草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年02月04日
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血筋の繋がっている親子の縁というものは不思議なもので、おさんの親の道順夫婦、娘の浮名は隠れもな

く、なまじい生きているのが辛い老後の恥、人に面も合わせられない。月の出ぬ先の暗い夜道を辿って子

を思う故の心の闇、黒谷の菩提所へ徒歩で向かう夫婦連れ、伴につれた少女に風呂敷包みを持たせて、包

む涙でとぼとぼと行き過ぎる軒の下、二人がしくしく泣く声が耳に止まったので立ち止まり、おばば、あ

れは合点がいかないぞ。何者であろうかとよく見えない老眼で、あたりの闇をすかしてみた。

 行灯の陰に茂兵衛の方が先に姿を見つけて、あれ、おさん様、下立売りの親仁さまですよ。ねえ、父(と

つ)様かいな、と走りより、取り付くところをついと退き、やい、畜生に父様と言われる覚えはないぞ。と

言っても泣きながら、泣きながら、手を振り上げて娘を打とうと藻掻く杖の下で、母親は気が気ではなく

く、行灯の火を吹き消して、娘を袖に押し囲い、ねえ、親仁殿、おさんめは逃げました。もう我慢してく



さんはとても思っていない。

 哀れは同じ涙の闇、煩悩の多い人間は子供のこととなると更にその悩みの迷いを重ねるものだ。道順は

不覚の涙にくれて、はあ、道順の未来成仏も最早叶いそうにない。一人娘のことであるから婿をとって、

家を継がせるはずであったが、近年は諸国への問屋への借金の支払いも出来ずに家屋敷をも人の手に預け

る零落の身の上、この後始末を娘に引き継がせて苦労をさせる可愛さに、自分ひとりきりで家を潰し、嫁

入りさせた親心。先方の以春にしてもその事は承知の上、道順の娘であれば嫁入り道具も持参金も要らな

い。育てた親に見込みがある、娘の心が土産だと慕われた根性に、畜生の魂がいつの間に入れ替わったの

か。情けないやら、恨めしいやら、あの池に住む鴨や鴛鴦を見よ、軒に巣を組む燕(つばくら)も牡鳥一羽

に雌鳥一羽、女男とが一番(つがい)であるのは生き物一般の習いだぞ。多くの雄と交わって毛色の変わっ

た子供を産むのは犬や猫でなくて何処にいるか。親は犬には生まなかった、猫になれとなどは誰が育てた

か。畜生に対しては言葉を交わさないぞ。これから言うことはわしの独り言じゃ。所詮こうなってしまっ



ついて瞬く間に召し捕られ、洛中を引き渡されて、親が大事に撫で育てた体を槍で突かれて死にたいの

か。体にも恥をかきたいのか。生きようが死のうが、この道順は悲しいとも思わず、涙の一滴もこぼさな

いが、ばばが泣きやるのが悲しいぞ。わっとばかりに堪えかねて余所をも恥じずに大声挙げて、夫婦は老

いの息切れに、噎せ返りながら嘆くのだった。

 茂兵衛はひれ伏して、とかくの言葉もなく泣くばかり。おさんは母親に抱きついて、我々二人に不義の



に陥り、京洛中に畜生の名を流し、罰が当たってしまったからには、今更に不義では無かったなどと誓文

を立ててみたところでしょうがない。父(とつ)様のお腹立ち、母(かか)様のお恨みも、私が可愛いゆえで

すから来世をかけて形見の言葉、我々は天網恢恢として粗にして漏らさずと言う天罰に当たったのに、命

があるうちに親たちに会えたのですから、高い磔柱の上に縛り付けられて人目に晒されて槍で突かれても

思い残す事はありません、と口説き嘆くと、まだ抜かすか、と道順は、その槍で突かせまい、木の空に上

げまいと思うてやきもきして胸を焦がしているのだ。また絶えいって泣沈む。

 母は涙の数珠袋、袱紗物を取り出して、これ一歩判金が二つと白銀(しろがね)も少しある。可哀想に肌

薄な、路銀に窮して脱いだのですね。これを茂兵衛に渡して駕籠に乗り、京の地を一刻も早く立ち退いて

必ず、必ず、悲しいことを聞かせて、泣かせておくれでないよ。そう言って泣きながら渡せば、押し頂き

忝のうございまする。中に着ていた浅黄縮緬は奈良の町で売り放し、その上に着た蘆に鷺、今年の秋にお

前様が下さった物、未来までも母様の形見と思って着ていましたので、寒いとも思わずに、見つけられた

が最後でそれまでしか生きられない私の命は、たとえ乞食をしてでも生きていけましょうが、気になるの

は来世のことです。この着物はこのままで留め置いて死んだあとの弔いにと、嘆けば母も、ああ、悲し

い、また死に支度ばっかりをと尽きぬ涙の、露霜の白いのを見れば夜も更けて、夜空に出ている月は冴え

かえっているが親子の袖は時雨れているのだ。

 茂兵衛は千万無量の思いに心も乱れて、物も言えずにいたのだが、私は男でありながらこのような仕業

をしでかしてしまい、のめのめと命を永らえることも考えておりません、おさん様のお命を何とかお助け

致したいと存ずる故に、お宿許におさん様を御同道なされてお命お助け下されば、科は私一人が受けまし

て、立派に死にたいと思います。どうか、この申し出をお聞き届けください。そう言って手を合わせて泣

きければ、ああ、愚かしい事を言う人じゃ。私一人が生きながらえ言い訳が立つほどであるなれば、二人

がこのまま生きても言い訳が立つ筈ではないか。取り違えようがどうしようが、以春と言う男を夫に持ち

ながらそなたと肌触れて寝たことは事実、たとえ別の人間に生まれ変わることができるとしても、この悪

名は削り取れない。そなたは酷く狼狽えてしまったようだ。言う事までもが軽はずみだ、そう言い窘めら

れて茂兵衛も、ああ、そうですね、はあ、あれ、三条通りの車の音。夜明けまでには程もないでしょう、

行先の当て所はないけれども、私の在所である丹波の柏原(かやばら)まで落ちてみましょう。さあ、暇乞

いをなされませ。そう言ったのだが親子の一生の生死を争う今はの別れである。月が出ない前には顔が見

えない。いっそ思い切るべきですの言葉に、なまじ月が出て、親子が互いに見交わすだけ、却って思い切

りがつかない。生半可で月も恨めしかろう。

 母は悶えて、これ、親仁殿、もはや脈が止まった死病の者でももしやと薬は盛ってみるもの。天にも地

にもたった一人の大事な娘。見つけられれば殺される、手放して遣られようかいな。さあ、一緒においで

なさい、爺婆が付き添って死ぬならば親子が一時にと、気も狂乱の口説き事、道順も耐えかねて、それは

口に出して言うまでもないことだ。如何なる大病や難病でもちょっとした配剤の加減では、助かるのもあ

る習いだが、息の絶えて死人でも二十四時間は待ってみる。唐天竺日本国の名医の薬を浴びせても、天下

の法に背くと言う大病に勝つ力はないぞ。たった一つの頼みは以春の方に手を入れて、心を宥めて見るこ

とだ。もしそのうぬちに召し捕られ、すわ最後と言う時には白髪頭を大地に擦り付けて命乞いもしよう、

身代わりを願うのもその時だ。なまじっかに親が手を出して匿ったと知れたりしたら、先方も意地を張っ

て許したくても許せなくなってしまいだろう。親や召使からも見限られて、憂き目をしていると評判が立

っては先に憐れみがある。やい、おさん、畜生よ、犬猫よと叱っても恨むなよ。願を懸けなかった神もな

く、祈らなかった仏もいない。日・月・星の三光天を拝むので七十になる道順が朝毎に垢離(冷水を浴びて

心身の汚れを去って神仏にい祈る)を取る時には、総身の骨は氷っても娘が処刑にあいならば、この苦しみ

を百千万重ねても娘の苦しみに比べたら物の数ではない。堪えながらも月日を拝するのは、あの月天子(が

つてんし)も照覧ある。よもやご利益を下さらないわけもあるまい。茂兵衛、頼むから煩わさないでくれ。

これ、此処に銀子一貫目、家を抵当にして借りた金に対する利息の不足分を補うために黒谷の和尚から借

りたのだが、今更に世間体を張ったところで仕方がない、家を町会所に託して抵当流れの処分をとっても

らう。そうなればこの一貫匁も不要となり、再び寺に返すことになるが、思い切ってここへ捨てようぞ。

遣ると言っても遣れないし、貰うと言っても貰われまいし、道順が狼狽して道に落としたのだ。諺で落ち

ているものは拾った者の拾い徳と言う、罰が当たれば落とした者にあたろう、拾った者に罰は当たらない

ぞ。おばば、おじゃ、帰ろうと夫婦は涙で咳上げ、咽び入り、二足三足立ち去れば、おさん茂兵衛はわっ

と泣き銀を取り上げ額に押し当てて、あまりに深い親の慈悲、却って冥加(もとは神仏の冥々の加護の意。

ここは罰の意味)が恐ろしい。ねえ、父様母様、と呼びかければ振り返り、何も言うな何も言うな、さらば

さらばの泣き別れ、父が戻りかければ母が止め、母が戻りかければ父が止めして、おさんと茂兵衛は歩み

兼ねて名残惜しさに立ち止まり、小高い土手で伸び上がり、二人が見送る影法師と二本の物干し竿とが重

なって民家の壁に月の光でありありと写り、まるで二人が磔にあったように映じている。

 憂身の果は捕らわれて罪科は逃れない天のお告げのようだ。母は驚き、のう爺様や、情けない、此処に

磔の姿が。悲しや、お婆、おさん茂兵衛の影法師は天道の力にも叶うまいとの知らせかや。又もや堪えか

ねて泣く声で、内から玉が潜り戸を開けて、顔を差し出す。その影が同様に壁に映じたのだ。あれ、こっ

ちにも獄門首が。浅ましや、この首の主の名は誰が知らないはずがあろうか、白露の玉ではないか。玉

は、おさん様さらば、さらばと手を振って別れを惜しむ。

 早くも黒谷の後夜(午前四時ころにつく寺の鐘)の鐘が寂滅為楽と響き来る。果は、寂滅為楽、死の境地

にこそは真の楽境があると名残惜しい響きを周囲に響かせているのだった。

         下 之 巻

 春立つと、去年の雪消(ゆきげ、雪解け)をそのままに、霞んで見える山でも奥丹波、軒のつららも溶け

渡り、谷の水音が鼓のごとくに、しったんしったんと、ほんほんほんと鳴る鼓。徳若に御万歳と栄えま

す、ありきょうあり、新玉や、年が立ち帰る朝(あした)より、水も若やぎ木の芽もさし栄えるのは実に目

出度く候。

 京の司は関白殿、退位の帝の日の元内裏、諺に、王は十善で神は九善(前世で十善の徳を積んだ者は現世

では帝王となり、九善の者は神となる)と言う。

 萬に安安と、浦安の木の下で正月三日の寅の一点(寅の刻は午前四時から六時までで、一刻を四分して点

と言う。午前四時ちょうど)に誕生ましまする。

 若戎(わかえびす)商神(あきないかみ)と現れ賜いて商繁盛を守らせなさるのは非常にお目出度いことで

ありまする。やしょめやしょめ、京の町の、やしょめ、売ったる者は、やしょめ、売ったる物は何々、大

鯛小鯛、鰤(ぶり)の大魚(おおうお)、鮑(あわび)に蠑螺(さざえ)、蛤子(はまぐりこ)、蛤子、蛤子うと、売

ったる者は、やしょめ、京の町の、やしょめ、そこをば打ちすぎ、傍の見世店を見たりゃ、そばの棚見た

りゃ、豆に小豆、大根蕪(かぶら)、加賀の牛蒡(ごんぼ)毛牛蒡(けごんぼ)、辛子の粉、山椒の粉、辛い山

椒を召し上がれ、やしょめやしょめ、京の町のやしょめと売り溜めて銭千貫、繋ぎ立てて万貫、恵方(その

年の吉方、歳徳神のいる方角)に建てた蔵にずっしりと納めて、家も福々祖父様祖母様父様母様、和子様姫

御前(ひめごぜ)産み並べて、福々福々、ほほんほんとと囃したのだ。

 おお、目出度い、目出度い、よく祝った、父様母様が無事なら万歳祝いましょう。なお御寿命はは九年

も続くようにと銭百文を包んで祝儀として、盆に入れて差し出すおさんの顔を不思議そうに、はあ、これ

は奥様、お久しぶりで御座いまする。ご機嫌よう変わったところでお正月を過ごされまするな。ああ、恙

無もない、とんでもない、私は漫才を業とする人に近付きはいない。どうして私らを見覚えておられる筈

もないし、しかし私らは毎年お庭で舞いまして、お前様がお上の方のお座敷で結構な御布団を敷いて、腰

元衆をずらりと並べてご見物なさりました。京烏丸の大経師の奥様、よく覚えておりまする。田植え唄が

お好きで御座いましたな。なんと一つ舞いましょうかと言われておさん、胸が驚き、目の鋭いお方じゃ

な。毎年のことでも、こちらはさっぱり覚えておりません。必ず必ず、どこででも私の噂をしないでおく

れよ。私の里の父親が去年からこの場所に逼塞してござる。いま頃になってやっと見舞いに来た。この在

所では私は島原の傾城が請け出されて来ていると、庄屋にも誰にも言ってある。もし人が聞いたりしても

島原で見た女郎だと言って下さいな。ちと事情があるので、京では尚の事噂をしないで下さいね。





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最終更新日  2025年02月04日 20時03分30秒
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