草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年10月06日
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両使は詞を揃えて、もはや嶋には用はなし。仕合せと風もよい。

 いざ、御乗船、尤もと四人が船に乗ろうとすると、瀬尾が千鳥を取って引き退け、見苦しい女め

見送りの者なら、そこを立ち去れ。と、ねめつけた。

 交いや、苦しからず。この少将が配所の中、厚恩の情を請け夫婦となり、帰洛せば同道と固く申

し交わせし女、御両人の料簡を以て着船の津まで乗せてたべ。子々孫々までこの恩は忘れない。と

と手を摺って詫び給えば、思いも寄らず喧しい女め、誰かある、引き摺り除けよ。と、ひしめいた

(騒ぎ立てた)のだ。

 はて、料簡がなければ力なし。この上は、少将もこの嶋に留まって都へは帰るまい。さあ、俊

寛・康頼舟に乗られよ。



うどざを組み、思い定めたその顔色(がんしょく)。

 丹左衛門は心有る侍で、これ、瀬尾殿、か様にては君大願の妨げ、女を舟に乗せずとも、一日、

二日も逗留してとっくと宥めて得心させ、皆々快くてこそ御祈祷ならめ。と、言いも切らせずに、

やああ、そりゃ役人の我儘、船路関所の通り切っ手、二人とあった二の字の上に、能登殿が一点を

加えて、三人とされたのさえ私であるのに、四人とは何方の赦し、所詮六波羅の御館に渡すまでは

我々の預かり、乗らないと言っても乗らせずには済ませない。

 俊寛の女房は清盛公の御意に背いて首を討たれた。有王の狼藉、召し人同然の坊主、雑式共、郎

等共、三人を一緒に船底に押し込めて動かすな。

 承ると、疋夫共が千鳥を引き退けて、三人の小腕を引き立て、引き立てして、狩人が小鳥をつむ

る(押し込む、詰める)如くに捩付け、捩付けして厳しく守る瀬尾の下知。

 船出せ、船出せ、乗り給え、左衛門殿。但し、御使いの外に私の用ばし候か、と理屈ばれば力な



 不憫や浜辺にただ一人、友なし千鳥、泣き喚き、武士(もののふ)は物も哀れを知ると言うが、そ

れは偽り、空事。鬼界が嶋には鬼は無くて、鬼は都にいたのだよ。馴れ初めたその日から御免の便

りを聞かせて月日を拝み、願を立てて祈ったのは、連れて都で栄耀栄華の望みではない。蓑虫のよ

うな姿をもとの花の姿にして、せめて一夜を添い寝して女子に生まれた名聞(みょうもん、面目、

名誉)とこれは一つの楽しみぞや。



目はないのか、聞く耳を持たないのか。乗せてたべ、なう、乗せなさいな。と、声を挙げて打ち招

き足摺りしては臥しまろび、人目も恥じずに嘆いたが、海士の身であるから一里や二里、恐ろしい

とも思わないが、八百里九百里では泳ぎも水練(すいり、水に潜る事)も叶わないので、この岩に頭

乗せて
を討ち当て打つ砕き、今死ぬる、少将様、名残惜しい、さらばです。念仏申す、むぞうか者、りん

にゃぎゃァってくれめせと、泣く泣く岩根に立ち寄れば、やれ待て、やれ待てと、俊寛がよろぼい

よろぼい舷(ふなばた)を漸(ようよう)まろび走り寄り、これ、この船に乗せて京にやるぞ。

 今のを聞いたか、我が妻は入道殿の氣に違って斬られたとか。三世の契りの女房を死なせ、何を

楽しみに我独り京の月花見たくもない。都に帰って二度の歎きを味わうよりは、我を嶋に残し、代

わりにおことが乗ってくれ。時には関所三人の切手にも相違はなく、お使いにも誤りはない。

 世に便りない俊寛、我を仏に成すと思い、捨て置いて舟に乗れ。と、泣く泣く手を取り引っ立

て、引っ立て、御両使頼み存ずる、この女乗せてたべ。と、よろぼい寄れば瀬尾の太郎、大に怒

りて飛んで降り、やあ、梟人(づくにゅう、法師に対する侮語。みみずく入道の略で、みみずくの

様に醜く太っている僧の意。一説に、俗入道の略で、俗僧の意と言う)め、さように自由になるな

らば赦し文も赦し文も御使いも詮(無用)なし。

 女はとても叶わない、うぬめ乗れと啀(いがむ、犬が歯をむき出して吠えたてる)みかかれば、そ

れはとても料簡無し、とかくお慈悲と騙し寄り、瀬尾が差していた腰の刀を抜いて取ったる稲妻

や、弓手の肩先に八寸ばかり切り込んだり、うんと乗れどもさすがの瀬尾、指し添えを抜いて起き

直り打ってかかるもひょろひょろ柳、僧都は枯れ木のゐざり松、両方の気力はなく、渚の砂原を踏

み込み踏み抜き、息切れ声を力にて、ここを先途(勝負のきまる大切な場合)と挑み合った。

 船中が騒げば、丹左衛門、舳板(へいた)に上がり、御帳面の流人と上使との喧嘩、落居(らっき

ょ、落着、結果)の首尾を見届けて、言上する。下人なりとも助太刀はするな。脇からは少しも構

うな。と、眼(まなこ)もふらず見分する。

 千鳥が堪えかねて竹杖をふって打ちかかった。僧都が声をかけて、寄るな、寄るな。杖でも出せ

ば相手の中、咎は逃れぬ。差し出たら恨みぞと怒れば千鳥も詮方なく、心ばかりに身を揉んだの

だ。

 血まぶれの手負いと飢えに疲れた痩せ法師は、はっしと打ってはたじたじたじ、刀につられ手は

ふらふらふら、組みは組んでも締めないので左右にひょろりと離れ、砂に咽んで片息(奥絶え絶え)

の両方が危うく見えたのだが、瀬尾の心は上見ぬ鷲(かみを恐れず常に他を見下して、鷲のように

不遜)で掴みかかるのを俊寛の雲雀骨(痩せ骨、ひばりの脚のように細く長い骨)にはったと蹴ら

れ、かっぱと伏せれば這い寄って、馬乗りにどうと乗ったる刀、止めを刺さんと振り上げた。

 船中から丹左衛門が勝負はきっと見届けた。止めを刺せば僧都の誤り。咎が重なる。止めを刺す

事は無用、無用。

 おお、咎が重なったる俊寛は嶋にそのまま捨て置かれよ。

 いやいや、御辺を嶋に残しては、小松殿、能登殿の御情も無足し(無駄になり)、御意に背くのは

使の越度、殊に三人の数が不足しては関所の鋳論(異議)叶い難し。と、呼ばわった。

されば、されば、康頼少将とこの女を乗せれば、人数には不足なく、関所の違論はないであろう。

小松殿・能登殿の情にて昔の科は赦されて、帰洛に及ぶ俊寛が上使を切った咎で、改めて今鬼界が

嶋の流人となれば、上の御慈悲の筋も立ち、お使の越度は少しもない。と、始終を我が一心に思い

定めた。止めの刀を瀬尾、請け取れ、恨みの刀、三刀四刀、ししきぎる(何度も切る)、引き切る、

首を押し斬って立ち上がれば、船中はわっと感涙に少将も康頼も手を合わせたるままで泣いてい

る。

 見るにつけ聞くにつけ、千鳥独りだけがやるせなくて、夫婦は来世もあるもの、わしが未練で思

い切りがないばかりに、嶋の憂き目を人にかけ、のめのめと舟に乗れようか。皆様さらばと立ち帰

ろうとした。

 すがり留めて、これ、我がこの嶋に留まれば、五穀(五種の穀物、稲・麦・粟・きび・豆)に離

れる餓鬼道に、現在の修羅道、硫黄が燃える地獄道、三悪道をこの世で果たし、後生を助けてはく

れないか。俊寛が乗るのは弘誓(ぐぜい、仏菩薩が遍く衆生を彼岸に渡される誓願を船に譬えて言

う語。ここは仏に縋って往生したいだけでの意)の船、浮世の舟には望みがない。

 さあ、乗ってくれ、はや乗れと、袖を引き立て、手を引いてようように抱き乗せれば、詮方なく

波に船人は纜(ともづな)を解いて漕ぎ出だす。

 少将夫婦に康頼も、名残惜しや、さらばやと、言うより他はなくて、涙にて舟からは肩を上げ、

陸(くが)よりは手を挙げて、互いに未来で、未来でと呼ばわる声も出で船に、追手の風の心無く、

見送る陰も嶋隠れ、見えつ隠れつ汐曇り、思い切っても凡夫の心、岸の高見に駆け上がり、るま立

って打ち招き、浜の真砂に臥しまろび、焦がれても叫んでも、哀れとぶらう人とても無く、鳴く音

は鴎、天津雁、誘うにはおのが友衛(ちどり)、独りを棄てて置く、沖津波、幾重の袖や濡らすら

ん。


          第    三

 顔回(がんかい、孔子の門下の十哲中、首位に置かれる人)は早く夭して、遂に四十の花を見

ず。盗跖(とうせき、中国春秋時代の盗賊」壽(いのち)長くして既に八十の霜を踏む。

 生死不定の理りは上智博識も弁ずべからずとかや。

 小松の大臣(おとど)重盛公、御所労が日を追って衰えなされ、和丹(和氣・丹波の医師の両家)の

典薬・配剤に図案を尽くしたのだが、更にそのしるしなく、既に大事と見えたので、嫡子の惟盛

(これもり)を始め、通盛・知盛・重衡・資盛、その外一門の老若、寝殿にゐながれ給えれば、広庇

には主馬の判官盛國、筑後の守、貞能、彌兵衛宗清なんどが心を悩まし並みゐたり。





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最終更新日  2025年10月06日 19時46分08秒
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