草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年02月19日
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ええ、是非もない。もはやこのふたりは生きても死んでも廃ってしまった身、東(あずま)に御座る市之

進殿は女房を盗まれたと後ろ指を指されては、御奉公は愚か、人に面を合わせられまい。どうせ生きては

いられない我々二人、只今二人は間男と、密通したという不義者になりきって、市之進殿に討たれて男の

一分立てて進ぜて下さるなら、のう、忝ないことですとまたもや臥し沈むばかりなり。

 いやこれ、不義者にならずにこのままで討たれても、市之進殿の男としての面目が立ち死後に我々の生

前の汚名をそそぎ、不義の事実がないことが判明すれば、二人も共に一分が立つというもの。どう考えて

も不義密通者にされてしまうのは口惜しい。

 おお、愛しや口惜しいは尤もではあるが、跡で我々の名が清められたとしても、市之進は女敵(妻と密

通した姦夫を夫の立場から言う語)を討ち誤り、二度の恥辱(始めは妻を奪われたと言う恥辱、次にはそ



女房じゃ夫じゃと一言言ってくだされよ。思いがけない災難で浮名を立てられて命を果たすお前も愛しい

ことに変わりはないけれども、三人の子供をなした二十年の馴染みの夫にわしゃ替えられぬぞと、わっと

ばかりに嘆き、心が弱り気を落としている。

 権三も無念の男泣き、五臓六腑の腸を全部吐き出し鉄を溶かした煮えたぎる熱湯が喉を通る苦しみよ

り、主の有る女房を我が女房と言う苦患、百倍千倍も無念ではあるがこう成り下がった武運の尽き、是非

もない、権三の女房、お前は夫、えいえいえい、忌々しいと縋り合い泣くより他にはしようがないのだ。

 さあ、家内が目を覚まさない内に、夜は短い。早立ち退こうと権三がおさゐを引き立てれば、可愛や、

三人の子供が、母が今この様で住み慣れた屋敷を立ち退くとも知らずに、何事か夢に見てすやすやと眠る

姿に暇乞いをしたいと泣いたところ、ええ、未練じゃ、市之進に首尾よく討たれるよりほかに浮世での願

いは何があるかと引き立てる。

 門を開けようとすると、門外に提灯や人の足音、扉をがたがた大音を上げて、岩木甚平(おさゐの弟)



 はああ、弟の甚平じゃ、門からは出られない。裏門はなし、塀は高い、飛んだり押したりしてうろつく

間に家内は起きる、門は叩く。

 前後の目を付けて茨垣、やあ、悪人めが抜け穴を、我が身にとっては神の御利生(りしょう)とばかり

に二人は手を組む、生死の分かれ道、命の境、四斗樽の中に六道(斗)四生(升)二人が同時に飛び込んだ

のでぎゅっと詰まって動きが取れない。そのまま樽と共に外へ転がり出た。



酒樽に入れた侭で歩く無明の酒の酔い、これぞ冥途に通う樽、偕老同穴と言えばめでたいのだが、これは

同じ同穴でも生きながらに同じ棺桶に入れられたも同然で、どうせ何処かの穴に埋められるよりほかはな

いのだ。事の様子が自然とそのことを語っているようだ。

              下 之 巻  権三おさゐ 道行(男女が連れ立って駆け落ちすること)

 鑓(やり)の権三は伊達者でござる、油壺から出すような男、しんとんとろりと見惚れる男。どうでも

権三は好い男、花の枝から溢れる男、しんとんとろりと見惚れる男。愛しい男、元の夫が愛想を尽かした

わけでもないのに妻の方から思いもかけぬ男の方に引かれて行ったが、これも元はと言えば一人留守寝の

床の中、心も澄んで目も冴えて、浅香の妻でありながら、ふとした弾みで笹野と思わぬ縁を結んで、つい

には故郷を出奔する羽目になってしまった。

 二人の涙は湧き出て、出石(いづし)の山はあるのだが、恋の病には効験のない但馬の湯、その湯桁(浴

槽)の数を唱えれば、我とそもじは五つと七つ、十二違いの見かけが老けていて、姉とも言えば言える岩

枕、岩の根を枕に契を結べば岩やあたりの草が思うであろうのが恥ずかしい。そなたは人の女郎花(おみ

なえし)、俺の口からは女房とは身が恥ずかしい、それではないが櫨(はじ、ロウの木)楓(かえで)いた

ずらに染めぬ浮名の村萩の乱れ、身には覚えのない汚名に泣くのは哀れであるよ。

 振り上げ見れば源の頼光が鬼神(きじん)を退治した大江山、峯は青葉に包まれ谷も尾上(おのえ、山の

峰)もしんしんと山のふりさえ愛想がない。陰気に構えている。

 松の下陰、藪の小陰の一在所、あれあれあれあれ、麦搗(つ)く嬶等、隣の姉か、三十ばかりで歯白振

袖、それでも恋の一節や、大工殿より、のう、鍛冶屋が憎い、閨(ねや)の掛金は鍛冶屋が打つ、しょが

え、のう、鍛冶が打つ。閨の掛金は鍛冶が打つ。しょがえ、のう、掛金は関の鎖(とざ)し、解けそめて

迷い始めたのは誰のせいですか。若い殿御をわれ故に侘しい姿にしてしまった。二本の刀もその一本の脇

差は道芝の露の値と消え果てて、一本薄を刈り残しているだけ。腰の廻りは秋の暮、寂しい、悲しい、愛

おしい。互いに抱きあって泣くばかりだ。

 国に親と子、東に夫、思いは千筋、百筋の、我は涙の苧桛(おがせ、麻を巻く桛・かせ)繰る。間男の

噂をせき止めることはできない相談だ。

 川水に洗う帷子を張る、それではないが、播磨潟、ろくに寝ていない目をしょぼしょぼとさせて、埃ま

みれの髪形、盬焼く浦の蜑にも劣る山田畠の案山子同然のなりふり、まさに鳥威し、粟を啄む鶉(うず

ら)や澤の田鶴(たづ)、ひよひよと鳴くのは鵯(ひよどり)、小池に住むのは鴛鴦(おしどり)、鴛鴦

の、しかも鰥夫(やもめ)の夫(つま)の留守もり、男やもめの憂き住まい、鳥の上にも嘆かれて、いとど

涙の種であるよ。

 二人の行く後から夕立雲がむらむらと、風に乗ってさっと吹いてくる。風の音、野辺の薄のそよぎま

で、我を追い来る追っ手かと、露の笹原、やっとんとん、連れ立ち走る、踏み分け走る。

 磯の千鳥を追いかけて石突(いしづき、槍の柄の下端を包んだ金具)を掴んでずんずんと伸ばす。伸ば

す。さあ、えいさっさ、えいさえい、笹葉形の槍の槍先に突き損ねる小鳥もなかったのに、今では羽風さ

えも空恐ろしくて、舟は乗合、人目も窮屈に感じられ、徒歩路を急げども捗(はか)がゆかず、何を導(し

るべ)に難波津の名は住吉も住み憂しと、世の憂き節も伏見山、身に墨染の衣は着ていないが心だけは出

家のつもりで、伏見の墨染の里に落ち着き住み着いたのだ。

 さりともと、昔は末も頼まれた。老いは憂身の限りだと古歌の詞も思い知る。岩木忠太兵衛は玄関前で

浅香市之進方より小袖箪笥・挟箱・葛籠(つづら)長持、その他の嫁入り道具を一式、積み重ねて不義人

の諸道具返納と呼ばわり散らして帰ったのだ。

 母は持病の血の道で、おさゐの事件が起こったその日から、癪の閊(つかえ)に胸が痛んで、とても枕

が上がらない。何じゃと、道具類が戻ったか。婿とも孫とも縁が切れたか。情けなや、とよろぼい出で、

のう、聞くことも見る事も悲しいことばっかり、と葛籠(つづら)にかっぱと抱き付き、絶入るばかりに

見えたのだが、如何なる天魔の障礙(しょうげ、妨げ)ぞや、このような事をしでかす。さもしい気は微

塵もなく真情者(まじょうしゃ、正直者)の孝行者、子も尋常に育てて、母様(かかさま)聞いてくだされ

、私は娘を持ちたいと持つ。嫁入りの時の諸道具を一品も散らさずに子供をしつける頼りにしようと、小

身の我が夫にあまり苦をかけてくないと、言う言葉が違ってしまい、二十年にもなる道具類は古びもせず

に、持ちなすこの心で、何で自分からその様な悪事をしでかそうか、悪魔にでも見込まれたのか、それと

も何かの応報か。と、叉口説き立て泣いたのだが、市之進の身になっては口惜しい筈、あまりにもこれは

つれない。無情な仕打ちだ。女の子に譲ってもよいはずなのに、それもせずに、見苦しく門に積ませて、

おさゐを母とする自分の子供の恥となるのに、それを考えもせずに、やい、中間共、下女どもよ。あまり

人が見ないうちに早々内に運んでおくれ。嘆きあせれば忠太兵衛、これこれ、お婆、聞いていればぐどぐ

どと何を役にも立たぬこと。市之進には誤りがない。いずれは姦夫と共に討って捨てる女の諸道具を、市

之進が留めていて何とする。人間外れの女、穢れた道具、武士の家が汚れるぞ。中間どもよ、片端から叩

き割り火をつけて焼いてしまえ。

 畏まったと、棒・才槌・鋤・鍬(くわ)・鉞(まさかり)をひっさげてひっさげ立ちかかった。母は堪え

かねて両手を広げ、待ってくれ、待ってくれ、のう、祖父(じい)様、道具は惜しくはないのですが、今

生でも来世でも、おさゐの顔はもう見られない。おさゐの手が触れた道具、せめて一色(いっしき)は老

いの形見に残したい。

 屋敷を駆け落ちする時も、現在何処にいるとしても子供のことは気にかかるだろう。常々この諸道具を

子供達に譲りたいと思っていた。思っていた念も不憫である。一色づつも残して子供に取らして下されい

と、箪笥を引き寄せ、葛籠にすがり、悶え悲しみ泣きければ、これ、お婆、これが悲しいとは御身も我も

もう一度は大きな悲しみを聞かなければならない。おさゐが市之進に討たれて死ななければならない。そ

の時には二人はどうしようか。

 年が寄ったら憂き事を聞くのが役割だと覚悟して、じっと涙を堪忍なされよ。わしも我慢をする、堪

忍、堪忍、と一図に朴直な田舎武士、咽に涙が詰まるのだった。

 どう思案してみても、この道具を受け取っては朋輩中の思惑、他国への聞こえ、若党中間共が同時に火

を付けて煙が高いのは憚られる。一色づつ取り分けてから焼いて捨てよと命じれば、迷惑ながら主命であ

る。葛籠・箪笥・挟箱などを引き散らし打ち壊して、蜑の焚き火と燃え上がらせて、その煙は漢の武帝が

李夫人の死を悲しんで反魂香を炊いてその顔を見たいと言う故事があるけれども、目の前の煙はそれでは

ないから娘の俤は見えない。

 母はなおも身悶えさせて、可愛やおさゐが嫁入りの時に、まあ、此処で門火を焚き、千秋万歳と祝った

その道具類だ。門火を焚いたちょうどそのあとで、灰となす母の体ともろともに、薪となしてくれないか

と嘆く姿を見て下女やはした、若党、小者に至るまで皆々袖を絞ったのだ。

 残ったのは長持一つ、取り壊して燃やせと開く蓋、二人の孫娘と兄弟が抱き合って泣いている。

 祖父(じい)も祖母(ばば)も夢見心地で、やれやれ、危なや、命冥加な命運のよい孫達だ。もしも火を

つけたならとんでもない事になるところだった。堅い父御(ててご)の言いつけか、何故声を立てなかっ

たのだ。利口に生まれついたな、花紅葉の様な子供を母はよくも見捨てたなと、髪をかき撫で泣いたの

だ。

 お捨は何の頑是もなくて母様(かかさま)に会いたい。母様を呼んでと泣く。姉のお菊は大人しくて、

父(とつ)様は母様を切りに行くと仰る。祖父様祖母様、お願いです、代わりに私を殺して母様を助けて

下されい。と父様に詫びごとをと膝に縋って伏したところ、おお、よく言ったぞ。母はさほどには思って

いまいに、虎次郎は何故によこさなかったのだ。





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最終更新日  2025年02月19日 21時44分58秒
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