草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年02月07日
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その烏丸で酒に酔って忘れて、ひょっと言ってしまったら困る。この春はもう烏丸には行かないでくださ

いな。来年の正月には私が上って目出度く祝いましょう。烏丸の代わりに、此処で盃を出したいのだが折

悪しく酒を切らしている。これで飲んでくだされと、二三匁の豆板(指頭大の銀貨)を二つ、飲ませぬ酒樽

の代わりの口止め料。

 はあ、何でこれで申しましょうか。酒の入った樽よりも酒の入らない木樽の酔い心地の方がよい。却っ

て木樽に酔いました。こうしてうまい目にあった漫才が、舌鼓を打って帰ったのだ。

 おさんも憂き世が恐ろしく、茫然としているところへ茂兵衛も青い顔をして立ち帰った。ええ、さっさ

と戻りもしないで、今更に運勢が開けるわけでもなく、恵方参りをしていたのですか。たった今、毎年京

に来る顔馴染みの漫才が、不審がったのでもっともらしく嘘をついて帰すことは帰したが、どうやら此処



一時に来ました。天知る、地知るでこっちは知らなくとも、今の漫才と同じ類で、栗売り、柴売りのと丹

波から京に出る者は大勢いる。あれが言い、これが聞きして我々の所在が知れたとしても不思議はありま

せん。助右衛門を始めとして旦那の一家が隣在所に宿をとっているそうです。その上にたった今、但馬の

湯治客を乗せて通る駕籠舁きが不思議なことを言いました。大経師のおさんが奥丹波に隠れている様子が

知れて、京のお役所からここの代官所に解状(げじょう、罪人召し取りの公文書)が着いて、在所在所を尋

ねるその使いを乗せた早駕籠が、老いの坂下から二里の間を一貫四百匁、一人について七百匁の賃金に預

かったとたった今通りました。そう、身を震わせながら言う。

 はて、何としましょうか。今までが不思議な命。しかし、今ここで死んだりしたら父様母様の嘆きがお

愛おしい。一日でも生きながらえるのが親孝行です。今夜のうちに退散しようではないか。

 如何にも、如何にも、あの道順様のお志の一貫目のうち、二百目を使って、残る八百目をこの家主の助

作に預けて置きました。大事のお慈悲のその銀をこなたと私でしっかりと抱いて死ぬ金であるにせよ、そ



寄って申したところ、追っ付け持っていこうと申す。その銀を腰につけて、丹後の宮津に兄弟同様にして

いる者がいる。そこまでどうにかして逃げましょう。それまでに運が尽きていよいよ最後となった時には

日頃申している通りに、悪縁と思ってください。私ゆえに大事なお身を捨てさせましたと涙ぐみ、打しお

れて見えたので、また同じ事ばかり、それは互の不運な因果づく。ただ、忘れられないのは二人の親、さ

て愛しいは幼馴染の以春様。こなたも私(わし)も微塵も曇ってはいないこの心、言い訳してから死にたい



 家主の助作は案内も乞わずにつっと入り、やあ、新六様、先程はようこそおいで下さいました。預かり

の八百目ですが、ただ置いておくよりはと少し手廻し致しました。急にはどうも整わないのです。一両日

待って頂きましょう。こな様もあんまりです、あの様な傾城を受けだした上に、更に銀を使うというよう

な昔の大尽気質はお止めなされ、と言ったところ、いやこれ、助作さん、あのお方の入用ではないので

す。皆私の必要なのですよ、勤めの身はな、全盛するほどに世間が張って、辛いもので御座んす。懇ろな

客から借りた金で、今宵中に返済しなくては義理がすまないのです。その代わりにはあのお方の勘当がと

けて大阪に往きましたなら、夜でも夜中でも言って来てくださいな。八百貫目や八千貫目は誓約に背くの

ならば身体が腐ってもよい、無利子でいつでも用立てましょう。

 あの通り、あの通り、近頃御苦労千万ながら、どうぞ頼み申したい。むむ、如何にも聞き届けました

ぞ。それ程に急な話とは知りませんでした。七つ過ぎ(午後の四時)暮れまでには必ず持ってきましょう。

御夫婦の手元に入れておいた借用証文も金と引き換えに返して貰います。必ず内にいらっしゃい。

 おお、動きも致しませんよ。と、約束も堅く銀が敵とは知らなかったのだ。身のなる果が浅ましい。さ

てさて、とろりと一杯騙してやったぞ。今の遊女の真似も普段から芝居が好きでよく見ていたから出来た

事。助作から銀を受け取ったら直ぐに、駆け出して急いだら、夜の内に七八里は楽に行ける。宮津に落ち

着いたなら天の橋立の南にある文殊菩薩の知恩院様には母方の縁があるので、頼んだなら嫌とは言わな

いだろう。

 そろそろ用意をしようと、帯を締め直し、身拵えするうちに、鉄棒(鉄の棒の頭に数個の鉄の環をつけて

地面に付き鳴らして行くもので、捕手などが道を警戒し、威を示すのに用いる)の音がして人の足音が頻り

に近づくのだ。

 やあ、気味が悪い、はあ、南無三宝、口惜しい。助作めに出し抜かれたのだ。おさん様、もう逃れられ

ない、未練卑怯な働きはなさらないことです。おお、覚悟した、合点じゃと表を見れば捕手の役人が助作

を先に立てて、捕った捕った、捕った捕ったと乱れ入る。

 茂兵衛は臆せずにつっと出て、見苦しいぞよ、お侍、合口(鍔のない短刀)一本差してはいない町人で

す。手向かいは致さない。伜の時代から柔当身(人の急所を拳で突き、一時気絶させる柔術の手)を稽古し

ていざと言う緊急の際には腕は細くとも、お侍の五人や七人は失礼ながらキャッと言わせて地に這わせる

術も心得てはいるが、元を言えば主人の勘気に触れるようなことをしたから。主人に歯向かうも同然と心

得て手向かいは仕らぬ。ここいる女性について申し訳はあるがそれも今は無用である。不義ならば不義に

してさあ尋常に括れ、捕った捕ったと、引き伏せ引き伏せ、高手小手、顔色も変えずに縛られた男も女

も健気なので、捕手の武士は我を折って、哀れだと言わぬ人もいない。

 おさんは涼しい目の中に、助作をはったと睨み、ええ、さもしい土百姓、おのれは少しの欲に目がくら

んでよくも訴人してくれたな。申し殿様、あいつに八百目の銀を預けてあります。こうなった身に金銀は

不要ですが、これは親の情けの銀です。京に上せて黒谷のお寺に戻して下さいませ。

 言い切らない内に助作は禍々しい顔つきで、ああ、恐ろしい女め、何時おのれに銭三文も借りた覚えは

ないぞ。五十日ばかり家を貸して、その上に宿賃だ、米だ、味噌だと算用したならば銀二三百匁は当然に

こっちに引き取ってよいはずだぞ。八百目を預けたとは、この生き騙りめ、と争うところを茂兵衛が罪人

として役人が引き立てる縄をかいくぐって助作の横腹をはったと蹴り倒した。

 たかがこれくらいの目腐れ金のことで、おのれ風情に偽りは言わないぞ。よいよい、おのれにくれてや

ろう。八百目の銀、貴様の根性相応に、今のうちはせいぜい偉い金持ちになったとほくほくしているがよ

い。閻魔の前では勘定をしろと頬桁の三つや四つ踏みつけて、何食わぬ顔でいるのだった。

 私はこの度お願い申し上げました御領内の助作の従兄弟の、京の大経師以春の手代助右衛門と申す者、

御苦労千万におさん茂兵衛を絡め取って下さいました。我々主従は本望で大悦でござりまする。縄付きの

二人を請け取りて早々に京に立ち帰りたい。お渡しくだされますようにお願い申し上げます。と、謹んで

述べた所、役人は顔色を変えて、そいつを引きずり出せ。無礼千万であるぞ、縄付きを渡せだと。貴様等

に頼まれたから捕縛したのではないぞ。京都かたの解状(げじょう)により搦め捕ったのだ。直ぐに京の牢

屋に引き渡す。とりわけこの罪人は色々と問いただすことのある者達だ。慮外を申したならおのれも一緒

に搦めると叱責されて助右衛門は揉み手をして退いた。

 そこへ赤松梅龍が早駕籠で駆けつけ、首桶を引っさげてつかつかと姿を現した。我らは大経師以春の下

女の玉と申す者の請け人であり、伯父でもある赤松梅龍と申す者、この度おさん茂兵衛の駆け落ちの事に

ついては、少しも両人には不義の意思はなく、この玉が謂れのない確たる証拠のない言葉を聞き違えて、

嫉妬の心が余って、聞き違いの誤りであって思わずも不義の虚名を取ったこと。詮ずるところ玉めが口か

らなした業、科人は玉一人、即ち玉の首を討って参ったからは両人の命は助けて下さるべくと、桶の蓋を

取れば玉の首。

 おさん茂兵衛は一目見て、はや先だったかや、儚やと心も消え消えになり半ば気を失ったようになっ

た。

 代官の役人は意外な事態が生じたので手を打って、はああ、早まった梅龍、この両人の囚人は科の実否

が定まらずに、京都において仲立ちの女、その玉を証拠に詮議があり、事の次第が明らかになり、おさん

茂兵衛の他に玉も加えて三人ともに助かることもあったのに、肝心要の証人の首を取って、何を証拠に詮

議有るべき手段もなくなったぞ。残念、残念、二人の罪過は決まってしまったぞ。首も一緒に京都に渡

せ。早々、罪人を引っ立てい。下役人達が、承けたまわりましたと引き立てれば、梅龍はつっ立ち地団駄

を踏み、ええ、ええ、早まった、仕損じた。七十歳に及ぶ老齢の梅龍がしでかした一生の誤り。此処でむ

だむだと腹を切るのも我ながら気違いじみている。死の道ずれが欲しいものだなあ。

 やあ、助右衛門、おのれを斬って人を殺した誤りと、共に罪過に行われんと、するりと抜いて打ち付け

れば、額の真ん中を切られて朱に染まって逃げ出したのだ。首を取らないではおかないぞと、駆け出した

のを大勢が取り付いて、乱暴はさせぬ、狼藉ならぬと抱きついた。乱暴は承知の上でやることだ、放せ、

放せと駆け出しても自然に止まってしまうのも、老人の力の限界で、ただ、止まらないのは罪人を引いて

行く駒の目にさえ涙が浮かび、轡にかかる白泡の哀れを残すばかりなり。

            おさん 茂兵衛 こよみ歌

 乗る人も、乗せたる駒も、遂に行く道とは知れども最期の日が今日か明日かと迫ってみれば、自分だけ

がこの世から露の命と儚くも消えるのかと、あまたの人の命乞い、それを杖とも柱とも頼みにしている

が、柱暦の紙が破れてしまい、京都は今年の恵方だが二人にとっては不吉の方向だ。思い返せば胸が塞が

る。月により特定の方角に向かって事をなすのを忌む月塞がり、駒の足は速く進む。光陰矢のごとくで、

立春から八十八日は思いも及ばない。年は十九と二十五、名残の霜を見上げれば、空に知られない露の雨

がはらはらほろほろと縄目に伝い、鞍坪にまで落ちる涙の十方暮れ。

 泣く泣く引かれて行く姿、よその見る目も哀れである。人の目を盗んでしたことが露見して、不義だの

何だのと噂されて、庚申は今日で、明日は甲子(きのえね)、木の上の身とは知らずに男女で逢った夜の報

い。世上の口に謡われて、合わせてみても合わぬ中、丸い苧小笥(おごけ)に角の蓋、眞苧績(まおう)み貯

めて綯い混ぜて今は我が身の縛り縄。謗りを受ける情けなさ。

 おさんが茂兵衛に言うことには、由のない女の悋気のせいで何の科もないそなたまで、不義者と呼ばせ

てしまい命まで失う目にあわせてしまった。湯殿始めに身を清め、新枕した姫始め、彼(か)の着衣(きそ)

始め、引換えて引かれる駒の蔵開(くらびら)き、天一天上の八方塞がりで心の休まる暇もない。五衰八専

間日(まび)もなし。ただ何事も坎日(かんじつ、凶日)と声も涙にかき暮れるのだ。

 茂兵衛は次第に顔を上げて、それは愚かですよ、おさん様、火に入り、水に入るのも定まっていた前世

からの悪因縁です。そう諦めて未来の黒日(大凶の日)の苦労を遁れ、春秋の二季の彼岸にいたらんと念じ

ましょう。南無阿彌陀仏、南無阿彌陀仏、の太布を帆に掲げて、共に弘誓(ぐぜい)の船(仏が衆生を導いて

生死の苦海を越え、涅槃の彼岸に達するのをたとえた)に乗り、紅蓮の井戸掘り、焦熱の地獄の釜塗り、仕

方がないと急ぎもしない道をいつの間にか、過ぎて冬至の冬枯れの、木の間木の間にちらちらと、抜き身

の槍の恐ろしや、あれでそなたの身を突くのか。これでそもじを殺すのかと、血忌み(鍼灸・殺生などを忌

む日)も今は偽りだと二人は顔を打ち合わせて、口説き、焦がれて、なく涙は馬の尾髪まで浸すであろう。

また冴え返る夕嵐、雪の松原此の世からかかる苦患に遭う、往亡日(おうもうび)、島田が乱れてはらはら

はら、顔には何時の半夏生(はんげしょう)、縛られた手の冷たさは我が身一つの寒の入り、涙は指の爪取

りよし、袖に氷を結ぶのだった。

 つくずくと物を案ずるに、我は劔の金性(かねしょう、人の生年月日によりその性を木火土金水・もくか

どきんすい、の五行に配当して吉凶を説いた。陰陽家の説)で、刃にかかる約束なのか。わしは土性で墓の

土、どうして墓に埋められないで遂に木性の木の空に、屍を晒し、名を晒し、何度も小唄に作られて強い

い処刑で粟田口、蹴上げの水に名を流すのか。

 おさん茂兵衛の新精霊、不躾ではあるが手向けの草。同じ罪科の下女の名の、魂も冥土の通うのだが、

魂魄はこの世に留まって、共に浮名をくだされても冥土では主従がともどもに、娑婆で手馴れていた玉の

業、無間の釜で茶を沸かし、往来の人の回向を受けて、我が身の悟り開く日(にち、外出・移転・雇人など

に吉の日)、ああ、嘆くまい今更に、何をくよくよと凶會日(くゑにち、一切のことに凶の日)で、悔やむも

由無し。引き寄せて結べば露の命であり、解けば元の道の芝、やがて往こう亥の子や、五里六里、十死(黒

日に次ぐ大凶の日)の過ぎて、これぞこの小川通り三途の川、牢の町さえ近づけば、見物の群衆がとりどり

にこの身ならぬ、暦の噂を繰り返す。思えばわしの嫁取りよし、わが昔の元服も良かった。その吉ではな

いが蘆に鷺、裾の模様も絵に写して、筆に連ねて末の世に語り続けて聞き及ぶ。

 道順夫婦、群衆の中を押し分け押し分けして、犯した罪が重ければそれだけまた慈悲と言う名も重くな

る。磔にも獄門にもこの爺媼を代わりに立て、二人を助けてくだされや、とおさん可愛やと縋り付けば、

警固の者が寄ったならばぶつぞと追い払う。

 黒谷の東岸和尚が袖をまくりあげて、韋駄天(俗に足が速いとされる仏法守護の神)の如くに走り寄って

来て、出家に棒を当てたならば五逆罪だ、五逆罪だ、さあ、おさん茂兵衛、この東岸和尚が助けたと、持

っていた衣装を打掛け、打掛して、肘を張って立ったのだ。

 役人頭が腹を立てて、罪過が決まった召し人を助けるとはお上の威光を軽んじる行為だぞ。御坊の仕方

は許されない、許されない。それ、衣を引き剥げ、引き剥げ、とどっと寄れば、これこれ、出家と侍とは

悟りについて同様だ。助けると言う意味は、過去・現在・未来の三世に渡って変わることのない僧衣の徳

によって言うのだ。愚僧の念願を相叶えて二人の命を下さるならば、衣の威徳によって両人の未来は救わ

れたことになる。もしまた罪に沈んでも、愚僧が弟子になすのであるから、未来を助ける衣の徳だ。現世

でも未来でも、助かることは同じだ。文字は二通りはないぞ。さあ、助けたと呼ばわる声、諸人がわっと

感動する声。尽きることなく万年暦(特定の年に限らず、いづれの年にも通じる暦)、昔暦、新暦、当年正

徳五年の干支は乙未(きのとひつじ)の初暦は目立たく開け始めたのだ。





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最終更新日  2025年02月07日 16時00分04秒
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