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2月10日、「今すぐやめろ、ガレキ焼却。生命(いのち)を守れ、西日本2」行動に、60名をこえる人が集まり、私達は賛同団体として参加しました。福岡県連絡会は、昨年3月から北九州市民をはじめ九州・山口の反原発勢力と一緒になって北九州市への放射能汚染ガレキ受け入れ・焼却反対行動を重ね、後1年を残したまま、ついに「3月末終了」(北橋市長)に追いこんだ勝利を受けての集会・デモです。一旦開始した国策を断念させることは、そうあることではありません。みんなの力を合わせた運動と闘いの結果です。しかし、ガレキ焼却期間を短くすることはできましたが、3月までは続きます。今後もやめるまで「いますぐ焼却やめよう」「そもそも広域処理する必要などなかった」と、さらに追及の声を上げていきたいと思います。1月24日、放射能汚染ガレキを焼却している北九州新門司工場のごみ焼却場において、焼却作業員が転倒し灰に埋まって亡くなるという事故が起こりました。北九州市のゴミ焼却作業は外注化です。亡くなった作業員は、一方では被曝労働、もう一方では安上がり、使い捨て、安全無視の外注化を強制され、殺されたのだということです。本当に腹が立ちます。集会では、この事故を弾劾・追及する特別決議があがりました。また、健康被害についての報告や、大阪のガレキ焼却の現状報告、石巻視察報告、さらに市当局が公表したデーターからも「セシウムなど前後放射性物質の40%が捕捉できずに不明になっていることが市民の調査で明らかになった」と報告されました。北九州市が言っていた「バグフィルターは99%のセシウムをキャッチする」というのはウソだったのです。人の健康や命をないがしろにする北九州にさらなる怒りを感じました。 集会後、天神の繁華街をデモしました。「原発利権」「ガレキは利権」「金より命」「全国どこでも燃やすなガレキ!」「すべての原発いますぐなくそう!」と、声を上げながら歩きました。パワフルで開放的なデモでした。(会員)
2013年02月18日
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12月22日(土)、天神コア前で「オスプレイ配備を撤回させよう!」と声を上げ、マイクアピールとチラシ配りを行いました。衆議院選挙で沖縄基地問題が全く取り上げられなかったことにどれほど沖縄の人びとが怒っているか。今日の街宣は、その怒りを共有し、23日に沖縄で行われるオスプレイ配備撤回をかかげた怒りの御万人(うまんちゅ)大行動に連帯して闘う街宣だと結集を呼びかけました。その甲斐あって「天神コア前は初めて!道が分からないかも」という初めての北九州からの参加者が無事に合流し、一緒に賑やかに街頭に立つことができました。 寒さは厳しいですが、心はほっこりと温まります。私たちの後に同じ場所で街頭宣伝を行う団体の方がチラシを一緒に配ってくれ、「マイク、使っていいですよ(私たちのマイクより大音響)」と申し出てくれました。嬉しかった。 クリスマス前でめまぐるしく人が通る中、「命より金のやつらと金より命の人々がいます。わたしたちは命が大事です!事故や戦争で人を殺すオスプレイ配備を許すことなく声を上げましょう!」と語りかけました。「命が大事」という言葉にはっとマイクの方に顔を向ける人が多く、あわただしいなかでもチラシをよくうけとってくれました。近くではまた別の学生団体が募金のお願いをしていました。街頭宣伝が終わったあとでほんのわずかの硬貨を握りしめ、募金に行くと「頑張ってください!」と学生から激励されました。極反動政権誕生に不安と怒りを感じながら、それでも「頑張っていくぞ!」と、思いを新たにしました。参加されたみなさま、お疲れさまでした! 福岡県連絡会・田宮 星
2012年12月26日
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12月17日(月)、元佐賀医科大学物理学教授の末崎幸生さんと報道写真家の三留理男さんをお招きし、久留米反原発学習集会を開催しました。末崎幸生さんからは「あなたはどう向き合いますか?『原子力発電の仕組み」』と題し、原発の仕組みについてお聞きしました。お話の途中に質問コーナーがあり、分かりやすく進んでいきました。三留理男さんは、「怒りの大地・フクシマを撮る」と題し、写真集をDVDにしたものを会場全体で流して、エピソードをお話されました。三留理男さんの熱烈なファンの方など初めての方も多い集会でした。平日の夜に久留米に30人ほど集まり、集会を開催することができました。とりわけ、仕事を終えて、家事の合間に駆けつけてくれた仲間が司会や受付など率先して引き受けてくれたことに感謝します。 1月20日(日)、福島から椎名千恵子さん、城臺美弥子さん(NAZENナガサキ・被爆者)をお招きし、えーるピア久留米で13時30分から1.20久留米反原発学習集会を「すべての原発いますぐなくそう!全国会議」と共催で開催します。ぜひ足をお運びください。(田宮星)
2012年12月26日
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10月20日、12時から約1時間半、天神コア前で、10.1普天間基地へのオスプレイ配備強行と10月16日の米兵による2名の女性への暴行事件に対する怒りの街宣を行いました。 9月に開催した福岡県連絡会の総会で決定した毎月街宣の2回目です。 今日はオスプレイの配備許すなののぼりと横断幕に加えて、9.9沖縄県民大会と普天間基地のすぐそばにある小学校の上空を飛ぶオスプレイの大きな写真をならべてアピール。すべての原発いますぐなくそう!全国会議・福岡の若い事務局の人もマイクを握って訴えました。"世界一危険な基地に、世界一危険なオスプレイが飛んだらどうなるのか、基地に苦しめられている沖縄の人々は、県民140万人の総意を無視したオスプレイ配備強行に、「もうこうなったら全面基地撤去しかない」と怒っている。原発も同じ!命のためにともに立ち上がろう" 被災地からの避難者、沖縄出身の人たちをはじめ、何人も足を止めて話の輪ができるなど、前回より反応は大きく、ビラも撒ききり署名・カンパも多く寄せられました。(事務局)
2012年10月23日
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前回の豪雨の中とは打って変わって、さわやかな秋空になった9月23日、さよなら原発福岡集会は、デモに出る頃には2500名の結集となって、福岡市内を“原発いらない”の声でうめつくしました。冷泉公園から九電本社まで、がんがん音楽をならし、踊りながら“原発いらない”を叫ぶサウンドデモ隊のトラックを先頭にした、長蛇のデモ隊に、沿道の市民は“そうだ、そうだ”の声で呼応してくれるなど市民の注目は抜群でした。今回は1コースにしようと実施したのですが市内を反原発の声で埋め尽くすという点では成功しました。とりわけてデモ隊のすべてが九電本社包囲をし抗議の声を上げてから解散するというやりかたは誰もが闘った実感をもつことができて、今後継続したい形態です。 1時間の集会では、冒頭にハイロアクション福島の宇野さえこさん(福島から避難)が登壇しました。彼女は、子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク代表の佐藤幸子さんのメッセージを読み上げて、福島が今もまき散らされ続けている放射能に苦しみ続けている現状を報告し、原発再稼働阻止!原発廃炉!の叫びは、最初からヒートアップしました。そのあとに、ゲストのミサオ・レッドウルフさん(首都圏反原発連合)が、この間の首相官邸前の金曜日行動の様子を報告し、「続けていく」「11・11には100万人で大占拠だ」とのアピールに大喝采!会場からの質問に答えるという中で、がれき問題をどう考えるかという質問に対しては、「連合でまとまっていない。個人的には反対」という意見でした。実行委員会では共産党などが北九州市の受け入れに賛成しているため、なかなか反対の意見で一致できていないのが残念ですが、今日の集会には17日の北九州市の放射性がれきの本焼却に焼却場前で抗議行動を行った人たちが横断幕やボードをもって参加している姿が見られ、うれしかったです。NAZEN福岡の隊列では、デモコールの中で「原発いらない」に「がれきもいらない」を付け加え、多くの人が唱和していました。実行委員会には福岡県連絡会も松尾世話人が参加して闘い抜くとともに、当日は会場設営などを手伝うとともに、NAZEN福岡主催の「内部被曝を斬る!10・14反原発集会」のビラを1000枚撒いて参加を訴えました。(事務局)
2012年09月28日
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6月24日(日)に開催した第1回学習会は、わたなべひろやすさんをレポーターに第1章「政府や権力は嘘をつくものです」を学習しました。 9.11以後のアメリカで大儀のない戦争に国民を引きずり込んだのは政府の情報操作と、それを煽る大手マスコミとの癒着であったことが暴露されました。あふれる情報は、大手メディアの多くが政府や財界とつながり、視聴者を支配者の都合のいい方向に向かうように情報操作していることがはっきりしてきました。それを見抜くこと、だまされない私たちの力が必要です。「問われているのは私たち自身なのだ。」という著者の最後の言葉が私たちに強いインパクトを与えました。 提起を受け、活発な論議になり、提起の内容をより確かなものにすることができました。
2012年07月13日
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輝く太陽、キラキラ光るエメラルドグリーンの海に囲まれた美しい島、沖縄。那覇空港に到着すると、出入り口の自動ドアにポスターが!「海岸などで拾得された物をお持ちではありませんか??不発弾の機内持込、お預かりは出来ません!!」と書いてあります。ドキドキしながら先へ進み、モノレールに乗ると今度は戦闘機が何機も見え、観光客が写真を撮っている。日常の中に基地がある、怒りがこみ上げる光景だ。 12日~14日の3日間、ひめゆり資料館見学、国際通りデモ、集会、基地見学、県民大会、青年集会、辺野古集会、名護デモと、ぎっちりしたスケジュールで参加しました。一番印象的だったのは、デモコールで「労働者は死んではならない。死すべきなのは米軍基地だ!原発だ!」。これに地元の商店街の人々が手を叩いたり振ったりして答える姿は衝撃的だった。福島でも同じことが起こっていると伝え聞いています。基地も原発も利益は資本が吸い取り、地元の人々の怒り、悲しみはネグレクトされている。県民大会では約3千人の人々が集まり、声を上げました。辺野古では4・28安保・沖縄集会にメッセージを寄せてくれた青年労働者の富田晋さんから報告がありました。おじい、おばあたちの思いが青年に引き継がれています。わたしも福岡で本気で生きようと決心する3日間でした。(5・15闘争派遣団 すべての原発いますぐなくそう!全国会議・福岡事務局・田宮 星)
2012年05月21日
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「沖縄新基地建設を阻止し、日米安保をつぶそう! 基地も安保も根っこは一つ。すべて廃止に!」のスローガンをかかげ、4月28日午後1時30分より福岡県立ももち文化センターで、「4・28安保・沖縄集会」(主催 とめよう戦争への道!百万人署名運動福岡県連絡会)を行いました。 集会に先んじて、DVD「普天間基地と沖縄海兵隊」ダイジェスト版を上映。司会は合同労組レイバーユニオン福岡の青年労働者。開会あいさつを行った世話人のわたなべひろやすさんは、昨日出された自民党の改憲案を怒りを込めて弾劾しました。 特別アピール1として、美ら島沖縄大使・琉球アーティストであり、すべての原発いますぐなくそう!全国会議の呼びかけ人でもある宮村みつおさんと今春中学校を卒業したばかりのシンガー渡辺悠士君が沖縄と反原発の思いを込めて歌を披露。会場が盛り上がる中で前泊博盛さん(沖縄国際大学教授、前琉球新報論説委員長)の講演に入りました。 今回のテーマは「米軍再々編と日米安保~復帰40年の沖縄から」で、「復帰後40年間の沖縄における米軍基地問題の流れを追いながら、日米安保を総括する。特に1995年以降のSACO合意と普天間基地問題、2006年の米軍再編とグアム移転問題、鳩山・民主党政権と米軍基地問題、抑止力とオーストラリア米軍駐留など最近の米軍の動きと沖縄の基地問題に対する民主党政権の対応などを総括し、日米安保と憲法問題を考える」の提起でした。 そして、辺野古新基地建設が県民の闘いによってとん挫していることを重視し、「7月に予定されているオスプレイの配備に対しても住民運動をつくって阻止したい。いま必要なことは、政党に頼るのではなく、住民自らが沖縄の未来を決めていくような運動をやっていきたい」と熱く語りました。 主催者からの基調提起に続いて5人の沖縄派遣団が登場し、沖縄北部合同労組執行委員長の富田晋さんからのメッセージを代読して決意表明と派遣団へのカンパアピール。 最後に特別報告の2として、すべての原発いますぐなくそう!全国会議・福岡事務局から北九州で働く運輸労働者が発言し、北九州市のがれき広域処理受け入れに対する弾劾とそれへの闘いを訴えました。 参加者たちは、結成以来の世話人であった郡島恒昭さん、梶村さんら旧知の人たち、一方沖縄で就職しながら沖縄・反原発を中心にシンガーとして生きていきたいという15歳の青年をはじめ若い人たち、反原発で知り合った人たちなど昨年より多彩な顔ぶれでした。 福島の怒りと固く結んだ全国の反原発の闘いは、ついに全ての原発をとめました。この力をさらに大きくし、今こそすべての原発を廃炉へ!の闘いの新たな第1歩として、5・27反原発佐賀集会の成功を勝ち取ろう!(会員S)
2012年05月17日
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4・28安保・沖縄集会に参加しよう!戦争のための沖縄の米軍基地を撤去しよう!と4月8日に引き続き、天神で街頭宣伝を行いました。すべての原発いますぐなくそう!全国会議・福岡や合同労組レイバーユニオン福岡の仲間たちも一緒。2回目の沖縄街宣ということもあってか、前回よりマイクで訴える方も滑らかだし、通行していく人たちも前回よりビラを次々に受け取ってくれました。 今年は復帰40年目、米軍基地はなくならないどころかますます強化されています。それはアメリカがこれまでの中東と東アジアで同時に戦争を行う「2正面作戦」からアジア太平洋重視の一つに軍事戦略を転換したからです。アメリカはこれまでのように世界支配ができなくなってきている危機を中国、・北朝鮮への戦争的重圧を徹底的に掛け、戦争的事態を引き起こすことによって突破しようとしているのです。そのため、沖縄はその最前線基地として再編強化の真っただ中にいるのです。 今日の街宣では、安保は沖縄県民や私たちを守るためにあるのではなく、戦争のためなんだと訴えました。そして、米軍基地が沖縄県民をどれほど苦しめているのか、その実態を訴えました。これをめぐって討論の輪が二つもできて、充実した街頭宣伝になりました。
2012年04月22日
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4月13日、14時から、「さよなら原発!3.11福岡集会実行委員会」は、40人の結集で九州電力瓜生社長に対する申し入れを行いました。 瓜生社長は、副社長の時に「玄海1号機は60年運転できる。」「川内原発3号機をつくる。」「再稼動の条件には立地地域以外の自治体の同意は必要ない」と述べ、あくまで原発推進の立場にたち、やらせ問題や第3者委員会報告拒否についても何ら反省のない人物です。 事故の収束の展望もないどころか、毎日新たな放射能を大気に海に放出している状況にあるにもかかわらず、「ストレステストで一定の評価が得られれば、再稼動はありうる」と言っている。全く許せません。 この日、対応したのは、九電の広報部の4名の社員。まず、社長出席の要求から始まりました。「いますぐ社長をよべ」に対して、「私たちが、社長に伝えます。」の一点張り。10分ほどの応酬が続いた後、3.11集会宣言を読み上げ(青柳)、韓国からの集会支持文書も藤本室長に手渡しました。 その後、文書を読み上げて申し入れを行い、その後参加者たちがその内容に沿って意見を述べました。◎やらせメール問題についての納得がいかない。 (実)「3者委員会の報告を『真摯に受けとめる』としているが、信頼関係の回復について実感しているか」(九)まだ半年しかたっていないので・・(実)「まだ半年しか・・ではなく、もう半年もたっているんだ」と怒りの声。「九電からの主体的な取り組みが必要だ」と迫る。(実)「九電は、信頼を失ったという認識はあるのか」(九)「会社として会社の仕組みを変えていくなどしている。しかし、社内の事で、外部の私たちには全く分からない」◎「福島は収束した」と言われているが、九電はどう判断しているのか。(九)「事故の原因は津波による電源喪失としている。地震についは調査中」(実)「原因がまだ明らかになっていないのになぜ再稼動を進めているのか」(九)「まず外部電源が喪失しない対応をしている」(実)「事故の原因は、電源喪失だけが問題ではなく、電源が喪失しなくても配管などが破壊され事故を起こしたのではないか」◎燃料棒について(九)「今運び込んでいる燃料棒は、2011年3月11日前に購入した分」(実)信頼回復のために何をやったのか(九)社内の社員の再教育に取り組んでいる。 ◎モラルについて (実)「社員が、おかしいことに対して声を出しているのか」「原発廃炉を明言しなければ信頼回復はできない。」「事故が起きたら責任をとると言っているが、1度事故を起こせば取り返しがつかない。誰も責任が取れない。九電も東電も国も。責任をとるということは、原発をなくすことだ。」◎廃炉について(実)瓜生社長は60年運転できると言っているが、その根拠は」「廃炉の選択肢はないのか」(九)「現時点では廃炉は考えていない。」「安定的電力供給が任務だと考えている。」「新しい原発の建設はまだしない」「ベント設置については、設置に向けて検討している。」(実)「原発がないと安定的電力供給ができないというのは会社として失格だ。原発なしでも電力供給ができますと言えるのが電力会社だ」 故郷を奪い、未来も奪った福島原発事故は、あらゆる面でいまだ何のめども立ってないというのに、“原発継続は会社の任務だ”という九電には、あらためて怒りがわきました。16時前に終了し、九電ビル前のテント前で、総括会を行い解散しました。 ここで4・28安保・沖縄のチラシを配布しました。 (世話人・松尾)
2012年04月21日
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4月8日(日)買い物客でにぎわう天神コア前にて4・28安保沖縄集会への参加を呼びかける街頭宣伝を行いました。「合同労組レイバーユニオン福岡」「すべての原発いますぐなくそう!全国会議・福岡(NAZEN福岡)」も駆けつけ、300枚のビラを撒きました。受け取った後、熱心に読む若者の姿もちらちら見えました。マイクアピールはリレートークのように進みました。沖縄問題を自分のこととして捉え、認識し、共に怒り、行動していきたいと気持ちが溢れます。基地も原発も根っこはひとつ!根っこを探り、掘り出したい!北朝鮮の「人工衛星」打ち上げを、「弾道ミサイル発射」だと大々的にマスコミに報じさせて国民操作し、基地撤去、自衛隊配備反対の根強い沖縄県民をこのときとばかりに北朝鮮脅威論でねじふせて、沖縄にPAC3と自衛隊の配備を強行しているやり方には本当に腹が立ちます。沖縄では連日反対闘争が闘われています。ともに闘いたい! 暖かくなり日差しの強い中、背中は汗でべたつき、「やりとげたぞ!」という実感が湧いた街頭宣伝でした。4・28安保沖縄集会では、こうした問題も含めて前泊博盛さんが生々しく講演してくれます。ぜひ、足をお運びください!
2012年04月12日
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「九州の原発がすべて停止している今こそ被曝労働の実態を学び、原発の再稼働を阻止しよう!」という思いから、1月29日久留米反原発学習集会は企画されました。福岡県連絡会・久留米が呼びかけ、すべての原発いますぐなくそう!全国会議・福岡と共催で報道写真家の樋口健二さんを講師に招き、開催しました。90名を越す参加者に、樋口さんは「これまでボクのことを知らない人たちが呼んでくれるようになった」とおっしゃいました。そして38年間追い続けてきた原発で働く労働者の被曝の実態について語り始めました。原発の日常の作業や定期検査を下請け、孫受け、ひ孫受けの労働者が行い、48万人におよぶ被曝労働者が存在し、彼らがボロ雑巾のように使い捨てにされてきたことを真剣なまなざしで話されました。さらに、原発の炉心近くで作業する労働者の姿を会場のスクリーンに映し出し説明を加えていきました。被曝し体調を崩して働けなくなった労働者の労災認定が50ミリシーベルトという基準で切り捨てられている現状やヤクザがからみ労働者の日当がピンはねされている問題についても語られました。原発産業の構造上の問題から被曝労働が生まれ闇に葬り去られている現実の深さに圧倒されました。それでも被曝労働者なしには1日足りとも原発は動かない。「ならば私たちの手で廃炉にできるはずだ!」と確信した集会でした。 福岡県連絡会・久留米 田宮星
2012年02月19日
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15000人結集で、全原発を廃炉に!の声上がる!!集まる!集まる!それぞれの思いを込めたメッセージをたずさえて舞鶴公園は、15000人までふくれあがりました。誰もがその一人が自分だと、今日来たことを喜び、明るい顔!そして壇上から訴えた藤田祐幸さんの"原発をいますぐとめよう"の言葉にうなずき、福島の人たちの怒りとともに、玄海原発の再稼働を絶対に許さない、という思いを一つにしました。出店も57店。私たち福岡県連絡会も出店し、11月20日の反原発集会で講演してくれる「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」世話人の佐藤幸子さんに、今日の集会参加者たちの思いを届けようと、一言メッセージを書く布を用意し呼びかけました。予想をはるかに上回る大盛況で、全体集会が始まる頃には、書くところがなくなってしまうほど。また、反原発1000万人署名や11・20反原発集会への賛同・参加の呼びかけとともに、この半年間の反原発闘争の写真展示や粘土細工人形や反原発ポストカードなど会員の手作り作品の販売など、みなで協力して福岡県連絡会の新しいカラーを出せた出店になりました。隣の出店は、国鉄全国運動・九州と合同労組・レイバーユニオン福岡と続いていました。それを見ていると、「国鉄1047名解雇撤回!」と書いた団結タオルが次々と売れているんです。中でも国労の人たちや父親が国労だったという人たちが、激励の言葉とともに買っていったそうです。また、レイバーユニオンの出店でも、労働相談に来た人や労働運動雑誌が売れたとか、みんな労働組合の闘いを求めているんだなと、実感しました。この日は、同時に11・20反原発集会ビラを5000枚撒き、参加を訴えました。9・19東京明治公園での6万人集会を引き継ぎ、この間九州で先頭に立って闘争を呼びかけ闘ってきた人たちが中心になって準備・実現した(本当にご苦労さまでした!)15000人集会を、さらに広げて全原発を廃炉にするまでともに闘っていきましょう。11・20反原発&すべての原発いますぐなくそう全国会議・福岡結成集会を成功させましょう!
2011年11月15日
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九州電力はトラブルで自動停止中の玄海原発4号機を11月上旬に再開(再稼動)する方針であると発表しました。「市民へきちんとした説明もない中、なぜ今4号機を稼動させるのか?」抗議します。しかし、九電側は強硬な姿勢で11月1日夜11時に4号機の運転をあっさりと再開。3月11日の福島原発事故以降、国内での原発いらないの声が電力会社には伝わっていないのです。九電は市民に納得いく説明もしないまま、原発を動かしました。怒りと悲しみの中、11月2日の玄海原発4号機再稼動への抗議の申し入れは始まりました。 この日は平日にも関わらず100名を超える個人や団体の方が集まりました。仕事を休んで来た方や子どもを預けて来た方、子どもを連れた方などたくさんの方々と怒りの声をあげました。 13時に集まり、13時半に申し入れのため九電内に入ることになりました。その前に11.20反原発集会のビラを九電前を通る人々に渡しました。玄海原発4号機の再稼動、福島第1原発2号機の核分裂の報道のためかビラはみるみるなくなっていきました。13時半になり、九電からGUESTカードを渡され、用意された地下のイスとテーブルのある部屋に通されました。4名の広報担当の職員が前に並び、各団体や個人が九電への申し入れ文を読み、手渡していきました。後半はフリートークで、聞きたいことを広報担当に質問し答えてもらうことになりましたが、ほとんどがオウム返しで「検討します。伝えます」ばかり。会場の怒りは増し、若者を中心とした十数人が社長室に抗議に行くことになりました。まず社長室がどこか分からずうろうろとしましたが、10階にて発見。入ろうとすると職員数名にガードされ、「私たちは権限のある方の説明が聞きたいんです。同じことしか言わないあの人たち(広報)の話じゃ分からないから来てるんです」と説明。しかし、話してるうちに警察が入り「下の部屋にお戻りください」と九電職員と警察が一緒になって行く手を阻みました。一時床にぺたんと座り込み抗議しましたが、年配の九電職員が来て話ができる職員を下の部屋に呼ぶことを約束したので地下の部屋に戻りました。しかし、対応する職員は変わりませんでした。もう、怒りでほとんど声がでません。 ↑ 回答を求めて社長室にせまる市民たち4号機の再稼動でこの対応ならば大きな事故が起きたときは一体どんな対応になるんだろうと考えます。前日に申しれをした方々が「あなたたち(広報)はいつ再稼動を知ったんですか?」と聞くと「夜の7時頃です。昨日の申し入れのときは知りませんでした」と答えました。「100%事故が起こらないとは言えない」とも。しかし3.11福島事故以来、事故が起こった場合の対応は特に変わりないようです。いったん大きな事故が起きたとき、電力会社がすべての補償を行うことなどできないのです。それにもかかわらず市民の了解も得ず独占企業が原発を稼動させる。こんなに踏みにじられていいわけがない。原発なくても豊かな社会は作れるはずです。九電の理不尽な対応にひるむことなく、反原発の声をあげていきます。今日に続いて、9日に申し入れに対する回答を求める九電抗議行動があります。そして、11・13さよなら原発1万人集会・デモに参加しましょう。11・20「核も原発もいらんばい!反原発集会&すべての原発いますぐなくそう全国会議・福岡結成集会」は、福島の怒りを一つにした集会です。ぜひ参加してください。
2011年11月05日
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「原発いらんばい!」と言いたい気持ちをぐっとこらえ、「原発やめる?続ける?全国投票」を10月16日西鉄久留米駅前とJR久留米駅前で行いました。全国投票の会の規定に沿って投票用のボード(けっこう大きい)を用意し、通行中の方々にシールを貼っていただきました。内容はシンプルで「やめるべき」「わからない」「続けるべき」の3つです。わたしが参加した西鉄久留米駅前では「やめるべき197名」「わからない30名」「続けるべき28名」でした。JR久留米駅前は「やめるべき160名」「分からない46名」「続ける32名」でした。時間は13:30から15:00までの1時間半でした。福島原発事故を受けて、国民が原発をどう考えているかを市民の手で調べるために、道行く人一人ひとりに声をかけ、投票していただきました。ニュースやTVでは原発についての情報がたくさん流れていますが、あらためて原発のことを自分の問題として認識し、意思表示する場になったと思います。投票は中立の立場で行うという決まりで、反原発Tシャツもバッチ&ピアスも外して声をかけました。多くの方が積極的に参加してくれました。後半は「あれっ?この人さっきも通ったかな」うーん。思い切って「まだシール投票がお隅でない方はお願いします!」と呼びかけました。くたくたになりましたが、やり遂げました。一緒に活動したみなさまもお疲れ様です。それではみなさま1万人集会でお会いしましょう! 久留米・田宮星
2011年10月18日
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福岡県連絡会・久留米を中心に、10月7日午後、西鉄久留米駅前で「原発いらんばい」街宣を行いました。200枚ほどのビラが1時間ほどで駅前を行き交う人々に渡っていきました。「すべての原発 いますぐなくそう!全国署名」は25筆集まりました。「原発 原発 いらんばい!」と声を上げ、呼びかけました。福島に住む友人を心配する声や「頑張ってね」という声、原発いらない!の気持ちが1筆、1筆に込められています。わたしたちは原発いりません。一緒に原発いらないの声をあげていきましょう。
2011年10月09日
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この日は、福島原発事故から半年目、全国一斉デモが行われ、3万人もの人たちが「原発とめろ」の声をあげ、再稼働を宣言する野田新政権に対して、絶対に再稼働は許さない、と今秋の闘いの火ぶたをきりました。 警固公園で15時から集会福岡では、青年たちが1ヶ月足らずで準備した「脱!原発サウンドデモin福岡」の主催で、これまでのように全九州からの結集ではなく、福岡単独で1000名を超えたというのは、闘いが確実に広がっていることを示しています。福岡県連絡会は、"すべての原発を廃炉に!"と書いたおそろいのTシャツで。私たちも全力で結集し、いままでより多くの参加で、8月5日に結成された「すべての原発いますぐなくそう全国会議」のピンクののぼりの下に集まった、「福岡市教職員組合・有志」のぼりをたてた教育労働者や合同労組レイバーユニオンの民間労働者たちとともに闘いました。 16時、天神1周デモへ古川佐賀県知事のやらせメールの居直りとそれを必死に守る九電の姿は、人の命を何とも思っていない現れそのものです。玄海原発再稼働を絶対に許さないために、9月19日の久留米学習会を成功させ、11月13日の「さよなら原発1万人集会」に結集しましょう。
2011年09月14日
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藤田祐幸さん(講師) "福島事故は、すでに100万人の被曝者を生み出してしまった!!""取り返しのつかない事態が進行している。九州の人たちは、玄海原発を絶対にとめる責任がある!" 9月4日、福岡のももちパレスにおいて「第3回反原発学習集会&第14回定期総会」が開催されました。今回の学習会は、半年がたつ「9.11」を前に、収束するどころかますます放射能汚染が広がっていることに不安と怒りが増す中で、集会から何ものかを得て9月をスタートしたいというみなの思いがあふれた集会となりました。最初に主催社を代表して開会の挨拶を世話人のわたなべひろやすさんが行い、古くからの言い伝えの中から「いただきます」と「ものごろし」という二つの言葉を例に出して、現代の新自由主義の支配が人間や万物の生命や尊厳を根底からないがしろにし、破壊していることを鋭く突きだしました。次に、「8.9長崎反戦反核・反原発集会」の一部を抜粋したDVD上映。その中で、長崎の被爆者で語り部の城臺美弥子さんの発言があり、「核兵器廃絶を叫び、長崎を最後の被爆地に!と必死に闘ってきたのに第3の被爆地フクシマを生み出してしまった。被爆者自身が"原子力の平和利用"の推進者だったことが突き出された。もうだまされない。黙っていたら殺されてしまう。『祈りの長崎』から反原発を闘う長崎に!」(要約)の訴えは強烈でした。今年の8・6-8・9闘争は、反戦反核と反原発は1つのものだという、新たな地平が確認できました。メイン・テーマは、藤田祐幸さんの講演『知られざる原発被曝労働』です。90分という限られた時間での提起でしたが、藤田祐幸さんが準備されてきたテーマは大きく言って三つです。1「大事故の問題」 2「原発労働者の被曝問題」 3「放射性廃棄物の問題」。藤田祐幸さんが最も強調されたことはそれら全てのスケールの大きさと切迫性です。それは聞く側の私たちを改めて福島原発事故の出発点に立たせるものでした。それは知識や認識の不十分性の問題を含め、まだまだ私たちの中にある危機感の不足を鋭く突き出すものでした。藤田さんの提起の要点は、1「大事故の問題」について。一言で言って、原子力事故・福島原発事故の「取り返しがつかない」という点について決定的に認識が不足していること、これは絶対に克服されなくてはならないこと。これについての政府や東電、御用「学者」やマスコミのデマ宣伝を打ち破っていかなくてはならない。これは、「核・原子力と人類は共存できない」ということを原点に返って私たちに問いかけ、再確認を求めるものといえます。例として、藤田さん自身が当初から深く追及してきたチェルノブイリ事故は、発生から25年経っても「処理」のメドすらたっていないことをあげられました。「放射性廃棄物」の処理方法ひとつをとっても何一つ解決の展望はないのです。野山、大気、海、川にいったん飛び散った放射能は「回収」や「処理」の方法などないのです。チェルノブイリも巨大な事故ですが、それ以上に福島原発事故はますます収拾つかなくなっています。放射性廃棄物(死の灰)が作り出されるという点ひとつとっても、「原発一基が一年間に吐き出す死の灰は、ヒロシマ・ナガサキ原爆の死の灰の1000倍」です。日本の原発54基を「寿命」通り40年間動かせば「ヒロシマ・ナガサキ原爆の200万倍」という途方もない量の死の灰を生み出すのです。しかも、死の灰の放射能が「自然界」並みに「戻る」には100万年かかります。この「100万年」に、国家と電力会社などの資本がどれほどの責任をとろうと言うのでしょうか。しかも、そのことも隠蔽し、野田新政権は、なお原発を続行しようとしているのです。私たちは改めて提起された「取り返しがつかない」という点について深く考え、怒りの原点にしっかりと据えなおす必要があります。2「原発労働者の被曝問題」藤田さんは当初からこの点も鋭く提起されてきました。『知られざる原発被曝労働』(岩波ブックレット)が出版されたのは1996年1月です。その中で出されている「ある青年・嶋橋伸之さん」が受けた被曝量は10年間で「50.93ミリシーベルト」、つまり年平均で5ミリシーベルトになります。それで嶋橋伸之さんは殺されたのです。しかし、福島原発事故以後、日本政府はその「限界線量」をどんどんつり上げ、原発労働者を果てしない殺人的労働に追い込んでいます。「異常時」には「100ミリシーベルト」いや「250ミリシーベルト」までというように原発労働者に残酷な労働を強制しています。しかも、藤田さんはそのことに既成の「労働組合」までが全く闘おうとしないことに強く警鐘を打ち鳴らしました。しかも、それらの労働者のほとんどは下請け、非生起労働者、未組織といわれる労働者です。原発労働者の被曝労働の問題は今後ますます切迫性を増す問題です。私たちの世代で、私たちの責任で闘う労働組合を蘇らせる必要と責任を強く感じました。原発労働者の被曝問題は巨大なことですが、今回藤田さんが強調したのはある意味でもっと大きなことでした。福島県民全てがおかれた「被曝」状況です。単純に前提にすることはできませんが、「放射線管理区域」の基準とされている数値は「0.6ミリシーベルト/時 5ミリシーベルト/年間」が限界とされています。ところが、これを基準にすると福島県の面積の半分、200万県民のうち157万人、25市町村が含まれてしまいます。これを政府は「放置」したままにしているのです。「収束」などとんでもないことです。とりわけ、藤田さんは「子どもたち」を絶対に守ることを強調されました。私たちも同じ立場からこの問題を受け止め、原発絶対反対を貫いていく必要を痛感しました。子どもたちに20ミリシーベルトを強制しようとした政府を絶対に許さないという強い決意が示され、全体も改めて自分の決意にできたと思います。3「放射性廃棄物の問題」もとても大きな問題です。時間の関係から全部は展開されませんでしたが、「すべての原発を廃炉にしよう」の観点から徹底的に追及していきたいと思います。最後に、藤田さんも含めて全体で強く確認したことは「玄海原発」の再稼動を許さずすべての原発の廃棄をかちとる問題です。九州に住む者として全体が強く確認しました。9.11が目前に迫っている時点の緊張と切迫感をもって最後まで充実した学習会としてかちとることができたと思います。第14回定期総会を開催その後、短い時間でしたが、第14回定期総会を行いました。9条改憲阻止を土台にすえ、安保・沖縄闘争、反原発闘争、裁判員制度廃止の闘い、にますます全力あげて闘っていくことを確認しました。世話人・事務局体制はすべて留任です。
2011年09月08日
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ヒロシマ・ナガサキ・フクシマをくりかえすな!核も原発もなくそう! 意気高い集会とデモをやりぬきました!8日8・9長崎闘争は、8月8日、長崎大学での長崎大学・山下俊一教授と彼を擁護する大学当局を徹底弾劾する闘いと九州電力長崎支店への抗議・申し入れ行動で始まりました。福岡県連絡会も世話人の松尾さんと小学生の孫が参加。山下教授は、福島県放射線健康リスク管理アドバイザーとして、「100ミリシーベルト以下なら子どもの健康に影響ない」というとんでもない発言をくり返し、さらに7月福島県立医科大学の副学長に就任。福島大学教授らが猛然と抗議・退任を求めている輩です。試験で登校している学生たちに訴え、注目を集めた抗議・申し入れ闘争に続き、九電長崎支店へ。「やらせメール」の謝罪と責任ある対応をしろ!と強く抗議。夕方から、長崎の中心地・鉄橋で福岡県連絡会の人たちも新たに加わり総勢30人ほどで大街頭宣伝。5日に結成された「すべての原発いますぐなくそう!全国会議」が作成した新署名用紙を使って、1時間余りで330筆も集まり、一同大感激。8・9長崎が怒りの長崎であり、原発に対してもその怒りは全く同じだと実感させられました。 ▲8日長崎・鉄橋での街頭宣▲9日早朝、「長崎原爆朝鮮人犠牲者追悼早朝集会」に参加したあと、10時過ぎからいよいよ本番「8・9長崎 核も原発もなくそう!菅首相平和祈念式典出席弾劾!」決起集会。朝6時過ぎに福岡からバスに乗って駆けつけた仲間たちも合流しました。直前に猛烈な雨の中に襲われ、ずぶぬれになりましたが、私たちの迫力に雨も退散。城栄公園を出発したデモは"玄海原発の再稼働を許さないぞ"の福岡県連絡会ののぼりや、諸労組・諸団体ののぼりを林立させ、青年たちの太鼓をうちならした元気のいいシュプレヒコールで、、平和公園の下に到着しました。11時2分、参加者たちは、長崎への原爆投下を弾劾し、管首相に届けとばかりに式典会場に向けて思いっきり怒りのシュプレヒコールを何度もくり返しました。さらにデモは、となりの爆心地公園(松山公園)まで行進し、中に入って総括集会を行いました。この日の爆心地公園は、原水禁の集会の解散過程であったり、諸団体が集会をやっているなど、文字通り闘う人たちの集う場になっており、反原発闘争で知り合った福岡の若者たちとの出会も楽しいものでした。また8・6ヒロシマで知り合い、このデモのためにだけ福岡から駆けつけてくれた若い女性労働者の、"一人でも多く立ち上がってほしいからデモアピールが好き"という言葉に"いま、行動の時"であることを実感しました。午後からの集会は、核と戦争・原発が1つに結びつき、怒りも新たに今秋への決起が打ち固められた集会でした。被爆者で語り部の城臺美弥子さんは、初登壇で、「6歳で被爆した。生き残った私たちは、長崎を最後の被爆地に、と白血病のベッドから這い出してでも訴えてきたのに、3月11日の福島原発事故が起きてしまった。この日本で3度目の原爆投下を受けるなんて、これまでにない衝撃を受けた。どうして?どうして?と自問した。核と人間は共存できないと言い続けてきたが、それだけの威力を平和のために使えれば、原発は希望だ、と思っていたことに気がついた。平和利用という言葉にだまされてきた。もう黙っていられない。かつての戦争の時もそうだったが、国民をだますのはいい加減にしてくれ。黙っていたら未来も故郷も奪われてしまう。"祈りの長崎""静かな長崎"と言われてきたが、今は"反原発!"と叫びたい。今日参加してはっきりした。ヒロシマ・ナガサキ・フクシマを最後の被爆地に!反原発を一緒に闘いましょう。」と訴えました。参加者一同、感動とともに絶対原発をとめるぞ!とあらためて決意を固めました。さらに、8・6に続いて8・9長崎闘争にも参加した米国の"反戦の母"であるシンディー・シーハンさんは、イラク戦争で息子の命を奪った米国の戦争政策を痛烈に批判し、「戦争も原発も革命に向けた行動だけが唯一止められる。原発と戦争、貧困、新自由主義と闘おう」と熱烈な檄をとばし、参加者たちとの討論で一層の国際連帯が打ち固められました。福島住民からの訴え、「すべての原発いますぐなくそう!全国会議」から鈴木達夫弁護士、玄海原発7月再開阻止行動を先頭に立って闘った福岡県連絡会の吉田さん、前日の抗議行動を闘った全学連、国鉄全国運動からの訴え、それらを受けて国労小倉闘争団の羽廣憲さんが基調を提起。羽廣さんは「反戦反核・反原発と国鉄闘争に勝利しよう。闘う労働組合をつくり直し、その力で労働者が主人公の社会をつくろう」と呼びかけました。闘いの報告と決意表明では、福岡市教組大会で奮闘した教育労働者からの報告と闘う青年労働者から。どれもが新たな地平を切り開いている確信に満ちた発言でした。115名の参加。8・6ヒロシマ-8・9ナガサキ闘争は参加者数も内容も画期的で、みなが新たな確信に燃え立ち、全力で今秋9・11全国百万人デモを勝ち取ろう!その力で11・6全国労働者1万人集会を実現しようと訴えられました。
2011年08月19日
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7月24日、福岡市早良市民センターで、"原発をとめるために!今、私たちに何ができるか!”「やさしい反原発学習会」を行いました。サブタイトルは、"考えよう!行動しよう!" 10名近くが初参加で、なかでも被災地から避難してきた小さな子どもを抱えた若いお母さんや大学生が参加してくれたことは、とてもうれしかった。今回の学習会は、第1回目の学習会に参加した人が積極的に企画を提案し、2回の打ち合わせを経て開催したもので、動画をふんだんに使っての提起など画期的試みでした。盛りだくさんの内容だったため、会場交えてのトークの時間がほとんどとれなかったのが残念でしたが、様々な角度からの提起は、第1回目からの前進でした。わたなべひろやすさんが開会の挨拶をしたあと、福岡市内の中学校で美術を教えている教育労働者が、「地球環境ポスター」制作の授業で原発をとりあげて行った資料を中心に「原発について調べてみよう」と提起。やさしい導入の次は、「チェルノブイリ事故以来18年間で、ガンなどの死者100万人」動画上映。つい最近その著書を英訳した米国の学者がインタビューでその内容を語るというものでしたが、実にショッキングな被曝実態が暴かれていました。100万人の死!人間だけでなく、その周囲の生態系がすべて破壊されてしまった事実と福島原発事故による被曝と重ね合わせたとき、絶対に原発をとめなければ、という怒りと決意がみなぎりました。続いて、今日のメインの1つである「これほど危険な原発を推進しようとしているのは何故か~偽装された核武装政策」を、前回に続いて迫田さん(8・6-8・9広島・長崎反戦反核実行委員会)が提起しました。1.原子力技術の本質は、人間を大量に殺すための究極の技術。2.原子力産業は巨大な軍需産業である。戦後の原発に関する歴史をとらえ返して、原発建設は核武装・核軍拡と完全に一体のものとして、国家の基本戦略として推進されてきた事実を暴露。だからこそ、核兵器廃絶と全原発の廃棄は一体の課題であり、今年の8・9長崎反戦反核反原発闘争は、それを全国に訴える重要な闘いだと参加を呼びかけました。後半は、6・19「怒りのフクシマ大行動」のDVD上映・報告と玄海原発7月再開阻止行動報告を受けて、参加者のトークの予定でしたが、初参加の大学生が、サクスホーンで演奏をしてくれることになり急遽予定を変更。自分が原発とめる闘いに参加するようになった思いを語りながら、「見上げてごらん夜の星を」を演奏。会場は、それまではりつめて学習してきた空気が一変!しみじみと胸にしみいる音色に、参加者たちはみなホッと一息。すばらしい演奏でした。また聞きたいですね。そんなこんなで学習会は大盛況でした。よせられた感想も、「チェルノブイリ事故の被害の実相はショック。どの国も情報隠しをするものですね」「福岡に避難してきて孤独な気持ちでいたけど、こんなにも考えてくれている人たちがいることを知って心強かった。勉強になったし、これからも参加します」などなど。無論、プロジェクターの操作や、盛りだくさんすぎたなど、反省点もあり、おおいに次につながりました。●当日は、資料の中に 「やさしい反原発学習会」のCDを配布。 当日上映したもの以外に、主にYou Tubeからとった小出裕章さん、広瀬隆さんの講演等を収録しています。ほしい方は連絡ください。翌日の西日本新聞に記事と写真が掲載されました。(事務局 )
2011年08月01日
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古川県知事が玄海原発再開のGOサインを出す最後の手続きとして企まれた7月11日の原子力特別委員会は中止。7月再開策動はついに破産が確定しました。 当初、特別委員会弾劾闘争として予定していた今日の闘いは、一転、7月再開を阻止した勝利を確認し合う場となり、10時から始まった県庁前集会は最初からボルテージがぐーんと上がって始まりました。私たち福岡県連絡会は、「9条を変えるな」「全ての原発を止めろ」ののぼりと7・8県主催の「県民説明会」弾劾闘争の報告ビラをもって参加しました。豊島耕一佐賀大教授は、「7月再開を阻止した勝利を喜ぼう。政府と闘って勝てることなどめったにない。その上で、ストレステストなどにごまかされずに再開阻止の闘いを強めていこう」と発言。集会は、国と九電ばかりに顔を向けている古川県知事弾劾・追及の場となり、ボルテージがどんどん上がっていきました。この日もこれまで中心になってきた深江さんらの呼びかけで、平日にもかかわらず200名の人々が県内外から集まり、古川県知事はでてこい! 35度を超す猛暑もふっとばす怒りが佐賀県庁に響きわたりました。そこに突然現れたのが、俳優の山本太郎さんです。玄海原発が再開されるかもしれない、と聞いて駆けつけたとのこと。山本さんは、「人の命を犠牲にして成り立つ電力なら使いたくない。ストレステストのクリアが、再開のお墨付きとなることを疑うべき。わかってもらえるまでアクションを続けなければならない。僕は本気です。みなさんと同じです」とアピールしました。山本太郎さんの登場で、ますますヒートアップし、古川県知事に面会を求めて全員が県庁の敷地内になだれこみ、さらに庁舎の中へ。許せないことに古川県知事は逃亡して不在でした。逃げ回る県側を1階の大きなフロアに引きずり出して、要望書をつきつけました。200名全員が庁舎の中に入って、ロビーで"原発止めよう"大集会を、一歩も引かずに貫徹しました。山本太郎さんも体を張ってともに闘いました。労働者民衆の闘いが政府・九電を圧倒し、世論も7割原発反対の中で、岸本玄海町長、古川県知事もぐるになった、ヤラセ・利権あさり・ワイロの「佐賀県原発村極悪トライアングル」が次々と暴露され始め、怒りは倍加するばかりです。インチキなストレステストも玄海原発が最優先で、35基が止まっている現在の状況が続けば、稼働中の原発も次々に定期検査に入り、来年夏には全原発が止まるという非常事態。これを避けるために、あくまで玄海原発の再開を突破口にしようとしているのです。玄海原発の再開を絶対許さず、さらに足腰を強めながら、8・6ヒロシマ-8・9ナガサキ反原発・反戦反核集会に全力をあげよう。(事務局・和田)
2011年07月14日
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炎天下、あるいは豪雨という激変する天気にも負けず、連日、徹底的に闘って、ついに玄海原発7月再開を大破産に追い込みました。やった!労働者民衆の底力をまざまざと示した闘いです。私たち福岡県連絡会も全力で闘ってきました。 福島原発事故以来、全九州の闘う人々は、"原発とめろ!廃炉に!"の一点で福岡で共闘し、日に日に闘いを大きくし、6・11~6・28株主総会包囲闘争では800名の結集で闘いぬき、九電を追いつめてきました。こうした闘いに危機感をつのらせ、政府・財界・九電は、必死の画策の中で岸本玄海町長と古川佐賀県知事を抱き込み、玄海原発の7月再稼働にむけ一気に突っ走ってきたのです。 この策動に対して、"原発止めろ"勢力は、直ちに、福岡から佐賀現地での闘いに戦線を拡大し、激しい怒りを集中しました。佐賀県庁横にテントを設置して抗議の泊まり込みをはじめ、次々と闘争方針を打ち出し、7・8県主催の県民説明会との闘い、県知事が最後の判断とする7・11県議会原子力特別委員会には1000名の県庁闘争を構えました。 こうした闘いが、7月再開策動を打ち破ったのです。九電「やらせメール」は、私たちの闘いに追いつめられたあせりによるものです。 すでに7月再開先送りがほぼ確定した7月8日、県主催の説明会は予定通り行われました。佐賀県民だけを対象にし、あらかじめ好き勝手に県内市町の配分を決めて人選したやらせ説明会です。今日はそれをひっくり返し、会場の外も中も圧倒的な反対派の声で埋め尽くすぞと、私たちは、合同労組レイバーユニオン福岡とともに決起しました。 地元佐賀をはじめ、8・9長崎反原発・反戦反核集会を訴える長崎や、福岡、大分、熊本からそれぞれ横断幕やビラをもってかけつけ、さらに広島から8・6ヒロシマ大行動実行委員会が参加。総勢50名で、会場入口前の広場は、たちまち原発反対派の解放区になりました。 若者たちの「博多ぶらぶら」」の衣装を付けた「原発なくてもえいじゃないか」踊りや、代わる代わるマイクを握った訴えが行われ、様々なビラが手渡される中で、入場を前にある青年は、「玄海町でも説明会ひとつやっていない。それを再開というのはあまりにも異様だ」と語ってくれました。 福岡県連絡会は、300枚のビラを撒ききり、ヒロシマ大行動実行委員会は全原発廃止1000万人署名を46筆も集め、この日の闘いの中心で奮闘しました。 会場では、経産省原子力安全・保安院担当者との質疑で、「国の安全対策は信用できない」「原発事故が収束していないのに何が安全だ」「放射能は垂れ流し状態。人の命、健康よりもお金が大事なのか」と厳しい意見や質問が飛び出し、国と九電への不信が次々とたたきつけられました。「原発ほど安全ものはない」というヤラセ意見はたちまち怒号で粉砕されるという有様。 その後、私たちは、佐賀市内での「住民がつくる玄海原発説明会」に合流しました。政府は、「ストレステストは玄海では簡略テストにして先行実施する」と明言しています。また古川知事は、「安全はクリアされていると今も思う」などと説明会後の感想を述べ、再開の機会をねらっています。 玄海原発再開をめぐる闘いは、新たな闘いの段階に突入しました。7月再開策動粉砕の勝利をかみしめ、7・11佐賀県庁前勝利集会から玄海原発再開策動粉砕・全原発の廃炉へ。8・6広島-8・9長崎反原発・反戦闘争の大高揚へ突き進みましょう。(事務局・和田)
2011年07月10日
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6月28日、九電の株主総会会場であるニューオータニ前には、「九電の廃炉を求める連絡会」の呼びかけで朝8時に結集。続々と九州各地から集まり、またたく間に会場前は人であふれました。私たちも「原発を全部とめろ!国と東電は責任をとれ」ののぼりをかかげて参加しました。2年前「裁判員制度を廃止に!鹿児島久キャラバン行動」で受け入れをしてくれた小川みさこ市議との再会など、久しぶりに顔を合わせた人も、また最近知り合った仲間とも口々に「絶対止めなきゃ」。「原発止めよう!全てを廃炉に!」の声と怒りは、人間の鎖で会場を封鎖?会場の中での闘いと同時に行った那の津までの炎天下の往復デモ!さすがにバテましたね。でもそれから九電前で総会報告など1時間以上の集会。総会では、「電力の安定のために必要」「安全対策はとられた」を繰り返す九電に対し、怒号の嵐。それは東電などどこも同じ。採決の様子がテレビで映し出されたが、どう見ても「脱原発提案」に賛成、反対はそれほど数に差がありませんでした。ところが新聞には「9割が反対」の見出し。疑問に思ったマスコミ関係者もいたようで、説明は大株主の委任状による票数の多さだと。ふざけるな、です。天神・那の津まで、折り返し九電前まで往復デモこの日、私たちは7・24反原発学習会のビラと、「6・19怒りの福島行動」で発言した福島県教組書記長の学校現場はどうなっているのか、20ミリシーベルトまでなら校庭使用安全と言った文科省への激しい怒りの発言とそれまでの住居から同県内に引っ越さざるをえなかった住民の「それでも経済発展のために原子力が必要か!」の必死の訴えを掲載した「闘う救援対策本部ニュース」を配りました。(両方とも同封しています) 政府と九電は、玄海原発再開を全国の突破口にしようと、海江田経済産業大臣を佐賀に呼んで、「安全が保障されたと」とし、さらに県議会、県民説明会を予定しています。みんなの力を合わせて、絶対に玄海原発再稼働を阻止しましょう。
2011年07月03日
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6月5日、東京の日比谷公会堂に全国から1585名が結集し、国鉄闘争全国運動1周年の集会が開催された。私も前教育労働者として、また福岡県連絡会として参加した。 2010年4月9日に国労が「政治和解」するのに反対し、6月13日に開始された国鉄1047名解雇撤回闘争を継続する闘いが開始されて1年になる。 国労本部が「和解」することに対して、4名の国労組合員がこれを拒否し、動労千葉の「国鉄闘争の火を消すな!」の訴えに共鳴し、階級的労働組合を作り、労働運動を甦らせる闘いを積み上げてきた成果を持ち寄った活気あふれる集会であった。 今年の3.11東日本大震災で情勢は一変した。労働者が主人公の社会につくり変える闘いが待ったなしで問われている情勢になった、と本当に思った。 集会の前に行われた、新橋の森町公園から東電本社前→日比谷公会堂へのデモは、権力・右翼の妨害を突き破り、怒りに溢れた。日比谷公会堂前の交差点で右翼の妨害に寄ってデモ隊は15分ほど止められた。そこは東電本社玄関前である。この間デモ隊は当然の責任追及の怒りのシュプレヒコールを叩き付け続けた。 午後1時から集会。国鉄全国運動の呼びかけ人の手島浩一さんの主催者挨拶に感動した。「この社会を労働者の手で変えよう」は今最大の課題でありチャンスである。 政府・東電・御用学者・体制内労働組合幹部らの責任を追及し、労働者が主人公の社会に変える=これは革命だ。決意も新たに福岡に戻った。 翌日6日は、動労千葉の物販オルグに回った。 粕屋町、福岡市内の自治労や教組を尋ね、全国運動の重要性を訴えた。 動労千葉の照岡さんは、「物が売れることより我々の闘いの趣旨を広めたい。」と言っていた。物販の狙いを現場の労働者に広め、労働組合と運動を甦らせる事が主眼だ。 9日、照岡さんを囲んでの交流会に参加した。照岡さんの話は、厳しい労働運動の現状に負けない、明るく生き生きと解放感溢れるものであった。闘う組合員に囲まれた職場であるが故である。私は今年退職したが、そんな組合がある職場にする事を目指したいと思った。 世話人 松尾
2011年06月18日
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6月6日(月)午前11時から、この1ヶ月の間に集まったヒロシマ・フクシマ発「反原発1000万人署名」の内閣総理大臣宛・第2回目の提出行動を行いました。福岡からは、とめよう戦争への道!百万人署名運動福岡県連絡会事務局長吉田、他1名が参加しました。1000万人署名の呼びかけ人や西川重則事務局長など13名で内閣府の会議室にて、抗議申し入れと署名提出を行いました。内閣府大臣官房総務課の山田氏ら3名が対応。最初に「8・6ヒロシマ大行動実行委員会」から菅内閣への"抗議文"が読み上げられました。 詳細は、とめよう戦争への道!百万人署名運動 のブログを参照ください。次に私、吉田が発言しました。「玄海原発は日本で最初にプルサーマルが導入された場所。僕たちは事故が起きた際、人間の力ではどうすることもできないと反対してきた。それなのに絶対安全だと言い、『原発は5つの壁で守られているから事故は起きない』として推進してきた。しかし、福島第1原発の事故で完全にこの安全性はふっとんでしまった。福島の3号機はプルサーマルが導入されている。事故はいっそう拡大された。それにも関わらず管首相はなお『安全な原発推進を』と言っている。このように原発にこだわるのはプルトニウムを保有しいつでも『核兵器を作れる状態を維持する』というのが国家政策なのではないか。核も原発もいらない。『原発はなくすしかない』というのが今のみんなの声なんだ!」その後各地の抗議が続きました。山田氏ら3名は申し入れ内容をきちんと管首相に伝えると約束しました。最後に、内閣府のすぐ前にある首相官邸に向かってシュプレヒコールをした。「絶対に原発をなくそう」という思いをいっそう新たにしました。(事務局長・吉田)
2011年06月11日
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「3・11福島原発事故は何を示したか- 今度こそ原発を止めよう。反原発・反核闘争の高揚を!」 5月28日午後、ふくふくプラザで反原発学習会を行いました。インターネットやビラを見て参加した人など初参加者が多く、原発への怒りがどんどん広がっていることを実感しました。講演は、迫田功二さん(8・6広島-8・9長崎反戦反核闘争全国統一実行委員会)。現在、運輸労働者として、毎朝6時~21時頃まで働きながらレジュメを準備してくれました。2時間近い講演は、1)チェルノブイリを超える放射能汚染を引き起こしつつある人類史上最悪の原発事故-一体誰がこの責任をとるのか?2)「核と人類は共存できない」~声明の鎖を断ち切る放射能の電磁作用3)原子力発電所は核爆弾をつくる工程の副次的な利用として始まった。その原料と技術は同じ。4)核武装国家を目指してきた日本5)新自由主義のもとでさらなる暴走をとげた原発政策という5つのテーマに沿って提起されました。講演を聴いて特に印象に残ったのは、「あらゆる生命の存在と放射能は相容れない」という提起の中で、「地球が生まれてまもない頃はこの惑星を形成する元素の多くが不安定で地球上には強力な放射線が飛び交っていた。これらの放射性元素の大半が数十億年もの長い年月を経て安定的な元素に変化し、生命体が存在できる範囲まで地球環境の放射能レベルが低くなった」と言われたこと。日本に54基、世界中には478基もの原発があるということは、人類が住めなかった数十億年前の地球になろうとしているということではないか。とんでもない。一体このような人類を破壊してしまう原発を誰がつくり出したのか。不思議ではないか。米ソを中心とする世界の核兵器に対しては、地球を何度も破壊してしまう核兵器廃絶!と誰もが叫ぶのに、同じ原理にもとづき「死の灰」をまきちらす原発については、ほとんど反対の声があがってこなかった。そのからくりがこの学習会で非常によく分かった。「原子力の平和利用」というインチキな言葉が日本中を洗脳していった過程、その目的、だれがそれを行ったか-"原子力村"と言われる政・財・学・マスコミのおぞましき癒着" 怒りも新たに、今度こそ原発をとめよう!
2011年06月01日
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九州からは、「市民のための刑事弁護を共に追求する会」(福岡)、「あぶない!裁判員制度北九州実行委員会」(北九州)、「裁判員制度はいらない!大運動長崎の会」(長崎)三つの団体が参加しました。 詳細は、とめよう戦争への道!百万人署名運動 のブログを参照ください。3月2日、福岡地裁の呼び出しに対し、裁判員を拒否して闘った福岡の吉田さんがインコと一緒に登壇して、闘いを報告↓
2011年05月28日
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5月18日、九電本社で「玄海原発2号機、3号機の再稼動をするな!全ての原発を停止し廃止せよ!」と抗議行動と、九電本社との交渉が行なわれました。呼びかけは「九電の原発廃炉を求める会」(5月18日現在で260団体)。私たち福岡県連絡会や合同労組レイバーユニオン福岡も参加し、ともにこの日の行動を闘いました。 九電本社との13時からの交渉に先立って、4月20日の九電本社への交渉申し入れ以来とまり込みを続けている「九電本社前ひろば」の深江さんらを中心に様々なアピールが行なわれました。その後、簡単な集会。このころには九電本社前には300人近い人が集まっていました。集会では福岡県内だけではなく、鹿児島、宮崎、熊本、長崎、大分、佐賀と九州全県からの参加者から力のこもった発言が相次ぎました。 いよいよ13時を前に全員で交渉に参加しようとしましたが、九電は会議室のキャパシティーから参加者は40人に限定すると全員の参加を拒否し、警備員らを動員して入場を阻止する暴挙に。参加者からは怒りの声が沸き起こる。「大きな会議室など九電本社にはいっぱいあるだろうが」「何を怖がってるんだ」「部屋が狭いんだったら、この広いロビーでやったらよか」 結局、交渉予定時間を40分以上オーバーして、人数制限をある程度受け入れて50人余りが用意された会議室に入り交渉開始。交渉には被災地から放射能を逃れるために避難してきた赤ちゃんを抱いたお母さんたちも参加しました。交渉の模様を入場できなかった200人あまりの参加者にパソコンで実況中継しようとしたところ、これも妨害。しかし、徹底的に九電を追及して実況中継を認めさせました。九電本社前に急遽設置された放映会場で、交渉の様子の一部始終が会場に入れなかった参加者や通行人にも公開されることに。 交渉の中で明らかになったことは、九電は地震・津波の脅威についてまったく理解できていないということでした。理解できていないのに「備えは整えている」と平然と強弁しているということです。また、原発を稼働しなければ電力不足におちいるという主張も、「石油などの燃料確保の見通しが立たない」という理由であり、発電能力の問題ではなくまったく根拠がないことも明らかになりました。 こんな九電に原発の運転など絶対に許すわけにはいかないことがはっきりしました。 交渉は2時間あまりで終了し、あらためて本社前で報告集会。交渉参加者が次々に九電に対する怒りを表明。福島第一原発1号炉の建設に従事した当時のGE技術者だった菊地洋一さんの発言は圧巻でした。「地震を知ったとき、福島第一原発1号炉がどうなっているのか手にとるようにわかりました。無数の配管があるのです。あんな地震に配管の溶接が耐えられるはずがありません。冷却装置が喪失し炉心溶融にいたることは確実だと思いました。…原発は作ってはいけないのです。」 参加者はなんとしても全ての原発を直ちに停止し、廃炉に追い込まなければならないことを誓い、今後の6・11全世界反原発行動の爆発などに向けて取り組みを強め広げていくことを確認しあいこの日の行動を終えました。(会員・福岡在住)
2011年05月22日
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4月29日、福岡市農民会館で、4・29「原発なくせ!被災地支援!米軍新基地建設阻止!沖縄集会」を行いました。主催はとめよう戦争への道!百万人署名運動福岡県連絡会で、「沖縄米軍基地撤去・日米安保粉砕の闘い」と「反原発・被災地支援」の闘いを結ぶ集会・デモとして闘いました。集会に参加した人たちは、みな今日の闘いを新たな闘い・反戦のうねりをつくりだす出発点にしようと、原発事故と沖縄新基地建設への怒りに燃えてデモをやりぬきました。 沿道の人々のデモへの注目度は高く、拍手が起こり、握手をしながら「頑張って」と声をかけてきた同じ組合の労働者など、これまでなかった光景でした。集会は、世話人のわたなべひろやすさんの「52年4・28沖縄が売り渡された屈辱の日を、反戦反核反原発反基地闘争のさらなる出発点にしよう」の開会挨拶で始まりました。そしてオープニングとして、琉球アーティストのみやむらみつおさんが、「沖縄米軍基地撤去、原発なくせ、国鉄1047名解雇撤回」の願いをこめて三線を引き、語り、歌ってくれました。参加者も合唱しながら、会場が一気に盛り上がったところで、前泊博盛さん(沖縄国際大学教授・前琉球新報論説委員長)の「沖縄から基地と日米安保を問う」と題した講演に入りました。講演では、沖縄の背負わされている最大の矛盾である米軍基地について、多岐にわたって述べられましたが、辺野古新基地建設問題にいつまで沖縄県民は振り回されなければならないのか、「抑止力は方便」という鳩山発言まで出ながら、いまだに何の検証もなく「抑止力」と言い続け、日米安保を前提にする日米政府、あろうことか震災を逆手にとって「トモダチ」作戦で日米安保と沖縄米軍基地の有効性を声高に主張していることを徹底的に弾劾しました。そして、「迷惑施設」、「被害の報道をしない」、「不安説の黙殺」、「米軍まかせ、原発まかせ」など原発と米軍基地問題は共通していると指摘し、「日本は今ひとつになろう」のうたい文句を、全体主義を組織する新たな戦前を思わせると、鋭く批判しました。聞いていて驚いたのは、「沖縄の人はごまかしとゆすりの名人だ」などと発言した前在沖米国総領事のケビン・メア米国務省日本部長が、3月10日に更迭されたと発表されたが、実は処分などなく、逆に翌日の東日本大震災対策の米責任者になるという「名誉」(?)の配置となったとのこと。占領意識丸出しのメア発言は実は評価されていたのだ!また、普天間基地の海兵隊のグアム移転8000人、家族9000人という数字には何の根拠もないという事実です。後半は、最初に主催者からの提起。「大震災下での沖縄闘争解体策動をはねのけ、米軍基地撤去・日米安保粉砕の5・15沖縄行動がますます重要になってきている。そして原発即時停止の闘いを全国的な反原発闘争としてつくり出していく闘い、被災地での必死の闘いと震災解雇を許さない闘い、これらを一体的に闘うことによって今の社会を根底からひっくりかえすことが可能だ」と訴えました。続いて、沖縄の北中城村議である宮城盛光さんのメッセージが紹介される中で、5・15沖縄派遣団6名が登場し、青年労働者2名が決意を述べました。そして「福島原発事故弾劾!全ての原発をとめろ」の緊急アピールが行われました。当初予定していた「NO!プルサーマル佐賀ん会共同代表の満岡聰さん(医師)が、仕事の関係で来れなくなり、急遽8・6広島-8・9長崎反戦反核統一実行委員会からアピール。「レベル7」の最悪事故の実相と原発推進の背景、こういう社会のあり方を根本から問い直そう、と提起しました。怒りがいや増すなかで、力強くデモを行い、誰もが高揚感をもった集会・デモとなりました。
2011年05月04日
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4月20日13時から、中央区渡辺通りにある九州電力本社に対して、福島原発事故弾劾!玄海原発、川内原発、全ての原発止めよう!と怒りの声でうめつくす抗議行動が闘われました。 呼びかけたのは、「市民団体「脱原発ネットワーク・九州」などで、鹿児島、大分、熊本、佐賀からの人たちの顔も見え、約70名が結集し、私たち百万人署名運動福岡県連絡会も松尾世話人ら5人が参加しました。「絶対安全」「万が一事故が起きても5重の層で守られているから放射能が漏れることは絶対にない」と繰り返してきた九電に、結集した人々の怒りは大きかった。その上に、「今度の福島原発事故をどう思うのか!九電の安全対策とは何か」に対する説明会を今日開くように事前に申し入れていたにもかかわらず、「国に新たな安全対策を出しているので、その回答がきてからでないと答えることは出来ない」と、説明会を拒否したから、みなの怒りは頂点に。あくまで拒否する九電の広報課長・美山を、玄関前に引きづりだし、次々と弾劾の声をたたきつけました。すでに九電は、私たちの声を聞こうともせず、国から許可が出て、地元(ごく狭い玄海町の自治長クラスだけ)の了解を得たら、現在、定期検査で中止している2,3号機を5月末にも再開すると発表しています。私たちの説明会を単に「再開することになりました」の報告会にするのか、と怒りはつきません。その後、九電前に座り込み、公開の場での説明会を直ちに開け、と要求。さらに泊まり込み闘争に入りました。翌21日の朝日朝刊には、私たちが懸念したとおり、「国は、月内にも『対策は適切』と判断する見通し。九電は5月下旬にも再開する考え」の記事が掲載されました。新たに非常用電源車で安全対策OK?そんな泥縄式で原発事故を防げると思っているのか。原発は廃止しかない、これが今度の福島事故が教えてくれた唯一の回答です。止めるまで闘いましょう! 4月21日
2011年04月21日
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4月16日、世話人会を開き、「3・11大震災-福島原発事故」に対し、百万員署名運動としてどのように闘っていくのかを論議し、「4・29沖縄集会」の内容も含めて、以下のことを確認しました。 4・29沖縄集会は当初、「4・28沖縄デー」の沖縄・安保闘争として設定しました。この闘いは、3・11情勢の中でますます重大になっています。震災を口実に日米同盟の有事体制が本格的に発動されました。その中で、普天間基地撤去・新基地建設阻止の闘いを全力で闘っていくことは絶対に必要です。その上で、反原発・核武装阻止の闘いに取り組むことが必要です。4・29集会の新たな課題は、政府・財界の「原子力政策」、原発事故対策に対する怒りを爆発させ、戦争への道を阻止するために、労働運動を始め前民衆の中に反核・反原発闘争を復権させる出発点をつくることです。すでに始まったヒロシマ・フクシマ発の反原発署名運動を軸にして、新たな闘いに踏み出しましょう。そのため、「4・29沖縄集会」を、以下のように課題を加えました。ぜひ、多数の参加を呼びかけます。4・29沖縄集会に向けて、4月10日に続き、17日、24日天神で街頭署名を行います。「原発なくせ!被災地支援!4・29沖縄集会」緊急アピール福島原発事故弾劾!全ての原発をとめよう!満岡 聰さん(No!プルサーマル佐賀ん会代表)がくわわりました。
2011年04月17日
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福岡県連絡会・久留米が中心になって、4月9日午後、西鉄久留米駅前で“全ての原発を直ちに止めよう!全原発の廃止を!”街宣を行いました。マイクでの訴え、署名版をもって市民に働きかけ、ビラまきなど、いづれも会員たちが担って、これまで以上の熱心さで1時間の街宣をやりぬきました。“全ての原発をとめよう!”“震災解雇を許すな”のはためくのぼりや横断幕への注目も大きく、署名版を持った2人に次々と署名が集まりました。何としても原発を止めなければ、との会員たちの思いが怒りとなって爆発している!そんな感じの街宣でした。(中心にたった緒方さん、桜木さんの福島原発事故に対する怒りのメッセージは、福岡県連絡会ニュース4月号に掲載しています)街宣に先立って午前中は、梶村晃前世話人を講師にした「日米安保を問う」学習会を行いました。
2011年04月10日
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3月6日、福岡で3・8国際婦人デー集会が行われ、私たちも参加しました。 集会実行委員会から記事と写真が寄せられましたので掲載します。全国と1つになって福岡で集会"エジプトのように闘おう"福岡では、3月6日、福岡市中央市民センターで「労働者民衆の国際団結で、朝鮮侵略戦争を阻止しよう!大失業と戦争に突き進む菅政権を倒そう!3・6国際婦人デー集会」を開催しました。参加者は昨年の2倍。司会は、合同労組レーバーユニオン福岡の女性労働者が引き受け、集会をリードしました。講演は、大刀洗空襲を語りつぐ会副会長で「九州童話」同人の田熊正子さんが、「とめよう戦争への道」と題して約40分語ってくれました。10歳で敗戦を迎えた戦争体験にはじまり、かつての大刀洗飛行場(筑後にあった東洋一を誇った西日本最大の陸軍航空隊基地。特攻隊はここで訓練し、知覧基地から飛び立った)近くに居住したことから、大刀洗空襲の被害者たちからぜひその実相を本に書いてほしいと頼まれたことが「反戦」童話を書くきっかけになったと話しました。沖縄・伊江島の阿波根昌鴻さんの米軍による農地取り上げに抗議した乞食行進が自分に行動する勇気を与えてくれたこと、そして「教えられなかった戦争」の映画を通してかつての戦争が侵略戦争であることを知り、二度と侵略戦争を許してはならないという思いから、92年、PKO法による地元小郡基地からの出兵を阻止するために「海外派兵を阻止する市民の会」を結成して闘ったということでした。そしていま、菅政権が米国の朝鮮侵略戦争に参戦し、沖縄新基地建設をしようとしていることは許せない、沖縄の人々と共に闘う、と。その中で、最も印象的だったのは、"地元の人は東洋一の飛行場があるから大丈夫"と思っていたのに、逆にそれがあったために基地のみならずその周辺一帯に激しい空爆があったという事実でした。「主催者の提起」は福岡県労組交流センター教労部会の松尾栄子さん。「世界各地で革命の火の手が上がり始めた、ついにアメリカから始まった新自由主義攻撃に世界の労働者が『ノー』の声をあげ、『社会の主人公は私たちだ。世界を労働者に返せ』と行動を始めている」と提起。そして、3・8国際婦人デー闘争の歴史的今日的意義を述べ、大恐慌-大失業と戦争に対決するものこそ、「外注化阻止・国鉄1047名解雇撤回」の闘いと国鉄全国運動だと訴えました。闘う労働運動・労働組合を私たちの手で作り上げよう、女性労働者はその先頭に立とう、と訴えました。後半はフリートーク。国労小倉地区闘争団の羽廣憲さんの訴えから始まりました。羽廣さんは「労働者の団結で戦争をとめよう!1047名解雇撤回・国鉄全国運動の拡大を」と訴え、4・1JR九州本社前行動を呼びかけました。その後、教育労働者、自治体労働者、レーバーユニオンの労組員から報告が行われました。初参加の若い女性労働者は、3月31日で雇い止め攻撃をうけており、首になった仲間たちはみな怒っていると報告され、参加者たちは、怒りも新たに共に闘うことを確認しました。また、百万人署名運動福岡県連絡会世話人のわたなべひろやすさんは、戦争体験(80歳)と、戦後、教育労働者として、その後議員として一貫して反戦運動を闘ってきたことの報告、福岡県連絡会・久留米からも、「TTPに絶対反対だ」と訴えがあり、活発な討論で時間がたりないほどでした。
2011年03月19日
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吉田さん先頭に、福岡地裁前で裁判員制度の廃止の訴え! 3月7日9時~10時、福岡県連絡会は2日に続いて福岡地裁前で裁判員制度廃止のビラまきを行いました。反応は抜群!吉田さんがなぜ裁判員拒否をしたのか訴えると、何度もうなづきながら聞いている人、ビラを受け取りながら「おかしいよね」など反対の声をあげていく人や話し込む人など。反応が抜群だったのは裁判所も。警備体制が2日に比べて倍になっていました。「裁判員拒否」と書いたゼッケンが裁判所内を席巻したのだから、打撃感は大きいか!裁判員制度三大矛盾 : 遅滞! 拒絶! /流出!その一 遅滞 最新の最高裁発表によれば、昨年10月末までの起訴事件総数2652件のうち判決が言い渡せたのは1363件。最高裁はこの事態に危機感を募らせ、裁判官を裁判員事件に集中した結果、一般事件や民事事件の審理までも遅延、混乱する結果になり、裁判業務は破綻寸前です。その二 拒絶 候補者の辞退はますます増え続けています。昨年11月鹿児島死刑求刑事件では9割もの市民が辞退。他の地裁でも大同小異です。みんなが嫌がる制度は×!!その三 流出 民間委託による情報流出。最高裁は裁判員候補者選出、候補者通知作成・発送の作業を「トッパン・フォームズ」という民間業者に丸投げ。また候補者の質問・相談に答えるコールセンター業務も「トランスコスモス」という民間業者が担当。私たちの個人情報が流出していることが隠されているという大問題です。 抗 議 声 明 私は裁判員を拒否します。裁判員制度の廃止を求めます。(吉田和生 百万人署名運動福岡県連絡会)2011年3月2日裁判員候補者通知は、「現代の赤紙」です。徴兵制が「国民皆兵」を前提にしているように、裁判員制度も「国民皆裁判員」を前提におり、兵役も裁判員も「国民の義務」とされているからです。「国民の義務」によって、国家による合法的殺人が行われます。一つは敵国の兵に対してであり、もう一つは、死刑=「国内の敵」、つまり 治安をみだす犯罪者に対してです。私は、どちらも拒否します。1) 最高裁判所から送られてきた裁判員候補者通知の書類の中に、「ご不明な点がありましたら、コールセンターにお問い合わせください」という一文がありました。このコールセンターは、最高裁判所の裁判官もしくは書記官が対応するのではなく、「トランスコスモス」という民間業者が担当しているではありませんか。そもそも候補者を選んで記載通知を出す一連の作業も、「トッパン・フォームズ」という民間業者に丸投げしています。そこに同封の調査票を送り返せなどとんでもありません。2) 「市民の司法参加」があたかもいいことのように政府-裁判所が宣伝していますが、動員される市民の不安に対して、「法律のことは何も知らなくてもいいんです」「むしろ知らない方がいいのです。あなたの市民感覚で裁いてください」「負担がかからないように、短期間で済むように努力します」。一体誰のための裁判なのですか。自分の身を被告人に置き換えて考えたら、ぞっとします。素人に裁かれ、十分な審理時間も取らず、ちょっとでも「被害者にも問題があったのだ」などと非難する言葉を投げかけようものなら、それを法に照らし合わせて吟味するのではなく、「反省が足りない」という市民感覚でバッサリ。このどこに、これまでの99%有罪があらかじめ確定している刑事裁判の改革があるのですか。しかも、「公判前整理手続き」という手法で裁判の始まる前にほとんど証人・証拠提出、審理方法などは決まってしまっていて、法廷での審理は、料理で言えば、ただ盛り付けをどうするかだけです。こんな最後の仕上げに参加させられて、「市民参加の実現」などのパフォーマンスに協力することは絶対にできません。3) 2年近くたった今も、8割に近い人たちが反対し、罰金の恫喝をもってしても候補者の7割以上が辞退しています。それでも裁判員制度を続ける政府のねらいは、司法の治安機構化、下からの治安国家体制作りです。司法参加によって国民の治安意識を高め、犯罪に対する権力的抑止の必要性を広く認識させるためです。そして下からの国民を巻き込んだ治安国家体制を築くことです。戦争国家づくりの一環である裁判員制度に反対です。廃止に追い込むまで闘います。
2011年03月13日
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裁判員出頭を拒否して闘う吉田さん 吉田さんの堂々たる裁判員拒否宣言に、うろたえる福岡地裁3月2日、「市民のための刑事弁護を共に追求する会」は、同月7日から18日の裁判員裁判のための裁判員選任手続きに対し、これを拒否して闘う裁判員候補者の吉田和生さんとともに、選任手続き弾劾行動を闘いぬきました。昨日までの雨もあがった暖かな日差しの中で、平日にもかかわらず15名も結集。先日、高山俊吉弁護士(東京弁護士会)を講師に学習会を行い大成功した長崎からも駆けつけてくれて、12時から開始した福岡地裁前ビラまきは、最初から盛り上がっていました。マイクで訴える渡邊弁護士の声は、地裁とその周辺に響き渡り、吉田さんがつけた「裁判員拒否」のゼッケンは訴えそのものでした。13時すぎ、いよいよ選任手続きの受付が始まる時間に、吉田さんを先頭にみなゼッケンをつけたまま、地裁の正門へ。「ゼッケンを外せ、外さなければ中に入れない」とどなる裁判所職員に対し、吉田さんは“自分は今日呼び出されたものだ。拒否の意思を事前に表明しているにもかかわらず出頭命令がきた。だから私は自分の意思をこのゼッケンに表わして、裁判官に言うつもりだ。だから、ゼッケンを外すことはできない」と主張。阻止しようとした裁判所はこれに反論もできず、吉田さんはゼッケンをつけたまま、堂々と他の候補者とともに選任手続きの部屋に入ったのです。快挙!残念ながら他の人たちは押し戻されましたが。裁判所側は、他の候補者への影響を恐れて別室に隔離しようとしたのですが、それもできないまま手続きが進行。彼の他に3名がその場で辞退を申し入れたとのこと。担当する裁判の内容の説明があった後、裁判官、検事、弁護士が前に並んで待ち受けている別室に1人づつ呼び出されて吉田さんの番。彼はそこで、その日まいたビラに掲載した「自分の拒否の理由」を全文読み上げたとのことです。なんとも前代未聞のことをやってのけました!彼は読み上げた後、「これで辞退できますね」と裁判官に念押ししたところ、返事はうろたえながら「検討します」。結果は抽選という形ではずれましたが、真相はやらせるわけにはいかないというところでしょう。30名の裁判員候補者が集まった部屋では、10分ほどの休憩時間に裁判所内見学があったのですが、それに参加しなかった候補者たちは、吉田さんにかけよってビラがほしいと言ってきたとのこと。すべてが思っていた以上の大勝利です。終了後、そのまま弁護士と仲間とともに裁判所内の記者クラブで記者会見を行い、拒否理由を説明。そして再び地裁前の街宣場所に移動して、吉田さんから報告を聞き、みな今日の闘いに勝利したことを確信しました。用意した500枚のビラも短時間で撒ききり、市民の関心の高さも私たちを一層奮い立たせました。この勝利を5・20「裁判員制度にとどめを!全国集会」へ。 福岡地裁前でビラまき、署名活動
2011年03月05日
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チュニジア、エジプト革命から北アフリカ・中東全域へ闘いが拡大し、ついに新自由主義攻撃の大元であるアメリカのウィスコンシン州でも、州知事が打ち出した賃金と年金の大幅削減に対して数万人の公務員労働者が立ち上がっています。世界中の労働者民衆が熱く燃えているこの時に、私たちも日本の地で、熱く燃えたいと思います。 福岡県連絡会は、一昨年から新たな世話人と事務局体制で、全国の仲間とともに、世界大恐慌が戦争と大失業をもたらすことに対して、朝鮮侵略戦争阻止!沖縄米軍基地撤去!改憲許すな!をかかげて闘っています。よろしくお願いします。 直近の闘いを紹介します。3・2裁判員選任手続き弾劾行動に集まってください。 今年の裁判員候補者となった福岡県連絡会事務局長の吉田さんと「市民のための刑事弁護を共に追求する会」は、裁判員制度を弾劾して、3月に予定されている選任手続き・裁判員を拒否することを決定しました。 福岡地方裁判所は、すでに吉田さんから「拒否する」通知を受け取っているにもかかわらず、選任手続きのため予定されている3月2日に出頭するよう強制しています。(該当裁判の日程は3月7~18日) こんな「赤紙」は許せません。私たちは当日、福岡地裁前で弾劾行動を行うことにしました。ぜひご参加ください。一緒に裁判員制度の廃止を求めて闘いましょう。 行動予定 : 第一回め 3月2日(水)12時~15時頃まで福岡地方裁判所前で弾劾ビラまき (記者会見も行います)主催「市民のための刑事弁護を共に追求する会」 第二回め:3月7日、9時~10時 公判の初日に地裁前ビラまき主催 とめよう戦争への道!百万人署名運動福岡県連絡会
2011年02月26日
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