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サンタナは午後3時10分に楚雄市に到着した。安寧市からここまでの2時間は山の中ばかりを走っていて町らしい町はなかったのだ。楚雄市では一度高速道路を降り、しばらく市街地を走る。tetywestは楚雄という名前を見るのも聞くのも初めてだったのだが、一度インプットされた情報は意外なところで繋がることがある。雲南省から帰って、先日東京の会議に出かけたことは日記に書いたが、そこで偶然「楚雄」と再会することになったのだ。会議の次の朝、tetywestは大田市場にある東京青果のセリ場にいた。もう極早生ミカンの出荷が始まっているので宮崎県や鹿児島県のミカンを試食しようと思ったからだ。ミカンのサンプル置き場の隣には松茸が大量に入荷していた。「こんな贅沢なもの、もう何年も食べてないなぁ・・・」と思いながら、大きな段ボール箱から300gくらいの小さな木箱に分けられていく松茸を眺めていた。その時ふと、ダンボールに印刷されている文字が目に留まった。そこには、「雲南省楚雄州進出口公司」と書かれているではないか。その時初めてtetywestは、楚雄市が松茸の大産地だということを知ったのだ。楚雄から輸入されている松茸(東京・大田市場にて)こうなると、tetywestは楚雄についてもう少し調べたくなる。中国からの帰りに昆明空港で買った「自遊・雲南」というガイドブックをぱらぱらとめくっていると、盛りだくさんの情報が掲載されていた。楚雄市は、正式には「楚雄イ族自治州」と呼ばれ、【さんずいに真(てん)】中高原に位置する。面積は2万9000平方キロ(ちなみに香川県は1875平方キロなので約15倍。岩手県と秋田県を併せたよりも広い)、海抜は1000m~1900mで、冬は暖かく夏は涼しい。総人口は245万人で、そのうちイ族の60万人が一番多く、36の少数民族が住んでいる。1965年に元謀県で「元謀猿人」の化石が発掘されたが、これは170万年以上前の最初の人類だと言われている。楚雄の観光資源には、「恐竜の里(禄豊県は世界中で最も多く、しかも完全な状態の恐竜の化石があることで有名だそうだ)」、「騰瑪(ラマ)古猿(禄豊県では恐竜だけでなく古猿の化石も発見されている)」、「元謀土林(いわゆる土柱だが、43平方キロと規模が大きい)」、「獅子山の牡丹(標高2419m、昔から有名人が訪れている)」、「紫渓山の椿(三国志で諸葛孔明がこの地にも南征した)」、「イ族十月太陽暦(1年を5季10ヶ月とした暦だが、1年は365.25日と計算している)」などがある。話題が逸れてしまったので元に戻そう。そのときは、ここに松茸があることなど夢にも知らない楚雄の市街地をしばらく走った後、サンタナは再び高速道路に上がった。今度は大理と楚雄を結ぶ「大楚高速公路」で、片道2車線の立派な高速道路だった。サンタナは俄然スピードを上げて快調にブッ飛ばし始める。運転手の肩越しにスピードメーターを確認すると時速150kmだった。大理まではまだ200km近くあるのだが、これなら予定の時間に到着しそうだ。楚雄市を過ぎると、また山の中ばかりを走っていく。日本と変わらないくらい立派な高速道路を走るのは快適ではあるが単調なもので、いつの間にかうとうとと眠っていた。気が付いたとき、サンタナはやっぱり山の中を走っていた。しかし、高速道路はすぐに長い下り坂になり、はるかかなたに湖が広がる盆地が見え始める。大理市だ。
2003年09月30日
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交通インフラの整備で思い出したのだが、高速道路はいたる所で工事をしている。どうも今年の夏の長雨で道路が寸断されているようだ。時々高速道路から地道へ迂回しなければならない。中国では現在、国中で高速道路工事が行われていると言ってもいいだろう。それも、日本のように予算の都合で毎年細切れに区切って工事をするのではない。都市と都市を結ぶ全線を一挙に取り掛かるのだ。今回の旅行でも安寧から楚雄までの約50kmの全区間で、片道1車線の道路を2車線に拡幅する工事が行われていた。工事現場にはたくさんの人が働いている。重機はバックホーくらいしか使っていない。石を割るのも、それを運ぶのも全部人力でやっている。高速道路は工事中もっと驚いたことに、山を削ったあとで土止めのコンクリート枠を造るのも全部手作業だった。コンクリートを天秤棒で担いで運び上げる人、それをバケツに入れてロープで現場まで下ろす人、現場ではアーチ型の鉄枠の中にコンクリートと石を詰め込む作業をやっているのだが、これも手作業なのだ。したがって同じようなアーチが並んでいるように見えるのだが、写真を詳細に調べてみると一つ一つ微妙に形が違っている。それに、土止め工事をしてあるにもかかわらず、それ自体が雨によって流されてしまった所もあった。中国の施工基準は日本とは比べ物にならないくらい安普請なのだ。土止め工事も人海戦術工事現場で働く人たちは何ヶ月間も現場で寝泊りしているらしく、あちらこちらで道路脇に「飯場」があるのを見かけた。それはまったくの掘立小屋で、丸太で骨組みを作りその上に赤青白の縞模様のシートを張っただけの粗末なものだった。工事現場が移動するにつれて飯場も移動するのか、朽ち果てたテント集落もあった。ところで自動車専用道路は、歩行者や自転車が走っていない分だけ地道を走るよりずっと快適なのだが、通行しているのはサンタナのような乗用車だけではない。長距離トラックやバス、工事用のダンプカー、「柴三機」と呼ばれる農業用のジーゼルエンジンを載せた「田舎のベンツ」(?)も走っている。速い車の宿命で遅い車をオーバーテイクしなければならないのだが、片道1車線なので当然対向車がある。雲南省は山が多いために真っ直ぐな道は少ない。対向車が来ないことを確認して車線変更をし、加速して遅い車を追い抜くのだが、このタイミングが実に難しい。後部座席に座っていても、tetywestは追い越すときの「間」が安全かどうかが気になってしまう。あまり危険な追越では乗っているだけで疲れてしまうのだ。しかし、サンタナの運転手は実に追越が上手かった。もしtetywestならこのタイミングで行くだろうと思うときには追い越し、止めるだろうと思うときには追い越さない。楚雄に到着する頃には、「この運転手ならtetywestたちの運命を委ねても大丈夫」と思えるようになっていた。
2003年09月29日
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食事が終わると、サンタナに乗って国道へと引き返す。国道の入り口の交差点でwhさんが、「交差点の向こうにあるのは有名な温泉です」と教えてくれた。中国の人が温泉に入るときも日本と同じように素っ裸になるのかどうか訊きたかったのだが、女性が同乗しているので思いとどまった。安寧から楚雄までは「安楚高速公道」と呼ばれる自動車専用道路が開通している。tetywestの持っている1997年版の道路地図には載っていないので最近できたのだろう。もちろんサンタナもその道路を走る。「大理・235km」という道路標識が確認できた。安寧の市街を離れると車窓からの風景は一挙に田舎になる。雲南省は平地が少なく、山地が84%を占めている。山は松の木や杉の木で覆われていて日本の地形とよく似ている。そして次の町へ行くには必ず山を越えなくてはならない。山あいを縫って川が流れている。谷と山に挟まれた狭い平地には、何十段にも棚田が開かれて稲が栽培されている。棚田が作れないような急傾斜にはトウモロコシが植えられている。こんな見事な棚田はもう日本で見ることは少なくなってしまったのだが、雲南省ではどこまで行っても棚田がある。稲刈りが終わった水田には稲藁を束ねて乾かしているのが見える。コンバインを使うようになった日本では、こんな風景を見ることもなくなってしまった。間近に迫っていた山が次第に遠のき、少し開けた場所に出る。そこで見た風景はtetywestにとってものすごく懐かしいものだった。緩やかな傾斜に沿って水田が開かれ、集落は水田が作れない山裾に密集している。どの農家も灰色の瓦と茶色の土壁で囲まれていて、母屋と直角に納屋が配置されている。おまけに溜池まであるではないか!家内に向かって、「まるで、戦後間もない頃の日本の農村を見てるみたいだと思わない?」と言うと、「農家の家の様子が日本とそっくりだわ」と、家内も同じことを考えていたようだ。懐かしい風景やがて、また一つ峠を越えて開けた場所に出ると、そこは一面に広がる水田だった。といっても周囲を山に囲まれた盆地なのだが、遥かかなたの山裾まで見渡す限り稲が栽培されている。季節風を避けるために所々に並木が作られているだけで集落も見えない。そして稲はまさに収穫時期を迎えて黄金色に変わろうとしている。こんな風景を見ると、tetywestは一も二もなく「豊かさ」を感じてしまう。かつて農村の豊かさは米の収穫量で計られたのだ。雲南省が中国の中でも比較的遅くまで独立国家として存在していた理由の一つは、おそらくこの豊かさだったのだろう。日本人にとって米が特別なものであるように、雲南省の人にとっても米は特別なものに違いない。豊かに広がる水田ただし、誤解を招かないように補足するのだが、現在では雲南省はチベットに次いで貧しい地域なのだ。平地が少ないために米の生産にも限界がある。棚田を開いて高い所まで土地を利用しているのもそのためだ。しかも、交通インフラの整備が遅れているために工業化もあまり進んでいない。以前山東省の友人が、山の天辺まで開墾されたtetywestの地域のミカン山を見て、「まるで雲南省のようです」と言ったことがようやく理解できた。
2003年09月28日
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店に入ると、ウェイトレスがテーブルに案内してくれる。テーブルの真ん中に鍋が入る丸い穴があり、その下にはガスコンロがセットされている。面白いことに、この店には窓ガラスがなかった。真夏の最高気温が20度ちょっとしか上がらない雲南省ならではのスタイルだろう。部屋の中にいてもまるで屋外のテラスにいる気分で食事ができる。すぐにお茶とスイカの種が出てきた。tetywestも家内もスイカの種は大好きなのだ。しかしスイカの種を食べるにはちょっとコツがいる。まず前歯で殻を縦に噛んで種を二つに割り、中にある薄い可食部分を取り出す。tetywestたちは手を使わなければ取り出すことができないのだが、熟練すれば舌を使って取り出せる人もいるそうだ。この種が実に美味しいので食べ始めるとなかなか止まらない。しかし苦労した割には食べられる部分はとても少ないので、いつの間にかスイカの種の黒い殻がテーブルの上に盛り上がることになる。スイカの種を食べて時間をつぶしているうちに鍋が運ばれて来た。鍋の中にはキウリやトマトやキノコ、ナツメ、ニラなどが入っている。昼食の火鍋そして、皿に盛られた豚肉、鴨肉、牛肉、白菜やジャガイモ、レンコンなどの野菜、ハルサメのようなものなどが運ばれてくる。後はそれらを適当に鍋の中に入れて、ぐつぐつ煮えるのを待つのだ。その間に、茶碗に薬味を調合する。トウガラシ系と味噌系と酢系があるようだが、tetywestはどのように調合したらいいのか全然わからない。ここでもwhさんに全てお任せだった。やがて鍋が煮えると各自勝手に好きなものを取って食べ始めるのだが、このあたりは日本の鍋料理と全く同じだ。薬味の配合具合はちょっとピリカラで、その辛さが食欲をそそってtetywestも家内も結構たくさん食べた。食べるのに夢中になって写真を撮るのを忘れてしまったくらいだ。中でも特にレンコンが美味しかった。tetywestと家内がすっかり満腹になってこれ以上は食べれない状態になったときに、鍋はまだ半分近く残っていた。こんなにたくさん残ってしまってどうするのだろうと思ったのだが余計な心配だった。後の3人で残りをほとんど平らげてしまったのだ。実はこれ以後も旅行中ずっと、tetywestと家内は中国の人の食欲旺盛なことに驚かされ続けることになる。何度も中国を訪れているうちにわかったことなのだが、確かに日本人と中国の人の「食」に対する情熱の度合いは違っている。日本人は一人で食事をすることに何の違和感も感じなくなってしまったが、中国人にとって食事はみんなで食べなくてはならないものなのだ。日本人は夏は冷たいものを食べたくなるが、中国人にとって食事は夏でも暖かいものなのだ。日本人にとって「食べること」は空腹を満たすことに過ぎなくなってしまったが、中国人にとって「食べること」は文化なのだ。しかし反対に中国の人から見ればtetywestたちが小食なのが気になったようで、「この料理は大丈夫ですか?」「美味しいですか?」と何度も訊かれてしまった。「日本人は中国の人とは食事の習慣が違いますね。たくさん食べません」とも言われてしまった。家内は、「それは私たちが年寄りで、あなたたちが若いからです」とうまい言い逃れをしていた。たっぷり1時間かかって雲南省で最初の食事は終わった。
2003年09月27日
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ミカンもいよいよ極早生の品種の出荷が始まりました。昨日はtetywestの産地の生産者が集まって、「今年のミカンの販売を乗り切るぞ!」という大会が開かれました。そして今日と明日、東京で会議があるので出かけます。帰ってきたら「雲南省の旅」の続きを書きますから、宜しくね。
2003年09月25日
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後で地図で調べてわかったことなのだが、その高級マンションは昆明の西南地区にあったようだ。サンタナは出発するとすぐに橋を渡った。昆明の南西には大きな湖が広がっていて、名前を「【さんずいに真(てん)】池」という。周りをぐるっと回ればゆうに100kmを超える大きさなのに名前は「池」なのだ。前方には美人が寝ていると言われる「西山」が見えているのだが、頂上付近が雲に覆われていて残念ながら美人の姿には見えなかった。【さんずいに真(てん)】池と西山とロープウェイのケーブル【さんずいに真(てん)】池の上を赤いゴンドラが空中に浮かんでいる。【さんずいに真(てん)】池を渡って、そのまま西山の山頂付近まで登れるロープウェイだった。サンタナは湖とその向こうに広がる昆明の街並みを右手に見ながら西山の山裾を走り、やがて広い幹線道路に入った。大理まで続く国道320号線だ。国道に入ると、まず「中国石油」と大きな看板のあるガソリンスタンドで給油する。サンタナは#93のハイオクガソリンだった。ガソリンスタンドは若い女性従業員ばかりで、熱いお茶の接待まである。家内に、「中国を旅行する心得の第一は、行ける時にトイレに行っておく事だよ。次に何時行けるかはわからないんだから」とアドバイスしてトイレを済ましておく。ガソリンスタンドではトイレは無料なのだ。水洗ではなかったものの、清潔そうなタイル張りのトイレだったので一安心だ。家内が雲南省に来て最初に使ったトイレになるわけだから、あまりインパクトが強くない方が有難い。ガソリンスタンドで給油旅行が終わって家内に、「何が一番印象に残っている?」と訊いたところ、「やっぱりトイレね。話に聞いていたからこんなもんなんだと覚悟したけど、臭いが体にまとわり付いてくるのはさすがにショックだったわ」ということだった。これから先一週間の旅行中にそれこそいろいろなトイレを使うことになるのだが、コンクリートの斜めの溝の向こうは排泄物の貯蔵施設になっているようなトイレも経験したのだ。「中国が外国人の観光客に来てもらうためには、まずトイレを綺麗にしなければね」と言うのが女性から見た中国へのアドバイスだった。このことについては男性は女性ほど深刻な問題ではない。tetywestにとっては、「公衆トイレを使うときにお金を取るか!」と言うことの方が問題なのだ。国道320号線は片道2車線の自動車専用道路で、中央分離帯の植え込みもある立派なものだった。快調に1時間ほど走ったところで、サンタナは国道を逸れて市街地に入った。看板には「安寧市」とある。国道から500mほど離れた静かな街角に路上駐車して、whさんが、「ここで食事をします」と説明してくれる。ちょうど正午を少し回ったところだった。しかし周りを見渡しても食堂らしきものは見当たらない。運転手が携帯電話で誰かと連絡を取って店の場所がわかったらしく、再度車に乗り込む。そして次の角を右折したと思ったらすぐに停まった。これならさっきの場所から30mも離れていない。歩いてもよかったのに・・・店には大きな「重慶土【火へんに土】老火鍋」の看板が懸かっている。雲南省に来て最初の食事は「火鍋」のようだ。安寧で雲南省最初の食事
2003年09月24日
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---------------------------------------昨日放送されるはずだった、「ひるどき日本列島」は小泉内閣組閣のために10月1日に延期されてしまいました。それでもさすがにTV効果は絶大です。我が仁尾町の人口は7000人足らずなのですが、連日全人口を上回る人が仁尾町へ来てくれました。いよいよ本日が最終日です。---------------------------------------whさんは、昨日故郷を出発して飛行機で昆明にやってきていた。whさんの故郷から昆明までは飛行機なら30分なのだが、車では8時間もかかるのだそうだ。whさんは昨夜tetywestがお母さんに電話したことも知っていた。昆明での車の手配がどうなるのかは、tetywestにとっては興味があったことだった。whさんは仕事柄、故郷では運転手付きの公用車を持っている。tetywestは、おそらくその公用車で迎えに来てくれるのだろうと予想していたのだ。しかしwhさんが飛行機で昆明に来たとなると、このサンタナは昆明で調達したことになる。それに運転手との会話から推測するとどうも上司と部下ではないようだ。まあ、これもそのうちわかることだろう。家内との筆談でわかったことなのだが、同乗した若い女性は24歳で名前はhxyさんと言う。職場ではwhさんの部下なのだそうだ。お姉さんと一緒にwhさんの故郷の町に住んでいる。サンタナはまっすぐ大理へと向かうものだとばかり思っていたら、昆明の古い町並みの中をぐるぐると走りまわっている。やがて、入り口に警備員が常駐しているマンション団地に入り、そこに駐車した。「ここはどこ?」「運転している友人の家です」whさんの友人は、トランクを開けると荷物を持って家に入ってしまった。我々はしばらく車の中で待つことになる。すぐ帰ってくるのかと思ったらそうでもない。whさんの友人は最近結婚したばかりで、夫婦でこのマンションに住んでいる。まだ子供はいないのだそうだ。マンション団地は「いかにも高級住宅」という雰囲気がそこらじゅうに漂っている。建物の周りの植え込みもきれいに刈り込まれている。待っている間に雲南省の庭木はどんなものなのだろうと、少し歩いてみた。楠、さつき、南天、竹、そしてフェニックスなどが植えられていた。植物の種類は日本とそれほど違わない。運転手の高級マンション20分ほど後にwhさんの友人はまた荷物を持って帰ってきた。時間は午前11時だ。こんどこそ大理へ向かって出発するようだ。マンション団地を出るときは入るときにもらったカードを、入り口とは別の場所に常駐している警備員に渡すシステムになっている。中国ではお金持ちほどセキュリティにお金をかけたところに住んでいるのだが、tetywestはこのような金のかかったセキュリティ・システムのマンション団地を訪れたのは初めてだった。こんな高級マンションに住んでいるwhさんの友人とは一体何者なのだろうと不思議だったのだが、そのうちわかるだろうとwhさんに訊くのを控えた。ミステリーツアーは、あくまでミステリーのままの方が楽しいのだ。我々が乗ったサンタナwhさんは、「私も大理へ行くのは初めてです」と言う。運転している友人は一度行った事があるのだそうだ。「大理まではどれくらいかかるの?」「たぶん、午後5時頃に着きます」「おお!6時間もかかるのか・・・」と驚いていると、「雲南省の広さは日本と大体同じです」と教えられた。これを聞いたとき、tetywestは「これは大変な旅になりそう・・・」という予感がした。
2003年09月23日
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tetywestと家内がスーツケースを受け取りにベルトコンベアの方へ向かうとき、ドアの外にwhさんを発見した。向こうもtetywestたちを見つけて手を挙げて挨拶を交わす。やれやれ、今回の旅行ではwhさんに会えればtetywestのエスコートの役目はほぼ終了したようなものだ。国内線なので、空港ではスーツケースを受け取ればすぐに建物の外に出られる。whさんとは1年ぶりの再会になるのだが、以前とまったく変わっていなかった。もう一人whさんより若い男性も一緒だった。家内の荷物を駐車場まで運んでくれる。駐車場には黒いサンタナが停まっていた。トランクにスーツケースを入れて、その若い男性の運転で早速昆明の市街へと走り出す。whさんは、「彼は私の友人です」とだけ紹介してくれた。その次に、「tetywestさんたちの昆明での滞在予定はいつまでですか?」と訊くので、フライトスケジュールを印刷した用紙を渡した。日本語がそれほど堪能とはいえないwhさんにしてみれば、大きな勘違いをすることを避けるためだったのだろう。日程の確認が終わると、今度は「どこへ行きたいですか?○○へは行きたいですか?」との質問だった。○○の部分は何と言ったのか確認できなかったのだが、もともと予定など何も立てていないtetywestにしてみれば、そんなことはどっちでも構わない。「whさんの行きたいところなら、どこでもOKですよ」「わかりました。天気予報では昆明は天気が悪いですから、大理へ行きます」tetywestは「大理」という地名だけは知っている。昆明の北東に250km程走った所だ。しかし、そこに何があるのかは全く予習していなかった。whさんは、「もう一人、私の職場の同志も一緒に行きます。後ろの席が少し狭いですが大丈夫ですか?」と尋ねる。tetywestにしてみれば移動手段を確保してくれただけで十分ありがたいのだ。何人で行動しても一向に構わない。whさんの家族の話やtetywestの家族の話をしているうちに、サンタナは昆明の市街地へと入っていく。北京や上海に比べると昆明は高層ビルが少ない。中国では6階建てまではエレベーターの設置が義務付けられていないために、そのくらいの高さのビルが多い。空港からの道路は広くてきれいだった。家内が看板を見つけて、「あら、昆明にも『地球村』がある」と教えてくれた。なぜ「昆明にも」なのかというと、家内は日本のNPO法人、ネットワーク『地球村』の会員なのだ。偶然に見つけたこの『地球村』が、この後不思議なめぐり合わせになることはまだ知る由もなかったのだが・・・・どこをどう走ったのかはわからないのだが、とある街角でサンタナが停まった。「ちょっと待ってください。もう一人の同志を乗せますから」しばらく待っていると、現れたのはwhさんよりもっと若い女性だった。こうなると、後部座席はtetywestが左端、家内が真ん中、その若い女性が右端に座ることになる。そして、その位置は最後まで変わらなかった。中国に「旅は道連れ」という言葉があるのかどうかは知らないのだが、男性3人と女性2人がどういう組み合わせなのかtetywestたち夫婦にはよくわかっていない。ともあれ、こうして雲南省の旅が始まったのだ。
2003年09月22日
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明日9月22日の午後0時20分から、NHKの「ひるどき日本列島」は我が町仁尾町の話題です。--------------------------------------「ひるどき日本列島」 後0:20~0:45 ☆9月22日(月) 「自慢の“箱庭”八朔人形まつり」~香川・仁尾町~ 仁尾町で開かれる「八朔まつり」は、空き店舗や民家を使って地元の人々が箱庭風の飾りを造る恒例の祭りである。お題は竹取物語や孫悟空など。砂や盆栽は実物を使用するなど作品は本格的。400年余りの歴史を持つ八朔人形まつりを堪能する。 --------------------------------------4月16日の日記「八朔まつり、ふるさとイベント大賞に」で書いた、仁尾町の八朔人形まつりが今日から23日まで開催されています。仁尾町商工会のHPによりますと八朔人形まつりの由来は、 仁尾城は、永禄年間から仁保・吉津・比地中村の領主であった細川頼弘公居城でありましたが、戦国時代の420年前天正7年3月3日、土佐の長曽我部元親の侵攻を受けあえなく落城。以来、3月3日の雛まつりは行わず、八朔の日(旧暦の8月1日)に女子の雛節句も祝うようになりました。 初めての男子誕生に際し、その子の健やかな成長を願って、八朔に神功皇后と団子馬を飾る風習は西讃一円に広く見られますが、これに加えて仁尾町では、古くから店舗や座敷に舞台を設け、石、砂、草木などで箱庭風の山川渓谷を作り、人形を置いて人々に広く知られている歴史上の物語やお伽噺の各場面を再現するという風習が出来あがりました。 全国に例を見ないこの独特な、まさに芸術とも言える八朔人形飾り、この伝統行事を仁尾町商工会が中心になって復活いたしました。なのです。実は家内もこのイベントに裏方で参加しているために、今日と明日は出かけています。遠くて見に来られない皆さんも、ぜひ明日のTVでお楽しみくださいね♪
2003年09月21日
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中国南方航空CZ3409便の搭乗開始は7時15分だったので、tetywestたちが餐庁から13番搭乗口に降りて行ったときにはもう始まっていた。直接飛行機に乗るのではなく、13番搭乗口からバスに乗って飛行機に向かう。家内は「タラップで飛行機に乗るなんて初めてだわ」と喜んでいた。タラップで飛行機に乗る白雲国際空港は南方航空のホームグラウンドのようで、見える飛行機は全部南方航空だった。青い空とハイビスカスの花(だと思うのだが・・・)をイメージしたロゴはあまりセンスがいいとは言いがたいのだが、インパクトは強くて遠くからでもよくわかる。ずらっと並んだ中国南方航空機飛行機には後ろから乗り込んだために、tetywestたちの座席である12B・C(エコノミークラスの前から2列目)まで通路を移動する。乗客はほとんど中国の人たちで日本のツアー客は全くいない様子だった。ただ中国のツアー客はいた。なぜわかるのかというと、みんなが同じ帽子を被っているのだ。中国の人は平気で機内に大きな荷物を持ち込む人が多いようで、頭上の棚はどこも満杯で通路も荷物であふれている。7時35分、定刻まで後10分あるのに飛行機は動き出した。また窓際の席ではなかったので外はよく見えない。離陸してしばらくすると朝食が配られる。2種類のパンで、一方の中身は肉まんだった。インスタントだという確信があったのだが飲み物はコーヒーにした。期待通り(?)砂糖とミルクがいっぱい入ったインスタントコーヒーだった。機内の朝食家内はもちろんのこと、tetywestも今から旅行することになる雲南省についてほとんど知識がない。せいぜい1999年に昆明で世界花博が開かれたことくらいだ。そのうえ銀婚旅行といっても昆明についてから先の計画は全く考えていない。すべてwhさん任せなのだ。中国語の全く話せないtetywestが中国へ何度も旅行できるのは、以前にも書いたように中国に友人たちがいるおかげなのだ。1999年の時は劉さんと苟さん、2001年は同級生のH君、2月にアモイへ行ったときはcjjさんというように、現地の事情に精通した友人が案内してくれる。一度こういう旅行を経験してしまうとツアコン任せのパックツアーには参加する気がしない。ただ今回の場合、whさんは日本語が上手とは言えないために、事前の電話連絡でも必要最小限の事しか打ち合わせていない。昆明への到着日時と出発日時だけを伝えて、「あとはwhさんに全部任せるから」という予定なのだ。さすがのtetywestも、こんないい加減な計画で海外旅行をしたことは今までになかった。しかし、こんな「ミステリーツアー」の方がずっとワクワクする。ワクワクは多いほど素敵なのだ、なにしろ記念すべき「銀婚旅行」なのだから。約1時間のフライトで昆明国際空港へ到着する。ここでもタラップを使って飛行機を降りる。昆明は小雨だった。気温は18度、日本の暑さとはまるで別世界だ。バスに乗って到着ロビーへと向かう。昆明へ到着!
2003年09月20日
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9月4日(木)目覚めると6時だった。窓の外はまだ真っ暗だ。日没が遅い分、夜明けも遅いのだ。結局モーニングコールはかかってこなかったのだが、この時間に目覚めることができれば予定通りに行動できるので一安心なのだ。6時20分にチェックアウト。デポジットを返してくれた。朝食を食べるように指定されたレストランはまだ開店していなかった。どっちにしろ6時半からではゆっくり朝食を食べている時間がなかったので、そのままスーツケースを押しながら白雲国際空港へ向かう。朝の空気がすがすがしい。白雲国際空港電光掲示板で確認した18番カウンターへ行くと、すでにチェックインが始まっていた。ここでスーツケースを預けて、昨日下調べをした手順どおりエスカレーターで2階に上がり、空港税のチケットを買ってセキュリティチェックへと向かう。tetywestはタバコ、ライター、デジカメを身につけていたので、それを全部トレイに乗せて一発で通過した。ショルダーバッグの方もOKだったのだが、家内のバッグが引っかかってしまった。バッグの中身を確認されて、再度機械を通される。どうもカメラかフィルムが反応していたようだ。そこを抜けると、ここにもまた土産物屋が並んでいる長い通路を東の方向へ歩き、中ほどまで引き返したところで1階に下りるエスカレーターがある。搭乗待合室はエスカレーターを降りた13番ゲートだった。この時点で搭乗開始まで30分のゆとりがある。セキュリティチェックの後にも土産物屋が何とか無事に昆明行きの飛行機に乗れる目途が立つと、二人とも昨日から何も食べていないことに気づいた。ちょうどエスカレーターを上ったところに餐庁がある。ゆっくりモーニングコーヒーでも飲みたい気分だ。コーヒーが飲めることを確認してテーブルに座ると、ウェイトレスがメニューを持ってきてくれた。家内が、「何か食べたいね」と言うのだが、メニューを見てもtetywestにはさっぱりわからない。「それじゃ実物を見て決めてくるわ」と、家内がウェイトレスと一緒に調理場の方へ向かった。お粥と玉子焼きを注文したのだそうだ。やがてコーヒーが運ばれてきた。インスタントではなく本物の淹れたコーヒーだった。お粥も美味しかった。「お茶はいかがですか?」というウェイトレスの勧めにしたがって、「雲南省へ行くんだからプアール茶を飲んでみよう」と、これも注文した。空港内の餐庁で朝食コーヒーはお代わりを出してはくれないのだが、お茶は何杯でもお湯を注ぎ足してくれる。これなら食事が終わってもいつまででも座っていられるわけだ。それにtetywestにとってはゆっくりタバコが吸えるのもありがたかった。搭乗時間が来たので会計を支払おうと、「いくらですか?(英語)」と訊くと、「119元です(英語)」とのことだった。tetywestは空港の物価が高いのは知っていたので、「100元でおつりが来ると思っていたのに予想よりちょっと高めだな・・・」と思いながら120元を出した。ところが、何か様子がおかしいのだ。会計のお姉さんがわざわざ紙に「190元」と書いてくれるではないか。あの料理が日本円にして3000円近い値段なのだ。「え~っ、いくらなんでも高すぎるんじゃないの」と思っても、もう後の祭りだった。後でwhさんに聞いたところコーヒー2杯で100元以上するらしい。中国でインスタント以外のコーヒーを飲もうと思ったらよほどの出費を覚悟しなくてはならないようだ。それ以後帰国するまで、tetywestたち夫婦は二度とコーヒーを注文することはなかった。
2003年09月19日
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白雲国際空港は2階建てのこじんまりした空港だった。国際空港と名前は付いているが建物の4分の3は国内線用に使われている。中国で一番発展している地域の一つである広州の空の玄関がこんなに小さい空港ではいけないと、現在は別の場所に新しい空港を建設中なのだそうだ。国内線の出発ロビーに入ると、空港というより土産物屋の集合体と言ったほうがふさわしいくらい、たくさんの店が並んでいる。大きな電光掲示板に出発便の時刻やチェックインカウンターの番号が表示されている。中国南方航空の昆明行きはなかったが、雲南航空なら今日中に昆明へ行ける便があった。チェックインをする場所は建物の端っこだった。建物の西の端には2階へ上がるエスカレーターがあり、それを上がった所に空港税を購入するカウンターがある。2階も同じように土産物屋が並んでいるのだが、そこを通り抜けると手荷物とボディチェックを受ける場所になっている。ここまでわかれば明日の朝まごつかなくても大丈夫だ。白雲国際空港の中一安心したところで、「何か食べる?」と家内に訊くと、「今日は全然動いていないから何も欲しくない」とのことだったので、tetywestは中国へ来たらぜひ食べたかった「龍眼」を空港内の土産物店で買った。ただ、ここでも英語は通じないのでゼスチャーと筆談での買い物だった。その後、別のスーパーマーケットのような店で「浜崎歩」の写真の入った缶入りの「桃の天然水(?)」と「葡萄の天然水(?)」を買って、ホテルへ引き返す。このとき、空港までの一番安全で近そうな道順も確認した。ホテルの受付カウンターで明日の出発が早いことを告げ、朝食は何時から食べられるのかを訊いてみた。「6時にモーニングコール、6時半に食事でいいですか?(英語)」とのことだったので、「もう少し早く食べれないの?(英語)」と確認したのだが無理だった。部屋に引き返し、風呂に入って二人で龍眼を食べながらTVを観る。家内は龍眼を食べるのは初めてで、「どうやって食べるの?」と訊いたくらいなのだが、いざ食べ始めると、「美味しいね」と、気に入ったようだ。TVで日本の衛星放送が映るかとチャンネルを回してみたのだが、NHKは映らなかった。しかし台湾の番組で「欽ちゃんの仮装大賞」をやっていた。「超級 変!変!変!」というその番組は、当然のことながら中国語の吹き替えで放送されている。欽ちゃんも、出場者も、審査員もみんな中国語をしゃべっている。映画監督の山本晋也、うつみみどり、大山のぶ代などが審査員をしている。さすがに「どらえもん」の声でしゃべってはいなかったが、うつみみどりは本当に音質がそっくりだった。「なんだか、中国語でしゃべっていても全然違和感がないのが不思議だわね」「そう言われれば、欽ちゃんも中国人ぶりが嵌っているなあ」「それに、出場者だってまるで中国人だわ」「つまり、日本人と中国人は区別が付かないっていうことだね」ちなみに、日本でいつ放送された番組なのかはわからないのだが、優勝したのは「足を使ったオーケストラ」で2位は「白雪姫と7人の小人」だった。家内がどう折り合いをつけたのかは知らないのだが、再び部屋に帰ってからは部屋についての苦情を言うことがなかったのでtetywestは少し気分が楽になった。明日はいよいよ昆明だ。出発が早いので普段よりずいぶん早く寝ることにする。
2003年09月18日
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「まあ!何よこの汚さ!!!」突然バスルームから家内の声が響いてきた。「洗面台の蛇口はガタガタだし、シャワーカーテンはカビだらけだし、タオルは雑巾より汚いじゃないの!!!」ホテルのバスルームさらにバスルームから出てきた家内は、ベッドの毛布をチェックしてこれにも文句をつける。「せっかくの銀婚旅行なのに、何でもう少し綺麗なホテルを予約してくれなかったのよ!」ホテルのベッドホテルの室内tetywestはホテルの予約は旅行社に全部お任せだったので、今更そんなことを言われてもどうしようもないのだ。旅行社へは、「次の日の移動が早朝だから、できるだけ空港に近いホテルをお願いします」とだけ注文をつけたのだ。旅行社から、「ホテルは白雲国際機場賓館です。まあ、日本のビジネスホテルだと思ってください」と教えられた後でインターネットで調べたところ、ランクは「三ツ星」だった。tetywestも一応バスルームをチェックしたのだが、熱い湯は出るし、トイレも水洗だし、バスタブもあった。まあこんなもんだろうと納得していただけに家内の反応にはちょっと困ってしまった。それに空港の近くにはここ以外に大きなホテルは見当たらなかったのは家内も知っている筈なのだ。しかし初めて中国を体験する家内にとっては日本と比較するしか判断基準がないのだから、これが中国の標準なのだと理解するのは難しいだろうと言うのもtetywestには良くわかる。さらに加えて家内は、まだスーツケースの荷物の整理も終わっていないtetywestに、「whさんに無事到着したと連絡しておいたほうがいいんじゃないの?」と、電話をかけるように強要する。間の悪いときには得てしてこうなるのだが、ホテルのサービスガイドを調べて外線が9番だとはわかったものの、何度やっても電話が通じないのだ。こんなときは話題を他へ逸らすのが一番手っ取り早い。「明日の朝は早いんだから、その時になって慌てないように今から空港へ行って国内線の搭乗手続きの下見をしてこよう」と、家内を部屋の外へ連れ出すことにした。まず、1階にある「商務中心(TORADE CENTER)」へ行き、そこの電話でwhさんの携帯電話にダイヤルする。ところが何度やっても録音された女性の声か聞こえるだけなのだ。おそらく、「この電話は現在電源が入っていないか、もしくは圏外です」と言っているのだろうが、中国語なので全く判らない。仕方がないのでwhさんの自宅へ電話してみたら今度はちゃんと繋がった。しかし、しかし、電話口に出たのはwhさんのお母さんだった。tetywestは英語でしゃべっているのだが、向こうは中国語しかわからないのだ。「wh・・・・・・kuimin・・・・」それでも、ところどころ理解できる単語をつなぎ合わせれば何とか向こうの言いたいことは判るから不思議なものだ。「whさんはもう昆明に行っていて、家にはいない」と言っている。しかし、それが判ってもwhさんの携帯電話が通じないのでは手の打ち様がないのだ。結局どのみち明日になれば会えるのだからと、電話連絡は諦めざるを得なかった。
2003年09月17日
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飛行機から白雲国際空港の建物に移動すると、ムッとした熱気が体を包む。広州の気温は30度だそうだが、湿気を十分に含んでいるために実際の気温以上に暑く感じる。それでも緯度を考えれば、広州は亜熱帯なのに日本の暑さとさほど違わない。日本の夏はいつの間にかめちゃくちゃ暑くなってしまっているのだ。SARS騒動以降厳しくなった検疫では一人ずつ体温測定のセンサーの前を通り、係官に検疫カードを提出する。その後はパスポートコントロールだ。9月1日以後日本人の15日以内の滞在にはビザが必要なくなったために、パスポートコントロールも処理時間がずいぶん短縮されてスピーディになっている。パスポートと入国カードを提出すると、パスポートを何かの機械に通して、赤い札を挟んで返してくれる。いったい何に使うカードだろうと訝っていたら、その向こうの出口で係官が回収していた。後は手荷物を受け取るだけだ。しばらくコンベアの前で待っているとスーツケースが流れてきた。出口でクレームタッグとの照合があり、いよいよ中国へ足を踏み出す。空港の建物を出ると、広場の向こうに大きな「白雲国際機場賓館」の看板が見える。このホテルが本日の宿泊場所なのだ。これなら迷いようがない。午後6時を過ぎているのに外はずいぶん明るい。中国は時差が日本より1時間遅れなのだが、標準時間は北京に合わせてある。広州は北京より1時間くらい日没が遅いようだ。こんなところでも中国の広さを実感してしまった。スーツケースを押しながらホテルの看板を目指して駐車場広場を通り抜け、広場の向こう側にある道路まで到着した。この道路を渡ればホテルの玄関にたどり着ける。しかし、道路には横断歩道がないのだ。道路は一方通行なのだが中央分離柵で区切られている。手前半分はタクシーの待合スペースになっているようで、向こう側半分を一般車両が通行している。柵はところどころ隙間があるので向こう側へ渡るにはその間を通れば問題はない。ところが、手前側の道路はおそらく一刻も早く順番を取るためだろう、次から次へとタクシーがものすごいスピードで走ってくるのだ。とてもこんな怖いところへ足を踏み出す勇気はないので、タクシーが途切れるまでしばらく待っていた。ようやくほんの少しの余裕を見つけて大急ぎで半分まで渡り、またしばらく待つことになる。本場の中国の人ならこんなに待つことはまずないのだろうが、まだまだ中国交通事情に対応するにはtetywestたちは未熟者なのだ。それに中国へ来る早々交通事故に遭ったのでは洒落にもならない。ホテルの建物に入るとクーラーの冷気が心地よかった。フロントにホテルクーポンを渡してチェックインの手続きをする。デポジットとして100元が必要だった。フロントの係員は手続きが済むと、何も頼まないのに部屋の鍵をボーイに渡し、赤い服を着たボーイが部屋までトランクを運んでくれた。それはいいのだがこのボーイ、「サンキュー」と言っても腰の後ろで手を組んだまま部屋に突っ立って一向に出て行こうとしない。仕方がないので10元紙幣を渡すとようやく出て行ってくれた。中国でボーイにチップを渡したのは初めての経験だった。広州は他の地方より欧米化が進んでいるのかもしれない。ところがこの時点で、「さあ、無事中国へ到着したことだし、今夜はどこにも出かける予定もない。ホテルの部屋でゆっくりとくつろげるぞ・・・」と思ったのはtetywestの大きな間違いだった。
2003年09月16日
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中国南方航空CZ3409便の搭乗開始は出発の30分前の午後2時20分からの予定だったのだが、場内アナウンスで15分ほど遅れることが案内された。理由は機内清掃とのことだった。搭乗が遅れ、しかも機内はほぼ満席状態だったにもかかわらず、飛行機は3時前には動き出してあっという間に離陸した。各自にヘッドセットが配られ、座席の前にある液晶モニターでは映画が放送されている。「ソラリス」をやっていたのでそれを観ていたのだが、早朝からの移動の疲れが出ていつの間にかうとうとしていた。tetywestと家内が座ったのは、ちょうど左側の主翼の真ん中あたりが見える窓側の席だった。座席は3列で、一番窓際には若い中国の女性が座っていたので、家内がその隣、tetywestは通路側に座ることになった。窓の外を眺めようにもシルバーグレイの主翼と青い空しか見えないので、モニター画面を見るくらいしか暇つぶしの方法がない。まあ飛行機は目的地までの移動手段と割り切ってしまえば、その間はなるべく眠って体力を回復しておいたほうが正解だろうと、tetywestは飛行機に乗ると眠ることにしている。家内も朝が早かったからか、うとうとしているようだった。4時前に機内食が配られる。「ビーフ オア シーフード?」だったので、家内と別々のメニューをもらった。2月のANAの記憶が新しいので、「どうせ機内食なんてたいしたことはないだろう」と思っていたのだが大きな間違いだった。ポロポロッとした固めのご飯の横に唐辛子で辛めの味付けの牛肉が添えられているのだが、そのタレとご飯をまぶして食べるとこれが非常に美味いのだ。もちろん、ご飯がポロポロしているので箸では食べにくい。そのためにプラスチック製のナイフ、フォーク、スプーンとナプキンがセットになった別の袋を配ってくれる。牛肉のタレがまぶされたご飯はフォークを使って食べるのが正解だろう。機内食にはその他に、ソバとフルーツプリン、パンが付いていたのだが、どれも美味しかった。家内もこの機内食には満足したようだ。中国南方航空の機内食機内に日本人乗務員はいないようでアナウンスは中国語と英語だけなのだが、飛行機の中で流れてくるアナウンスはパターン化しているためにそれほど不便は感じない。ナイフ・フォーク・スプーンが入った袋には、「刀叉匙」と印刷されている。裏側には、「心的承諾 新的体験 歓迎乗座 中国南方航空班機」CHINA SOUTHERN AIRLINESそして、別に配ってくれたウエットティシューには、「湿紙毛巾」WET DISPOSABLE TOWEL・・・なるほど、なるほど・・・食事が済むといつもの習慣で眠くなってしまい、次に気が付いたときにはもうほとんど着陸態勢に入る寸前だった。
2003年09月15日
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関西空港までは、高松からの直通バスが出ている。乗客はtetywestたちを含めて7~8人だった。これでバス会社の採算が合うのかどうかは疑問だが、大きなスーツケースを2個も持っての移動には直通バスは真にありがたい。うとうとしているうちに淡路島の北端近くの休憩地点に到着し、その後は阪神高速湾岸線を通って、関西空港に到着したのは11時30分だった。飛行機の出発までまだ3時間もある。まず中国南方航空(CZ)のチェックインの場所を確認しておく。しかし受付開始は2時間前からなので、3階へ降りて昼食をとることにする。しばらく日本食が食べれないと思うと純和風定食でも食べたい気分になる。しかし誰でも思いは同じらしく、その店はとても混んでいた。隣の「本日の定食はカボチャコロッケ」という店に入って食事をする。珍しくセルフサービスになっていて、「定食をお願いします」と言うと、カウンターの向こうから定食の料理を突き出してくれる。それをお盆に載せて一番終点まで歩き、そこでお金を支払うシステムだった。関西空港で食べた定食食事が終わって、チェックインの場所に引き返す。まだ受付は始まっていなかったが、かなり長い列ができていた。並んでいる人は圧倒的に男性が多い。そして、ツアーらしき団体はJTBの一つだけのようだった。チェックインを済ませ飛行機のチケットを受け取ると、早めに出国手続を済ませて免税店でお土産を買い搭乗待合室へ向かう。搭乗口は北ウィングの一番向こうの端だった。待合室の同じ区域ではアメリカ合衆国行きのノースウエストの搭乗手続きも行われていたのだが、ここでは再度のパスポートのチェック、手荷物の検査が厳しく行われていた。使い捨てライターさえ没収されていたのはおそらくテロに対する警戒態勢が敷かれているのだろう。それに比べれば中国行きの何と大らかなことか・・・。出発まではゆうに1時間以上あったのでゆっくりと椅子に座っていると、家内は向こうで何かあったときにどうやって現地の人とコミニュケーションをとったらいいのかが心配になったようで、「中国語の辞書を持って来ればよかった」と言い出した。確かに初日と最終日はtetywestたちだけの単独行動になる。tetywestにすれば、ホテルでは英語は通じるだろうし、まずそんな事態は起こらない自信があったのだが、家内の不安を取除くのも夫の役目だろうと待合室のお店を見て回った。中国語会話の本が2~3種類あったので、「どれでも好きなのを買ってきたら」と言うと、家内は一番安い本を買ってきた。家内にとっては、今回が初めての中国旅行になる。研修生からの情報でおおよその事情はわかっているだろうが、やはり「百聞は一見に如かず」の諺のように、実際に行ってみなければ中国は理解できないだろう。そして、実際に中国へ行った人はおおむね、その虜になってしまうパターンと、もう二度と行きたくないというパターンに分かれる場合が多い。tetywestには家内が後者になってもらいたくはなかった。もし家内が中国嫌いになってしまえば、しっかり中国にはまっているtetywestの今後の行動に少なからざる影響が出るのは必至なのだから。
2003年09月14日
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9月3日(水)早朝から、tetywestと家内は最寄の電車の駅にいた。題名にも掲げたように、今年はtetywestたち夫婦の結婚25周年にあたる。だから、今回の旅行は特別なものなのだ。tetywestたちの新婚旅行は国内だったために、結婚当時から銀婚旅行は海外にしようと話し合っていたのだ。しかし、その第一候補はヨーロッパだった。それがいつの間にか中国の、それも南西の端の雲南省になったのかについては、かなり長い説明が必要になるだろう。その一番の理由はwhさんが雲南省にいることだった。一昨年、中国雲南省からwhさんという研修生がtetywestの家に研修に来た。そのwhさんから、ぜひ夫婦で雲南省へ来てくださいと誘いを受けていたのだ。仕事柄、tetywestがまとまった自由な時間を取れるのは9月上旬しかない。しかし今年の3月以来吹き荒れたSARSの嵐によって、6月になって実際の旅行計画を立てるころには中国への旅行は除外しなくてはならなくなっていた。「やっぱり、ヨーロッパかなぁ・・・」と、ツアーのパンフレットを検討しはじめたところ、意外に値段が高いのだ。tetywestくらいの年齢になると、外国で自分たちだけの単独行動をするフリープランの旅行はちょっときつい。tetywestだけならそういう旅行も面白いかもしれないが、今回は記念すべき「銀婚旅行」なのだ。旅行中のハプニングやトラブルはできるだけ避けたい。そうすると、どうしてもツアコン任せのパック旅行を選択せざるを得なくなるのだ。「一週間でヨーロッパ全部は絶対無理だから、北と南どっちにする?」「風景を楽しむのなら、北だろうな。スイスとかロマンチック街道とか、ぐるっと見てまわるのには素晴らしい所だと思うよ。そして最後はパリでルーブル美術館というのもいいかもしれない」そんな夫婦の話の中で、候補に挙がったのが、「ドイツ・スイス・フランス8日間の旅」だった。インターネットで調べると、このコースは人気があるようでいろいろな旅行社のツアーがあった。値段はおよそ20万円だ。今のtetywestの経済状態ではちょっときつい値段なのだが、そんなことは言っていられない。何しろ記念すべき「銀婚旅行」なのだから・・・しかし、パックツアーは見所満載のコースを設定しているために、毎日が移動の連続になるのが辛かった。ところが、ヨーロッパでほぼ計画が決まった7月、そろそろ旅行社を決めて申し込まなくてはならない時期になった頃に、中国の「SARS終息宣言」が発表されたのだった。「一度諦めていた中国へ行けるようになったのも何かの巡りあわせかもしれない」と、この時点で中国行きが決定したのだった。(※7月23日の日記参照)
2003年09月13日
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自分のHPを開くのも本当に久しぶりです。一週間の中国への旅から無事帰国しました。本当に素晴らしい思い出がいっぱいできました。今夜は忙しくてこれ以上は書けませんが、これからゆっくりと綴って行きたいと思います。・・・と言いながら、明日からもうひとつ別の一泊旅行をこなさなければならないので、13日からになると思うのですが・・・
2003年09月10日
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暑い!!暑い!!!・・・なんと言う厳しい残暑なのでしょう・・・明日はいよいよ中国です。大汗をかきながらスーツケースに荷物を詰め込んでいるときに電話がありました。「もしもし、岐阜県のTと言うものですけど、国産のアボカドを分けていただけないでしょうか?」もう、TV放映から1年と4ヶ月が経過して、アボカドの噂もすっかり消えていたのかと思っていたので驚きました。実は、今年のフェルティは惨憺たる状況なのです。冬の寒波でかなり太い枝が枯れ込みました。葉っぱは落ちて、春には落葉果樹と見間違えるほどほとんど丸裸の状態だったのです。その後かろうじて新葉が出たので、枯死という最悪の事態は免れたのですが、果実はほとんど皆無なのです。フェルティに比べて若干寒さに強いベーコンの方は、今年の寒さにも耐えました。果実も結構たくさん成っていたのです。ところが8月半ばの台風10号の強風で、テニスボールよりひと回り小さいくらいになった果実がたくさん落果しました。ですから、今年はお分けするほどアボカドはないのです(涙)と言うようなことを、Tさんには手短に説明したのです。それにアボカドの収穫時期は11月ですから、この先まだまだどんな天変地異が起こるかわかりません。それでTさんは納得してくれたようです。ところが、その後話が意外な方向に・・・「今丸亀にいるのですが、これからアボカドの木を見せてもらってもかまいませんか?」ちょうどtetywestは明日の準備のために仕事をOFFにしていましたから、わざわざ来ていただけるのなら好都合です。道順をお教えして荷作りを続けていました。しばらくすると、到着したとの電話が入りました。待ち合わせ場所に行くと、若い女性がレンタカーで待っています。早速tetywestのアボカドを見ていたくために急傾斜のアボカド園に御案内しました。で、「足許は大丈夫ですか?」と声をかけると、さすがわざわざアボカドを見に来たいと言うだけあって、Tさんも準備にぬかりはありません。こちらへ来る途中のお店でスニーカーを買ったのだそうです。しかし、tetywestのHPを未て見ず知らずの方がわざわざ訪ねて来てくださるなんて、なんだか不思議です。やっぱりインターネットは凄いですね。という訳で、明日から中国へ行ってきます。
2003年09月02日
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