草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年02月17日
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あんまり拭い過ぎて顔が痛いですか、せっかくのおいでですが奥様は今朝より親里へ参られて、ゆるりと

御逗留あるはず、何なりと私にお語りなされませと言ったところ、それならば此方に頼みましょう。私が

乳母として養い育てたお雪様と申すお方と、笹野権三様とが言い交わしたことがありますが、仲人がない

で御祝言が遅くなっています。殊にこの乳母の尽力で一夜の枕を交わさせています。その礼に権三様より

雪駄一足と銀一両、これが証拠です。侍の妹に侍が傷をつけてはのっぴきならない大事です。此処の奥様

がちょっとお口を添えてくだされば、いざこざは無しに直ぐに事が運ぶように、権三様とも内々にちゃん

と打ち合せが済んでいます。お子様方もいらっしゃるので、御病気ともなればお金を出して山伏にご祈祷

などを頼まれる筈、他人のために図られればお子様たちの上にもきっと良いことがある。すれば山伏を頼

まなくともそれと同等のご利益が得られるでしょう。首尾よく相済んだならば相応のお礼を致しましょう



とへにお頼み申し上げまする。初めての長口上、ほほ、ほほ、ほほ、おう、恥ずかしいことですよ、と話

したのだ。これねえ、当人が長いと思う程ならば聞いている方はもっと長く感じます。こちらの奥様は礼

物を受け取って縁談の取り持ちをするようなお方ではありませんよ。殊に酉のお年であなたのようなお喋

り者を忌み嫌われる。早く帰ってくださいな。そう言い放って愛想がないので、決まりが悪くて引っ込み

がつかないので、むむう、わしはちょうど六十で戌年、狼狽え歩いて棒に当たらぬ様に長吠えしないで早

く帰りましょうと、逃げ吠えしてぞ帰ったのだ。

 奥では待っていたとばかりに嫉妬の炎を燃え立たせて、錨の綱が切れて、怒りの感情を静めかねている

丁度その時に、父親の岩木忠太兵衛がただいま参上致したしましたぞと若党が先に告げたところ、家内は

恐れ静まっておさゐも内心では面白くはないのだが、親に対して愛想の笑顔を向ける。

 おお、市之進の留守に皆が機嫌が良くて満足じゃ。虎や捨めがよく遊んで、昼寝も出来なくて眠い。早

く帰って寝たいと言うので連れ立って帰ったぞ。夜が短い、早く寝かせて、疾く起こし、昼間はぞんぶん



は奥にいるのだろうか。娘の子は十三四からは端近くには出さない方が良いぞ。姉や捨めは御前に似たが

虎めは市之進に生き写しだ。こりゃ、市之進が江戸から帰ったと言って母(かか)の側にちゃっと行け。

そう言って孫を寵愛の戯れ。

 おお、久しく遊んだことですね。祖父様(じじさま)祖母様(ばばさま)さぞ煩かったで御座いましょ

う。奥へ行って姉と一緒に並んで眠りなさいな。乳母や、寝冷えをさせないように気を配ってください



子ども、祖父様のお慰みにさっきの銘酒を少し差し上げなさいと、もてなせば、いやいや、銘酒よりも何

よりも数寄屋の庭がよい。毎日見ても見飽きないぞ。市之進が数寄を凝らして作っただけに面白い。や、

兼ねてないないの意向として話しておいた笹野権三、新の台子の願いには来なかっただろうか。

 如何にも、懇望なされましたので、巻物を渡す約束を致しました。それは出来した、よかった。若い男

だが殊勝な事だ、諸芸の心がけが素晴らしい。仕損じがあったりしたら市之進の誤りとなり、強いては殿

様に恥辱ともなる。秘伝を残さずに伝授しなされ。さりながら、お家の大事じゃ、たとえ聞いたとしても

分かりはしまいが下々の召使達にも一言一句漏らしてはならないぞ。隠密、秘密だ。夜が更けぬ先に帰ろ

う。提灯を灯せ。皆を宵から休ませて、何かあったなら直ぐに目を覚ますようにさせなさい。又、明日に

は見舞いに参ろう。やい、角介、男はお前だけだ。家の背面にも注意しなさい。何と言っても昼間でもい

びきをかく角介の事だ、そう老いの戯言を言いながら夕闇に帰れば、跡は門の戸を鎖す。流石に数寄者の

庭の表面、若葉の木立物古りて爐路も仄暗い灯篭の、火影がうつる熊笹の露は蛍かと見まがう、蛙の声、

かまびすしく響くのだった。萱屋の軒に音づれてしょろしょろ流れる水の音、夜もしんしんと更けたの

だ。

 おさゐは庭先にいて、家内は寝入ってほっしりとどんな物思いに沈もうが誰も咎め立てをしないのがこ

の家の取り柄で、涙も袖に落ち次第。ええ、思案するほど妬ましい。なみ大抵の男を、可愛く大事な娘に

添わせようか、我が身が連れ添う気持で吟味に吟味して思い込んだ希男であったからこそ、秘蔵の娘を添

わせようと思っていたのに、悋気しないでいられましょうか。昼に来た婆めが抜かしおったわ、お雪様と

権三さんとが内証しゃんと締めてある、ええ、腹が立つ妬ましい。悋気者とも法界者とも言いたければお

言いなさいな。傳受も瓢箪もありはしない、台子も茶釜も糸瓜の(へちま)の皮で何の役にも立たない。

ええ、恨めしい腹が立つ。自分の身を縁側に打ち付けてこぼす。涙で濡れた袖が雫を垂らして茶巾の如く

であるよ。はおうああ、こうまでに嫉妬深いのも前世からの因縁なのか、それとも病気なのかしら。これ

程に悋気深くては我ながら自分の夫を長い期間手放しておいて海山を隔ててよくもいられたものですよ。

それを我慢しているのも殿様のお言いつけで出向いているのだと思えばこそ。そうであれば、悋気という

ものはみな自分の気ままから起こるもの。姑が婿に対して悋気とは悪い評判が立つもと。さらりと思い忘

れましょう、と邪念を払うのだがそれでもやはり胸が焦がれる。涙は癖となっしまった。

 約束であるから笹野権三は供をも伴わっずに静かに門の戸を叩いた。内側では答えもしないで走り出

て、誰じゃ、笹野です。門の戸を開けると直ぐにはたと締めて、こちらへ数寄屋へ数寄屋へと、手燭を片

手に傳受の箱、二人が忍んで姿を消した様子は人の疑いがかけられても仕方がないと、当然に考えが及ぶ

筈なのだが、当人の身としては気がつかづに障子一枚だけを開けたままで数寄屋の部屋に入ったのだ。

 これは絵図の巻物、祝言・元服・出陣の台子、これは御簾の中の茶の湯の図、誠の真の台子とはこの行

幸の台子の図。三幅が対の掛物、三つ具足・中央に香炉、左右に花瓶と燭台のひと揃い。床脇の棚に茶壷

を飾る方式、印可巻・許しの巻、これを読めば口伝は必要ありませんよ。心静かにゆるゆるとお読みなさ

いな。

 権三は押しいただいて読めば世間も静まり返って、蛙の声も夜が更け渡ったのを知らせる様な顔であ

る。

 折しも川側(かわづら)伴之丞が四斗入の空き樽を下人に持たせて、市之進の屋敷の廻りをうろうろ、

きょろきょろと耳をそばだて、小声になって、やい、波介、内では寝静まっているぞ。おさゐの寝間に忍

び込んで口説き落として、積もる念を晴らして色の上で誑(たら)し込み、真の台子の巻物をまんまと手

に入れ、権三めにあんぐりと口を開かせてやろうぞ。もしも人が起きて来て出会ったとしても女や小者

だ、口に砂でも頬張らせて息の音、声を出させるな。それ樽の蓋を突き抜け。おっと承知しました。足で

踏みつければ蓋も鏡もすっぽりと抜けた樽を枳穀垣にぐいぐいと押し込んで、葉山茂山は茂っているが、

どんなに人目が多かろうと、思い込んで会うのには妨げにはならない、抜け穴道が完成した。

 おのれは四方を見合わせ後から来い、と伴之丞はそろりそろりと這い潜って、庭に入れば数寄屋の内部

に灯火が、障子の影は男と女で忍合う夜の私語(ささめごと)。頷きあって顔と顔を寄せ合ってしっぽり

情事の濡れの露。寝てしまったあとなのか、これから寝るのか、しみじみと上手い花ざかり。

 伴之丞も気は上ずり上気して、腰から下の無様さを気にかける余裕もなく、先陣越された宇治川の川水

に押し流されて膝をぶるぶると震わせて、流れ武者の恰好で喉を渇かして立っていたが、権三の声で、は

あ、誰かが庭に来たようですね。はて、昼でさえ人が来ない場所です。夜更けてから誰が来るものです

か。いいや、今まで鳴いていた蛙がひっしゃりと鳴き止みました。ああ、蛙も少しは休まなくてはいない

でしょうよ。きょろきょろとしないで先ず巻物類をお読みなさいな。あれ、また蛙が鳴き始めましたなと

権三。

 そうこうしているうちに、波介が樽をくぐり抜けて庭に降り立った。そして、主従が一緒に立休らう。

 あれ、又、鳴き止んだ。どう考えても誰かが居るのは間違いない。ちょっと吟味しようと、権三が脇差

をおっ取り出ようとした。これ遣りませんよ。三方は高い塀で北は茨垣です。犬や猫でも潜れないのに人

が来るはずもありませんよ。一人で気を揉む所を見ると、さてはお前と私がこうしているのを妬む女子が

いて喚きに来る覚えでもあるのですか、

 これは迷惑な、その様な覚えは微塵も御座いません。いや、ある、いや、ある。仲人が口を添えれば直

ぐに埓があくように内証をしゃんと締めてありまする。ええ、ええ、ええ、女の身の浅はかさなどは表面

だけに目が行ってしまい、騙されて目がくらみ胸の中を知らなかったと、わっとばかりに腹立ち涙。こ

れ、宵のうちから心の中がくらくらと煮えたぎるのを、姑が聟に悋気と浮名が嫌さに笑顔作って、堪忍袋

の緒がぷっりと切れてしまった。

 これ見よがしのその帯は、定紋の三つ引きと裏菊と、甘ったるい比翼紋は誰が縫ったものですか。誰が

呉れたのです。噛みちぎってしまいましょうか、飛びついてむしゃぶりつく。

 はてこの帯には様子があります。おお、様子がなくてはおさまらない、様子があるに決まっています

よ。様子と言うのが妬ましい。互いに泣くやら、叩くやら。帯をぐるぐると引き解き、続けざまに殴り、

打ち、ええ、厭らしい手が汚れたと、帯を手元に手繰り寄せて、庭にひらりと投げやって拾いなさいとで

も言いたげな風情。

 嫉妬で分別をうしなったと言うことは仕方がなくて、障子に映った影は両者共に髪を振り乱した様に見

える。どのようにしてもこの様子であるから、帯を解いたままではいられないと、庭に出ようとした所

を、ああ、ああ、帯に名残が惜しいのか。お気には入らないでしょうがこの帯、お締めなさいと、この一

念が蛇となって腰に巻きつき離れぬと、おさゐが自分の締めていた帯を投げつけた。

 権三は余りな事にむっとして、腰を二重に巻いて締める女帯、まだ致したことは御座らぬと、同じく庭

に投げ出した。

 手早くそれを拾った伴之丞、声を立てて、市之進の女房と笹野権三、不義の密通、数寄屋での床入り、

二人の帯が証拠だとばかりに、岩木忠太兵衛に言いつけると言い捨てて、通路の樽を抜け出した。

 南無三宝、伴之丞め、弓矢八幡、逃さじと、刀を引き抜き障子を蹴破って飛んで出て、灯篭の火の影薄

く捜し廻れば波介が狼狽えまわるのをしっかりと捉えて、伴之丞はどうしたのだと脅すと、私を捨てて出

られた。え、せめて貴様を冥土の供にしてやろうと、臓腑の真ん中をぐい、ぐい、ぐいと抉れば、ぎゃっ

とばかりに二刀で息の根が止まった。直ぐに逆手に取り直して左手(ゆんで)の小脇に突っ込む所を、お

さゐが縋って、これはどうしたこと、不義者は伴之丞、身に曇りのないお前が、何の誤りがあって死のう

とは。

 ああ、愚かだった。二人の帯を証拠に取られて寝乱れ髪のこの姿。誰に何と言い訳しようか。もう侍が

廃った。こなたも人畜の身になってしまった。ええ、ええ、無念と泣きければ、さては、お前も私も人間

を外れた畜生に成り果ててしまったか。如何なる仏罰、三宝の冥加には尽き果ててしまった。浅ましい身

に成り果てたか、はあっとばかりにどうと伏して消え入る様に嘆いた。





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最終更新日  2025年02月17日 20時50分14秒
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