お小人町の久六

はこなたよりも若い人です。八軒屋の亀とたった一年懇ろにして小銭を貯めて家を持ったぞ。去年の冬に

鶴が橋のお婆に大きな鏡餅に目黒(鮪・まぐろの小さなもの)を添えて提供している。藤の棚の捻兵衛は

お前様程には鑓は上手に降らないがお祓いの練衆(天満祭で行列を作って徐行する者)で御番代(おばん

かわ)り人に気に入られて雇われて、実直な男と言われた者故片町のふりを内に呼び入れて、師走に嫁取

りのお披露目があったのですよ。これでこそは女房の肩も怒るわいの。此方と言い交わしてから明けて四

年、給銀を一文も身に着けずに皆こなさんに入れ上げています。それがなんじゃぞや、よい年をして長屋

に比丘尼(尼姿をした売女)を引き入れて、日が暮れると濱河岸をうろついて辻君を相手にしていると

か。まだその上に、玉造稲荷の裏屋小路の淫売宿を覗き歩き、挙句には最近では新町の端女郎の元にも通

うとか。わしだとて木や竹じゃなし、悋気のひとつもしたいし腹も立つよ。ええ、憎いとは思えども、あ

あ、そうすべきではないのです。女子(おなご)に生まれた因果じゃ、男の癖や欠点を捜さないようにし

ようと随分とわが身を切り詰めて、三度つける油も一度にして、雪駄を履く代わりに草履にして、草履も

履かないで裸足にしている。鍋釜の墨を掻くのにもこなたの髭に入ると思い、よい所をのけて置く(奴の

鎌髭と言って鼻の下から左右の頬にかけて生やした髭で、これを鍋の墨で描く者もいた)、わが身の事に

は元結一筋買わない、男を大事にかける故じゃないですか。女房には苦労をさせ栄耀贅沢が過ぎての女郎

狂い、物の分からないしようのない人じゃ。そう言ってはしめやかに泣く。恨み、口説くのは不憫である

よ。

 これこの御奉公は中途で参って馴染みはなし、お国にまでもお内の人が悪名を立てて噂するのが悲し

い。この上に着ている袷を渡すから角介殿、これで済まして下されと帯を解こうとしている所に、お腰元

のりんが走り出て、これこれ竹、そなたの心底を奥様が物見よりご覧になり、さてさて奇特な、上に立つ

女にとっても手本になると格別に感じ入られておられる。奥様にもちとお気にすまぬ気がむしゃくしゃす

ることがおありだが、其方を手本にしてお気が治まった嬉しさから師匠とも思召して御褒美に、此の鳥目

(銭一貫文、鳥目は銭の異称)百疋を下されたぞ。さて、角介は慮外(不心得、心外)な、他所の大事な

道具に手を掛けるとは狼藉千万だ。重ねてこの事を言い出すのならば旦那様に仰せつけ斬罪に処するとの

仰せである。そう伝えると頭を掻いて角介は、仏頂面して、竹は悦び、ああ、冥加もない有難い。兎角御

礼はよいようにお伝えくださいなと、押し頂き、これ、槌右衛門殿、これを持って行きなさいよ、何の見

込みがあってこの様に可愛いのか。譬えに言っている「男は裸でも百貫の値打ちがある」とか、この百疋

を直ぐに男に与えた、鑓持ちには過ぎた女房であるよ。優しいことである。

 人の情けに夕霧が思いもよらぬこの春の、子の日を根から根引きの松(昔、正月の始めの子の日に野山

に出て小松を引き、千代を祝う習わしがあった。これを夕霧が子の日に根引き・身受けされることになっ

た意にかけた。松は大夫の異称)にかかる。

 藤屋の伊左衛門は我が子の顔が見たさに慣れない駕籠の片端を舁く頬かむり。夕霧も駕籠の簾越しに子

を見る今日の嬉しさはあるにしても、夫と別れなければならない物憂さはこの上もないのだが、上本町に

と到着した。

 宿札を見て喜左、どなたか女中方、頼みます。ほう、どちらからいらっしゃいましたか。と腰元が応

対に出ると、私は九軒町の吉田屋喜左衛門と申す者、奥様よりお頼みがありました扇屋の夕霧身請けの事

精一杯駆けずり回り金子は今月いっぱいにお渡しなされる約束で、やっとのことで落着いたしました。只

今これへ同道致し申しました。さてさて歳末節季の忙しい中、私の奔走ぶりは大変なもので、正月の用意

や正月買いの客を探し求める事(これには大尽客の応諾が必要であった)、銭金の請け出し、歳末に節分

が重なり大豆で打ち出す鬼の首、獲った如くに得意満面で手柄自慢をするのだった。

 成程、奥様の方でもその御噂、さてはあれが傾城殿か、と駕籠の中を覗き、はうあう、傾城と言う者を

始めて目にしたがやっぱり常の女子じゃ。そう言いながら奥に走り入って、奥様、奥様、傾城が参りまし

た。やあ、喧しいぞ、みな物見から聞いていた。傾城、傾城と言うまいぞ。今からは源之介のお乳(ち)

の人じゃ。普段から侍や町人のれっきとした客に応対し付けて、心持も高尚で、万事につけて行き届き、

どんな事でこちらの欠点を見られるかも知れないと憚られる。粗相をして笑われるな、盃の用意をしなさ

いひそめく声に左近は勝手口・普段の居間に入った所、これのう、兼ねて申しておいた夕霧の事だが吉田

屋の喜左衛門が万事の片をつけて連れ立ってきたとの案内があった。何と、この雪の様に悋気をしない物

わかりの良い女房はいないであろうが、と笑ったところ、おお、御奇特、御奇特、さりながら座敷には物

堅い軍兵が控えているので今は内へは呼べないだろう。表に置いても目に立つ、どうかこうかと思案半ば

門前には喜左衛門、ああ、ひどく冷えるぞ、夕霧様は病気後だ、早く内へ入れなさいよ。火になりとも当

たらして上げたい。頼みましょう、頼みましょう、呼び懸ける声に若党や中間がばらばらと、小栗軍兵衛

を迎えの者と奴の声。揚屋の声、傾城にはつきものの遣り手はいなくて、鑓持ちが混じって姦しい。

 少し日も傾く頃、軍兵衛お暇申すと立ち出でた。

 左近親子が見送りに出て、挨拶があれば軍兵衛は、おお、源之介殿は大人しくて立派で御座るよ。追っ

付け殿のお役に立たれるであろう。出来るだけ弓馬の稽古に精を出されるがよい、永日、永日(後日に日

永の折にゆっくりお会いしましょう、の意の別れの挨拶)と暇乞いして帰ったのだ。

 左近親子は玄関に立ち安らって見送る體(てい)、伊左衛門は遥かに見て、あれは我が子か、昔の伊左

衛門ならばむざむざと他人の子にしておこうか。今見る様に大小(刀や脇差)こそ差させることは出来な

くとも大勢の手代や若い者に若旦那とかしずかせて、京大阪の町人の誰にだって劣りはしない。なまじっ

かな侍にだって引けは取らない。母親の駕籠を父が舁き、我が子の門に這いつくばる。遊里通いで自分の

親から勘当された罰当たりの身をひしひしと思い知る。悔し涙に頬かむりの手拭を濡らすばかりなの

だ。

 奥方も端近くに出て、のうのう、喜左衛門か、その駕籠を此処へ寄せなさい。そう言って何の警戒も示

さない寛いだ態度。それに勢いを得て夕霧は駕籠から姿を現すと気持までも浮き浮きと、平様お久しゅう

ござんす。奥様の御慈悲にてあの子の乳母に付けて頂く手筈ですが、礼儀に習わぬ私ですから病気もはき

はきとは治らず、御指名の役割が勤まるのか分かりませぬが、先ずは若様に御目にかかりたいと参上いた

しました、とつくづくと見守り、あれ、喜左衛門様、さても気高い良い御子じゃ。聞き及んでいたよりも

もっと大人大人しい。常體(てい)の者の子が七つや八つでこんな風に成人するだろうか、人はやはり血

筋が大切、さすがは父(てて)様の御子でありまするよ。父(とと)様の御心がさこそと推量されます

る。と、表の方に目を配れば伊左衛門も首を伸ばして魂抜けて、見る緑児の袖に飛び込むばかりの勢いで

ある。

 左近夫婦は気もつかずに、さあ、喜左衛門、少しなりとも金を渡そう。いざ、座敷に。これ、源之介、

あの人はお前の乳母だ、よくなつき情けをかけなさいよ。この母(かか)も同前に大人になっても乳母は

見捨てぬものじゃぞ。吉田屋此処へとにこやかに、打ち連れて座敷に入ったのだ。





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最終更新日  2025年01月15日 20時59分52秒
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