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ブログに訪問してくださった皆様へ。明けました〔笑〕。おめでとうございます。今年もやるぞー。応援よろしく!
2006/12/31
お正月用の食料を買い込んできた。ただ、step-mamaの後ろをついて歩くだけなのに、腰が痛い。疲れてしまう。仕事をしているほうが楽だ。本当に女の人は大変だと思う。料理の手伝いをしたくなるけど、私には手が出ないし、また手出しもさせてもらえない。step-mamaは自分でやらないと納得しないのだ。全部自分でやり遂げるから、考えてみれば、損な性格ですね。塾内の机と椅子を移動させて、食事できる空間を作った。正月用の飾りつけも見事に整っている。有線からは「琴の音」が流れ、なにやら日本料亭の雰囲気だ。さぁ、これからstep-mamaは「ごちそう」の準備に取り掛かる。私は、待っているだけ。私は、できた物を『おいしい!』と言って食べるだけの人。息子もそう。できた物を『おいしい!』と言って食べるだけの人。でも、何か手伝うことがあったら言ってください。『エッ? ごそごそするな? じっと待ってなさい? ハイッ! 』人は見かけによらない?step-mamaは、よく「料理できるんですか?」と声かけられる。「バカにしないでよ」いつも、「料理を下手に作るほうが難しい」と口癖のように言う。私から見たら「料理の天才」だと思う。これは本当にすごい腕ですよ。プロの料理人も逃げ出しますよ。
2006/12/31
今年最後の授業も終わり、家族との食事も終わり、あとは元旦を迎えるだけ。あっという間の一年だった。幸い、家族や親族に不幸も無く、いわば幸せな一年だったのかもしれない。さて、今年もあと一日で終わってしまう。明日が、どんな一日だろうか?一年の締めくくりで、何事もなく幸せな一日でありますように。いま、事務所では正月用の飾りでstep-mamaは忙しく飾り付けをしている。今では自宅よりも塾のほうが生活の場となってしまっているようだ。明日は、早めに起きて、楽しい元旦を迎える準備に専念しよう。楽天ブロガーの皆さん!本当に今年はありがとうございました。楽しい、楽しい、ブログ交換を来年も楽しみにしています。Good luck and good night.
2006/12/30
先日のYちゃんの詩〔唄〕「ありがとう」もう季節はずれの雪が降り君と僕の前 邪魔をする照れくさいから 丁度良かったのかな 前が見えないよ 前が見えないよ何かが溢れそうで 下を向いた ありがとう ありがとう ありがとうこんな言葉しか 言えない僕だけど振り返ってみると 全部一日一日が鮮明で 楽しい想い出だけ 花が散る頃は 雪も降らなくてそれぞれの道を 歩むのでしょうありがとう ありがとう ありがとうこれが終わりじゃない またどこかで・・ ありがとう ありがとう ありがとうこんな言葉しか 言えない僕だけど 飾りなんていらないホントに伝えたい言葉だけ君に言うよ こんな唄をプレゼントしてくれました。事務所の中で、車の中で、何度も何度も聞いています。
2006/12/30
ブログでカミさんの呼び方に違和感があった。女房?妻?女将?相方?ワイフ?いい呼び方が思いつかない。 そこで、先日よりブログでの「カミさん」の呼び方をstepmamaに変えた。もちろんokinawapapa先生の真似なので了解は頂いておりますよ。かわいい呼び方なので、本人はちょっと照れています。どちらかと言うとstep-okamiのイメージかな?なんて言っておりますが、しばらくはこの呼び方で書かせていただきます。 『おーい、stepmama、腹減ったー』
2006/12/29
昨夜の仕事は中3生の冬期講座で終了した。我が家ではふだん家族そろって食事を取れない家族だ。本当に久しぶりに息子を交えて、「忘年会」と称して食事を取った。我が家でやるより事務所でやったほうが広々とのんびりできる。 stepmamaは張り切って食事の準備に追われた。夜、7時に講座が終わり、久々の食事会だ。会話が弾む。9時ごろ、誰かやって来た。休みなのに勘違いした高1生の子2人だ。寒風吹き荒れる中やって来た。あまりにかわいそうなので我が家の忘年会に入れてやった。たまたまその子達は息子の出身高校の後輩に当たる子だった。そして、奇遇にも、どちらも父親が息子と同じ会社の上司に当たる。そんなことで、もちろん、会話も弾んだ。「勘違いして塾にやって来てよかった」と満足顔で帰っていった。一緒になべを囲んで楽しいひと時を過ごせた。こうやって家族3人でなべをつつく光景も、もしかして、今年最後かなという思いが走り、満足感と寂しさと入り混ざつた、「家族3人」の忘年会であった。来年は家族4人かな。5人かな。それとも2人かな。まぁ何人でもいい。それぞれが幸せで健康であれば。そんな思いが頭をよぎった。
2006/12/29
昨日、高校講座終了後、今月末で「卒塾」する高3生Yちゃんの、「たった一人の卒塾式」をやった。灯りを薄暗くして、有線から「蛍の光」をかすかに流しながら、塾長から「送る〔贈る〕言葉」を述べる。Yちゃんの頬を涙が伝う。私も、言葉が詰まる。今度はYちゃんが手紙をしたためていた。『先生、涙が出て読めません。あとで読んでおいてください』と渡された。便箋3枚に書かれた手紙だった。そして、今日のために作ってくれた作詞作曲の唄のCDとMDをプレゼントしてくれた。曲名は「ありがとう」だった。〔今度、機会があれば詩を披露します〕いよいよお別れの時間だ。「蛍の光」のボリュームをちょっと上げて、stepmamaとYちゃんが手をつないで歩いてくる。それを私は待ち受ける。目の前まで来たときstepmamaが「花束」をそっと差し出した。Yちゃんは驚きと感激で泣き出した。塾長としっかり抱き合う。『Yちゃん、今まで、本当に、本当にありがとう。また、遊びに来てよ。必ず来てよ』。お互いに、手を振りながら・・・泣き笑顔で彼女は帰っていった。さ・び・し・い。
2006/12/28
歯ギシリとイビキがひどい。らしい。らしい?そう、自分には聞こえませんから。おまけに、寝言もひどいらしい。らしい!これも自分には聞こえませんから。そこで、私の寝床は「隔離」された場所です。それでも、stepmamaから「もう、うるさくて寝られない」と文句を言われる。『えっ、そんなぁ、俺はいたって静かに、スヤスヤと寝ているつもりんだけどー。』「よく言うわ、テレビをつけて寝ているほうがましよ」でも、そう言えば、朝起きたとき、歯が痛いことがある。歯軋りの「キリッキリッ」が終わって「やれやれ」。すると今度は「ゥンガァー、ゥンガァー」のいびきが。やっと静かになった。と思ったら今度は、「ゥムニャハムニァガシュペロキ」寝言が始まる。らしい。意味が分からん言葉らしい。らしい。聞いたことないから。 あのー。意識が無いんで、すんません。 stepmama、曰く、「不倫でもして若い子と寝たら、朝、愛想尽かして、もう逃げてるわ」〔涙〕
2006/12/28
皆さん、年賀状は出しましたか?実は、私、今年はまだ1枚も書いていないのです。その訳は。年賀状を書くときいつも、「まだ12月なのに実感がわかないなぁ」と思っていた。まだ、実際に新年を迎えたわけでもないのに、新年の抱負を述べたり・・?ちょっと無理がある。そうだ、今年はlekuchan先生のように、「元旦に年賀状を書こう」。塾生には元旦に「おめでとうメール」にしよう。今時の子だ。その方が喜んでもらえそうだ。よし、これだったら、本当に新年の気分で書けると思う。これからはキャッチフレーズを変えて、年賀状は元旦に届くように、じゃなくて、年賀状は元旦に書いて出しましょう。
2006/12/27
小学生に指導中、算数の文章問題。 「先生、習ってません!」そらそうだ。全く同じ文章題はやってないよ。じゃ、習って済んだことは。「わかりません!」そして。やっぱり。「できません!」いやいや、違う。考えていません。「考えたけど、わかりません!」いやいや、考えたふりをしただけで、考えていません。 そして、ご父兄は、「うちの子、算数の文章題が苦手で・・」となる。
2006/12/27
ステップでは毎月の塾費は「口座振替」でお願いしています。ところが、塾始まって以来、「一発」で全員の口座振替が出来たことがない。塾生本人に直接「塾費」のことは言い出しにくい。ご父兄宛に、さりげなく、電話したり、手紙を出したり。恐縮してすぐ持参で駆けつけてくれる家庭が大半だが、中には「開き直る」方もいらっしゃる。「払えばいいんでしょ」という感じの方。「プライドを傷つけられた」とか仰る。「だったら請求されないようにちゃんと入金しておけばいい」。人間だから「つい、うっかりは、誰にでもある。」でも、毎月それはないでしょう。毎月それを繰り返していると、やがて、塾費のことを子供も知ることになり、塾に行きづらくなる。そして、「退塾」というパターンが今までにどれだけあったか。まぁ、そうした家庭の子は、その後も色々なところで同じことを繰り返している。。まず、社会において、一番きちんとしなければならないのは「お金」の問題だ。お金にだらしない人は、「すべてにおいてだらしない」と断言できる。 塾生同士でも「お金の貸し借りはするな」と厳しく伝えてある。うっかり返すのを忘れていても、相手はきっちり覚えているものだ。ここから、友人関係にひびが入る。たった数百円でも、借りたものは返す。借りたことを忘れない。当たり前のことができないのが当たり前の人もいる。
2006/12/27
中3の冬期講座の真っ最中に、小学生が一人やってきた。うーん。前回あれほど時間を指定して、何度も確認しておいたのに。雨の中、カッパ着てやって来た。「出直し」させるのも可哀想だし後ろの空き席でやらすしかないな。先日も23日祭日は「授業やる」と言って何度も確認したのに3人休み。「ステップでは祭日は休みと決まっていたから・・」『だから全員に確認取ったんだ』今日の子は時間を間違えて・・・どんなに確認させても「聞いていない子」が必ずいる。授業でもそうだろうなぁ。ふうー。
2006/12/26
新聞によると、授業も受けないで教室外でフラフラ遊んでいる中学生が全国的に多いようだ。 そして、それを注意した教師に逆切れして、殴りかかりケガを負わせる。という記事を目にする。どうしてこんな事になってしまうのだろうか?授業をサボることに罪悪感が無いのだろうか?自分さえ良ければいいのだろうか?自分一人で生きていると思っているんだろうか?格好いいと思っているんだろうか?親も教師も大人も恐くない。この世の中に恐い者がいないのだろうか。ウーン。分からない。どうしたらいいんだろうか?そうだ、野依さんだったらいい解決策持っているかも。相談してみようかな。きっと、「普通の子」はそんなことしませんよ。って答えが返って来そう。
2006/12/26
こんな子が増えてきているようだ。とにかく子供たちの周りには「誘惑」が多すぎる。テレビ、ゲーム、携帯電話と3悪が揃っていればなおさらだ。自分の力でこれらの誘惑を断ち切ることが出来る子はまれだ。机に向かっていても見たい番組が気になる。ちょっとだけテレビを見ようかな。クリアできないゲームのことも気になる。ちょっとだけやってみようかな。集中しているときに携帯メールで中断する。すぐに返信を打たないと友達関係にひびが入る。自らこういう環境から逃れるために「塾で勉強」はいい方法だ。今では、塾の役割には「教科指導」することは当然だが、「勉強できる環境の提供」も重要になってきたように思う。テレビがない。ゲームもできない。携帯電話も使えない。見えるのはがんばっている仲間と応援してくれる塾長や講師だけ。冷暖房完備。参考書・問題集も完備。コピーも使えて、質問できる先生もいる。これほど恵まれた環境は「塾」しかないでしょ。やはり「塾」の存在は、子供たちにもご父兄にも「ありがたい」場所になっている。
2006/12/26
「いじめ」をなくしましょう!文科省はそう言っていなかった?我々にも協力依頼しなかった?大人たちに協力依頼しなかった? 「塾禁止令」。塾業界にとって。これ「いじめ」なんだよ。あんたら、おかしいよ。これで、大量の講師とその家族が路頭に迷い、自殺者続出になったら、どう責任取るの?それとも、子供の自殺はダメだけど、まぁオッサン・オバハンは「勝手に死んでくれ」ってことかい?そういうことかい?
2006/12/25
野依さんにお尋ねする。「普通の子」って、どんな子?灘中・灘高・京都大学って普通の学校?そうだったのか。「普通」いい表現ですね。都合の「いい」表現ですね。あなたも「普通」の人間でしたね。私も「普通」の人間です。「普通」じゃ無い人。どんな人?教えてください。「普通」の人はあんな発言しないですよ。「普通」、非常識と言われますよ。「普通」、責任取っていただきますよ。「普通」 「普通」「普通」 「普通」「普通」 「普通」「不通」「不通」「不通」「不通」「不通」「不通」 ですな。
2006/12/25
サラリーマン時代の出来事だった。ある事務所に伺ったとき、意外にも所長室に通された。よしよし、うまく話が進みそうだ。と期待していたのですが、応接セットに座るやいなや、「君ネェ、羊頭狗肉って言葉知ってるか?」と見下した言い方をされた。しまった。この所長はアンチ「我が社」だったのだ。あまりにも気分が悪いので、私はその所長を黙って睨みつけていた。所長「どうなんだ。知ってるのかね。君ぃー」「あんた、張り倒してやろうか」・・と我慢していた。私『言わなきゃなりませんか?』所長「知らないんだろー。はははは。教えてやろうか」私『結構です。それくらいの言葉は知っていますから』所長「君ネェー、大学はどこ出たの?エーッ?」本当にムカツク言い方だ。私『早稲田です。政経です。』その所長は手のひらを返したようにコロッと態度が変わって。「ほーっ、そうだったのか。すごいな。優秀だったんだな。失礼しました。」と頭を下げられた。私『もうお話しすることはありませんので、失礼します。』ふんぞり返って事務所を後にした。アホな所長だ。ウソですよ。私は、早稲田の政経ではありませんよ。へへへへへっ。ざまぁみろ。どうせなら「東大」にしとけばよかった。「羊頭狗肉」。おそらくその所長は自分自身この言葉で恥をかいたことがあるに違いない。それを他人に試しているのだ。こういう嫌な奴って何処にもいる。そんな言葉、一部上場企業の社員なら誰でも知ってるワィ。わたしはこういう「人を見下す」言葉を吐く人間が大嫌いだ。
2006/12/25

lekuchan先生から頂いた記事。 「塾は禁止」 教育再生会議で野依座長が強調2006年12月23日22時55分 政府の教育再生会議の野依良治座長(ノーベル化学賞受賞者)が8日に開かれた「規範意識・家族・地域教育再生分科会」(第2分科会)で、「塾の禁止」を繰り返し主張していることが、同会議のホームページに掲載された議事要旨でわかった。しかし、再生会議が21日にまとめた第1次報告の原案には「塾の禁止」は盛り込まれていない。 野依良治座長 議事要旨によると、野依氏は「塾はできない子が行くためには必要だが、普通以上の子供は塾禁止にすべきだ。公教育を再生させる代わりに塾禁止とする」と再三にわたって強調。「昔できたことがなぜ今できないのか。我々は塾に行かずにやってきた。塾の商業政策に乗っているのではないか」と訴えた。 もう、ここまで言うなら、私も、自分の意見を言わせていただこう。やる気のある子はチンタラ授業の学校より「私塾」でどんどん伸ばしましょう。やる気のない子は「学校の授業」でチンタラチンタラ遊びましょう。言い過ぎ?お互い様だ。ほっといてくれ。日記だから。
2006/12/24
ランラララランー休みになるとやたら元気な私。まるで子供の遠足だ。いつもより早めに目が覚めて、休日は長く楽しむ一日にするもんだ。さて、本日のご予定は。はい。塾長、申し上げます。これからカフェレストランで。王将で。午後から「全国高校女子駅伝」をで。3時から「有馬記念」をで。4時から「賞金王決定戦競艇」をで。5時30分から「笑点」をで。6時ごろから、居酒屋で「」をいただく。家に帰って、また「」を飲む。そして、今日は早めに寝る。以上でござりまする。オッサン、アホかー。知的活動ゼロじゃぁ・・
2006/12/24
中3生が理科の問題に取り組んでいる時、いつも前から眺めているので、ちょいと視点を変えて、後ろから眺めてみた。私はいつも「前から眺める塾生」を語り、カミさんはいつも「後ろから眺めた塾生」を語る。なーるほどな。問題に取り組む姿勢や意欲は意外に「後ろ」から見ると良く分かる。「できる子」の姿勢は軸がぶれない。動きが少ない。問題を目で追い考える。だから、頭の動きがほとんどない。逆に「できない子」は、頭がグラグラ、ペン回し、体がねじれている。頭を上げたり下げたり。時計を気にしたり。消しゴム落としたり。シャープペンの芯を入れ換えたり。何かしら動いている。今朝の「山陽女子ロード・ハーフマラソン」を見たが、やはり、すばらしいランナーは走るフォームがきれいだ。そして、無駄な動きが見られない。軸がブレていない。しかし、一流ランナーでさえ、苦しくなると「動き」が出てくる。軸がぶれてきて「喘ぐ」姿になってくる。勉強にも「フォーム」がある。微動だにしない頭。ピンの伸ばした背筋。鋭い光を放ち問題に向かう目。まず、入試までにいくつ直せるか分からないが。アドバイスしてみよう。
2006/12/23
中3生が休憩時間を利用して、学校からの課題・英単語を書き込んでいる。昨日、同じ単語を横に何回も書いているのを見て注意した。1P20個の単語を「縦に」練習せよと。それを10回繰り返せ。今日、みんなの練習方法を見ると、見事に忠告どおり実施している。よしよし。その調子だ。アドバイスを素直に取り入れている。よしよし。その調子でがんばれよ。
2006/12/23
我が塾は、祭日は必ず休むことにしている。 ところが、今日は授業をやっている。珍しいでしょ。いや本当に珍しいですよ。今日は、中3生の冬期講座をやっているのと、年末年始の休日があるため、例外の日なんです。2時までに小学生を終わらせて、2時~6時30分まで中3生の特訓です。本番を見据えての4時間30分のロング授業です。7時~9時まで中1生をやって今日は終わり。明日の日曜日は絶対休みます。今日はやるぜぃ!明日は遊ぶぜぃ!
2006/12/23
私はつくづく「うぬぼれ」の強い奴だと思う。ある面、嫌な奴だ。だから、今までに数々の成功もあれば大失敗した経験を持つ。「高校入試」「大学入試」「その他の資格試験」の会場に行って、周りの敵を見回したとき、「俺より賢そう」「俺だけ落ちるんじゃないか」などと「萎縮」するタイプの人は多くいるが、私の場合は、全くその逆で、その瞬間「勝った!」「こいつらに負けるわけが無い!」と飲んでかかる。もちろん、「負けるはずが無いほど他人より勉強した」という自信からくるものです。この「うぬぼれ」が私の最大の長所であり、最大の短所でもある。会社に初出勤したときでも、控えめに『はじめまして、○○と申します。どうぞよろしくお願いします』と言いながら、心の中で「よしっ、勝った。あなたに負けるわけが無い」と思ってしまう。もちろん、相手による。「凛」とした雰囲気を醸し出している人に対しては、やはり、ちょっと引いてしまう。先日、駅前のデパートで買い物しての帰り道、某大手塾の前で教務室を眺めるチャンスがあった。そこに数名の講師の姿が見えた。カミさんと二人で声を合わせた。『ダサーイ!』。まぁ、見た目だけだけど、「凛!」とした雰囲気を醸し出す講師は一人もいなかった。私だったら入塾しないだろう。そういうモヤモヤとしたムードの教務室だった。これだったら、むしろ中を見せないようにした方がいい。逆効果だ。あちらさんは、あちらさんで、「あの車のオッサン、何じろじろ見てるんだ。オッサンには関係ない世界なんだよ!」なんて思っているだろうな。ふふふ。偵察なんだよ。
2006/12/23
人は見かけで判断するなとよく言われているが、やはり第一印象は見かけで判断するしかないだろう。服装、髪型、顔、スタイル、持ち物などである程度、相手の人間像を想像し作り上げていく。今ではバリバリに破れたジーンズでも若者のファッショとして堂々と取り入れられているが、昔だったら「浮浪者」にしか見えなかっただろう。ファッションも物の見方も時代とともに変わっていくものだ。この辺りの見極めが難しい。テレビドラマや映画などでは、悪人は悪人が似合う役者が演じており、彼が出てくると一目で「悪者だ!」と子供でも判断できる。ところが、最近のご時勢は、「善人」の顔を持つ「悪人」が潜んでいるので、一目見ただけで判断できないし、決め付けるのは危険である。人間誰もが「善」と「悪」の両面を持っていると思う。要はどれだけ「理性」というブレーキがかけられるかだろう。人は、第一印象どおりであったり、全く逆だったり、それはしばらく時間をかけて付き合ってみないと分からない。「凛!」とした風貌であっても、会話をしてみると「へなへな」であったり、その逆だったりすることがある。何も「偉そうに」しなくてもいい。肩肘を張った生き方をしなくてもいい。自然体が一番楽だ。さて、私の第一印象はどうだろうか?よく「優しそう!」と言われる。そう、ぴったりだ。「優・し・そ・う」だ。火の粉さえ振りかけてこなければね。
2006/12/22
塾を始めてから「忘年会」「新年会」などの行事に出かけることが無くなった。もちろん、卒塾生とやることはあるが、同業者での集いは全くといっていいほどなくなった。気が楽と言えば楽だし、寂しいといえば寂しい。まぁ、家族とひっそりと飲んでいるのが性に合っているのかもしれない。もう、2次会・3次会など興味も無くなった。しかし、最も恐れているのが、大人同士の会話が少なくなっていく分、どうしても情報不足になってしまうことだ。それを補う一つの方法として「読書」がある。私も以前は寝床に数冊の本を積んでおり、寝る前は必ず読書していたものだ。それが日課だった。ある人が言っていた。『メガネが必要になってくると読めなくなるよ。今のうちに読んでおきなさいよ』その時は、そんなもんかなぁ。程度で聞いていたのですが。その時期が実際に訪れて痛感させられた。「メガネが必要になり始めたら」・・「夜の読書は」「ほんとにできなくなりますよ」「メガネ」によって。疲れる。集中力が無くなる。長時間に耐えられない。本当に、本当に、本当ですよ。最近の私は、寝床に「本」の代わりに「酒」がある。日に日に「アホ」になっていくようで怖い。
2006/12/22
高校生がそれぞれの高校の「冬の課題」に取り組んでいる。進学校の子は膨大な課題が与えられ、補習にもかり出されて冬休みどころではなさそうだ。ところが、ある高校は「冬の課題ナシ」。12月上旬に定期テストが終わっているので、実質、冬休みは1ヶ月もある。この高校は、昔から夏休でさえ課題が与えられない。来年から、あまりお勧めする高校ではないな。普通科以外の子の成績表が面白い。情報科の子が「情報」が不得意。機械科の子が「機械」が不得意。商業科の子が「簿記」が不得意。電気科の子が「電気」が不得意。ものの見事に、当てはまっている。「選択ミス?」「専択ミス?」いやいや、自宅で勉強「セン宅ミス」だ。
2006/12/21
昨夜。事前に、高2のYチャンが「クリスマスケーキ」を作ってきてくれる約束だった。休憩時間にみんなで頂こう、と、カミさんは昼ごろから飲み物やお菓子を買い出しに行った。 夜9時ジャスト。水曜日の高校生のメンバーが集まった。Yちゃんを除いて全員が高3生だ。しかも、ほとんど全員が進学先も決まっている。『今日はちょっとだけのんびりしようか!』こんな日が1年間に1日だけある。ちょっと休憩のつもりが、・・・・・・盛り上がって「クリスマス会」模様になった。『えーい、今日は全部楽しもう!』と全員一致で決まった。さて、ケーキを食べる準備をしていたら、「ピンポーン」入り口のチャイムが鳴った。何と高3生のついこの前卒塾した男の子2人がジュースやお菓子を手土産にやって来た。グッドタイミングだ。食べて、飲んで〔ジュースやお茶ですよ〕。私も半年振りだろうか、ギターを引っ張り出して、チューニング。よしOKだ。まず、私から、尾崎豊の「卒業」を弾き語り。〔途中ちょっとミスるが、そこは愛嬌で・・・〕。Yちゃんは「作詞作曲のオリジナル曲」を、S君は「栄光の架橋」の弾き語りを。最後に、PCからミスターホンダ先生の「fine day」をフルボリュームで聞いた。みんな度肝を抜かれた。「この人、塾の先生?もう、道、間違ってるよー」 半端じゃないねこの唄は。素人の域じゃないね。我が岡山県人が誇る「BZ」ばりだね。参りました。結局、夜12時まで楽しんでお開きとなった。とっても、とっても「fine day」だった。
2006/12/21
会ったこともない見知らぬ人でも、手紙などの文字を見ただけである程度想像できる。顔は分かりませんが、「几帳面」「誠実そう」「大雑把」などなど。今は、もうパソコンで打ち込めば、みんな同じ文字となってしまう。だから、今は逆に「手書き」が重宝される。年賀状でも「手書き」で頂くと心に沁みる。中高校生のノートを見たとき、きれいな字でノートされているのは気持ちいい。ところが、もう読むのも嫌な字を書く子がいる。字のきれいな子は、小学生の高学年頃からはっきりしてくる。基本に忠実に整った字を書く習慣が身に付いている。私のような年齢になると、癖はもうほとんど治らない。私たちは職業柄、人前で字を書かなければならない。出来るだけ丁寧に、きれいな字を、と気をつけているのですが、自分で書いたホワイトボードの字を、後ろのほうの席から見ると、恥ずかしい。自分の字は「嫌いだ」。さっさっさっと書いて、なおかつきれいな字を書く人がうらやましい。
2006/12/21
休日に塾内の掃除をしていた。そこに、問い合わせの親子がやってきた。『どうぞお入りください』と言うのに、「いえ、いいです。いいです。また伺いますから」と帰っていかれた。休み明けにまたその親子がやって来られた。「あっ、この前の方ですね。あのー、先生はいらっしゃいますか?」『あのー、私が塾長なんですけど』どうやら掃除のオッチャンに間違われていたようだ。また、ある時、日曜日に、突然入塾面談があった。私はいつものジーンズにユニクロの上着で応対した。一通り塾の詳細を説明したあと「入塾決定!」。ありがとうございました。帰り際、ご父兄が一言、「あのー、あちらのパソコンの前に座っている方が先生ですか?」塾長『ズコッー』たまたま、パソコンの前にはビシッとスーツで身を包んだ息子が座っていた。〔当然、きちんと挨拶は済ませていた〕『あのー、先生は私ですけど・・・じゃ、私のこと、掃除のオッチャンくらいに思われていましたか?』ご父兄は「あっ、すみません。そういうわけじゃないんですけど、あちらの方のほうがビシッと決められているから・・・つい先生かと思って」塾長「み・じ・め」
2006/12/20
「四当五落」。こんな言葉、今は死語なのか?現役高校生や浪人生に尋ねても「知らない」という。我々の時代は、四当五落、「四時間寝たら受かるが五時間寝たら落ちる」などという言葉が受験慣用句として使われていた。その悲壮感から好んで使われますが、一概に、合否と睡眠時間の間には合理的な因果関係はない。それくらいの覚悟で受験勉強に取り組みなさい。ということだ。少なくとも私は現役時代この言葉を信じて実行していた記憶がある。日曜日の朝に限り、昼近くまで「寝だめ」をしていた。しかし、今では、むしろ、睡眠時間を確保できないような無計画な学習方法は非難される場合が多い。むしろ、「あえて寝る!」。しっかり効率のいい勉強をしたあとで「あえて寝る」勇気も必要なのではないかという意見のほうが強い。じゃ、今の現役受験生はどのような日々を過ごしているかというと「疑問」が湧いてくる。「四当娯楽」。娯楽のために一日4時間当てる。こんな考えになってしまったのだろうか実際、そんな受験生が多いようだ。「落ちたら働く!」それも人生だと思う・・が。
2006/12/20
我が塾は強烈な西日が入ってくる。フイルムを貼っていなかったらまともに受ける。夏になるとガラス面は熱くて触れないほどだ。もう、ジューンと卵焼きが出来るほどだ。夏はその西日の熱と塾生の熱でエアコンはフル稼働。その日よけにちょっと濃い目の黒っぽいフイルムを貼っている。今考えたら「これが失敗」だった。塾内を暗くしてしまうことと、外観がやけに陰気に見えてしまう。塾を訪れた方のほとんどの方が『外観と違って中は広々して明るいですね』と言われる。しかし、いまさらこのフイルムを剥がすと夏が過ごせないだろうし、張替えとなれば面積が広いので14~15万以上かかるらしい。辛抱するしかないか。そこで、塾内の蛍光灯はすべて「白熱蛍光灯」で明るくブティック風にした。通常の蛍光灯の倍近く値段は高いが、きれいに見えるし、何より全員の顔色が良く見える。元気そうに見える。まぁ、これが狙いですべての蛍光灯を一気に入れ換えた。実は、以前、7年間ほど、カミさんは小さなブティックをやっていた。そのときの名残か、塾内にはブティックで使っていた小物が結構ある。塾の内装はすべてカミさんが決めた。私は手も足も出していない。カミさんは「塾らしくない、ブティックのような塾」の内装にこだわった。あるお母さんが塾内に入るや、『すてきな塾ですね!』と言ってくださった。23坪1フロアー。ゆったりした机。ゆったりした空間。色とりどりの花・観葉植物。クリスマス用品の小物。今日、シクラメンを買って来た。かすかに流れる有線放送。塾生専用の冷蔵庫。空気清浄機。加湿器。ガスストーブ。ハロゲンヒーター。休憩時の息抜きのための漫画が約300冊。などなど。カミさんの今の夢は「塾に無料ドリンクバー」を設置することだ。夢を実現させよう。
2006/12/19
我が塾では「挨拶」にはかなりうるさく指導する。 塾に来たとき挨拶の声が小さかったり、挨拶を忘れたら、入り口からもう一度やり直しだ。全学年で徹底している。中には「魚屋」「八百屋」のオッチャン顔負け。叫ぶように『ンチワーッ』。授業後は『アーリアトアシタァー』〔意味分かりますか〕。塾長にテキスト・プリント類を提出するときは「お願いします」。手渡し返却するときは「ありがとうございます」と受け取らせる。今では、塾長に物を提出するとき、黙って置く子はいない。返事は「ハイッ」。問いによっては「わかりませんだとぉー」。言い直せ。「忘れました」。『そうだ忘れたんだよな』。授業を始めるとき『さぁー、いくぞー』。塾生「どこへ?」。塾長『焼肉食べに・・・・・・・アホカー!』塾生「行こう!行こう!」塾長『よし、今度連れて行ってやる。ただし自分で払えよ』塾生「意味ネェー」まぁ、こんな調子で授業開始だ。授業終了。『はいっ、今日はここまで。お疲れ様』。すると全員が大きな声で「ありがとうございました」。そして、帰り際、塾長に「さようなら」又はもう一度「ありがとうございました」と言う。文章から想像すると軍隊みたいに厳しそうでしょ。ところが、実際はみんなニコニコしながら挨拶してくれているのです。みんな、もう、当たり前のことなんです。「苦」とも思っていない。それでも声が小さかったり、忘れたりする子がいる。何度か注意しても直らない場合は、もう注意を与えない。中には、それが苦痛の子がいるのも事実だ。そういう子には、塾長も挨拶しない。「身をもって体験させる。」当然、塾長も、塾生への返事は必ず「ハイッ!」と元気良く。挨拶に始まり、挨拶に終わる。挨拶は、相手の心の扉を開く言葉のknobだ。おっと、今日はカミさんの誕生日だ。私はいつもお金は1000円以上持っていないからプレゼントは買えない。『誕生日おめでとう!』の「あいさつ」だけは忘れないようにしておこう。
2006/12/19
買い物の帰り、先ほど車で塾の近くを通っていたら、真横を走る女子中学生が自転車に二人乗りで走っていた。後ろに乗っている女の子がみかんを食べていた。そしてそのみかんの皮と食べかすを路上に投げ捨てている。そっと捨てる?そんな感じではなく「投げつける」感じて地面にたたきつけているのだ。あーっ、もうげっそり。親の顔を見てみたい。同類だろうけど。こんな子は絶対面倒見たくない。まぁ、塾で勉強するような子ではないが・・・こうしてみると、子供たちには一つ一つの動作をすべて「注意」しなければならないような気もする。そう言いつつも、大人は大人で。先日も塾の近くでいざこざが発生したらしい。パトカー4台も止まっていて。やくざな男たち3人が連行されて行った。お大事にね。年末までには帰らせてもらってくださいね。お正月元旦くらいは娑婆で祝おうよ。
2006/12/18
小学校の通知表は、ハッキリ言って『わかりません』。絶対評価ですからクラスの8割が「よく出来た」で、残りの2割が「出来た」だったりする。こんな成績評価で一喜一憂している場合じゃない。みんな「優等生」ですから、もうお笑いの評価法です。例えば、スーパーの肉売り場で、今日は奮発して一番高い肉を買って帰ろうと思う。誇らしげにわざと大きな声で『上肉下さい』と買って帰った。ところが、食べてみるとあまりおいしくない。「おかしいなぁ、上肉なのになぁ」。「並、中、上」の一番高い肉なのに。ところが、後日、売り場で確かめてみると「上、特上、最上」とあるではないか。なんと「上肉」が一番下のランクだったのです。このように評価の表現の仕方にも騙されてしまう。 岡山県の内申書は各教科10段階評価で各高校に通知される。なぜ、これを父兄や本人に提示しないのか。通知表のほかに内申書用に、こっそり二重帳簿?が作られているではないか。成績表の評価を一刻も早く、内申書と同じ10段階評価にして欲しい。学校間格差はあるにしても、今よりはマシになるはずだ。常に内申書が開示されると子供たちの意識も変わってくるはずだ。出来ない子の学習意欲を損なう?いいえ、彼らはもともとそんなもの持っていませんから。親が反発する?悔しかったら上げてやれ!それだけのことよ。
2006/12/18
『先生、同じ問題は2度と出ないんだから、やっても無駄でしょ』と屁理屈を述べる子がいる。こういうタイプの子は、中間テストや期末テストで「山張り」して、それがズッポシ外れて、『やったことが出なかった』と逃げる子だ。勉強しないで、いかにズルをやって点を取ろうかという虫のいい考えしかない。大手塾で「ズバリ的中」講座。なんてうたい文句につられていく子もいる。そもそも、そんな芸当ができるわけが無い。出題傾向を分析して、類似問題をやらせるに過ぎない。そんなこと、どこの塾でもやってますよ。広告チラシに、数学テキスト○○Pのこの問題・・ズバリ的中!なんて恥ずかしげも無く載せている。もう、山ほどの知識を教えて、数え切れないほどの数を演習をして、その中からたまたま同じ問題が出たに過ぎない。塾生は、たまたまその問題だけやってなかったりして。はっはっはっ。そもそも「ズバリ的中」させるなら、その問題だけやっておけばいい。そのプリントをもらって、塾も学校も行かず、事前に解答を覚えておけばいいんだ。アホラシイ。そんなもん、勉強といえますか?何が出るか分からないから「反吐が出るまで」勉強する。そこに高校受験・大学受験の意義があるんです。そうやって多くの知識を身に付けることができるんです。チラシの中に「ズバリ的中」の文字がある塾は「ズバリ不合格」になりますよ。楽しみに見ていてください。ふふふ。
2006/12/17
午後1時から始まった今日の授業。あと、7時から9時まで。中1生の授業だ。ふぅー。きつい。あと2時間か。 ・・・・で、明日は休みだ。うれしいな。さぁー、中1生かかってこい。
2006/12/16
私も含めて言えることだけど、何事にも時間をかければいいという風潮がある。部活にしても、朝練だ、夜間練習だ、と時間を多くかけるほど効果があると思われている。会社でも、仕事に不熱心だと思われたくないから、明日に回しても差し支えないことまで残業して片付けようとする。とにかく時間さえかければ認めてもらえる。許してもらえる。そういう「免罪符」をもらうために時間をかけているような人もいる。勉強に関していえば、何時間やったかというより、分からないままになっている分野を、分かった形に変えることができたかどうか。それが何より大切なことだ。受験生にとって、この時期は焦りが見えてくる。その気持ちは良く分かる。しかし、焦ったから成績が上がるものではない。悩んだからって問題が解決するわけでもない。焦ったり、悩んだりするだけ損をする。今は「がむしゃら」の時期だ。「分からなかったことを分かる」ようにする。そのことだけに「時間をかけて」取り組んで欲しい。
2006/12/16
進学校の高校生は「予習」に時間をとられてしまっている。時々『先生、予習・復習には何時間かけたらいいでしょうか?』という質問がある。本音で言わせてもらおう。そんなもん決められるか人によって違う。例えば、英語で話してみよう。新出単語を辞書で30個引くとする。10分の子もいれば30分も40分もかかる子がいる。単語を引いても本文の意味がわからない子もいる。予習の段階でほとんどマスターできる子もいる。だから、授業で新しい情報を聞きノートを取る子は、家に帰って復習が必要だ。予習でマスターしている子は授業がそのまま「復習」になる。高校で差がつくのはこういうことだ。できる子のパターンだ。「予習」+「授業」+「復習」だから、いくら時間があっても足りなくなる。「予習」+「授業で復習」ならば、遊ぶくらいの余裕も出てくるものだ。「予習」は「授業が分かるようにするため」、又は「分からないことを見つけておくため」だ。10分で終わる人もいれば2時間・3時間かかる人もいる。白紙の状態で授業に臨んでいるようじゃ、授業さえ付いていけなくなる。よって、予習・復習に必要な時間は全員違う。これが、結論だ。できない子は朝までやれぃこれが進学校の生徒へのアドバイスだ。
2006/12/16
確か小学校4年の時だったと思う。「地球儀」を買ってもらった。 平面で見ていた地図帳が球になった。うれしくて、うれしくて、毎日眺めていた。地球は丸い。地球は回転している。ここまでは社会科の先生に教えてもらっていたので知っていた。地球儀を回しているときに、ふと、素朴な疑問が湧いた。アメリカに行きたい。そんな時、みんな飛行機で行く。ちょっと待てよ。わざわざ飛行機で飛ばなくても、真上に上がっていればいいはずだ。地球は1日1回転する。こう回っているはずだから。だったら、半日も空中にいれば、わざわざ飛行機で行かなくても、地球の方から回ってくれて、アメリカがやってくる。そうだ、そのとき着地すればアメリカに立つことができる。よし、いいことを思いついた。やった、これはいい考えだ。誰にも教えずに俺だけの秘密にしておこう。 小4のステップの塾長はこんなレベルでワクワクしていた。可愛いもんでしょ。
2006/12/15
地元、岡山市で考えてみることにする。岡山市で進学校と呼べる高校への入学者は、毎年、市内在中学生の約2割だ。各高校の定員から割り出せば明らかだ。確かに、学校間格差は多少あるものの、各中学の上位2割の生徒が進学校に合格している。残りの8割〔ほとんど・・と言える〕はそれ以外の高校にそれぞれ進学していることになる。塾としてはこの2割の生徒の割合が多いほど、いわゆる「進学実績」が良い?「塾」と呼ばれる。そして、それらの「できる子」は大手塾が「合格実績」を増やすためにあの手この手、チラシ攻撃でかっさらっていく。地域密着型の塾は、どうしてもそれ以外の8割の生徒が通塾する確率が高い。あるいは、上位2割に入りたくて入塾する子も多い。もちろん、我が塾でも地元中学の1番・2番の子も在籍している。上位2割層の子供達は理解も早いし、授業はとてもやりやすい。一方、基礎学力の低い子を対象にした授業は「しんどい」。本音だ。しかし、彼らから出てくる「珍答」「迷答」には思わず吹き出し、とても楽しく、「エネルギー」をもらうことがある。また、少しずつ学力が伸びてくるのが目に見えてくるので、これが塾長の大きな楽しみになってくる。我が塾では、できる子には「できない子の気持ちを理解させる」。だってそうでしょう。勉強ができるだけであって、スポーツができる、音楽ができる、何もかもすべてができるわけじゃない。それぞれの分野で「できない子の気持ちを理解させる」。それが、「相手に対する思いやり」を学ぶことになっていると思う。集団授業で学ぶものは多いはずだ。遅れ気味の子には「個別や2~3人」で別に補習してやればいい。個人塾だからこそ「小回りが利く」。しかも、塾長の独断で、無料で、今すぐそれができる。
2006/12/15
昨日、ある卒塾生からメールが届いた。彼女は今京都の簿記専門学校に通っている。商業高校出身で、我が塾には小4の時から高3まで通ってくれた。将来の夢は「税理士」になりたい。そこで、友人が講師をやっていた京都のある専門学校を勧めた。彼女は、素直にその助言を受け入れてくれた。さて、そのメールの内容。『先生、この前のテストで税理士試験・2科目合格しました・・・・・〔近況報告〕』よしっ、「簿記論」「財務諸表論」を取ればあとの3科目〔税法〕は楽だ。仲間たちが4年間で大学を卒業する頃には、間違いなく「女・税理士」誕生だ。ふふふふふ。『どうだ、近道でしょ』。彼女ならやる。きっとやる。必ずやり遂げる。どうして?・・・・・我が塾の「卒塾生」だ。鍛えられ方が違うよ。エッヘン。
2006/12/14
中3生の保護者と夜9時から面談。やはり1時間かかる。私立高校の選択、県立高校の高校別可能性と本人の希望。今後、取り組むテーマ。教科別勉強方法の聞き出しとその問題点の指摘及び改善法。その面談の中で出てきた一番大きい問題は、やはり、「携帯電話」のメールであった。平均して1日50通。単純計算して、1回のやり取りに3分かかるとして150分もメールしていることになる。母親は改めて驚いていた。1日150分を「受験勉強」に当てたら、今苦手な理科も社会も見違えるほど伸びるはず。何もかも今までどおりで成績を伸ばそうなんて、そんな考えは甘い。どうしても1日50回のメールがしたかったらすればいい。その分、3時間睡眠時間を減らして勉強せよ。たったそれだけのことだ。やれるかな? 昨日、中3生の男子5人が成績表を持ってきた。「驚き桃の木山椒の木」エッ?本当か?ウソだろ?ゴボウ抜きだぁ。4月には学年中・下位にいた子が、全員上位2割に近づいた。こんなこともあるもんだ。毎日、毎日、自主的にテスト勉強に来た子たちだ。ここにきてやっと目が覚めたね。これから始まる冬期講座で、もっともっと伸ばして見せるからね。志望校が進学校に変わったら「ゴメンね」。可能生大だよ。よぉーし。やってやろうじゃないか。
2006/12/14
今日は朝から冷たい雨が降っている。寒~い。でもね、こんな日でも塾生は自転車で、嬉々とした顔でやって来てくれる。雨が降ろうが、風が吹こうが、待っていれば来てくれる。ほんとにありがたい仕事ですよ。仕事って、たいていは取りに行くものですよ。断られても、断られても、辛抱強くね。ほとんどの塾長はいつも車でご出勤でしょ。たまには、塾生と同じように寒風吹き荒れる中を自転車で出勤してみると実感が湧きますよ。「期待に副える授業をしよう」「行ってよかったという授業にしよう」「熱いお茶でも淹れてあげよう」と思いますよ。それを、いつもカミさんから聞かされる。『高校生は夜遅くから始まるでしょ。それでもみんな元気良く来てくれる。そんな姿を見たら、コーヒーの一杯でも淹れてあげようかなと思う』と。夏はアイスコーヒー、冬はホットコーヒー。コーヒーの嫌いな子もいて紅茶や日本茶と塾生によって様々だ。まずカップを熱湯消毒し温めてから淹れる。本格的だ。その分手間がかかる。わずかな休憩時間だが仲間が輪になって「お茶を飲む」と話が弾む。「親睦を深める」これがカミさんの狙いだ。あっそうそう、昨日、山陰の松江に電話して、「だったん・そば茶」を注文していた。『ウンメェーッ、こんなお茶飲んだことねぇー』塾生にも大好評だ。ところが、残念ながら私には出来ない。結婚当初から「男子、厨房に入るべからず」。今でも、自宅のガスコンロさえ使わせない。 塾生からの電話。「オバチャンいますかぁ?」何で私じゃないの?ご父兄からの電話。「奥様いらっしゃいますか?」何で私じゃないの?『あのー、塾長は、いちおぅ~、私・・・なんですけどぉー・・・』。
2006/12/13
大手塾を退塾した子には「塾嫌い」になっている子がいる。『塾なんかもう2度と行きたくない』という声を耳にする。相当嫌な想い出があるのだろう。ところが、最近、某大手塾からの「転塾者」があった。我が塾で、最初の授業を終えた時、母親から『最初からステップに行っとけばよかった。と喜んで帰ってきました』と電話を頂いた。その子も『塾なんかもう2度と行きたくない』と言っていたのですが、『騙されたと思ってステップに行ってごらん。絶対に気に入ると思うから』と母親に説得され連れられてきた。大手塾には友達に誘われて「夏期講習」を受けたそうだ。講習3日目で「もう嫌だ。行きたくない」と言い始めた。塾に行く前は顔が青ざめてくるのが母親には分かったという。3日間で夏期講習に行かなくなった。『何が嫌だったの?』と尋ねると「先生、仲間、教室、授業内容、もうぜ・ん・ぶ」という答えが返ってきた。今では、満面の笑みで授業に向かっている。塾長との対話も絶えない。ブランド志向のご父兄は大手塾を選ぶ傾向にある。大手塾に入れてさえおけば成績が伸びると考えている。まぁ、あのチラシ攻勢で進学校への実績を見せ付けられると、ついついその気になるのかもしれない。我々個人塾はあれだけのチラシ攻勢はとてもじゃないが出来ません。年に1~2回。白のコピー用紙に黒インクで・・自ら印刷機を必死に回して、ひっそりとそして、反応も無く、がっくりとお金もなくなって、しょんぼりと電話が鳴って、「よしっ」気合を入れると、『コピーいりませんか』で、カリカリといらんときに電話してくるなぁぁぁぁ。ついつい八つ当たり?コピー機屋さん、ごめんなさいね。
2006/12/13
最近の子供たちの会話で「?」の部分がある。商品の値段を尋ねるとき『これいくらですか?』と言えない。先日もカミさんがデパートの「グッチ」のコーナーで、店員とヤンキー女子高生の会話を聞いて思わずふきだしたという。店員に「なぁ、なぁ、これ何円するん?」。おまえら小学生か!店員の応対にも「?」の部分がある。飲食店でよく聞く。注文したものが運ばれてくる。「以上でよろしかったでしょうか?」何で過去形なんだ。レジで1万円札を渡すと、「1万円からお預かりします」。どうしても違和感がある。こうした指導を店長がするのだろうか。まぁ、それしかないか。レベルが低いのぅ。まぁ、お客もお客だが・・・。「お煙草吸われますか」に対して、ぶっきらぼうに『吸う』とか『吸わん』の一言だ。もうちょっとましな言い方があるだろ。『本日のお勧めは○○でございます』に「要らん」の一言。会話になっていない。「単語」を発しているだけだ。『おいこりゃ』『おーい水持って来い』『早よせんか』『トロトロするな』こんな大人〔親〕の言葉を聞いて「素直な子」が育つはずがない。我が家では、カミさんにこんな乱暴な言葉使ったら、「即刻飯抜き」は目に見えている。学力の問題ではない。それ以前の問題だ。模範を示すべき大人に問題がある。
2006/12/12
「置き勉」とは教科書やノート、その他勉強道具を机の中やロッカーなど、学校に置いたまま持ち帰らないことで、中・高生に使われた言葉である。1970~80年代のツッパリ・ブームでは、カバンを薄く潰して持ち歩くのが流行。必然的に置き勉をするツッパリ少年・少女が多かった。鞄の中に入っているのは「弁当箱」だけ。出来るだけ薄い鞄。それが格好いいと錯覚していた頃がある。ビーバップハイスクールでは全員こんな格好で登場している。私も高校時代にはこの「置き勉」をしていた記憶が有る。もちろん、受験に必要な教科の物はしっかりかばんに入れて持ち帰っていたが。しかし、中学の時は、担任教師や他の教師が「置き勉」は絶対させなかった。毎日うるさいほど確認して、必ず持ち帰らされたものだ。それが当たり前だった。最近の中学教師は別に何の注意も与えていない。中学生といえどもまだ子供だから、注意されないと「間違い」だと気がつかない。「置き勉」が、悪いことだという罪悪感すらないのだ。テスト期間になったら持って帰ればいいと割り切っている。勉強の嫌いな子は、テスト中でも関係なく「置き勉」のまま。どうせ持って帰ってもやらないし、提出もしないのだから持って帰ってもしょうがない。完全に冷め切っている。このように教科書やワークやノートを「置き勉」するのはまだ分かるが、おいおい、習ったことまで置き勉するなよ。
2006/12/12
現在テスト対策期間だが、ちょっと気になることがある。中1・中2生の「理科」「社会」がボロボロ状態だ。当塾では中3生のみ「5教科指導」にしているが、考え直さなければならない時期かな?中1・中2生の「理科」「社会」講座も設けないと、テスト対策だけでは追いつかない。中学生は全学年・5教科体制にしようかなぁ・・でも、時間と人が足りない。私一人で対応することになる。教室も1つだし。部活だ。中学生の部活が邪魔している。これがなかったら時間割は作れる。最近の部活は「同好会」レベルの活動しかしない。子供たちは、部活がなくてまっすぐ家に帰ると、親からすぐ「勉強しなさい」と言われる。これが嫌で部活をしているような気配がある。6時~9時までの週2回・3時間授業か、週3回・2時間授業にしたらこなせるかも。しかし、塾生のほとんど全員が部活やってるからなぁ・・・悩むところである。
2006/12/11
ダイエットはなかなかきつい。私の場合、現在はベスト体重の65キロを保っているが、今まで最高72キロまで増えたことがある。このときは結構つらいダイエットを経験した。食べたいものをお腹いっぱい食べたい、これは人間のみならず動物のすべての欲求だろう。それを制限していると、ストレスが溜まり、ある時、やけ食いをしたくなる衝動に駆られる。そんな苦しい思いをしたくないから、今私が注意していることは、朝一、まず体重計に乗る。1キロオーバーしているとき、昼と夜の食事で調整する。その日のうちに調整してしまうのです。逆に、1キロ減った。この日は、遠慮なく思い通りに満足するまで食べる。このようにして、±1キロ~2キロのダイエットは難なく出来る。これをずーっと続けているわけです。そして、週末の休日にはサウナに行って、デジタル式の体重計に乗る。65.00キロきっちり調整しておく。175センチ・65キロは、高校3年生の時と全く同じだ。だから、今でも、ジーンズにTシャツで体を動かすことが出来る。急激なダイエットはストレスを溜めるし、リバウンドが必ずやってくる。人間の体には「形状記憶装置」が備わっている。ダイエット中の皆さん、がんばってください。
2006/12/11
カミさんは塾では2~3人が「女先生」と呼ぶが、ほとんど全員に「オバチャン」で通している。教科指導しないので「先生」とは呼んで欲しくないそうだ。じゃ、何してる?かと言えば、いわゆる「塾の女将」のような存在だ。曲がったことが大嫌いな女将だ。直球勝負だ。藤川球児も頭を下げる炎の弾丸ストレートだ。私の場合はいつも見逃し三振、いや見送り三振でベンチに戻ることにしている。デッドボールが一番恐ぇぇ。・・・・・先日、S君とカミさんが雑談していた。その中で「漬物」の話が出たそうだ。『オバチャンは漬物が大好きなんだよ』と言ったら、次の日にS君が「オバチャン、これ、家のバァチャンが作った漬物です。もう、メッチャおいしいですよ」と持ってきてくれた。カミさんは大感激。まさか、そんな心優しい面があるとは思いもしなかったのでなおさらだ。もちろん、おいしかった。優しさもこもっていて特別においしかった。人間って長く付き合ってみないと分からないもんだ。S君は「勉強が大の苦手」だ。言葉も投げやりな面がある。誤解されやすいタイプだ。しかし、今までこんな優しい心遣いができる子とは思いもしなかった。今ではS君とカミさんは大の仲良しになっている。『S君、がんばって塾長についてきなさいよ。絶対、高校に入れてあげるから』「ハイッ、お願いします」。逆のパターン。ちょっと勉強が出来るから!?・・って、ふんぞり返っているような子はシバキ倒してやりたい。少々勉強は苦手でもいい、大人にかわいがってもらえる子になれ!と思う。
2006/12/10
昨夜は八○○で飲んだので歩いて家に帰った。塾から自宅までは500m程なので軽い散歩にもなる。今朝、車を取りに塾に向かう途中、交差点の角の道路に立っている鳩を見つけた。車に轢かれそうなのに飛んで逃げようとしない。傍に行ってもピョコピョコ逃げるだけ。信号待ちしていた軽自動車の下に潜り込んだ。乗っていた中年夫婦も出てきて何とか外に出そうと3人で追うのだが出てこようとしない。私はそのまま車を取りに行って、帰りに見ると、まだその夫婦は鳩を追っている。私は車を止めてまた手伝った。やっと出てきた。が、難なく捕まえることができた。3人で『病気かなぁ』なんて言いながらそっと安全なところに置いた。しかし、その目が助けを求めているように見える。そっと抱え上げて撫でてやると、私の手から「血」が流れてきた。何かに襲われたのだろう。羽の付け根から血が流れていた。放っておけないので左手に抱えて連れて帰った。家で飼うわけにもいかず、病院は休日で閉まっているし。・・・これから用事もあるし。傷口を消毒して、化膿止めの薬を塗って・・・・かわいそうだけど公園の日当たりのいいベンチの横に置いた。歩くのは大丈夫みたいだからエサは取れるだろう。「誰か鳩好きな子供が連れて帰ってくれないかな」と勝手な期待をして、後ろ髪ひかれる想いで立ち去った。今日の鳩にしてあげられることは、これが精一杯だ。元気になって、一刻も早く大空を飛び回れよ!
2006/12/10
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