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中3生が10名、高校生が6名、がテスト勉強中。小学生が5名、通常授業中。小学生の合間に、中3生から数学の質問。高校生からも数学の質問。解説の途中に、小学生が「出来ました」。すぐそちらにかかる。中3生が「コピーお願いします」『自分でやってくれ』「やり方分かりません」コピーに走る。また、小学生が「出来ました」。すぐそちらにかかる。高校生が「コピーお願いします」『自分でやってくれ』「やり方分かりません」コピーに走る。こんなときに限って、途中電話が鳴る。応対。こんなときに限って、宅急便が来る。受け取り。こんなときに限って、チャイムが鳴る。『ゥワァー、もう目が回る』イヤー、私の場合ほんとに「めまい」がくるんです。前向いて、横向いて、後ろ振り返ったら、「グルグル」。おーい。誰か助けてくれぇー
2006/11/30
テスト期間中だというのに、「できない子」は、やはりやっていない。塾でのテスト勉強にも来ない。もう、感覚が麻痺してしまっているのだろうか?答えを写したら「終わった」と思っているのだろうか?勉強が生理的に受け付けないのだろうか?どうでもいいやと投げやりなんだろうか?テストのたびに「できる子」と「できない子」の差が広がってくる。3年間積み重ねたらこの差は大きい。取り返しの付かない差となってしまう。学力の差は、遺伝なのだろうか?環境なのだろうか?やる気の無さは、遺伝なのだろうか?環境なのだろうか?集中力のなさは、遺伝なのだろうか?環境なのだろうか?「できる子」は環境だと言う。「できない子」は遺伝だと逃げる。しかし、たかだか中学の薄っぺらい内容と知識。こんなテストに「学力の遺伝も環境も」関係ない。勉強した延べ時間数+集中力に比例すると私は断言する。なぜ?私が身をもって経験してきたことだから。1000%断言できる。
2006/11/30
昨夜、夜9時から中3塾生との三者懇談を行った。やはり、たっぷり1時間はかかる。学校の懇談は約15分。ただ「がんばれよ」のアドバイスだったそうだ。もっと具体的に、突っ込まないとお互い納得しないだろうに。今日は、お母様も本人もしっかり納得していただいた。目標も計画も決めることが出来た。満足した笑顔で帰っていただくことが出来た。実りある懇談だったと思う。よかった。そして、その場で、中1生の弟さんの入塾も決めてくださった。今度の土曜日から通塾だ。楽しみがまた一つ増えた。最近はほとんどこうした兄弟の入塾が多い。本当に、「ありがとうございます」と感謝の気持ちでいっぱいだ。聞けば、大学生の姉、高3生の姉、中3生の本人、中1生の弟。こりゃ学費だけで大変だ。私もこのご期待に沿えるよう全身全霊をささげて指導させていただきます。 さて、日本の学費は世界一高いらしい、。Miyajuku塾長のブログで教えていただいた。また、大学の学費を無料にする方法も具体的数字を示してお書きになっていた。さすがですね。私みたいながさつな男とは違いますね、何よりもまず教養が違う。すばらしいご提案でした。もう、次期・文部科学大臣は「宮崎塾長」にお任せしましょうね。伊吹文明・大臣、この記事を読んでくれ。
2006/11/30
テスト週間突入。H中は中3のみ29日、30日、1日。一人だけ風邪でダウン。今日のテストは受けれなかったそうだ。心配したが、今日はちょっと回復し、今もテスト勉強に集中している。ヤレヤレ。明日の国語、英語の予想問題プリントを渡した。〔提出物の終わった子のみ〕国語のテスト範囲表を見てびっくり。134P~136P。『何だこれ?』。しかも、しかも、ですよ。「高瀬舟」の項、64P~77Pは、授業で全くやってないという。『どういうこと?』子供たちに尋ねると、国語の先生が『自分でやっとけ!』だって。じゃ、今まで、授業はたった3Pしかやってないんか。だめだこりゃS中は5日、6日、7日。テスト範囲表に「提出物期限は各教科とも7日」。は、は~ん。だから、テスト終了日の午後に必死で答えを写しているんだ。間に合うもんね。これもまたダメじゃ。
2006/11/29
午前中、病院に行って、食事して、今帰ってきました。数年前、体調が優れず困っていました。そして、ある時から急に手が震えだして、まともに字も書けなくなってしまいました。食欲旺盛にもかかわらず、1週間で65キロの体重が58キロまで激減です。もう、ちょつと観念しましたね。「もう、末期かな?」。病院で検査すると「糖尿病」との診断。ガァーン。〔でもガンでなくてよかった〕医師の指示は「食事制限しなさい」。『あのー、これだけ食べまくって痩せてくるのに、食べなかったら骨になると思うんですが・・』医師は「あー。そうか。ということは他の病気か?」それから精密検査。病名がはっきりした。「甲状腺ホルモン亢進症」。おかげさまで薬だけの投与でほぼ完治しましたが2年間通院しました。その後、また体調が悪いので検査すると、今度は血圧が異常に高くなっていた。それからずっーと、今も、定期的に通院しています。降圧剤、安定剤は欠かすことの出来ない薬となってしまいました。まぁ、「定期的な健康診断」のつもりで通院しています。次回は、血液検査をするそうだ。血圧のことも考えて、子供たちにも穏やかにやろう・・と思っているのですが、時々、爆発してしまう。おだやかにおだやかに
2006/11/29
東京から帰省するたびに連絡をくれる卒塾生のM君。 そのM君が、母校の中学部で体験授業をやった。『先生、とても楽しい、有意義な授業でした。子供たちの目がランランと輝いていました』と報告に来た。彼が体験した中学は県内屈指の進学高校〔中高一貫〕の中学部だ。選りすぐりの精鋭たちばかりだ。彼の母校ということで体験授業が出来たらしい。M君に、『これが中学の実態だと思うなよ。君が体験したのは、ごく一部のエリート集団を相手にした授業だったんだ。残念だね。もっと、地元の中学で体験すべきだったかもな。やる気のない、目があちこち飛んでいて、ダラーッとした雰囲気の中で、燃えるような授業をして欲しかったな。』と伝えた。彼は大学受験で早稲田も慶応も合格したのに、あえて立教大学を選んだ。なぜ?〔この選択に親とかなり揉め、彼も私に相談に来た経緯がある〕親は「早・慶なら学費を出すけど、立教なら出さない」と言い張る。しかし、M君も自分の意思を曲げない。 「立教大学に尊敬する世界史の教授がいる。その教授の授業を受けたい」。とうとう親も折れるしかなかった。彼の夢は、まず、国内で教員資格を取って、来年からアメリカに渡るという。私には分からない分野だが、どうやら国際的な教員免許?を取得したいらしい。アフリカ、ヨーロッパ、アメリカや、学校施設の無いような国に出かけて、『世界中の子供たちに世界史を教えるんだ』・・と燃えている。現在、立教大学・大学院で勉強中だ。がんばれ!夢を叶えろ!また帰ってきたら会おうな。
2006/11/29
ブログの文章にあまり力を入れすぎると、書くことが億劫になってしまいますね。だから、あまり自分を飾らず、思ったこと・考えたことをほとんどありのままの姿で書くことにしています。「下手な文章?」。それで結構です。「幼稚な表現?」。表現は自由です。「考え方が違う?」。当たり前でしょ。「遊び半分?」。ストレス解消ですから。「読みたくない?」。読まなきゃいいんです。「ええ格好するな?」。単なる自己満足ですから。「何が言いたいの?」。独り言ですから。「おもしろくない?」。その意見おもしろい。「ブログらしくない?」。これが私のブログですから。「誤字脱字が多い?」。直しといてください。「文章にコクがない?」。ビールじゃありませんから。「文章に味がない?」。ソースか醤油で召し上がれ。「会話文が下品?」。岡山弁じゃけぇーな。「生意気だ?」。そう思ってれば。「共感する?」。ありがとうございます。「得るものがある?」。赤面、赤面です。「毎日見ています?」。見てくださいね。「参考になります?」。めったにないでしょ。まぁ、こんなとこかな。こんなポリシーで「ブログ」させてもらっています。よろしくお願いいたします。
2006/11/28
私のいとこが大学生〔大阪〕のとき、家庭教師を4軒受け持っていた。4軒とも裕福な家庭で、塾費は1軒当たり5万円を軽く超えたそうだから月に20数万の稼ぎだ。しかも、お風呂と夕食付き。他のアルバイトもやっていたので悠々自適な大学生活だ。自分の稼いだお金で車も買った。そして、卒業して社会人になり、逆に手取り収入が減ったと嘆いていた。ある時、いとこに尋ねた。『今、受け持ってる4軒の子供たちは成績どうだ?』「いゃーもう全く、全然、ダメ。やる気ないしね。俺はバイト代になればいいと割り切っている」と。『高い家庭教師代払って、親御さんに気の毒だな』「いや、そんなこと分かっていると思うよ。どうせできない子だけど、放っておくわけにいかないから、と親も割り切ってるよ」まぁ、本当に色々な家庭と考え方があるものだ。こんなに払ってくれる人がいるから大学生も助かるのだ。「食うものがおれば食われるものもいる」まさに「食物連鎖」だ。大学名で家庭教師ができ、その人に指導してもらえば同じ大学には入れるかのような錯覚に陥っている。中には、「指導してもらう家庭教師の学歴を競っている。」かのような人もいる。『うちは東大生よ。お宅は?だめよ東大生でなきゃ』なんてね。我が地元では『岡大生?で学部は?医学部の子がいいわよ!』なんて会話が聞こえてくる。もう、笑いを通り越して、滑稽だ【名選手=名監督にあらず】
2006/11/28
無料体験学習が当たり前のようになって来ましたね。私も何度かやりましたが、どうもしっくりいかないんです。その理由1 なぜ無料でやるのか。そもそも、塾生は有料で授業に臨んでいるのに無料でやるべきなのか? 2 有料〔500円~1000円〕でやれば「金儲け主義」のように言われる。3 塾での授業は予習形式。従って、体験しても授業内容がちんぷんかんぷん。逆にイメージを悪くすることもある。4 「体験で授業が分かりにくかった」と逆に悪い噂を飛ばす。5 そもそもたった1回の授業で塾の良し悪しを判断できるものではない。と思う。6 かといって、4回も5回も無料体験はやりたくない。7 無料体験をやっていないと「授業に自信がないのか」という意見もある。8 早めに来てもらって、塾長との面談や、塾内の雰囲気などを体験してもらうのは大歓迎ですが、授業には参加してもらっていません。などなど。 また、冷やかし半分で来られたことなどありませんか?そんな時、どのように対応されましたか?そんなことから、我が塾では「入塾を前提とした」体験入塾は受けています。この制度を上手に活用されている方。ご意見を伺いたいのですが、良かったらコメントいただけませんでしょうか?
2006/11/27
昨夜は早めに夕食を終えて、いつもだったら仕事中の時間だなと思いながら午後10時半に「おやすみ」した。やはり、というか。午前6時に目が覚めて、もう眠れない。こっそり起き出して、事務所でゴソゴソしている。皆さんは、どうやらノートパソコンをお持ちのようで、いつでも、どこでも、パソコン開いてブログも書けていいですね。私のはデスクトップなので事務所に来ないとパソコンに向かえません。ブログチェックしてみると、なんだか嫌かことがあった方がブログ中止されたり、休止されたりしている。寂しいことですね。所詮、ブログなんだからと割り切っていても、それはあくまでも第3者的意見であって、非難・攻撃された当事者にとっては、全人格そのものを否定されたように受け取るでしょうね。「気持ちは良く分かります」と言葉をかけるが、実は、当事者ほど身に沁みて分かっていないものです。仮に私がその立場だったら・・・「許さん!相手の家まで乗り込んでいく!」かも知れません。以前、こんなことがあった。ある会合で、私の隣におとなしそうな塾長〔Aさん〕が座っておられた。県南の全県学区の高校について県北の塾長が、たまたまAさんの学区にある高校だったので質問した。『A先生、○○高校の合格基準は模試で420点以上必要でしょうか?』A先生はちょっと戸惑った。私の方に顔を向け「目で助け舟」を求められた。『400点で十分ですよ』と周りに聞こえないように小声でアドバイスした。A先生も頷いて、発表した。『400点で十分だと思います』。すかさず質問者が『400点で受かるわけないでしょ。420点はいりますよ』と反論した。その言い方が断定的でしかも高圧的だった。私は挙手し、その質問者を軽くののしった。『あなたはA先生に質問したんでしょ。その答えが400点なんです。420点と決めつけて言い張るならあなたは何の目的で質問したわけ?質問になってないでしょ。』その質問者は反論も出来ずそのままおとなしくなった。塾の先生、学校の教師にしてもそう。いつも自分の意見を子供たちに言い聞かせているから、自分の意見は常に正しいんだと錯覚してしまう。一般社会に対してもそういう傾向の言動がある。そこで、トラブルが発生する。そういう私も「気をつけなくては」。最近、息子からアドバイスされた。『お父さん、最近、視野が狭くなっているような気がするよ。たまには旅にでも出て見聞を広めてきたら・・・』と。『ハイッ!』、じゃ、お小遣いしっかりくださいね。
2006/11/27
我が塾の中3講座が終わるたびに、ある女の子が玄関先にいた。塾内の友達を待っていたのだ。Yちゃんは家庭教師についていたが、結局、私立高校も県立高校も不合格になった。ところが、担当の家庭教師とは連絡が取れなくなり、学校側も何のフォローもなかった。今後のことを相談する人がいなくなってしまった。『どうしよう?』『どうしよう?』と困っていたので、我が塾生ではないが、ほんのちょっとだけアドバイスはしていた。Yちゃんは、見た目も激しい金髪でいわゆる「ヤンキーのどうしようもない子」と噂されていた。そのYちゃんから、意外にも私に相談を持ちかけられた。結局、「浪人してでも希望の高校に行きたいので、ステップで1年間勉強させて欲しい」とのことだった。私は、母親と本人を呼び〔父親はいなかった〕 まず、金髪をやめさせた。そして、数々の厳しい注文を出して、入塾となった。 それから約1年間、挫折しそうになり、いろいろ手を焼いたが、何とか希望の高校に合格することが出来た。Yちゃんは泣いて喜んでくれた。合格発表後、中学の担当教師に報告するため、Yちゃんと一緒に中学に出かけた。その時、『ステップの先生、よくあの子を一年も面倒見れましたね。私には考えられません』と言われた。『そんなに荒れてたんですか?でも、私の言うことはきちんと聞いてくれましたよ。私はね、ヤンキーの子、大好きなんですよ。基本さえ腐っていなかったらね』・・・その教師は首を傾げて、『私には、どうにもできなかった子なんですけどねぇ・・・』そらそうよ!〔岡田風?〕かける愛情と情熱が違うわな。
2006/11/26
先日〔11月20日〕、『南の海の音がする』さんから、777777人目の訪問者とお知らせを頂いた。ヤッホーなかなか縁起がいいぞたぶん年末ジャンボ宝くじで1等、3億円があたるかもー
2006/11/25
私が「学習塾」をやっているなんて、友達の誰も知らないはずだ。そんな柄でもない。らしい。高校の塾生と話をしていたとき、たまたま柔道の話になった。その高校の柔道の先生の名前を聞いて驚いた。高校時代からのポン友ではないか。同姓同名かとも思ったが、色々な話を聞いていると、「奴」、に違いない。高校生に、塾の先生の名前を言ったらすぐ分かるはずだ、今度伝えてごらん。その後、『何?あいつが塾の先生!・・・そらロクなことにならんわ、おまえらみんなヤメトケ、ヤメトケ』って笑ってましたよ。『このやろう、おまえとこの高校も教師がろくなもんじゃねぇ。今後、うちの塾からは受けさせん!』と伝えといてくれ。 その高校生曰く『あの先生はとにかく強すぎる、捕まえられたら最後、ピクッとも身動きできない』と言っていた。184センチ・100キロ。確かに、とにかくごつい。もう、名誉段になっているだろう。高校の時一緒につるんでいた仲間だ。さまざまな事件も起こったなぁ。「修学旅行事件」「指飛ばし事件」「チンピラ対決事件」・・・懐かしかった。この4月の移動で私たちの地元の母校に転任した。今度は勝って知ったる場所なので、また「親分風」吹かしているだろう。アホかぁーっ
2006/11/25
私が着いたとき、息子はすでに打席で打っていた。横で何やら見知らぬオッチャンがアドバイスしていた。「誰かな?」と思いながらと隣の打席に入った。先日パターの練習中にアドバイスしてくれたオッチャンだと知らされた。息子につきっきりでアドバイスしている。その方はやはりシングルさんだった。ついでに、私もずーっと悩みの種だったことを相談してみた。快くその修正点をアドバイスされた。しかし、意識して打ってみるもののなかなか思うように飛ばない。その方は『おかしいなぁ・・』と笑っている。自ら手本を見せてくれる。なるほど。分かった。しかし、すぐには思うように出来ない。『もう、お父さんはそれ位でいいんじゃない、僕は息子さんにうまくなってもらいたいんだ』と諦めたようだ。『出来る人から見たら、出来ない人が不思議でしょ』と笑った。本音だ。我々の仕事にも当てはまる。しかし、なんだかポイントはつかめた感覚がある。隣ではアドバイスが効いたのか「火の玉」のごとく「唸り」をあげて飛んでいってる。それを見て、クソーッ。力が入る。またミスをする。繰り返しだ。年配の人は若者に『ゴルフはあがってなんぼ』と言い。若者は年配者に『ゴルフは飛んでなんぼ』と言い返す。私は欲張りだから「どっちも欲しいんですが・・」トホホ。
2006/11/24
H中で成績トップのK君が泣きべそかきながら私に言った。 『先生、こんなことってありますか?自分〔教師〕が僕のワークを無くしといて、最初から全部やり直して提出しなさい。だって。』見ると、真新しい理科のワークを手にしている。私は『この前全部やり終えて提出したんじゃなかったのか』と確認した。『それが・・僕はちゃんと提出したのに、理科の先生が、僕のワークだけ探してもないと言い張るんです。全員提出して数まで確認していたのに・・』もう一度、K君に『確かに、範囲を全部終わらせたのは認める。ただ、提出を忘れたんじゃないか?』と尋ねた。K君は涙目で『絶対に提出しました。先生が無くしてしまったんです。』と断言した。私も、K君がテスト勉強にやって来て理科のワークをやっていたを知っている。『よし、分かった。俺が学校に行って事情を説明してもらう』。と中学校に乗り込んだ。担当教師は私の怒りに満ちた顔に圧倒されたのか、すんなり自分の非を認めた。私が出る前に、なぜ生徒の言葉を信じなかったのか。信じようとしなかったのか。その辺の考え方が気にくわぬ。このように、たまに中学校の職員室を訪れることがある。『お忙しいところ申し訳ありません。ちょつとお邪魔させていただきます』と挨拶しても、一様にみんな「誰?」というような怪訝な顔つきで私を見る。誰一人挨拶さえしてくれない。担当教師の前で『はじめまして、○○と申します』と名刺を渡すが、片手で「フン」といった態度で受け取り、私の頭から足先までじろじろ見回す。「あのねぇー、名刺交換の仕方教えてあげようか!あんたら、何様と思ってるん?」といつも思う。教師である前に「社会人」でしょ。全員とは言わないが、こうした態度の教師が多いことは確かだ。
2006/11/24
学校の課題〔ワーク含む〕の出し方に首を傾げる。中学のテスト評価は各教科ペーパーテスト70点+提出物が30点。したがってペーパーテストが0点であっても提出物さえやっておけば30点取れる。だから、子供たちは30点をもらうために、がむしゃらに、単に答えを写す。終わってから自分で適当に○付けをやっている。〔もう、盲目的に○を付けていく〕教師も「見ました!」と単にくだらんゴム印を押すだけ。最悪の勉強法だ。こんな提出物なんか無くしてしまえ!昔はどうだったか?振り返ってみると、私たちの時、宿題はあったが、こういう「提出物はゼロ」だった。ような気がする。各自、自分に合ったレベルの問題集なり参考書を書店で買い求めていた。だから、良く出来る奴がどんな問題集を使っているか、とても気になったものだ。高校でも提出物はなかった。各自、気に入った問題集なり参考書を買って自分なりにこなしていた。「赤」か「青」の「チャート式」を使う子が多かった記憶がある。友人の中学校教師が「ワーク代を徴収するとき、ご父兄に気の毒だなって思うんですよ。だって、答えを写すだけの子がほとんどでしょ。教師もそんなこと分かっているんですけどね・・・」と嘆いておられた。もう提出物なし。宿題なし。各自好きなようにやれ。これでいいんじゃない?塾で強制的にテスト勉強させても「一時的」なもの。与えられなきゃやらない子の出来上がり。じゃないかなと・・・私は思う。答えを丸写しするような子は、外で遊んでいるほうが健康にもいいしね。 今日は祭日なので塾はお休み。さぁ、ゴルフの練習場でも行ってくるか
2006/11/23
昨日、期末テストの日程を問い合わせて「分かりません」と言われた中学に今日とどめの問い合わせをした。『○○と申します。昨日もお問い合わせさせてもらったのですが、わかりません、とのことだったので、再度お電話させていただきました。大変恐縮ですが、今回の期末テストの日程を教えていただけませんか?』「あのー、えーっと、ちょっと待ってもらえますか」・・・やっぱりな「お待たせしました。ちょっと確かな記憶じゃないんじゃけど、確か、12月14日からじゃったかなぁー」・・・言葉遣いも知らん『そちらには、予定表も作っていないんですか』・・・ちょっと腹が立ってきた『職員室ならそれくらいのこと書いてるでしょ』・・・ちょつとだけ声が大きくなってきた「いやー、来月のことはまだ書いてないんじゃけど」・・・この男の人・掃除のパートの方?『周りにいる誰かに聞いてみたらどうなんですか』・・・だいぶハイトーンに。「あっ、そうそう、ホームページ見たら載っとると思うわ」・・・あんたは俺の友達か『あっそうなん。ほんじゃ、それを見るわ。アリガトネッ』・・・もう、こちらもタメ口で応酬・・・ あーぁ。これが中学生を教える教師の電話対応だろうか。私が以前勤めていた会社だったら。厳しく説教されるだろう。いやいや間違ってもそんな対応をする社員は皆無だったけどね。〔会話部分が岡山弁なのでご勘弁を〕
2006/11/22
実は、私、中2まで近所の個人の英語塾に通っていたんです。塾長は太ったダルマみたいな怖い先生でした。私はあまりまじめな塾生ではなかったようで、よく叱られていた。今では当時の記憶を詳細に再現できませんが、何かゴソゴソ悪いことをしていたらしい。〔何をしていたのか記憶にないが、かなり先生の気分を害することをやったのだろう〕突然、先生が私の席にやって来て怒鳴りつけた。『オマエみたいな奴はクビじゃあー。帰れーっ!』と、玄関先に私のテキストを投げ捨てた。強制退塾だ。当時、血気盛んな頃だった私は、先生に言い返した。『辞めたるわこんな塾。その代わりな、塾やめてもな、今度の中間テストでな、絶対英語で1番取ったるからな。覚えとれよ。』と捨て台詞を吐いて、おまけに、テキストを先生めがけて思いっきり投げ返した。『もう要らんわ、こんなテキスト』 それからしばらくして、田舎の小さな街中なので、偶然、先生とばったり出会った。「あー、マズイ」と思ったら、先生の方から『やったな。1番だって!聞いたよ、よくがんばったな』と声かけられた。『ハイッ』というのが当時の私には精一杯の言葉だった。ほんとにひどいことを言ってしまった。と子供心にすごく反省した。それから数ヵ月後、先生は亡くなられた。今思えば、先生は私の「恩師」だったに違いない。
2006/11/22
こちらは期末テストの日程が遅い。S中が【12月5日・6日・7日】H中が中3のみ【11月29日・30日・1日】中1・2が【12月12日・13日・14日】もう一つの中学に問い合わせてみたら、『少々お待ちください』・・・・・無愛想『お待たせしました』・・・待たせすぎじゃ『担当者がいないので分かりません』・・・・だと『エッ?分かる人が一人もいないんですか?』『はい、申し訳ありません』 ・・だって。電話を切って独り言・・・・『あんたら仕事しとんのか。えーかげんにせぇー』明日もう一度問い合わせてみよう。対応の仕方によってはシバキまわすぞ。 以下に、中3冬期講座のご案内の「追伸」です。学校でも懇談が実施されていますが、ステップ学習塾でも個別懇談会を実施しています。ご希望の方は、電話などにて日程を調整しますので、事前にご予約ください。くれぐれも学校の進路指導を鵜呑みしないでください。塾の意見を最優先してください。間違いありません!自信を持って宣言いたします! 以上我が塾では学校のように時間帯を決めた懇談をやっていません。それぞれ予定があるでしょうし、わずか15分~20分の懇談では突っ込んだお話が出来ません。したがって、面談希望者のみを対象とし、一人約1時間くらいお時間を頂いております。
2006/11/21
先日、新聞一面に私立大学の案内が載っていた。まぁ、たくさんあるものだ。しかも、初めて耳にするような大学がいっぱいあった。大学全入時代突入も頷ける。入試方法も様々だ。大学も生徒獲得にあの手この手の作戦だ。 同級生にこんな子がいた。彼の成績は校内では「まぁまぁ」といったところだった。大学受験に際して、彼は徹底的に受けまくった。日程が空いていればどこでも受けた。2月初旬から毎日受け続けたようだ。関大、関学、同志社、立命、早稲田、慶応、明治、中央、立教、青山、法政、上智などなど。もう「あいつ、気がおかしくなったんじゃないか」。と噂していた。実際には何校・何学部を受験したのか確かではないが、1校1学部を除いて「すべて落ちた」。合格したその1校1学部が、何と「早稲田大学・政経学部」だった。『シ・ン・ジ・ラ・レ・ナーイ』。数打てば当たる?いや、彼は数々の「本番テスト」で実力を付けたのかもしれない。もう、執念だ。執念も貫けばこういうこともある。
2006/11/21
みかみせんせぇー!私の夢だったんです。こんなこと、もうやっちまうんですね!入塾金 無料月謝 無料週1回 1時間半 ・入塾基準経済的に苦しい人。他の塾に行っていない人。・入塾試験作文 面接。 クソーッ。今に、今に見てろ。〔笑〕気迫だけはあるんですが、お金が・・・トホホ
2006/11/20
チラシに掲載されている大手塾の合格実績。もちろん、私は信用していない。例えば100人のうち99人が合格したとしよう。塾の成果としてはバン・バンサイだろうが、不合格となった一人の当事者の気持ちを考えたことがあるのだろうか。塾側からすれば99%だろうが、当事者から見れば0%だ。自分や自分を応援してくれた家族や友達も、誰が合格しようが関係ない。自分以外の何万人が合格だったにせよ自分は不合格だったのだ。「合格実績にもならない子」扱いにされる。こんな屈辱があるか。ある商業高校に合格した大手塾出身の子が言っていた。『どうせ私たちは合格実績にもならない落ちこぼれだったんです』。時々、ご父兄からの問い合わせで「昨年の五校〔岡山市の進学校〕の合格実績を教えてください」というのがある。概して教育ママゴンが多い。五校への進学者数が多い塾ほど「いい塾」だと思われている。塾生には、それぞれに「行きたい高校」がある。私の使命は、その「行きたい高校」に行かせてあげることだ。進学校に行かせることを目標に置いていない。人にはそれぞれ特殊な才能を持っている。★私と小鳥と鈴と 私が両手をひろげても、 お空はちつとも飛べないが、 飛べる小鳥は私のやうに、 地面を速くは走れない。 私がからだをゆすっても、 きれいな音は出ないけど、 あの鳴る鈴は私のやうに たくさんな唄は知らないよ。 鈴と、小鳥と、それから私、 みんなちがつて、みんないい。 校内全員が450点超えたぁ・・・・・あるわけないでしょ。競技者全員が日本新記録だぁ・・・あるわけないでしょ。
2006/11/20
昨日の日曜日はブログのことも考えず、仕事も完全に忘れた一日だった。昼からはQちゃんの応援に2時間半をかけた。深めにかぶった白い帽子、表情を隠す濃いサングラス、金色のストライプの入ったシューズ。颯爽と走るストライド。すべてが格好いい。敗れはしたが、あの失速でも3位だ。勝つのが当たり前の宿命だから「敗れた」と言われる。無名の選手だったら「ヒーロー誕生」と注目されているだろう。ゴルフでは79で回れば、80を切った。と私なら喜ぶ。しかし、プロは7オーバーだと悔しい思いをする。それぞれだ。今まで私のお下がりのクラブを使っていた息子が、自分用に初めてクラブを買って帰った。色々研究したり試打を重ねて、慎重に選んだらしい。タイトリストのプロ仕様。SW~3番アイアンのセットだ。昨夜見せてもらった。『ウーン、いいねぇ、まず面構えがいい、構えたときのフィーリングもいい』。大きなスイートスポットを持つキャビィティアイアンなんかで妥協せずに、プロ仕様でビシビシ打ち込んで上達して欲しい。ヘッドスピード56。エーッ私も戻ってきたプロ仕様のアイアンでビシビシ打ち込んでみよう。でもね・・・実は・・・内心・・・そろそろ・・・歳だし・・・飛距離も落ちたし・・・重いし・・・・・軽めのキャビィティアイアンに・・・換えようかな・・・と・・・思っていたんだけど。もう一度、今のクラブで打ち込んでみる。年末ごろ、「息子とスクラッチ勝負だ」。まぁ、私の勝ちだろうけどね?
2006/11/20
昨日の高校講座は数学の質問が多かった。高校では基本的に英語・数学の指導教科ですが、色々な質問が飛んでくる。塾長はオールマイティだとでも思っているのだろうか。昨日の数学の質問は、県内屈指の進学校の生徒から8問。これをこなすのに約1時間かかった。とにかく計算も複雑で、疲れた頭がパニック状態になる。どう考えてもうまく進まない問題もあった。ウーン。こういうときは原点から見直そう。『アレッ?問題を写し間違えている。+と-を書き違えていた。何てこった。モーッ、腹が立つ。』『よし出来た!』『さて、次はっと・・・』こんな繰り返しだ。当塾では、高校生の質問は、ほとんど数学に偏っている。テーマを決めた一斉授業ならやり易いんだけど。あまりにもレベルの違いがありすぎるし、進度もまちまちだし。もちろん、学校も色々だし。悩むところだ。しかし、現実的には今の方法しかないだろう。指導者が複数で、教室も複数ならやりようがあるんだけど、指導者一人で一教室なので・・・トホホ。それでも、うまいやり方はある。絶対にうまくこなせる。しかし、現実問題が伴わない。高校講座の運営については、また次の機会に提案しよう。
2006/11/18
昔はよく頭痛があった。いわゆる偏頭痛というやつで、心臓の鼓動とともにズッキン、ズッキンと疼いた。もう寝るしか治療法がなかった。ところが、ここ10数年、「頭痛がない」。風邪を引いても、熱が出ても。不思議な現象だ。カミさんからは『あんたはサルだ』と言われている。猿って頭痛がしないそうだけど、本当ですか?ただ単に「頭が痛い」ってしゃべれないだけなんでは こんな「頭痛を知らない男」なんですが、「できない子」を「できる子」に変えるには頭が痛い。テスト勉強に来ない。来ても座っているだけ。提出物は答えを写すだけ。家庭学習はゼロ。雑談には目をランランと輝かせるが、教科の内容に入ると、とたんに「目が死んでくる」。『ウ~ン、誰か、よく効く頭痛薬と目薬知りませんか?』
2006/11/17
今、中2数学の授業は「合同の証明」を進めている。百万ドルの笑顔の持ち主、「タックン」がやってくれた。〔 〕の中に入れる言葉。『もうホワイトボードに書くほどもないよね』『ハイッ、答えは・・・〔対頂角〕だよね、いいね』みんな解説を聞きながら、テキストに黙々と書き込んでいる。何気なく見回ると、「タックン」のテキストには、解答欄に・・・ナ、ナント。「大長角」! 「ガ~ン」「ヤラレタ」みんな大爆笑。『意味わかっとんかぁー』ツッコミが入る。「タックン」も一緒になって笑ってる。その顔が、まさに、「百万ドルの笑顔だ」。 最古参の「Mrタイガース」は「たいちょうかく」やっばりな。『それくらい漢字で書けぇー』ツッコミが入る。
2006/11/17
楽天ブログに参加させていただいて約1ヶ月が過ぎた。今まで、近隣の塾長と情報交換したこともなく、孤独な、陰気な暗い毎日を味わってきた。それぞれの塾長が、どんなやり方をし、どんな悩みを抱え、どのように解決しているのか、おぼろげながら推測できても、具体的に目にしたり聞いた事もなかった。たまに、○○会とかに誘われても、出てくるのは・・「うちの塾では・・・」。愚痴ばかり。ある時、ある教材販売会社主催で「県模試を見直す会」の会合に参加したことがある。議長が次々と各塾長に「議題」を投げかけるものの、塾長方の意見は、「エーッ、うちの塾では・・××のような子がいて・・」。出てくるのは延々と愚痴ばかり。結局2時間ばかり、「愚痴聞き会」だった。私の発言は席順から一番最後になった。議長が、『最後になりましたが、ステップ学習塾の先生、ご意見をお願いします』。私は堂々と言った。『今日の議題は何だったのでしょうか。もう、私はずーっと退屈で退屈でしかたありませんでした。このような会合だったら、時間の無駄ですね。私は今後2度と出席いたしません』。議長は慌てた。さらに続けて『みなさん、塾長でありながら会議の進め方さえあまりにもご存じないようですね』場がしらけることは分かっていた。私を敵対視することも分かっていた。でも、あえて言わせていただいた。会合が終わって、議長から食事に誘われ、侘びのお言葉を頂いたが、議長の責任ではない。参加者のレベルの問題だ。それ以来、私は塾長の「くだらん会合」には一度も出席したことがない。楽天ブログのほうが断然いい。
2006/11/16
マラソンは私の得意種目の一つだった。中学で校内マラソンの日程が決まると、1ヶ月前から練習に入った。毎日、毎日同じコースを試走し、タイムを計る。もともと得意な上にこれだけ練習するのだから、ぶっつけ本番の子に絶対負けるわけがない。本番当日はもうほとんど不安はない。あとは、「ライバルをいかにマークして走るか」だけだった。さて、高校入試は5教科だ。休憩を入れると5時間以上かかる。毎日30分程度しか勉強しない子が、受験本番で5時間もの長時間の集中と緊張に耐えることができるだろうか。本番に耐えうるだけの訓練が必要だ。もうそろそろ本番を意識して、毎日、5教科5時間の真剣勝負を繰り返す必要がある。あのQちゃんでさえ、毎日42.195km以上の距離を練習しているという。車で走っても疲れる距離なのに、もう想像を絶する世界だ。模試で5教科受験すると、ほとんどの子は「あー疲れた」とグッタリしてしまう。「本番で未踏の分野があってはならない。」
2006/11/16
今日、先日実施した模試の解答用紙と「解答解説」を渡す予定だ。5教科とも授業でフォローしたいところだが、もう本当に、時間が足りない。中3数学・英語は年内に完了させる予定だ。いつもの授業に戻らないと遅れてしまいそう。各自、見直すように指示するものの、まぁ、まずやる子は少ないだろう。先日、模試対策のために前もって渡した資料を机の上に置かせた。『回収するっ!』『君たちがどれくらい意識して模試を受けたか、判断材料にするんだ』子供たちは一斉に『あーぁ、ヤベェー』やはり・・・・・・だ。 『みんなきれいに使ってるね。直接書き込まないで別のノートにやったんだね。ウンウン。ヨシヨシ。あれっ、これは、あぶり出しかな?あれっ、これは透かしを入れてるのかな?』今度の面談の時まで預かっておくことにした。ご父兄に、そのままお渡ししようと思っている。
2006/11/15
先ほど小5生の男の子が入塾してくれた。しかも、卒塾生の弟さんだ。兄弟とも我が塾を選んでいただいたことが何よりもうれしい。ちょうど噂をしていたところだった。「○○君の弟はそろそろ小6くらいじゃなかったかなぁ」とカミさんと話しているとき、当のご家庭から「弟の入塾をお願いします」と電話があった。何か、巡り合わせというか縁というか、そんなものを感じた。今、面談を終えたところだ。お母様から『先生の毎月の通信が楽しみです』と言われ、また書く楽しみが増えた。これからは卒塾と入塾の時期だ。卒塾生は、希望に燃えて巣立って欲しい。新規入塾生は、私との新しい出会いに、期待してください。君たちの人生を請け負うくらいの覚悟で、全力で指導させていただきます。
2006/11/15
450点を超えたとか。300点を下回ったとか。これを基準に「できる」とか「できない」と表現してしまう。もちろん、450点を超えた子は「勉強に対する興味」が湧いてきて、次回からもそれを維持しようとか上回ろうという意識が働く。当然、知らぬ間に「できる」子が出来上がっていく。一方、「できない」子は、総合得点なんかほとんど頭にない。何点であろうがかまわないのだ。そういうことに興味どころか関心を持たないのである。高校?・・「どこか行けるところがあればいい」。大学?・・「そんなに勉強しなくても専門学校でも」就職?・・「何とか食べてさえいければどこでもいい」そんな子でも、自分の興味を持った分野では、すごいエネルギーを発散させる。それが、「絵」「歌」「漫画」「楽器」「スポーツ」だったりする。例えば、野球の好きな子は、「プロ野球選手名鑑」などいとも簡単に暗記してしまう。選手の背番号・出身地・出身校・血液型・身長・体重・趣味など2軍の選手までも、ものの見事に当ててくる。「できる」子からすれば、「そんなこと覚えても学校の勉強に何も関係ない」と冷ややかな視線を浴びせる。先日、中学生の授業の雑談の中で、「ディープインパクト」の名前を出して、『名前を知っている人は?』と尋ねた。聞いた事もないという子と、知ってる子とちょうど半々だった。おもしろいことに「できない」と呼ばれる子の方が多く知っていた。ある時、ある教育ママゴンがこう言っていた。「うちの子!岡大くらいには入るでしょ。もう今でもお勉強が忙しくて、キムタクも知らないような子なんですよ。ホホホホホ」ゲンコツかましてやろうか・・・と本気で思った。岡山大学の入試問題で、次の問題が゜出題されたらSMAPのメンバーで愛称は「キムタク」と呼ばれ、an・an「好きな男」アンケートで13年連続首位の俳優・歌手・アイドルの名前を漢字で書け。また、彼が出演したドラマの代表作を3つ述べよ。〔配点10点×4=40点〕ケッケッケ。彼はまず落とされるだろう。
2006/11/14
先ほどインターホンが鳴った。スリガラスの向こうに若い女性が立っていた。何かまた営業の方だなと思って、ちょっとだけ不機嫌に出たら、な、なんと、卒塾生の○○ちゃんじゃないか。元気な大きな声で『先生、就職決まりました!』『イヨーッ・・・よかったなぁ!』塾の中で10分ほどお話した。就職先は大手証券会社だった。証券マン、じゃなかった証券レディの誕生か。彼女はスポーツ万能で、高校時代に新聞でもその活躍ぶりを紹介されたことがある。彼女が帰り際に『先生との約束がありましたよね。』「あれっ、何だったかな?」『いつか私とマラソンしようって、約束したじゃないですか』「あっ、そんな事言ったような気がする」「でも、もう無理だよ」「横断歩道で走っただけで息切れしてるよ」『だめです。今から体鍛えておいたくださいね』と笑って、年末、「忘年会をする」ことを約束して帰っていった。いつ見ても「さわやかな笑顔だ」。卒塾生が寄ってくれた日は、やはりうれしい。
2006/11/13
現オリックス・バッファローズの清原選手。彼は岸和田市出身で、中学時代は、もちろんエースで4番打者だった。もう一人、桑田選手〔現フリーター?〕。彼は八尾市出身で、彼もまた中学時代はエースで4番打者だった。二人とも、高校は「PL学園」に進学した。清原選手の希望ポジションは「投手」だった。リトルリーグでは完全試合を達成するなど、才能を開花させていた。桑田選手も投手だけでなく打者としての才能も優れていた。ちなみに、甲子園大会でも通産本塁打数は清原選手に次ぐ6本をかっ飛ばしている。PL学園に入学後の二人のお互いのコメント。清原選手・・・「桑田の投げる球を見て、彼には勝てん!俺は投手を諦めた」。桑田選手・・・「清原の打つ球を見て、彼には勝てん!俺は打者を諦めた」。 私の高校時代に「見たことも無い程の学力」を持つ友人が同じクラスいた。彼は勉強だけでなくスポーツも結構できる方だった。そして、スポーツのライバルとして私に何事も挑戦してきた。しかし、走っても、跳んでも、投げても、何をやっても「私」には勝てなかった。〔ちょっとだけ自慢〕いつ頃だったか忘れたが、『どうやったらお前に勝てる?』と尋ねられた。私は彼に『その言葉、そっくりそのままお返しします!』『どうやったら勉強でお前に勝てる?』と言い返した。彼は笑って「ウーン」と唸っていた。もちろん彼は「東大」に行った。しかも、おそらく「首席」で・・・・。いくらお金と時間を積まれても、学力では、「私は彼には絶対勝てない」。
2006/11/13
昨日中3の授業の合間に、ふと、沖縄の先生「サンクス日記」を読ませていただいた。衝撃的だった。私にも似たような体験があったからか、読んでいる途中涙がこぼれてきた。休憩終了の合図さえも耳に入らなかった。呆然としている姿を、塾生たちは「???」の状態で見ていた。授業再開。しかし、言葉が出ない。「ごめん、ちょっと水飲んでくる」。しかし、やはり言葉が出ない。これから、解説に入らなければならない。言葉の代わりに・・とうとう、涙があふれてきた。嗚咽になってしまった。塾生たちは何が起こったのか知らない。全員、静まり返った状態だ。「解説なんかもうどうでもいい。彼らにK君のことを知らせよう」と思った。「サンクス日記」を読み始めた。すぐ、声が詰まって読めない。何度も、何度も、水を飲み、呼吸を整え。それでも涙は止まらなかった。やっとの思いで読み終えた。『勉強が嫌だとか、苦しいとか、言ってられるか。K君は、勉強したくても、勉強したくても、命がなくなってしまったんだ』塾生数人にコメントを求めたが、誰一人「声も出なかった」。授業は中断したままだったが、社会科の解説よりも、もっと大切なことを感じ取ってもらったと信じている。
2006/11/12
間違った、又は、書けなかった「英単語」を練習させてみる。『それぞれ10回ずつ練習!』と伝える。たいていの子は「library」「library」「library」「library」「library」「library」「library」「library」「library」」「library」と10回繰り返す。中には、何回書いたか数えている子もいる。『しまった、1回多すぎた』1・2・3・ 『あと一回か』あのねぇ、要は覚えたかどうかで回数は関係ないの20個の単語があれば、同じようにこれを繰り返す。ところが、20個目に入ったとき最初の「library」を忘れてしまっている。指示を与えなかったら100人中100人がこの方法を取る。 そこで、まず、この記憶方法を修正させる事から取り掛かる。20個の単語を1回ずつ全部書く。2回目も20個の単語を1回ずつ全部書く。これを10回繰り返しさせる。効果抜群だ!。英単語にかかわらず、他の教科も同じ。テスト範囲の教科書を最初から最後まで読む。これを10回繰り返す。テスト発表があったら、先ずテスト範囲を10回読む。それから、本格的なテスト勉強を始めよ。・・・・と口うるさく言っているのですが・・・・実行する子は「できる子」だけ
2006/11/11
塾に入室するやいなや、机に伏せている子がいる。体調が悪いのか?嫌なことがあったのか?眠いのか?逆に集中しているのか?いずれにしても、その態度は外部を完全に拒絶しているように見える。もう、声をかけることもできない。「机にひれ伏した状態」 私はこういう態度を取る子は基本的には放っておく。個人的に、最も嫌いな態度だ。そして、心の中で叫ぶ。それほどしんどいのなら「帰って寝ろ!」
2006/11/11
分からない子の気持ちは、痛いほど分かる。私も小学1・2年生の時は病気がちでほとんど学校は休むか早退していた時期があった。授業は何がなんだか分からなかった。私のテストの点は「隣に座った子ができるかどうか」で左右された。もちろん当時、「カンニング」などという言葉さえ知らなかった。私にはできないことを隣の子はさらさらとこなす。うらやましくて、ただその答えを見ては写す作業をしていた。「分かるように」なりたかった。だんだん体も元気になってきて、授業も分かりだしたのが小学3・4年生の頃からだろうか。今の中学生にもいる。わからなくて「目が飛んでいる」子が。注意を与えて、前を向かせる。話を聴く態勢にさせる。さぁ、説明だ。この時、すでにもう「目が飛んでいる」。なぜ?どうして?・・「分かろうとしないのか」。食べ物を口元に持ってきて、「ハイッ、あげようか。アーンして・・」。そして、パクッと食べられてしまう。そんな気がする。学校のワークにしても、答えを写すだけで、「なんで分かろうとしないのか」。不思議だ。興味がないといってしまえばそれだけだけど、趣味の問題ではない。君たちは学生なんだ。私たちは「仕事」から逃れることができない。君たちは「勉強」から逃れることはできない。瞬間でもいいから「がむしゃら」になれ。何か得るものはあるはずだ。それを、ひたすら、たび重ねよ。多くの知識を得ると「人生が豊かになる」ことを学んで欲しい。ただ単に「歳をとる人」もいる。きちんと歳を「重ねる」人もいる。知識を「年輪」のごとく、一年一年、きちんと積み重ねて増やしていって欲しい。。できたシワの一本一本から、出っ張ったお腹の中から、薄くなった頭の地肌から、「知識」や「教養」や「知性」がにじみ出るような、そんな人生を送って欲しい。と、最近つくづく思うようになった。
2006/11/10
中学2年生の時だった。毎回、学年トップを走るA君がいた。A君は運動音痴だ。見るからに「ガリ勉」タイプの子だった。友達との会話の中で「Aってすごいよな!」という話になった。そのとき、私はつい『毎日毎日あれだけガリ勉すればトップになれるわ』と吐いてしまった。すかさず親友のB君が私に怒鳴った。「Aをバカにするな。ガリ勉のどこが悪いんじゃ。おまえなんかガリ勉もできんくせに、偉そうな口たたくな!悔しかったらやってみろや!」。私は、猛烈に反省した。そしてすぐ「お前の言うとおりじゃ、これから俺もやってみるわ。ガリ勉をな。」それからA君とB君と私とのバトルが始まった。それまでの私は、A君やB君の足元にも及ばない成績だったのに、B君にののしられたおかげで目が覚めた。勝ったり負けたり。負けたり勝ったり。3人とも同じ高校に入った。それからもずーっと3人の「お勉強バトル」は続いた。「いい友達」からは「いい刺激」をもらえる。
2006/11/10
「あっ、雨が降り出した。洗濯物が。ごめん、ちょっと待ててね。」「あっ、お鍋が焦げてる。ごめん、ちょっと待ててね。」「ごめん。ちょっと買い物に行ってくるから、自習しててね。」「子供が熱出して。ごめん、今日は休ませてね。」「風邪引いちゃって。ごめん、今日は早く終わろうね。」こんなママゴト塾があっていいの?家事の合間に「塾」ですか?オバチャン!間違っても「塾やってます」なんて絶対言わないでください。私、凹みますから。
2006/11/09
昨日の模試の社会科の解答で、こんなに色々な答えがあった。1925年社会主義運動などを取り締まる〔 え 〕法が制定される。〔 え 〕にあてはまる法律を一般に何というか?○ ち安いじ 〔ナニッ〕○ ちあんいじ 〔オイッ〕○ 治安いじ 〔コラッ〕こんなんでも正解ですかぁ?書いてるだけでも「立派」かな・・・ 「偏西風」の解答に対して○ へんせいふう 〔アララッ〕○ へん西ふう 〔ナンデ〕○ へんせい風 〔ドウシテ〕○ 編西風 〔意味分かってるん〕こんなんありですかぁ?よくも、まぁ、こんなありさまで、漢検の3級を受けたな
2006/11/09
さぁ、模試が始まった。その前に、遅刻した子が3名もいる。模試に「遅刻」するとは・・もう、まず、残念ながら期待はできないね。急遽電話して、まぁ何とか全員いっせいにスタートできた。まず、社会科からの挑戦だ。問題を一通り目を通したが、当然、今までの授業で「全部詳しく解説した問題」だ。中には、世間話も加え、冗談を言って笑った答えだ。忘れているはずはない・・と思うのだけどなぁ。志望校が大幅に変更になっている子がいる。この模試の結果でまた変更する子も出てくるだろう。4月から一貫して志望校が変わらない子もいる。やはり「できる子」だ。機械科⇒電気科、建築科⇒化学工業・・・どこでもいい、ただ受かればいいの?激しいのは工業高校⇔商業高校。これはポリシーがない。一度、ゆっくり話す必要があるな。普通科高校の選択も「弱気」になっている。今の時期、岡山県最難関高校を目指せ「やれば伸びる」じゃない。「やらなきゃ伸びないんだ」終えてボーッとしている子がいた。今注意を与えた。『今やってるテスト!本番だよ本番。たった1問の4点で不合格になるんだよ。1分1秒足りとて無駄にするな!』
2006/11/08
今日は、夕方早目から中3全国統一模試を実施する。そのための準備資料は1週間前から渡している。やってくる子、ちょっとだけやった子、全く手をつけていない子。それぞれだが、間違いなくそれは成績順になっている。肝心なのは、頭がいいとか悪いとか、それ以前の取り組み姿勢だ。『1週間後にゴルフコンペがある』としたら、誰でも事前に練習しようとする。全く練習しないのは「よほどの腕前」か「そのレベルではない」かのいずれかだろう。前回の悔しさをまだ覚えているだろうか?前回の飛躍を継続しているだろうか?前回のことはきれいさっぱり忘れてしまっているだろうか?まもなくその結果が出てくる。来春泣くより、今泣いておけ。来春笑いたいなら、今泣いておけ。
2006/11/08
小学校・中学で授業が進んでいない。地元の中学では中間テスト以降、全く進んでいない。「数学の授業は?・・何で進んでないの?」と塾生に尋ねると、「今、中間テストの見直しをやってる」と言う。『エーッ?、で、みんなきちんと授業聴いてる?』「いいえ、できる人は聴いてるけど、ほとんどの人は遊んでいる・・・」まぁ、さすがに、タバコを吸ってる子を教師が灰皿を持って追い掛け回しているという噂の中学だ。教師曰く、『火事になると大変だから』??????「あんたの頭は、すでに燃えて灰になっとるワ」もう、学校の進度なんか尋ねるのは止めよう。我が塾の計画表どおりに進めるだけだ。
2006/11/08
広島カープの黒田投手がFAせず広島残留へ。よかったぁ阪神ファンからすれば、来てくれれば大きな戦力になるのは間違いない。でもネェ。金本選手を獲り、シーツ選手を獲り、カープファンからすれば「エエかげんにせぇ」となるのは当然だ。結局、以前の巨人のやり方と同じじゃないかと我々ファンでもそう思う。サラリーマン時代、広島には何回も行ったし、泊まった。誘われて広島市民球場に阪神対広島戦を見たこともある。ご存知のようにカープファンは熱狂的だ。私は、カープファンの席に招待された。しかし、私は阪神を応援しまくった。誘ってくれた人は、そんな私を見て「お願いだから静かに見てくれほんとに喧嘩になるから」と苦笑い。「いやいやそうはいかん」。確か、3回までで9対0で阪神リード。「もう、ほんとに喧嘩になるから・・・帰ろう。クソ面白くない試合だし」。私にとってはとても楽しい試合だったのに、しぶしぶ途中で抜け出した。「ゴメン、飲みにでもいこうや」となった。「途中経過どうなってる?」と訊かれたとき、5対3で「阪神」がリードですと言う。ところが、広島に行くと、「そんなときはなぁ、3対5でカープが負けてます」と言えと教えられた。いえいえ、私にとってはいつも「阪神」が主語なんです。と切り換えしていた。そのうち、誰もが「こいつだけはしょうがないな」と諦めぎみに認めてくれていた。黒田投手を当てにしていた来年の阪神は戦力ダウンで危ないぞ。と言われている。・・あのねぇ。ここ2・3年強かっただけで、その前の10何年間は耐え続けてきたんだ。だいたい5月の連休明けには、私のプロ野球は終わっていたんだ。阪神ファンは、少々弱くても耐えることを知っています。来年は、阪神対広島でプレーオフをやりましょう。楽しみにしています。阪神戦で「先発・黒田」とあったら、「今日は負けだ!」と決めてかかっていましたよ。黒田さん!20勝してメジャーを目指してください。
2006/11/07
子供の頃の誕生日はろくな思い出がない。兼業農家だった我が家はこの時期は稲刈りの真っ最中だった。もちろん、私たち子供は小学校低学年の頃から農作業の手伝いは当たり前だった。「秋休み」と呼ばれる農繁期休暇さえあった。実は、今日が私の誕生日なのです。もう、何も感激はないが、毎年、子供のころのことを思い出す。朝から晩まで稲刈りだ。夕方、ほとんどの人が次々と家路に着く。あちこちの家から灯りが見える。ところが、我が家はいっこうに帰る気配がない。たまりかねて「お父さん、もう帰ろう!」と声をかけるが、「まだまだ。足元は見える。」と言ってもくもくと働く。寒い!暗い!空腹!・・・じっとしていると寒くて寒くて、しかたなく稲刈りを続ける。もう、腰が折れそうだ。途中、背伸びをしようとしても曲げた腰が伸びない。イタタタタタッ。やっと帰路に着いた。やれやれだ。「今日はボクの誕生日だ」。母さんが飛び切りのご馳走を作ってくれているかな。・・・・・「やったぁ!カレーだ」。家族でカレーを食べながら、私は親に向かって言った。「ボクは、大きくなったら、絶対に百姓仕事はせん!」と。親父は笑いながら「百姓が嫌なら勉強せぇ。勉強して偉くなれ!」と何度も言っていた。「百姓仕事」と「勉強すること」を比べたら、誰が何と言おうと「勉強しているほうが楽だ」と私は思った。だから、勉強は嫌いだが、勉強が「苦」にはならない自分ができあがっていた。「中学生の職場体験」で稲刈りをしましただと?。「楽しかった」だと?『冗談じゃねぇ、朝から晩まで、腰が折れるほどやってみろ。・・・もう2度と味わいたくない経験でした・・これくらいやってから言え』と本気でそう思うこともある。こんなことを毎年感じさせられる、今日は私の誕生日だ。
2006/11/07
4時ごろ、昨日の出来事があった居酒屋の店長がやってきた。まず私の第一声。『俺たち夫婦、何か悪いことした?言った?』。店長「100%何も迷惑になるようなことはされていません。」じゃ、なぜ、私たち夫婦を仇のように見做すのだろう。そのオッサンと店長と、ゆっくり話す時間があったようだ。店長から伝え聞いたのは次のようなことだった。○俺はまだ子供で人間ができていない。・・・と認めたそうだ。〔ええ歳こいたオッサンの言う言葉か!〕○同じ年代で、仕事に対しても「敵対心」があった。・・そうだ。〔私は敵ともライバルとも意識していない。単なるアホオッサンと思っていただけ〕○私のカミさんが、「悠々自適」に過ごしている。と勘違いしている。〔借金だらけで自家用車は火の車です〕○あの夫婦の会話が全部、俺の悪口を言っているように聞こえる。〔被害妄想も甚だしい〕そう言えば、ある時、家族3人で「北朝鮮問題」を話していたとき、近くにいたそのオッサンの甥っ子が突然私たちの前に来て、まじめな顔して「私たちを殺したいんですか?」と言われた。「はぁー???」「何であんたらを?」「何のために?」「何の利益があって?」思わず家族3人で笑った。「話題が違うよ!」。被害妄想もここまでくれば・・・挨拶もできないな。
2006/11/06
私の夕食は毎日毎日夜遅くになる。仕事柄、仕方のないことだ。仕事をしているときは空腹感がない。ところが、不思議なことに、日曜日になると、夕方早くから「腹減った」状態になってしまう。昨日もそうだった。居酒屋でカミさんと二人、早くから飲んだり食べたりしていた。私たちはカウンター席に座ることが多い。店員さんと冗談を言い合うのも一つの楽しみだし、座席だと騒がしい客に囲まれるのが嫌なのだ。しかし、家族で来た人は、当然、座席を好む。郊外の小さな居酒屋なので、特にカウンター席を好む人はたいてい顔ぶれが決まっている。一人でやってきて店員さんとの会話を楽しむ人が多い。その中に一人「陰険」な奴がいる。店員さんに無理難題を言うタイプで店からも嫌われている。本人も自覚しているようだがむしろそれを楽しむかのような言動だ。例えば、「オイコラーッ、ラーメン持ち帰りじゃ」などと言って店員を困らせた現場を何度か目にしたことがある。その男の話が聞こえてくるのだが、どうやら、私たち夫婦の「悪口」を言っている。しばらく聞き耳を立てていると、カミさんが私の目を見て察した。小声で「我慢して!どうせアホが言ってることだから、ほっとき、ほっとき、後で、何で私達の悪口言ってるか教えたげるから・・」そのままいたら喧嘩になりそうなので早めに帰ることにした。店長が追いかけてきて詫びを入れられたが、店長との問題ではない。「今日はもういい、明日話そう!」。その後、カミさんから、その男の正体を聞かされた。○嫁さんにも子供にも愛想つかされて逃げられた男で、とにかく他人の幸せを妬んでる男。○ラーメンを食べ終わってから「髪の毛が入っている」とただにさせるような男。○自分の意見がすべて正しいと思っている男。○知識や知恵がないから、強烈な劣等感を抱いている男。などと。いやいや実は・・・数ヶ月前、些細な事で「イチャモン」つけられて、私がその男をドヤシつけたことがある。そのことをまだ根に持っているのだ。小心者め。お酒は楽しく飲みたいものだ。しかし、お酒を飲むと豹変する奴もいる。やっぱり、家で飲むお酒が一番だ。
2006/11/06
入塾の時は、わざわざ父親までも来られて、親子3人で「よろしくお願いします」と、晴れやかな笑顔だ。「ビシビシ鍛えてやってください。」「厳しく接してください。」「言うことを聴かなかったりしたら張り倒していただいて結構です」「先生にすべてお任せします」なとどと、美辞麗句を並べられる。当塾でいちばんうるさく指導するのは「挨拶」である。既塾生は教室に入るとき大きな声で「こんにちは」と言える。帰るときは「ありがとうございました」と大きな声で挨拶をする。それに対して塾長は「オゥ」とか「ゥオッス」なんて言葉は絶対に使わない。必ず大きな声で「いらっしゃい」、「お疲れ様」と声をかける。当然だ。名指しされて「ハイッ」と言える子がすくない。「ハァーン」と寝ぼけたような返事。振り向くだけで返事がない。「ウン」とか「フン」と頷く。返事は「ハイッ。だ。」と何度も指導する。それでも、「わかったね?」「ウン」。「違う!ハイッでしょう!」「ウン」。・・・・重症だ。しかし、度重なると、子供たちにとって、それがうっとうしいものになる。やがて父兄から「挨拶をさせるために通わせてるんじゃない」ような抗議の電話が来る。入塾時の態度とえらい違いだ。 ご父兄から、「塾では勉強だけ教えてくれればいい」というご意見。ありがとうございます。私たち塾長は皆そうしたいと思っている。しかし、あまりにも躾けられてなくて、集団〔社会〕の中で生きていけない子も多々いる。子供に対して、親は「腫れ物に触る」ように、教師は「事なかれ主義で」、周りの大人たちは「知らん顔」で・・・。今の子供たちにきちんと「物申す」人は塾長くらいのもんじゃないかな?ちょつとうぬぼれているかもしれないが、私はそう思う。どこの小学校でも掲げられている「オアシス」運動の標語。忘れたのだろうか?オおきな声で、アいさつ、シようと、スるな・・・だったりして
2006/11/05
1時から9時まで、ぶっ続けだった。足が「棒」のようだ。でも、いつもは11時なのに、9時に終われる「うれしさ」。これから、当塾のすぐ下にある「八剣伝」で、カミさんと一緒に、ちょいと「一杯」。息子は、福岡に出張中、「息子の食事を作らなくていい日」は、カミさんものんびりさせてやろう。それでは「行ってきます」。ウイーッ
2006/11/04
昨日〔文化の日〕の祭日も、全国の塾では開講されていたようですね。ほとんどの塾では、週4回制度を取られており、第5週は休まれていますね。当塾では、日曜・祭日は休みです。カレンダー通りの開講ですので、第5週があったら当然やっております。年間を通じて考えれば、週4回制度とほとんど変わらないと判断した結果です。幼児、小学生、中学生をお持ちの塾長さん!そうでなくても、毎日、昼夜が逆転したような生活をしているわけですから、たまの、日曜・祭日はお休みになって家族と一緒に過ごされたほうがいいと思いますよ。当然、塾生も待ちに待った祭日だと思いますので、家族と一緒に食事に行ったり、遊んだり、とにかく家族と一緒に過ごすことは意義があると思っています。私も、皆様と同様、仕事を一番の優先順位で考え、日曜も祭日も塾生と一緒に頑張っていた時期もありました。しかし、ある時から、「家族優先」の考え方に変わりました。子供が小さいときは、「どんなに眠くても、朝、息子のために起きました」「日曜・祭日は一緒に遊んでやりました」。勉強を見てやることよりも大切なことだと・・私は気づいたからです。今や、息子は立派な〔?〕社会人です。色々なアドバイスもくれます。一番のアドバイスは子供の視点からのアドバイスです。「お父さん!自分は良かれと思ってやってるんだろうけど、塾生にとっては、それが負担なんだよ・・」「ドキッ」とさせられることが多い。気負わないで「自然体」の構え!武道と同じか・・・ウーン、そうかも。
2006/11/04
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