草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年02月21日
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娘を母につけるのは離別の作法、こちらには男女で孫に差別はつけない。孫三人を朝夕に見たならば心の

憂さも忘れられると言うもの。この子は父御(ててご)が四十二の二つ子(父親が四十一歳の時に生まれた

子は翌年父は四十二歳、子は二歳になり、年齢の和が四十四が死々に通うのを忌み、一旦子を捨てて人に

拾わせ、これを貰い受けると謂う風習があった)であり、祖母(ばば)がお捨てとつけたが、今は父母兄

弟が世の捨て者になったかと、口説き、繰り言、身もしおれてぐったりと力なく、枯木のような祖父(ぢ

い)の顔はやはり涙で一杯である。

 泣くな、泣くな、大事はないぞ。なんぼ母めが捨てても祖父(ぢい)や祖母(ばば)が可愛がるぞ。甚平

と言う叔父もある。さあ来い、さあ来い、と手を引いて泣く泣くも奥にぞ入ったのだ。

 茶筌髪(ちゃせんがみ、髷を巻いてその先を散らした形が抹茶に用いる茶筅に似ているので言う。武士



うな疣を一面に散らして鋳出したもの)ではないが、妻の不義を知って心も煮え返る想い出が、さて首尾

よく妻敵を討てるかどうかは運次第だ。

 浅香市之進は帰国すると直ぐに門出であると、三人の子を片付けて一応は気が楽になったが、先ずしば

しお国の内は憚りがあり、笠を深々とかぶり舅の門をくぐる。今までとは事が変わり、案内を乞わないの

は無礼であり、さりとて「物申す」と挨拶するのも角が立つ。仇討ちに出発の挨拶に来たが、誰か取次の

者はいないものかと玄関を見入って立っているところに、舅の忠太兵衛が袴の股立ちを高々と取り、痩せ

て骨ばった脛を出して、鍋の弦ほどに反り返った朱鞘の脇差をぼっこみ、まっしぐらに駆け出して来た。

 ああ、申し、申し、と袖を引き止めて笠を取って捨てると、やあ、市之進、今朝は畜生めの諸道具と孫

娘二人を受け取り申した。旅の出で立ち姿は暇乞いと見受けた。わざわざのお出で忝ない。追っ付け吉報

を待ち申しておる。そう言い捨てて駆け出そうとする。

 いや、申し、御顔色も常ではない。気遣い千万、委細の事情を承らないうちは失礼ながら放しません。



その日からおさゐと権三の行方を探しに出ている。年寄りでも忠太兵衛腰や膝が立たない身でもなし、刀

の刃に血も付けずに高枕でのんびりとも暮らしてはおられまいよ。気狂いも一人では狂わず、相手が欲し

いと存じていたところ、最初に不義の証拠を取り、我らにも知らせ、国中に沙汰した噂の広め役の川側

(かわづら)伴之丞、彼奴(きゃつ)を切って老後の思い出にする、お放しやれと駆け出そうとする。

 ああ、これこれ、御無念は尤もながら御老人の腕先、万一にも伴之丞に返り討ちにでも遭ってしまって



とが重なって当惑するのは拙者だけです。是非とも思いとどまって頂きたい。そうして下されば御恩に着

ます。そう言って差うつむくと、のうこれ、市之進、根性の腐った女房の親でも、忠太兵衛が討たれたな

ら舅の敵を討つつもりなのか。

 これは曲もない意外なお尋ねですね。たとえ女は畜生に成り果てたとしても、舅は舅にきまっておりま

する忠太兵衛殿、敵があれば討たないでおきましょうか、それについてお尋ねになる必要はありません。

 市之進、ああ、その御心底、現在の自分にとっては身に余る御厚志で忝ない。そう言って、大地にどう

とばかりに老体を蹲らせて感涙している。市之進もこれはとばかりに手を束ね、涙に暮れる聟と舅であ

る。武家の道はまさしく正しいのだった。

 さあさあ、婆にも会ってやってくれないか、暇乞いの盃。兄弟の娘の顔をもう一度見たいであろう。草

鞋掛けの旅姿だ、わざわざ奥にまでとは言わない。やいやい、市之進のお出でだ、みな来いやいと呼ばわ

れば、や、申し、小さい奴によく申し付けたのだが、何と泣いたりは致さなかったでしょうか。

 いやいや、利口な者どもで、そこは気遣いなされるなと、玄関に座した所、母は二人の孫娘を左右に具

して立ち現れた。中で盃、酒に肴、盆正月の節(せち)振る舞い、三人の子の誕生日、一家が寄り合う祝

日の座敷は座敷に変わらないが、揃わぬものは人の数で、忠太兵衛夫婦・市之進・お菊・お捨の五人が顔

を見合わせて物を言わずに目礼で、場所と場合を憚って涙を堪える顔付きは泣き叫ぶよりもまだ哀れであ

り、お酌をする下女でさえ零さない酒ならぬ、涙で袖を濡らすのだ。

 母は涙を堪えて精魂尽き果ててわっと泣き、可愛や、この子供達、父御(ててご)の言いつけを覚えて

いてか目には涙を湛えていても、大人しくしているのを見るにつけてあの業人(ごうにん、前世での業報

によって受けて恥辱をこの世で晒す者、業さらし)の畜生の人でなしめ、その腹からこのような利口な子

をどうやって産み出したか、人並みの根性を持ってくれたならば、母も子も揃っていたであろうに、忠太

兵衛夫婦は子も孫も産み揃えた、果報者だと世間で噂されたであろうに。娘の子は母方付きと二人だけを

送って虎を残されたのは岩木の苗字を疎み、こちとは縁を切る心ですか。情けない仕方、市之進、恨みに

御座ると声を上げて積もる涙を一言に泣き尽くした。それも道理なのだ。

 いやいや、御恨みは相違しています、隔てる気持ちは微塵も御座らぬ。この度我らに御殿様から御暇を

頂戴して世の散人(世間に用のない人、閑人)となりましたが、親より伝え来て今日まで楽しみと致して

いた茶の道は忘れがたく、虎次郎を千野休齋の弟子分として預け申したのです。お恨みを晴らされて出立

を祝ってのお盃も頂きたい。そう言えば、成程、そうであったか、と打ち解けて、隔てずに交わす盃に言

う事と言えば首尾よく追っ付け本望、本望、その本望とは、子供の母、我が妻を切る事。それを身の喜び

となすとは、いかなる運、如何なる時、如何なる悪世の契なのかと、思えばはったと胸がふたがり、鉄石

の如くになってしまう市之進の心、掻き昏れて覚えず涙に咽ぶのだった。

 女房おさゐの弟岩本甚平は宿無しで野宿を続けて、旅の姿もやつれて一僕を伴って立ち帰った。忠太兵

衛は伸び上がって、やいやい、甚平、戻ったか。首尾はどうだったか、市之進もたった今の門出、何と、

何とと言いながら期待に胸を弾ませながら一同は思わず立ち上がった。

 やあ、市之進、留守の間に不慮のことが出来(しゅつらい)、お帰りない先に不義者共の下げ首をこな

たに見せ申せと親どもの心が急き、我らはもとより彼奴(きゃつ)らの駆け落ちの暁から、直ぐに出立し

て食べ物を腰にひっつけて、海道筋の旅籠屋、馬次(街道で馬の継立てをする所、宿場)、舟場(船着場、

港)を詮索し、山陰にある片山里まで近郷を残らず尋ねたのだが、いやいや、弱足を連れて気の遅れたる

迷い者だ、特別奥まったところを目指して隠れることもあるまいと存じ、普通の旅人が辿る伯耆路にかか

って詮義したが出会わなかった。つくづくと存ずれば、出発の前に当番仲間に断っただけで番頭(武家の

番衆の頭、甚平の直属の隊長)へも断らず日数を重ねるのは不調法と存じて引き返して、只今は帰りがけ

直ぐに断りも相済み、ちょっと立ちながら両親にも会うためにこの有様です。

 御自分も我らも互いに遅いか早いかで、お目にかかれなかったなら残念でした。折りよくお目にかかれ

たのも本望を達するべき吉兆です。いざ、御同道仕らんとぞ勇み立っている。

 市之進は手を打って、さてさて、お骨折り御苦労千万です。親子揃っての御懇情は心肝に徹して忝な

し。もはやこれからは御同道には及びませ。我らが一人で参るからは外を頼むこともなし。甚平殿は御

休息頼み入りまする。と言ったところ、いやさ、要らぬ遠慮ですぞ、心だけ逸っても人数が無ければ手の

回らぬこともある。それなればこそ、留守の内、よもや何事も御座るまいと落ち着いても、このような

事件も起こったではないか。権三も他国に親類知音(ちいん)もある筈、どんな処置を廻らしているかも

分からない。三日路、四日路とも踏み出し、思いがけない事情が生じて助太刀が欲しい場合もあるだろ

う。是非ともに御同道致したい。

 いや、これ、御心底は頼もしいのですが、女房の弟に助太刀をさせ、妻敵討っては立派に本望を遂げた

とは言えないのではあるまいか。

 いやさ、助太刀と決めなくとも、ただ力になるだけのことですよ。と声を高くしたので市之進は機嫌を

損じて、さては茶人は釜の蓋を取るよりほかの、人の首を取る仕方も知るまいと思し召すな。弓矢八幡の

神に誓って言うけれども、身こそ小身ではあるがちぎれてはいても見事に鎧の一領は用意しており、すは

やと言えば、手並みの勝れたお歴々にも負けはしない。

 甚平はからからと笑い、ああ、腹筋が縒れるほどにおかしいぞ、然らば足元に居る妻敵を何故に討たな

いのだ。むむう、足元の妻敵とは、むむう、川側(かわづら)伴之丞のことだな。

 そなたが直ぐに思い当たる妻敵を何故即座に討ち取らないのだ。市之進ははっと驚き、如何にも彼が横

恋慕の書状数通を女の手箱の中に見つけている。彼奴(きゃつ)にも一刀とは思っているが、一時には手

が廻らない。先ずこれは後日の沙汰と考えている。言い終わるのも待たずに甚平は、それそれそれ、鼻の

先に置きながら二人の敵は手がまわらない。始めの妻敵と後の妻敵、と言う分ちは知らない。そなたは助

太刀は要らないと言い切ったが、市之進の妻敵の一人は岩本甚平が助太刀で討ち取ってしまったぞ。これ

を見なされ、腰兵糧(当座の食料を入れて腰につける容器)の器を引きちぎって押し開けば、伴之丞の

首、洗い立てて持っていたのだ。

 市之進がこれはと手を打てば、舅夫婦は大いに喜んで、腹の底から憎んでいた敵とは彼奴(きゃつ)の

事。但し御扶持人(お上の奉公人)だ、上には何と訴えたのか。

 いや、訴えるには及びません。彼めも身に迫る蜂を払いかねて、お暇乞いもせずに逐電致そうとしたと

ころを伯耆と因幡の国境で打ち取りました。





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最終更新日  2025年02月21日 20時42分40秒
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