草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年01月29日
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茂兵衛はとっくと思案を固め、他人さえ頼まれる、結局は主のためだ、たとえ仕業は曲がるとも心はさっ

ぱりとして拭漆(ざっと漆をかけた塗り物)の刀掛け、主人の以春の巾着を開けて奪うのも紫の袱紗。印判

をそっと取り出し、いつの間にか気づかないうちに助右衛門が戻って後ろにいるとは見えないから知らな

い。白紙を押し広げて、金額や文言は後で書けば良いので先ずは印判をしっかりと押す。背中に目のない

情けなさ。

 茂兵衛、それは何をするのだと声をかけられて吃驚したが、はああ、助右衛門か、神の目はくらますこ

とができないな、見つけられてしまったぞ。壱貫目程の入用があって旦那の名代で銀を借りるのだ。此の

月中には当てがあるのだ、二十日程の間だけ目をつぶっていてくれないか。そなたの気象では傍輩の首が

切られても厭いはしないだろう。茂兵衛の咎は極ってしまった、首を括るなり殺すなり勝手にしてくれ。



 おお、小癪な掏摸め、勝手にしないで置くものか。男共みな出てこい。旦那お出でなされと呼ばわれ

ば、家内の上下の者が何事が出たいしたのかと立ち騒ぐ。

 助右衛門は渋面を作って、旦那、これをご覧なさい、お前様の印判を盗み出して白紙に押した曲者です

ぞ。大経師の家を覆し、主を売るかも知れない奴です。身元保証人の請け人に預けて括りあげましょう、

と大袈裟にわめきたてれば、おさん親子ははっとして、胸に応え顔色を変えるのだ。

 以春は非常に驚き、さてさて、日頃ほどではない見違えた根性だ。総じて一家の会計から商売上の事ま

で二人に任せて置くのだから、事柄次第では主の印を押しもしようぞ。助右衛門にも知らさなかった事か

ら見ると、私欲の為だと極まったぞ。どのような気持ちで印判を盗んだのだ。助右衛門、それを問いただ

してみよ。ええ、生ぬるい旦那殿。そう言って茂兵衛の髻を取って蠑螺殻(さざえから)のような拳で二三

十拳骨(げんこつ)を食らわし、さあ、抜かさぬかと睨みつけた。

 茂兵衛は髪を解きむしられて、おお、もっと打て、踏んでくれ。主の印判を盗むとは我ながらとんでも



知らず、人並みに着替えの着物は一通り持っている。足手纏の妻子もない、何を不足で私欲をしようか、

体は粉微塵に打ち砕かれようとも、この茂兵衛の口からは言い訳は致さぬ。おさん様、お袋さま、詫びご

と致されたならあの世に行ってからもお恨み申しまする。やい、助右衛門、天道が物を仰り経緯をお話な

さったら貴様の面をぶち返して、許して下され茂兵衛様と拝ませないではおかないのだが。無念だぞ、口

惜しい。歯ぎしりしながら顔を背けて泣いている。



を起こす筈もない。言い訳をせよ、せよ、と言うけれども一向に返答をしない。

 中居の玉は予てから茂兵衛に惚れ込んでいて命さえ捨てる覚悟を固めている。自分の志を述べんとした

のか主人の前に手をついて、これは皆私がお頼みしたことです。茂兵衛殿に科はありません。岡崎村(京都

の東の郊外に在る)に居られます私の叔父が浪人の暮らしが致しかねて、五百目余りの借財に手厳しく催促

され腹を切るとの便り、あまりに悲しくてあのお方にお願い申して金の工面をお願いいたしました。私へ

の同情のあまりに却って御自身に災難を招いてしまいました、そう、実しやかに申したのだ。

  おさん親子はこれ幸いと、玉や、出来したぞ。正直にありのままによくぞ言ってくれましたな。他人

の為を図っての出来心でした。殊に今日は大事な祝いの日です。連れそう女房や姑が一生に一度の詫びご

とです、許してやって下されと、手を合わせたのだが合点せずに、以春は益々腹を立て、さてはうぬらは

密通していたのか。この大経師(だいきょうじ)は禁中のお役人や侍と同等の待遇を受けている町人だ、そ

の格式ある家で不義の上で主の印判を盗み、押すと言う大罪を犯してくれた。今日はもう日も暮れる、明

日にも請け人を呼び寄せて詳しく問い糺す。やい、男共、隣の空き屋の二階に追い上げて下で厳重に張番

をしろ。油断をするなと言いつけた。

 おさん親子は有体に打ち明けたものかどうか、心が定まらない浮草の如くに頼りなげな様子だし、茂兵

衛は下々に引き立てられても悪びれず、別に臆するでもないその態度はもともと後ろめたい所がないから

であるが、まさしく哀れを催すのだ。

 女共も寂しいでしょうからお袋、今宵はお泊まりなさいな。舅殿の御気色を見舞いがてら私は下立て売

りに参って今日の祝儀の様子を詳しく話して参りましょうぞ。それ、女房ども、頭巾を寄越しなさい。こ

れ、助右衛門、戻りはきっと夜更けになるであろうから、皆を早く休ませて、門も閉めて火の用心。傳吉

は提灯を持て、七介来い。隣の空家に気をつけろ。言いつけてから表に出た。

 それで助右衛門は方々の掛けがねを閉めて部屋に入る。台所では有明の(終夜灯しておく)四角行灯を掲

げて作業、六角堂(六角通り、東洞院西に入る堂の前町にある頂法寺の俗称)の鐘がこうこうと鳴り響き、

更けゆく夜、おさんは母御を眠らせて、心も湿る寝巻きの露、玉の常の寝床の布団も薄い茶の間の隅。四

尺の屏風を押しのければ玉は寝もせずに寝所にただぽつりと起きていた。はあ、これはおさん様、御用が

お有りなら御寝間からお手をお鳴らしにはならずにむさ苦しい寝所に、何の御用で御座いましょうか。

 むう、そなたもまだ寝てはいなかったなあ。別に用はないのだが、茂兵衛が難に遭ったのはみなこのさ

んが頼んだ事じゃ。それをどうして知ったことか、岡崎の叔父にかこつけ自分の身の上のことと見せかけ

てよく取りなしてくれました。その志が余りにも嬉しくて、礼を言いに来たのですよ。前世では姉妹であ

ったかもしれぬ。死んでもこの恩は忘れない。そう言ってはらはらと涙をこぼしたのだ。

 これはまあ、もったいないお礼を受ける覚えもないことです。お前様が頼んだことかどうかは存じませ

ぬが、さっきのように申したのは私は私なりの心があって申したことです。いやいや、譯を知らなくては

側から出て言い訳するはずもないこと。御尤も、御尤も、ご不審のたつはずです。それならば打ち明けば

なしで懺悔いたしましょう。もともと私があの方に骨身に染みて惚れ込みまして、二年この方口説いたの

ですが優しい顔には似つかない真面目な性格で、堅苦しく偏屈な生まれつき。奉公をしている間はどんな

ことがあっても女子の手も握らない。女子の顔は開いた目で見るのも嫌じゃなどと無愛想なことばかり言

って優しい言葉ひとう掛けてはくれません。ああ、じれったい、嫌われた。憎い憎いと思っていたやさき

にさっきの難儀、それ見たことか玉のバチが当たったぞよ。よい気味だとは思ったのですが、いやそうで

はない恨みというのも恋心から起こった憎しみ、此方の思いが通らぬにしても好いた事に違いはない。こ

こで此方の真情を見せなくてはと我が身を捨てたこのた玉を、まだ可哀想とは思ってくれまい。本当に怨

めしくてなりませんよ。それにまあ、おさん様の前ではありますが、さもしく穢い卑怯至極の旦那様の

お心、茂兵衛殿への酷い処置はみな悋気から起こったことです。私にきつく惚れたからと言い、隙さえあ

れば抱きついたり袖を引いたり、表向きは隙を取って此処を出たことにせよ。そうすれば、何処かに妾宅

をそっと構えて囲ってやる。在所の親も養ってやるぞと口説き、小袖やら銀をやろうと、煩いやら厭らし

いやら、聞きたくもないことばかりを並べていますよ。私さえしっかりしていれば良いのだからと、無闇

に事を荒立てて御夫婦の諍いが起こらないようにと今でなかったら申しませぬ。余所の夜噺にわざと夜を

更かして表の下男達の部屋の二階からこの屋根伝いに、あれ、あの引窓(明かりをとり、また煙などを出

す)の綱を伝って私のこの寝場所に大体毎夜のようにいらっしゃいます。あんまりで腹が立つ、見下げ果て

た旦那様、全く泥棒のすることです。おさん様にお知らせ申して、町会所にも届けを出し、公の晴れの場

所で恥をかかせまする。決して恨みなさいますな、と奉公人の私に叱られて旦那様ともあろうお人がすご

すごと、我が家のうち戸を中から叩いて、戻ったぞよ、戻ったぞよ。とお寝間にすごすごと戻られる後ろ

姿、おかしいやら憎らしいやら、口に出して人に話せないことです。そこへ持ってきて、私が茂兵衛様の

肩を持ったので、さては二人は密通していたのか、禁中のお役を勤め侍同然の大経師の家で、不義者めと

の憎しみは、悋気からの意地悪さであることは、どう見ても間違いはない。今夜も確実に忍ばっしゃるの

は知れた事です。今宵こそは声を立ててお前様に告げようと覚悟を決めて、帯も解かずにこの通りにして

いたのです。

 お前もさぞや腹立ちであろうよ。如何に家来であるからといって、侮った惚れ方じゃ、思えば腹が立ち

まする。そう言っておさんは涙を流しながら語るのだ。おさんはやがてため息ついて横手を打ち(意外な時

にする仕草)、さてもさても、今の世の賢女とはお前のことだ。男の畜生とは連れ合いの以春殿、女房一人

を守っている男ではないけれども、あまりに女房を踏みつけにした仕方。涙がこぼれて腹が立つ、のう、

この上で無理な願いの相談がある。そなたとおれと代わって此処に私を寝かせておくれ。いつものやり方

で以春殿がござった時に、泣いたり恨んだりして口説かせて、今宵は玉が靡いた風にして、夜が明けるま

で抱いて寝て、家中の者が見ている前で、幸いに母様も泊まっていらっしゃる事ですし、思い切り恥をか

かせて本望を遂げたい。そなたの寝巻きの木綿の綿入れを貸しておくれ。寝代わっておくれ。

 それはお易いことではありますが、召し付けぬ木綿の夜着でお肌が冷えてたまらないでしょう。えい、

何のことか冷えるどころか、昔の井筒の女とやらは妬みの炎(ほむら)で提(ひさげ)の水が湯になった。男

への恨みで身が燃えて寒さや冷たさは厭わない。是非にたのむと言えば、それならば、とにかく貸すこと

は貸しましょう、出来るだけ上手くおやりなさい。と更に引き包むこの屏風、火を吹き消して烏羽玉の玉

は奥にぞ入りにけり。

 科無き科に埋もれた茂兵衛はつくつくと思えば、玉が志、日頃つれないこの男を、女心に恨みもせずに

仇を恩で報いた言葉の情。恥ずかしくもあり面目がない、たとえこのまま死んだとしても、一生に一度は

肌に触れて、玉の思いを晴らさせてやりたい。温情をかけてくれたことに対する恩返しと、目だけを出す

深頭巾を被り、空家の二階を忍んで抜け出して、母屋の屋根を四つん這いの姿、それを人に咎められて、

またこの上に盗人の名をば重ねるのであろうか。屋根のこけら葺きの上、昨日の雨が乾かない上に、今宵

の霧の浅しめりで踏むところも滑るのでそろり、そろりと引窓の下を覗けば中は常闇で、何の目当ても見

えないが、家の勝手は熟知している。それを力に縄を手繰り寄せて、心細くも辿って行く。

 足音をよそに聞かれまいと、柱を摩り、壁を撫で、目は開きながらも盲目も同然、杖を失った様な心細

さで敷居を一つ二つ、三つ越えて、暦の細工所の次の茶の間に玉が寝ている。畳は何処か、すり足で、屏

風にはたと突き当たり、吃驚したので膝が震える。おさんもはっと胸騒ぎ、身も震えてしまう空寝入り、

屏風をそろりと押しのけて、夜着にひしと抱きついて、揺り起こし、揺り起こしして、揺り起こされて今

目が覚めた如くに相手の頭を撫でれば、縮緬頭巾、さあ、これこそと肯けば、茂兵衛の方でも今日の一礼

の声を出さないので、言葉はなくて、手先に物を言わせては伏拝み、伏し拝みして思いの丈を涙に託して

泣く。その涙の粒がはらはらと顔に降りかかる。その手を持って引き寄せて、肌と肌とは合いながら心は

隔てたる屏風の中、縁のはじめは身の上の仇の始めとなったのだ。

 既に五更(午前四時から六時)の明け方にしばしば鳴く鶏の八声、鳥門の戸をけたたましく叩く、とんと

んとん、旦那のお帰りだぞ、はっと消え入る寝所であまりの意外さに殆ど気も失いかねない驚きよう。

 やいやい、帰ったぞ、開けないか。呼ばわるのは以春の声。

 助右衛門が目を覚まして、どいつらもおおぶせりだな。提げて出てたる行灯の光。顔を見合わす夜着の

内、やあ、おさん様か、茂兵衛か、はあ、はああ……。





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最終更新日  2025年01月29日 20時38分48秒
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