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あと5日後には中国だと言うのに、まったく準備も出来ていないtetywestなのです。でも、さすがに航空券だけは入手しています。ところが、今日の夕方旅行社から電話がありました。「もしもし、先ほどわかった事なんですが・・・3日の広州・昆明の飛行機がフライトキャンセルになったんです。ですから、こちらの判断で3日の夜は広州のホテルで宿泊するように手配しました。帰りに泊まるホテルと同じです。それで4日の朝一番の便で昆明に行くようになります」さすがに中国ですね。でも、前もってわかっていた方がtetywestにとってはありがたいのです。広州のホテルは空港の中にあると言ってもいいくらい便利な場所ですから、いくら朝早くても大丈夫なのです。早速whさんに国際電話で連絡しました。再会が半日遅れることになります。以前の日記でtetywestは9月2日から一週間の予定と書きましたが、あの後すぐに2日にはその日のうちに昆明へ行く飛行機の便がないことが判明したのです。そのために、出発は1日遅れることになりました。こんなことなら、最初から2日に出発しとくんやったのに(涙)さすがに一週間家を留守にするとなると、それまでにやらなければならないことが目白押しで、日記の更新もままなりません。中国から帰ってきたらもう少し真面目に書きますから、しばしの間お許しあれ(汗)
2003年08月29日
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昨日、ニューPCの速さと快適さをイヤと言うほど見せ付けられたtetywest、自分が使っているPCの古さを改めて認識させられました。スイッチを入れてwindows98が立ち上がるまでの遅いこと、遅いこと・・・カップラーメンがしっかり出来上がってしまいます。何と言ってもスペックはペンティアムの150MHzなんですから・・・・「いくら必要だからと言って、何で子供達ばっかり新しいPCを買うんやねん。お父さんも欲しいぞ」と思ってしまうのは当然と言えば当然の成り行きです。しかし、あれほどのスペックを持つマシンは高くてとても手が出せません(涙)「そこを何とかする方法はないものだろうか・・・」と、オークションを探してみたところ・・・・・ちゃんとあるではありませんか!!!自作パソコン、本体のみCPU: セレロン2.2GHzRAM: 512MBHDD: 20GBCDRW装着現在の価格: 25,000円 希望落札価格 50,000円しかしまだ最低落札価格に達していないので、いくらで落札できるのかはわかりません。おそるおそる、28,000円を入札してみます。----残念ですが、最低落札価格に到達していません----それでは・・・と30,000円を入札してみます。----残念ですが、最低落札価格に到達していません----ううっ、と思いながら31,000円を入札してみます。----残念ですが、最低落札価格に到達していません----清水の舞台から飛び降りたつもりで、35,000円を入札してみます。----あなたが、現在の最高入札者です----もうこれ以上は無理です(汗)あとは、ひたすらライバルが現れないことを祈りながら終了時間を待ちます。こうして、幸運にもこのマシンはtetywestが落札者になったのです。しかし、こんな辛抱の足りないことでは、当分子供たちにえらそうなことは言えません(大汗)
2003年08月24日
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今頃になって盛り返した夏の暑さで、少々へこたれ気味のtetywestです。今日の夜、以前から友人に依頼してあったパソコンが届きました。外観はスリムなボディに15インチのTFTモニター、マイクロソフトのキーボードとマウスはシルバーとグレイに統一されて、見た目にもシンプルそのもの・・・そうなんです、PCにめちゃ詳しい友人がマザーボードからCPUまで買い揃えて自作してくれたオリジナル・パソコンなのです。で、気になるスペックはと言うと・・・CPU: インテル・セレロン2.4GHzメモリー: 512MB HDD: 80GBFDDとコンボドライブ装着OS: windowsXPこのハイスペック・マシンは一体いくらくらいの値段なのでしょう?そこで、デルのHPにある同じスペックのPCで見積ってみました。・・・・何と5万円以上安いのです。何よりも驚いたのは、電源を入れてXPの初期画面が立ち上がるまでの時間がたった30秒しかかからないことです。USBのポートが6個もあるのもいいですね♪でも、tetywestは新しいPCが届いたからと言ってそんなに嬉しい訳ではないのです。お金を払うのはtetywestですが、このPCを使うのはtetywestの次男なんですから・・・・ニューPCとその製作者のツーショット
2003年08月23日
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昨日の夜、cjjさんからメールがありました。tetywestは「果樹部会中国へ行く」で書いたように、2月に厦門へ行ったとき何から何までcjjさんのお世話になったのです。おかげで、とても素晴らしい旅行をすることが出来て、一緒に行ったメンバーも大変喜んでいます。あの時、cjjさんは2日目の夕方に故郷へ帰らなければならなくなり、その夕食会のときにtetywestは、「今度はcjjさんが日本に来る番ですよ」と言ったのを覚えています。それから半年も経たないうちにその言葉が現実になりました。あの旅行の後中国ではSARSの嵐が吹き荒れ、cjjさんもその対策でとても忙しかったようです。そんなハードな仕事をやりながら、cjjさんはある試験を受けていました。福建省全体の中でたった2人しか選ばれないという、すごい倍率の試験です。一次試験、二次試験、面接試験とその難関を突破して、cjjさんは見事にその2人に選ばれたのです。昨日のメールはその報告でした。公費留学の選抜で、成功しました。六月の試験の合格者は17人、先月から福建省組織部はこの17人を考査して、最後10人を選びました。その中、日本へ留学する人2人、英語の国8人。cjjさんは今から半年間日本語の勉強をして、おそらく来年の4月に日本へ来るのです。大学の修士過程の留学生として2年間日本で過ごす事になります。どこの大学なのかは未だ決まっていないようです。しかし、6年前でも完璧な日本語を話していたcjjさんが。、さらに6ヶ月も日本語を勉強するとどうなるのでしょう?・・・日本人より日本語がうまくなったりして・・・(汗)ともあれ、おめでとうございます、cjjさん。来日を心からお待ちしていますからね~
2003年08月21日
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7月13日(日)京都は朝から雨だった。晴れていれば二条城付近を散策しようと考えていたのだが、急きょ予定を変更して雨に濡れない場所へ行くことにする。tetywestが10時過ぎに到着したのは京都文化博物館だった。南側にある赤レンガの由緒ある建物は別館で、そこからは入れなかった。この建物は旧日本銀行京都支店だったのだそうで、国の重要文化財に指定されている。博物館の入り口は近代的な鉄筋コンクリートの建物にあった。tetywestはどんな展示があるのかぜんぜん予習していなかったのだが、ちょうど昨日から「安倍清明と陰陽道展」が始まったところだった。安倍清明がどんな人だったのかはまったく知らなかったので、この展示を見ることにした。休日だったからか結構大勢の人がいた。展示会場の入り口で「解説マシーン」を貸し出していたので、それを借りる。展示品に表示してある番号と同じ番号を押せば、イヤホーンから説明が流れてくる仕組みになっている。何度でも同じ説明を聞くことも出来る。おかげで、会場を出るころにはすっかり「安倍清明と陰陽道」のエキスパートになったような気分だった(笑)。「陰陽道」は中国の「風水」の日本版と言って差し支えないだろう。平安時代には貴族だけが独占していたが、江戸時代になると庶民の間にもかなり普及したようだ。安倍清明は「今昔物語」や「宇治拾遺物語」にも登場していて、確かに陰陽師として活躍した人物だったのだが、平安時代には他にも陰陽師はたくさんいたのだ。それでは何故彼一人が脚光を浴びるようになったのかと言うと、江戸時代の庶民に大受けした「安倍清明物語」や「しのだつまつりぎつね(付あべノ清明出生)」などに、いわゆるスーパーマンとして取り上げられたからだそうだ。平安時代といえば遥か1200年以上昔なのだが、この陰陽道が今も日本人の習慣の中に根付いているのには驚かされた。たとえば「仏滅」とか「大安」というのも、節分・雛祭・七五三・七夕等の行事ももともとは陰陽道なのだそうだ。展示の最後の方は、岡野玲子のマンガの原画や夢枕獏の本の挿絵、果ては今度封切られた(?)映画のポスターまであってちょっと興ざめだった。しかし、全部見終えるのにたっぷり2時間かかってしまった。※この展示会の様子は下のURLに写真入で掲載されています。★YOMIURI EVENT SQUARE★http://128.242.32.148/staff/seimei/onmyojiten.html
2003年08月20日
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午前中防除をしながらtetywestは、あれこれPCの対策を考えていました。体だけ動いていれば、他のことを考えていても仕事が出来るのは農業の素晴らしいところです(笑)問題は2つです。①電源が切れない②CFリーダーをインストールしたままにしたいまず、②の方を考えました。システムエラーになるのは何かのデバイスと競合しているのだろうtetywestのPCの裏側は、かなりごちゃごちゃとコードが接続されています。プリンターケーブル、シリアルポート2個にはデジカメとモバイルギアの接続ケーブル、スピーカーコード、ステレオ接続コード、CRTへのケーブル、LANケーブルにSCSIケーブル。CFリーダーのマニュアルには、「プリンターのパラレルポートには何も接続しないように」との注意書きがありました。昨日はその通りやってみたのですが、うまくいかなかったのです。いろいろと考えた結果、昼前には「どうも、シリアルポートが怪しい・・・」という結論に達したのです。そこで昼食後、シリアルポートに接続してあるケーブルを2本とも取り外しました。PCを立ち上げて、そこに接続されているモデムのデバイスを削除します。そして、CFリーダーを再インストールしてPCを再起動させました。もっとも、どうやっても再起動しかしないのですが・・・・(笑)エラーメッセージが出るのを今か今かと待ちます。・・・・・しかし、何事もなく立ち上がってくれました。ちゃんとEドライブにリムーバル・ディスクが認識されています。「やったね♪」これで、②の問題は見事解決です。今度は①の問題です。そこで、棚の奥からマザーボードのマニュアルを引っ張り出してきました。これがなくてはBIOSの設定はもう手が出ません。しかし、ごろんと横になってマニュアルを眺めていると、いつもの習慣で眠ってしまいました。1時間ほど寝た後で、さわやかなお目覚めです(笑)頭もすっきりしています。こんな時はパワーマネージメントの項目がすんなりと目に留まるものです。初期設定では、「PWR Up On Modem Act」と「Wake On LAN」が「Enabled」になっています。tetywestはおそらく、CFリーダーから何かの信号が出ていて、このどちらかの機能が働いているのだろうと睨みました。そこで、この2つのスイッチを無効にしてPCを立ち上げてみます。もちろん立ち上げは何の問題もありません。今度は終了です。「電源を切れる状態にする」をクリックします。さあ、どうなる?・・・・・どうなる?「WINDOWSを終了しています」のメッセージの後・・・・し~~~~~~~~~~ん見事、電源が切れたではありませんか(笑)「ご、ごひゃくえん・・・」のCFリーダーはしっかりとtetywestのPCシステムに組み込まれました。これで大容量128MのCFカードのPCへの取り込みも、なんのそのまりあまちまり(ふる~・・・汗)、中国ではしっかり写真を撮ってきますからね~
2003年08月19日
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本日午後に届きました。あの「ご、ごひゃくえん・・・」のCFカードリーダーが。宅急便の着払いで、送料は950円。振り込み手数料を合わせて1000円ちょっとですから、本体よりも送料の方が高いのです(笑)箱の中にはカードリーダー本体、プリンター接続ケーブル、そして専用ACアダプター。それにマニュアルと、ドライバーのインストール用のフロッピーディスクが入っています。「さあ、接続だ!」意気揚揚と、マニュアルを読みつつプリンターポートにケーブルを接続して、中間にカードリーダー本体を挟みます。そしてPCを立ち上げ、ドライバーをインストール・・・「ふんふん♪・・・簡単じゃないの♪」システムのデバイスを確認すると、ちゃんとSCSI接続でEドライブに「リムーバブルディスク」が出来上がっています。エクスプローラーでそのドライブにアクセスすると、「おお、まさしく昨日撮った写真だ」それでは、昨日までの写真をHDDに移動しましょうか。・・・と鼻歌交じりでHDDへコピーをかけます。何と、その速いこと、速いこと・・・今までのシリアル接続の100倍のスピードです。いや~これには感激しました。・・・・・・・・と、ここまでは良かったんです。しかし・・・・・・・デバイスの変更を完了するためにPCを再起動したとたん、たちまち現れる <<<<<青い画面 >>>>>「レジストリーを書き換えています。修復完了しました」何とかwindowsの初期画面にたどり着いても、今度は「システムエラーのため再起動します」のメッセージが・・・これを何度繰り返したことでしょう・・・・しかし、一向に解決しません(涙)ついに、BIOS設定までいじってしまいました。これで何とか起動するようになったのですが、1回だけです。2回目になると、またもとのまま・・・・で設定が保持出来ないのです。tetywest、しばらく頭を冷やして考えました。「こうなったら、一度アンインストールしてみよう」・・・と、これがほぼ正解だったようです。何とかエラー無く立ち上がるようになりました。「CFリーダーはめったに使わないのだから、その度にドライバーをインストールすればいいじゃないか。使い終わったらアンインストールだ」プリンターは問題無く動くので、しばらくはこの状態で使うことにしました。ただ、一つだけ問題が発生しました。ソフト的にPCの電源を切れなくなってしまったのです。「終了する」をクリックしても、終了した途端に、すぐ再起動するのです。その度にBIOS設定を変え、何度「今度こそ」を繰り返したことでしょう・・・・でも、だめなのです。結局今のところパソコンのコンセントにスイッチをつけて、強制的に電源をシャットアウトしています。ここまでの所要時間・・・・・6時間(涙)まあ、tetywestのPCの知識はこの程度です。・・・誰か助けて!!!!(涙)
2003年08月18日
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shilfy1さんと別れたあと、tetywestは午後6時に京都に着いた。果樹研究同志会の他のメンバーはおそらくもう家路についていることだろう。なぜ京都なのかというと、tetywestの長男と次男がいるからなのだ。ちょうど長男は実験で忙しそうだし、次男は初めての期末試験で大変そうだったので、陣中見舞いに何か美味しいものをご馳走することになっていたのだ。tetywestが次男のアパートに着くと、長男もやってきていた。学校から先輩の自転車を借りて来て、自転車3台で食事場所へ移動することになった。京都は自転車で走るのにとても適した町だと思う。自動車では駐車場の少なさが気になるのだが、自転車ならどこでも停めることが出来るし、第一無公害だ。それに、急な坂が少ないので自転車をこぐのも楽なのだ。tetywestが、「何でも、好きなものを食べてもいい」と大見得を切ったので、息子たちは大喜びだった。それでは日本料理を食べに行こうということになった。長男の先導で疎水沿いに北へ向かって走って行くと、だいぶん街から外れた所にその料理店はあった。外から見るとただの民家のようだが、玄関先にメニューが懸かっている。長男が一足先にそのメニューを覗き込んで、そのまま引き返してきた。「日本料理は、また今度にしよう」「どうして・・・」「コースは6500円からやった」息子に財布の心配をされるようでは誠に情けない話だが、確かに2万円は予算オーバーだ(汗)それでは・・・と、次に覗いたのは造形芸術大学のすぐ前にあるイタリア料理の店だった。コースは3500円から・・・これならOK(笑)ということで、その店に入ることにする。息子たちは何と言っても肉が食べたいらしく、2人ともアンティパスト、お好みパスタ、イタリアンステーキにデザートのコースを注文した。tetywestは昼食が遅かったし、そこで肉を食べていたのでパスタだけのコースにした。飲み物は3人ともコーヒーや紅茶やジュースで、今回はアルコールは無しだった(笑)家族でやっている店のようで、ワイシャツに蝶ネクタイのおじいさんが注文を取りにきて、若奥さんと思しき人が料理を運んでくれる。こじんまりとした店なのだが、客はtetywest達以外に一組しかなく、ゆっくりと食事をすることが出来た。長男は次男に「スパゲティの正しい食べ方」を教えていた。それによると、ソバをすするようにズルズルと音を立ててはいけないし、フォークに必要以上に巻き付けるのもマナーに反するのだそうだ。しかし、そう言う本人がズルズルと音を立てて頬張っている。tetywestにとっては、長男のゼミのことや、やっている実験について食事中に詳しく聞くことが出来たのが何よりの収穫だった。めったに出来ることではないが、男同士親子水入らずで食事をするのもなかなかいいものだ。
2003年08月17日
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中国の李肇星外相が、訪日のお土産に日本人の観光客の査証(ビザ)を免除すると発表してくれたのが11日でした。実施されるのは9月1日からです。これを聞いて誰よりも喜んだのは、9月の最初に中国へ行く予定が決まっているtetywestです。何しろ2人分のビザ取得手続き代金が浮いたわけですから・・・「やった~、前々から欲しかったデジカメが買える♪」・・・と言うわけで、お盆はYah○○!オークションに浸りっきりでした(笑)もちろん狙っていたデジカメ(3年前の製品です)は、リーズナブルなお値段でゲットしました。「それに、記録メディアももう少し容量が欲しいし・・・」とか言いながら、128MのCFカード2枚もゲット。ところがいざデジカメが到着してみると、新たな問題が発生したのです。tetywestのパソコンはかなり古いのでUSBがありません。デジカメの記録メディアはCFカードなので、そのままではパソコンに取り込む手段がないのです。しかし、今まで使っていたケーブルがあることだし、それを使ってカメラとパソコンを接続すればいいだろうと安易に考えていたのです。しかし、しかし・・・現実はそう甘くありませんでした。いざ接続しようとカメラのポートにジャックを差し込もうとしたところ・・・「あ、穴の大きさが違う・・・・(涙)」こうなれば、CFカードを読み込めるようにパソコンのハードを改造したほうが、純正の接続ケーブルを買うより安上がりだと判断したtetywest、その方法を色々検討することになりました。「やっぱり、USBか・・・、ううっ、PCIバス用ので1500円・・・。それにUSB接続のCFリーダーが1500円・・・」「内蔵型SCSI接続のPCカードスロット・・・・3000円・・・」送料や手数料を合わせて、だいたい5000円はかかりそうです。ところが、ひとつだけすごいものを発見しました。なんと・・・「プリンターケーブルの途中に挟んで使うCFリーダー」こんなものが存在していたことすら、tetywestは知りませんでしたが、値段を見てさらに驚きました。「ご、ごひゃくえん・・・・」ネットで調べてみると、コダック社製のその製品は当時の定価が19,800円。まだその製品は到着していないのですが、この値段ならもし使えなくても元々、使えればそれこそ万々歳です(笑)うまくいったら、またお知らせします。---------------------------------《お盆前のクイズの答え》豆は赤いのも緑のも一個ずつだったのです。---------------------------------
2003年08月16日
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お盆休みしています(笑)中国の友人から「なぞなぞ」を出されました。頭の体操だと思って挑戦してみてください。ちなみにtetywestはわかりませんでした(涙)---------------------------------赤い豆と緑の豆をフライパンに入れて、ぐるぐるかき混ぜながら料理します。料理が出来てフライパンから皿に移し替えると、あら不思議・・・皿の上では自然に、赤い豆と緑の豆に分かれているのです。どうしてこんなことが起こるのでしょう?---------------------------------答えはお盆明けにでもお教えします。
2003年08月12日
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早速shilfy1さんから書き込みがありました。 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○・・・あのさぁ・・・。サイトのイメージからどういうワタシを想像してたの?姐御でGパンで年寄りで大柄で不美人なワタシ?( ̄- ̄)フーン ばきっ!!☆/(x_x)いや、ゴリゴリ御世辞のおとは響いてるから許しちゃる(笑)。 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○いや~、この突っ込みがたまらんのです。でもtetywest、姐御でGパンはそのようにイメージしてました(笑)---------------------------------ファンカーゴに乗り込んで、案内されたのは駅からさほど遠くない喫茶店だった。tetywestはこの後まだ予定があったのでshilfy1さんとしゃべれる時間は1時間ちょっとだったし、先ほど昼食を食べたばかりだったのでアイスコーヒーくらいしか入りそうになかったのだ。ここで喫茶店での会話を再現してもいいのだが、それは二人の秘密にしておくことにしよう(笑)。とにかく、あっという間に1時間が過ぎてしまった。tetywestは最近アルツ気味なので、往々にして話題があらぬ方向へ飛んでしまうことがある。そうすると、聞いている方は「・・・・・・・」となって会話が途切れるのが普通のパターンなのだが、このときはどこまでも際限なく続くのではないかと思うほどよくしゃべった。shilfy1さんはかなりの「聞き上手」だったのだ。では黙って聞いているだけかというとそうではない。受け答えの端々にtetywestの興味のあることがちりばめられてくる。そうすると、ますます話がとんでもない方へ進展してしまう。こういう楽しい会話は、それほどしょっちゅう経験できるものではない。そうなると1時間はあまりに短過ぎると感じることになる。こんなことを書いているのは、決してtetywestが喫茶店のコーヒー代をおごってもらったからではない(笑)再びファンカーゴで駅前まで送ってもらったのはちょうど4時半だった。「今度はぜひ『讃岐うどん』を食べに来てくださいね。そのときはtetywestがおごります」最後にこれくらいは言ったかもしれないが、よく覚えていない(汗)さて、shilfy1さんと会って以来tetywestにはちょっと気になることが出来てしまった。それは、「うまく歳をとるにはどうするか」という問題なのだ。日本はまだまだ年功序列の社会だ。職場では年配者は若者より地位も給料も高く、社会的には経験が豊富だと尊敬されている。しかし、今の年配者は本当にそうである資格を持っているのだろうか?言い換えれば、それだけの努力をしてるのだろうかと疑問に思えるのだ。「今の若者は辛抱が無く、自己中で、世の中を甘く見ている」と、若者を批判することは簡単なことだ。しかし、そういう若者の中にも日々努力を重ねて自分を磨いている人は必ずいる。逆に偉い地位の御方でも、「なんじゃこりゃ」というのも結構いるのだ。shilfy1さんと話をしていると、真剣に頑張っている様子が伝わってくる。ここでshilfy1さんと勝負をしようという気はさらさらないのだが(tetywestが負けるのは目に見えている・・・笑)、何もしないで経験だけを頼りにえらぶっている老人にはなりたくないと思うtetywestなのだ。しかし、余計なお節介だと突っ込まれるのを覚悟の上で書いてしまうのだが、こんな「いい女」を一人で放って置くとは、大阪の男はよっぽど不甲斐ないんやろか?
2003年08月10日
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shilfy1さんの住んでいる町の駅前に着いたのは3時を回っていた。ここで連絡する目的でわざわざ家内から携帯電話を借りてきていたのだ。「もしもし、tetywestです。今駅前に到着しました」「5分で行きます。シルバーのファンカーゴです」もうかれこれ2年前になるのだが、shilfy1さんとは楽天で知り合ったのだ。同じジャンルにほぼ同じ頃に登録していた。しかし、tetywestはHPに関しては全くの初心者だったのに対して、shilfy1さんは以前から他にもHPを持っていて色々なことを教わったものだ。tetywestのHPの壁紙、tetywestのバナー、日記のトップにある流星は全部shilfy1さんに作ってもらったもので、いわばshilfy1さんはtetywestのHPのアート・コーディネーターなのだ(笑)そのshilfy1さんは、旅行記で「楽天トラベル大賞」とかいう賞をかっさらったと思ったら、突然バサッと楽天のHPを閉鎖してしまった。しかし、それ以後もtetywestは「ミカンつながり」と言うことで今のHP、「南風とわんこの部屋」に通っている。当時、shilfy1さんの旅行記は東南アジアものが多く、実に面白かった。その名作の数々は今もshilfy1さんのHPで読むことが出来る。今までshilfy1さんとはかなり頻繁に掲示板でやり取りを交わしていたのだが、その博学ぶりに舌を巻いていたtetywestだった。それから1年くらい後にtetywestの公開ミカンを注文してくれたので、名前と住所は知っていた。しかし、実際に会うのは今度が初めてなのだ。HPの雰囲気からtetywestにはある程度の「shilfy1さん像」が出来上がっている。今回はそのイメージと、実際のギャップがどれくらいあるのかも興味深々だった。しばらく待っていると、銀色のファンカーゴが駅前に向かってくる。乗っているのは女性だ。これはshilfy1さんにまず間違いない。「こんにちは、shilfy1です。わざわざ来ていただいてありがとうございます」「始めまして、tetywestです」確か、初対面の会話はこんなもんだっただろう。さて、それでは実際のshilfy1さんを見たときのtetywestの心のギャップを「あいうえお告白」することにしよう(ジャーン)。☆あ、姐御という雰囲気じゃない!☆い、イラスト通りのスカートだ(笑)☆う、ううっ、若い・・・・☆え、えっ、意外と小柄???☆お、お美しい (ゴリ ゴリ ゴリ ゴリ ゴリ)※明日へと続く・・・
2003年08月09日
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I江君に案内された昼食場所は、南海堺駅前にそびえるリーガロイヤルホテル堺の25階にある「鉄板焼なにわ」だった。店内は高級感が漂い、一目で「高そう(汗)」とわかる。客が少なかったので、我々の案内されたテーブルは海の見える窓の傍だった。すぐ眼下が旧堺港で、その向こうに阪神高速湾岸線が走っている。そのまた向こうは大阪湾で、六甲の山並みから淡路島までを展望できる素晴らしい眺めだ。こうして見ると、大阪は意外と狭く感じる。何を食べるかもすっかりお任せだったのだが、コースメニューだった。メインディッシュの神戸牛を目の前の鉄板でジュージューと焼いてくれる。デザートにアイスクリームまで付いていた。量は多すぎず少なすぎず、そして味は抜群に美味しかった。I江君、ご馳走さまでした。I江君は某保険会社に勤めている。しかし恥かしながら、tetywestはその保険会社の本社が大阪にあることを知らなかった。今は堺市に自宅を構えているが、入社以来ずっと転勤族だったのだそうだ。tetywestは仕事柄同じ場所に住み続けているので、転勤族がどういうものなのかよく解らない。どちらかと言うと「いろいろな場所に住めてラッキーじゃないの」と思っていたのだが、実際はそうでもないらしい。「一番苦労したのは子供だったと思う」と話してくれた。子供が小学校の頃に、「今度の学校には何年生まで居られるの?」と訊かれたときは不憫で仕方がなかったそうだ。そのために、子供が中学校へ上がるときに奥さんの実家に近い堺市に家を建てて、大阪の私立の学校に通わせたのだそうだ。そして本人は6年間も単身赴任していた。たまたま長崎の事件があった直後だったせいか、「何とか問題も起こさずに、ここまで育ってくれてホッとしているよ」と言う一人っ子の娘さんは、今や大学2年生。「親の気も知らないで青春を謳歌している」らしい。「単身赴任が長かったせいで、こっちへ戻ってから何となく真っ直ぐ家へ帰れなくなった時期があったんだよ」「それまで、会社が終われば後は全部自分の時間だったのが、こっちへ帰るとどうしても家庭の事とかに係わらなくちゃならないだろ。別に何をしなくちゃいけないと言うのは無いんだけど、それが煩わしくてね」これではいけないと懸命にリハビリに励んだ結果(笑)、今では家族一緒の生活にすっかり慣れたのだそうだ。しかし、この春から今度は仕事が忙しくて真っ直ぐ家に帰れない日々が続いているという。「tetywest君は停年が無いからいいよ。ボクなんかもう停年後どうやって暮らそうかと考えてるんだから」「と言われてもねぇ・・・こっちは今の生活に汲々としてて、そんな先のことまで考えるゆとりがないんですよ」お互いの身の上話で、あっという間に1時間が経ってしまった。時計を見るともう2時半だ。ご馳走になったお礼を言って、別れ際に、「そうそう、お互い体に気をつけなくちゃで思い出したけど、T子さんが亡くなったの知ってる?」「えっ!・・・いや全然知らなかった。元気のいい人だったのに・・・」I江君とT子さんは、高校2年のとき同じクラスだったし、大学も、学年と学部は違うのだが同じだったのだ。「やっぱり、お互い体に気をつけなくちゃ」と、次回の同窓会での再会を約束して堺駅前でI江君と別れた。
2003年08月08日
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やっと、「旅行記モード」に戻ったところだったのですが、昨夜面白いネタが飛び込んできました。発信元は「高校の同窓会」で「ツーショット・ヒーロー」と異名をとる(笑)、T岡君です。まず、朝日新聞の記事の件の報告がありました。関西では8月2日(土)の夕刊に大きく写真付きで載っていたそうです。・・・そうなると、一番遅れているのはtetywestの地元ということやんか・・・(涙)その次に、「関東と関西の文化の違い・・・痴漢編」が書いてありました。これは一読の価値あり(笑)、ぜひ皆さんにご紹介したいと思いましたので、本日は「旅行記」を中断致します。※T岡君の名誉のために敢えて付け加えますが、「決して自分の体験談ではない」そうです(爆)。--------------------------------- ミミズ・ナメクジ・カタツムリ・ワラジムシなどの湿性動物は、昼間に外敵が多く体内水分の蒸発も伴うため夜行性である。同様に湿った欲望を内在させている痴漢は、同じく夜型なのか、それとも朝型なのだろうか? 痴漢にあう時間帯のアンケートを見ていちばん興味深いのは、関東のOLと関西のOLとの違いである。 関東のOLの場合は全体の50%が朝7~8時に集中しているのに比べ、関西では11%と低い。また、昼は関東で6%と極端に減るが、関西では22%と倍増する。これが夕方5~7時では、関東の場合16%と昼より少しは盛り返すが、関西は33%と測ったように朝の3倍に伸びる。夜8~9時で、関東は20%、関西は11%。10時以降は関東10%、関西22%。これを分析すると、関東のOLがあう痴漢というのは、中年が83%で職業は90%がサラリーマンである。 関東の痴漢はほとんどが中年のサラリーマンと言い切ってよい。彼らは中間管理職で、1~2時間かけて通勤する。仕事が終わっても無茶な大酒も飲まず比較的規則正しい生活を送っている。だから朝は元気だ。遠いところから通っているから朝起きてすぐは眠いが、長い通勤時間の中で少しずつ体が起きてくる。都心の地下鉄に乗り換える頃にはすっかり痴漢をする準備は整っているわけだ。しかし昼は会社にいるから電車に乗らない。また、会社では精神衛生上よくない責任を背負わされ、退社時にはすっかり疲れきっている。電車には乗るが痴漢する気力は使い果たしているのだった。 関西のOLの場合、痴漢の年齢は若者と中年でちょうど50%ずつ二分している。職業もサラリーマンは55%と関東に比べると低い。若者は朝は眠い。朝より昼が多いのは営業で外を回る人がやるということもあるだろう。また東京に比べると仕事で溜まるストレスも少ないのかもしれない。だから「さあ仕事も終わったしひとつ痴漢でもしてやるか」と考えても不思議はない。関東の場合は朝昼夕とバラバラな数字には見えるが、理由を推理すると明快でわかりやすいストーリーが浮かんでくる。対して関西の場合11%、22%、33%と実に規則的な伸びを示しながら、原因は漠然としてつかみどころがない。これもある種関東人と関西人の性格の典型的な違いかもしれない。 逆に季節に関しては、関東で春20%、夏20%、秋0%、冬6%、季節問わずが50%に比べ、関西は春22%、夏44%、秋0%、冬11%、季節問わず22%となっている。しかしこれも関東の無季節に対して関西がナイーブと考えればやはり出来過ぎた答えとも思えるだろう。共に秋0%というのは不思議だが、これは夏の暑さにうんざりしてのインターバルと解釈できなくもない。あるいは少しずつ肌を隠していかれてシラケルということもありそうだ。---------------------------------昨日東京の同級生が「東西文化論」を持ち出すと、すぐ大阪からこんな反応が返ってくるとは・・・tetywest、素晴らしい同級生に恵まれてつくづく幸せです(ゴリゴリ・・・《○マを摺る音》・・・笑)。しかし、痴漢にナイーブはないやろ・・・・
2003年08月07日
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昨日の日記のことで、東京に住んでいる同級生から「東京の朝日新聞には載ってなかった」とメールが送られてきました。「清さんの記事を載せないとは、東京は文化が遅れている」のだそうです。そうおっしゃるのは誰あろう、R子さんがもう一方の手を繋いだ伸夫君です(笑)※しばらく「同志会の旅」を書かないと、どこまで書いたのか忘れてしまいました。頭の中を「旅行記モード」に戻すのに一苦労です(汗)---------------------------------堺市博物館の次のコーナーは、「産業・文化」だった。堺と言えば「刃物」を連想するtetywestだが、予想通り「包丁の製作工程」が展示されていた。それよりも、このコーナーで意外だったのは、「山車」が展示されていたことだ。祇園の山鉾にも、長浜の曳山にも似ている。展示されていた山鉾は復元されたものだそうだが、金糸で刺繍された幕が美しい。おそらくこの山鉾の起源もどこかに書かれてあったのだろうが、tetywestは見つけることが出来なかった。現在では祭りに山鉾は出ていないようだ。それより、もっと意外だったのは、次の「祈り・祭り」のコーナーで「ちょうさ」に対面したことだった。いや、正確には「ちょうさ」はtetywestの地方の呼び方で、大阪では「ふとん太鼓」というのだが・・・実を言うとtetywestの感覚では、「岸和田のだんじり」があまりにも有名なために、大阪南部地方の祭りはどこでも「だんじり」が出るのだろうと思っていた。そう思いながら「ふとん太鼓」の説明書きを読むと、やっぱり昔はこの地方も「だんじり」だったのだ。ところが町の路地が狭く、祭りの度に喧嘩や怪我人が続出するので、戦後になっておとなしい「ふとん太鼓」に変わったらしい。どうも祭りに「ちょうさ」や「太鼓台」や「ふとん太鼓」と呼ばれるものが奉納されるのは瀬戸内海一帯に限られているようだ。それぞれの地方によって飾り付けが少しずつ異なっている。tetywestの感覚では西に行くほど装飾に凝ったものが多いようだ。いつか暇になれば「ちょうさ」の由来や分布状況を調べてみるのも面白いかも知れない。本当に時間を気にせずゆっくりと博物館をまわり、出てきたのはちょうど12時だった。I江君が、「これから、食事に行こう」と言うのを無理やり、「茶室も見たい」と付き合わせてしまい、その後「日本庭園」へも足を伸ばしてしまった。仁徳天皇陵の付近は、堺市がかなりお金をかけて市民の憩いの場所として整備されている。「日本庭園」には、まるで深山に紛れ込んだようなせせらぎが流れているし、茶室の庭にある木々もきれいに刈り込まれて、何と水琴窟まであるではないか。じっと意識を集中しないと聞こえないかすかな音なのだが、その音色は「癒し」そのものだった。ただ、こんなに広い公園も土曜日なのに散策する人はまばらで、絶対に赤字経営に違いない。I江君の言うように「仁徳天皇陵」を見下ろせる展望台があれば、もっと堺市の素晴らしさを世間にアピールできるのかもしれない。
2003年08月06日
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昨日、昼休みに同級生のR子さんから電話がかかってきました。「もしもしtetywest君、昨日の朝日新聞にな、清(きよ)っさんが載っとんで」清君は、これも高校時代の同級生です。R子さんは幼稚園時代からの幼馴染で、「私はな、伸夫君と清っさんと両手を繋いで幼稚園に通うたんやきんな」と言うくらい深い関係なのです(笑)。まさか清君が事件を起こして新聞に載るわけはないと思ったのですが、「何の記事で載っとん?」と訊きくと、「落語の話やけどな、新聞の4分の1くらいに大きに載っとんで。顔写真も載っとるしな」と、あまり要領を得ません。「それなら、後でFAXで送ってよ」と頼んだのですが、昼寝から覚めてみると郵便受けにその新聞が置いてありました。入れてあるケースには「A明高速印刷」のロゴが・・・・R子さんは、同級生のM石君をメッセンジャーにして、tetywestに「清君の記事を『観一21のメールリスト』に流せ!」と言うわけです(笑)昨夜は、この記事のインプットに時間をかけてしまいましたので、HPにも同じものを掲載します(汗)8月3日(日曜日)朝日新聞21面のトップ記事です。---------------------------------上方落語の祖・露の五郎兵衛没後300年今に生きる「辻咄」の伝統ちょうど300年前、元禄16年(1703年)は芸能史にとって大きな意味をもつ年だった。2月4日は赤穂の浪士たちの切腹。5月7日からは道頓堀竹本座で「曽根崎心中」が上演された。この作品の発端、生玉境内の場で、お初を連れ出した田舎客が見に行ったのは、当時生玉神社で落とし咄(ばなし)や物真似(ものまね)を演じていた米沢彦八の芸であった。近松玄作に彦八の名は出てこないが、絵本の挿絵にははっきり彦八が描かれている。彦八を大阪落語の祖とすれば、京都の落語家の祖が露の五郎兵衛であった。彦八よりやや早く活躍した五郎兵衛は、この年の秋に没した。今年は、没後300年に当るのである。 ○ ○ ○ ○ ○ ○彼の落とし咄は、数種の種本となって残っており、その内容の概略をうかがうことができる。最も著名な『軽口(かるくち)露がはなし』は、京都誓願寺の僧、安楽庵策伝の『醒睡笑』から採った咄が3分の1ほど占めている。このことは、彼の創作能力を疑うことにもなるが、裏を返せば、普遍的な笑話を当世風に作り替え、平易で根元的な笑いを重視したということにもなろう。文字で残された咄本からは、彼のしぐさや口吻(こうふん)は伝わりがたい。しかし、京都における人気の高さから見て、簡略な文体からはうかがえない話術の魅力があったにちがいない。元禄2年(1689)の浮世草子『都名物男』には「今の京に物まねを業として世をわたる者おほき中に、露の五郎兵衛が軽口、幸男が人まね、権兵衛が江戸万歳・・・」と、京都で活躍した諸芸人の名人の名が列挙される。その第一に、彼の軽口があげられているのである。彼はもともと日蓮宗の談義僧であったが、還俗して芸人になったといわれる。晩年、再び法体して「露休」を名乗った。没後出版された『露休置土産』をみると、今日の落語につながる咄がいくつかみられる。新鮮な猪(いのしし)肉を求めにきた買い手に、猟師は今撃ったばかりの猪を見せるが、買い手は弾の跡が見えないので古いのではないかと疑う。二人が言い争っているうち、気絶していただけの猪が逃げ出したため、猟師が「あのあたらしさを御覧ぜ」と言う咄(「池田の猪(しし)買い」)。酔って帰ってきた息子に酔った親父(おやじ)が、おまえのようなやつにこの家は譲れないという。息子はこんなぐるぐる回る家はもらわなくてもいいという。怒った親父がおまえの面は二つに見えると言う咄(「親子酒」)。ほかに「辻占(つじうら)茶屋」「四人癖」「道具屋」など、五郎兵衛の笑術が一席の落語となって、今日の高座にしばしばかけられているのである。 ○ ○ ○ ○ ○ ○江戸時代の落語家に共通して言えることだが、彼も落とし咄だけを演じていたのではなかった。判じ物という謎も得意としていたらしい。紙に「い」の字の半分を白抜きにして書き、何と読むかと客に問いかける。答えられない客に、これは岩井半四郎(「い」は「い」、半白)と解いてみせるという類である。また、歌舞伎を物真似で演じるという芸も演じていた。役者評判記『役者口三味線』には、吝嗇(りんしょく)な人が歌舞伎見物は贅沢(ぜいたく)と思い、露の五郎兵衛の「辻放下(つじほうか)」で歌舞伎を見覚え、それさえ銭を出さずに見逃げするという話が出てくる。今日いうところの芝居咄を演じていたことがわかる。同じ頃、江戸では鹿野武左衛門が座敷で、筋のある咄をじっくり聞かせていた。その座敷咄に対して、五郎兵衛の咄は「辻咄」と呼ばれる。時に貴人の席に招かれて座敷で演じることもあったが、平素は北野天満宮境内や祇園真葛(まくず)ヶ原、四条河原などで床几(しょうぎ)に据(す)わって、道行く人の足を止めて演じていた。そうした場所では、笑いの多い短い咄でなければ受け入れられがたい。聴衆の歓心を買う努力も惜しまなかった。辻咄の伝統は、親しみやすく賑(にぎ)やかで笑いの多い上方落語に、今日も色濃く残っていると思われるのである。---------------------------------O田清(梅花女子大教授・近世芸能史)大阪大学大学院博士課程単位取得退学。著書に『上方板歌舞伎関係一枚摺考』(清文堂出版)、論文に「咄家の流行唄」「上方落語の特質」など。---------------------------------
2003年08月05日
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今朝、毎年1回受けている健康診断の結果を受け取りに行きました。検査結果は「親展」と書かれた封筒に入っています。tetywestは去年8月に「全国柑橘研究大会」で「朝フル」の話を聞て以来、それを実行してきました。その結果が今顕かになるわけです。tetywestが受けている健康診断はJAの組合員を対象にしたもので、巡回バスが支部まで来てくれます。今年は7月17日でした。そして、約2週間後にその結果を再び支部で受け取るのです。その時に、結果に基づいた食生活などのアドバイスも受けるのです。部屋に入ってtetywestの名前が書かれた「親展」の封筒を見たとき、少し安心しました。と言うのは、もし精密検査や再検査が必要な場合、「親展」の封筒と一緒に、茶色の封筒が付いていますが、今回はそれがなかったのです。早速、封を切って中を確かめます。B4用紙いっぱいに数字が並んでいます。3年間のデータを並べてくれてあるので、去年に比べてどうなのかも一目でわかります。・・・で、結果は・・・・「指導区分」・・・・2わずかに基準値をはずれていますが、日常生活に差支えありません。「指導メッセージ」・・・今回の検査範囲では特に指導を要する問題はありません。やれやれ、ホッとしました。細かく調べてみると、特に「脂質」の項目で去年より数値が良くなっています。tetywestはもともと総コレステロールが基準値を10mg程超えているのですが、これは今年も変わりませんでした。ただ、中性脂肪は44mg減少、善玉コレステロールは4.5mg増加、悪玉コレステロールは変化なしでした。悪玉コレステロールを後15mg減らせれば、完璧なんですけど・・・・。それと腹部超音波で去年は「脂肪肝」と診断されましたが、今年は「正常範囲」に改善されました。以上が、1年間「朝フル」を実行した結果です。しかし、tetywestはそれほど真面目に「朝フル」をやったわけではありません。秋から冬の間はミカンが豊富にあるために食材には苦労しません(笑)。問題は5月、そして7月でした。食べる果物がないのです(笑)そこで、またパン食が復活しました。しかし、パンに塗るのはマーガリンではなく自家製の「八朔ジャム」にしました。これは、その時期に残っている柑橘類は八朔しかなかったために仕方なく作ったのですが、食べ始めるとその「苦味」にすっかりはまってしまいました。まさしく「大人の味」ですね。7月はビワで作ったジャムで凌ぎました(笑)こちらはちょっと甘すぎですが・・・8月になれば、モモ、スイカ、ブドウ、ナシ・・・・と食材が増えますので、もう安心です。皆さんも、始めるなら今がチャンスですよ(笑)
2003年08月04日
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ダイオキシン問題と同じ頃、日本ではもう一つ除草剤が悪者になる報道がありました。「パラコート中毒」です。これは現在でも農薬中毒の中で最も致死率が高く、まだ治療法が確立していないのだそうですが、当時は農家にそのような知識がなかったために、誤って飲んだり、薬液を浴びて死亡する事故が続けざまに起こりました。そうなると今度は、「除草剤=死ぬほど怖い」という思考回路ができあがってしまったのです。これも実際には直接除草剤を飲んだ人と、除草剤を散布していた人に起こった事故であり、その除草剤を散布した農作物を食べた人には何の影響もなかったのですが・・・こうして消費者に「除草剤=悪者」というレッテルを貼られたまま、それでも現実には除草剤は使われ続けているのです。現在、水田以外の、いわゆる「畑」で使われている除草剤はほとんど「ラウンドアップ(モンサントの登録商標)」です。この除草剤は日本だけでなく世界中で一番多く使われています。数年前に特許が切れましたので、類似品も多く出回っています。おっと、「類似品」というのは正確ではありません。どの除草剤にも、成分含有率:成分:グリホサートのイソプロピルアミン塩 .......41.0%(IUPAC名・イソプロピルアンモニウム=N-(ホスホノメチル)グリシナート)その他の成分:水、界面活性剤等 .......59.0%と表示されています。違うのはおそらく「界面活性剤」の成分でしょうが、「界面活性剤」は「台所用中性洗剤」とほぼ同じ成分と効用ですから、どの除草剤も同じものだと言っても間違いではないのです。「ラウンドアップ」のHPには次のようにその安全性が強調されています。歴史を変えた画期的な除草剤の出現"ラウンドアップ"除草剤は、1970年、米国の大手化学メーカーのモンサント社によって創製・開発され、画期的な除草剤で、それまでの除草剤(農薬)の概念を破る歴史的な除草剤の出現でもありました。"ラウンドアップ"除草剤の成分"グリホサート"は、「安全性が高く、無残留性のアミノ酸系物質で、植物の栄養生理機構を最大利用して、"雑草の葉から入って根まで枯らす"茎葉吸収移行作用で、殆どすべての雑草や雑かん木類を枯殺する強力な除草剤です。一方土壌に落下すると直ちに不活性化し、そして速やかに自然物へ分解・消失し、環境に優しい」・・・理想的な除草剤の出現でした。これをそのまま信用する・しないは皆さんの自由です。確かに、これほど安全だと言われた「グリホサート」も、最近ではいろいろと問題が報告されています。主に環境への影響を指摘されているようですが、これは肥料や、台所から出る油でさえも水質を汚染するのですから、除草剤だから特別悪いというものではありません。現場で農作業をしているtetywestが、ここで特に強調したいのは、「除草剤を使わなければ、農家は昔のような重労働をしなければならない」ということなのです。農家にとってこれほどすばらしい除草剤が存在するのに、それを「使うな」と言う権利が一体誰にあるのでしょう?それでも、「除草剤を使った食べ物は食べたくない」とおっしゃられるのでしたら、同時に、その願望がどれほどのコストを必要とするのかも十分理解していただきたいと思うのです。ぜひ一度tetywestの家に来て、真夏の炎天下での除草作業を体験して下さい。連絡お待ちしております(笑)
2003年08月03日
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昨日も書いたように、日本は温帯モンスーン気候に属していますから、夏は温度が高く雨が多いのです。そして、そこでは雑草が「野武士」のように繁殖するわけです。いくらtetywestが「草生栽培」をやっているからと言って、一年中ミカン園が草に覆われているわけではありません。夏から秋にかけてはミカンの果実が肥大して、糖度が増える季節ですから、雑草との水分や養分の競合はないほうが良いですし、土壌を早く乾燥させて美味しいミカンに仕上げるためには雑草が生えていない方が良いのです。 そこで、昔から夏のミカン園の農作業といえば「除草」でした。今から40年ほど前までは除草剤というものが存在しませんでしたから、農家は夏中「カナ」と呼ばれる幅の広い鍬を使って草を削っていたのです。ところが、50年ほど前から、夏の農作業がもう一つ増える事になりました。それは「摘果」です。小さな果実や、傷のついた果実を夏の間に落としてしまえば、秋に収穫する果実は大きくてきれいになるために、この栽培技術は一挙に全国に普及したのです。そうすると農家にしてみれば、今までやっていた「除草」作業を何とか早く終わらせて、「摘果」作業をやらなければなりません。そんな時に登場したのが「除草剤」だったのです。手作業で「除草」をやった場合、1日に約7aの面積が除草できます。除草剤だと、これが50aもできてしまうのです。作業能率が一挙に7倍も向上する訳ですから、「除草剤」は全国のミカン農家にあっという間に普及しました。まさに「除草剤は農家の福音」だったのです。それに、当時は農薬問題なんて誰も考えていませんでしたし・・・こうして、ミカン農家は夏に「除草」と「摘果」の両方の作業ができるようになりました。ところが、今から20年ほど前に除草剤が決定的な悪者になる報道が行われたのです。それは、ベトナム戦争で大量に散布された「枯葉剤」の影響で生まれたシャム双生児の「ベトちゃん・ドクちゃん」でした。「ダイオキシン」という猛毒の物質が世間に知れ渡ったのもこの時です。しかし、報道は「センセーショナル」であればあるほど価値があるわけですが、後のフォローが十分だとは言い難い面があります。除草剤もまさしくそのパターンでした。「枯葉剤にダイオキシンが含まれる」 という報道を聞いた人々は、ほとんど直感的に、「除草剤=ダイオキシン」 と考えてしまったのです。そして、その意識は今も根強く残っているようです。実際には、ダイオキシン自体は枯葉剤ではなく、枯葉剤の主な成分である除草剤を製造する過程で発生する不純物なのです。もっと詳しく言うと、ダイオキシンというのは通称で、正式には「ポリ塩化ジベンゾパラジオキシン」、略して「PCDD」と呼ばれている物質です。そして、枯葉剤として使われた「245T」という除草剤の中に含まれていました。この除草剤は日本でも水田用として使用されていたことがありますが、1971年以降製造・使用が禁止となっています。もちろん、現在農家が使っている除草剤には一切「ダイオキシン」は含まれていませんし、ミカン農家に限れば昔から一度も使った事はなかったのです。明日も、除草剤についてもう少しお付き合いくださいね。
2003年08月02日
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ようやく梅雨が明けて暑くなってきました。旅行記の途中ですが、tetywestは毎日ミカン園に除草剤を散布しています。もうずいぶん昔の事なので誰から聞いた話だったのか、確かな事は覚えていないのですが、たぶんゼミの恩師からだったと思います。「イギリスはやっぱり紳士の国なんだよ、雑草の生え方まで実に紳士的なのだ。それに比べると日本の雑草はまるで野武士のようだね」これを聞いた時、tetywestは無性にその雑草を見るためにイギリスへ行きたくなった事を覚えているのですが、未だに実現していません。まあ今では、降水量が少なく、気温の年較差が小さい西岸海洋性気候の特徴として雑草が繁茂しないだろうという事は、実際に行かなくても予想出来るようになりました(笑)ところで、日本の農民は昔から雑草を邪魔者扱いしてきました。農作業とは、実は雑草との戦いだったと言っても過言ではないでしょう。「精農は草を見ずして草を取り、中農は草を見てから草を取り、惰農は草を見て草を取らず」という有名な諺があるくらいですから。で、えらそうな日記を書いているtetywestのミカン園はさぞ綺麗だろうとお思いでしょうか?実は「惰農」も驚くほど草が生い茂っているのです(笑)。特に今年は7月に雨が多くて除草剤の散布が遅れましたから、場所によっては草がミカンの樹を覆ってしまっています。まさしく「野武士」の繁殖力ですね。何故そんなになるまで草を茂らせるのかと言いますと、実は「草生栽培」という栽培管理技術の一つなのです。温帯モンスーン気候である日本では、梅雨の末期に激しい雨が降る事があります。その時、傾斜地にあるミカン園の地面が裸地(草が生えていない状態)ですと、土壌が流亡してしまうのです。草が生えていると、その根がしっかりと土壌を掴んでくれていますから、多少の豪雨でも土壌は流亡しません。もう一つ昔の農家が雑草を嫌った理由は、作物が吸収するはずの大切な肥料を雑草が吸収するからなのですが、これもお金で肥料が買える現代ではあまり説得力はありませんね。ただ、雑草の生い茂ったミカン園はいかにも園主が「怠け者」のように見えるのは間違いありません。tetywestと家内はいつもこの件に関して意見が対立しています。もちろん、雑草を一刻も早く退治したいのは家内の方です(笑)明日は、消費者の皆さんにとても評判の悪い「除草剤」について、tetywestの「現場の言い分」を聞いていただきたいと思います。
2003年08月01日
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